平成21年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)
「小児の脳死判定及び臓器提供等に関する調査研究」

(抄)

「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)

第8 臓器摘出に係る脳死判定に関する事項
1 脳死判定の方法
法に規定する脳死判定の具体的な方法については、施行規則において定められているところであるが、さらに個々の検査の手法については、「法的脳死判定マニュアル」(厚生科学研究費特別研究事業「脳死判定手順に関する研究班」平成11年度報告書)に準拠して行うこと。
ただし、脳幹反射消失の確認のうち、鼓膜損傷がある症例における前庭反射の確認については年齢にかかわらず、平坦脳波の確認における基本条件等及び無呼吸テストの基本条件等については6歳未満の者の場合において、「小児の脳死判定及び臓器提供等に関する調査研究」(平成21年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)報告書)のⅡの4の3)、4)及び5)の(2)並びに別資料2のⅠの2及びⅡの2に準拠して行うこと。

Ⅱ. 6歳未満の小児脳死判定基準の検討

4. 必須項目

3) 脳幹反射の消失
「前庭反射の消失」については、実際には鼓膜損傷があっても検査が可能である。
このため従来の成人用マニュアルの一部を、以下のように修正ないし追加すべきである(別資料2 水口の報告を参照)。
(1) 耳鏡により両側の外耳道に異物のないことを確認する。
(2) 氷水の注入量は6歳未満の乳幼児では25mlとする
(3) 一側の試験終了後、5分以上の間隔をおいてから、他側の試験に移る。
「毛様脊髄反射の消失」について、同反射の脳死判定における意義を疑問視する見解もあるが、今回あえて削除はしない。
「脊髄反射はあってもよい」と小児脳死判定基準(2000年、表1.)には記載されているが、現行の基準に揃え記載することとする。

4) 脳波活動の消失
原則は小児脳死判定基準(2000年)のとおりでよい。
脳波検査の実際について、6歳未満の乳幼児に対しては、従来の成人用マニュアルの一部を以下のように修正ないし追加すべきである(別資料2を参照)。
(1) 「電極間距離」は7cm以上(乳児では5cm以上)が望ましい。
(2) 「脳波計の感度」について、2μV/mm以上、時定数0.3の記録を脳波検査中に必ず行う。
デジタル脳波計でアーチファクトの鑑別が困難な場合、部分的にローカットフィルターを0.5Hzに設定した記録を考慮して良い。
(3) 「ボディーアース」に関しては、電極を患者に装着し、電極ボックスのアースに差し込む。
電極の位置は頭部(前額部)または鎖骨部付近が望ましいとされている。
(4) 「電極の装着」に関しては、皿電極を用いることが望ましい。
皿電極の場合、可能であればコロジオン固定を考慮する。
(5) 「検査の条件」に関しては、心電図の同時計測は必須。
呼吸曲線の記録が望ましい。
可能であれば眼球運動、頤部筋電図も記録するとよい。

5) 自発呼吸の消失

(2) 小児の脳死判定基準の無呼吸テスト
2000年に作成された小児における脳死判定基準と2007年、2009年の再検討報告書の内容をとりあげて議論した。
テスト開始前の準備は現行と同様に、モニター類では、心拍数、血圧、パルスオキシメータによる動脈血酸素飽和度モニター(SpO2)、動脈血ガス分析値、心電図とする。
筋弛緩薬および鎮静麻酔薬の残存効果のないことの再確認には筋弛緩モニター、血中濃度測定が望ましいが、できないときには十分な時間をおく必要がある。
無呼吸テストを行う前の望ましい条件(体温35℃以上、PaO2は200mmHg以上、PaCO2は35~45mmHg)は妥当と考える。
無呼吸テストの方法も変更はなく、あらかじめ10分間以上100%酸素で人工換気により脱窒素後、人工呼吸器を切り離してTピースでの100%酸素投与(6l/min)に切り替えて、呼吸の有無を確認する。
そのほか、諸外国で行われている、人工呼吸器を接続したまま行う方法、あるいは気管チューブにカテーテルを挿入して酸素を流す方法(吹送法)もあるが、いずれにおいても、それぞれの方法の利点、欠点を熟知したものが行う必要がある。
結果の判定においては、
① 目視による観察と胸部聴診(聴診器の接触で誘発される脊髄反射に注意)で判定すること、
② 目標PaCO2レベルを60mmHg以上とすること、に変更はない。
PaCO2の上昇速度は患者およびその状態によって予測できない。
そのため経時的な血液ガス分析が必須であるが、動脈血採血をテスト開始後5分と定めるよりは、3~5分頃に行うこととし、以後の採血時間を予測するのが実際的であると考える。
③ 観察終了はPaCO2が60mmHg以上になった時点とし、その時点まで呼吸が観察されない場合は、自発呼吸消失、すなわちテストの結果は陽性と判定する。
ここで最も問題になる点は、呼吸中枢を刺激するPaCO2閾値をどう考えるかである。
これまで、適切なPaCO2レベルについては議論されてきた経緯があり、PaCO2が60mmHgでは不十分とする考えがあるが、いずれも症例報告で、1998年以降新たな報告は見当たらない。
世界的にみても小児でも成人と同じ値(60mmHg)でよいとする報告が支配的で、これを考慮して、厚生省研究班はPaCO2を60mmHgと決めたと考えられる。
Wijdicksによる80か国の収集資料では、一定PaCO2レベルを要求している国は39カ国で、PaCO2は成人と同様60mmHgである。
現時点で脳死判定においてPaCO2を60mmHgでは不十分として、さらに高い値に変更する科学的根拠はどこにもないと言わざるをえない。
本研究班でもエビデンスがない状態でこの値を変更するのは妥当でないとの結論に達した。
厚生省研究班の報告でも考察されているように、特に後頭蓋窩の病変を有する小児や、二次性病変では、さらなる症例の蓄積が必要かもしれないが、今後小児脳障害患者の呼吸中枢のPaCO2に対する反応の研究結果が出ない限り、あるいは無呼吸テストの代わりになるような補完検査が確立されない限り、小児脳死臓器移植は不可能となり、不毛の議論に終わる。
結論として小児用脳死判定基準(2000年)の「後頭蓋窩病変では知見の集積が望まれる」とする記載は、法的脳死判定を実際に施行するにあたり、削除することとした。

別資料2.
小児法的脳死判定マニュアルに関する検討
東京大学大学院医学系研究科発達医科学 水口 雅

Ⅰ. 前庭反射(カロリックテスト)

2. マニュアルの修正点
1) 耳鏡による観察
従来の成人用マニュアルには「耳鏡により両側の鼓膜に損傷のないことを確認する」と記載されている。
しかし実際には、鼓膜に損傷があっても、検査は可能である。
安全面でも、滅菌生理食塩水を用いれば問題はない。
なお鼓膜損傷がある場合の対応法は、すでに厚生省厚生科学研究費特別研究事業「脳死判定上の疑義解釈に関する研究班」平成11年度報告書「脳死判定上の疑義解釈」で示されている。
むしろ外耳道に耳垢その他の異物があって、氷水が鼓膜に達するのを妨げることが問題である。
上記の記載は「耳鏡により両側の外耳道に異物のないことを確認する」と修正すべきである。
なお、このことは小児・成人を問わない。
2) 氷水の注入量
反射を誘発する目的からは、注入量が多すぎることに問題はない。
しかし成人用マニュアルに記載された50mlは、6歳未満の乳幼児には多過ぎる。
新しい小児用マニュアルでは25ml程度にすべきであろう。
3) 両側の試験の時間間隔
脳死判定においては、一側の前庭反射を検査した後、他側の検査に移る。
このとき、一側の耳が体温に復するのを待ってから、他側を検査すべきである。
両側に冷刺激を同時に加えると、互いにうち消し合う危険性があるからである。
しかし従来の成人用マニュアルには、2つの検査の時間間隔に関する記載がない。
「一側の試験終了後、5分以上の間隔をおいてから、他側の試験に移る」との記載を追加すべきである。
なお、このことは小児・成人を問わない。

Ⅱ. 脳波検査

2. マニュアルの修正点

1) 電極間間隔
従来の成人用マニュアルには「電極間距離は7cm以上が望ましい」と記載されている。
乳児の頭囲を考慮して「7cm以上(乳児では5cm以上)が望ましい」と追記するのが良いと考えられる。
2) 脳波計の感度
「2μV/mm以上、時定数0.3の記録を脳波検査中に必ず行う。デジタル脳波計でアーチファクトの鑑別が困難な場合、部分的にローカットフィルターを0.5Hzに設定した記録を考慮して良い」と追記すると良い。」と改めるのが良い。
小児用脳死判定基準(2000年)との整合性、およびデジタル脳波計が普及した事実に鑑みた。
3) ボディーアース
成人用マニュアルにおける「電気メスの対極板を患者に装置し、電極ボックスのアースに差し込む。(あらかじめ電極ボックスへ差し込むための接続コードを作成しておく)」という記載を、「電極を患者に装置し、電極ボックスのアースに差し込む。(電極の位置は頭部(前額部)または鎖骨部付近が望ましいとされている)」に改めるのが良いと考えられる。
4) 電極の装着
成人用マニュアルにおける「皿電極を用いることが望ましいが、針電極を用いても差し支えない。皿電極の場合、コロジオン固定が望ましい。」との記載を「皿電極を用いることが望ましい。皿電極の場合、可能であればコロジオン固定を考慮する。」に改めるのが良いと考えられる。
小児に針電極を用いるケースはほとんどないこと、また乳幼児の皮膚が剥脱しやすいことを考慮した。
5) 検査の条件
成人用マニュアルにおける「心電図の同時計測は必須。」という記載の後に、「呼吸曲線の記録が望ましい。(可能であれば眼球運動、頤部筋電図も記録するとよい)」と追記するのが良いと考えられる。
「四肢の筋電図、体動及び人が近づくことによる静電誘導などによるアーチファクトの鑑別」に関する「6~7cm間隔で手背においた電極から電気現象を同時記録する。」との記載は削除するのが良いと考えられる。
乳幼児の手が小さいことに鑑みた。