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平成10年4月20日
7.設計段階における留意点(3) リスク及び健康被害に関する調査
9.設計段階における留意点(5) 使用方法及び表示に関する要件
照会先:厚生省生活衛生局企画課 生活化学安全対策室 担当 : 平野(2424)
本書は、過去の中毒事故に関する原因究明の成果等を踏まえ、防水スプレーの製造、使用等の際に生ずるリスク及びリスク要因を把握し、事故防止に努め、また当該製品の品質及び安全性の向上を図るために作成されたものである。
当室が先に策定した「家庭用化学製品に関する総合リスク管理の考え方」に基づき、事業者が、設計・製造から使用・廃棄に至る安全確保のための手順を定めた「防水スプレー安全確保マニュアル」を作成する際の手引き書である。
防水スプレーは、一度に大量に噴霧して使用される場合が多く、かつ噴霧している時間が長時間に及ぶことが多いことから、噴霧粒子の吸入に関する安性について十分な配慮が必要な製品である。1992年末から1994年にかけて、呼吸困難、咳等の呼吸器系中毒症状を主訴とした急性中毒事故が多発た。 厚生省を中心として原因究明が進められ、溶剤による頭痛、めまい等神経系中毒症状とともに、撥水剤樹脂を含む噴霧粒子による呼吸困難、咳の呼吸器系中毒症状が引き起こされたことが明らかにされた。 また、これらの原因究明に関する取り組みを通じて、付着率、噴霧粒子の平均粒子径及び10μm以下の粒子存在率をもとに、噴霧に伴って肺に取り込まれる噴霧粒子量についての製品評価を行うとともに、撥水剤樹脂原液(溶剤を含む)の吸入毒性試験及び市販スプレー製品を用いた動物でのスプレー用実験によって肺障害性の強度を評価しておくことが、防水スプレーによる呼吸器系障害を伴う健康被害を防止し、スプレー製品としての安全性を確保するうえで有用であることが確認されている。 |
本手引きは、布、皮革の撥水、防汚及びそれらに類する機能付与を目的に、主剤としてフッ素樹脂、シリコーン樹脂、シリコーンオイル等をスプレーにより噴霧して塗布する形で使用される家庭用防水スプレー製品に適用される。
総合的な安全対策は次の手順で行う。
(1) 品質保証
1)品質保証システムの整備
(2) 設計段階における安全対策
1)過去の健康被害事例をもとにした各リスク要因の評価
2)考えられる全ての曝露要因の選定とそのチェックリストの作成
3)考えられる全てのリスク要因の選定とそのチェックリストの作成
4)リスクの許容性に対する評価
5)リスクを削減するための方策に関する検討とその選択(優先順位の決定)
(3) 市販後の安全対策
1)消費者情報の収集、製品及び配合成分のリスクに関する最新情報の調査
2)安全対策
(4) リスクコミュニケーション
1)情報の提供とフィードバック
(5) リスク削減技術の開発
1)フェイルセイフ・フールプルーフの採用
2)ポジティブリストの採用
製品設計の段階で考えられる要件のうち、製品企画を行う際に製品として適当か否かを判断する事項、又はリスクの削減について考慮するべき事項は次のとおりである。
(1) 製品を本来の使用目的で使用したときに、使用者等に対して受容できない健康上のリスクを与えない。
(2) 製品は、使用者の健康上のリスクをできる限り少なくするように設計・製造される。
(3) 製品の性格から、健康上のリスクを除去できない場合は、設計の変更や警告表示を含めた適切なリスク削減策を講じる。
(4) (3)によっても除去できない健康上のリスクがある場合には、使用者に対してその危険性を適切に知らせる。
(5) 誤使用をできるだけ減らすように設計する。
(6) 乳幼児、高齢者、障害者に対するリスクを減らすように配慮して設計する。
(7) 通常の輸送、貯蔵及び家庭環境で起こりうる苛酷条件下でも上記の(1)、(2)を満たすように、設計・製造・包装する。
(8) 製品及び内容物の廃棄における作業者の健康リスク、並びに廃棄による環境汚染のリスクに配慮して設計する。
(1) 使用量
1)適正使用量、通常使用量の範囲
2)異常使用量
(2) 製品の状態と物理化学的性状
1)剤型:エアゾール
2)形態:スプレー
3)噴霧粒子径:光学的粒子径、空気力学的粒子径
4)付着率
(3) 配合成分
1)撥水剤
(4) 対象使用者
1)健常な成人に限定可能か
2)乳幼児、高齢者も使用するか
3)肺等の呼吸器系機能が低下している人も使用するか
(5) 使用方法
1)どのように使用するのか:吹き付ける等
2)体に直接又は間接に接触するか
(6) 使用頻度
1)毎日か、頻繁か、時々か
2)定期的か、不定期か
3)常置するか、しないか
(7) 使用場所
1)閉鎖空間で使用するか:室内、自動車内等
2)室内のどこで使用するか:居間、台所、トイレ、風呂場、ベランダ等
3)火気の近くで使用するか
(8) 容器・包装形態
1)保存時(いたずらへの対応も含む)
2)使用時(誤使用、いたずらへの対応も含む)
(9) その他
1)環境の影響を受けやすいか:火気による引火、熱による膨張・破裂等
2)使用期限を設定するか
3)製品に具体的な使用方法が表示等されているか
(1) 配合成分
1)使用する化学物質の毒性:
急性毒性、慢性毒性、発癌性、催奇形性、精子毒性、感作性、刺激性(眼、皮膚、粘膜)、吸入毒性、神経毒性等
2)使用する化学物質の物性:
揮発性、燃焼性、引火性、着火性、爆発性、腐食性等
3)混合製剤(製品)としての毒性及び物性
4)光や熱等による分解等の反応生成物の毒性及び物性
5)使用量、使用回数に伴う曝露量
(2) 容器・包装形態
1)容器の破損や腐食による溶出、漏出等
2)製品の不具合、欠陥等
(3) 使用方法
1)他製品との併用を前提とした商品形態
2)製品形態の類似:その他のエアゾール製品との混同
3)製品の用途の多様性:製品は限られた用途だけに使用できるように設計されているか、汎用的な設計か
4)誤使用
5)過剰使用
6)意図的な目的外使用
7)使用期限や使用設定条件の超過
8)不適切な使用説明・表示
9)不適切な警告表示
(4) 過去の健康被害事例の参照
1)同種製品による中毒事故事例
2)同種製品に関して企業に寄せられた健康上のクレーム
3)同種の業務用製品で発生した労働衛生上の問題:
クリーニング業者における溶剤あるいは防水加工剤による中毒事故事例等
4)種々の健康被害に関する情報源の活用:
市販データベース、健康被害調査研究報告書等
(5) 廃棄作業時及び廃棄後の環境汚染
1)廃棄作業時:液体成分による皮膚接触、ガス成分の吸入等
2)廃 棄 後:屋内外の空気汚染、水質汚染等
7.設計段階における留意点(3) リスク及び健康被害に関する調査
(1) リスク調査
リスク要因について、その影響の種類、重篤度及び発生の確率を次の事項について考慮しながら個別に解析する。
1)不具合、欠陥、誤使用がなくても起こるか
2)一つの不具合、欠陥、誤使用で起こるか
3)複数の不具合、欠陥、誤使用が重なった時だけに起こるか
4)乳幼児、高齢者、障害者、呼吸器系が機能低下している人等の使用又は誤使用によって起こるか
(2) リスク調査のための情報収集
リスク調査を行うためには、多数の情報を効率よく収集することが必要である。
1)国内・国外情報
2)消費者情報
(3) 健康被害事例の調査
1)健康被害の事例報告等を定期的に入手、解析し、原因究明を進める。
2)情報の入手先
(4) 健康被害発生後の安全対策
1)健康被害発生後、消費者に対して事故品に関する情報提供、事故品の回収等を速やかに行うとともに、健康被害の原因究明についての取り組みを進め、その成果を参照しながら製品の安全確保に努める。
2)事故品に関する安全対策
3)健康被害の原因究明
4)健康被害の未然防止策
(1) 防水スプレーによる中毒事故は、細かい噴霧粒子が肺深部にまで達することによって発生することが確認されている。中毒事故を未然に防止するためには、次のような対策を講じて適正な噴霧粒子径にすることが重要である。
1)設計の段階で、噴霧粒子が吸入されにくい配合組成にする。
2)噴霧特性は、以下の因子によって変化すると考えられる。
3)各製品の噴霧粒子の吸入に関する安全性は、噴霧粒子径の測定、付着率の測定、動物を用いたスプレー使用実験等の試験によって確認することができる。
噴霧粒子径(光学的粒子径、空気力学的粒子径)の測定 |
[例1]噴霧粒子の光学的粒子径の測定法(1)
[例2]噴霧粒子の光学的粒子径の測定法(2)
[例3]噴霧粒子の空気力学的粒子径の測定法
付着率の測定 |
[例1]スプレー配合成分の配合比率が既知である場合
(「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針(1994年)」参照)
(2) 噴霧粒子が吸入されにくい処方について
1)粒子径10μm以下の微粒子の存在率をできるだけ小さくする。
2)防水対象物への噴霧粒子の付着率を高める。
防水スプレー連絡会による「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針」(1994年)では、中毒事故の未然防止の目安値として、噴霧直後の付着率(噴射剤に関する補正後)を60%以上としている。噴射剤はガス成分であり、噴霧後すぐに気散してしまい、付着率に全く寄与しない。その点を考慮し、防水スプレー連絡会による暫定指針では、噴霧量から噴射剤量を減じて付着率を算出する方法を採用している。 しかし、中毒事故の原因究明班では、市販製品に噴射剤含量に関する記載が全くないことから、噴射剤に関する補正をせずに付着率を算出している。 同じ製品でも、防水スプレー連絡会による暫定指針に準じた方法で得られる付着率は、中毒事故の原因究明班で得られる付着率よりも、計算上高くなるという点に留意する必要がある。 |
3)撥水剤の溶解剤は、高沸点溶剤を使用し、皮膚刺激性についても注意する。
4)他の剤型での製品化について検討する。
5)形態として、より安全性の高い改良製品を検討する。
9.設計段階における留意点(5) 使用方法及び表示に関する要件
使用方法及び表示について、次の事項に留意しながら設計を行い、消費者に対して的確に情報を提供する必要がある。
(1) 使用方法に関する注意事項
1)使用量
適正使用量、通常使用量の範囲、異常使用量
2)使用対象者
3)使用方法
4)使用場所
6)その他
☆火気による引火
☆熱による膨張・破裂等
表示については、次の基本的事項が考えられる。
なお、「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針」(1994年)に記載されている表示に関する内容についても併せて参照すること。
1)統一注意表示
[例]
2)エアゾール製品における一般的な注意表示
[例]
3)防水スプレー独自の注意表示
[例]
(1) リスクの許容性評価
許容性はリスクと便益を勘案して評価される。ただし、次のようなリスクは避けるべきである。
1)法的基準を逸脱するリスク
2)生命の危険、明らかな発がん性、催奇形性、重篤な慢性毒性
3)重篤な後遺症につながるリスク
(2) 安全性確認のための毒性試験及び安全性評価
防水スプレーは、撥水剤原液(通常10%程度の濃縮液)を溶剤で希釈し、噴射剤ガ スを加えたものを缶に充填して製造される。したがって、防水スプレーの安全性を評価す る場合には、個々の配合成分(撥水剤、溶剤)についてだけではなく、防水スプレーとい う製品としての評価も重要である。
化審法ガイドライン、OECDガイドライン等にそった適切な試験方法により、GLPに準拠した施設で毒性試験を行い、その結果に基づいて安全性の評価を行う。
1)防水スプレー配合成分の安全性評価
防水スプレーの配合成分は、一般的に溶剤、噴射剤等の有機溶剤成分が約99%を占め、主剤である撥水剤は約1%程度である。
<溶剤、噴射剤>
<撥水剤原液>
2)防水スプレー製品としての安全性評価
市販防水スプレー製品での試験法(スプレー使用実験) |
山下ら(筑波大学附属病院)によって確立された動物(マウス)を用いた間欠的繰り返しスプレー使用実験により、防水スプレーによる中毒事故における呼吸器系症状が動物実験においても再現でき、かつ症状の発生頻度と症状の程度をもとに、防水スプレー製品の安全性評価を行うことができる。
[例]スプレー使用試験の手順
山下らの方法(ヘキサン、ヘプタン配合スプレーの場合)
撥水剤と溶剤の組み合わせによる製品モデルでの試験(製品モデル実験) |
この試験により、肺胞まで達した噴霧粒子が引き起こす肺障害性の強度が、撥水剤 と溶剤の組み合わせによって、どう変化するかを確認することができる。また、吸入毒性の程度をLC50値により定量的に判定することができる。
吸入試験結果を評価するために、各メーカーは LC50 値に基づいた評価基準設定する必要がある。
製品モデルの安全性は、動物の経過観察、呼吸器系器官を中心とした臓器の剖検等により、総合的に評価する。
[例]製品モデル実験の手順
(1) 既存の規格基準及び自主基準
1)国内法による規格基準
2)国際的な規則、規格基準
3)業界における自主基準
(2) リスクの削減
1)リスクを削減するための方策
詳細な「リスク調査」を実施し、リスクの削減方策とその優先順位を検討する。
2)「リスクを削減するための方策」の実施による新たなリスク発生の有無
「リスクを削減するための方策」を実施することにより新たなリスクが発生する恐れがないかどうかを検討し、必要があれば「リスク調査」を行う。
3)最終的なリスク評価及び判断
最終的なリスク評価及び判断は、本書「7. 設計段階における留意点(3)リスク及び健康被害に関する調査」(p9)に記載の事項及び家庭用品規制法第3条の主旨を踏まえ、個々の企業が独自に決定するものである。
(参考)家庭用品規制法第3条(事業者の責務) 家庭用品の製造又は輸入の事業を行なう者は、その製造又は輸入に係る家庭用品に含有される物質の人の健康に与える影響をはあくし、当該物質により人の健康に係る被害が生ずることのないようにしなければならない。 |
(3) リスク削減技術の開発
1)フェイルセイフとフールプルーフの採用
製品についての知識を十分に有しない消費者や小児等が使用しても健康被害が生じないようにするための方策。
<フェイルセイフ>
<フールプルーフ>
2)製品または配合成分として安全に使用できる化学物質を選定してリスト化する。 ただし、それらの製品及び化学物質は、各種の公定法、各種業界で作成している自主基準等で規定されている品質規格、使用量、適用範囲等に沿ったものとする。
(4) 安全対策
リスク評価を行い、そのリスクの程度に応じた安全対策を行う。
1)表示、ラベル、警告等情報内容を変更する。
2)配合成分の組成、原料、製造条件等を変更する。
[例]
3)リスクの高い用途の回避、製品回収、製造中止等を実施する。
(1) 消費者情報の収集及び製品、配合化学物質等のリスクに関する最新情報の調査
1)消費者情報(クレーム、業界情報、マスコミ、専門機関情報等)
2)製品及び配合化学物質のリスクに関する最新情報の調査(学会、文献情報等)
(2) リスクコミュニケーション
リスクコミュニケーションは、消費者に対する一方的な情報提供を意味するものではなく、関係者間で知識や情報を共有し、相互の理解を深めることによって、関係者が一体となった安全対策を実現するためのものである。
1)情報の提供とフィードバック
<製品表示、取扱い説明書>
製品表示及び取扱い説明書は、製品を安全に使用するために必要な情報を満たすだけではなく、消費者にその情報を効果的に伝えるものであることが重要である。
2)健康被害事例の収集とフィードバック
健康被害事例を収集する場合には、次の事項に留意する。
3)フィードバック体制の整備・改善
製品の使用・消費段階の事故の未然防止及び事故が発生してしまった場合の拡大防止や再発防止の体制・システムを構築すべきである。例えば、社内・外の製品事故やクレームの情報を迅速に関係部門等にフィードバックし、原因の究明、製品の改善
4)情報へのアクセスルートの整備
本書中に種々の情報源を例示したが(資料編P40〜)、これらの情報源の本来の目的、内容、公開性、利用方法等を系統立てて整理しておき、必要な情報に迅速にアクセスできるような方策を講ずることが重要である。
5)消費者の理解と安全行動の推進
☆安全教育、地域セミナー等への参画
製品表示の種類と意味等、製品の安全使用についての理解を深め、安全性の問題に対する関心を高める社会教育の場へ企業として参画する。
☆メディア及びネットワークを介したキャンペーンの実施
一定期間に多くの人の関心を集めるためには、メディアやネットワークを介したキャンペーンの実施が効果的である。
☆提供する情報内容、方法に関する検討
一過性の情報提供では健康被害を防止できないことが多いことから、繰り返し情報を提供する必要がある。また、業界が主催する消費者教育の場も必要と考えられる。
1988〜1997年における中毒事例の発生状況等について示した。
なお、防水スプレーによる中毒事故と同様な中毒症状を呈したさび止めスプレーによる中毒事例を参考例として示した。
(1)中毒事故の発生状況 1):防水スプレー関連事業者への調査結果
1993年、防水スプレーによる中毒事故について、事業者自身が把握している事例を調査したところ、5事業者から回答を得た。
(2)中毒事故の発生状況 2):(財)日本中毒情報センターが収集した情報
(3)国内における中毒事故のまとめ
国内における防水スプレーによる中毒事故の発生状況について、次のとおりまとめた。
(4)海外における中毒事故について
1)ドイツ
1981年をピークに、防水スプレーによる同様の中毒事故が発生しており、症状は日本、米国での事例と類似していた。
2)米国
1992年12月に、防水スプレー(Wilsons Leather Protector, 5オンス缶)によって、日本と同様な中毒事故が発生したことが、オレゴン中毒センター (Oregon Poisoning Center)等から報告されている。
アメリカ疾病管理センター (Center of Disease Control, CDC)も、17州(カリフォルニア、 コロラド、ジョージア、アイダホ、メイン、マサチューセッツ、ミネソタ、ニューハンプシャー、ニューヨーク、オハイオ、ペンシルベニア、ユタ、バーモント、バージニア、ワシントン、ウェストバージニア、ウィスコンシン)の中毒センターから同様の報告を受けていた。
原因となった防水スプレーは、主剤の撥水剤がフッ化アルキルポリマーで、溶剤をTCEからイソオクタンに、噴射剤を二酸化炭素からプロパンガスに切り替えた新製品で、12月18日にオレゴンで販売を開始されたものであった。
その後、本製品による事故が相次いで報告され、12月末までに全米での発生件数は400件、患者数は約500人にのぼった。
消費者製品安全性委員会 (Consumer Product Safety Commission, CPSC)により、原因となった防水スプレーの回収命令が出された。
(5)中毒症状
1) (財)日本中毒情報センターの調査によると、患者の症状は日本、ドイツ、米国でよく類似していた。
2) 症状は、スプレー中あるいはスプレー後数分〜数時間のうちに出現しており、軽症のものから入院が必要とされた重症例まで多岐にわたっていた。主な症状は咳、息切れ、胸痛、呼吸困難で、頭痛、不快感、ふるえ、発熱(40℃)等感冒様症状を呈した患者も多数いた。ほとんどの患者の症状は、24時間以内に消失したが、なかには、肺浸潤、肺水腫を呈し、入院した重篤な患者もいた。
3) 今回の中毒事故においてみられた咳込み、息切れ、胸痛、呼吸困難あるいは肺浸潤、肺水腫といった呼吸器系の障害は、溶剤によるものではなく、主剤であるの撥水剤による急性中毒の症状と推定された。
4) 呼吸器系症状とともに認められた頭痛、吐き気、嘔吐、ふらつき、めまいといった症状は、高濃度の溶剤を吸入したことによって引き起こされたものと考えられた。
5) 1992〜1996年に発生した防水スプレーによる中毒事例のうち12件に、有機溶剤による影響が強く認められた。性別、年齡別に特別の傾向は認められなかった。
6) n-ヘキサン、n-ヘプタン等の石油系溶剤やTCE溶剤の急性毒性には、めまい、頭痛、眼、鼻、咽喉への刺激、麻酔作用等がある。慢性毒性には、n-ヘキサンによる四肢の知覚障害、筋力低下、歩行障害等を呈する多発性神経炎等がある。
[参考例]シリコーンオイル配合のさび止めスプレーによる中毒事故
(1) 防水スプレーの配合成分に関するメーカーへのアンケート調査
1993年、防水スプレー関連の製造及び販売業者42社に対し、防水スプレーの配合成分の状況等(1988〜1993年製造品を対象)に関するアンケート調査を実施した。
1)撥水剤について
2)溶剤について
(3)噴射剤について
(2) 家庭用品による健康被害の防止方法に関する研究、防水スプレーの取扱いに関する研究;防水スプレーによる中毒機序に関する研究
(平成5年度(1993年度)厚生科学特別研究事業)
防水スプレー関連業者へのアンケート調査、中毒事故事例の発生状況、症状等を解析 し、防水スプレーによる中毒機序に関する検討を行った。
1) かって撥水剤として主に使用されていたシリコーン樹脂の使用量は減少しており、撥水剤成分としてフッ素樹脂を使用した製品が圧倒的に多かった。
2) 中毒事故は、フッ素樹脂等を含む噴霧粒子が、肺深部(肺胞)まで達したことによって引き起こされたものと考えられた。
3) 中毒症状は、樹脂量が多くなるほど重篤であった。
4) 粒子径が細かく、防水対象製品への付着率が低い製品ほど、中毒事故が発生する可能性が高かった。
さらに、1992年末に中毒事故を引き起こした防水スプレーをモデル製品とし、配合されていたフッ素樹脂及びシリコーン樹脂(反応性タイプ)の2種の撥水剤成分が、肺障害の 発生に対してどのように寄与していたかを検討するため、マウスによるスプレー使用試験を実施した。配合樹脂量、噴霧粒子径がそれぞれ異なる試作スプレーを調製し、それらを用いて、配合樹脂量、噴霧粒子径とマウス肺の病状との相関性を検討した。
検討結果を以下に示す:
1) 中毒事故の発生頻度が高かった製品と事故の報告がなかった製品を比較したところ、前者において肺の障害の発生頻度および重篤度が有意に高かった。
2) 溶剤のみの噴霧では、肺の障害は再現されなかった。
3) フッ素系撥水剤を同一のものにし、溶剤を変えた場合、石油系溶剤では肺に障害が認められたが、TCEではコントロール群と変わらない程度の肺障害が観察察された。
4)シリコン系撥水剤を噴霧した場合でも、樹脂量を多量にした場合には、フッ素系撥水剤と同様、肺に障害が認められた。
防水スプレー配合成分と肺障害の関連性を表に示す。
表 防水スプレー配合成分と肺障害の関連性:動物実験による検討
撥 水 剤 | 溶 剤 | 噴 射 剤 | 障害(肺) |
(事故品) | |||
フッ素樹脂/Si樹脂 | ターペンチン、ヘプタン | プロパン | + |
フッ素樹脂 | 酢酸エチル | プロパン、ブタン | + |
Si樹脂 | ターペンチン | プロパン、ブタン | +? |
Si樹脂(8倍量) | ターペンチン | プロパン、ブタン | + |
フッ素樹脂/Si樹脂 | ターペンチン、TCE | フロン | − |
(旧製品) | |||
フッ素樹脂 | TCE | フロン | − |
(溶剤) | |||
酢酸エチル | − | ||
ヘプタン | − |
(3) 防水スプレーの噴霧粒子径の簡易測定法に関する研究
(平成7年度(1995年度)厚生科学特別研究事業)
1992年に中毒事故を引き起こした防水スプレーに配合されていた反応性シリコーン樹脂が、事故発生にどのような影響を及ぼしていたかを検討した。
1995〜1996年に入手した市販製品について、付着性試験(エアゾール防水剤の付着性試験方法 H6/8/18に準ずる)、レーザー光散乱を利用した測定法による光学的粒子径の測定を実施したところ次のような結果を得た。
1) 市販製品の付着性は概ね良好であった。
2) 粒子径10μm以下の粒子の存在率が、数%に及ぶ製品があった。
3) 靴用スプレーでは、付着性が噴霧直後でも50%以下と悪く、かつ10μm以下の粒子の存在率が数%に及ぶものがあった。
環境庁や米国EPAは空気力学的粒子径10μm以下、なかでも2μm以下の微粒 子が呼吸器系障害の重篤度と高い関連性をもつとしている。そこで、シリコーン樹脂の配合量及び噴霧粒子の粒子径を変化させた試作スプレーと市販スプレー製品について、 噴霧後空気中に浮遊する噴霧粒子の空気力学的粒子径を経時的に測定し、粒子径10μm又は1.8μm以下の粒子の存在率を算出した。
その結果は次のとおりであった。
1) 浮遊粒子の粒子径は概ね20μm以下で、数分間で経時的に小さくなった
2) 試作スプレーでは、浮遊粒子の粒子径が大きいほど、付着率は増大した。
3) 試作スプレーにおいて、浮遊粒子の粒子径が大きいほど、空気力学的粒子径1 0μm以下(なかでも1.8μm以下)の浮遊粒子の存在率は小さかった。以上から、空気力学的測定法により浮遊粒子の粒子径を経時的に測定することは、呼吸器系障害を引き起こす危険性について、製品間で相対的な評価を行ううえで有用であると考えられた。
また、中毒事故において生じた肺障害を再現するために、シリコーン樹脂を配合した防 水スプレーを用いて、マウスを用いたスプレー使用実験を実施し、次のような結果を得た。
1) シリコーン樹脂配合防水スプレーも呼吸器系障害を引き起こす可能性がある製品であった。
2) シリコーン樹脂配合防水スプレーでは、呼吸器系障害を引き起こす程度(毒性度)と粒子径、樹脂配合量との量ー反応関係は認められなかった。
3) シリコーン樹脂配合防水スプレーの毒性強度は、フッ素樹脂配合防水スプレーに比較してかなり弱かった。
(4) シリコーンオイルを含有する家庭用エアゾル製品に関する研究
(平成8年度(1996年度)厚生科学特別研究事業)
1996年にシリコーンオイルを配合したさび止めスプレーで、防水スプレーと同様 な呼 吸器系症状を呈する中毒事故が発生したことから、防水・撥水、さび止め・防錆、滑り・潤滑、艶だし、離型等の用途に使用されるシリコーンオイル(ジメチル シリコーン化合物)について、中毒事故発生に対する影響を検討した。
シリコーンオイルの配合量及び噴霧粒子の粒子径がそれぞれ異なる試作スプレーと市 販スプレー製品を用いて、付着性試験(エアゾール防水剤の付着性試験方法H6/8/18に 準ずる)及び噴霧粒子の光学的粒子径の測定を実施した。
噴霧直後の付着率が60%以上であることが安全性の目安値とされているが、1996年に入手した市販スプレー製品12点のうち6点の付着率はそれ以下であった。
また、噴霧粒子径については、粒子径が100μm以上で、粒子径10μm以下の粒子がほとんど存在しなかったものは3点であったのに対し、粒子径10μm以下の粒子 存在率が数%に及ぶものが多数みられ、10%以上のものも2点あった。
このことから、1996年に入手した市販スプレー製品には、噴霧粒子がかなり細かく、付着性が低いものが多いことが示され、噴霧粒子が肺深部まで到達する可能性が高い製品がなお多かったことが示唆された。
また、中毒事故において生じた肺障害を再現するために、試作スプレーについてマウスを用いたスプレー使用実験を山下らの方法に準じて行ったところ、次のような結果が得られた。
1) 試作スプレーでは、肺に顕著な障害は認められなかった。
2) 試作スプレーでは、呼吸器系障害を引き起こす程度(毒性強度)と粒子径、樹脂配合量との量ー反応関係は認められなかった。
(5) (2)〜(4)の研究結果のまとめ
1992年末に中毒事故を引き起こした防水スプレーに配合されていたフッ素樹脂、シリコーン樹脂(反応性タイプ)、1996年に同様の中毒事故を引き起こしたさび止めスプレーに配合されていたシリコーンオイルの3種の撥水剤成分を用いて調製した試作スプレーについて、マウスを用いたスプレー使用実験により肺障害性の強度を検討した。
その結果、フッ素樹脂配合防水スプレーはシリコーン樹脂(反応性)配合防水スプレーに比べてかなり強い肺障害性を示した。
また、シリコーンオイル配合防水スプレーでは、顕著な肺障害は認められなかった。[原因究明の取り組み(5):平成9年度(1997年度)厚生科学特別研究:シリコーンオイルを含有する家庭用エアゾル製品に関する研究];靴・皮革用防水スプレーによる中毒事故の原因究明
1994年の冬季に、一連の中毒事故が発生した以後、防水スプレーによる中毒事故は減少し、事故発生は鎮静化したと考えられていた。ところが、1997年になって急に、靴・皮革用スプレーによる中毒事故が13件と、まとまって発生した。その事故品のほとんどは、同一メーカーで充填されたもので、主に2製品によって中毒事故は発生していた。
メーカーからの情報によると、1996年10月に当該製品の配合処方を変更後、中毒事故が発生するようになったという。ただし、新製品に関しては、日本エアゾール協会が示した「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針(1994年)」に沿って付着率の測定を行うとともに、動物を用いたスプレー使用実験を委託機関にて実施し、当該製品の安全性は確認していたという。
メーカーより得た、事故製品に関する化学物質安全性データシート(MSDS)等を総合すると、1)原因製品の撥水剤樹脂の配合は、フッ素樹脂のみ、フッ素樹脂及びシリコーンオイルの併用型の2通りであった、2)いずれの配合製品でも中毒事故を引き起こしていた、3)主要な原因製品の2つはフッ素樹脂配合品であった。
次いで、充填メーカーより事故製品(1996年10月〜1997年6月に製造され、事故品として回収されたもの)及びコントロール品(1996年7月に製造され、事故発生がみられなかったもの)を入手した。それらについて、付着率、噴射粒子の平均粒子径及び10μm以下の粒子存在率の測定、及びマウスを用いたスプレー使用実験を実施した。得られた結果を、メーカーから入手したデータ(付着率及びスプレー使用実験の結果)と比較した。
付着率については、メーカーからのデータでは、噴霧直後60%の暫定指針値をほぼクリアしていたが、再検討したところでは、40〜55%と暫定指針値を下回る結果となり、現在出回っている製品と比較すると、付着性が悪い製品に分類される。
噴射粒子の平均粒子径及び10μm以下の粒子存在率について検討したところでは、事故品及びコントロール品ともに、平均粒子径は60μm程度であった。また、10μm以下の粒子存在率も、事故品では0.5〜1.0%、コントロール品でも0.5%程度と、ほとんど差は見られなかった。この測定結果からは、これまでの事故品での結果と照合してみて、事故品がコントロール品と比較して、事故発生の可能性が特に高いものとは判定できず、いわゆる「グレーゾーン」の製品群といえた。
マウスを用いたスプレー使用実験においては、メーカーによると、肺障害性は認められなかったとされていた。しかし、メーカーの委託によって実施されたスプレー使用実験の方法をチェックしたところ、山下らの方法[10. (2) (2)-1 市販防水スプレー製品での試験法(スプレー使用実験)]に準拠したものではなく、吸入用実験装置のサイズを小さく変更しているうえに、ポジティブコントロールによるチェックが行われていないために吸入試験法自体の有効性が確認できていない等、試験のやりかたそのものに問題点があることが明らかになった。
筑波大学において事故品及びコントロール品について再検討した結果、コントロール(1996年7月製造)では全く肺障害性は確認できなかったが、事故品(1997年10月製造)では試験したマウス全数に、これまでに確認されている事故品中で最強の肺障害性が確認された。
したがって、1997年に発生した一連の中毒事故の原因究明を行ううえでも、付着率、噴霧粒子径及び10μm以下の粒子存在率、並びにスプレー使用実験等による肺障害性の確認が有効であることが再確認された。
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