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3節 さまざまな支援プログラムの可能性

  -1 社会復帰への援助


支持的で、自発性を尊重した援助
 保健・医療機関などで相談をすすめていくなかで、社会復帰に関するニーズが明確に表れてきたときには、さまざまな社会資源による活動と連携して支援を提供していくことが重要です。「ひきこもり」からの回復のなかでは、本人の社会復帰を援助することが必要になる場面があります。しかし前述したように、一般の社会には多くの「ハードル」があり、家庭から外に出ることを躊躇することも考えられます。また、就労や就学などによって社会的な役割を得ることができたものの、基本的な生活を送るための技術の不足によってドロップアウトしてしまうことも予想できます。
 社会復帰を援助するためには、本人が自発的に活動に参加することができるように、さまざまな選択肢を用意していくことが必要です。「ひきこもり」の状態に変化を起こすきっかけとして、以下のように、日常生活における本人の役割行動や地域のイベントに参加することなどが役立つこともあります。
多様な社会復帰への援助
  ●家事・家業などの手伝い
  ●年中行事・法事などの参加
  ●青年会・地域清掃などの活動
  ●ボランティア活動
  ●フリースクール、通信教育
  ●アルバイト、福祉的就労
  ●自動車運転免許、各種資格の取得 など

 このような活動や参加の目標を本人のニーズに応じて設定し、自然な形で参加することができる機会を提供していくように心がけます。支援のネットワークを通して、本人にとって安心する雰囲気をつくり、サポートできる環境のなかですすめていくことが望まれます。本章では、連携の資源として情報収集した活動の事例を紹介します。

■生活の場の提供
 長期にひきこもっていた人にとっては、単身生活をおこなうことに大変な困難を伴います。家族や社会との接触を失いやすく、アパートなどにひきこもってしまうこともあります。
 生活の場の提供にあたっては、定期的に訪問してフォローしていくことが重要です。また、「グループホーム」などを利用することも一つの方法です。共同生活のなかで家事などの技術を学んだり、対人関係を築くことを練習したりすることができます。

事例紹介(1)「生活の場の提供」(仙台・フリースペース)

 このフリースペースでの生活の場の提供は、遠方から参加を希望する人に、フリースペース内での「ホームステイ」を提供することによって始まりました。現在では、「寮」として戸建ての家を三軒借り、10代から30代までの13人が共同生活をおこなうようになりました。それぞれが個室をもち、台所、風呂、トイレは共同という下宿生活といった感じになっています。 入寮するための条件はとくにありませんが、まず数日間、本人が体験利用してみることが大切です。入寮を希望する本人や家族にとっては、すぐにでも利用したい気持ちが大きいのでしょうが、一大決心をして身を措くことなので、焦らないように進めています。数回に分けて寮生活を体験しながら、「力を抜いて身を任せてもいいかな」と思ったら、本格的に利用することにしています。
 フリースペースの寮は「施設」とは異なり、メンバーは同じ家に集うきょうだいのように関わっています。問題が生じた場合には、きょうだいとして、仲間としての対応を心掛けています。生活のルールについても、スタッフから指示することはなく、メンバー自身で必要を感じたときに作っています。当初は、「自室では自分のペースでいること」「夕食は一カ所の寮で、全員で食べること」を提案しています。
 メンバーに不安を与えないことと緊急時の対応のために、スタッフが交替で宿直をし、常に寝起きを共にしています。スタッフは、メンバー活動をねぎらったり、相談にのったりしています。
 寮の利用者には、年齢的にも経済的にも余裕がなく、プレッシャーを受けながら寮生活をしている人もいます。入寮のときには、「ひきこもり」の状況から早く開放されたい一心で身を措くのですが、短期間での回復は難しいということを実感し、経済的な負担が重くのしかかることもあります。回復の途中で寮の利用を中断しなければならない場合でも、入寮前の状況に戻ることがないよう、寮にいる間にできるだけ社会との接点をたくさん体験してもらうことにしています。
 「退寮」は、フリースペースを「卒業」することではありません。寮生活をおこなうことが本人の安定につながり、楽になることができたら自宅からフリースペースに通うこともあります。自宅へ戻ってアルバイトをしながら、ときどきフリースペースでの活動に参加するというように、退寮後の地域での土台作りができるまでは関係を持続していくことも意識的におこなっています。寮を離れても、社会生活に疲れたら戻ってくることができる場の提供を心掛けています。

■学習のサポート
 ひきこもっている人の中には、学校教育における不登校や中途退学などの問題により、学習の機会が少なくなっている人もおり、このような本人のニーズに対し、学習のサポート活動をおこなっている機関もあります。また、社会復帰を目標として、就労のために各種資格の取得をサポートしたり、生涯学習としてさまざまな取り組みをおこなっているところもあります。

事例紹介(2)「フリースペースにおける学習サポート」(仙台・フリースペース)

 ひきこもっていた人が、フリースペースのなかで安定して活動することができると、さまざまな本人のニーズを表現するようになります。
 ここでは、不登校をしていたメンバーを中心に、「勉強をしてみたい」という声があがるようになりました。当初は、年長者が中学生のメンバーにわかる範囲で勉強を教えることを始めました。その後、学習サポートの希望者が増え、大検受験を希望するメンバー出てきたことから、学習サポートプログラムを独立して設けることにしました。
 プログラムでは、スタッフとの1対1の個別指導の形式で、学習指導にあたっています。希望者は、学校や塾に行くように決まった時間にフリースペースから学習サポートの場に通うようになり、時間の使い方が構造化されるようになりました。
 もちろん学習は本人の意志に基づくものですが、学習サポートの場をフリースペースから物理的に離したことで、プログラムの利用者にとっては、フリースペースは勉強から離れてくつろぐ場となりました。また、フリースペースに来たばかりのメンバーにとっても、フリースペースは常に自由にしていられる場として確保できるようになりました。
 このような工夫は、さまざまな回復段階にある利用者が、同じ場所を利用する場合にはとても有効です。また、すべての活動が同じ場所で満たされるのではなく、必要に応じて通っていくスタイルは社会の中では必要な行動であり、構造化がなされることは重要だと思います。

事例紹介(3)「ホームヘルパー資格取得を目指した活動」(仙台・フリースペース)

 「ひきこもり」の状態から社会復帰を考えるとき、就労を将来の目標としていても、いきなり何かをはじめるのは困難です。そこで、自分にはこれができるという自信にもなり、研修を通して技術を身に付けることができる資格として、ホームヘルパー2級取得のための講座を設けています。
 このフリースペースでの活動の第一歩は、老人施設や障害者施設などでのボランティア活動です。自然に介助の仕方などが身につき、福祉サービスの手ごたえと成功体験も得ることができます。その後、次の一歩へのステップアップとして、ホームヘルパー2級の取得を進めています。
 講師は、フリースペースのメンバーが訪問している施設の職員が、ボランティアで引き受けています。参加は強制的ではなく、自然に必要と感じた人が受講しています。一人では勇気がいることでも、仲間がいることで安心して参加できる面もあります。家族会の親たちのなかにも一緒に受講している方もいます。

■就労を視野に入れた活動
 就労を続けていくためには、作業能力や職場の対人関係に適応することなどが必要です。本人の履歴書が必要な場合には、ひきこもっていた期間の記載を工夫していきます。また、ひきこもっていた人のなかには、疲れやすく、持久力の低くなっていることもあり、短時間のアルバイトなどから徐々にステップアップしていくことも望まれます。
 援助の実践としては、「ひきこもり」に理解のある職場を開拓し、事業者との相談のなかで、訓練として働き始めていく方法があります。また就労が継続している場合でも、職場における対人関係などの困難をもつことがあり、定着していくためのフォローが必要になります。
 これらの援助を、本人のニーズと回復の状況にあわせて行い、自立にいたるステップを確実にしてくことが望まれます。保護的な「福祉作業所」などに通所して、仲間づくりをおこなうとともに、働く能力を向上させていくことも効果があります。また、本人の適性に応じて、夜間における就労や、インターネットなどの技術を利用した自宅内での就労を検討していくなどの柔軟な対応が望まれます。

事例紹介(4)「高齢者施設への訪問による交流活動」(仙台・フリースペース)

 就労を考えるときには、役割を持って行動し、責任を果たすことが必要です。しかし、緊張しながら一人で責任を負うのは、非常に大きな課題です。
 そこで、資格の有無に関係なく、他者にサービスを提供する活動として、高齢者の施設に玩具を持って訪問し、いっしょに遊びながら交流をする活動をおこなっています。
 訪問の頻度は決まっていません。施設から依頼があれば、月に6・7回の活動となるときもあります。活動の時間は、1回あたり1時間から1時間半程度です。
 スタッフは毎回2名付き添います。事前に担当と役割などを決め、スムーズに活動が行われるよう援助します。現在は活動が忙しく、参加人数が足りなくなり、あわてて人集めをするということもあります。
 ここでは、他者と交流するなかで成功体験を積むことを目的としています。施設の職員や利用者(高齢者)にも、訪問する者が「ひきこもり」に悩む若者であることを伝え、対人関係の緊張が強いことについての理解を得ておきます。こうすることで、高齢者にも訪問する側に友好的に働きかけてもらえるようになります。この橋渡しがスタッフの役割でもあります。

事例紹介(5)「有償ボランティア活動」(仙台・フリースペース)

 有償ボランティアとは、活動に対して小額の報酬が支払われるボランティア活動のことです。自分が活動したことが相手に喜ばれるだけでなく、実際に賃金となって支払われることは、社会生活においては当然のことであり、仕事を続ける動機付けになります。
 ここでの活動の多くは、高齢者の家庭での家事援助や障害者などへの外出の支援です。内容は、庭木の伐採、草取り、ペンキ塗り、荷物の移動、買い物や旅行への付き添いなどがあります。依頼があれば、スタッフが事前に訪問して要望を聞き、活動にかかる経費を見積もってきます。依頼内容と期日はフリースペースの伝言ボードに書き込み、参加したいメンバーが、自分の名前を書き入れて登録します。
 活動内容によって単価に違いがありますが、受け取った報酬は参加した人数で均等割りにします。以前は活動ごとに参加したメンバーに支払っていたのですが、活動も広がり、現在では月末にまとめて手渡すことにしています。賃金の中から10%を、フリースペースの「活動基金」に積み立てています。
 活動の多くは二人一組でおこなうようにしています。こうすることで、責任や緊張感を分かち合い、ゆとりを持って活動することができます。ホームヘルパーの資格をもっている者とまだ勉強中の者、慣れている者と初めての者、というように組み合わせることで、経験を積んでいるメンバーがアドバイスをしたり、互いに学びあうことができます。
 また、参加するメンバーの安心と依頼者の信頼を大切にするために、スタッフは必ず毎回付き添っていくようにしています。まだ独立した活動ではないので、スタッフの存在は不可欠です。

活動中の事故などに備えて、精神科デイケアや小規模作業所の利用者を対象とした傷害保険や、ボランティア活動を対象とした保険などに加入することも必要です。
また、これらの活動のなかには、行政からの助成事業として協力を得ているところもあります。

事例紹介(6)「小グループによる清掃アルバイト」(東京・非営利団体)

 ひきこもっている若者たちが、社会に参加する一歩前の活動として、グループでのアルバイトをすすめています。この活動では、就労の訓練のみではなく、社会参加のためのきっかけ作りを目的としています。参加メンバーが実際の作業を通し、職場の雰囲気を感じたり、一緒に働く人たちとの関わり方などを学んだりして、社会参加への自信や意欲を深めることを目指しています。
 活動の受入先については、「ひきこもり」に理解のある職場を選びました。現在では、ビル管理会社の理解と協力を得られ、4カ所で清掃に関わる活動をおこなっています。
 メンバーの中には、はじめからフルタイムで働きたいと望む者もいますが、余裕をもって参加してもらいたいため、週一回(ビルの執務者が少ない土曜日あるいは日曜日)のペースで実施しています。また、勤務時間は実働5時間で、休憩や昼食時間は他のアルバイトに比べてゆとりがあります。このようなペースで活動を続けているうちに、物足りなくなったメンバーたちは自分で他のアルバイトなどを見つけ、仕事をするようになっていきます。
 参加メンバーは、同じ施設でおこなっているデイケアなどの活動に関わった人に限定されているので、スタッフも含め顔見知りが多く、安心して参加できるようです。仕事先での各グループも5〜6名の少人数で構成されているため、互いに関わる密度も濃く、他人との関わり方を学ぶ良い機会となっています。
 また、ビル管理会社の現場責任者が定期的に巡回に当たるので、安心して作業をおこなうことができます。時々、分からないことやうまくできないことがある場合は、質問したり、コツを教えてもらうことができます。スタッフも常時一緒にいるので、メンバー間のトラブルなどにも不安は少ないようです。
 作業内容については、メンバーがある程度責任を任され、達成感のあるものが望ましいと考えています。現在は、清掃業務のうち、主に床の洗浄とワックス塗りを任せられ、グループで共同作業を進めています。この作業はチームワークが大切であり、全体の進行具合をみながらおこなっています。
 この活動の報酬は、一般のアルバイトと同額が、メンバーの申し出た銀行口座に振り込まれます。「お金が入って行動範囲が広がった」などと喜び、達成感を持っているようです。


  -2 インターネット相談


リスクと可能性
 現在、さまざまな機関で、「ひきこもり」を呈している本人や家族などを対象にしたインターネット相談が行われはじめています。従来の面接カウンセリングの技法と異なり、本人や家族は電子メールで相談内容を送り、それを受け取ったスタッフは面接を行わないで返信するというプロセスになっています。
 従来の面接相談で対処することが難しい「ひきこもり」状況を、インターネットによって扱っていくためには、相当程度の知識と経験が必要です。対処にあたっては、さまざまなリスクを生じることもあり、相談のプロセスが希薄になる傾向もあり、本人や家族の状態や関係性に注意して、以下のような問題を丁寧に扱う必要があります。
  ●声のトーンや表情といった非言語メッセージを受け取ることが難しく、本人像を誤認しやすい。また、意図しないメッセージを伝えやすい。
  ●インターネットにのめり込みやすく、いわゆる「昼夜逆転」などを引き起こし、社会生活を妨げることがある。
  ●相談頻度が不規則になり、安定した援助関係を維持することが難しい。
  ●相手の理解や反応を直接確認することができない。情報通信のエラーなどにより、相談内容などのプライヴァシーが守られないこともある。
 相談の適用範囲としては、一義的には面接に結び付けるためのサポートとして、メンタルヘルスにかんする説明および専門機関の紹介といった情報提供のサービスがあげられます。医療機関とのネットワークのなかでは、受療の勧奨をおこなうこともできると思います。また、コミュニケーションを補助するために、郵送で連絡しているようなことを、メーリングリストなどを通して伝えることも可能です。
 一方、精神医学的な診断や治療ツールとしてインターネット相談を利用することは、現段階では慎重におこなう必要があります。この場合、問題に対する直接的なアプローチは行わず、面接によるカウンセリングを補完するうえで、自宅にいる本人とコンタクトをとることなどに限定した利用にとどめることが望まれます。

実施する際に必要になる条件
 上記のように、インターネット相談にはさまざまな問題がありますが、人との接触に困難をもっていたり、専門機関で自分の状態や感情を十分に表現できないような状態に対しては、以下の利点をあげることができます。
  ●専門機関まで出向く必要がなく、自宅にいながら相談をおこなうことができる。
  ●氏名や住所などを教える必要がないため、私的な状況を伝えやすい。
  ●夜間や休日など、自由な時間に相談メールを送ることができる。
  ●感情をことばで表現することにより、問題の意識化、外在化に効果的である。
  ●相談の過程を記録、保存することができ、状態の変化を振り返ることができる。
  ●スタッフにとっては、相談内容をチェックし、対処方法を検討して答えることができる。
 相談の枠組みを保証するためには、次のような条件に基づいて、慎重に実施していくことが必要になります。

■インフォームドコンセント
 相談の規則(一回性・情報提供への限定など)を定義付け、さまざまなリスクと限界性(相談内容の記録など)について同意を得ます。また、プライヴァシーの保護などへの倫理的な配慮を示し、スタッフの責任の範囲を理解してもらうことも必要です。どのようなスタッフが相談をおこなっているかを伝えることも重要になることがあります。

■対処の方法
 クライアントの生活リズムを安定させたり、依存関係を防いでいくために、相談時間と頻度、内容量などを調整していきます。主訴と異なる相談内容を制限していくことも必要です。また、担当するスタッフをバックアップする機関の体制も必要です。
 一方、クライアントにとっては相談による変化を自分で受け入れていくことになるため、心理的なアプローチは慎重におこなう必要があります。精神症状が強いときや、行動化を生じる恐れがあるときには、とくに注意が必要となります。

■他の連絡方法の確保
 インターネット相談は緊急対応の困難さを伴います。電子メールによる接触に加えて、可能であれば直接面接するチャンスを用意することが重要です。危機介入のニーズがある場合には、他の連絡方法を確保しておきます。

参考文献:メールカウンセリング「現代のエスプリ -388-」1999.至文堂
NHK 「ひきこもり」サポートキャンペーン:http://www.nhk.or.jp/hikikomori/ 2003.1


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