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第12回 記述情報の分析について

第12回 記述情報の分析について

 記述情報の収集の概要

1) 収集期間
平成16年5月25日より平成16年8月24日まで

2) 施設数(カッコ内は前回の実績):(第12回収集締め切り時 現在)
参加登録施設 1,235  施設 ( 249)
報告施設数 506  施設 ( 84)

3) 収集件数

区分 件数(カッコ内は前回の実績)
総収集件数 16,878件 (1,914)
空白、重複件数  2,460件 (  283)
有効件数 14,418件 (1,631)


 分析の概要
1) 検討方法について
 記述情報の収集から報告までの流れは、以下の通りである。
 (1) 参加医療機関より、(財)日本医療機能評価機構へ報告される
 (2) 評価機構より、無効事例や重複事例が削除された事例が厚生労働省医政局総務課医療安全推進室に送付される
 (3) (2)の事例を東京都立保健科学大学(事務局)に送付する
 (4) 事務局は(2)のデータから、毎回のテーマに関連した記述情報を抽出し、その事例に関連した検討班のリーダーに分析対象候補事例として送付する
 (5) 各検討班内で(4)のデータからさらに、分析対象事例を選定し、コメントを作成(分析)する
 (6) 分析された事例は、班代表者会議によって検討され、加筆修正を経て確定する
 (7) 検討された分析事例は、分析事例集および事例概要として整理され、事例検討作業部会に報告される

2) 分析の方法
 医療事故を防止する観点から、報告する医療機関が広く公表することが重要と考える事例について、発生要因や改善方策などを記述情報として収集した。
 収集されたヒヤリ・ハット事例より、分析の対象に該当するものを選定し、より分かりやすい表記に修文した上でタイトルやキーワードを付した。
 また、専門家からのコメントとして、事例内容の記入のしかたや記入の際に留意すべき点などを「記入方法に関するコメント」として、また報告事例に対する有効な改善策の例や現場での取り組み事例、参考情報などを「改善策に関するコメント」として述べた。
 さらに、コード化情報として報告されたデータを重要事例情報に付加し、事象そのものや事象の背景をより正確に把握した上で分析を行なった。

3) 分析対象事例の選定の考え方
 収集された事例から、分析し公開することが有用な事例を選定した。選定の考え方は以下の基準によった。
 (1)  ヒヤリ・ハット事例の具体的内容や発生した要因、改善策がすべて記載されており、事例の理解に必要な情報が含まれていること。
 (2)  次のいずれかに該当する事例であること。
 ・ 致死的な事故につながる可能性がある事例(重大性)
 ・ 種々の要因が重なり生じている事例(複雑性)
 ・ 専門家からのコメントとして有効な改善策・参考になる情報が提示できる事例(教訓性)
 ・ 他施設でも活用できる有効な改善策が提示されている事例(汎用性)
 (3)  なお、個人が特定しうるような事例は除く。

4) 事例のタイトル及びキーワードの設定
 これまでと同様に、各事例にタイトル及びキーワードを付した。キーワードは以下のリストから選択した。

■発生場所
大項目 分類項目
外来部門 (1) 外来部門一般
入院部門 (2) 入院部門一般
(3) 救急部門
(4) 集中治療室
(5) 手術部門
(6) 放射線部門
(7) 臨床検査部門
(8) 薬剤部門
(9) 輸血部門
(10) 栄養部門
(11) 内視鏡部門
(12) 透析部門
事務部門 (13) 事務部門一般
その他 (14) その他
   手技・処置など
大項目 分類項目
日常生活
の援助
(1) 食事と栄養
(2) 排泄
(3) 清潔
(4) 移送・移動・体位変換
(5) 転倒・転落
(6) 感染防止
(7) 環境調整
医学的
処置・
管理
(8) 検査・採血
(9) 処方
(10) 調剤
(11) 与薬(内服・外用)
(12) 与薬(注射・点滴)
(13) 麻薬
(14) 輸血
(15) 処置
(16) 吸入・吸引
(17) 機器一般
(18) 人工呼吸器
(19) 酸素吸入
(20) 内視鏡
(21) チューブ・カテーテル類
(22) 救急処置
(23) リハビリテーション
情報と
組織
(24) 情報・記録
(25) 組織
その他 (26) その他


 分析結果及び考察

1) 収集された記述情報の概要
(1) 全体の概要
3ヵ月間の報告期間で収集された件数は16,878件であった。平成16年4月より対象医療機関が全医療機関に広げられ、参加登録施設が249施設から1,235施設に増加し、また、報告施設数も84施設から506施設と増加したことから、従来の約9倍の事例が収集された。
今回の報告期間に収集された16,878件のうち14,418件が有効な報告であった。
報告内容の記述についても情報量・内容ともに充実した事例が増加しており、この事はヒヤリ・ハット事例報告への組織的な定着・浸透が伺える。
発生件数割合が高い手技・処置は、以下のとおりである。傾向としては従来と同様で、与薬やチューブ・カテーテル類、転倒・転落に関する事例は依然として発生割合が高い。
 また、今回は検査に係わる事例も多く報告されていた。その内容は、検査の指示出しの問題やそれを実施する過程で関わる医療者の間違い等の問題により、患者が検査を受けることができなくなった事例や血糖測定を忘れてインスリンが未実施となった事例等があった。

 
与薬(点滴・注射、輸血)に関する事例 3,015 (20.9%)
与薬(内服・外用、麻薬)に関する事例 2,738 (19.0%)
転倒・転落、抑制に関する事例 2,676 (18.6%)
チューブ・カテーテル類に関する事例 1,593 (11.0%)
検査に関する事例 1,535 (10.7%)
食事、栄養に関する事例 591 ( 4.1%)
器機および器機操作に関する事例 460 ( 3.2%)
 *(%)は、その他1,810件を含む全事例に対する割合

上記の分類の他、「その他」の中には、無断離院・離棟、安静度が守られない事例、職員対応に関した事例などが含まれていた。また、今回の報告事例内には、カルテの入力ミスやリハビリ中に理学療法士の指示が守れなかった事例、ドアに挟まった事例等があった。カルテの電子化が進む中、収集される事例の内容にも変化が見られている。

(2) 今回のテーマに関する事例について
 ○  「与薬(内服・外用、麻酔)」は毎回多くの事例が収集されているテーマである。与薬は、職種の違う複数の医療職者が一連のプロセスの中で関与し、最終的に患者に投与されるという業務の複雑さがあること、さらに、患者が外来で処方された薬剤を持参して入院してからも服用する場合(持参薬)のエラーや自己管理薬に関するエラー事例も従来からみられており、患者の要因も含めた分析も重要となってくることからテーマとした。
 ○  「転倒・転落、抑制」も毎回多くの事例が収集されているテーマである。
 転倒・転落は、患者の疾患や障害そのものが原因となっている他に、薬剤の影響や看護師の介助方法の問題等様々な原因がある。また、転倒・転落時の影響では、二次的な障害や点滴やドレーンなど装着物の抜去を起こすこともあり、身体に与える影響も大きい。そのため、事例を分析して予防策等の検討が必要となってくることからテーマとした。
 ○  「検査」は、今回、多くの事例が収集されたテーマである。検査は医師の指示の発生から検査当日までの時間を追った準備が必要であり、また、検査の実施者は患者と接する機会の少ない技師が担当することが多く、検査に関わる医療職者の連携が特に重要となってくる。そのため、人と人の問題や検査の機器の問題等を分析することが必要と考えテーマとした。
 ○  「食事・栄養」は食事そのものの問題の他にインスリン投薬や検査実施の可否に関連があり、多くの事例が収集されていることから、テーマとして取り上げ、分析することとした。
 ○  「器機および器機操作」は、毎回、輸液ポンプやシリンジポンプ、人工呼吸器といった生命に大きな影響を与える機器類の事例が多く収集されており、分析し検討を行っていく必要が大きいことからテーマとして取り上げた。

(3) 記述情報の記載について
   参加登録施設数、報告施設数とも増加し、より多くの事例に基づき分析を行うことで、具体的で有効な結果を求めることができるようになっているが、一方で、分析に当たって背景要因を推測しなければならない事例も見うけられた。
 「事例の具体的内容」については、事例の中心となる部分をより具体的に記述し、「事例が発生した背景・要因」では「忙しかった」のような一言だけではなく、どのような状況で忙しかったか等、その背景や要因についての具体的な記述があると、さらに深く分析を行うことができると考えられる。「実施した改善策」も、医療機関の取り組みとして関わるそれぞれの医療職者が、職種の役割に関連付けて、改善策を記載できればより具体的な改善策が策定できるのではないかと考えられる。

○全体総括
1. 内服・外用/麻薬に関する事例について
 与薬の一連のプロセスに関与するのは主に医師・薬剤師・看護師である。 しかし、どこの段階で生じたミスであっても、与薬の最終実施者である看護師の「準備時、与薬時の確認の強化」という対策に終始している傾向がある。これでは効果的な対策は立てられない。
 そこで、それぞれの役割と機能を明確にし、システムとして対策を構築していくた必要があると考えた。また、電子カルテの導入や薬剤師の業務の見直しの動きもあり、与薬の業務プロセスにおける役割と業務を見直すことが急務だと考えられる。
 これらのことから、内服薬についても、注射点滴等の事例の分析と同様、与薬の業務プロセスに沿って分析することとした。
 また、薬剤に関するヒヤリ・ハットの場合には、薬剤名の記載は必須であることを確認しておきたい。

業務プロセスから見たエラー発生の状況とその要因

 A. 医師の指示
緊急時の指示や中止・修正がタイムリーに伝わっていないと思われる事例があった。
  <要因>医師の指示の出し方に関するルールが決まっていない、又は決まったとおり実施しないなどルールの制定と共有化が図れていないことが考えられる。
また、電子カルテ導入時等に業務運用の取り決めが不十分である場合がある。
2科以上の診療科が同時に診療している場合(併診)している場合に各科の指示の調整ができていない。
  <要因>情報が一元的に管理されていないために、お互いの情報が共有化されず、それぞれ診療を行うため、重複や漏れが生じていると考えられる。
本来出されるべき薬剤の処方が出されず薬剤が継続されないときがある。
  <要因>医師が患者に処方している薬剤を責任もって管理する姿勢に乏しく看護師のチェックに頼っている傾向が示唆される。薬剤部からは薬袋に入ったまま病棟に届くため、これを分包して患者に与薬できるまでに準備するのに多くの時間を要している。またここでも薬剤師の調剤した薬剤をチェックすることが常態化しているために、患者に与薬する時間の確保が難しくなっていることが考えられる。
外来や他院で処方された薬剤を持参(持参薬)し、入院してからも服薬することが多くなり、そのための重複投与や投与もれ、量間違いが多く報告されている。
  <要因>病院によって採用薬品が違っており、同効で違う名前の薬品があり、持参薬と新処方薬が混在し過量投与になることもある。他の医療機関で処方された薬剤を患者の情報に基づいて服用させることによって間違いを生じていたり(患者の情報が正確でない場合がある)、患者からの情報の得方に問題があったり医療者が預かったためのエラーも生じていることが考えられる。

 B. 指示受け、調剤、
口答指示に伴うエラーが複数報告されている。
  <要因>医師の指示の出し方や口頭指示の場合のルールが決まっていない。また、安易に口答指示を受けることから、記憶違いや曖昧な確認などのエラーが多発していると思われる。
与薬量や与薬方法の変更が頻繁に行なわれる重要薬品のエラーが報告されている。
  <要因>ステロイド剤、ワーファリン、麻薬など要注意薬品で患者の状態に応じた頻繁な変更が行なわれるものは、中止・変更時のエラーが生じやすい上に患者への影響も大きい。また、医師の指示がそのまま実施場面でも使用できるシステムになっていない現場では、指示の転記が多く処理が煩雑になることから、転記間違いやその他のエラーが生じる可能性がある。
化学療法を受ける患者の与薬の間違いが報告されている。
  <要因>化学療法剤や症状緩和のための薬剤などは、患者の状況に応じて指示の変更が行われたり、個々に応じたプロトコールが決められるために、それに対応した業務のプロセスを踏む上でエラーが生じていたりすると考えられる。

 C. 与薬準備
配薬準備段階のエラーが複数報告されている。
  <要因>配薬準備の業務が一元化されず複雑であり、準備に専念できる環境でないために、ヒューマンエラーが生じやすくなっており、セット後の変更・追加時に対応も複雑である。また、冷所保存など、定位置外保管薬の見落としや、配薬ボックスの隙間から隣のボックスに薬剤が移動するなど器具の問題によるエラー事例も見られる。
思いこみや勘違い記憶違いなどのヒューマンエラーによるエラーが生じている。
  <要因>看護師が与薬業務に専念できる環境でなく、業務の中断や割り込み業務のために結果的に多重業務を同時進行で行うことになり、間違いを生じていることが考えられる。

 D. 与薬
ヒューマンエラーによる間違いが多い。
  <要因>与薬業務中に療養上の世話や他の患者の診療の補助が必要となるなど、業務の中断や割り込みがあって多重業務になりヒューマンエラーを起こしやすい状況の中与薬業務が行なわれていると考えられる。
通常の食後3回以外の服用方法で服用する薬剤に与薬忘れが多い
  <要因>食前薬、検査後与薬、時間毎与薬、1日1回または2回、週1回〜数回など、特定の条件のある薬剤は、保管場所の問題や業務計画の立て方などから与薬忘れを生じることがある。特に、食前の血糖降下剤等の与薬忘れは症状の悪化を招く恐れがあり注意が必要である。
継続の必要な薬剤の処方が出されないための与薬中断や与薬遅れがある。
  <要因>医師が看護師のチェックに依存して「処方は医師の責任である」という自覚に乏しいと考えられる場面が見受けられる。

 E. 与薬を受ける患者の要因
自己管理薬剤の間違いが多い
  <要因>患者が自己管理するかどうかの判断基準が定められておらず、曖昧なまま自己管理に移行している可能性がある。また、移行後も患者に任せたままで、自己管理が適切に行なわれているかどうかの管理と必要な指導がされていないことが要因と考えられる事例があった。

 F. 与薬後の観察、管理
配付した薬剤が服薬されずに残っている。
  <要因>「与薬」が薬剤の「配付」に終始しており、患者が必要な薬剤を正しく服用することを援助し、その後の観察をするという本来の与薬の業務を適切に行っていないことが考えられる。
患者自身の手技が不適切なため、薬剤をこぼしてしまうなどのエラーが 生じている。
  <要因>患者の状態に応じて薬包紙や薬杯を用いるなどの適切な服薬指導を行わないまま、患者の自己管理に任せてしまい適切な服薬管理がなされていないことが考えられる。

 G. 麻薬に関するヒヤリ・ハット
 麻薬は(1)与薬量の変更が多い(2)複数の剤型が存在する(3)麻薬特有の薬効がある(4)厳重な管理を要する、など多くのエラーの要因となる条件が存在している。そのため、より適切な管理が必要となってくる。麻薬に関連するエラーの発生の要因と問題は以下の点である。
麻薬による疼痛コントロールについての知識不足のため、効果的な疼痛緩和に必要な与薬の遅れと患者に及ぼす影響
剤型が異なる多種の麻薬が存在するために生ずる、使用方法の混乱によるエラーの発生
法的に厳格な取り扱いが求められているにもかかわらず、現場で基準に沿った取り扱いがなされないための、残量管理の不手際などの問題

 まとめ
 ・ 薬剤のエラーによって生じるリスクの認識は一般に、注射薬>内服薬>外用薬という順序だと考えられている。薬効の優れた内服薬が開発されている一方で、服薬エラーによる副作用の出現や患者に与える結果の重大性も増している。入院患者の与薬に関する責任は医療施設側にある。医師、薬剤師、看護師がそれぞれの段階で役割と責任をもって、患者と協力して安全で確実な服薬治療を行えるようにシステムを整えることは、医療施設の当然の責務と言える。今後の課題として次の点が挙げられる。

持参薬
  医療の包括化とともに、外来で処方された薬を持参して入院してからも服用するいわゆる持参薬のエラー事例が多く生じている。特に他の病院で処方された薬剤を持参して入院してから服用することには多くのリスクを伴っている。患者と外来の主治医の間で長い付き合いによって生じている暗黙の了解と、入院後に病棟で患者と関わる医師や看護師との間の了解事項とが一致しない期間が生じることもある。また、患者の情報が正確でない場合や、医療者側の聞き取り方に問題がある場合もある。
 入院してからも患者に持参薬を服用してもらう場合は、処方した医師からの正確な情報の入手、外来で処方された薬剤を服薬すべきかどうかの適切な判断と指示、他施設で採用されている薬剤と自分の施設でそれに該当する薬剤の確認など、重複服用や必要な薬剤の中断が生じないよう入院時点での持参薬の厳重な管理が求められている。特に、薬剤師の関与も必須と考えられる。個々の施設において早急に取り組むべき課題である。持参薬を使用しない施設においては、患者家族への十分な説明を行う必要がある。
内服薬剤の自己管理
  患者が内服薬の自己管理可能かどうかの判断をするには「治療の段階や特徴」「薬剤の持つ特徴」「患者自身の管理能力」を考える必要がある。医師・薬剤師・看護師は協働して自己管理の基準を作成し、適切な運用をする必要がある。
配薬の手順と環境の整備
  内服薬の調剤から与薬に至る業務は、施設により多様なプロセスを踏んで行なわれている。しかし、いずれの場合にも、現場任せであり、複雑で多重の業務を同時進行と言う形で実施している。しかし現在の与薬業務のプロセスは、割り込み・同時進行の生じ易い現場の実態に応じた方法とは言いがたい。
 そのために、臨床現場の特徴を踏まえた安全な方法を、施設全体でハードの面及びソフト面から見直す必要がある。
薬剤師の関与の必要性
  与薬プロセスの中で、処方内容への疑義照会など、処方を間違いなく適切に実施し、エラーを防止する上で、薬剤師の果たす役割は大きい。薬剤師が与薬の現場で患者の身近にいて、役割を発揮できるよう、要員の配置も望まれる。
医学教育の見直し
  処方せんの記載方法は、医師の個人差が大きく、ルールの遵守が徹底しにくい。処方せんの記載に関する標準化を検討するとともに、基礎教育及び卒後教育において、それらを教育する必要がある。
電子カルテ導入への準備
  電子カルテ導入施設におけるエラーの報告があり、電子カルテ独特のエラーが生じている。これらのエラーの収集と情報の共有化を図り、安全な電子カルテシステムの構築が望まれる。


2. 転倒・転落に関連する事例について
 転倒・転落は薬剤に関する事故や医療機器のトラブルといった医療施設に限定した事故ではなく、広く一般社会、また家庭生活を営む中で起こりうる事故であり、誰もが体験したことがある事象でもある。そのためにちょっとした躓きやよろけた程度では、事故という認識は低く、患者側からの報告があがりにくいヒヤリ・ハットである。しかしながらその積み重ねが大きな事故(骨折、頭部外傷等)につながっていく様相は、まさにハインリッヒの法則(1つの大きな事故の背景には29の軽傷と300のヒヤリ・ハットが隠されている)で裏付けされるものである。そのために転倒・転落事故防止に取り組む際には、患者・家族そして医療者からのヒヤリ・ハット情報を積極的に集めなくてはならない。
 記述情報には「リスクスコアが25点であったにも関わらず…」というような記載が多くみられた。これは転倒・転落リスクアセスメントシートによる患者評価であり、多くの施設で取り入れている転倒・転落事故防止のためのアセスメントツールである。いままで起こった事故及びヒヤリ・ハット情報から転倒・転落のリスクを集約したもので、入院時にアセスメントを行い事前にリスクをキャッチできるものとして2000年より日本看護協会等で紹介され、当事業においてもその必要性を紹介してきた。その功績として転びやすいと判断された患者(高齢者、事故経験者、歩行補助器具使用者、身体機能の何らかの障害がある患者等)には、転倒・転落事故防止に関する個別の看護計画が立てられてきた。またそれらの患者が転倒・転落事故を起こしにくい環境の整備(廊下の手すり、滑りにくい床、階段のストッパー等)や事故防止機器(離床センサー、車椅子の転倒防止バー等)の導入にもつながった。
 しかしながら、そのように有効なツールを使用しているにもかかわらず、いまだに多くのヒヤリ・ハットが発生し報告されている。その内容を分析すると、かつては看護師の介入(移動や移乗等)が絡むヒヤリ・ハットが多かったのに対して、今回ではそれが減り、代わって患者の自力行動におけるヒヤリ・ハットが多く報告されている。これは転倒・転落リスクアセスメントシートでは評価されていないことであり、新たな対策を必要としている。今回はそのような視点から、転倒・転落事故の被害者になっている患者に焦点をあてて分析を行った。

 A. 転倒・転落した患者
 今回の報告では、転倒・転落当事者である患者は、小児、精神障害者、高齢者、その他の4つに分類された。ここではそれぞれのヒヤリ・ハットの特徴を提示して、その対策を考えていく。

【小児の転倒・転落ヒヤリ・ハット】
 小児が当事者である転倒・転落のヒヤリ・ハットでは、多くの場合がベッドからの転落であった。その殆どが小児用ベッドにおけるベッド柵の装着忘れ、またはトラブルで発生したものであった。これに対しては、安全基準に則ったベッド策を使用しても、周囲で関わる家族や看護師等がその取り扱いを疎かにしていることで発生するために、被害者である小児本人ではなく、周囲の家族や看護師等への働きかけが必要と考える。

【精神障害者の転倒・転落ヒヤリ・ハット】
 精神障害者が当事者であるヒヤリ・ハットでは、その治療として用いられる向精神薬(主に統合失調症に使用される抗精神病薬)による副作用であったり、身体治療に対する抵抗(身体拘束からの抜けだし、点滴等のチューブトラブル等)から生じるものであったりとその内容は多岐に及んだ。向精神薬による転倒リスクは以前から指摘されているものではあるが、治療効果がなくなることから減量すればいいとは言い切れない問題である。また意思の疎通性及び理解度という観点から、身体治療に対して協力が得られること自体が困難である。これらに対しては、転倒・転落を避けるという考えから、副作用の少ない向精神薬への切り替えやリハビリの導入など、という転倒・転落をしにくい身体機能の向上を図ったり、床の段差や廊下の水ぬれを解消させるといった転倒・転落をしにくい環境を調節することに目を向けることが必要と考える。

【高齢者の転倒・転落ヒヤリ・ハット】
 高齢者が被害者となって起こったヒヤリ・ハットでは、起床時から入床時まで、また入床後でもベッドからの転落や、覚醒しての徘徊やトイレに向かう際の転倒等、生活している24時間のすべての生活行動に関連してヒヤリ・ハットが生じていることが報告されている。これだけのヒヤリ・ハットが高齢者からあがってくる背景として、高齢者には筋力・視力低下、また判断力・認知力の低下等の廃用性症候群を併発しやすく、非常に高い転倒・転落のリスクがあると考えなくてはならない。さらにその高齢者に対して、入院という環境の変化や、点滴や検査といった身体治療が加わり、転倒・転落が起こしやすい状況となっている。そのような状況の中では転倒・転落を防ぐことは困難であり、転倒・転落の発生を事前にキャッチする物理的な道具(離床センサー等)を使用することも考えなければならない。

【その他の転倒・転落ヒヤリ・ハット】
 小児、精神障害者、高齢者以外では、手術後または点滴等の処置を受けて行動が制限されている患者の報告が多かった。行動が制限されていることで、無理に動こうとしたり、誤って転んだりという報告内容であった。何かをするときにはナースコールを押すように指導しているが、看護師が忙しく働いていることに遠慮したり、自立心や自尊心を保つために押さなかったりすることもある。これらに対しては、患者に対して無理のない移動や移乗の指導をするほかに、遠慮せずにナースコールが押せる関係の構築や、看護体制にしていくような努力が必要である。

 B. 転倒・転落の発生頻度の高い場所
 どの施設においてもトイレは転倒の発生頻度の高い場所として考えられている。今回の報告からも、精神障害者及び高齢者が起こす転倒・転落の発生頻度の高い場所としてはトイレが一番多かった(転落は患者がトイレに行こうとしてベッドから転落したり、柵を乗り越えたりしたものを含めている)。
 そこで、このような問題を解決するために次のような対策が必要である。
  【トイレまでの動線】
「トイレに行こうとして途中で力尽きて転倒した」
「トイレがわからなくなり階段を降りていた」
このような報告から、医療施設においてはトイレまでの動線が複雑であったり不明確であったりすることで、転倒・転落が発生していると考えられる。
対策としては、トイレの表示をわかりやすくすることや、トイレまでの動線上の障害物を排除する、照明を明るくする等の配慮が必要である。
【トイレの構造の不備】
「トイレに手すりがなかった」
「トイレの段差ですべった」
「トイレが狭くて車椅子から立ち上がれなかった」
このような報告から、トイレの構造自体にも不備があると考えられる。トイレは排泄をも目的に設計されているが、事故防止の観点から設計されているものは少ない。手すりや段差、個室の間隔等事故が起きにくい環境としていくにはどうしたら良いかも考慮した構造設計にして行かなくてはならない。

 C. 転倒・転落を起こさせないための患者教育
【転倒・転落についてのリスクの存在】
  転倒・転落リスクアセスメントシートは、客観的に転倒・転落のリスクを評価するツールとして広く医療施設で使用されている。それらのスコアを患者指導の中で活かしていく必要がある。そしてそれを看護計画の中に盛り込み、患者と共有化し、転倒・転落のリスクを患者自身に認識させることで、転倒のリスクが低減できると期待できる。
【心身の機能低下に応じた自己理解を深める教育】
  高齢者においては身体機能、認知機能の衰えを認めることは容易なことではない。また医療者が一方的に「廃用性症候群」と決めつけることも避けなければならない。患者自身が心身の機能低下に気づき、移動や移乗時の援助を看護師や介護者に委ねられるように、関係性を保ちながら指導することが必要である。
【看護・介護者を呼ぶ行動の教育】
  ナースコールを押すことは案外と抵抗があり、意図的に押さなかった患者側の心理も察知しなければならない。しかしながら、ナースコールを押さずにして事故が起こる危険性を示し、転倒・転落事故から自分の身を守るために必要な対策として、患者自身にも認識してもらう必要がある。


 まとめ
 転倒・転落は広く一般社会で、また家庭生活を営む中で起こりうる事故であり、誰もが体験したことがある事象でもある。そのために転倒・転落事故防止に取り組む際には、患者・家族そして医療者からのヒヤリ・ハット情報を積極的に集めなくてはならない。転倒・転落には、それによって障害が生じた患者が存在する。その体験者である患者からの情報提供は、貴重な資料として有効活用しなければならない。今回の報告では1552件の転倒・転落の事例が報告されており、それだけのリスクの把握が可能となり患者には協力が得られたものと考える。焦点をあてたのは小児、精神障害者、高齢者ではあるが、それ以外の患者にも転倒・転落のリスクは存在していることは事実である。事故が起こりにくい環境を整備することは医療者として必要な姿勢であるが、それだけに留まらず、患者自身にも協力を得て、一丸となって転倒・転落を防ぐ効果的な対策を考えていくことが重要だと考える。


3. 検査に関連する事例について
 検査に関連するヒヤリ・ハットは900例あまりあった。これらの事例を検査の業務プロセスに沿って、以下のように分類した。
1)患者確認、2)検査時の処置・投薬、3)検査時の食事、4)検査部位・検体取り違え、5)検査法 6)機器の保守・点検・操作、7)血糖関連、8)その他
 また、分析に当たっては、報告数の多い類似事例で重要性の高いものを念頭においたが、報告数は少なくとも、特に重大な結果を招く恐れのある事例も取り上げた。
 検査関連の記述情報事例の分析結果から検査におけるエラー防止上重要な視点を以下にあげて防止策の要点を述べる。

 A. 患者確認の問題
<現状> 採血、レントゲン等の検査の実施に当たって患者誤認を起こした事例が多数報告されている。検査における患者誤認は、誤診や謝った治療方針を決定するなど重大な結果生じる恐れがある。特に同姓患者、認知障害のある患者などに、患者誤認が生じている。
<発生要因> 多くの施設で、呼名による患者確認だけ留まっているためである。中には、リストバンドが導入され、その確認が定められているにもかかわらず、確認行為が行なわれないまま患者誤認が起きている。
<対策> 少なくとも2つの異なった、独立した方式による患者の確認が必要である。
 呼名法は一般的である。それに加えて、患者に名乗ってもらう、診察券やリストバンドで確認するなどの方法を確立し、適切に運用させる必要ある。
<管理方法> 定められた手順が適切に運用されているか、定期的にチェックする必要がある。手順が守られない場合は、守られない原因を追究し対策を講ずる。
<効果> 患者誤認は「呼名による確認方法」だけではしばしばおこりうるという認識をもち、治療(点滴・投薬・その他)にも取り組む姿勢が身につくことになる。また、的確に患者の診断と的確な治療方針の決定に貢献できる。
<費用> 手順の遵守をチェックする場合は人的資源の費用投入となる。

 B. インスリン治療中の患者への検査時の指示変更の問題
<問題> インスリン治療中で、内視鏡、超音波検査など禁食となる場合には、インスリン量の変更が必要である。しかし変更が適切に実施されない事例が多数報告されている。過剰投与による低血糖の危険性、あるいは高血糖をきたす可能性がある。
<現状・原因> 医師の指示が不明瞭であったり、看護師に指示が伝わっていなかったり、指示の受け忘れが起きている。また、医師や看護師から患者への検査に必要な事項の説明がされていないなどから必要な準備がなされないなどの状況が生じている。
<対策> インスリン治療を受けている患者の検査施行時の指示変更が適切に行なえるような業務マニュアルの作成と徹底が必要である。食事中止が必要な検査や治療に関しては、患者・家族への説明事項も業務マニュアルに入れる。
<管理方法> 決められた手順が適切に運用されているか、定期的にチェックする必要がある。手順が守られない場合は、その原因を追究し対策を講ずる。
<効果> インスリン治療を受けている患者ばかりでなく、検査に伴う処置・治療の指示変更の重要性が徹底される。

 C. 機器の保守・点検と操作
<問題> 医療機器の保守・点検不備によると思われる事例がみられた。侵襲の大きい検査や緊急の処置が必要な検査時に、機器が作動しない場合は大きな問題である。例えば、除細動機が作動しない等の場合は適切な救命が行なわれないなどの問題が生じる。
<現状・原因> 多くの施設で機種を体系的に点検整備するシステムを整えていないため、機器の点検整備が疎かになっている。
<対策> 業者による保守・点検に依存せず、日常点検を実施するシステムの構築が必要である。また、機器が作動しない、あるいは操作ミスをおかしてしまった場合、機器のデザイン自体に問題のある場合もある。この様な場合には、医療施設側から、製造販売業者に働きかけることが必要だと考えられる。
<管理方法> 決められた手順が適切に運用されているか、定期的にチェックする必要がある。手順が守られない場合は、その原因を追究し対策を講ずる。
<効果> 平成8年3月26日付厚生労働省健康政策局長通知において、医療機器の保守点検は、その性能を維持し、安全性を確保することによって、疾病の診断、治療等が適切に行われることを期待して実施されるものであることとされている。
 また、現状の装置・機器はコンピュターによる装置稼動についての自動診断装置が組み込まれているため、装置が正常かどうかについての自己診断もできるが、実際に稼動できるかどうかの点検を行うことが重要である。
 基本的には、メーカーによる定期的な点検、技術者による始業点検等の日常的点検を実施することにより、突発的な故障を除いては、かなりの確率で防止することが可能になる。

 参考省令等
“医療法施行規則施行令”
  保守点検が必要な医療機器(厚生労働省令で定める医療機器)第4条の6
第5号)別表第1、医療機器の種類(医療法施行規則第9条の7関係)
医療機器の種類、23項目
<費用> 適正な管理が行われなければ、疾病の診断、治療等に著しい影響を与える恐れがあり、慎重な取扱いを要するものについて、医療機器の保守点検の業務を行う者が満たすべき基準を設けることとした。

 【参考】健康政策局長通知第263号を実施するための費用としては、
CT,MR装置のメーカーによる年間保守費用:1200万円/1台程度。
放射線技師による放射線機器の日常点検  20分/1台。
ME機器については、臨床工学士による機器・装置の日常管理が、各医療機関で必要とは、認識されているものの、実施率は高いとは云えない。
外来、各病棟に設置しているME機器の日常点検には、600床規模の病院では(S大学医学部附属病院例)、2名/1日必要されている.

 D. 複数の検査が重なる場合と検査中止の場合の情報伝達不備
<問題> 複数の検査が実施される場合、順番を誤まると問題となる場合がある。また中止の検査が実施された事例も認められる。
<現状・原因> HIS/RISの整備により、かなり高い確率で防止することができるが、現状は過度期のため、同様な事例が発生している。また、HIS/RIS構築時の確認が必要である。
<対策> システム構築によって解決すべき問題だといえる
<管理方法> 医療スタッフによる患者ラリーシートの活用。検査等に変更や追加があった場合、検査指示者のみでなく、関係する医療スタッフ全員が該当する患者の検査および治療に関する最新の行動予定を理解できるシステムを構築することにより、高い確率で防止できる。
<費用> オーダリングシステム同入前は、ラリーシートのみの活用も考えられるが、情報伝達のスピードに問題がある。オーダリングシステム導入時には、検査および治療順の禁則設定をシステム化することにより対応できる。また、システム導入後の変更費用としては500万円程度の必要経費が発生する。

 E. 検査部位のとり違え
<問題> 左右の取り違えなど検査部位の取り違えの事例がある。特に侵襲(造影剤注入等)を伴う場合は重大事例と考える。また、頭部CT,胸部CTの取り違えの報告も複数認められる。部位の取り違えは診断の遅れをきたすことがある。また、放射線被爆の点からも軽微とはいえない。
<現状・原因> 多くの施設で、医師が検査部位を指示し、検査時に技師が確認して検査を実施する。医師、技師いずれかが間違えた場合に部位取り違えとなる。
<対策> 複数の医療者の確認、患者、家族等の確認を求めるシステムの構築が必要である。特に侵襲を伴う検査の場合は同意書をとり患者にも確認する。認知症を伴う場合は家族にも確認してもらう等の手順の取り決めが必要である。
<管理方法> 決められた手順が適切に運用されているか、定期的にチェックする必要がある。手順が守られない場合はその原因を追究し対策を講ずる。
<効果> 検査部位の取り違えは重大な医療事故となりえるため、組織的な対応が必要である。
<費用> 手順の遵守をチェックする場合は人的資源の費用投入となる。

 F. 検査方法の適切性について
<問題> 検査結果に影響を及ぼす検体の状況の認識が重要である。検体の取り扱いにより誤った結果を生じ、診断、治療を誤らせる結果ともなりうる。
<現状・原因> 検査法に関して、試薬の劣化や機器の整備などハード面の確認に偏りがちで、採血部位や検体の状態などのソフト面を軽視する傾向にある。
<対策> 検体に凝固が生じるトラブルは採血者の手技に大きく左右されるが、時として測定前の発見は困難である。従って、手技上の問題が発生したと思われる検体については、検査者に伝達するよう周知徹底させる。これは血液凝固を未然に防止するうえでは役立たないが、凝固した検体を測定すると言う事故抑止には有効と思われる。検査はその採取段階から検体の測定が始まっている。従って血液検査であれば、臨床検査技師が静脈の選択から報告書提出までの一連の作業を行うことで、検体と機器の精度の双方を確認し、ヒヤリ・ハットを未然に防止する事が望ましい。
<管理方法> 決められた手順が適切に運用されているか、定期的にチェックする必要。手順が守られない場合は、その原因を追究し対策を講ずる。

 G. その他の検査
今回はとりあげなかったが、抗凝固剤、血小板凝集抑制剤等を内視鏡検査、内視鏡手術前に中止されないといった事例が複数報告されている。基本的考えは検査前のインスリン治療変更と同じである。
<問題> 抗凝固剤、血小板凝集抑制剤等が継続投与されていると、内視鏡検査時に生検、内視鏡的切除術等を実施できず、診断、治療を遅らせることとなる。また検査が実施された場合、出血傾向により合併症をきたす危険性が高くなる。
<現状・原因> 内視鏡検査の予約時に患者の状態、内服薬をチェックするしくみが不充分である施設が多いと考えられる。
<対策> 内視鏡前に内服薬のチェックリストを問診表に取り入れるなどのしくみが必要である。また他の診療所等に通院時は薬手帳をみることも必要である。
<管理方法> 決められた手順が適切に運用されているか、定期的にチェックする必要がある。手順が守られない場合は、その原因を追究し対策を講ずる。

   その他、注腸等検査で下剤の忘れの事例も多く、パス等による標準化が必要である。ポリペクトミー後の禁食がまもられなかった例も多くみられた。部署間で業務の内容が理解されていないことによる場合もあり、業務全体の流れがわかるように標準化することも必要である。負荷試験、造影剤検査は危険を伴ない、緊急の処置が必要な場合もありえる。医師が緊急時に救急対応できる体制が必要と思われる事例があった。

 まとめ
 検査に関連するエラーの防止のために重要なことは、検査に関連する業務や機器の標準化と医療者、患者、家族とのコミュニケーションであると思われる。


4. 食事・栄養に関連する事例について
 A. 記述情報の傾向
 食事・栄養関連の事例には、「経管栄養」「経管栄養以外の食事」「摂食中の誤嚥・窒息」「異食・誤飲」が含まれる。今回報告された294件の内訳は、経管栄養38件、経管栄養以外の食事218件、摂食中の誤嚥・窒息13件、異物の混入を含む異食・誤飲25件であった。従来の報告 )と比較すると、「経管栄養」及び「異食・誤飲」に関連した事例の報告割合は同程度であったが、「誤嚥・窒息」関連事例の報告割合が少なく、「経管栄養以外の食事」全般に関する事例の報告割合が7割を占め非常に多かった。

 B. エラー内容と発生要因
 1) 「経管栄養」関連事例
 《準備段階》のエラーには、「単位の見誤り」「指示の転記間違い」「希釈指示の見落とし」「指示変更の見落とし」などによる「注入量の間違い」「内容の間違い」の他、「食前薬の注入忘れ」や「固形食の配膳」等があった。
 《実施段階》では、「注入速度の間違い」や「経口摂取させた」事例など、川村のエラーマップの項目には無い新たな種類のエラーが報告されていた。「患者間違い」「注入時刻の間違い」「注入内容の間違い」「一気に注入した」など、注射のエラー発生要因と共通するものと、「接続はずれ」「2ウェイ方式チューブの開放による逆流」など、注入経路に関するエラーに大別された。
 《重大なエラー》としては、「注入物を胃管と間違えて静脈ラインに注入した」事例の報告はなかった。しかし、「レントゲンでの位置確認をせずに注入」や「注入中の自己抜去による誤嚥」「経口摂取させた」など、重篤な結果をもたらす可能性の高いヒヤリ・ハットが少なからず報告されていた。

 2) 「経管栄養以外の食事」関連事例
 《食事指示段階》に発生したエラーでは、入・退院、外泊、検査などのエピソードと食事の開始・中止・復帰がシステム上で連動していない「食事業務システムの不具合」によるもの、および、「不適切な指示の見逃し」など「病態情報の伝達や共有の不備」によるものが多かった。
 《調理指示段階》では、「情報伝達・共有システムの不備」により、「アレルギー等による禁食品の提供」など、食事に関する重要な指示が、栄養部門から調理部門への情報伝達段階で途絶えてしまう例が報告された。
 《調理・配食段階》で発生した重大なエラーとして、「禁食品の提供」など、患者固有の健康問題と関連して出された特別の指示が遂行されない「食事内容のエラー」が数多く報告された。その他、「食札の入れ間違い」「食札の書き間違い」などの「配膳対象のエラー」も多かった。
 《配膳段階》では、「絶食患者の摂食」事例が非常に多かった。報告事例の多くで、「配膳担当者が絶食・遅食の治療方針を掴んでいない」「検査などの一時的な遅食の場合に配膳されるシステムで発生している」「患者への説明ができていても配膳されると患者が食べてしまう」等の傾向が認められた。エラー発生の関与者は、病棟の看護師や看護助手、調理部門の職員、委託業者の調理スタッフなど、多種多様であった。
 《摂食段階》では、情報共有やインフォームド・コンセントの不成立による「分割食の一括摂取」「食事療法に対するノンコンプライアンス」や、認知症や統合失調症の患者による「配膳後のトラブル」が報告された。

 3) 「摂食中の誤嚥・窒息」関連事例
 「家族の食事介助による誤嚥・窒息」や「看護師が目を離した隙に患者が自分で食事を詰め込み窒息しそうになった」、「パンや刻み食材などによる窒息や誤嚥」などが多数報告されていた。その多くは、高齢患者や麻痺などによる嚥下機能障害患者、認知症患者によるものであった。

 4) 「異食・誤飲」
 異食の報告はなかった。誤飲については、1事例だが、「家族がペットボトルに入れておいた化粧水を看護師が誤飲させた」報告があった。

 5) 「異物の混入」
 「毛髪」「「害虫」「計量スプーン」「爪楊枝」など、食事提供業務プロセスの何処かで発生した「異物の混入」により、患者が危険物を食する危険に曝された事例が多数報告された。

  本検討班では、以上のような傾向を踏まえて、重要性・複雑性・教訓性・汎用性の観点から、8事例を抽出し分析の視点と具体策をコメントとして付記することとした。

 C. 考察と今後の課題
 1) 生命に関わる重大なエラーの防止
 食事・栄養関連で生命に関わる重大なエラーとしては、経管栄養では、a.「注入物を胃管と間違えて静脈ラインに注入する」、b.「チューブ抜去状態での注入による誤嚥」、経口摂取では、c.「誤嚥・窒息」、d.「禁止食品の摂取」、e.「危険物の誤飲」等がある。
 今回、a.の事例がなかったのは、チューブの規格整備による誤注入防止対策の浸透が背景にあるものと推測されるが、特に、規格整備の難しい小児領域においては、今後も確実な防止対策の実施が重要であることに変わりはない。b.については、長期留置患者の自己抜去に対する慣れによる「ルール違反」や、注入中の観察や基本的な管理方法の不手際により、また、自己抜去の多くは高齢者や認知症患者で繰り返し発生している。よって、スタッフに対する誤嚥リスクの認識を基盤とした、観察や管理方法に関する教育の徹底、および、目の行き届くケア要員の確保による人的管理の見直しが重要となる。c.については、嚥下機能の低下や嚥下障害等のリスク要因を持つ患者が多数存在することの影響が大きい。しかし、リスクの高い患者が、危険なパンや刻み食を摂取して誤嚥・窒息を起していることから、誤嚥・窒息のリスク評価や、誤嚥防止の正しい知識が、臨床に十分に普及していないと推測される。よって、科学的根拠に基づく食事援助の方法が確立・普及が急務である。d.e.に関しては、ケア要員の確保、および、医療スタッフと患者・家族との重要情報の共有システムの整備が重要な課題である。

 2) 「病院食」の位置付けの明確化
  (1) 集団給食としての安全性
 病院食は、多数の食事を一斉に提供する集団給食である。食数の規模が大きいこと、1日に3食の提供が基本であること、調理・配食・配膳プロセスの導線が長く時間も要すこと、作業関与者が多様であることなどの事情から、集団給食で実施されるべき衛生管理の基本的なルールの遵守を、調理部門はもとより、院内全体に徹底することの困難さが浮き彫りになった。よって、医療チーム全体に対する、集団給食の取り扱いの基本的な知識やルールの普及、人員の整備など人的管理の検討が重要となる。

  (2) 治療ケアの一環としての食事
 検査や治療で入院している患者が食する「病院食」には、個々の患者の健康上の問題に対応する治療・ケアの一環として、個別に重要な意味がある。しかし、今回収集されたヒヤリ・ハット事例から、治療・ケアとしての意味情報が分断されて、調理や盛り付け、配膳、食事介助という作業化した業務が行われている現場の状況が浮き彫りにされた。その様な状況下では、リスクを予見して、リスクを回避する方向で業務を組み立てたり、業務の安全性を監査したりすることは困難である。
 昨今では、栄養の充足だけでなく、楽しみや満足感の側面に目が向けられるようになり、選択メニューの導入なども盛んに実施されており、食のニーズを総合的に充足するという取り組みとして評価されている。また、病院経営の合理化の視点から、調理の外注化も盛んに行われ、経済的側面から成果を挙げている。しかし、これらの病院食をめぐる新しい動きの中で、新たなリスクが産み出され、肝心の“治療・ケアの一環としての食事”の提供という、「病院食」の根本的な位置づけが損なわれるとしたら、本末転倒である。病院経営の中で、今一度、「病院食」とは何かを問い、明確な位置づけの基に安全管理対策を展開することが重要と考える。

 3) 情報伝達エラーの防止
  (1) 関与者の多様性をふまえた教育システムの整備、役割の明確化
 背景には、食事・栄養関連業務プロセスの特殊性がある。食事・栄養関連の業務プロセスは、薬剤提供の業務プロセスと類似しており、安全管理上、共有すべき点も多い。しかし、薬剤関連業務が、基本的には医師、薬剤師、看護師という医療専門職による分業で成立しているのに対し、食事・栄養関連業務は、医師、看護師、栄養士といった専門職の他、調理師、委託業者、看護助手、ケアワーカーなどの非医療専門職、非職員によっても担われ、最終段階には患者の家族なども介在するという特殊性がある。“治療・ケアの一環としての食事”の意味は、基本的には医療専門職の中で共有され、非専門職は指示された作業を請け負う形で分業が構造化されている。そのため、エラー発生要因は、薬剤関連業務におけるよりも複雑で、安全管理の徹底にも困難が伴う。したがって、食事・栄養関連の事故防止には、情報の共有や、一貫性のある食事(情報)提供システムの確立を基盤として、食事提供プロセスに介在する非医療職や非職員を含めた、全関与者に対する安全教育システムの整備が必要且つ重要となる。
 作業手順を「教え⇒覚える」やり方ではなく、個別の指示情報の意味するところを理解し、業務プロセスにおける安全管理上の役割を認識して業務を遂行できるよう、教育的支援を行うことが肝要である。そのためには、チーム内で食事・栄養関連情報共有の要となる看護師と栄養士の連携が重要となる。また、食事援助の直接の実践者となる看護師には、患者の身体機能から誤嚥・窒息のリスクを評価し、安全で効果的な食事介助や経管栄養を実施していけるよう 、業務と連動して必要な知識・技術を習得できる教育システムを整備していくことが重要である。

  (2) 基盤としての情報共有システムの整備・確立
 食事提供の業務プロセスは、「食事内容のアセスメントとオーダー」「食事の直接提供」は病棟で、その間を繋ぐ「食事を作る」業務は病棟の外で行われる二重の構造になっており、薬剤提供プロセスと類似している。しかし、情報伝達の側面から見ると、薬剤業務では、医師の処方箋の指示内容が、業務プロセスの最終段階まで形と内容を変えずに共有されるのに対して、食事提供業務では、医師からの食事のオーダーを、栄養士がメニューのオーダーへと切り替える作業を行い、調理業務以降のプロセスでは変換された情報を基に業務を行うという特徴がある。そのため、重要な情報が調理業務プロセスで分断されやすいという、構造上の問題を内包している。
 治療・ケアの一環としての食事に関する情報の意味が、途中のプロセスで分断されることなく、関与する全ての人々の間で共有され、安全で適切な食事が提供されるようにするには、重要な情報の伝達に関する方法・手段・タイミング・施行者などの合理的なルールを策定し、基準化することが必要である。特に、時間外における情報伝達システムの確立は重要である。一貫性のある情報活用の基盤として、ITによる食事業務支援システムの構築が望まれる。

  (3) 食事関連業務従事者の人的管理:病院全体での勤務体制の調整・整備
 できるだけ日常の生活時間に合わせて病院食を供給するよう求められる栄養・調理部門では、早出や遅出の勤務体制を組んで対応しているが、多様なメニューのサービスに応えるに足りる人員が配置されているとは言いがたい。緊急入院や病状の変化により、食事の変更には24時間の対応が求められるが、夜間や時間外の情報伝達の不備によるトラブルが数多く報告されている。
 一方、病棟においては、嚥下能力の低下した高齢者や、安全行動の取れない認知症患者など、食事介助を始めとする生活全般に対する援助を要する患者の増加が、看護業務を圧迫してきており、食事介助を家族に委ねざるを得ない現状を生み出している。特に、勤務人員の少ない夜勤帯において、その傾向が顕著であり、それが食事におけるリスクを高める結果となっている。
 食事関連業務において、どの職種がどのような役割と責任を負うのか、業務分掌を明確にするとともに、24時間稼動を原則とする病院の機能の基で、病院全体としての、要員の適正配置の検討も重要な課題である。

 まとめ
 事例分析の結果を踏まえ、食事・栄養関連事故防止のための方策として、以下を提言する。
 (1) 生命に関わるエラー発生を防止するための、エビデンスに基づくスタッフ教育、及び、ルール違反を制御する業務システムを確立する。
 (2) 集団給食の安全確保を基盤とした、治療ケアの一環としての「病院食」の位置付けを明確化し、病院運営に反映させる。
 (3) 食事関連業務プロセスの特殊性と関与者の多様性をふまえた、教育システムの整備、各職種の役割の明確化、勤務体制等の人的管理の適正化、および、情報共有システムの基盤整備により、情報伝達エラーを防止する。

《参考文献》
1) 川村治子:平成11年度厚生科学研究報告書「医療のリスクマネジメントシステム構築に関する研究」、2000
2) 川村治子:ヒヤリ・ハット11,000事例によるエラーマップ完全本,医学書院、2003
3) 聖隷三方原病院嚥下チーム:「嚥下障害ポケットマニュアル第2版」、医師薬出版、2004
4) 兵庫県立総合リハビリテーションセンター中央病院摂食嚥下障害研究会「看護師のための摂食・嚥下障害アセスメントマニュアル」、日総研、2002
5) 嶋森好子他:病棟から始めるリスクマネジメント、医学書院、2002
6) 医療安全ハンドブック編集委員会:医療事故を未然に防止するヒヤリ・ハット報告の分析と活用、メヂィカルフレンド社、2003
7) 河野龍太郎:医療におけるヒューマンエラー、医学書院、2004


5. 器機・器機操作に関する事例について
 A. 記述情報の傾向
 今回、報告された184件の記述情報におけるヒヤリ・ハットの事例傾向は、従来より報告件数の多かった人工呼吸器、輸液ポンプ、シリンジポンプに加え、血液透析装置、病院設備についての事例が報告されていた。

 B. エラー内容と発生要因
 エラー発生状況について分析をすると、スタッフの人為的ミスに起因するもの(機器の動作確認不足、設定操作ミス)、機器本体に起因するもの(保守点検の未実施)、電気及び医療ガスの病院設備に起因するもの順で多かった。
 エラー発生要因については、人工呼吸器操作に関するものは、回路の接続ミス(30件)、設定ミス(12件)、加温器に関連したエラー(8件)の順に多く、回路の接続ミスといった装着前の確認不足がエラー発生の要因段階とされる報告が多く見られた。輸液ポンプに関するものは、滴下速度の設定ミス(15件)、クレンメ或いは三方活栓の開放(はずし)忘れ(6件)あるいは止め忘れ、スタートボタンの押し忘れ(3件)、ルートの設定不良(3件)、使用ルートと機器設定の誤り(3件)、計算ミス(2件)、ポンプに付け忘れる(2件)、電源の入れ忘れ(2件)、機器故障(3件)等があった。同様に、シリンジポンプに関するものは、注入速度の設定ミス(7件)、クレンメ・三方活栓はずし忘れ(5件)、開始ボタンの押し忘れ(2件)、使用シリンジと機器設定の違い(2件)、機器故障(4件)、シリンジ設定不良(1件)等であった。

 C. 人工呼吸器に関連するエラー
 (1) 看護ケア前後の回路のリーク、はずれ
 体位変換、褥創ドレッシング交換、陰部洗浄などの各種処置後やベッドのギャッチアップによる蛇管の挟み込みやウォータートラップの落下によると思われる亀裂から生じたリークの発生が多く報告された。呼吸器回路に緩みがありリークが発生した事例では、機器の回路等がディスポ製品かリユース製品か否かは記述されていないが、ディスポ製品をリユース製品として使用する等適切な取り扱いがされないためにヒヤリ・ハットを生じる危険性も考えられる。ディスポ製品の医療機器に関しては、適正な使用、使用前後の点検、保守管理及び耐用期限の遵守が必要である。また、看護師は、各ケア前後の観察事項をチェックリストで確実に抑えることを習慣化することが必要であろう。
 コンセントはずれや蛇管のはずれについては、看護ケア時やポータブルレントゲン撮影時にも生じており、人工呼吸器を装着する際には、病室入口から容易に人工呼吸器の表示パネルや患者の状態が確認できるベッドの位置で尚且つ、レントゲン撮影や体位変換・清拭等の患者の基本的ケアに支障を来たさない位置を電源の差込口の位置、その他輸液ポンプ等の使用も勘案し、人工呼吸器の設置環境を決めておくことが重要であろう。
人工呼吸器の設置位置提言
人工呼吸回路と気管チューブの接続部に力が加わらない、余裕にある位置とする
患者処置のためのスペースを考慮した位置とする
外光を背にした配置は、パネル表示の確認が難しい場合もあり避ける
カーテン等が人工呼吸器にかからないようにする
(医療スタッフのための人工呼吸療法における安全対策マニュアルVer.1.05,P12より)

 (2) 回路の接続間違い
 回路の接続間違いの事例報告も多く見られた。「呼気と吸気が逆に接続されていた」、「加温センサーが外れていたために適切な加温がされていなかった」等、本来の治療が適切に行われない状況が見られた。また、少数であるが、呼吸器の使用が必要な患者の搬送時に呼吸器の組み立てが間に合わなかった事例も報告されており、臨床工学技士等による人工呼吸器中央管理で回路の組み立てを行い、常に使用できる状態にセットしておくことが望ましい。人工呼吸器中央管理が難しい場合はそれらにかかわる職種の教育訓練を十分行っておく必要がある。呼吸回路の接続間違いを生じないために、一体化型の回路やディスポ回路等を使用する方法もある。有効な医療安全策は、医療機器の管理水準を一定に保つためにも、中央管理部門における一括管理が望ましい。

 (3) 病院設備に起因した突然の人工呼吸器の使用不能
 人工呼吸器使用中の医療ガスの供給量の低下やブレーカーの遮断報告がみられた。定期点検を実施せず突然圧縮空気の圧が低下し人工呼吸器が使用できなくなった事例も報告されていた。ブレーカーの遮断報告については、常に非常電源とバッテリーの両方での対応ができるようにしておくことが望ましい。近年、医療機器設備の増加に伴い、これまで余裕のあるとされていた電気設備の容量を超えてしまいブレーカーの遮断が生じる可能性もあるだろう。自施設の電気設備の容量や電力確立時間を把握し、停電等が起きても非常電源の電圧が確立するまでバッテリーを搭載する等の対策を講じ、常に電力供給を補うといった医療安全策をとることは必須の課題である。

 (4) 人工呼吸器のアラーム機能
 アラーム機能が有効に活かされず、患者家族よりナースコールがあり訪室するとチアノーゼを呈していたといった報告もされていた。チアノーゼを呈する前に対応が取れるような体制をとる必要がある。また、人工呼吸器の故障時、アンビューバック等の機材が準備されていないことによる対応の遅れも未だ報告されていた。医療機器に関しても、非常電源も止まってしまった場合等を想定し日頃より訓練をしておくことが必要である。
 今回の事例では、アラーム音量を絞っていたかについて記述がないが、夜間のアラーム音で隣室の患者が眠れない等の配慮からアラーム音量を絞るという対処がなされがちであるが、そのような対応は禁忌である。無線アラーム警報装置等の補助装置を使用し確実にキャッチするという対策を取ることが重要である。

 D. 輸液ポンプ及びシリンジポンプに関するエラー
 (1) 動作前後の確認不足
 輸液交換時、シリンジ交換後再スタート時等のポンプの動作確認不足によるエラーが多く報告された。報告事例の中には、更衣時に輸液ポンプよりルートをはずし、そのままクランプせずにその場を離れ薬液が急速投与されてしまった事例があった。また、アラームが鳴っているにも関わらずエラーを見過ごし、ポンプが作動不能になる状態まで放置した事例も見られた。機器使用開始時におけるチェック項目などの開始基準や手順を徹底する必要がある。

 (2) ポンプの種類の違いに起因したエラー
 輸液ポンプについては輸液ルート、シリンジポンプについてはシリンジの種類を誤ったためにエラーが生じた事例がみられた。現在、メーカーによって指定の輸液ルートやシリンジのあるもの、或いはポンプのスイッチ切り替えにより使用ルート等が指定できる機種があるが、いずれかひとつに病院単位でルールを取り決めることが重要である。また、スイッチで切り替わる機種に関しては、容易にスイッチ切り替えができないよう対策を採る必要がある。
 また、輸液ポンプについては、アラームのない機種の使用による発見の遅れが考えられる事例もあった。現在使用している機器を医療安全の観点から見直し、医療従事者の注意力のみに依存している機器に関しては最低限警報装置機能の備わったものを使用されたい。

 E. その他
 手術室関係では、新しく購入した手術台の固定が十分でないまま、手術が進行した事例報告がみられた。新しい機器購入の際は、必ず使用方法を熟知し、研修会を開催する等の教育訓練を欠かさない必要がある。

 まとめ
 機器操作関連事例の記述情報のエラー防止のために、現場においてこれまでの記述情報の分析事例を参考にして、以下の取り組みを推進することが必要と考えられた。
 1. メーカーが推奨する定期点検、始業点検を確実に行うこと
<具体的方法>
(1)  院内に適切な人材(臨床工学技士等)配置の見直し
(2)  開始時における初期点検事項の見直しと指差し確認等での開始時エラーの防止

 2. 機器操作の管理にかかわる基準や手順の整備をすること
<具体的方法>
(1)  機器使用開始時におけるチェック項目などの開始基準や手順を整備し、医療スタッフが誰でも確実に開始できるようにしておくこと
(2)  使用中に関する基準や手順を別に整備しておくこと
(3)  薬剤の交換、再開始時を行う際の基準と手順の整備しておくこと
(4)  病院内の機器はなるべく中央管理の体制にして、使用する機器の統一化をはかり機器のエラーを防止する工夫をする

 3. 医療従事者、特に医師、看護師等で機器操作に関連する適切な勉強会、情報交換の見直し
<具体的方法>
(1)  勉強会、機器研修、メーカー研修等を行い、院内に臨床工学技士が配置されている場合はカンフアレンスへの参加、安全管理の勉強会、約束指示等の共同作成、日常的に相談できる連絡体制の整備により情報の共有を図る
(2)  円滑なコミュニケーションが行なえる病院チーム医療の育成

 4. エラー防止のための「独自の工夫」の報告、トラブル発生時の対応法の検討などに関する情報の共有を行う

 5. 医療機器の組織的管理体制の整備
<具体的方法>
(1)  病院全体で使用されている医療機器(CT等の検査機器も含む)のリストアップと使用電気量の把握
(2)  病院全体の電気容量と配線(非常電源・通常電源)ごとの使用機器の取り決め
(3)  機器や用途による非常電源や通常電源の使用方法に関する取り決めと遵守
(4)  リストアップした医療機器の安全管理の観点から見直す(保守費用、教育費用、消耗品費用等を換算し、医療機器の種類を整理したり消耗品を一体化したり等を考慮する。)

 6. 医療安全の観点からのメーカーのものづくり
<具体的方法>
(1)  機種による操作パネルの違いの統一化
(2)  患者に装着あるいは使用する前に、機器が安全に使用出来る状態になっていることを示す機能の表示
 例)セルフチェックが終了して何らかのOK表示がでる

 近年、医療機関において医療機器管理室をはじめ医療安全対策室等の設置が進んでいると思われるが、今後は、医療機器にかかわる医師、看護師、臨床工学技士、医療機器の採用等を担当する事務や業者が具体的にどのような役割や機能を果たしていくかについても検討していく必要があると考える。


                 
*SPDとは、病院内において

を組織的、構造的に集約化を図ることで、業務の効率化や専門職員、特に看護師から「雑務」を取り除き専門職としての仕事に専念させることを意図した物品管理シスである。(国立病院・療養所の独立行政法人における財政運営と効率化方策に関する懇談会(第7回)より、URL:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/07/s0726-9c.html

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