平成26年度第3回産業労働事情懇談会議事概要 日時: 平成27年3月25日(水)14:00〜16:00 場所: 厚生労働省議室 テーマ: 生産性の向上と効率的な働き方のための取組みと課題 招聘企業(業種): 情報サービス業 <企業概要、生産性の向上、効率的な働き方のための取組み> ○ システム開発、ITインフラ構築、ITマネジメントなどのITサービスを総合的に 提供する企業。従業員数は単体で約7,500名。 ○ 製造設備を持たない当社では、文字どおり社員が財産であり、「人を大切にする」と いうことを経営理念の中にも掲げ、経営トップ、役員層、ライン職層からことあるごと にアナウンスし、社内に徹底を図っている。 ○ 当社でもかつては、24時間365日稼働のシステムへの対応が必要、優秀な人材に難し い仕事が偏るといったIT技術者の仕事の特性もあって、長時間労働が恒常化し、慢性 的な疲労感や健康被害の懸念、自己成長のための勉強時間の不足、家庭生活との両立が 困難、女性の活躍の阻害といったことが課題となっていた。こうした状況に危機感を抱 いた経営トップが、トップダウンで残業の削減、有給休暇の取得促進といった「働き方 改革」を強力に推進している。 ○ 具体的には、まず、2012年7〜9月に、「残業半減運動」として、残業の多い部署を 対象に、残業の半減を命じ、各部署の工夫で、残業の削減に取り組んだ。各部署で行っ た工夫は、業務の見直し、負荷分散(多忙なプロジェクトへの人員投入、業務のアウト ソーシング、不要な業務の取りやめなど)、ノー残業デーの推進、フレックスタイムの 活用、日次・週次での業務の確認(優先順位・無駄の見極め)、会議の効率化(会議時 間帯のルールや上限時間の設定)、直行・直帰の励行、管理職が定時に退社するなど基 本的な取組みばかりであったが、残業時間は目に見えて減少した。 ○ その後、2013年4月に、有給休暇の完全取得、月間平均残業時間20時間以下を目標に 掲げ、部門ごとの目標の達成度合いに応じ、その部門の社員に賞与を一律上乗せするイ ンセンティブを導入。これは、各部門を預かる役員の事業運営、組織運営の巧拙を問う 経営トップの強力なメッセージである。また、各部門の役員の評価にはその部門の残業 時間や有給休暇取得率も反映している。 ○ こうした取組みに平行して、次のような取組みを順次実施。 ・ 管理監督者の下の中堅層に裁量労働制を導入し、月間のみなし残業時間をその時点 の平均残業時間を6時間上回る水準に設定することにより、成果に着目した働き方へ の意識改革を促す。 ・ 有給休暇取得推進のため、バックアップ休暇(有給休暇を全部取得した後病気等に より欠勤せざるを得なくなった場合に年間3日(その後5日に拡充)まで有給休暇を 付与する制度)の導入。 ・ 在宅勤務制度の適用範囲を、育児・介護中の者だけではなく、入社1年未満の者を 除く全正社員へ拡大(月間8日まで)。  ・ 顧客先に常駐する社員や育児で休業中の社員を中心にタブレット端末を配布し、本 社から発信される情報を共有。  ・ 働き方の改善に向けたアイデアコンテストの実施。  ・ 時間単位有給休暇制度、一斉有給休暇の導入。  ・ 社員1人1人の業績目標に、業務の効率化の目標を入れることを必須とする。  ・ 組織単位の勤怠実績を月2回役員会へ報告。  ・ 所定就業時間を1日あたり10分短縮。 ・ 月間60時間を超える残業には役員承認、80時間を超える残業には社長承認を必要と する勤怠認証ルールを導入。 ・ 管理会計上、各部門の損益計算書において、その部門の残業時間の長さに応じて、 実際の残業手当を上回る賦課金をペナルティーとして計上。 ・ 隠れ残業を排除するため、社屋への入出記録と就業時間の記録を突合し、不自然な 乖離がある社員のデータを各職場の管理職へ提供。改善がなされない場合は、人事部 の労務担当が実態を調査。また、全社員に対して年1回サービス残業アンケートを実 施し、問題のありそうな部署については、人事部の労務担当が社員や管理職へのヒア リングを行い、必要な場合は是正を行う。 ○ このような取組みにより、平均残業時間は2010年度の月間27時間から2014年度には月 間20時間を下回る水準まで減少、平均有給休暇取得日数は年間12日から19日まで増加す る見込みである。2012年度に2,060時間であった年間総労働時間は、2014年度には1,900 時間程度まで減少する見込みである。こうした中、従業員数は増加していないにもかか わらず、営業利益は4年間で倍増している。 ○ このように、効率的な働き方が大分定着してきたことを踏まえ、今後は、部門別の達 成インセンティブを廃止し、裁量労働制の対象とならない若手社員に対して、平均残業 時間を上回る20時間の固定残業代を支給し、残業が20時間を超えた社員には、超えた時 間に応じて残業手当を追加支給する制度を導入する予定である。これにより、社員に働 き方の効率化に一層目を向けてもらいたいと考えている。 ○ 残業の削減、有給休暇の取得促進は、ダイバーシティの推進にとっても不可欠な環境 整備であり、女性のライン職は、2011年度の9名から2014年度には43名に増加してい る。2018年度に100名にすることを目標に、育成プログラムを設けるなど、取組みを進  めている。 ○ 社員の健康増進策として、働き方改革の他、本社の移転によるハード面の整備(社員 1人当たりの執務スペースを従前の1.5倍に拡張、職員食堂、カフェテリアの新設、社 内クリニック、リラクゼーションルームの拡充など)、禁煙キャンペーンの実施(禁煙 治療費の会社負担、禁煙達成者へ報奨金の支給など)、所定就業時間内の喫煙を禁止、 経営トップから社員の家族への禁煙・健康増進に関する手紙の郵送、カウンセリング ルームの設置(臨床心理士、カウンセラーの配置)、精神科産業医の配置など様々な取 組みを行っている。今後、ウォーキングなどの健康に良い行動習慣の実践状況と健康診 断の結果をスコア化し、このスコアによりインセンティブを支給する制度を開始する予  定。 ○ 働き方改革の推進により残業時間が減少するのに合わせて、メンタルの不調による休 職者も減少している。 ○ 年に1回社員満足度調査を実施しており、「『経営理念』に共感できる」「今後も働 き続けたいと思う」「『仕事とプライベートの調和』を実現できている」といった質問 に対して、肯定的な回答が増加している。 ○ 自己都合による離職率は、2012年度には2.6%であったが、2014年度は1.9%程度まで 低下する見込みである。 <主な意見交換> 【Q】 「生産性向上」という言葉をどういった尺度で考えているのか。 【A】 生産性はあまり意識していない。働き方改革を開始したとき、経営トップは、「仮 にこれで利益が減っても構わない。利益を多少犠牲にしても、むしろ残業を減らし、 有給休暇を消化して仕事と生活をバランスすることの方が優先順位が高い」という メッセージを発しており、今でも働き方改革のメッセージの中で、労働生産性、1人 当たりの利益ということは一切言っていない。結果として利益が増えたというのが正 直なところである。 【Q】 働き方の改革と営業利益の増加には、相当の因果関係があると考えて良いか。 【A】 経営トップは、残業や有給休暇取得のマネジメントは事業マネジメントの基礎の基 礎である、つまり、ベースとして残業や有給休暇の取得のマネジメントができなけれ ば、事業をうまくマネージして利益を出すことはできないということをよく言ってい る。働き方改革を実現しつつ、利益を上げていくということが各部門を預かる役員の 才覚・力量だということになる。 【Q】 働き方の改革に取り組まれ、結果として利益が増えた要因として、マネジメントの 効果が上がったということ以外の要因は何かあるか。 【A】 従来は、顧客との契約でも時間精算方式が非常に多く、長く社員を働かせるほど売 上が増える、時間に比例して売上と人件費の差額の付加価値が増えるというモデルに なっていた。このようなモデルでは、時間に比例して残業手当が発生するので、爆発 的に利益が増えることはない。社員の平均残業時間を6時間上回る水準に見なし残業 時間を設定して裁量労働制を導入したという話をしたが、これにより固定的なコスト が増えることから、そうした中でマネジメントをするとなると事業モデルを変えてい かざるを得ない。定量的には把握していないが、時間精算方式の契約形態は相当減っ ていると思われる。 【Q】 各部門の役員が、固定費が上げられても着実に利益を上げているということについ て、共通に見られる行動パターン、モデルチェンジの方向性といったものはあるか。 【A】 1つは、繰り返しになるが、契約形態を変えてきているということがある。時間精 算方式の契約形態から、例えば開発によってできる成果物に対して値段を決める契約 形態にできるだけ変えていこうとしている。すると、成果物を作り出すための時間は 契約に入っていないため、働き方の工夫を我々自身の手に取り戻すことができる。ま た、残業が減っていることが、社員の健康状態にもポジティブに働いているはずであ り、睡眠の質や長さも従来より確保できているとしたら、一人一人のパフォーマンス が間違いなく上がっているだろうと思う。それが、7,000人のかけ算になって、効果 が生まれているのではないか。 【Q】 御社の経営トップが働き方の改革に注力するようになったきっかけをご存知であれ ば、御教示頂きたい。 【A】 当社の経営トップは、女性が活躍できる、高齢者が活躍できるというのは、日本に とって大事なテーマであり、そうであるならば、自社を変えることがある意味のモデ ルになるのではないかということをよく言っており、そういう思いから、様々な改革 の骨太の部分を経営トップが考えて、枝葉の部分を人事が施策として展開している。 【Q】 御社の社員満足度調査で、「仕事とプライベートの調和を実現できている」という 質問に対して、肯定的な回答が増えているが、これだけ目覚ましい成果を上げている 中、まだ20%の方が「そう思わない」「あまりそう思わない」と回答していることに ついて、どのように分析しているか。 【A】 平均で見ると、残業時間が減って、自分の時間が生まれていることは間違いない が、残念ながら、月に60時間、80時間を超えて働く社員が未だにいるのも事実であ り、こうした社員を中心にそのような回答になっているのではないかと思う。 【Q】 労働時間が減り、余暇の時間が増える中で、社員の余暇の使い方はどのように変わ ったのか。特に、IT業界は技術の陳腐化が速いと思うが、余暇が増える中で自己研 鑽を後押ししているというようなことがあれば、御教示頂きたい。 【A】 ITのエンジニアの専門性能力を年1回審査し、評価を行っている。レベル1から レベル7までのランクがあり、情報処理系の国家試験の合格や一定の業務経験など、 ランクごとにクリアすべき条件を設けている。この専門能力評価と報酬や昇格を緩や かに連動させる仕組みを設けており、社員自ら能力アップを図るような意識付けをし ている。このため、例えば国家試験をパスするためにプライベートの時間で勉強をす るということはやっているのではないかと思う。なお、現在の専門能力評価の平均は 3.7程度であるが、1年前は3.3程度であったと思う。    また、グローバル人材を育成するため、社内でTOEIC大会を行うなど、英語力の アップにも取り組んでおり、余暇を英語の勉強に費やしている社員もいると思う。     【Q】 働き方の改革を進めていく上で、苦労した点があれば、御紹介頂きたい。 【A】 残業半減運動を行った際、対象となった32部署のうち、大体半数の部署でほぼ残業 を半減することができた。今でも役員会で組織ごとの残業時間実績を出しているが、 例えば、金融関係の事業は非常に受注量が増えており、業務量が非常に多いため、残 業を減らすのは難しい。このように、苦しんでいる部署と楽にクリアしている部署の 濃淡がある。 【Q】 金融関係の事業で業務量が増えているという話だが、そのような部門では、顧客の 業務量などに影響を受ける部分があって、そこは自分たちでは対応が困難である所も あると思うがどうか。 【A】 金融部門で非常に受注量が増えているので、来期には他部門から金融部門に人を動 かそうとしている。当社でも「事業仕分け」を行っており、事業単位の成長率の高低 と収益力の高低を見て、事業を4象限に分け、成長率も収益力も低い事業を洗い出し ている。その中で、どの部門に人材を投入し、どの部門を効率化するのかジャッジし て、人を動かしている。それでも完璧にはなかなかいかず、全体の社員の数を減らし ている中でやりくりをしているので、苦しいところはある。 【Q】 パフォーマンスが上がった要因として、顧客との契約の仕方を変えたことや労働時 間の短縮によるリフレッシュなどがあると思うが、残業半減運動の時は、急に契約を 変えるわけにもいかないし、社員が急にリフレッシュできるわけでもないのに、それ でも多くの部署で残業半減を達成できた理由をどのように考えているか。 【A】 朝8時に出勤し、夜10時に帰る生活を振り返ると、その時間、根を詰めて仕事をし ていたわけでなく、今日も夜10時だと思うと、それに合わせて仕事をしていたのでは ないかと感じる。残業半減運動により、夜7時までには帰ろう、帰らなければいけな いと思うと、そのペースで仕事ができる部分があると思う。仕事のペースを凝縮する ことで2時間くらいは捻出できるのではないかと感じる。 【Q】 部門単位のインセンティブによって、自分が残業すると部門全体に迷惑がかかると いう意識が働いて残業をしないように努力していた社員もいると思うが、今後、部門 単位のインセンティブを廃止して、自分の残業代が多いか少ないかという問題になっ てくると、残業代にかかわらず自分が満足いくまでの仕事がしたいというような逆効 果も出てくるのではないかと考えられるが、どうか。 【A】 インセンティブは廃止するが、それ以外の施策は全く同じように継続するため、残 業が多い社員がいる部署の役員にはペナルティーがかかるので、役員は、社員が残業 しない方向へ組織をマネージするはずであると信じている。 【Q】 働き方の改革により、他社のサービスに比べて自社のサービスが低下していると感 じるようなことはなかったか。 【A】 主要な顧客の情報システム部の部長、課長、リーダー層にアンケートをお願いし て、顧客満足度調査を行っているが、その結果を見る限り、サービスの低下につなが るような気にすべき問題はないと理解している。  会社の利益は、お客様にサービスなり商品で満足してもらった結果の御褒美だと 思っている。そうだとすると、満足度が低下したり、サービスの質が低下すると御褒 美は少なくなるはずであるが、現在、営業利益は右肩上がりであることから、お客様 には満足していただいているのではないかと理解している。