総合福祉部会 第15回 H23.6.23 参考資料2 藤岡委員提出資料  新法における「権利擁護」「意思決定支援」等に関す る提言書  論点I-3-3)  モニタリング機関  論点I-3-4)  法全般の不服審査・苦情解決・権利擁護機関  について 2011年6月23日  総合福祉部会 構成員 弁護士 藤岡 毅 新法における「権利擁護」「意思決定支援」等に関する提言書 藤 岡 毅 一 総論  障害者権利条約の国内法化の具体化である「総合福祉法」のめざす、「障害者が他 のものと平等に暮らす」目的のための前提条件のひとつは権利擁護の体制が構築され ることである。  権利条約と基本合意文書が確認するとおり、新法は、障害者の幸福追求権、自己決 定権と固有の尊厳を保障し(憲法第13条)、生存権を保障し(第25条)、平等を実 現し(第14条)誰もが排除されないインクルーシブな社会をめざしている。  換言すれば、現社会において、少なからぬ障害者の固有の尊厳がないがしろにされ、 自己決定権が満足に保障されず、市民生活全般において差別された待遇を受け、その 生存権は危うい状態にあるという認識がもとにある。  権利擁護システムの目的は、これらの人権が保障され、適正な手続きが保障される こと(憲法第31条参照)にある。  入所施設で暮らしてきた一人の知的発達障害者Aさんが今後の人生を考えるとす る。  ここを出て、一人暮らしをしようかどうしようか悩んでいる。  そのとき、率直に相談できる人が身近にいなければ、上記した権利は存在しないの と同義である。  施設の管理者がAさんの意思・意向を十分に聞くこともなく、支援の方策をさまざ まな角度と立場から検討することもなく、「あなたの能力では一人暮らしは無理だ。 一人暮らしは金もかかり、あなたの所得ではやっていけない。ここにいることがあな たの幸せだ。」と押さえつけるならば、それは自己決定権の侵害であり、Aさんの尊 厳を傷つけることに他ならない。  しかし、Aさんの生活全般に影響を持つ施設管理者に対して、障害者Aさんが不利 益を恐れずに率直に苦情を申し入れ、異議を申し立てることは現実には困難である。  自らの生活への悪影響を心配することなく、苦情を解決するために力になる苦情解 決システムが有効に機能することが必要であり、新法か社会福祉法に規定されなけれ ばならない。  閉鎖空間を支配する管理者から「いうことを聞かないわがままなAさん」に対する 有形・無形の虐待がおこなわれることは残念ながら杞憂ではなく、Aさんの人権・権 利の実効的な個別救済を迅速に行う、事業者に対して強制的法的権限を行使しうる第 三者機関の法定化が不可欠である。  不祥事や事件の有無だけでなく、事業者が障害者の人権を適正に保障しているかを 独立した信頼できる機関が評価して、公表していく仕組みを充実させることも、人権 侵害を予防し、すべての人の選択権と安心を支えるために必要である。  そのような人権侵害がないように、マクロの視点から障害者の地域生活の実現に向 けた政策の実現を当事者の視点からしっかりとチェックするモニタリング機関の法 定も不可欠である。  居宅介助者、移動支援者を活用しながらの自立生活をめざして支援申請の相談を受 けた行政のケースワーカーが「施設の管理者が無理だという以上、認められない」と して、支援申請の書式も渡さなかったり、申請を受理しても放置したり、棄却した場 合に、Aさんの権利を守るために闘うアドボカシーもなく、権利実現のための手続き が保障されていなければ、結局、上記「目的」は実現しない。  裁判手続きで争う権利があることはもちろんであるが、司法ではないが、司法に準 ずる、処分庁やその上級庁の組織系統と無縁の独立性が担保された紛争解決機関によ る、迅速な権利救済システムがなければ、新法の潜在的な対象者は1000万人とも 考えられ、権利実現の担保が存在しないことに等しい。  しかし、現状の障害者自立支援法下の「行政不服審査制度」は、それを経験してき た障害者やその代理人弁護士の実感を率直にいえば、行政同士の馴れあい、庇い合い により、障害者の権利実現を阻止し、断念させる機能を果たしており、誇張抜きで「根 本的制度改革」を実施する必要性がある。  「措置から契約へ」の変革に伴い強調されるようになった「権利擁護」の用語であ るため、とかく、民間事業者と「利用者」との間の「福祉サービス契約の民事上の権 利」を守ることが「権利擁護」の意味だと履き違えられることは大きな過ちである。  憲法上の基本的人権としての権利、人間としての尊厳の保障と実現の擁護が権利擁 護の本質であることが改めて確認されるべきである。  Aさんの人生設計における選択を、とりわけ知的発達に障害を持つ本人の意思と力 を引き出し、自己実現のアドバイザーとなり、ときに大きな力を持つ相手にもひるま ず、人権感覚をもって権利擁護していく、アドボカシー兼パーソナルアシスタンスの 制度を構築し、人材を育成していくことなくして、上記の様々な仕組みは現実には機 能しない。  「意思決定支援」の必要性が自覚され始めているが、率直にいって、現行でこの国 にはそのような仕組みも取り組みも少なくとも制度としてはほとんど確立していな い。  つまり、従来の制度にとらわれることなく、新たに創設する必要があるのである。  しかもそこでは、1対1の特定の一人の擁護者の力で成し遂げられるものではなく、 地域全体で、さまざまな立場・職種の協同チーム支援体制との重層的な仕組みを構築 することが求められる。  介護保険制度創設に合わせて、明治以来の民法の禁治産制度を変容させて開始され た成年後見制度は、10年の間に様々な実践が積み重ねられてきた積極的経験を活か しながらも、今回の制度改革を機会に、少なくとも障害者に関しては、知的・発達・ 精神障害者の人権保障システムとして生まれ変わるために根本的な見直しを行うべ きと考える。  そのためには推進会議の枠にとどまらず、法務省、最高裁、成年後見学会、日弁連、 司法書士会、社会福祉士会、自治体はもとより、広く国民的な議論の中で制度設計と 実施を考える必要がある。   二  モニタリング(検証)機関の強化を法定化するべき   政策実現を検証するモニタリング(検証)機関の強化による権利全体の底 上げを 1 モニタリング機能を強化するべきこと  総合福祉法の基本理念は,障害者が他の者と平等に地域で生活しうることを権利 として保障することである。  この理念を真に実現させるためには,施策実行のプロセスにおいて障害当事者が 参画し,その意見が反映されることが最も早道である。  従って,障害当事者自身を中心として,新法の改革の理念が達成できているかを 丁寧に検証・評価するためのモニタリング機関の設置が不可欠である。  政策、計画が着実に実施されているかを検証することと、検証により得られた問 題点を議会や行政の政策遂行部署に指摘、勧告し、具体的な改善策を提起していく ことが役割である。  従来、統計的な数値の報告の場として形骸化してきた機関の根本的見直しが必要 である。 2 モニタリング(検証)機関のあり方  (1) 設置の目的  上述したように,モニタリング機関設置の目的は,障害者が地域で平等に暮ら すという権利を保障するという新法の基本理念が真に実現されようとしている か否かを検証・評価するとともに,より適切な手法・運用の選択を勧告すること である。   すなわち,施策の検証・評価及び施策の提言、その提言が実行され、活かされ ているかを検証するという、「政策部署からの報告→検証機関の評価・分析・問 題点抽出→検証機関からの改善勧告→政策部署による実践→同報告→検証機関 の評価→」という「検証→実践」の繰り返しにより、当該地域全体の権利を底上 げすることが,モニタリング機関が有すべき本質的機能である。 (2) 組織・運営,委員の構成  現行機関のうち,モニタリング機能を果たしうる機関としては,障害者基本法 における障害者施策推進協議会(2011年基本法一部改正により廃止予定),障害 者自立支援法一部改正に基づく自立支援協議会があるがいずれも委員の構成に おいて障害当事者の割合が少なく,障害当事者の意見の聴取・反映が十分とは言 えない。新設するモニタリング機関では,障害当事者が委員の過半数を占めるよ う配慮すべきである。  また,モニタリング機関の運営においても,障害当事者が主体的に関与すべき である。現行の両協議会は,施策内容の説明に終始しており,施策に対する十分 な意見交換を行った上で施策を検証・評価するには至っていない。これは,行政 職員が事務局を勤め,開催次第を調製していること(いわば行政職員によるお膳 立て)による弊害と言える。委員の構成のみならず,事務局においても障害当事 者を中心に据えることによって,施策の検証・評価というモニタリング機関設置 の目的に即した運営が実現されるものと考える。なお,この事務局となる障害当 事者については常勤とすべきである。  (3) 実効性確保のための手法  機関の機動性とモニタリングの「改善勧告→実践」の実効性を確保するため, 施策実行の最小単位である市町村においてもモニタリング機関を必置機関とし, 具体的なケースやニーズに基づいた討議を行うべきである。モニタリングの機動 性という観点からすると,モニタリング機関の中にテーマごとのプロジェクトチ ーム(PT)を設け,当該地域の実例に基づいた分析・検討を行うべきである。  市町村・都道府県・国に設置されたそれぞれのモニタリング機関において施策 の検証・評価を行い,それぞれの施策にモニタリングの結果を反映させるのはも ちろんであるが,上位にあるモニタリング機関は,下位のモニタリング機関が行 った検証・評価・反映の結果を吸い上げ,より高次の政策立案に活用すべきであ る(ボトムアップ型)。  そして,モニタリング機関の議事が施策内容の説明のみで終わらないようにす るためには,一定の開催頻度を確保することも必要である。より頻回に開催する ことが機関の活動の活発化につながることからすれば,国に設置されるモニタリ ング機関であっても四半期に一度程度の開催は確保したいところである。  また,モニタリング機関に一定の権限を付与することも,その提言の実現には 不可欠である。具体的には,関係機関に対する調査権限,提言が実現されない場 合の勧告権限,施策の評価や勧告内容についての公表権限が,モニタリング機関 に付与されるべき基本的な権限である。  現実に裏打ちされた勧告にするため、モニタリング機関には、福祉の現場に入 っての調査の権限も明記するべきである。  なお,モニタリング機関による勧告の対象は施策の実行主体である行政機関 (自治体の長や政府)にすべきであるが,改善提言の対象は施策の立案機関(地 方議会や国会の委員会)にすべきである。モニタリング機関による新たな施策の 改善提言先を施策の立案機関とすることで,提言を迅速かつ確実に施策へ反映す ることができる。  (4) 具体的なモニタリング実践のイメージ  ここで,「就労支援施策から一般就労への移行」という具体的な課題を例に, モニタリング機関がどのように機能するかをシミュレートしてみよう。  まず,市町村レベルのモニタリングから考える。市町村に設置されたモニタリ ング機関のPTにおいて,施策や計画に基づいて当該地域で行われている就労支 援の実態を分析・検討する。必要があれば,関係各機関に対して情報提供を求め, 調査を行う。ケース検討の中で,一般就労への移行が計画通りに進まない要因を 抽出し,それがケース固有の問題であるのか,当該地域一般に存在する問題であ るのかを明確にする。  当該地域一般に存在する問題であることが明らかになった場合は,その問題を 解決するために適切な手法を検討する。現状において適切な手法が採られていな い原因が施策や計画の実現の遅れなどにあるときは,モニタリング機関として, 市町村に対し,勧告を行うことになる。一方,適切な手法が採られていない原因 が,専ら施策や計画の策定そのものにあるときは,モニタリング機関として,市 町村議会に対し,適切な施策・計画を策定するよう提言を行うことになる。  そして,市町村が勧告に従わなかった場合や,市町村議会が提言を容れた適切 な施策を立案しなかった場合は,市町村や議会の任務懈怠を,モニタリング機関 が市町村の広報誌やホームページなどで公表し,勧告や提言の速やかな反映を促 す。  上述したように,モニタリング機関はもちろんのこと,機関の運営を担う事務 局においても,障害当事者が構成員の中核を占めることになる。ケースの分析・ 検討や,何が適切な施策となりうるかについて,障害当事者自身が参画し,その 意見や実感が反映されることが肝要である。  上記の例を考えれば、一般就労が進まない原因や対策として  ・通勤介助の保障施策がない制度の貧困  ・就労後のジョブコーチ制度の貧困  ・一般企業の理解不足  ・障害者に適した事業の発注の促進の必要  ・成功事例の共有化、周知  ・学校と企業との連携の強化  ・福祉的就労の場の改善  等々、原因や対策は様々な角度、分野に及ぶことが分かる。  そうである以上、「障害福祉部署」に留まらず、行政全体を通す共有課題、地 域住民全体に共有化される取り組みが不可欠であることが明らかであり、モニタ リング機関は常にそうして視点にたって活躍することが求められる。  都道府県レベルのモニタリング機関についても,機関としての基本構造は市町 村レベルのものと同様であるが,ケース検討に根ざした市町村レベルのモニタリ ング機関とは異なり,市町村レベルでの勧告や提言の内容を集約して分析・検討 する役割が中心となる。ここでは,当該勧告・提言の内容が当該市町村固有の問 題であるのか,当該都道府県全域に共通して存在する問題であるのかを明確にし, その問題を解決するために適切な手法を検討する。適切な手法を設定した後は, 市町村レベルのモニタリング機関と同様に,勧告か提言かを選択して行動するこ とになる。  国レベルのモニタリング機関は,都道府県レベルのモニタリング機関が果たす 役割をさらに拡大させたものとなる。こうして,政策課題がボトムアップされ, 国レベルにおいても,障害当事者の意見を反映し,より実情に即した施策の立 案・実行が確保されることになるのである。   3 現行機関との関係(障害者政策委員会)  モニタリング機能を果たしうる現行機関としては,障害者施策推進協議会(障害 者基本法)が存した。国や都道府県は,障害者基本計画案の策定に当たり,障害者 施策推進協議会の意見を聴かなければならないとされ,内閣府により中央障害者施 策推進協議会が,都道府県及び政令指定都市により地方障害者施策推進協議会がそ れぞれ設置された。しかし,協議結果を反映させるための仕組みの欠如や開催頻度 の少なさ(中央は年1回程度,地方は年2回程度)から,障害者施策推進協議会が, 意見聴取のための機関という位置づけを超えることはなかった。  2011年の障害者基本法の一部改正により,障害者施策推進協議会は廃止され,障 害者政策委員会等の新たな機関が設置されることになった。従前の障害者施策推進 協議会との比較において,モニタリング機関としての実効性の点で積極評価できる が,下記のとおり,未だ不十分・不明確な点も散見される。  (1) 市町村では必置機関とはされていない  一部改正では,内閣府に障害者政策委員会が,都道府県及び政令指定都市に合 議制の機関が設置されることになっている(30条1項,34条1項)。しかし, 施策実行の最小単位である市町村については,障害者施策推進委員会と同じく, その設置が義務づけられてはいない。  具体的なケースやニーズの分析・検討を行うことが,モニタリングをより精緻 なものにするのであり,このような分析・検討は,市町村という単位においてこ そ可能になるものである。  (2) 各モニタリング機関の関係性が不明確である  上述したとおり,政策課題がボトムアップされることで,障害当事者自身の意 見を反映し,より実情に即した施策の立案・実行が確保されることになると考え るが,改正法では,内閣府が設置する障害者政策委員会が障害者基本計画の立案 に際しての意見聴取機関,都道府県及び政令指定都市が設置する合議制の機関が 都道府県障害者計画を策定するに際しての意見聴取機関と位置づけられている だけで,障害者政策委員会と都道府県等の合議制の機関との関係性が不明であり, 実効性確保の面で不安がある。  (3) 運営についての事項が明確でない  適切なモニタリングを行うために,機関においては障害当事者が委員の過半数 を占めるべきであるが,改正法では,政策委員会(もしくは合議制の機関)の人 選において,障害者の意見を聴いて実情を踏まえられるよう配慮すべき義務が課 されてはいるが(31条2項,34条2項),政策委員会(もしくは合議制の機 関)の組織及び運営に関し必要な事項は政令もしくは条例に委任されており,現 時点では明確になっていない。  また,政策委員会の事務については,内閣府の所掌事務とされているが(改正 内閣府設置法),モニタリング機関の運営においても,障害当事者が主体的に関 与できるよう事務局の体制を整えるべきである。  (4) 機関に対する権限付与が不十分である  基本法改正法によれば,内閣府に設置される政策委員会には調査・監視・内閣 総理大臣または関係各大臣に対する勧告の権限が付与されており,勧告を受けた 各大臣には,勧告に基づき講じた施策について政策委員会への報告義務が課され る(30条,32条)。一方,都道府県及び政令指定都市に設置される合議制の 機関については,調査審議・監視の役割しかなく,勧告権限を付与されていない。 これは,任意に設置される市町村における合議制の機関についても同様であり, モニタリング機関としての実効性に疑問がある。  また,上述したとおり,モニタリング機関としての実効性を確保するためには, 政策立案機関に対して提言を行う権限も付与されるべきであるだけでなく,モニ タリング機関による勧告や提言を無視・軽視した場合のサンクションとして,公 表の権限も付与されるべきである。 4 現行機関との関係(自立支援協議会)  自立支援協議会(自立支援法89条の2。一部改正により法制化)も,モニタリ ング機能を果たしうる機関ではあるが,上述のとおり,委員の構成において障害当 事者の割合が少なく,その運営においても障害当事者が主体的に関与しているもの ではないため,障害当事者の意見の聴取・反映が十分とは言い難い。  自立支援協議会と新たなモニタリング機関との関係としては,市町村にモニタリ ング機関を必置とすることによって,自立支援協議会を発展的に解消するというこ とも考えられる。  しかし,自立支援協議会の目的に「連携の緊密化」(89条の2・2項)という モニタリングに留まらない部分が含まれることや,現に市町村の地域自立支援協議 会の中には,内部にPTを設置して活発に協議を行い,関係機関の連携強化を図っ ているところもあることを考慮し、また、同じ地域に類似の機関が重複することは 不効率であること等を考慮すると,自立支援協議会の目的の二つの柱を明確化して、 そのうちの一つとして、ケース検討によって抽出される普遍的な問題などを通しな がら政策の実現に関する検証→改善勧告(調査・勧告・提言・公表)機能を明確化 し、もうひとつの柱として、当該地域やケース固有の問題を解決するための地域の 関係者の連携を図るという目的がありうる。 三 苦情解決システムを法的根拠のあるものへ 1 はじめに   あらゆる雑多な福祉上の問題を簡易迅速に解決するのが福祉に関する苦情解決 システムである。   苦情解決の目的は,苦情をきっかけとした福祉施策の質の向上,すなわち最終的 には個々の当事者の生活の質の向上に繋げることにある。  苦情は「処理」すべきリスクと捉えるのではなく,福祉施策全般の質的向上に繋 げるために「解決」されるための貴重なきっかけである。 2 現行の苦情解決システム  施設事業者の従業員が担当する「苦情受付担当者」は,苦情の受付,記録, 苦情解決責任者及び第三者委員への報告を職務とする。「苦情解決責任者」 (施設長,理事長)は苦情の解決に向けた話し合いや苦情解決の仕組みの広報 を職務とする。  施設事業者が選任する「第三者委員」は,苦情解決に向けた話し合いへの立 会,解決案の調整や助言等が職務とする。選任権者である施設事業者からの中 立性を確保するため無報酬が望ましいとされる。  「運営適正化委員会」は,各都道府県社協に設置されている。申立人と施設 事業者との話し合いのあっせん,不当行為が行われているおそれがある場合に は都道府県知事に通知することなどを職務とする。  その他に,「福祉オンブズマン」が存在する場合がある。行政が設置主体と なっているものや,施設が独自に設置したものなど形態は様々でばらつきがあ る。苦情解決の機能を持つことが多い。 3 現行の苦情解決システムの問題点  苦情の窓口となる「受付担当者」が,苦情の対象である施設事業者の従業員 であるから,そもそも施設利用者は申し出を非常にやりにくいという本質的限 界がある。そして,せっかく申し出をしても受付段階で「不満があるなら退所 せよ」という不利益が課される対応が行われる例も少なくない。  「第三者委員」は,施設事業者が選任するので,苦情解決に不可欠な公正・ 中立性に疑問がある。他方、無償(あるいは実費程度支給程度)であるから専 門的知見を有する人材の確保ができにくい。  「運営適正化委員会」も設置される社協自体がサービス提供者であるから, 公正・中立性に疑問がある。また,制度の告知が不足して利用例が少ない。  「福祉オンブズマン」についても設置の主体によっては,公正・中立性の確 保ができにくい場合がある。流行・パフォーマンス的な導入と思える例も散見 され,オンブズマンの個人的資質や動機に依存する面が大きい(質や内容にば らつきがある)。  そして,現状の情解決システムは,施設事業者に対する苦情の処理を想定し たものであり,行政そのものに対する苦情を解決するためのシステムについて は,法律上、具体的な機関が設置すらされていない。 4 新しい法的根拠に基づく「福祉オンブズパーソン」の設置と活用が必要で ある  (1) 公正・中立性確保のために  苦情解決システムには,公正・中立性の担保が必須である。この信頼が得ら れなければ,苦情が集まらなくなる。ところが,現状の苦情解決システムは, 公正・中立性の確保が疑わしい。  苦情の受付及び解決を担当する機関としては,施設事業者等の当事者から完 全に独立した福祉オンブズパーソンを設立することが必須である。  (2) 「福祉オンブズパーソン法」など法的な裏付けが必要  現状の福祉オンブズマンでは,質や中身のばらつきが大きい。  苦情解決システムとしては,どこでも一定の質と機能が担保されなければな らない。そのためにも,福祉オンブズパーソンの設置運営等に関する新しい法 律「福祉オンブズパーソン法」等を制定するべきである(「社会福祉法」に一 章設ける方法もあろう)。  オンブズパーソン勧告に従わないことが違法であることが法律に明記され ることなければ、オンブズパーソン制度、すなわち苦情解決システムは永遠 に実効性を伴わない。  (3) 十分な苦情解決のための権限付与が必要  福祉オンブズパーソンについての法律を制定する際には,苦情解決のために 必要な権限を付与する必要がある。  たとえば,調査権限(施設への立ち入り調査権や,文書提出を求める権限な ど),苦情解決のための「勧告」権限及び事案の「公表」権限,施設事業者が 勧告に従わない場合には施設の運営に強制関与するなどの勧告の実施権限を 持たせることなどが考えられる。  このような法的根拠のある強い権限を与えられなければ,苦情解決の実効性 が得られない。逆に実効性が得られれば,苦情申立者からの信頼が得られ,多 くの苦情が集まる。苦情が多く集まれば,それだけ施設等の運営が改善でき, ひいては福祉事業全体の向上が促進される。  (4) アウトリーチ機能及び権限の必要性  福祉分野での苦情解決では,単に苦情申し出があるのを待っているだけでは 不十分である。  施設利用者は,日頃利用している施設事業者に対する苦情を心理的に言いに くいものであるし,苦情申し立てすべき事案であっても判断できない場合もあ りえる。  このような潜在化しやすい苦情を積極的に拾い出すための機能と権限を福 祉オンブズパーソンに付与することが必要である。たとえば,日常的に施設内 に立ち入り利用者と話をするなどの権限が必要である。また,苦情解決のため のあっせんなどの機会において,申立人の主張を代弁する者を選任する権限も 必要である。  こうした機能は,公正・中立性と矛盾すると捉える面もあるかもしれない。 しかし,後見的配慮が常に必要とされる福祉の場面で,形式的な公正・中立性 にこだわることは,むしろ利用者を萎縮させる危険が大きい。苦情解決の目的 (福祉事業の質的向上)を達成するために適切かどうかの観点から公正・中立 性は判断されるべきである。  なお,苦情発見を促進するという観点でいえば,スウェーデンの「サーラ法」 にみられるように,施設職員に対して施設内での人権侵害等を発見した場合, 福祉オンブズマンに報告する法的な義務(懈怠した場合には罰則)を課すこと も検討されるべきである。  (5) 人材の育成と財源の確保が必要  上記のような権限を与える以上,福祉オンブズパーソンには,福祉に関する 専門的知見を有する人材が必要となる。  たとえば,社会福祉監督者のような国家資格を創設し,同資格を有すること をオンブズパーソンへの就任条件とすることが考えられよう。  また,利用者への後見的配慮が必要であるという観点からは,そうした当事 者の立場から交渉等を行う技術に長けている弁護士の活用も必要である。もっ とも逆に社会福祉には素人だという人材の活用も必要である。専門家が思い至 らない指摘が期待できる。多様な人材を確保することが重要である。  これらの人材を集めるためには,福祉オンブズパーソンの運営に十分な財源 を保証することが必要である。財源としては,公費による補助等が必要になる。  (6) 現行制度(第三者委員,運営適正化委員会等)との関係  苦情の申立人からみて,仕組みは単純な方がよい。制度が重複して複雑化す ると,申立てに対する萎縮効果が生じる可能性があるからである。  その意味で,福祉オンブズパーソン制度が十分に機能するようになった時点 で,現行の上記各種制度は廃止して,苦情解決を担う機関を福祉オンブズパー ソンに一本化すべきである。 5 現状制度の改善に向けて  将来的には,第4項で述べたような福祉オンブズパーソン制度の創設が必要であ るが,過渡期的においては現状制度を当面改善する必要もある。  (1) 苦情受付へのアクセスルート確保と秘密の保持が必要である  現行の苦情解決のシステムの最大の問題点は,苦情のアクセスルートが公 正・中立に確保されていない点にある。最低限,苦情相談の専門的窓口を施設 事業者の外に設ける必要がある。  (2) 公正・中立性の確保が必要である  「第三者委員」の選任権限を事業者から第三者に移管すべきである。  また,「運営適正化委員会」についても社協から独立した機関として再設置 すべきである。  (3) 財源確保が必要である  苦情解決を改善するには,専門的知見を有する人材が必須である。したがっ て,そのような知見を有する人材を活用するためにも,公的な財源支援が必要 である。  (4) 苦情申立人の代弁機能が必要である  施設事業者と申立人は対等な関係にない。したがって,福祉分野における実 質的な公正・中立性を実現するためには,申立人側をエンパワーメントするこ とが必須である。  そのための措置として,弁護士などに業務の1つとして苦情申立代理人を行 わせることを可能とするための費用援助制度を設立すべきである。費用が担保 できれば,弁護士等の中に,苦情解決を得意分野とする者が自主的に育つ。そ のような者が育てば,積極的なアウトリーチ活動が実施されることも自然に期 待できる。  (5) 苦情解決機関の権限強化が必要である  単に当事者間の話し合いのあっせん・助言にとどまるのではなく,たとえば 運営適正化委員会には,一定の調査権限(立入調査権限,文書提出命令権限な ど)や勧告権限,事案の公表権限等を付与する必要がある。  なお,同委員会の勧告や公表には,一般的効力を持たせるべきである。  そうすることで,すでに勧告や公表がなされた事案と同種の苦情原因行為を行 った別の事業者に対しては,いきなりより強力な是正権限を行使できるようす べきである。それによって,苦情解決により当該事業者のみならず,全体の福 祉事業者の運営改善が期待できるからである。 以上 四 不服審査制度の抜本変革 1 はじめに  介護給付等の制度の利用は障害を持つ人の「権利」である以上、介護給付等を申請 した人や介護給付等を受けている人が行政の処分に不服があるときに行政を相手ど って争うことができる制度が手続き的に担保されていなければならない。  このような争いを、広く「争訟」と呼ぶが、争訟には、行政の組織内部の機関に不 服を申し立てる「行政不服申立て」と、裁判所に判断を求める「司法審査」=「訴訟」 等の2つの種類がある。 2 現行の自立支援法下における争訟の制度、  (1) 行政不服申立て  自立支援法では、市町村が実施した介護給付等に係る処分に不服が生じた場合には、 当該処分の適否について、都道府県知事に対する審査請求を行うこととなっており、 知事の諮問機関である障害者介護給付費等不服審査会(任意設置)が審査を行ってい る。この審査会の構成員は公表されていないことも少なくないが、多くの場合医師な どの医療関係者で占められており、障害当事者の構成員は少数である。  (2) 司法審査  現行制度では、司法審査と不服申立ての関係について、いわゆる不服申立て前置主 義が採られているため(法105条)、司法手続きを利用するためには、まず審査請求 の手続きを経なければならない仕組みとなっている。  3 現在の制度の問題点  (1) はじめに  現行の介護給付費等の決定等に対する争訟の制度には、[1]審査の主体、[2]審査方 法、[3]救済までの期間などの点で種々の問題がある。  (2) 審査主体について  現在の制度は、介護給付等の決定をした処分庁である市町村が行った処分について、 同じ行政内部に属する都道府県知事が審査をする仕組みとなっているが、このように、 処分庁と緊密な関係にある行政内部の機関による審査にあっては、事実上、おのずと 処分庁の判断を肯定する方向の裁決が行われることが多いと言わざるを得ない。  (3) 審査方法について  現在の不服審査には障害者自身の関与が制度上保障されておらず、審査手続きは、 行政機関内部で書面審査を中心に行われる。また委員の選任は行政の事務局の一存で 決められその選任の公平性は確保されていない。そのため、審査に際しては、当該障 害者等が現実に必要としている支援の内容や支給量等をほとんど問題にすることな く、処分庁が厚生労働省や処分庁自身の作成したマニュアル・基準等を履践していた かについての形式的審査しか行われないことが多く(現に厚労省はそれでよいという 趣旨の指導をしている)、不服審査制度によっては、審査請求人の生活の実情に即し た権利救済が計られているとはい言い難いのが現実である。  (4) 救済が図られるまでの期間について  現在の制度では、審査請求に対する裁決が出されるまでには多くの場合相当の日数 がかかり、不服申立前置主義が採られていることとも相まって、結果的に障害者等が 救済を受けられるまでの期間が不当に長期化する傾向にある。自立支援法に基づく福 祉支援が障害者等の基本的人権の行使であり、生活の基盤となるものである以上,早 期救済が可能となる制度設計がおこなわれなければならない。 4 不服申立て制度の抜本的改善に関する提案  (1) はじめに  上記「3」に挙げたような現行制度の問題点を改めるため、障害者総合福祉法にお いては、次のような争訟制度を設けることを提案する。  (2) 行政庁から独立した紛争処理機関である準司法機関の創設  市町村による介護給付等の処分にかかる紛争については、処分庁と同じ行政機関で ある都道府県知事により審査が行われる現在の制度を改め、新たに行政庁から独立し た準司法的機関を創設し、中立、公平な立場から紛争解決が図られるようなシステム を整備する必要がある。  この機関については、「5」で後述する。  (3) 応答期間の法定  審査請求に対する裁決までに長期間かかっている現状を改善するため、不服申し立 てに対する応答期間を法定すべきである。(CF.生活保護については、審査庁は、 請求のあった日から50日以内に裁決を行わなければならないと定められている(生 活保護法65条1項)。)  (4) 紛争の解決手段としていわゆる自由選択主義を採用すべきである  障害者等が救済を受けるまでに長期間がかかる理由の一つが、不服申立前置主義の ために直ちに司法手続きを利用することができないことにある。そのため、この点を 見直して自由選択主義を採用し、障害者等の判断で当初から司法手続きを利用できる ようにすべきである。  (5) 仮の救済制度を創設するべきである  介護給付等の処分が障害児者の生命、健康、生存権に直結することにかんがみ、裁 決等による結論が出される前にも迅速に事実上の救済が図られるよう、仮の支給決定 等の制度を創設すべきである。 5 新たに創設すべき準司法機関の概要  (1) 設置単位  当該機関は、障害者等の移動困難性や、審査請求が障害者等に経済的に過重な負担 とならないことを考慮し、各都道府県に最低一つ以上を設置するものとする。  (2) 委員の構成等  当該機関は、障害者の権利擁護のための一定の専門的な訓練を受けた委員によって 構成され、各委員は、処分庁からの独立性を担保するため、内閣総理大臣又は障害者 政策担当特命大臣により任命されるべきである。  従って、事務局はそれらの外局扱いなどが想定される。  (3) 審査の対象  当該機関においては、現行でいえば、自立支援給付等の処分に対する不服のみなら ず、自治体独自に設けている移動支援などの「地域生活支援事業」等の施策にかかる 不利益(事実行為も含む)に対する不服をもその審査の対象とすべきである。  (4) 審理の方法等  現在都道府県知事の不服審査における審理には職権探知主義が採用されている。そ のため、処分に対して不服を申立てた障害者等の関知しないところで資料が収集され、 当事者の関与できない密室で審理、判断が行われているといっても過言ではない。  これを改め、新たに設置される準司法機関における審理には、憲法上の要請である 適正手続き保障の観点から、当事者である障害者等の関与の機会が十分保障され、そ の審理においても、民事訴訟同様の弁論主義が適用されるべきである。すなわち、当 事者の主張をベースとして審理が行われ、審査機関が独自に資料を収集したり、審査 機関が当事者の主張していなかった論理や根拠に基づく判断を行うことは禁止され るべきである。  加えて、障害者等がこの審査手続に積極的かつ適切に関与できるよう、障害者等の 代理人となるべき弁護士等へのアクセスを容易にする制度の創設も求められる。  (5) 裁決の内容、効力等  現在の不服審査制度では、審査請求に対して、「却下」、「 棄却」、「認容」という裁 決が行われるのみであり、審査機関は原処分を直接変更する権限を持たない。  この点を改め、審査機関には、中立、公平な専門機関として、その裁決において、 具体的な支援内容、支給料等を決定し、原処分を変更する一定の強制権限を持たせる べきである。 五 意思決定に支援を要する障害者への支援制度の確立 1 基本的視点  (1) 意思決定支援の重要性   障害者が地域で暮らす権利を保障するために必要な具体的な支援として、知的障 害、精神障害、発達障害をもつ方だけでなく、その社会的経験から十分な意思決定 をすることが難しい方について、自己の生活や権利につき、適切な意思決定を行う ための支援は、極めて重要であり、自立生活のための根幹をなすものとさえいえる。 しかし、これまでの障害者福祉施策において、身体介護や生活支援。外出援助や補 装具、コミュニケーション支援など同じような位置づけで、意思決定支援のための 制度構築が議論、検討されることは少なかった。  下記に述べるような障害者権利条約に位置づけられた意思決定支援についての パラダイム転換や、欧米諸国における成年後見制度を超える意思決定支援のあり方 が大きな議論になってきていることに照らして、今回の総合福祉法においてが、意 思決定支援の制度の導入を正面から検討する必要がある。  (2) 権利条約12条の法的能力の趣旨   障害者は、生活のあらゆる場面において、自らの意思をもち、また決定すること を権利として保障されなければならない。それは、自己決定をする権利こそ、自立 した生活の基本であり、機会均等その他の障害者が社会における権利の完全な享有 と完全参加をはかる上での根源的な権利である。  障害者の権利条約は、12条において、法的能力に関して、本人の意思決定を代 理することで支援し、必要な場合に本人の意思決定を制約する成年後見制度を中心 とする支援から、本人の行為能力の完全性を基本として、意思決定能力を可能な限 り支援することを原則として、それが困難な場合に必要最小限度の本人の意思の代 理する成年後見制度を補完的なものととらえることに、パラダイム転換をはかった。  (3) 意思決定支援の射程範囲  このことは、法的能力に限定せず、障害者本人の生活上のあらゆる場面における 意思決定の支援についても等しく保障されるべきものである。イギリスの意思決定 支援法(2005)は、生活全般のあらゆる意思決定につき、その支援を位置づけたも のとして極めて示唆的である。  そこで、ここでは法律行為の判断場面に限定することなく、本人の日常生活、社 会生活のあらゆる場面における本人の意思決定を対象として、それをどのように支 援するか、その中で、法律行為についての意思決定についてはどのようにすべきか について、今後の制度的枠組みの提言を行うこととする。 2 障害者の意思決定支援の現状  現状においては、障害者が何らかの意思決定を行う際に、障害ゆえに制約がある 場合にあっては、本人の意思決定を支援することが保障されているとはいえない現 状にある。  知的障害者を例におくと、具体的な生活場面で彼らの意思決定がどのように扱わ れているかというと、[1]障害者の家族が本人の代弁機能を事実上果たす、[2]入所施 設や作業所の職員、GHの世話人、ホームヘルパーや害ドヘルパー等、本人の身近 にいる支援者が本人の代弁機能を事実上果たす、[3]相談支援事業所において本人の 意向を踏まえた相談支援を行う、定期的な金銭管理や生活助言において、本人の意 向把握や意思決定を促す関わりを行う、あるいは[4]成年後見制度を利用している場 合に成年後見人等が本人の意思を踏まえた代理権の行使を行う、という状況である。 いずれも、家族なり支援者が、その関わりの中で事実上の支援を行っているにすぎ ず、意思決定支援という支援の不可欠性を自覚し、職務として位置づけて保障され ている枠組みにはなっていない。  そのため、具体的場面においては、本人の主体として意思決定を保障するという 点からは様々な課題が生じており、新たな意思決定支援制度の創設が求められてい る。  [1]家族については、特に親の場合には保護的な面が出ざるをえないため、家族の 意思なのか本人の意思なのか明確な区別なく扱われ、本人には意思表示が難しいと 意思決定を育むのための関わりが不十分なまま家族が意思決定を代行することも 多い。  [2]身近な支援者の場合には、直接の支援業務に付随して、本人の意向を尊重した り、本人の意思を引き出す関わりをすることもあり、そのような関わりも意思決定 支援の中には必要なものであるが、必ずしもそれについて職務として自覚的に取り 組まれるわけではなく、また、利用者とサービス提供事業者という本質的、内在的 な制約のある関係性において、本人の意思決定支援を第一にすることには限界があ る。  [3]相談支援事業所における相談支援は、その目的が地域における自立した生活の 支援である以上、本人の意思決定を中心においた支援が望ましいが、現実には、具 体的な制度活用や利用調整といった観点で支援が行われ、その相談や日常的な見守 りの過程で、本人の意思決定を確認、尊重するすることはできるが、担当者のスキ ルや経験、事業所としての位置づけなどによって、必ずしも意思決定支援を柱に据 えることができる実践は多くはない。[4]成年後見制度においては、法律行為につい ての本人の意思決定につき、代理行為を行い、時には取消権行使による行為能力の 制限をもらたす形で、本人の保護のための支援を行うことが予定されている。それ もまた必要な支援であるものの、どんな障害があっても、意思決定は支援によって 可能な限り行いうるという立場で、まずは意思決定の支援を行い、補充的に代理行 為などを行うという制度的な担保はない。民法上、「成年被後見人等の意思を尊重 し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない義務を負うこ ととされている(身上配慮義務、民法868条)。」が、今ある本人の意思を尊重す ることであって、必ずしも意思決定をできるような支援を行うはことまで法的職務 とされているわけではない。  以上のように、障害者本人をとりまくそれぞれの関係者が、支援における自己の 指導理念として、意識的に本人の意思決定の力を高めるための支援を行うべきであ るとはいえても、意思決定に支援を要する障害者につき、制度として、意思決定の 支援そのものを一つのメニューとして制度化し、これを担う社会資源を養成すると いうことはなかれてきていないのであり、ここに新たな意思決定支援の仕組み、制 度を創設する意義があるのである。 3 創設すべき意思決定支援の制度  (1) 全体のイメージ   意思決定支援の制度を考えるにあたっては、その当事者のライフスタイル全体に おける様々な場面、ステージにおいて、どのように意思決定をする力を支援してい くか、ということが検討されなければならない。  国際育成会連盟のポジションペパーが指摘するように、幼少期における家庭にお ける関わりから、学校教育段階、そして地域社会における生活環境のそれぞれの場 面、ステージにおいて、障害当事者のニーズ、状況に応じた意思決定の力をつける 機会が設けられなければならない。  また、意思決定の前提となる十分な情報の提供について、その当事者の状況に応 じた合理的配慮による情報の提供が行われなければならない。  意思決定支援というのは、その時点における障害当事者がどのような意思決定が できるかという狭いものではなく、ライフスタイルを通した持続的、継続的な関わ りの全体をさすものである。類別すると、[1]意思を形成する支援、[2]形成された意 思を表出することを促す支援、[3]本人の利益にかなう意思決定が適切に行われるた めの支援であり、これがニーズに応じて重層的に行われる必要がある。[1]では、障 害当事者が「自分のことは自分で決める」ことができ、もって自己実現に資するこ とを特別支援教育の段階から教育し働きかけることが必要である。[2]では、形成さ れた意思が表出されるよう、支援者によって促す取り組みが必要である。障害当事 者の身近で気軽な相談相手として存在し、本人との1対1の対話を通じ、本人の形 成された意思を確認したり、本人の形成された意思を表出させる働きかけを行った り、形成された意思がない場合には、本人の現有能力を引き出しながら、本人が意 思の形成を行いやすい環境整備を行う(エンパワメント)。[3]その上で、その時の 能力では、十分な意思決定が難しい事項については、代理決定などが行われること もあるが、その際にも意思決定支援を通じて明らかになる本人の最善の利益にかな う決定がなされなければならない。  (2) 具体的な意思決定の支援事業と業務   次に、具体的な意思決定支援のサービスの制度概要は、次のとおりである。 [1] 意思決定支援サービスは、介護、就労支援、居住支援、外出支援などと同等の 価値をもつ不可欠の支援として、総合福祉法上に定める支援メニューとして位置 づける。 [2] その支援の利用開始方法は、市町村、本人、家族の申請に基づき、意思決定支 援審査会で支援の要否を認定する(市町村は本人、家族が申請しない場合にも、 ニーズがある者については原則として認定を申請する)。    成人になった時点で、原則として支援を必要と認定された全ての人が対象とな り、未成年のうちは、親権者の申請に基づき、利用可能なものとする。    意思決定能力に問題がない身体障害者等の場合でも、障害者本人の申請に基づ き、契約に基づく業務として、利用可能なものとする。 [3] 一旦、支援認定がなされた人への意思決定支援は、市町村からの受託団体、も しくは、契約に基づき意思決定支援事業者によって提供される。  サービスの量は、性質上、本人の状況によって極めて個別性が強く、支援の結 果が客観的に評価できないものであるため、報酬は、支援時間ではかることはで きず、支援する当事者の人数を基準として算定される。 [4] 要否判定の要認定を受けた上、具体的な意思決定支援業務担当者は、特定の「障 害者Aさんの意思決定支援員」と個別指定され、マンツーマン対応とされ、責任 の所在が明確化する。  意思決定支援事業所に雇用、登録された職員の場合もあるし、特に事業所に所 属していない支援員でも可能な仕組みとする。  ただし、本人との相性、信頼関係その他の事情による交替は可能とする。  意思決定相談員は、障害者支援についての十分な実務経験と養成研修を前提と して、障害者の特性と意思決定支援についての専門性を備えたソーシャルワーカ ーとしての水準を確保する。  研修・養成については障害者当事者への具体的関わりの中で、当事者の視点で 支援を行うことができるようなプログラムと様々な生活場面における実践事例 に基づく支援のあり方についての訓練等を中心とするものにすることが重要で ある。  従って、「報酬と人材チーム」の提言し、いずれ創設される「相談支援専門員」 資格を有することが望ましい。この相談支援専門員資格の中に意思決定支援員養 成コースなどがあるイメージである。 [5] 「意思決定支援員」は、利益相反の観点から、本人が現に利用するサービスの 提供事業者に所属する者が担うことはできない。また、他の相談業務などとの兼 務はできるとしても、本人との十分な関わりが保障されるための環境と担当する 件数について配慮がなされなければならない(おおむね、専任の場合で、一人1 0人程度が適当か)。 [6] 「意思決定支援員」は、本人の日常生活、社会生活上の意思決定につき、その 本人の能力についての十分な評価の上、それをより高めるための継続的、発展的 視点で、支援を行う。具体的な事実上の意思決定支援の関わりは、家族、他の支 援を提供する福祉職員、医療関係者、相談支援事業所職員なども多層的に行うが、 意思決定支援員は、それら全体の関わりをマネジメントし、かつ、エンパワメン トをはじめとして本人の意思決定に中心的な役割と責任をもつ。  チームの中心は本人であることは当然であるが、チームの事務局長、業務担当 責任者として、恒常的なチーム責任者の役割を果たす。  そのため「意思決定支援員」は、本人のこれまでの生活歴における意思決定支 援の状況や、本人の意思決定に影響のある家族その他の資源を評価し、意思決定 の支援計画をたて、本人に関わる支援者のネットワークに支援方針を徹底し、チ ェックも行うとともに、週1回以上、本人との面談や生活状況の確認の中で、具 体的な支援を行う。  なお、「意思決定支援員」はあくまでも意思決定の支援を行うものであり、自 ら金銭管理を行ったり、意思決定の代理・代行を行うことはしない。 [7] 「意思決定支援員」による支援は、客観的な数量化や評価がしにくい面があり、 また、本人の意思決定という人格の中核に関わる支援であることから、第三者に よる評価が重要であり、障害者当事者による不服や苦情、支援状況の客観的評価 などのため、市町村に意思決定支援についての評価機関を設けて、その職務執行 の適正を担保する。 [8] 従来の「相談支援事業所」との関係については、相談支援事業所は、主として、 本人の日中活動と住まいの場をどこに求めるかにつき福祉サービスをどのよう に利用するのかを対象として業務が行われるのであり、その過程で本人の意思決 定を支援する関わりがなされる一方、本人のあらゆる生活全般についての意思決 定を支援をするものではない。また、現行の相談支援事業所は、実務経験も専門 性もない職員が従事しているところが多くを占めている現状があり、そこに全般 的な障害当事者の特性に配慮した意思決定支援を担わせることは難しく、あくま でも上記の支援に関連して、意思決定を支援する補助的な役割であり、「意思決 定支援員」のマネジメントと下で、連携・協働して支援を行うこととなる。 [9] 相談支援(茨木座長)チームの第1期報告との関係  ア 局面  茨木チーム第1期報告は、福祉施策の支給決定に至るプロセスの局面が主な念 頭にあると思われるが本書が提言する意思決定支援員は生活全般における役割 がある。 イ 支給決定プロセスでの役割  「意思決定支援員」も当然、茨木チームの提言する「本人及び相談支援専門員 と市町村間で協議・調整」の局面にも役割を果たして関与していくことなる。  「意思決定支援員」は、本人の生活全般(療育・教育・就労支援・就労・生活 の場・家族・趣味嗜好・人間関係等)・人生を長期間にわたって全般的に理解し て人生の伴走者に近い関係で信頼関係を構築しているマンツーマンの恒常的な アドバイザーであるため、支給決定プロセス等局面が限定された相談支援センタ ーの職員としての相談支援員(担当職員)より、更に本人の人生設計全般や本人 の希望・特性に応じた極め細やかな丁寧な助言が可能となる。  他方、相談支援センターの職員は、他のケースも多数経験するなかで、その地 域の資源や様々なノウハウや福祉制度等の知見に精通している専門家としての 立場から、普遍的アドバイスが可能であり、その両者は二律背反するものでなく、 両者の利点を補いながら、本人のための支援をより充実させていくことになる。 [10] 解任・選任権限や苦情申立てシステムも用意しておく   本人の意に沿わない支援活動を行う意思決定支援員に対する解任権限、支援員 選択権限や、意思決定支援員の業務に対する苦情申し立てシステムなども用意し ておく必要がある。   [11] 「報酬・人材チーム(藤岡座長)意見書」との関係  同意見書では次のとおり提言されている。 [結論2]当事者の立場に立つ地域移行を実現するため「相談支援専門員」制度 を創設する。  当意見書もこの意見書と両立するものである。  すなわち、ここで創設される「相談支援専門員」は資格であり、「意思決定支 援員」は法律上の福祉支援業務における職務上の立場・地位である。  よって、意思決定支援員がその専門性や知見を高めるために、「相談支援専門 員資格」を取得することは望ましいことである。 4 成年後見制度との関係  (1) 意思決定支援と射程範囲の区別   権利条約のパラダイムにもかかわらず、現実には、様々な社会の法律行為につい て、これを全て意思決定の支援により、障害当事者が全て自ら決定することができ るとすることは困難であり、意思決定支援の制度が成熟し、ライフスタイル全般と 社会の意思決定支援に向けられた環境整備が整うまでは、法律行為についての代理 行為は必要であり、その意味で、成年後見制度は、意思決定支援とは別に必要な支 援制度として、障害者の権利擁護の資源として、適切な制度運用が求められる。  また、法律行為以外の意思決定については、成年後見制度の射程範囲ではないた め、そこにおいては意思決定支援のみがその役割を果たすことになる。  (2) 成年後見制度の代理行為の補充性の原則  とはいえ、法律行為についての意思決定についても、本人の行為能力の完全性を 謳った障害者権利条約の理念に照らし、可能な限り、本人の状況に応じて自ら法律 行為を判断しうるための支援(意思決定支援)が、「意思決定支援員」と成年後見 人等の協働によって優先されなければならず、それで不十分な場合の補充的なもの として、成年後見人等による法律行為の代理や財産管理などが行われるべきである。  そのことを保障するために、成年後見人等の職務規範として、本人の意思決定支 援の優先と本人の意思確認による最善の利益の考慮原則を、民法上の義務として規 定すべきである。  また、成年後見人等による同意権・取消権の行使も、本人が行った法律行為の失 敗について、本人の利益の保護のために、他の一般的な救済手段(消費者契約法や 民法などによる救済手段)によることができない場合の補充的なものとする原則を 法定すべきである。  (3) 意思決定支援員と成年後見人等の職務の関係   「意思決定支援員」による支援計画と成年後見人等による支援計画は、意思決定 支援の優先原則からいって、全体的な支援計画を意思決定支援員が立てる中で、法 律行為に関わる部分について、これを成年後見人等と連携して支援計画を構築して、 協働するという関係に立つ。   そして、本人の生活全般についての情報や定期的な本人の意思決定の状況につい て把握し、評価することのできる「意思決定支援員」は、成年後見人の法律行為の 代理行為などの判断について、重要な情報提供者として、その連携は極めて重要で あるばかりでなく、時には、成年後見人の職務が本人の意思を尊重し、意思決定支 援を優先しているかどうかをチェックし、その濫用を防止するためにも、その役割 を果たすことが期待される。   成年後見人等も、その職務を通じて、日常的な「意思決定支援員」による支援が、 本人の意思決定を不当に歪めたり、保護的な関係性に陥っていないかなどのチェッ クを行うことも可能である。   その意味で、意思決定支援員と成年後見人等は、相互の連携とチェックアンドバ ランスの関係で、本人の意思決定支援に対して重要な役割をになっていくことにな る。  (4) 成年後見人等の報酬の個別給付化   成年後見制度の活用は、今後も、十分な意思決定支援を前提として、なお一定の 場合の意思決定の代理を行うために必要な制度であり、また、本提言で創設される 意思決定支援制度が存在しない現時点においては、本人の意思決定支援を含めた権 利擁護のために活用が促進されるべきである。しかし、現状では、後見人等の報酬 が本人負担とされていることから、後見人等の担い手に親族以外の者を確保するこ とに大きな支障があり、その活用が進まない大きな要因となっている。   成年後見制度の利用が基本的人権に基づく権利であるならば、利用のたびに本人 の資産が減額していく仕組みは本質的な矛盾である。換言すると現行成年後見制度 が、旧家制度の存続のために存在した禁治産制度から抜本的な転換がなされずに、 本人の人間としての尊厳を保障する人権保障制度と位置付けられず、民法の私的自 治制度を維持するために存在しているという本質的限界を指摘せざるを得ない。  現状に即していえば、法の理念チームの意見書と同じ意見であるが、障害者が成 年後見制度を利用する場合の申立費用及び報酬については、原告の成年後見制度の 抜本的改正を前提として、総合福祉法における個別給付の一つとして支給する制度 を新設し、裁判所の後見報酬の決定に基づき、全額を個別給付として後見人等が代 理受領できるようにすべきである。 5 日常生活自立支援事業との関係   意思決定支援員による意思決定支援は、あくまでも本人が自ら意思決定を行うこ とに向けられた支援であるから、本人に代わって一定の金銭管理などを行うことは、 本人の意思に基づく委任であったとしてもその職務の中に含めるべきではない(現 実には金銭管理の要請もあるかもしれないが、理念形としての確認)。  したがって、現行の社会福祉法を根拠とする「日常生活自立支援事業」による金 銭管理や見守りサポートは、一定のニーズに対して活用されるべき資源として位置 づけることになる。本人の金銭管理能力の状況によって、これを活用しつつ、同事 業の支援計画や生活支援員の関わりを、意思決定支援計画全体の中に位置づけ、連 携した支援を行うことになる。   六 権利擁護員(アドボカシー制度)の設置との関係  法の目的・理念チームの意見書では次のとおり提言されている。  第8 権利擁護機関の設置この法における権利を十全に保障し、かつ侵害されない ために、権利保障・擁護機関設置の必要性を提言する。  この法律による障害者の権利を保障し、権利侵害されないために権利擁護者制 度を置くべきと考える。権利擁護者は行政および事業所から独立して作られた権 利擁護機関によって提供されるべきである。権利擁護機関の構成員の過半数を障 害者とし、国は十分な財政保障を行うべきである。権利擁護機関は障害者の要請 に基づき 公費で弁護士を個別障害者に保障することが望まれる。  そして、これらの権利擁護機関は、本法に限らず、「障害者差別禁止法」「障害 者虐待禁止法」その他障害者の権利に関する関係法令に関する権利の擁護全般を 司る機関とすることが望ましい。  法提言もこの権利擁護機関と両立し、賛同するものである。  法の理念チームで提言されたことは、障害当事者を過半数とする権利擁護機関 (委員会のようなもの)を設立し、それが、個別の障害者の権利侵害を防止するた めに、弁護士等を個別的に「権利擁護者(アドボカシー)」として認定し、費用を 公費として、個別保障する制度である。  それは差別禁止、虐待防止の面でも活躍することが期待される資質と権限を有す ることが望ましいものと想定されている。  本提言での意思決定支援者は、それよりもより、日常的に生活に密着し、人生設 計から余暇活動に至るまで広く本人の潜在的な意思と能力を引き出しながらアド バイザー、伴走者として本人に寄り添っていく存在である。 以 上