4節 緊急時の対応
-1 ケア会議の開き方
「ひきこもり」事例の緊急事態をどのように捉えるか |
緊急事例の相談を受けたときの援助の流れ |
情報の収集
緊急度と重症度の判定
継続的な支援の始まり |
緊急度や重症度が高くて単独の機関のみでは支援が困難な場合、または、緊急度や重症度の判断が困難な場合、そんな場合には、コンサルテーションやコーディネーションができる機関を利用することが、次のステップになります。地域事情や事例本人の年齢にもよりますが、保健所、精神保健福祉センター、児童相談所などがそのような機関になります。また、これらの機関においては、危機を感じた第1線の援助者がアクセスしやすい工夫と、「ひきこもり」事例についてアクセスできる合意を予め形成しておくことは重要です。
2)2次機関としての判断
保健所や精神保健福祉センターなどの2次機関で、市町村や学校などの第1線機関からの緊急事例の相談があった場合、または、自機関で受理した場合も含めて、やはり緊急度と重症度を正確に判定し、その段階に応じて、単独機関だけの対応でよいか、第1線機関と2次機関との連携協力だけでよいか、多数の関係機関を集めたネットワークミーティングを開催するか、を判断します。ネットワークミーティングを開催するのは、大変な労力と大勢の人の時間を費やすことになります。そのために、開催することをためらう傾向になります。また、現場より遠くなれば遠くなるほど、緊急度や切迫感は感じ取れなくなるものです。コーディネーター機関の担当者に求められることは、家族など身近な人や第1線の支援者が感じている切迫感を、十分納得いくまで、よく把握することです。そして、それが、次のステップのネットワークミーティングを開催していく原動力になるのです。
3)ケア会議(ネットワークミーティング)を開催する
ネットワークミーティングは、多機関・多職種が集まりそれぞれの持っている支援の枠組みを組み合わせながら支援していくための仕掛けです。元々は、アルコール関連問題や児童虐待の分野で活用されているケア会議の方法です。「ひきこもり」は比較的新しい概念のため、高齢者や従来の精神障害者のケア会議と異なり、参加する機関には「ひきこもり」に対する理解や認識・対応方法にずれが存在することがあります。「ひきこもり」事例に対するネットワークが何もないからこそ、ネットワークミーティングを開催しなければならないのです。
開催にあたっての留意点がいくつかあります。アルコール問題や児童虐待以上に、「ひきこもり」については各機関の対応に温度差があり支援方法もさまざまです。現時点で集まっている情報を適切に伝えながら、当該機関がネットワークミーティングに参加する必要性を説明します。集まるタイミングも非常に重要です。集まってほしい機関や職種すべての日程を調整していると、何週間も先になってしまいます。しかし、真に緊急な事態であるからには、その緊急度に応じて即座に関係者を集めたネットワークミーティングを開催しなければ意味がありません。タイミングを重視すると、集まるメンバーの必要度の高い人から優先的に時間を合わせていくことになります。派遣依頼の公式文書を起案し送付する時間がない場合もあります。それでも開催が必要であれば、口頭で依頼することもやむをえないでしょう。どうしても関係者の集まることが困難な場合に、コーディネーターが個別に電話連絡をおこなう、複数の関係機関に出向いて経過を説明するなどの対応を迫られることが現場ではよくあります。一同に関係者が会さないこの方法は、誤解や合意のずれが生じる可能性があります。この点に留意しながら、合意の得られたプランや方針を関係機関に伝達することですすめていきます。
ケア会議の開催においては、事例の情報をそれぞれが共有することになります。複数の機関での情報を共有する際のプライヴァシーの留意点は、別の項目で触れられますが、今後のネットワーク支援を展開する上においても家族の同意は必要なことです。場合によると家族が同席することもいいかもしれません。
4)ケア会議(ネットワークミーティング)で何をおこなうか
ケア会議(ネットワークミーティング)が行われるにあたり、冒頭で司会が確認して伝えておくべき事項が何点かあります。今回の会議が必要になった理由、会議の目的、各参加者の立場と役割、当事者の同意の有無、参加者の守秘義務、終了時刻などです。これらの項目についての確認は会議をめりはりよく進行させます。その上で、情報の共有、評価、役割の明確化、援助プラン、危機状況での具体的な対応について、参加者からの追加補足意見を加味しながら進めていきます。「ひきこもり」事例は、情報が限定的であり一面的になりやすい傾向があります。多方面からの情報を集めることにより、正確に状況を把握できるだけでなく、事例の健康な面や「問題行動」の意味を発見することにつながります。
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各機関の役割を明確にしていく中で、専門機関や行政機関にだけ役割が集中してしまうこともよくみられます。それぞれのできることとできないことを明確にしながらも、決して「たらいまわし」や一極集中の「押し付け」になるのではなく、各関係機関がそれぞれに持ち味をもって同時に関われるような重層的な支援の輪ができることを目指します。何よりも、援助プランでできあがった支援の輪が、家族や本人にとって、大勢の人から支援されているという実感や安心感につながるようなものでなくてはなりません。
5)介入、保護、分離の選択
事例本人に誰がどのように介入するのか、どのような形で保護をおこなうのか、家族が家庭から離れることで分離をすすめるのか、これら具体的な対応について、その是非とメリット・デメリットについて十分論議をしておきます。「ひきこもり」は、保健医療機関が相談の窓口になっていることが多く、その事実だけで周囲は病気として捉え、医療の枠組みの中での支援や保護を念頭に置いている場合がよくみられます。しかし、「ひきこもり」事例の保護を、疾患の存在やその疑いを前提とした医療的な枠組みでおこなうことは無理な場合が少なからずあり、かえって事態を混乱させてしまい、その後の継続的な支援にはつながってこない場合も多くあります。
「ひきこもり」事例の緊急介入では、医療の枠組みだけで捉えるのではなく、その問題として生じている事態に対して社会一般的な介入を第一選択としていくこともありえる選択肢です。暴力や近隣への反社会的な行動には警察による司法対応が自然であり、家庭内暴力や犯行をほのめかすような言動には、虞犯行為ととらえて児童福祉
2次機関(保健所、精神保健福祉センター、児童相談所など)の役割
ネットワークミーティング
介入の実施
継続的な支援の始まり |
法や少年法を根拠とした介入も可能になります。また、近隣への迷惑行為についても、自治会や管理組合などからの通常の介入が自然です。このような社会の常識的なルールに沿った介入は、当初本人は反発しながらも、「こんなことをしたらこのような処遇を受けるのはしようがない」という納得が生じます。この納得と現実の受け入れは、次の変化のステップになります。加えて、危機介入後の適切なサポートをタイミングよく提供できれば、その介入は次の継続的な支援につながり、回復を促していくチャンスになります。どの選択肢を選ぶか、その法的根拠はあるのか、判断が高度な場合、それぞれの専門家からのスーパーバイズを受けることも必要でしょう。警察、弁護士、少年鑑別所など、司法領域の専門家との連携も躊躇することなく求めていくことも重要です。
緊急時対応が円滑に進むために |
-2 暴力が生じている場合の家族支援
緊急時対応が必要となる状況 |
家庭内暴力の存在を打ち明けられたとき |
家族支援の指標 |
被害者の安全を守ること |
暴力からの避難先 |
本人のフォローについて |
-3 緊急時対応の法的根拠
緊急時の法理 |
(1) | 緊急性 緊急行為として本人の意思を無視しても介入が許される場合の「緊急性」は、自傷や他害などの結果の発生が切迫している状態であること、その結果を生じることが目前に迫っている状態であることが必要です。 | ||||||
(2) | 重大性 重大性には程度があり、生命や身体に対する危害、人の自由や生活の平穏に対する危害、器物の損壊(細かく言えば壊される物の価値にもよりますが)など、その程度はさまざまです。介入の強度は介入によって防ごうとする結果の重大性の程度とバランスを持ったものでなければなりません(比例原則)。 | ||||||
(3) | 明白性 介入を行わないと一定の結果が生じることが明らかであることが必要です。家族や関係からの情報、今までの行動傾向などから、客観的な根拠に基づいて一定の結果が発生することがはっきりしていると言えるかどうかを検討します。 | ||||||
(4) | 介入目的の正当性 介入の目的はひきこもっている本人自身の生命や健康を守ることであるか家族を含めた他人の生命や身体の安全、自由や平穏の確保など適正なものでなければなりません。関係者が介入の目的を確認する必要があります。 | ||||||
(5) | 介入手段の相当性
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■緊急性の種類と程度
本人の意思に基づかない介入を認めるための「緊急性」の条件は、上記のようにかなり時間的に切迫した限定的な状態をいいます。しかし、実際の事態は徐々に事態が悪化し、緊急度が高まってゆくものです。関係者としては、緊急であれば何でも許されるが、緊急でなければ本人や家族の自由意思に任せるしかないというような二者択一的な考えをもつのではなく、緊急性の高まりに応じて介入の度合いを調整すべきで(比例原則の考え方)、最終的に本人の意思に基づかない介入ができるのは究極の「緊急」の場合ですが、そこに至るまでに発生している事態の程度に応じた働きかけを検討すべきです。
■自己決定権と緊急時の法理の関係
緊急時の法理は、重大な事態の発生が目前に迫っているという特殊な場合に適用される法理ですから、どちらかといえば例外的な法理ということになります。そうした特殊な場合以外は自己決定権の尊重が原則とされなければなりませんから、本人の意思に反して強制的なことをすることはできません。
けれども、自己決定権については、本人に十分な情報が与えられ、自分が置かれている状況や将来の見通しについての情報が確保されているという前提条件が保障されていることが重要です。AとB、二つの選択肢がある場合に、AとBは、それぞれどのような内容のものであり、どのような違いがあるのかがわからない状況で、闇雲にどちらかを選んでいくとした場合、そのような選択を権利として保障された自己決定と呼ぶことは適切ではなよいでしょう。自己決定権は、最終的な決定権が本人にあることを意味していますが、最終的な決定の前には十分な情報の収集と吟味が必要です。そして、情報の収集と吟味は、通常、さまざまな形態による人とのコミュニケーションによってもたらされるものです。
家族や友人との交流、地域、その他のコミュニティへの社会参加が十分に果たされている場合、人はさまざまなコミュニケーションの機会に恵まれ、自己決定の前提になる情報の収集や吟味が行えることになりますが、「ひきこもり」のために、そのようなコミュニケーションを持つ機会を失い、情報の収集と吟味がしにくい状態になっている場合、本人の自己決定権を支えるためには、むしろ、不足しがちな情報の提供とその吟味の支援をすることが大切であるといえるでしょう。そのためのコミュニケーションのきっかけを掴んだり、本人の気持ちを尊重しながら必要な情報の理解を助けるコミュニケーションの工夫がたいへん重要な役割を果たすことになります。
自己決定というと他人からの一切の干渉なしに自分だけで決めるべきことが求められるように見られるかもしれません。しかし、自己決定権の保障は、人の話を聞きながら自分の考えを形成する、自分の意見を述べながら相互に考えを練る、という民主主義社会の対話過程の基本を保障するために重要な原理であって、社会との関係をまったく度外視して孤立した個を作り出そうとするものではないはずです。こうした観点からも、ひきこもっている人との対話の持ち方を工夫してゆくことはたいへん重要なことになると思います。
精神保健福祉法による対応 |
児童福祉法による対応 |
少年法による対応 |
刑法による対応 |
-4 緊急時対応のプライヴァシー保護
プライヴァシーと情報の共有 |
■家族が有する情報
家族支援を進めて行く時に、当然、家族から本人の状態についての情報が提供されることになります。しかし、家族が独自に持っている情報については、その情報を持っている家族自身の承諾があれば、情報をえた関係者が他の関係者に情報を提供することは許されることになります。家族が持っている情報が本人に関するものであるとしても、本人からとくに打ち明けられた情報ではなく、家族がともに生活していて観察した情報は家族自身の情報といえますから、その情報利用については情報の所有者である家族の同意があればよいということになります。
家族が通常の生活状態の中で外に現れている状態を観察してえた情報ではなく、本人から家族にだけに打ち明けられた情報は、本人の同意をえてから情報を提供するように指導すべきでしょう。
本人が隠している日記帳や引出しの中などを、家族が無断で調べてえた情報は、本人のプライヴァシーを侵してえた情報ですから、そうした行動を慎むように指導すべきです。
■関係者が職務上知りえた情報
家族あるいは本人から職務上知りえた情報については、関係者の立場によって医師法や公務員法による守秘義務があり、家族・本人の承諾がなければ他の機関の関係者に情報を提供することは許されません。
情報の共有化のためには、情報を提供した家族・本人から情報使用の目的と範囲を明確にした承諾の書類をもらっておくことが望ましよいでしょう。重要なことは、情報の共有化を含めた本人や家族と関係者のケースマネジメントにおける信頼関係の構築にありますから、最初からまず書類を書いてくださいという対応は必要ありませんが、重要な事柄なので関係者の意識を確認するためにも書面での確認作業をおこなうべきでしょう。
ネットワーク会議、ケースカンファレンスなどで情報を共有化する場合、本人から得た情報にせよ、家族から得た情報(本人に関するものを含む)情報にせよ、その情報源から、その情報を本人と家族の支援のために(情報使用の目的)、ネットワーク会議で共有化すること(情報使用の範囲)を承諾してもらっておくべきでしょう。家族が日常生活の中で本人の生活を観察して得ている情報は家族自身の情報ですから、その使用については家族の承諾で足ります。テーブルの上に封から出されて置かれたままの手紙など、日常生活上、普通に目に触れる範囲内の情報は既に開披されている情報といえますから、それを家族が見聞して得た情報は、とくに本人の承諾などを要するプライヴァシーには当たりません。しかし、本人が机の中にしまっておいた手紙や日記、鍵をかけてある部屋の中のものなどは本人が開披しない意思であることを示している情報ですから、その情報を本人の承諾なしに持ち出すことは許されません。
また、近い将来必要になる支援の準備的な段階として、本人や家族が特定されないように匿名化して、ネットワーク会議の情報共有の準備をしておくことも機動的な活動とプライヴァシー保護のバランスの観点から有効な工夫といえるでしょう。
緊急時法理とプライヴァシー |