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少子化時代の企業の在り方を考えるシンポジウム

パネルディスカッション
「企業における次世代育成支援対策」


〈コーディネーター〉
 日本経済新聞社編集局編集委員  鹿嶋 敬 氏

〈パネリスト〉
 マツダ(株)労政部労政グループマネージャー  青木 一郎 氏
 電機連合書記長  大福 真由美 氏
 NPO法人新座子育てネットワーク代表理事  坂本 純子 氏
 (株)西京銀行専務取締役東京本部長  銭谷 美幸 氏


はじめに

 鹿嶋 日本の合計特殊出生率、TFR(トータル・ファーティリティ・レート)は昨年ついに1.3を割り込み、西欧先進国と比べても、日本より低い国というのは数えるほどになりました。
 今後、少子化問題をどのように考えていけばよいのだろうか。大きな課題としては、仕事と家庭、特に育児と両立できるような企業のあり方が挙げられると思います。
 来年4月1日から次世代育成支援対策推進法が全面施行されます。今日は、企業の行動計画に対する取組、少子化に対する企業の責任といった問題について、4人のパネリストの方にご報告をいただきたいと思います。

 青木 マツダ株式会社では、4年前にミレニアムプランという中期経営計画を策定しまして、その大きな柱の一つに人材育成をおきました。激化する競争の中で、お客様の声に一歩でも半歩でも近づける商品やサービスをつくっていくことがわれわれが勝ち残るカギであり、それを生みだしていくのはまさしく社員、人の力だと言えます。従業員への投資というものを通じて、マツダで働く喜びと誇りを高めていきたいということから、人材育成を大きな柱にしたということです。
 この人事施策の大きなコンセプトは、「選択と自己実現」「ワークライフバランスの促進」「人・仕事・処遇の最適なマッチング」の3つです。社員をマスで管理するのではなく、一人ひとりの能力を高めていく、そうした自己選択、自己実現に向けた人事制度をつくっていくこと。ワークライフバランスをとりながら、社員に働きやすい環境をつくっていくこと。そして、人・仕事・処遇の最適なマッチングにおいて雇用管理のフェアさというものを追求していくこと、この3つです。
 勤務面、福祉面という2つの面から、具体的なワークライフバランス促進施策を紹介させていただきます。
 勤務面では、2000年からスーパーフレックス勤務制度を設けました。これは、コアタイムをまったく設けないフレックス勤務で、事務、技術系社員の過半数、最近はもうほとんどの社員が使っています。それから半日有休制度、午前・午後の半日単位での有給休暇取得を可能にする制度を2001年に作りました。また、2002年からは育児介護のための短時間勤務制度を設けました。この制度は小学校2年生までの子を持つ社員、介護の必要な社員にも対象を広げています。
 なぜ小学校2年生までの子を持つ社員まで対象を広げたかということですが、当社では女性社員に提言をしてもらったり、生の声を聞かせてもらったりしました。その際、特に大きな声であがってきたのは、「未就学児を抱えている間は何とか持ちこたえられる、だけど小学校に入った途端、4時や5時に子供が帰ってくる。最近は学童保育制度というものができているけれども、せいぜい5時過ぎまでが限度だ、通勤時間まで考えるととても仕事を続けるわけにいかない」、そういうお母さん社員の声が非常に多かったということがありました。そうしたことから、小学校2年まで対象を広げたわけです。
 その他、定時退社日や消灯時刻(午後10時になったら灯りを消そうという運動)を運用しております。また、2003年から有給休暇とは別に最大10日の看護休暇を付与し、70%の給与を支給するという制度を設けました。同時に、赴任帯同あるいはキャリアアップ目的で休職をとることができる制度をつくりました。これは、たとえば配偶者が転勤する場合、仕事を続けるためにはどうしても単身赴任ということになってしまうわけですが、これを一緒についていって、その間休職できるという制度を設けたものです。
 一方、福祉面では、フレックスベネフィットを新設しました。これは福利厚生のカフェテリアプランですが、その中にやはり育児、介護について補助できるシステムを設けています。
 そして、最後に、事業所内保育施設「マツダわくわくキッズ園」、これを2002年に設置しました。当社は自動車会社ということで、かなりの数の社員が自動車通勤をしていることもあり、社員駐車場の隣にある独身寮の一角に設置しました。子育てをする社員の声を聞きながら、延長保育や一時保育、体調不調児保育といった新しい取組もやっています。
 こういった一連のワークライフバランス促進施策の課題と効果という点ですが、効果としては社員のモラール向上、特に社員の人事制度に対する信頼感を確保することができたということがあります。また、当社は地方に本社を持つ企業として、どうしてもリクルート面で不利な面があるのですが、そうした中で優秀な人材を確保するために幾分貢献できているのではないかとも思います。
 一方で課題としては、ほとんどの施策が2000年から2003年という短い期間に導入されたことから、社員やマネジメントの間での認知度がまだ十分ではありません。ホームページを拡充したり、管理者教育の中で徹底を図ったりということをやっていきたいと思います。
 また、当社では製造現場に女性技能職がかなり入っておりますが、そうした方々が子育て世代に入るにつれ、いろいろなインフラを整備していかなければならないということもあります。こうした次世代育成施策はやはりコストがかかります。このこととどう共存していくのか、これからの課題ではないかと思います。

 大福 労働組合としては、次世代育成支援対策推進法の趣旨を育む施策として、3つの取組を提起し、その実現に向けて、企業の社会的責任や役割を強調しながら協力を求めていきたいと考えています。
 まず1つ目は、ワークライフバランスからの新しい働き方の提案。家族と過ごす時間の拡大を重要視するということです。ある調査によると、34歳以下のサラリーマンの平日在社時間は11時間というデータがあります。これに通勤時間を考慮すると、妻や子供と接する時間は1日に30分しかとれないということになります。これはやはり異常というしかありません。せめて1時間早く帰宅できれば、夕食を一緒にとったり、話し合いをしたりすることが可能になるわけでして、1日あたり1.5時間を確保できることになります。ですから、土日の休みを出勤で蝕まれるということ以上に、平日のワークライフバランスに思いきった施策を導入することが大切だということを提起しておきたいと思います。
 2つ目は職場環境です。職場風土とか意識が関係するだけに厄介な問題かもしれません。出産休暇をとる人に「これからどうするの?」と聞くのか、「いつから休むの?」と聞くのか。気持ちの上では大きな差が出ると思います。休む人にしてみれば、継続して働くことを前提に聞かれることが安心を呼ぶのでありまして、上司の一言の小さな気遣いが、大きなやる気やその後の就労をも左右することになります。管理職への研修のあり方の重要性を指摘しておきたいと思いますし、意識改革に向けた企業トップの発言を求めていきたいとも思います。
 また、各社における意識改革のための専任組織、電機でいいますと松下電器産業の「女性かがやき本部」、転じて「女性躍進本部」ですとか、東芝の「きらめきライフ&キャリア推進室」に見られるポジティブアクションの取組などを行政が積極的に評価、広報することも重要であり、要請していきたいと思います。
 3つ目は、地域社会への働きかけです。子を産み育てようとする人、共働きで子供の世話を求めている人など、いま現実に一番大きな問題となっていることに対する提言です。保育所への待機児童は都市圏で多く発生しておりまして、これが原因で優秀な女性が退社を余儀なくされることも少なくありません。企業で対策を講ずる難しさもありますが、ここで、地域の複数の企業で対応する事例を紹介しておきたいと思います。
 神奈川県の横浜市に「元気クラブ」という日立グループの託児所があります。開園は昨年の4月です。ここは全国でも待機児童の多い地域でして、しかも当該企業に働く女性社員が多いことから、日立グループ企業19社が共同事業として運営し、ほぼ定員を満たした状態で運営2年目に入っているところです。アドバイザリーコミッティとして分担金を負担することで共同事業主となりますけれども、このアドバイザリーコミッティ以外の子供は預からないということですので、近隣のグループ企業はほぼすべて共同事業主になったということです。
 このように地域において企業が主軸となり、しかも必ずしも同じ企業グループということではなく、ちがう企業どうしが地域で支え合う仕組みは十分考えられるのではないかと思います。
 また別の視点として、共働きが円滑に行われる環境を見てみると、祖父母の役割を見逃すわけにはいきません。その延長線上として、親に代わる高齢者ボランティアの活用、そうした高齢者のあり方も提言しておきたいと思います。
 利用する側にとっての究極は、ユビキタス保育所というか、365日24時間利用可能ということが理想なのだと思います。こうした環境整備を果たしていくことが大変重要であり、行政にも企業にも一段の知恵と集中力をお願いしていきたいと思います。

 坂本 地域の立場から、子育て支援を企業の方たちとどのように考えていけばよいのかをお話したいと思います。
 いま、子育てサロンやつどいの広場のような、地域の中で親子が集う場の整備が進められています。しかし、財政的な背景もありまして、なかなか充実する形では進んでいません。次世代育成支援の行動計画策定の中で、地域で親子が集う場というものも拡充されていくとは思いますけれども、ニーズからはほど遠いというのが現状です。
 このようなところに来るお母さんたちは、子育ての仲間がほしいとまずおっしゃいます。昔であれば地域の中で子供も親も育っていって、親としてのノウハウを近所の人から提供してもらえた、悩みや愚痴も聞いてもらえた、そういう環境が消失しているということです。今は、そのような場を人為的につくっていかないと、なかなか親子が出会えないという現実があります。
 そのような課題に応えていくための場として、子育てサロンや地域子育て支援センターというものが整備されつつあります。公的な動きのほかに、市民団体やNPOの活動も広がっています。平成14年度の国立女性教育会館の調査によると、子育てネットワークと同じような活動をしている団体が全国には1600あるそうです。こうしたグループは、企業が地域の中で何か子育て支援をしていこうというときに、協働のパートナーになり得る存在だと私たちは思っています。
 子育てネットワークがなぜ必要かというと、地域の中では、様々な機関が子育ては大変だ、少子化で大変だ、子供の育ちがとても危険な状態だ、ということに気づいていろいろなことをやっているのですけれども、肝心の子育て当事者たちにはなかなか情報が伝わっていないし、制度が利用されていない。ニーズがあるのにそれがちゃんと提供されていない状況があるわけです。子育てネットワークや子育てに携わっているNPO、地域の団体は、それらを具体的につないでいく役割を担っています。そこでは専門的なサービスだけではなくて、企業から提供されるサービスや商品といったものも供給されています。
 昔から親や子供がどのように育ってきたのかを振り返れば、生活自体が支え合われていた時代というのは時間の流れがとてもゆっくりでしたし、となり近所で支え合いがなされていました。そのなかで親どうしが育っていったり、子供が育ったり、小さな赤ちゃんの面倒を年長のお姉ちゃんがみたりという風景があったわけです。そうして自然に親として育っていく。子供が大人になっていく。そのプロセスの中で実はすごく学びあいや育ちあいがあって、学校では学ばない、いろいろな育ちをしていたのだと思います。そのような環境をどうやって取り戻していくのか。昔に戻るのではなくて、いまの時代にふさわしい環境として取り戻していくことが求められています。
 私たちは企業との連携も行っています。実は、地域の中でお母さんたちが悩んでいるのは子供のことだけではありません。いま私たちがふれあっているお母さんたちの中で一生家庭にいようと思っている人はほとんどいません。皆さん子供が小学校に入ったら、中学校受験を目前にしたら働きに出ようと思っています。それは経済的な問題もありますし、お母さん自身の社会的な自己実現の夢というのもあります。
 そうした中で、ぽっかりとエアポケットのようになっている課題がたくさんあるんですね。その中の一つとして、IT難民になっているお母さんがいるということを、私たちはNECの社会貢献担当の方にお話しました。それはどういうことかということでいろいろ話をしましたら、まさにパソコンを売っている企業にふさわしい活動だということで事業を一緒に立案してくださいました。それが「NEC子育てママのためのIT講習」という事業です。子育て中のお母さんのためのIT講習会を小規模ながら全国で行っています。なぜNECがこの事業を取り上げてくださったかというと、事業のポイントがいくつかあって、その中でも次世代育成を支援していく企業の社会貢献活動、そしてCSRにマッチしているという点で共感をいただいたのだと思います。
 毎回アンケート調査をしておりますし、新聞社にも広報しており、そうした成果もありますけれど、なによりもこの講座に参加されたお母さんたちが自信と自己肯定感をもって巣立っていかれる姿に触れると、本当に素晴らしい機会をいただいているなと思います。
 NECとの協働の中で、企業が動いてくださることで次世代育成がとても変わっていくということを感じました。皆さんの会社におきましても、人事面で次世代育成を考えると同時に、社会貢献という側面からも次世代育成を考えていただきたいと思っています。

 銭谷 少子化対策というときに、「女性が社会進出すると子供が減る」というような間違った認識がまだまだあるのではないかと思います。働いている女性のほうが子育てに充実感をもっているということは私もそう思っておりますし、子育て中の専業主婦の方とお話をしても、閉鎖的な状況の中で子育てをしていかなければならないということで、かえっていろいろな問題が出ているのだと思います。
 社会的な影響力を持つ方の発言の中にも、働いている女性が増えているから子供が減るんだというようなものがあるのですけれど、いろいろなリサーチの結果をみますと、仕事を持っている方のほうが子供の数が多いということを、ぜひわかっていただきたいなと思っております。
 また、これもいつも感じるのですけど、なぜ女性ばかりが仕事と子育ての両立を求められるのでしょうか。これは本当に根本的な問題だと思うんです。男性の中で「仕事と子育ての両立をどのように考えていますか」と聞かれた方がありますでしょうか。海外では、家庭の中で子供を育てる父親の役割というものが当然のように社会的に認識されています。喜んで育児休暇をとったり、子供のために休暇をとることが、別に恥ずかしいことでもなくなされているんですね。
 日本では、最近、若い男性が赤ちゃんを抱っこして電車に乗っている姿を見かけるようになりましたけれど、それはまだ都会だけなのであって、地方においては女性が子育てをして男性が働くという従来型の意識がまだまだ強いような気がしております。子供というのは社会が育てるものだということ、これは単に女性側の問題としてではなく、また企業の問題としてではなく、社会全体の問題としてとらえる必要があるのではないかと思っています。
 それから、お子さんを育てた方はわかると思うんですけれど、それぞれの段階において大変なハードルがございます。いろいろな子育てをしている方がいることを草の根レベルで理解し、それを反映させていくということが、企業にも人にも求められているのではないかと考えます。企業側ができることとして制度を整えることがあると思いますが、その際、女性の意見を取り入れることはすごく大事であるということを申し上げたいと思います。また、制度を整えるだけでは不十分で、働く環境、周りの意識、男性だけではなくて女性もそうだと思うのですけれども、意識改革というのが必要ではないかと思います。


次世代育成支援における企業の責任

 鹿嶋 では、ディスカッションに入りたいと思います。
 まず一つ目のテーマは、次世代育成支援における企業の責任について。企業における次世代育成支援はなぜ必要なのか、企業は地域にどのような貢献ができるのか、といったことを議論したい。とくにCSRの問題ですね。企業のステークホルダー(利害関係者)は株主、消費者、従業員とあるわけですが、従業員もその中で大きな位置を占めています。そういう人たちに対する責任もあると思いますから、企業の社会的責任を広めにとらえてお話いただきたい。

 青木 われわれ企業が果たすべき社会的責任として、大きなものがいくつかあります。1つ目は、まず企業が元気であって、人をきちんと雇用すること。2つ目が、雇用した社員を育成し、能力を持つ付加価値の高い社員をつくっていくこと。そして3つ目が社員を実力で評価するフェアな人事制度を設けること、そして最後にワークライフバランスを考えた施策を打っていくこと、この4つだろうと思います。
 とくに人の育成は、企業の果たす役割の中で非常に大きなものだと思います。フリーターの方がなかなか子供をつくれないという事実を考えてみると、やはり自分が働き、社会で活躍できる自信がないと、なかなか次世代というところまで余裕が回らないのではないか。社員一人ひとりの育成を図ることが、結果的には地域社会、日本社会への貢献につながっているのではないかと感じています。

 大福 企業の中ですべてのことができるとは思いませんが、企業が最低限のことをやらなければ、この社会は持続的に保っていけないと思います。
 2007年から人口が減り始め、労働人口も減り始めて、なおかつ団塊の世代が市場から退場していく事態になるわけでして、この流れになんらかの対応をしなければ著しく人口が落ちてくる。人口が落ちれば経済成長はないわけですから、企業も次世代育成に取り 組んでいただかなければならないし、そのことが社会的にも大きな意味をもつだろうと思います。
 労働組合はカウンターパートナーですから、そこに働く人たちが子供を産み育て、ちゃんと継続して働けるように、様々な角度から政策制度要求、あるいは労働協約上での対応をしていくことが当然であり、大車輪でやっていきたいと思います。

 鹿嶋 賃上げも難しい情勢で、労働組合の存在価値を示していくことはこれからの課題だと思います。その意味でワークライフバランスなどはいい課題だという気がしますがどうでしょう。

 大福 まさにそのとおりでして、賃金闘争という春の取組だけではなくて、これからは総合的な労働条件の改善に向けて取り組む必要があります。次世代育成の取組や職場環境、あるいは一人ひとりの職業能力を高めるというところに焦点を当てた取組にも注力することによって、労働組合としての存在意義を高めていく必要があると思っています。

 鹿嶋 小規模企業はこの問題にどのような形でコミットしていけばいいですか。

 青木 人づくりという観点を申し上げましたけれど、これは必ずしも大企業だけのものではありません。社員と経営者が綿密なコミュニケーションをとりながら、一人ひとりがどうやって自分の付加価値を高めていくのかということを考え、実践していく。自分たちの会社の強みは何か、そして一人ひとりの社員の強みは何かというところを掘り下げながら、付加価値の高い仕事ができる人づくりをしていくことが企業の規模を問わず重要だと思っています。

 鹿嶋 市民活動という立場から、企業に対する要望がありましたらお願いします。

 坂本 日本は高齢者福祉に投じている資金よりも子育て支援に投じている資金が圧倒的に少ないわけです。そうした中で、気がついた企業、気がついた市民から動いていかないと前に進まないという現実があります。その際、企業の中だけで考えていては見えてこない問題が山のようにあると思います。ぜひ企業は、地域の現場で活動している人たちと接点を持っていただきたい。そして地域がどんな課題をもっているのか、しっかり見つけていただきたい。ちょっと見渡していただければ皆さんの出番は出てくると思います。
 最近、地域で子育てを支えてくれる仲間をつくるため、育児休業期間中に子育てサロンや子育て支援センターに来るお母さんたちが増えています。自分が職場復帰したときに、保育園の送り迎えを一緒に助けてくれるような仲間がほしいと切実に思っているんです。しかし、そういう動機付けをしっかりもって育児休業中を過ごす方はまだ多くありません。育児休業中の過ごし方ひとつ、企業の中でアドバイスし合えるような環境があるだけでも大きいわけです。また、そういった場を地域の中で整備していくにもいろいろな問題があります。そうしたときに、企業の様々なリソースを提供していただき、支援していただくのは大きいのです。
 私たち、IT講習を続けていく中でアンケートをとっていますが、ほとんどの家庭にパソコンがあります。でもお母さんたちは触れていなかったんですね。IT講習を通過することによって、パソコンへの接触時間が非常に多くなったとか、頻度が高くなったという数字がでています。また継続的に学習したいという意欲が100%近く上がるんですね。これは企業からみると、新しいマーケット、新しい消費者を創ることにもつながっています。様々な関わり方があると思います。

 銭谷 最近、日本の上場会社の役員の方ですとか、とくに銀行のトップの方とお話する機会が多いんですけれど、皆さん、女性の活用を推進しなくてはいけないということをおっしゃいます。でも実際、どれほどの企業でそれが実行されているかを見ますと、残念ながらトップにそういう思いがあっても、なかなか進んでいないということを伺っています。その理由の一つに、現場の人事部の抵抗があるという話を聞くんですね。そういうことになりますと、企業が社会的責任を果たすという意味で少子化の問題を含めて考えていくのであれば、トップは発言するだけではなく、実際の進捗を見て、例えば具体的な数値を今期の目標として掲げるというような、きめ細かい策を含めて継続的にやっていくことが必要ではないかと思います。
 企業がなぜこうした取組の必要性を感じているかというと、女性を活用している企業のほうがはるかに業績がいいんですね。これは全世界的に証明されています。
 日本経済が過去10年間低迷している中、日本の企業は全世界的に見ても女性の活用が進んでいないというリサーチレポートもでています。ですので、トップダウンだけではなくて、やはり現場の人事の方も含めて、自分の企業の業績を伸ばすためにもぜひ女性の活用を進めていただきたいと考えております。


働き方の見直し

 鹿嶋 次のテーマ、男性を中心とした働き方の見直し、長時間労働という問題について意見をいただきたいと思います。会場からは、男性の育児参加の促進をさせる方法についてアイデアを求める声や、育児休業をとりづらい実態についての理由、そしてその対策があれば聞かせてほしいという意見、さらには男性に残業をさせないような取組などできるのだろうか、中小企業はいま大変厳しい状況で長時間働いてもらわざるを得ない、といった指摘も出ています。

 銭谷 当行のお取引先の企業には山口県内の中小企業がございますが、その経営状況をみると、かなり厳しいものがあります。ですので、個別企業に対して、これを進めなさいということが強制的にできるのか、という問題はあります。ただ、その企業だけではなくて、地域ですとかいろいろな形の支え方があるのではないかと思います。
 男性側の働き方については、当行もご指摘のとおりでして、残業ももちろん多いのですが、やはり企業として、いろいろな意味での時間短縮、効率的な働き方ということも含めて考えていく必要があると思います。

 坂本 地域の中でお母さんたち、子育ての悩みや不安をサロンに来て話されるんですね。でも、本当はパートナーに聞いてもらいたいんだと思うんです。聞いてもらえないというところには、時間という問題があるんですね。話したいのだけれど、とても疲れて帰ってきた姿をみると、いやな話を聞かせたくない、というのが現実です。本当は、夫婦で子育てについて話し合うゆったりとした時間が生活の中で保証されていることがとても大切です。
 いまの若いお父さんたちは子育てに積極的です。世代が変わってきていて、本当に子育てをしようと思う人が増えている。でもそれができないのは、上司の理解というのが非常に大きいんじゃないかと思います。スーパーで赤ちゃんを抱っこして買いものしている背広姿のお父さんなんてすごくかっこいいよね、とお母さんたちは言います。新しい素敵なお父さん像というのが、確実に若いジェネレーションの中にはできているんです。それにゴーサインを出せるかどうか。すこし上の、そういうモデルを知らない世代の責任はとても大きいと思います。
 ですから、よくわからないけれど、少子化だし、頑張って子育てもやってみなさい、ということで、若いお父さんたちを早く帰してあげていただきたいというのが私の願いです。子育ての時間を保証されて、その楽しさがわかってきたお父さんたちが地域の中で増えていけば、豊かな家族生活が地域の中で広がっていく。それが地域のあたたかさとか豊かさ、安全性といったものを支えていくのだと思います。ですから、早く帰りたいと言っているパパには、どんどん早く帰らせてあげていただきたいと思います。

 大福 若い世代の意識が変わってきていることは事実だと思います。その事実をトップや上司がきちんとオーソライズし、後押しする姿勢を示さないと、この壁はなかなか乗り切れないのだろうと思います。
 それから、平日のどこかはきちんと帰れるような仕組みを思い切ってやる、それを積み重ねていかないと難しいのかなと。また、自分の自由になる「可処分時間」を豊かに使うためのコンテンツがないとうまくいかないと思うので、その両方を提案していくことが大事じゃないかと思います。労働組合としても中身を提起しながら皆様方にもご協力いただいて、とにかく乗り切っていくということです。
 北欧あたりで成功事例もあるわけですから、日本流の適切な対応の仕方というのも十分考えられると思います。はやく知恵を絞って、具体的にやってみることが大事だと思います。

 青木 厳しい競争社会の中にあって、それでもワークライフバランスを実現させていくためのキーワードとして「柔軟性」を挙げていきたいと思っています。例えば、定時退社日を徹底して運用するとか、年次有給休暇を効果的に使うといったメリハリ付けで対応していくということです。

 鹿嶋 この問題は、企業の効率性の問題と絡みますので、なかなか難しいと思うんですが、どうでしょう。

 銭谷 仕事だけの人間というのもいけないことはないと思うのですが、やはり管理職というのは人間性を求められる職業だと思うんですね。そして、子育ては管理職としてのそうした適性を伸ばす上で大きな役割を果たすのではないか。そういうことを考え方の中に入れていただきたいなということをつくづく感じています。
 それから業務の効率性ということを考えますと、実は、子育て中の女性というのは、いろいろな時間のやりくりをしています。そういう女性の働き方は、いろいろな意味で企業にプラスになっているのではないでしょうか。そういうことも評価していただきたいところです。


質疑応答

 鹿嶋 意見交換はこれくらいにしまして、会場の皆さんからの質問にお答えしたいと思います。

 質問者1 埼玉県のある市で子育て支援の市民活動をやっています。日本には中小企業、零細企業がすごく多いと思うんです。中小企業はいま厳しい時代にありますけれども、例えばお母さんが病気になったときにお父さんを休ませてくれる、そういった雰囲気というものが中小企業の経営者にも求められていると思いますがどうでしょうか。

 坂本 私、埼玉県の次世代育成の行動計画の策定委員をしていますが、埼玉県の企業は9割以上が中小企業なんですね。一つ思うのは、大きな企業と小さな企業では、やれることは違ってくると思うんです。国や自治体のサポートも必要だと思いますけれども、小さな企業どうしが連合して子育て支援に取り組むという考え方もあるのではないか。そうしたときに地域のボランティアなどと上手に連携しながら、例えば複数の中小企業で民営の保育所をつくるとか、預けあいのシステムを支えていくとか、そういったことも新しい発想としてどんどん取り入れていいのではないかと思います。
 実は、地域に根を張って仕事をされている中小企業は、地域で子供とふれあってくれる大人でもあるんですね。工場見学や仕事場の見学、職業意識につながるようなすばらしい教育環境を提供してくださる存在であったりもするんです。
 いまは子供の連れ去り事件などもありますので、地域密着型の企業が地域で営業車を走らせるついでに安全パトロールをするという取組をしてくださっている地域もあります。様々な取組がありますので、新しい発想でこの課題を乗り越えていくことが可能だと思います。

 質問者2 共稼ぎで核家族という家庭の場合、2人目の子供を産むために入院している間、父親が上の子供の面倒をみてくれなければ2人目を産む決断ができない、こういう話がすごく多いんです。このようなことについて、どのようにお考えでしょうか。

 質問者3 企業における次世代育成支援のコストに関してどのようにお考えですか。売り上げの何%、利益の何%ぐらいをそうした支援にかけるべき、というような具体的な指標がありましたら教えてください。

 青木 まず2人目の子供の出産に関しては、当社では妻出産休暇というものを有給休暇とは別途に3日間設けています。これは大変人気の高い休暇で活用されています。
 それからコストについてのご質問ですけれども、目標値や予算があるわけではありません。むしろそうしたコストが出ていく中で、われわれ担当レベルの人間も知恵を出しあいながらより効率的な運用をしていく、そういう視点からコストと向き合うということが必要だと思っています。

 銭谷 当行でも妻出産休暇制度はありますが、残念ながらマツダさんのように積極的に活用されていません。ただ私自身は、育児休業から復帰した後のいろいろな休暇のとり方、それをもうちょっと柔軟性をもたせた形で制度に入れていきたいなと考えております。
 それからコストについてのご質問ですけれど、次世代育成のコストに関しては、数字として目標値をあげるのがいいのかどうかということも含めて難しい課題だと思います。ただ効果ということでは、実際の業績ということだけではなくて、コーポレートブランドの向上とか、トータルな意味でのプラスがありますので、単に業績の何%をまわすという考え方ではなく、もう少し柔軟に幅広く考えた形でやっていきたいと思っています。また、効果というのは、今年やったから来年出てくるというものではありません。経営者としても長い目でみた施策をとっていけたらいいなと考えております。


まとめ

 鹿嶋 そろそろまとめに入りたいと思います。次世代育成支援と企業の役割という問題をどのように考えていけばよいのか、まとめをお願いします。

 青木 やはりこの問題は、企業が人とどのように接するかということにかかっていると思います。次世代を育てると同様に社員を育てていく、そこで培ったものをまた次の世代に伝えていくというプラスの連鎖が必要だと考えます。その過程の中で、社員や会社というものが社会において存在感を発揮できるようにすることが重要です。

 大福 それぞれの立場の人が次世代育成の危機意識を共有し、この問題に取り組むことが大切です。企業がその先導的な役割を果たしていくのだという認識をもたないと、この国は再生産できないのだと思います。
 子供を何人産み育てるかというのは神の領域であり、また、大変プライベートな問題だと心得ているんですけれど、国家的一大事ということで、出生率が一定の回復をみせるまでの間、子供をつくろうとするインセンティブが働く社会的なサポートの仕組みを早急に編み上げ直し、ただちに取り組む姿勢が必要ではないかと思います。労働組合の立場から努力をしてまいりたいと思います。

 坂本 次世代育成を語るときに出生率の数字が言われるんですけれど、出生率だけではなくて、実は数の少なさによって、子供が育つ環境、親が育つ環境が非常に貧しくなっていることにも目を向けていただきたいと思います。
 それぞれの企業は、国から次世代育成支援の行動計画を策定するように求められていることの意味合いを重く受け止めてほしい。子育ての現実を変えていく上で、働き方や企業の在り方は非常に大きなファクターとなっており、そこが動かないかぎり変わっていかないことに実は皆気づいています。企業の皆さんの取組が非常に大きなインパクトをもっているということを、よくご理解いただきたいと思います。
 それから、いま私は新座市の行動計画、埼玉県の行動計画の策定に関わっていますけれど、計画策定のプロセスで様々な発見とか出合いとか、いろいろなものをたくさん拾えます。ですから、ただ計画を策定して提出すればいいということではなく、策定のプロセスの中でそれぞれの企業でどんなことができるのか、どんなことをすれば自分の企業にもフィードバックがあるのかということをしっかり見極めていただきたいと思います。それは、企業の大きな成長のステップ、財産となるでしょう。将来のビジネスの種になるものもたくさん収穫できると思います。企業と地域が向き合う大きなチャンスだと思います。いろいろな形で向き合い、コミュニケーションして、市民と企業が良い関係で新しい時代をつくるスタートにしてほしいと思います。

 銭谷 いま、CSRが単なるお題目ではなく、真に求められている時代だと思います。銀行の場合、メガバンクだけではなく、地域金融機関にもいろいろな形で求められていると思うんです。まずはできることからひとつずつ、着実かつ継続的にやっていくことが大事だと思います。
 当行のような地域金融機関の場合、山口県内におけるプレゼンスが大きいので、その行動は常に見られているんですね。これからは、銀行の商品やサービスとして提供するものについても考えていかなければなりません。そういうことが、消費者が企業を評価するうえで大きなポイントになるのではないかと思います。

 鹿嶋 全体を通して私なりの感想を述べます。
 現在の人口を維持する数値を人口置換水準と言い、その合計特殊出生率は2.08です。その意味で日本の1.29というのは非常に深刻な数字です。2台を突破している国は、欧米先進国の中ではアメリカだけです。西欧先進国は軒並み1台ですが、それでも日本ほど低い数字ではありません。日本と同じような低水準の国はドイツやイタリアなど数えるほどです。アジアの諸国は軒並み低いということで、アジア全体の特徴かといわれることもありますが、ちがいます。開発途上国が文明成熟国になる過程で女性が労働市場に出ていくけれども、仕事と家庭の両立、そういった支援が整備されていないんですね。日本はちがいます。世界でも有数の経済大国などといわれている国ですから。日本の合計特殊出生率が低いのと、アジアの近隣諸国の合計特殊出生率が低いのは、同質には考えられません。
 このような状況だからこそ、次世代育成支援は企業がとるべき社会的責任でもあり、経営方針として位置づけるべきものでしょう。
 事業主は行動計画を策定し、その旨を都道府県労働局長に届け出るわけですが、この計画に基づいて取組を推進した事業主は、一定の要件を満たす場合に認定を受けることができます。そして、その認定マークを商品や広告などに付すことができるわけです。
 私は以前、企業の動機付けをもう少し鮮明にするためには、例えば自治体の公契約の場にまでそのような評価基準が持ち込まれてもいいのではないか、という趣旨の記事を書いたことがあります。そういう認定を受けた企業であれば、社会でもっと評価されてもいいのではないか、そうなれば、企業も前向きに努力するのではないかと思います。
 アメリカでは、環境基準、人権、地域貢献といったCSRメニューについて、それらのスコアが高い企業の商品を買いましょうといったリストをだすNPO活動もあります。その意味で、次世代育成コンシューマリズムのようなものが生まれ、そういうことに積極的な企業の商品を買う、そのような消費行動があってもいいのではないかと思います。ですから、こういう問題は、やはり消費者運動とのつながりも必要です。投資ファンドの中にも、環境ファンドだけではなく、ファミフレ・ファンドのようなものを考えているところもあるようですので、今後こういう考え方が社会的に広がっていくのではないでしょうか。
 坂本さんのようなNPOにも期待したいですね。今後、様々な活動がリンクしていく中で、次世代育成という問題を考えていけたら、少子化問題の解決の糸口も見えてくるのではないかと期待しています。
(了)

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