第1章  救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

 初期診断・治療に関する評価
  1.1 脳神経系の管理について
  1.1.1. 経過
 平成16年1月25日16時頃に自宅で倒れているところを発見され、救急車で16:57に当該病院救急外来に到着した。外来時、意識水準JCS 300で、瞳孔径は左右とも4.0mm、対光反射消失が認められたが呼吸は規則的であった。来院時収縮期血圧は170/80mmHgであったが、17:40には202/70mmHgと上昇したため、降圧剤(ニカルジピン1mg)投与を行った。17:15施行された頭部CTでは、大脳半球間裂にわずかなくも膜下出血と脳内血腫、びまん性脳室内血腫及び急性水頭症を認めた。18:30施行した脳血管撮影では前交通動脈瘤が描出され出血源と確認した。21:00急性水頭症に対して両側脳室ドレナージ術を施行した。22:15脳室ドレーンからの多量の血液流出を認め、動脈瘤の再破裂と判断した。22:45には血圧下降と自発呼吸消失のため気管挿管し人工呼吸器を装着してドパミン投与を開始した。
 1月26日に再度施行された頭部CTでは、くも膜下出血の範囲増大、脳腫脹の増悪、脳室の拡大、脳室内血腫量の増大が認められた。

  1.1.2. 診断の妥当性
 以上の所見及び臨床症状から、前交通動脈瘤破裂による頭蓋内出血と診断しているが、本症例における診断法の選択及び診断は妥当である。

  1.1.3. 保存的治療を行ったことの評価
 本症例は来院時、意識水準JCS300で、瞳孔は散大、対光反射消失が認められた。まず、急性水頭症に対して両側脳室ドレナージ術を施行して症状の改善を図ったが、まもなく動脈瘤の再破裂をきたし、臨床症状は一層悪化し無呼吸となった。
 以上の臨床所見、CT所見及び脳血管撮影所見から、動脈瘤根治手術などの積極的治療の適応はない。

  1.2 呼吸器系の管理
 本症例では、患者は自宅で意識を失っているところを発見されたが、呼吸は安定していた。当該病院到着の16:57では、自発呼吸あり、呼吸回数18回/分、規則的であり補助呼吸を用いず空気呼吸でSpO2は99%と酸素化は維持されていた。搬入時の胸部レントゲン写真でも神経原性肺水腫を認めず、換気と酸素化には問題なかった。
 18:30には脳血管撮影がなされたが、この間も呼吸管理は同様であった。21:00には両側脳室ドレナージ術が施行されている。この間、酸素は100%3L/分で投与され、SpO2は98〜99%であった。
 1月25日22:00過ぎより、ドレナージからの出血増大、脳圧亢進を認め、22:45には瞳孔散大と自発呼吸消失に至ったため気管挿管し、人工呼吸器が装着されている。このときの換気条件は調節呼吸で、FiO20.5、1回換気量450mL、換気回数20回/分、PEEP0cmであった。
 この後も同様に、1回換気量420mL、換気回数20回/分、PEEP4〜6cmで調節呼吸を継続した。経過中、1月29日に白血球数が35,900/mm3に上昇、2月2日の胸部X線写真で右中下肺野に肺炎の所見を認めた。2月5日にはCRP35.1と炎症所見を示しており、これは呼吸器感染症を来した結果であると考えられる。FiO2は肺炎の併発と共に0.5から1.0まで徐々に上昇させる必要があった。そのため第1回法的脳死判定開始時のPaCO2が30mmHgと、やや低値に至ったものと思われる。しかし経過中に脳の機能に影響するような低酸素血症は見られなかった。

  1.3 循環器系の管理
 当該病院到着時、心拍数は66回/分、整、血圧は170/80mmHgと、収縮期血圧が上昇していた。17:40には202/70mmHgと収縮期血圧が200mmHgに達したため、降圧薬が投与され、17:50には156/66mmHgと下降した。同日、脳室ドレナージが行われたが、その後、血圧低下が70/40mmHgに至ったために、ドパミンが投与開始された。
 その後、ドパミン投与量は血圧の変動に応じて調節され、1月25日から2月5日の期間、収縮期血圧は130/90mmHg程度で、概ね100mmHg前後に安定してコントロールがなされていた。この間のドパミン投与量は0〜7μg/min/kgであった。なお第1回法的脳死判定及び第2回法的脳死判定において、両者ともドパミンの投与が継続されている。この間のドパミン投与量は3μg/min/kgと少量であった。
 また患者の経過中において脳圧降下薬、浸透圧利尿薬は用いられていない。

  1.4 水電解質の管理
 入院当日1月25日〜27日には尿量が増加し、1月27日には2600mlと多尿状態を認めている。しかし、ドライサイドに管理維持するため、輸液量は1900mL程度で推移し、このため血清Na値は1月30日には170mEq/Lまで上昇した。その後は輸液量の増量にて対応し、血清Na値は160mEq/L前後にて脳死判定まで推移した。血清Cl値も1月30日には140mEq/Lまで上昇し、脱水状態であったが、その後徐々に改善され、脳死判定日には118mEq/Lであった。血清K値は2月3日に6.4mEq/Lに上昇したものの、脳死判定日には5.3mEq/Lであった。
 このように搬入後早期はドライサイドに置く輸液管理、そのために見られる電解質異常、これに対する輸液量の増加による対処は、一般的に見られる管理方法に沿ったものであり、脳死判定に至るまでに水分、電解質管理は妥当に行われたと考えることが出来る。

  1.5 まとめ
 本症例は前交通動脈瘤の破裂によるくも膜下出血及び脳内・脳室内出血のため、発症直後から頭蓋内圧亢進状態が進行し、再出血後に自発呼吸の停止、血圧の低下に至ったものと推定できる。当該病院に到着後、呼吸、循環動態の安定が図られたが、不可逆的な脳機能喪失状態に陥っていたもので、保存的な対症療法の選択やその後の治療経過は妥当である。

 臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
  2.1 脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は発見約1時間後、平成16年1月25日16:57に当該病院に搬送された。到着時に、意識水準JCS300で、瞳孔径は左右とも4.0mm、対光反射消失が認められた。ただちに行われた頭部CT、脳血管撮影で脳動脈瘤破裂と診断、引き続き急性水頭症に対して両側脳室ドレナージ術を施行した。動脈瘤の再破裂により自発呼吸消失をきたし人工呼吸器を装着した。同時に急速な血圧低下を来たし、以後昇圧剤による血圧コントロールを行った。
 以後循環・呼吸管理により血圧は維持できたが、深昏睡、瞳孔散大、対光反射消失が続き、自発呼吸もなかった。頭部CT、脳血管撮影では脳動脈瘤破裂と診断され、器質的脳障害により深昏睡及び無呼吸を来している症例と判定された。2月4日14:04当該病院では臨床的な脳死と診断した。同日17:05第一回法的脳死判定を開始し、約6時間後に第二回脳死判定を行い、2月5日6:52に法的脳死判定を終了している。
 なお本例では、1月25日から30日まで、フェニトイン(250mg/日)が投与されたが、臨床的脳死診断の開始まで中止より約5日が経過しており、脳死判定への影響はないと考えられる。
 本症例は、上述の経過概要の記述にあるように、脳死判定の対象としての前提条件を満たしている。すなわち
  1) 深昏睡及び無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。
平成16年1月25日16:57に救急車で当該病院救急外来に到着時から深昏睡が確認されており臨床的脳死の診断開始までに約233時間経過し、機械的人工呼吸開始から臨床的脳死の診断開始までに約227時間経過している。
  2) 原因、臨床経過、症状、CT所見から脳の一次性、器質的病変であることは確実である。
  3) 診断、治療を含む全経過からすべての適切な治療を行っても回復の可能性は全くなかったと判断される。

  2.2 臨床的脳死診断
〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(2月4日10:00から14:04まで)
 体温37.1℃ 血圧92/48mmHg
 JCS 300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右6.5mm 左6.5mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射のすべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)
施設における診断内容
 以上の結果から臨床的に脳死と診断して差し支えない

  2.2.1. 脳波
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm)。
 平成16年2月4日(13:22−14:04)に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1,Fp2,C3,C4,O1,O2,T3,T4,A1,A2で、記録は単極導出(Fp1-A1,Fp2-A2,C3-A1,C4-A2,O1-A1,O2-A2,T3-A2,T4-A1,A1-A2,Fp1-O1,Fp2-O2)、双極導出(Fp1-C3,Fp2-C4,C3-O1,C4-O2,Fp1-T3,Fp2-T4,T3-O1,T4-O2,A1-C3,C3-C4,C4-A2,T3-T4)とで行われている。さらに頭部外モニター(下肢内側に装着)、心電図モニターも同時に行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

  2.3 法に基づく脳死判定
〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回) (2月4日17:05から21:24まで)
 体温:37.1℃ 血圧:101/54mmHg 心拍数:94/分
 JCS:300
 自発運動:なし 硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm 左7.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)
 無呼吸テスト:陽性
(開始前) (2分後) (4分後) (8分後) (終了後)
 PaCO2 30 46 50 66
 PaO2 368 375 345 303
 血圧 123/76 102/47
 SpO2 100 99
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
検査所見(第2回) (2月5日3:40から6:52まで)
 体温:37.2℃ 血圧:114/70mmHg 心拍数:86/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm 左7.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)
 無呼吸テスト:陽性
(開始前) (2分後) (4分後) (8分後) (終了後)
 PaCO2 35 47 57 64
 PaO2 219 244 257 256
 血圧 127/87 136/83
 SpO2 99 99
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における判定内容
 以上の結果より、
 第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(2月4日21:24)
 第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(2月5日6:52)

  2.3.1. 脳波
第1回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)。
 平成16年2月4日(17:51〜18:39)に記録されており、臨床的脳死診断時の脳波記録と同条件である。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

第2回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)。
 平成16年2月5日(4:48〜5:41)に記録されており、第1回法的脳死判定時の脳波記録と同条件である。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

  2.3.2. 聴性脳幹反応
 臨床的脳死診断、法的脳死判定(1,2回目)のいずれにおいても、I波を含むすべての波を識別できない。

  2.3.3. 無呼吸テスト
 第1回法的脳死判定開始時のPaCO2は30mmHgとなっているものの、おおよその基準値の範囲内と判断される。テスト自体は2回とも必要とされるPaCO2レベルを得て終了している。

  2.4 まとめ
 本症例の脳死判定は脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。以上から本症例を法的に脳死と判断したことは妥当である。

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