平成17年11月8日
中央労働委員会第二部会担当審査総括室
審査官   藤森 和幸
電話 03-5403-2175(ダイヤルイン)
FAX 03-5403-2250

根岸病院(初任給)不当労働行為再審査事件
(平成15年(不再)第43号)命令書交付について


 中央労働委員会第二部会(部会長 菅野和夫)は、平成17年11月8日、標記事件に係る命令書を関係当事者に交付したので、お知らせします。
 命令の概要は、次のとおりです。

I 当事者
 1 再審査申立人
 医療法人社団根岸病院(東京都府中市武蔵台2-12-2、平成11年4月従業員数約250名)
 2 再審査被申立人
 根岸病院労働組合(平成16年11月1日組合員数85名)

II 事案の概要
 1 本件は、病院が、(1)組合に対し事前に協議することなく初任給を引き下げたこと、(2)初任給引下げ後に行った3回の団体交渉の対応が不誠実であったこと、が不当労働行為であるとして東京都労働委員会(都労委)に救済申立てを行ったものである。
 2 初審都労委は、病院に対して、(1)初任給引下げに関する誠実団交応諾、(2)初任給引下げ後に採用された組合員に対して、引下げ前の初任給で計算した賃金額と現に支払った賃金額との差額を支払うこと、(3) (1)及び(2)に関しての文書掲示を命じたところ、病院はこれを不服として申し立てた。

III 命令の要旨
  主文の要旨
 初任給引下げに関する誠実団交応諾を命じた初審命令主文第1項は維持し、初任給引下げに係る差額支給の支払いを命じた主文第2項を削り、その他の再審査申立てを棄却する。
  判断の要旨
(1) 本件初任給引下げは団体交渉事項に該当する。
 病院の新規採用時の賃金は、新卒者、中途採用者を問わず、本件初任給表がその決定の基礎になっているものである。
 病院における在職者の賃金は、新規採用時の初任給表記載の基本給を基に、毎年の定期昇給分等の加算による積上げ方式で決定されるものであり、初任給表が在職者の賃金水準の決定に直接的かつ決定的な影響を及ぼすものになっているといえる。
 以上のような病院における新規採用者及び在職者に関する賃金決定の仕組み等に照らしてみれば、本件初任給表は、採用時のみならず採用後も組合員である病院職員の賃金額を基本的に左右するものと認められ、本件初任給引下げは団体交渉事項といわざるを得ない。
(2) 本件初任給引下げにおける団体交渉拒否は、誠実団体交渉義務に違反し、不当労働行為に該当する。
 本件初任給引下げに関する団体交渉においては、病院は、3月17日に開催された団体交渉において決算書を基に、経営状況からして人件費比率の圧縮は急務であることを説明するとともに、初任給は他の病院と比較して高いこと等の説明をしたことが認められる。
 しかし、3月17日の団体交渉以降の3回にわたる団体交渉の過程をみるに、(1)初任給の引下げは初めてのことであるにもかかわらず、本件初任給引下げによる経営改善の効果等について具体的な説明はしていないこと、(2)3月30日の団体交渉においては、労使双方の議論は平行線をたどったこと、(3)4月22日の団体交渉においては、病院は都労委の判断に委ねるとの見解を示したため何ら議論が行われなかったこと、が認められる。
 以上のことから、病院においては、従来から初任給は団体交渉事項ではないとの理解の下、本件初任給引下げについて、その見直しのつもりはなかったことを明らかにし、組合と誠実な団体交渉をする用意がなかったとみるのが相当であり、団体交渉について誠実に対応したとは認められない。
(3) 本件初任給引下げは、組合に対する支配介入とまでは見ることができず、不当労働行為に該当しない。
 本件初任給引下げ時における病院の経営状況をみると、基本的には赤字体質であり、人件費の比率を縮小することは急務であったことが認められる。
 そして、(1)現在、病院職員の65%は11年度以降に採用された者で構成されていること等から、収入に対する人件費の比率は、低下してきていること、(2)本件初任給引下げ直後の11年度と比較すると、14年度においては人件費の比率が約5%減少していることからすれば、本件初任給引下げは経営改善のための措置として一定の合理性があったと認められる。
 組合は、11年3月1日以降採用された者と在職者との間の賃金格差に関し、組合活動への影響等を主張するが、新規採用者の初任給がその時の雇用環境や雇用する者の方針等によって左右されることは一般的にもみられるところであって、本件初任給引下げにより組合員間での不調和や問題が具体的に発生していないことなどを考慮すれば、本件初任給引下げが組合員間の信頼関係を阻害し、組合の活動等に深刻な影響を与えるものとはいえない。
 本件初任給引下げを巡る労使間の折衝等の状況をみるに、10年末から11年頭に開催された事務折衝の席で、I事務部長が組合に対して諸手当等の見直しを考えている旨の発言をし、組合は今後話し合う用意があると回答したこと等から、当時の経営状況等に照らし、何らかの賃金の見直し自体は行われるものと組合は予め認識していたと推認できる。  以上のことから、病院は、複数考えられる経営改善方法の中で、本件初任給引下げを選択したと推認でき、また、本件初任給引下げは組合員、非組合員の別なく及ぶものであること等をも考慮すると、本件初任給引下げが組合の弱体化自体を狙ったものとは言い難く、本件が支配介入に当たると判断した初審命令はその一部を取り消すのが相当である。
  救済方法
 本件初任給引下げについての誠実団体交渉応諾及びこれに関する文書掲示については初審命令を維持し、初任給引下げに係る差額支給の支払い及びこれに関する文書掲示を命じた部分は削り、その他の再審査申立ては棄却するのが相当である。

【参考】初審救済申立日 平成11年4月21日(東京都労委平成11年(不)第35号)
 初審命令交付日 平成15年8月28日
 再審査申立日 平成15年9月10日


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