国連食糧農業機関 世界保健機関



遺伝子組換え微生物応用食品の安全性評価



バイオテクノロジー応用食品に関するFAO/WHO合同専門家会議
報告書


世界保健機関本部
スイス・ジュネーブ
2001年9月24日〜28日



世界保健機関・食糧農業機関、2001年
本文書は世界保健機関(WHO)及び国際連合食糧農業機関(FAO)の公式出版物ではないが、全権は両機関が保有する。本文書の一部または全てについては、販売または商業目的でない限り、自由に閲覧、抜粋、複製、翻訳することができる。
本文書に掲げた著者の文書に示された見解は、全て当該著者の責任となる。


目次

1. はじめに
2. 背景
3. 対象
4. 安全性評価
4.1 安全性評価の一般的手法
4.2 微生物固有の問題
4.3 実質的同等性概念の遺伝子組換え微生物への適用
5. 食品の安全性に関する個別の問題
5.1 はじめに
5.2 遺伝子組換え技術
5.2.1 細菌
5.2.2 酵母菌と糸状菌
5.3 株の同定(受容体、ベクター(当てはまる場合))と遺伝子組換え微生物の特徴の解明
5.4 遺伝子伝達
5.4.1 細菌
5.4.2 酵母菌と糸状菌
5.5 遺伝的安定性
5.6 病原性
5.7 安全性と栄養面の評価(毒性と栄養)
5.8 遺伝子組換え微生物・腸内細菌叢・哺乳類宿主の相互作用
5.9 曝露
5.10 免疫系への影響
6. 結論
7. 勧告
8. 参考資料


1.はじめに

バイオテクノロジー応用食品-遺伝子組換え微生物(GMM)応用食品の安全性評価に関するFAO/WHO合同専門家会議が2001年9月24〜28日にジュネーブの世界保健機関(WHO)本部で開催された。討議資料をまとめた専門家を含む計27人の専門家が会議に出席した。参加者一覧を添付資料1に示す。

環境維持開発・健全環境局事務局長のAnn Kern氏が、WHOおよび国連食糧農業機関(FAO)の事務総長代理として開会を宣言した。Kern氏は、WHOとFAOは1990年以来この種の会議を組織し、加盟国および国際食品規格委員会に科学的・技術的指針を示してきたと述べた。Kern氏はまた、同会議への追加資金提供という日本政府の厚意に対する両組織の謝意を表明した。同氏は時に激論の交わされるこの問題に加盟国が関心を示しており、政府による議論のたたき台として専門家会議が正しい科学的助言を打ち出す必要があるとの認識を示した。科学的リスク評価過程がリスク管理過程に正確に反映されるようにするために、科学データの明確な評価とその周知の重要性は一層高まっている。Kern氏は、バイオテクノロジー応用食品の安全性および栄養学的な評価は、潜在的な健康上の利益を有する新奇食品の急速な開発に伴い、近い将来に益々重要となるであろうと述べた。

同会議はIan Munro博士を議長に、Bodil Lund Jacobsen博士、Ingolf Nes教授, Ruud Valyasevi博士、Christopher Viljoen博士を報告者に選んだ。同会議はまた、会議の報告書の各項を起草して報告者を支援するよう全参加者に呼びかけることを決定した。Thomas Cebula博士、James Maryanski博士(米)、William Yan博士(カナダ)が母国から電話会議で議論に参加した。

出席者は全員FAO/WHOが定義するDeclaration of Interest を満たした。

2.背景

FAO/WHOは一連の専門科学者会議を組織して、加盟国に科学的・技術的助言をする計画に着手した。FAOおよびWHOの加盟国は、FAO および WHO合同専門家会議の科学的助言を直接利用することができる。この助言は、バイオテクノロジー応用食品特別部会が現在策定しているバイオテクノロジー応用食品についての安全性評価指針に関するコーデックス委員会における議論の科学的基盤ともなる。

FAO/WHOはこれまでに2度、専門家会議を開催した。2000年6月、7月にジュネーブで開かれた最初の会議は植物由来の遺伝子組換え食品の安全性評価全般を議題とし、第1回特別部会(FAO および WHO、2000年)で提起された5つの質問に回答した。2回目の会議は2001年1月にローマで開催され、バイオテクノロジー応用食品のアレルギー誘発性を議題とした(FAO/WHO、2001年)。

2001年7月に開催された第24回コーデックス総会では、食品中の遺伝子組換え微生物に関する食品の安全性評価のガイドライン案の起草作業を始めるに当たって特別部会が任務を拡大することを決定し、指針案起草のための作業部会を新たに設けた。FAO および WHOはその時、この新たな作業を支援するために第3回合同会議を開催して、遺伝子組換え微生物の安全性評価の科学面を検討すると表明した。

FAO および WHOはこの会議を開催し、前2回のFAO/WHO合同会議以降得られた経験の評価を活かして、遺伝子組換え植物由来の食品や食品成分の安全性評価のために現在利用できる方法を遺伝子組換え微生物(遺伝子組換え微生物)に適用できるかどうかを評価した。同会議は、遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品の安全性評価にとって検討が必要とされる固有の問題について考察を行なう。

遺伝子組換え食品を含む食品の安全性及びリスク評価は一般的に、リスク分析の枠組みに入ると考えられている。このリスク分析の枠組みにおいて、リスク管理およびリスク評価における予防原則の使用につき言及された。現在、コーデックス委員会の組織内で実施中の検討は、今後の協議の指針として役立つことになるであろう。

3.対象

同会議は、組換えDNA技術を用いて遺伝子が組換えられた微生物を利用して製造した食品の安全性評価基準を検討するために開催された。特に同会議は、FAO、WHOおよびその加盟国に対し、食品中の遺伝子組換え微生物の安全性評価に関する科学的助言を与えるよう要請された。

同会議は、この会議の目的に鑑み、以下の定義について合意した。

「遺伝子組換え微生物(GMM)」とは、

モダンバイオテクノロジーによって、遺伝物質が自然界における繁殖や通常の組換えでは起こらない様な形に変化した細菌・酵母菌・糸状菌を指す。

「モダンバイオテクノロジー」1とは、以下を指す:

同会議は、遺伝子組換え微生物を用いて製造した食品に関する議論を以下に限定することで合意した、すなわち:

同会議では遺伝子組換え微生物由来の食品添加物、酵素、多糖類、香料等、精製度が高い製品については検討を行なわないことで合意した。同会議は、これら精製度が高い添加物は多くの国で10年以上にわたって製造または許可されており、食品添加物に関するFAO/WHO合同専門家会議(JECFA,1999)によって安全性が確認されていると言及した。しかしながら専門家会議は、もし食品中でも生存可能な遺伝子組換え微生物およびこれらの構成物がこれらの製造物に存在するのであれば、この報告書で概説されているように遺伝子組換え微生物応用食品の安全性評価のための一般原則を適用することができる。

同会議は、対象範囲外であっても、微生物を用いて製造された全ての食品に対して本報告書に示した概念・原則が等しく適用することで合意した。

本報告書は、細菌性の植物保護物質・飼料添加物・バイオ肥料などの農業用遺伝子組換え微生物が食品に紛れ込む可能性があることについては特段指摘していない。しかし同会議は、遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品の安全性評価についての一般原則がこうした場合にも適用できることで合意した。

同会議は、遺伝子組換え微生物を用いた食品製造に関わる労働者の曝露に関わる安全性問題(労働衛生)も認識していたが、この問題は同会議の対象外であるとした。

同会議は、遺伝子組換え微生物の環境への放出に関わる環境安全問題は定義の対象外であるため検討しなかった。同様に、社会経済、リスク管理および公共認識に係わる問題についても検討しなかった。

議論の背景として、同会議に対して以下について文書が提示されまた発表がなされた。

1.以下に関する食品中の遺伝子組換え微生物の安全性評価の包括的検討

2.以下に関する食品中の遺伝子組換え微生物の安全性評価に関連して生じるその他個別の問題

4.安全性評価

4.1 安全性評価の一般的手法

食品製造の約4分の1は、微生物学的な発酵過程が関与している。これにはパン、サワードー、サワーミルク、クリーム、ヨーグルト、チーズ、サワー野菜、発酵肉、酢、ワイン、ビールなどが含まれる。発酵は栄養価が高く衛生的な食品を製造するための簡便な手法である。この技術は長い間、食品に利用されてきたもので、特に開発途上国では重要な技術である。このように微生物の影響は食品の安全性および栄養的側面にとって非常に重要である。遺伝子組換え微生物を用いて製造された食品が食糧として供給されることによって食品の安全性について新たな問題が生じる可能性がある。この項では、遺伝子組換え植物の安全性評価に適用される確立された原則をを参照しつつ、食品中の遺伝子組換え微生物の安全性評価についての一般原則および食品中の微生物の特質と利用に固有の安全性問題について概説する。  *訳者注:酵母を使用せずに小麦粉、塩、水を醗酵させたパンまたは製菓用生地

いくつかの国際機関がすでに、遺伝子組換え植物と微生物を含む新食品の安全性評価に関わる問題を扱っている(FAO/WHO、1991年;OECD、1993年;WHO、1995年;FAO/WHO、1996年;ILSI、1995年;欧州委員会、1997年)。こうした評価には、遺伝子組換え植物・微生物とそれらの既存の対応物との比較結果から得られる実質的同等性(4.3項参照)の概念を用いた総合的・段階的・個別的手法が必要であることが一般的に認められている。「植物由来の遺伝子組換え食品の安全性に関するFAO/WHO専門家会議」ではさらなる安全性評価のプロセスを導きだすコンセプトとして、実質的同等性の使用に関する重要な勧告を出した。いくつかの規制当局では、特定のケースにおいて試験が必要な範囲を決定する際に役立つ判断樹を開発した(欧州委員会、1997年;UK ACNEP、1995年;ILSI、1999年)。

以下は、遺伝子組換え微生物から製造された食品の安全性評価において検討すべき重要な一般原則である。

遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品の安全性評価の実施において考慮すべきその他の重要事項には以下のものがある。

さらに、安全性評価では以下の要素を考慮すべきである。このリストは完全な物ではなく、ある場合には必ずしもこれらの全ての要素が妥当であるわけではない。

4.2 微生物固有の問題

微生物の遺伝子組換えには、組換えDNA植物の製造で用いる組換えDNA技術と同様の技術が用いられる。しかし、微生物には明らかな遺伝的特徴があり、安全性に関する特有の問題を検討しなければならない。食品製造に用いられる微生物にはグラム陽性菌・グラム陰性菌・酵母菌・糸状菌がある。ゲノム構造と利用できる遺伝子技術は、細菌・酵母菌・糸状菌のそれぞれで異なるが、共通して用いることができる技術もある。

細菌においては相同組換えが容易に利用できるため、遺伝子組換え過程全体が管理しやすいという大きな利点がある。組み込み部位は意図的に用いることができ、不要なDNAは比較的容易に取り除くことができる。伝達DNAの選択・維持システムは、相同遺伝子と安全な食品利用に鑑み開発された選択法を用いて設計することができる。

微生物ゲノムは比較的小さく、いくつかの細菌ゲノムや酵母菌ゲノムはビール酵母菌(Saccharomyces cerevisiae)のゲノムの様に既に全遺伝子配列が決定されている。特定細菌種について完全なゲノム配列を知ることは、現在では科学的には困難ではない。こうしたゲノム配列データが利用できるので、安全性評価を支えるために利用できる知識基盤は大きく発展する。ポストゲノムの分析技術により、ゲノム全体で遺伝子発現を分析する有効な機会が得られる。DNAマイクロアレイ技術では、ゲノム中の全遺伝子について核酸プローブを用いる。これを用いて、異なる株の個々の遺伝子の存在や、異なる株や異なる環境における遺伝子発現を比較することができる。プロテオミクスでは、2次元ゲル電気泳動法を用いてタンパク質を細胞全体から切り離し、株や環境間の比較ができる。個々のタンパク質を質量分光計を用いて同定し、分離したタンパク質と特定遺伝子の関係を明らかにすることができる。

食品に利用される微生物は食品製造過程や消費後に残存する可能性があるため、直接・間接に消費者と相互作用を起こす可能性がある。受容体微生物に病原性・毒性・アレルギー誘発性のいずれも認められず、遺伝子組換えによりその状態が変化しないよう徹底することは重要である。また、消費した遺伝子組換え微生物の運命と消化器管やそこに存在する細菌叢に対する影響を考慮する必要がある。

4.3 実質的同等性概念の遺伝子組換え微生物への適用

実質的同等性の概念は、新奇食品の安全性評価に対する従来の毒性学の限界を認識して、FAO・OECD・WHOによって開発された。OECDの出版物によれば(1993年)この概念は、「食品またはその原料として用いられる既存の微生物は、遺伝子組換えまたは新しい食品・食品成分をヒトが消費した際の安全性を評価するに当たって比較対象として用いることができる」との考えを具体化するものである。

FAO/WHOの「植物由来の遺伝子組換え食品の安全性」に関する報告書(2000年)は、実質的同等性の概念の適用についての批判を検証し、この概念の有効性を確認した。報告書では、実質的同等性の測定は安全性評価の終点ではなく、出発点であると強調している。

実質的同等性の概念はまた、遺伝子組換え微生物の安全性評価のためにも有効である。微生物ゲノムは本来、遺伝学的な可塑性をもっており、このことは複合的群落が関与している食品または食品加工において明らかであろう。さらに、微生物の遺伝子発現はその環境によって変化すると推測される。このことは、特に安全性評価において該当することで、そこでは実験施設に於けるin vitroの条件下、食品基質内または消費後の消化管内で多様なデータが集まる可能性がある。これらの制約は、遺伝子組換え微生物そのものおよび遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品の両方に対して実質的同等性の概念を適用すべきであることを示唆している。この概念を適用するにあたっては、僅かな違いで病原性株と非病原性株を区別することができるということに留意することが重要である。

FAO/WHO報告書(2000年)は、遺伝子組換え技術の進歩に歩調を合わせる必要があることを認識し、分子プロファイリング技術などの新技術でさらに詳細な分析比較ができる可能性があると指摘した。実質的同等性の概念には、既存の対応物と比較して遺伝子組換え微生物の組成や表現型を標的を絞って分析することが必要とされる。分子プロファイリングによって、標的を定めない、より総合的な分析が可能になる。微生物については特にDNAマイクロアレイやプロテミクスを利用しやすい。広範な分析技術を用いて代謝プロファイリングが進歩しており、これは代謝経路変更を目指す遺伝子組換え微生物評価において特に有効である可能性がある。プロファイリングの主な限界は、正常なばらつきという条件を受け入れなければならず、検出した差異の有意性を解釈しなければならないという点である。いくつかの段階を経なければ、こうした技術の可能性を通常の安全性評価において全面的に実現することはできない。まず、方法のバリデーションを行って再現性と頑健性を確認しなければならない。次に、その性能の評価における合意を得なければならない。特定の配列またはプロフィールの差が「正常なばらつき」の範囲にあると考えられるということである。この正常なばらつきの範囲にないと考えられるプロフィールの差は、安全性の観点から評価しなければならない。

5. 食品の安全性に関する個別の問題

5.1 はじめに

この項では、遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品の安全性に関わる固有の問題を扱う。その中には、食品および消化管で認められる遺伝子組換え微生物とその他の微生物間における遺伝子伝達の可能性が含まれている。また、選別のために用いるマーカー遺伝子の安全性(抗生物質耐性遺伝子など)や、遺伝子組換え微生物と腸内細菌叢や免疫系との相互作用の可能性について評価する。これに続く議論によって、こうした問題に関する既存の知識が評価され、健康への危険性を評価するために用いることのできる科学的手法が詳細に検討される。

5.2 遺伝子組換え技術

一般的に、微生物の遺伝子組換え技術は植物におけるそれよりも、より理解されている。例えば、細菌においては挿入した遺伝子組換え配列は染色体またはプラスミドの特定部位に組み込むことができる。しかし、遺伝子組換え微生物に適用する遺伝子組換え技術には検討しなければならない重要な安全性の問題が残っている。考慮しなければならない要因を以下に示す。

5.2.1 細菌

5.2.1.1 宿主
宿主微生物は食品または食品成分として安全に消費された歴史があるべきである、または他の方法で安全性が樹立されなければならない。

5.2.1.2 挿入遺伝子
挿入遺伝子源は同種微生物に由来する場合と進化論的に遠い微生物に由来する場合がある。挿入遺伝子の遺伝子産物は食品において安全に使用された歴史があるべきである。または、その他の方法で安全性が確立されるべきである。食品の安全性の評価は外因性DNA配列を最小限に抑えることによって容易になる。

5.2.1.3 ベクターと配列
ベクターが当該遺伝子組み換え微生物の一部である場合は、ベクター全体のDNA配列は、レプリコン、プロモーター、選択マーカー、リンカー、外来DNAを含めて特徴を明らかにすべきである。食品において安全に使用された歴史を有する微生物に由来するヌクレオチド配列のみで構成されるベクターを使用すべきであるが推奨されている。選択マーカーは、安全使用の歴史に基づいて慎重に選択されるべきである。安全性危害を評価するために、配列の類似性と選択マーカーのタンパク質機能に関する情報が利用できることが望ましい。特に抗生物質耐性マーカーは避けるべきでありまたは最終の遺伝子組換え微生物中に存在すべきではない。遺伝子組換え微生物中の選択マーカーを除去するために、配列特定組換えなどいくつかの技術を利用することができる。

5.2.1.4 宿主にDNAを伝達する方法
微生物にDNAを伝達する方法には、物理的、化学的、生物学的方法がある。宿主ゲノム中で主要な遺伝子再配列を最小限に抑えるDNA伝達法を用いるべきである。挿入遺伝子をゲノムに組み込む際は、染色体の組み込み部位の周辺領域のヌクレオチド配列の特徴を明らかにすべきである。

5.2.2 酵母菌と糸状菌
細菌系に用いる遺伝子操作法のほとんどは、食品製造に用いられる酵母菌や糸状菌に対しても適用できるため、細菌の場合と同様の安全性に関する留意事項が適用されるべきである。特定クローニングベクター(動原体プラスミド、酵母菌人工染色体、キラー因子決定因子に基づくプラスミドなど)も構築された。特定種においては、in vitroで改変されたかまたは組み立てられた遺伝子構成体の直接的な組み込みおよび遺伝子の消去のために信頼性のある法則を用いることができる。こうした方法で作った遺伝子導入構成体は、細胞の分裂増殖中も非常に安定している。しかし、これらは天然細菌叢の関連株と交配する際に組換えることができる。遺伝学的な解明が遅れている種においては、新遺伝子のメカニズムや組み込み部位を正確に予測するために必要な組換え過程についての情報が不十分である。このため、酵母菌や糸状菌の遺伝子組換えに現在適用されている方法を使用することによって様々な部位での組み込みが可能になり、様々なバイオテクノロジーの成果や遺伝的安定性を持つ遺伝子導入株を得ることができる。

5.3 株の同定と特徴付け

第1に、宿主微生物は安全で、特徴が明らかでありかつ安定していることが最も重要であろう。株の起源が既知であるべきである。適切な最新の分類学を用いて、株を明らかにするべきであろう。遺伝子型および表現型に関する多くの法則が存在しており、それぞれに長短があるが、同会議は、利用している宿主微生物株の特徴を科学的、製造上かつ安全性の観点から十分明らかにしなければならないことを認めた。これには現在、微生物の系統分類に関する重要な情報を示すDNA/DNAハイブリタイゼーション、16S rRNAの配列決定が含まれる。表現型の特徴を解明するための標準的生理学・生化学的方法は一般に入手でき通常的に使用されている。宿主菌と同一の属内の病原性に関する情報は、特徴決定のための重要な指針ともなりうる。

第2に、製造した遺伝子組換え微生物種は宿主微生物と同様に安全であるべきである。表現型や遺伝子型の特徴を含め新奇の遺伝子組換え微生物株については、安全性を評価するため特性を明らかにすべきである。既存の分子技術によって、こうした特徴を解明および種・株レベルでの微生物の比較のための正確な手段が得られる。宿主株と遺伝子組換え微生物株の比較評価は、制限酵素による分析、ランダム増幅多型DNA解析(ramdom amplified polymorphic DNA analysis:RAPD-PCR)、増幅断片長多型法 (amplied fragment length polymorphism analysis:AFLP)、タンパク質プロファイリングなどの方法を用いて実施することができる。さらに詳しい分析を行ってゲノム配列解読を行うこともできる。

さらに宿主微生物の特性に対する遺伝子組換えの影響、遺伝子系の望ましい安定性、遺伝子配列の望ましい機能的性質は、当該遺伝子組み換え微生物において検討すべき重要な要素である。

5.4 遺伝子伝達

5.4.1 細菌
原核微生物はDNAを他の細胞に伝達できるよう様々なメカニズムを発達させてきた。これにより、遺伝形質の伝達が可能になった。この伝達メカニズムは、変化した環境条件の元で選択な利点を提供する可能性のある新たな遺伝情報を獲得することにより、細菌が環境の変化に対応することを可能にしている。医療、動物医学および農業への抗菌剤の導入以降、世界的に微生物内に抗菌剤耐性遺伝子が拡がったのはその一例である。遺伝子伝達のメカニズムの1つ、則ち「接合」は、供与体細胞中のプラスミド(自己複製DNA分子)や染色体上の接合トランスポゾンの存在を必要としている。こうした遺伝的要素は細胞間の接触を指示し、その間にプラスミドまたはトランスポゾンのコピーが受容細胞に伝達される。細菌においては様々な種類のプラスミドが同定されており、それ自体では伝達の機能を持たない他のプラスミドの伝達を誘導するものもある。 (Clewell、1993)

自然界では、細菌の個体群および群落には、しばしばプラスミドを持つ細胞がかなり多く含まれ、いくつかの異なるプラスミドが同じ細胞に存在することもある。プラスミドとトランスポゾンは細胞に新たな性質を与えることがある。細菌から、植物細胞・酵母菌・糸状菌・動物細胞を含む真核細胞への遺伝子の接合伝達も認められる(自然界または実験系において)。

「自然の形質転換」は、細胞による細胞質への異種DNAの積極的取り込みに関与するその他の遺伝子伝達過程である。この過程は、今のところ主要な栄養・分類群に属するごく限られた数の細菌において確認されている(Lorenz とWackernagel、1994)。DNA取り込みはほとんどが細胞の特定の成長段階で起きる(受容能)。染色体DNA断片とプラスミドの両方が取り込まれることができる。特定の物理的または化学的条件の下では、積極的にDNAを取り込まない細菌にDNAが入り込む場合がある(遺伝子技術でしばしば用いられる一種の形質転換)。

最後に、細菌遺伝子の伝達は、形質導入によっても起る可能性があり、そこでは伝達はウイルスDNAの代わりに最終宿主細胞のDNAを偶発的に取り込んだ細菌ウイルスによって仲介されている(Masters、1996)。

接合過程・形質転換・形質導入は同一種間で起きることもあるが、異なる種や属間で起きることもある。ゲノム配列全体の分析を含む広範な研究から、水平遺伝子伝達が細菌種のゲノム構造に大きな役割を果たしていることがわかった。その他の研究から、様々な遺伝子伝達メカニズムが、土壌、堆積物、河川定着生物、根圏、葉身、食品、腸、哺乳類の口腔など細菌の天然生息場所において活発であることが示されている(Lorenz および Wackernagel、1993年; Brautigamほか、1997年; Davison 1999年;Mercerほか 2001年)。

新たな宿主細胞に伝達されたDNAは宿主遺伝子への組み込み(相同組換えなど)(de Vriesほか、2001年)や、プラスミド形成(例えば、複製の基原が存在する場合など)によって定着することがある。例えばヌクレオチド配列相同性の欠落や、制限エンドヌクレアーゼの存在(Davison、1999年; Majewski 2001年)などにより、定着が阻害されることもある。新たな遺伝情報が細胞に選択的有利性を与える場合、選択圧力が十分な期間あれば形質がその群で固定されることもある。遺伝子伝達過程は、原核微生物の本質の一環と考えなければならない(SyvanenおよびKado、1998年)。明らかに、微生物群落における遺伝子の拡散や構築は新たな遺伝子構築の形成同様、微生物群落においては、主に生息場所における選択圧力に左右される(LawrenceおよびRoth、1998年)。

組換え構成体の拡散の可能性を抑制するために、プラスミド上ではなく染色体へ遺伝子を組み込む方が望ましい場合がある。組換え構造体が非意図的に伝達された遺伝子組換え微生物と共存する細菌株の選択性を制限するために、一定の条件下において選択的有利性を与えうる構成体遺伝子は回避すべきである(抗菌剤耐性決定因子など)。最後に、他のゲノムへの意図しない組み込みがおこる機会を制限するため、組み込みを促進するような配列は構成体においては避けるべきである。

5.4.2 酵母菌と糸状菌
真核微生物の構造はさらに複雑なため、酵母菌や糸状菌への遺伝子伝達過程は細菌とは異なる。性的(交配、減数分裂、胞子形成)または偽似有性的(接合、核融合、染色体の漸減による単相化)生活環では、自然の細胞交雑や遺伝子組換えが頻繁に起きる。ある属では、関連の深い種間で種を越えた交雑も起きうる。

酵母から哺乳類細胞への合成遺伝子の伝達の可能性については、遺伝子治療ベクターとして重要な可能性をもつ人工酵母クロモゾーム(YACs)を用いて実際に示されている。(Giraldo およびMontoliu、2001年; Fabb およびRagoussis、1995年)

5.5 遺伝的安定性

微生物の染色体は一般的に、より高等な真核生物の染色体よりも流動的である。それらは成長が早く、変化する環境に迅速に適応する必要がある。そのため、高等な微生物より遺伝的変化を生じやすい。細菌においては、様々な水平遺伝子伝達のメカニズムが同定されており、しばしば認められる。さらに、細菌の遺伝物質の再形成には可動性遺伝的要素が積極的に関与しており、このために新たな表現型の性質、遺伝子不活化、遺伝物質の組み込みの不安定化、遺伝子喪失などが起きることがある。可動性DNA要素には、挿入配列(IS)、トランスポゾン、プラスミド、プロファージが含まれる。多くの細菌は大量かつ異種のIS要素を有し、その中には転移が非常に活発なものもある。こうした遺伝的変化はしばしば非無作為的な手法よって起きており、特定のDNA配列が関与している場合もある。

特定の酵母菌や糸状菌のゲノムも再配列を起こしやすい。こうした変化は培養中に起き、可動性要素(Tyレトロトランスポゾンなど)や染色体部分(染色体長多形性において発現)の自発的転位に起因する可能性がある。

微生物の遺伝的可塑性(StibitzおよびYang、 1999年; BrunderおよびKarche、 2000年; Le Bourgeoisほか、2000年)は、遺伝子組換え微生物における組換えDNAの運命を左右する可能性があるため、遺伝子組換え微生物の安定性を評価する際にはこれを考慮しなければならない。

組換えDNA分子の遺伝的安定性は、クローン化された遺伝子が染色体上にあるかプラスミド上にあるかによって異なる。プラスミドは、分離によって失われたり、または染色体やその他のプラスミドへ組み込まれることがある。ベクターシステムを慎重に選ぶと、コピー数の多いベクターの場合も染色体組み込み挿入DNAの場合も、新遺伝情報の安定性は基本的な生物学的メカニズムに従い、伝達された遺伝子の安定性は宿主遺伝子と等しいとの予測が成り立つであろう。高い安定性を望む場合、既知のトランスポゾンとIS要素の挿入部位や溶原性ファージの添付部位などの安定性に不安のあるDNA配列を含むべきではない。

5.6 病原性

発酵食品の製造に用いる微生物(酢酸、プロピオン酸、乳酸菌、酵母菌、ある種の糸状菌など)は長い間安全に利用されてきた。重症の基礎疾患のある患者において、腸管内乳酸菌が菌血症や心内膜炎の原因とされた例もまれにあったが、それらは食品由来病原体とは考えられない(Gasser、1994年)。

食品由来病原体は、食品またはヒトの腸内で侵襲性であったり毒素原性であったりする。食品中の日和見病原体は健康な消費者には有害ではないが、健康に問題のある者には脅威となる場合がある。重要な食品由来病原体やいくつかの日和見病原体のゲノム配列は完全に解明され、その病原性遺伝子が同定された(FinlayおよびCossart、1997年;Morschhauserほか、2000年)。これにより、食品発酵に用いる微生物ゲノムにおいて同様の遺伝情報を明らかにする方法が明らかになっている。食品発酵に用いる微生物ゲノムのいくつかは完全に配列が解明されている。2つの微生物(Saccharomyces cerevisiae, Lactococcus lactis)については、既知の病原性形質がないと報告されている。潜在的毒性遺伝子を持つことがわかっているある種の株を遺伝子組換えの対象とする場合、こうした遺伝情報を有していてはならない。

長らく安全に用いられていることと有用な遺伝的証拠から、食品発酵に用いられている多くの微生物の遺伝的背景には病原性島やその他の病原性決定因子がないことがわかる。

これに加えて、以下を考慮する必要がある。

これらのうち最初の2番目はin vitro試験で対処することができる。3番目は適切な動物モデルまたは志願者においてin vivo試験で対処する必要があるであろう。必要であれば、こうした試験を適正基準指針や倫理基準に従って行う必要があろう。

5.7 安全性と栄養面の評価

4.3項で強調したように、遺伝子組換え微生物の安全性および栄養学的評価の際は、実質的同等性の概念に従い、比較結果を考慮すべきである。適切と思われる場合は、動物実験を用い、受容生物・ドナー微生物・遺伝子・遺伝子産物が食品において安全に利用された経緯のない遺伝子組換え微生物の安全性評価を実施してもよい。しかし前述したように、動物実験には長所と短所がある(FAO/WHO、2000年)。動物実験は遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品における危険性の同定や、用量反応関係の確立に役立つことがあるが、その動物における反応をヒトにおける反応と相関させなければならないのが主な欠点である。動物およびヒトの解剖学的・生理学的相違が、これらの2種間において用量反応にかなりの差をもたらすことも多く、遺伝子組換え微生物に関する動物実験の解釈と評価ではこの点を考慮する必要がある。

食品への使用を意図した遺伝子組換え微生物の安全性は、それの中で消費される食品基質について評価すべきである。このことは、動物安全性実験を用いた丸ごとの食品に関する安全性評価に関わる問題を提起する。食品丸ごとの安全性評価における動物実験の役割に関する指針は、これまでの会議(FAO/WHO、1991年; 2000年)で提示されている。丸ごとの食品の安全性評価における動物実験の役割に関わるさらに詳細な勧告は、食品科学委員会(欧州委員会、1997年)、UK ACNFP(1995年、1999年)によって示された。

動物実験の利用においては、実験系が特定の安全性問題を扱っているということが重要である。動物給餌実験の計画に際し(特に)以下の点を考慮すべきである。

動物実験に関するこれまでの勧告は遺伝子組換え微生物に固有のものではないため、遺伝子組換え微生物試験のためにいつどのような動物実験が適切かを評価する際の指針の確立が望まれる。

5.8 遺伝子組換え微生物・腸内細菌叢・哺乳類宿主の相互作用

成人期において、ヒトの消化管には多くの(1014にも上る)微生物が生息し、その数は体細胞を1〜2桁上回る。微生物叢は少なくとも400種で構成されると推定されるが、大半の種が通常は一般的に用いられる培養法や分子生物学的技術によって分析できないため、正確な構成はあまりわかっていない。微生物叢は、口腔(主に乳酸菌、連鎖球菌、ある種の嫌気性種)から、胃(一時的酸抵抗性微生物)、小腸(直腸様微生物叢へ移行)へと移動するにつれ質量ともに変化し、直腸では細菌密度は乾燥重量1g当たり1012に達する。直腸細菌叢は主にビフィドバクテリウム属、ユーバクテリウム属、バクテロイデス属、クロストリジウム属のように嫌気性菌であり、乳酸桿菌属、腸球菌、大腸菌群など微好気性微生物と条件的嫌気性微生物の数は通常は3ないし4桁少ない(Mikkelsaarほか、1997年;WillisとGibson、2000年)。消化管全体で、内在性細菌叢が外来性微生物に対する主な障壁となる(定着抵抗性)(Areneoほか、1996年)。

出生以降如何なる時も、消化管細菌叢の質・量的の組成は、過去および現在の環境要因(食事、抗菌剤治療、消毒剤、食品添加物、職業、気候など)、哺乳類宿主に関わる要因(年齢、性別、腸運動性、通過時間、pH、胆汁酸ディフェンシンなど)および細菌叢そのものに関わる要因(栄養獲得競争、酸素、H+受容体、抗菌性物質の生成、有機酸、NH3、H2Sなど)からの曝露およびそれらとの相互作用によって異なる。消化管生態系の形成におけるこうした要因の相対的重要性はまだ解明されていない。

消化管細菌叢は、細分化された経路で、また臓器・細胞・分子レベルにおいて様々な哺乳類宿主に関わる構造や機能を干渉する場合がある(Falkほか、1998年;Midtvedt、1999年;MoreauおよびGaboriau-Ruthiau、2001年)。重要な相互作用として以下のものが挙げられる。

こうした相互作用の相対的重要性は、年齢や個々の健康状態によって異なる。外来性微生物(遺伝子組換え微生物を含む)の消化管における残存能力は、多様な細菌叢と上記の宿主関連要因への抵抗性と適応力によって異なる(残存とは、増殖率が排泄率より低い一定期間において微生物が検出されることと定義する。Benbadisほか、1995年)。定着抵抗性に関連して、株に固有のその他の残存に必要な特性については余り明らかとなっていない(Cesenaほか、2001年)。通常は転座と呼ばれるメカニズムによって、株が消化管腔を出て別の場所に定着することもある。従って、腸内残存の予測には単なるin vitro試験では不十分であり、ヒトの消化管系を模した適切な動物モデルと治験が必要な場合もある。こうした試験には確実な株の同定も不可欠である。

摂取後も生存する遺伝子組換え微生物は、消化管系を一時的に通過するに過ぎない場合もあるし、定着することもあるが、その期間も多様である。定着とは、一定期間に一定量の微生物が検出されることと定義されている(Benbadisほか、1995年)。

外来性微生物が永久的にまたはその寿命まで成人に定着することはまれであるが、ある種の体に良好な細菌(プロバイオティック)株についての経験から、株は、経口投与が中止された後も数週間は便や直腸膜において再生できることがわかっている(von WrightおよびSalminen、1999年)。「持続性」は、消化管で微生物が2回の腸管通過期間より長く残存することを示す(ILSI、1999年)。

遺伝子組換え微生物が消化管において定着するかどうかに関わらず、それが細菌叢や哺乳類宿主に影響を与える可能性は残る。細菌叢への影響は、遺伝子組換え微生物が示す機能(表現型の発現)によって異なる部分もあり、遺伝子水平伝達によって異なる可能性もある。宿主に対する影響は直接・間接にありうる。直接的影響は前述した全ての構造と機能で起きる可能性があり、間接的影響は内在性細菌叢の活性部分への干渉を通じて媒介される場合もある。生存不可能な微生物でも機能的特性を保つことがわかっており(細胞接着、化学物質の結合、免疫調整活性)、これは細菌叢と宿主に関わる機能の両方に直接・間接に影響しうる(OuwehandおよびSalminenの総説、1998年)。生物学的活性化合物(毒素、酵素など)の遊離がさらに起きることもある。

消化管における微生物間の接合伝達が起きることが知られている。その可能性は遺伝子組換え微生物と腸内細菌叢との関連や消化管における貯留時間によって異なり、一次的通過株より持続性株または定着株で起きやすいと仮定することは合理的である。ヒトの口腔における細菌の形質転換が示されているため(Mercerほか、2001年)、溶解遺伝子組換え微生物からのDNAの伝達の可能性を見過ごすべきではない。さらにSchubbertらの研究(1997年)から、消化管においてDNAは計測可能な耐久性有することがわかる。また、哺乳類の消化管における食品由来のDNAの運命に関する研究から、植物と組換えDNAは血流および組織細胞、さらには核にまで入ることができることがわかっている(Schubbertほか、1997年;Einspanierほか、2001年;HohlwegとDoerfler、2001年)

5.9 曝露

遺伝子組換え微生物の摂取の程度については、上市前の安全性評価においてまた食品連鎖におけるあらゆる影響をモニタリングするために考慮しなければならない。

食品に利用される遺伝子組換え微生物の曝露評価に際しては、以下の要因を考慮すべきである。

遺伝子組換え微生物は食品供給において利用されるため、包括的な人口に対する曝露の影響を計測する方法を考慮する必要がある。遺伝子組換え食品に関する健康調査実施の問題は、前の専門家会議で検討され、以下のことが明らかとなっている。「特定作物における栄養素量の変化は、食物摂取全体に影響を与える可能性がある。この場合、栄養素の量、生物学的利用能、時間・加工・保管による安定性の変化を調べると共に、遺伝子組換え食品の導入による食習慣の変化をモニタリングし、消費者の栄養状態・健康状態への影響を評価することが重要である。しかし、消費者の栄養状態への影響を評価することは、食事に及ぼす全ての有意な変化について重要であり、遺伝子組換え食品の導入に限定されるものではない」(FAO/WHO、2000年)。

以前の会議(FAO/WHO、2001年)で示されたように、あらゆる食品の潜在的な長期的な健康影響についてはほとんど知られおらず、この状況は人類における遺伝的多様性によってさらに複雑になっている。遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品に対するヒトの曝露の影響をモニタリングすることが複雑であることを考慮すると、実験の対象となる問題を非常に限定的に絞って計画しない限り、通常の食品と比較して影響を明らかにするのは困難であることが認識される。しかし、遺伝子組換え微生物への曝露のモニタリング(追跡)方法の開発が重要であることも認識されている。

5.10 免疫系への影響

遺伝子組換え微生物の伝達遺伝子の免疫調整能を評価するためには、事例毎に検討するのが望ましい。遺伝子組換え微生物のアレルギー誘発性に関する会議が、この点に関する勧告をいくつか出している(FAO/WHO、2001年)。

消化管細菌叢と免疫系間で相互作用が起きることに注目しなければならない。消化器関連リンパ組織(GALT)は、免疫系との間に重要な相互作用があり、GALTと後天的免疫の発達と維持において、微生物学的な刺激が主な抗原性であることは証明されている。遺伝子組み換え植物由来食品とは対照的に、遺伝子組換え微生物は消化管内で定着し、そのことにより潜在的な免疫調整作用が持続する可能性があることを強調すべきである。

6. 結論

i. 専門家会議では、遺伝子組換え微生物の安全性評価は一連の十分に整理された質問群を利用して事例毎に処理すべきであるとの合意に達した。同会議は、実質的同等性の概念を用いて、比較法によって、遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品と適切な比較対象品との類似性と差異を明らかにする現実的方法が得られることを確認した。これらの差異は、安全性評価の焦点となりうる。

ii. 同会議は、実質的同等性の概念を適用する際に特に配慮を必要とする微生物本来の性質があることを指摘した。特に、それにおいて遺伝子組換え微生物が消費される可能性がある食品基質はその安全性に影響を与える可能性があるため、食品基質の影響を考慮する必要がる。従って、遺伝子組換え微生物にも遺伝子組換え微生物を利用した食品にも実質的同等性の概念を適用する必要があろう。このことについては、哺乳類宿主消化管における病原性や持続性などの補足的パラメータを調べなければならない場合もある。

iii. 同会議は、食品中の遺伝子組換え微生物には生存可能な微生物と生存不可能な微生物が含まれ、それらはそのまままたは食品成分として消費される可能性があると指摘した。同会議は、関連製品が広範であるため、安全性評価では特定の利用と当該遺伝子組換え微生物への曝露を考慮しなければならないとした。

iv. 同会議は、食品製造における微生物の利用は栄養学的価値と食品供給の安全性にとって非常に重要であることを指摘した。従って、遺伝子組換え微生物の評価には安全性と栄養学的局面を含むべきである。

v. 同会議は、消化管中の微生物が免疫系に重要な影響を与えていると指摘した。遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品の安全性評価ではGM植物に発現した新タンパク質のアレルギー誘発性に関するこれまでの勧告(FAO/WHO、2001年)を利用することができるが、遺伝子組換え微生物またはその成分の哺乳類宿主の免疫系に対する影響をさらに考慮する必要があることに注意しなければならない。

vi. 同会議は、食品の遺伝物質は消化管の細菌叢や哺乳類宿主の細胞にin vivoで伝達される可能性があることを示した。こうした遺伝子伝達に関する安全性は、遺伝子組換え微生物とその成分の性質に基づき慎重に評価する必要がある。

vii. 同会議は、食品製造において利用する遺伝子組換え微生物の開発において、食品で安全に利用された経緯のある微生物のヌクレオチド配列だけで構成されたベクターを用いるべきであるとの結論を出した。選択マーカーは安全な用途に基づいて慎重に選択すべきである。特に、抗菌剤耐性マーカーは排除されるべきであり、最終の遺伝子組換え微生物に存在すべきではない。

7. 勧告

i. ヒト消化管の複雑な生態系に関する分析は盛んに実施され良好な結果を得ていることが認識される。当該分析については、消化管の生態学的成分、有力な選択条件、栄養状態や宿主要因の相互作用に対する影響などの試験を含み、促進されるべきである旨の勧告がなされた。こうした研究により、リスク評価の改善の基盤ができるであろう。

ii. 外来性微生物が成人において永久的・一生に亘って定着することはまれであることは明らかであるが、食品による曝露の中止後数週間は株が腸管から回収される場合がある。遺伝子組換え微生物が消化管で定着するかどうかに関わらず、細菌叢や哺乳類宿主に影響を与える可能性は残る。細菌叢に対する影響は、発現した機能や水平的な遺伝子伝達に関係する可能性がある。消化管における微生物の機能の評価方法を改善する必要がある。

iii. 発酵は、栄養価の高い衛生的食品を製造するための簡単な技術を可能にする。この技術は世界中で用いられ、特に発展途上国において重要性が高い。こうした技術の継続的改善に遺伝子組換え微生物の利用が関わる可能性がある。同会議は、FAO および WHOがこの技術の改善・評価における発展途上国のニーズを支援するために能力増強を推進する様勧告した。

iv. 同会議は、遺伝子組換え微生物食品の開発と安全性評価に関わる問題を効率的に周知する必要性を認めた。安全性評価の指針を示す原則を国民などに周知することにより、評価過程における円滑なやりとりと透明性が増すことになるであろう。同会議は、FAO および WHOがこれを達成するための取り組みを調整するよう勧告した。

v. 同会議は、微生物の生態についての理解を深めることで遺伝子組換え微生物の安全性を促進する特定方法が利用できることを指摘した。遺伝子組換え微生物、特に細菌の安全性評価を促進する可能性のある新技術の開発が急速に進んでいる。これらは報告書で示されており、分子プロファイリングなどが含まれる。同会議は、こうした方法の一層の発展と妥当性を確認するよう奨励している。

vi. 同会議は、遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品の安全性評価において、考慮すべきであると勧告した多くの側面について明らかにした。その詳細は報告書本文に示されている。それには以下の内容が含まれる。

  • 遺伝子組換え微生物および遺伝子組換え微生物を利用して製造した食品に対する実質的同等性概念の適用

  • 遺伝子組換え微生物の開発に利用した技術の検討---特に宿主微生物および挿入遺伝子とベクターを提供する微生物が安全に利用されてきた歴史があること---および抗菌剤耐性マーカー遺伝子の使用の回避

  • 株の同定と特徴の解明

  • 食品から消化管細菌叢と哺乳類宿主細胞への遺伝物質の伝達

  • 遺伝子組換え微生物の遺伝的安定性

  • 遺伝子組換え微生物の病原性の可能性

  • ヒト免疫系に対する遺伝子組換え微生物の影響

  • 遺伝子組換え微生物に対するヒトの曝露と食品加工・製造・貯蔵の影響

8. 参考文献

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1この定義は生物学的多様性に関する会議のバイオセイフティに係るカルタヘナ議定書に基づく。
2これには以下が含まれる。微量注入・多量注入・化学穿孔法・電気穿孔法・マイクロカプセル封入・リポゾーム融合など微生物体外で製造した遺伝物質の微生物への直接導入に関わるベクターシステムと技術を用いる遺伝子組換え技術
3自然の生理学・生殖・組換えの領域を超える細胞融合(原形質融合を含む)または交配技術では、供与細胞や原形質は分類学的に同じ科には属さない。
4直接曝露は食品製造または加工に使用されたか若しくは消費された遺伝子組換え微生物をさし、間接曝露は食物連鎖のどこかで遺伝子組換え微生物の利用によって生じる曝露を指す(動物用飼料など)。


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