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1節 面接のポイント

  -1 初回面接


 「ひきこもり」への相談の初回面接も、通常の医療・保健・福祉などの援助の初回面接と基本的に大きくかわることはありません。しかし「ひきこもり」の問題は、家族だけの相談で始まることが多いという特徴や、本人が精神疾患かどうか特定しにくいなどの特徴もあります。したがって、前述したようにまずは家族を相談の対象者として考え、家族の支援に焦点を絞るというスタンスが援助者には求められます。このことを念頭において、まず初回面接の特殊な位置付けを理解しておきます。

初回面接の位置付けを考えておきましょう
(1)初めての出会いですから、双方に、何が起きるか予測がつかないということによる強い不安や緊張がおきます。
(2)特定の精神・心理療法と違って、はっきりと定まった技法があるわけではありません。
(3)決まった場所で行われるとは限りません。家庭、相談室、ときには相談機関の廊下などさまざまです。
(4)「初めよければすべてよし」というのはやや大げさですが、初対面の印象は本人や家族にとって強い印象をあたえます。
つまり、初回面接で援助者には臨機応変な柔軟性が求められます。

初回面接に臨む人の一般的心理を理解しておきましょう
 それだけに、初回面接に来る人の一般的な心理を理解しておくことが、「ひきこもり」本人や家族を理解する糸口として役に立ちます。
1)援助者は、無力感と挫折感に共感します
 自分(達)で問題を解決できず、刀折れ矢尽きて相談に来るのですから、見かけはどうあれ、ひどい無力感や挫折感を抱いています。また、援助者に頼らざるを得ないという状況も本人(達)にとっては苦痛なものです。

2)援助者は、肯定的動機を確認しましょう
 肯定的動機とは、相談をすることによって、何らかの利益を期待するという心理ですが、これには話を聞いてもらいたい、理解してもらいたい、問題を解決したいという比較的合理的な場合から、即座の解決を求めたり、すべて解決してもらいたいなど極端なものまであります。これを、確認するのは次のステップに進む大切な一歩です。

3)援助者は、否定的動機にも配慮します
 先に述べたように、相談することには不安や緊張が付きまといます。これらの不安を読み取り、言葉で伝えることは本人や家族との協力関係を作っていく第一歩になります。次にあげるのは、初回面接でもっともよく見受けられる不安です。
a.何か自分に不利益なことを援助者はするのではないか
b.自分を援助者はどう評価するのか、馬鹿にしたりしないだろうか
c.他人である援助者に自分のことを知られるのはとても恥ずかしい
d.援助者の言うことを聞くと、自分を維持できなくなり、援助者の思うままにされるのではないか
e.こんなこと言ったら援助者に無視され、もう援助してもらえなくなるのではないか
f.この援助者は一体どんな人なのか、信用してよいのだろうか

4)「自家製の診断」を大切にしましょう
 どんな人であれ他者に相談するときに、自分なりの判断を下しているものです。これを自家製の診断といいます。これは、専門家から見ると理屈に合わなかったり、曖昧だったりすることが多いのですが、それでも本人(達)は懸命な努力をして作り上げたものです。「私たちのせいで、この子は「ひきこもり」になった」というのもそのひとつです。まず、援助者は、本人(達)が作った主観的イメージである「自家製の診断」を、頭から否定せず、尊重するところからスタートしましょう。

5)援助の中では、「エンパワメント」に力点をおきましょう
 エンパワメントとは人が「自ら関わる問題状況において生活主体者として自己決定能力を高め、自己を主張し、生きていく力を発揮していくこと」です。具体的な相談の場で現われる姿としては「人が自身を肯定でき、気持ちを楽にして、対処の可能性を見出し、かつ、力量が増えること」ということができましょう。「ひきこもり」の援助の第一歩は、まず相談に訪れた家族がエンパワーされることということができます。

初回面接での援助技法の実際
 これまで述べたことを総論とするなら、次に述べることは各論です。
1)出会う前にほんの少し考える時間を取りましょう
 初対面とはいっても、援助者は事前に本人や家族について多少の情報をもっています。名前、年齢、性はどんな場合でも分っていますし、紹介状があればもっと詳しいことも分っています。5分でも6分でもよいのですが、それらの情報を確認したり、それらをもとに、どんな家族か、どんな人かを一人で思い描いて見ます。この作業は、それ以前の仕事に区切りをつけ、これから始まる面接に対する余裕をつくるのに役立ちます。いわば、心の準備体操なのです。

2)出会ったとき、来所できたこと・ここまでこぎつけたことをねぎらうことから始めましょう
 まず挨拶をします。「○○さんですね、私が○○です」といって、家族が複数のときは、一人一人に会釈をします。これは「私はあなた方の気持を理解しようとしています」という気持を伝えるための大事な援助者の振舞いです。挨拶をしながら、本人達がどれほど不安なのか混乱しているのかなど推し量ってみましょう。
 つぎに話に入りますが、相談の初期段階では、家族や本人は、先に述べた無力感や挫折感、肯定的動機や不安(否定的動機)で、混乱し精神的な孤立感を深めています。そのため「誰かに話をきいてもらいたい」という気持ちから、援助者が何も言わずとも、とめどなく話をする場合があります。このような場合には、ひとまず向こうのペースで話してもらう時間を設けることも必要です。あるいは、こちらから何か切り出すのを待っている場合もあります。そのときは型どおりに「どんな事情でこられましたか」と切り出せばよいでしょう。いずれにしても、家族や本人は援助機関に来るまでにさまざまな苦労や葛藤をしています。援助機関に来ることには、勇気が必要であったかもしれませんし、多くの場所を探してようやっと辿り着いたのかもしれません。そのような苦労を乗り越えて、機関まで相談に来た彼らの努力をねぎらうことは大切です。
 また、本人が来所できないため、家族が相談をしにきている場合、いきなり本人の来所を過度に要求することは控えた方がよいです。「ご家族だけでの相談でもうまくいったケースがある」ということを伝え、本人の来所の有無にかかわらず家族を援助する用意があることを明確に伝えましょう。

3)情報収集の目的は、原因さがしではなく、これからに役立つ材料さがしです
 「III.援助を進めるときの原則」でのべたように家族や本人について知るということの目的は、援助者と家族あるいは本人との共通の目標を立てることにあります。ところで、インテークの面接は、援助機関の習慣によって多少異なるでしょうが、現在の状態のほかに、生育歴、家族歴、既往歴などの情報をとることが通常です。このような面接は、過去のふりかえりになるわけですが、時にそれが「ひきこもり」の原因さがしや犯人さがしの様相を呈し、知らずに専門家が家族の子育てや対応のまずさを責めてしまっていることがあります。
 家族自身が何らかの失敗の結果と「ひきこもり」の状態を捉え、自責的になっていることもあって、否定的な情報が提供されやすいこともその一因です。情報収集は過去の問題をあばきたてるものではなく、これから何をしていくことがよいかを考えるための材料を見つけるためであることを明言してから始めるのがよいでしょう。
 また、エンパワメントの立場では、援助者は「家族ががんばってきたから、ここまで何とかやってこられたのだ」というように話を聞きます。そして、家族や本人が既におこなってきた工夫や対処を積極的に明らかにし、そのような工夫ができたことを積極的に評価しサポートします。このような関わりの中で、家族や本人が「自分がやれていること」に気づき、問題についての捉え方をより肯定的にできる可能性がふくらむのです。

4)「問題」を家族や本人から引き離し、「問題」と「人」は別々のものと考えるようにしましょう
 初回面接で援助者は、家族や本人が、問題に対して少し距離をとって考えるのに役に立つようなメッセージを、しっかりとわかりやすく伝えることが重要です。「II章 援助をおこなう時の原則」の項で述べたような、「さまざまな原因がこうさせたのであって、子育てに問題があったとはいえない」「ひきこもりは誰にでも起こりうる状態である」「本人のなまけや努力不足でもない」などの情報は、このような目的のメッセージの一例です。時には、「「ひきこもり」は災害でケガをしたようなもの。何が原因だったかを探すよりも、これからどうしたらケガから回復できるかを考えるために時間を使いましょう」と、今から未来の対応に向けて話題が整理できるような工夫も必要です。本人=「ひきこもり」、ではなく、本人=「ひきこもり」という困難を抱えた人、という見方も大切です。このようにすると「問題」と「人」を分けて考えることができるので、「人」が問題に「対処する」という考え方にたちやすいのです。

5)家族や本人が初回面接の場で感じている不安を取り上げて、面接のストレスを減らし、援助関係を作っていきましょう
 「ねぎらう」ことと同時に、先に述べた不安を取り上げましょう。先に述べた不安は誰もがもつものです。また、家族や本人はこんなことに苦しんでいるのは世界で自分たちだけだという心理に陥っていることもあります。そこで「○○といったことを感じておられますか」「そうですか、そういった不安は初めての面接のときは誰しも感じるものですよ」などということは、面接のストレスを減少させ、共感の意を伝えることに役立ちます。あるいは、「悩んでいるのは自分達だけではない」と考えるようになるきっかけともなります。

6)次回の来所につなげることが最大の目標です
 「ひきこもり」の解決には、家族の粘り強い長期的な取り組みがどうしても必要です。本人と家族と専門家が、さまざまな葛藤を抱えながらも、工夫や対処を積み重ねるうちに、状況が変化し「ひきこもり」が解消していくのです。したがって、初回面接の目標は「ここに相談に来てよかった、この人達と解決に向けてこれから少しずつでもやっていこう」という気持ちになってもらうことです。これが、家族時には本人にとって命綱になるわけです。「援助をおこなう時の原則 」で述べたことがそのための具体策ですが、とくに次の4点は家族の生活を支える上で重要なことであると思われます。
(1)家族の望んでいる方向に沿うかたちで、近い将来に実現可能性の高い、家族自身の具体的な小さな行動の目標をとりあえずつくる。
(2)暴力・自殺企図などの切迫した状況では、家族の被害が最小限で食い止められるような方向で、対処の提案をする。
(3)次のアポイントメントは必ず決めておく。
(4)(1)から(3)について簡潔に書きとめたものを、家族に手渡す。


 -2 家族面接


「ひきこもり」の援助では〔家族との相談を実施する〕ことが必要です
 「家族との相談を実施する」という考え方は、精神科臨床や地域精神保健の中でしばしばおきることながら、援助の方法論としては、十分定着しているとはいいがたいものがあります。たとえば医療などの面接場面では、本人のみが援助の対象ととらえられており、家族との面接をしても、それはあくまでも本人の援助のための補助的手段として考えられていることがしばしばです。
 しかし、「ひきこもり」の相談においては、当初から本人自身が受診することはまれで、結果的に家族が相談の窓口に訪れることになります。そして、「ひきこもり」の問題を援助していくためには、当面の相談においても、家族との相談を継続することが中心的な課題となるのです。
 そこで、ここでは、一般的な家族面接における家族を通じた支援・援助・治療などの対応から得られた知見をもとに、「「ひきこもり」の家族面接」の概要について紹介していきます。
家族との相談のための前提
■「家族=困っている人=クライエント」という視点が大切です
 医療や保健の場では、医療的な対応が必要な相手を「患者」さんとして考えます。そして、患者さんこそが「病に困っている人」であり、治療や援助の対象ということになります。そのため、家族は医療的な見方では「患者」ではないゆえに、援助の第一の対象とはみなされにくく、むしろ患者さんを助ける存在、患者さんの世話をする存在としての意義が強調されてきました。
 一方、精神科臨床の周辺でおこなわれる相談の一例として「家庭内暴力」への被害相談があります。対子ども(虐待)、対妻や彼女(DV)、対老人(老人虐待)、対親(家庭内暴力)など、暴力のふるわれる対象によって異なる対応がなされています。共通しているのは、これらの相談で来談する多くは「暴力の被害者」であって、暴力をふるった人ではないということです。また、思春期・青年期の不適応に関する相談においても、子ども自身には問題に関する自覚がないため、保護者の相談が中心となっています。つまり、これらの相談においては、来所するのが問題行動を起こしている本人ではなく、影響(被害)を受けている家族であり、家族の困難に焦点をあてて相談が成立しています。つまり、家族=困っている人=相談の対象(クライエント)となっているわけです。
 これらの例と同じように、「ひきこもり」の家族相談においても、なんらかの問題を抱えた本人から影響を受けている人が、精神的に困窮して相談に来るという考え方が有効だと思われます。
 「ひきこもり」の家族は、本人の「ひきこもり」によって日常生活に不安を持っているという意味において「困っている人=クライエント」として見なすべきものだと考えられるのです。

■家族をどのように見ると相談が成立しやすいか
 「ひきこもり」の相談において、相談の場に登場する「家族」の疲れ具合は、他の問題を抱える事例と比べても軽いものではありません。来談にいたるまでに、多くの家族は自らの考え得る方法に基づいて、本人の不適応を改善しようと努力し、できる限りのさまざまな対応を繰り返しています。そうした努力にもかかわらず、本人の「ひきこもり」の状態が維持され、相談に訪れたのです。すでに自分たちなりに一生懸命考えてやってみたが、問題は解決せず、どうしていいかわからなくなって、自信をなくしている状態です。「ひきこもり」の相談に家族が登場した背景には「家族がさまざまな改善の手段を講じたが、それらが無効化されているという前提」があるのだということを心にとめておくことが必要です。
 精神的・心理的に疲弊しきった家族には、まずはこれまでの苦労に対してのねぎらいが不可欠です。家族には、それぞれにとっての事情があります。これまでにしてきた対応の是非について議論しようとすると、その多くは「家族の対応のまずさ」を指摘することにつながりかねません。疲弊している家族にとって、そうした指摘が自分たちの至らなさを確認する場になってしまいかねません。これでは、疲弊しながらも「何とかしたい」と考えて、相談の場に足を運んできたという改善のためのエネルギーを奪ってしまうことにもなりかねません。
 とくに援助の初期の段階では、家族のこれまで行ってきた対応の結果の是非ではなく、家族が対処してきたことそのものに焦点を当て、家族の努力と苦労をねぎらうようにしましょう。

■家族自身が、援助を必要とする存在です
 家族は本人のことに困っていながらも、精神的・社会的には健康な存在であるという前提が、家族への援助を困難にしていることがあります。家族が困窮していることをつい忘れ、本人の援助に役立つような適切な指導・助言を行えば、それにしたがって多様な行動を家族がとれるはずだと考えてしまうことになりがちです。過剰な期待を家族に持ってしまい、援助者の思うとおりに行動できない家族を「家族は援助を攪乱する否定的存在だ」などと、援助者はとらえてしまいがちです。しかし、実際におきていることといえば、家族自身が本人の問題から影響を受け、困難を抱え、悪循環にはまって疲弊し、援助を必要としている状態だということです。
 家族がそういう状態にあるのだということを理解して、単純に「家族と相談を繰り返す」ということを維持するだけでも、家族や本人に変化を引き起こす最大の要因となることがあるのです。
複数成員と家族面接をおこなう際の留意点
 家族という単位との相談には、個人を対象とした相談とは異なるいくつかのポイントがあります。以下では、複数の家族成員で構成される「家族」という単位との面接をおこなう際の留意点を概観していきます。

■家族という集団に入れてもらう
 家族との相談関係を作るためには、まず、家族という集団に援助者が「入れてもらう」ことが大切です。
 それぞれの家族は、その家族にとってごく自然な関わり方や価値観を持っています。たとえば「両親は意見が一致していることが必要」とか「家族を代表して話をするのは母親である」といったものです。ところが、それがときには援助者の価値観と異なるがために、その関わり方に違和感を感じて、指摘したくなることもあります。「何が問題なのか」という目で見て、「変」に思ったことをすぐにでもやめさせたくなるのは、「問題探し」に慣れてしまった援助者のクセかもしれません。
 しかし、いろいろな関わりによって成り立っている家族という集団に受け入れられるためには、まず、家族に生じている関係をそのままこちらも受け入れ、可能な限り家族が普段行っている振る舞いが面接の場でもごく自然に行えるよう、援助者が関わっていくことが大切です。援助者の考えをいきなり押しつけるのではなく、家族のもっているパターンに援助者が合わせてみるのです。そうすることで家族も、強い抵抗を感じることなく援助者を受け入れやすくなります。

■家族成員間で共有できる、合意事項を作り続けていきます
 家族は複数の人で構成されているわけですが、家族成員のそれぞれの考え方や未来に対する予測・期待・あきらめなどについて、明確な合意がいつもあるわけではありません。それでも日頃の生活ができているのが、ふつうの姿です。
 ところが、家族が相談に訪れるような状況においては、どうしても家族のあいだ−とくに両親のあいだ−に合意事項があるかどうかが気になるものです。両親の間が対立的であったり、情緒的なつながりが上手く持てなかったりという状態をみかけると、家族との相談を進めることが難しいと、援助者側が思い込んでしまうことがみられます。また、家族がさまざまな改善の手段を講じたものの、よい結果が得られないままに続いている「ひきこもり」の状態では、家族のあいだで合意していることがあいまいになっている場合が多々あります。そこで、家族それぞれの対応や努力を有効なものにしていくためにも、また援助者もおちついて関わり続けていくためにも、相談の場で、家族のあいだでほんの少しでも合意事項を作り上げていくことが大切となります。
 その合意事項は、日常生活の中では、ごくごく小さな行為や目標であってもいいのです。たとえば、ひきこもっている本人への働きかけについて、家族それぞれの希望を詳しく聞き取り、その意図や考え方、本人に対する見方などの中から、共通する部分を明確にしていくという作業などがそれにあたります。一見何でもないような作業ですが、これは「家族が目標や可能性を共有できるため」におこなうもので、こうした積み重ねを繰り返すことがひきこもっている本人への対応を新しく作り上げていくことにつながるのです。

■既に起こっている変化を見つける
 家族との相談において最も有効なことは、家族が積極的に取り上げないような「変化」に注目して、話題に取り上げることです。「ひきこもり」の相談では、日常の行動が決まり切っているかのようなことが多く、家族が積極的に変化を報告することはまれです。むしろ、「何も変わらない」という報告がほとんどです。しかし、日常的な何気ないできごとの中には、さまざまな変化が隠されていることが多く、その変化を見つけ出すことが大切なのです。
 たとえば、誰も家人がいないため、仕方なく近くのコンビニまで買い物に出かけたこと、これがひきこもっている本人にとって大きな冒険となっていることがあります。本人が「仕方なくコンビニに行く」という行動ができているならば、家族の意図の有無にかかわらず、両親は「家にいないようにすること」で、本人の社会との接点を作ろうとしたと考えることもできます。このような変化は、何気ない日常の生活の中から生まれたもので、家族にとっては見逃されてしまっている大切な変化へのきっかけとなることがあるのです。

■まず、家族の日常生活を改善し、未来の可能性を広げる
 援助にとって最も必要なことは未来の可能性を広げることです。具体的な感覚として表現するなら、「今やっていることをつづけていれば、何とかなるかもしれない」というものです。「ひきこもり」の相談において最も必要とされているのは、この未来に対する可能性を作り上げることだといえます。そこで必要なことは、「ひきこもり」の本人への対処だけではなく、相談に来談している家族にとっての日常生活の改善です。
 たとえば、「ひきこもり」の本人に気遣うあまり、家族の日常に極度な制限が加わっているのであれば、両親が社会的な場面に出ていけるようにすることや、息抜きのための行動を奨励することからはじめることも有効です。困難を抱えていながらも、自分たちのために自由に時間をすごすことで、すこし家族が余裕をとりもどすことができれば、家族が「もう少しがんばってみよう」という気持ちが湧いてくるかもしれません。一般的に、本人を変えようといろいろと試みるよりも、家族が自分たちの生活を変えることを目標とした方が容易に実行できることであり、効果的です。本人への対応を中心とした日常から、本人をすこしは気遣いながらも自分たちのペースで生活できるように変われたら、かならず家族と本人の関係も変わりはじめます。そしてそこにこれまでとは異なることができる可能性がふくらむことがあるのです。

■なれていない緊張を僅かずつ試してみる
 どのような家族にも、一定以上の緊張を生まないような「閾値」(限界)の設定があり、その「閾値」を守るための行動は、多くの場合意識されないまま定着しています。たとえば、ある家族にとって父親と本人のやりとりが続くと、母親が泣き出したり、父親が対話の場から外れたりするなど、緊張の高い場面を避けようとするなどの気づかいがされます。こうした行動をすることによって家族の安定が保たれるわけですが、家族の中に問題が生じている場合には、これらの行動のために変化がおきにくく、悪循環と呼ばれるどうどうめぐりが生じている場合も多いのです。
 「ひきこもり」が長期にわたって続いていれば、家族の間に高い緊張が生じないようにするため、必要以上に緊張回避のための行動がおこっていることがあります。家族にとって緊張をはらんだ対話は苦痛をもたらすものですが、その一方で、こうした緊張がこれまでにない発想や展開の糸口となることがあるのです。そこで、家族の緊張回避の行動に共感しながら、それを家族が受け入れられる程度に僅かずつ変化を求めるように提案することが有効なこともあります。今まで以上に緊張に耐えられるようにすることで、今までとは違った行動がとれるように、家族を支えるのです。
 たとえば、上述の例ですと母親は泣きたくなるのを少しがまんし、父親も今までよりすこしだけがんばって本人と話を続けるようにすることです。また、父親が話をしている場から離れたくなっても、少しリラックスできるような話をしてから場を離れるようにするなどです。このようにして、すこしだけ緊張を生みだす中で、何かこれまでと違った発想が生まれやしなかったか、何か違ったことがおこらなかったかをていねいに聞くうちに、今までとは異なる可能性が生まれてくることもあるのです。

家族面接の勘所
 「ひきこもり」の家族との面接は、他の相談と比べても比較的長期にわたる傾向があります。本人の変化を考えても、悪循環からの離脱、本人の社会への再参加の試行錯誤、今までとは異なる生活目標の設定、そして徐々にとりもどしていく社会性などの経過があります。したがって、本人の成長あるいは社会的なリハビリにより沿うように、家族面接も続けられる必要があるのです。そのことをあらかじめ心にとめ、ていねいに関係を作っていこうとする姿勢がまずは大切です。
 すぐにでも何とかなると安易に考えて取り組んだ場合、援助者が早期に変化がおこらないことは、相談に関与するそれぞれにとって心理的な負担となって、気力と時間を浪費しているかのように感じられることも少なくありません。いわば、問題にエネルギーを奪われているかのような錯覚に陥ってしまいかねないのです。とくに家族にとっては、「ひきこもり」が改善していないと感じてしまうと、まるで無意味な相談を続けているかのように思えることも少なくありません。その意味で家族面接は、家族の相談意欲が持続できるような働きかけが最優先と考えたほうがよいのです。つまり、面接の要点を「一発逆転」のような問題解決に置くのではなく、持続的な社会的接点として相談に来るといった「関わり」を大事にして、家族が孤立しないように援助することが大切です。
 同様に、援助者自身が早計に自分の関わりの効果の有無を判断することは避けた方がいよいでしょう。面接をおこなうことによって大きな変化が急激に起きることはなくても、それでもここまで述べたような家族との面接をおこなうことによって、半年、一年と僅かずつの変化は導入されていることが少なくないのです。「ひきこもり」の相談においては、その多くが見えない程度の僅かずつの変化の積み重ねによって、日常の中にさまざまな変化が生まれてくるものです。


 -3 本人との面接


本人との面接における基本姿勢
 「ひきこもり」という問題をもつ人との援助関係が繊細で中断しやすいことは、その問題の性質上、避けがたいことといえるでしょう。それだけに、まずは関係をつくること、そして関係を維持することが、本人への援助における重要な課題となります。「何かあったら連絡してください」といった約束だけでは、なかなか建設的な援助関係を築くことはできません。次回の予約をしたうえで面接を終了すること、できれば定期的に会うことを原則とした方がよいでしょう。また、グループを活用して支援しているケースにおいても、グループでの体験について話し合える“基地”のような個別面接の枠がある方がよいと思います。
 「良い面接をしよう」「安心して参加できる良いグループを運営しよう」といった熱意と工夫が援助者に求められることは言うまでもありませんが、どんなに良い面接を心がけても、彼らが面接やグループに対する幻滅を感じることは多かれ少なかれあるものです。そのような陰性感情を抱かせないように努力することが重要なのではなく、さまざまな気持ちを抱きながらも、援助者やグループとの関係が維持できるようになることが課題となります。そのためには、彼らが援助者やグループに対して抱いている気持ちに細心の注意を払い、その感情や情緒を個別面接の中で共有できるようになることが一つの目標になるでしょう。援助関係からひきこもろうとする局面は、同時に、彼らの成長に貢献できる好機でもあります。
 また、ご本人が「対人関係がうまくいかない」「社会に出て行けない」といった本質的な問題を明確に意識して来談しているとは限りませんし、最初から相談の継続が難しいと思われるケースもあります。たとえば、現実的とは思えないような解決策に固執する人や、すべての要求・期待に応じられない援助者に、すぐにも見切りをつけそうな人などに対しては、たとえご本人の意に沿わなくても、そのアイデアが建設的であるとは思えないこと、そして問題解決までに必要なプロセスや援助者の考えを明確に伝えておく必要があるかもしれません。その結果、一旦は援助関係が切れてしまっても、以前より明確な動機付けをもって改めて来談してくる人もいますし、別の援助者との間で、より建設的な関係を結べるようになるかもしれません。
 初期の面接では、ご本人がどのような不安や葛藤を感じているのか、あるいは、どのような希望をもっているのかを話し合うことができるとよいと思います。ご本人のもつ力に目を向け、自己効力感を高めようとする姿勢を保ちながら、情緒的な交流と社会的自立を促進することが課題となります。問題を性急に解決しようとするより、「長い付き合いになる」という心積もりをしておいた方がよいと思います。また、「ひきこもりは・・・」といった一般論を過信せず、目の前にいるご本人の話をよく聴き、何が起こっているのかを理解しようとする姿勢が重要です。
 こうした面接過程において、薬物療法の対象となるような精神症状で悩んでいることが語られたり、軽い知的な遅れや発達の偏りがあることがわかってくることもありますので、「ひきこもり」ケースの背景が多様であることは常に念頭に置いておきましょう。たとえば、(1)援助を進めてゆくうえで、薬物療法などの医療的ケアが必要であろうと思われるケース、(2)知的な遅れや発達の偏りにも留意しながら援助を進める必要があるケース、(3)精神(心理)療法的アプローチや心理社会的アプローチにより重点が置かれるケース、という三群に分けて考えてみると、その後の援助や面接の進め方について見通しを立てやすくなるでしょう。以下、それぞれのタイプにおける面接について述べます。ただし、本人との面接だけで生活状況に速やかな変化がみられるケースばかりではないので、できれば家族相談やその他の心理社会的アプローチを並行して継続することをお勧めします。

継続的な面接の進め方
(1)援助を進めてゆくうえで、薬物療法などの医療的ケアが必要であろうと思われるケース
 「ひきこもり」の背景に、統合失調症や気分障害(うつ病、抑うつ状態)などの精神疾患が関与しており、薬物療法の有効性に期待できる人たちがいます。強迫性障害やパニック障害、社会恐怖(社会性不安障害)などに対しても、薬物療法の有効性が指摘されています。また、PTSDや摂食障害を背景としているケースもあり、これらに対しては、まずは受診援助が中心となるでしょう。
 受診を援助する際には、継続的な援助の文脈を大事にしながら、「ひきこもりのことで病院へ行く」のではなく、「あなたが困っている問題を軽くするために病院を利用する」というようにするとよいですが、なかなか受診に同意しない人もいます。「病気や症状に苦しめられているあなた」「その病気もあなたの一部分だけど、そうでない、前から変わらないあなた」というように、本来の健康な側面に焦点を当てることで、ご本人の対処能力を引き出すことができる場合もあります。いずれにせよ、薬物療法を中心とした精神科治療だけですべての問題が解決することは多くなく、自立と社会参加に向けた継続的・複合的な援助が原則でしょう。

(2)発達の遅れや偏りに留意しながら関わってゆく必要があるケース
 軽度知的障害や広汎性発達障害など、発達上の問題をもつ人と面接する際には、以下のような配慮が必要でしょう。まず、わかりやすく簡潔な言葉遣いを心がけましょう。わかっているかのようにみえても、ご本人がこちらの質問や発言の意味を理解していないこともあります。こうした場合には、別の言葉で言い替えてみることの他、パンフレットを見せながら説明する、状況を図示しながら面接するなど、視覚的な情報伝達を活用してみるとよいかもしれません。また彼らは、これまで一生懸命に取り組んでも周囲からは評価されない経験や、いじめ、からかいの対象とされてきた体験をもつことが少なくありません。自尊心は傷ついており、援助者の些細な言動を極端に被害的に受け取ることもあります。リラックスした雰囲気の中にも、丁寧で誠実な対応が大切です。
 ご本人の希望を尊重しながら、少しずつステップアップできればよいと思いますが、話し言葉の理解や読み、書字、状況の理解や見通しをたてること、作業能力など、全体的な印象からは把握しきれないような不得意な領域をもっていることがあります。あるいは、円滑な対人関係を妨げるようなこだわりがみられることもありますので、その人の全体的な適応能力や得意、不得意を的確に把握しておく必要があります。この際、知能・心理検査の所見は大いに参考になりますので、適当な関係機関につなぎ、今後の援助方針や社会資源などについて助言を求めることをお勧めします。
 暴力や性的な問題行動などがみられることもありますが、家族の関わり方や環境側の条件を調整することで速やかに解決することもありますので、問題行動の背景と生活状況を丁寧に見直してみることが重要です。しかし、ケースの理解やマネジメントに不安を感じるようであれば、助言を求められるような関係機関やスーパーバイザーの確保を検討しましょう。

(3)精神(心理)療法的アプローチや心理社会的アプローチが中心になるケース
a.援助者が抱えることになるジレンマについて
 多くの援助者・面接担当者は、こうしたケースの面接において、「ほかの相談ケースより緊張する」「何を話したらよいのかわからない」「深入りすると、傷つけてしまうのではないか」「そうかと言って、世間話や趣味の話ばかりしていても・・・」といった戸惑いを感じるものと思われます。この一群の人たちは、しばしば「人と関わるか関わらないか」「近づくか離れるか」といった強いジレンマを抱えていますので、彼らとの面接で援助者が同じような戸惑いを感じること、そして、彼らへの援助が一進一退の経過をとることは当然のことといえるでしょう。
 援助者が、こうしたジレンマや、「自分はこのケースに少しも役に立っていない」といった不安、焦り、無力感に耐え切れないときに、援助姿勢・方針を急激に変更するなどして中断につながることが多いように思われます。まずは性急に何とかしようとしすぎず、関心を払いつづけることが大切です。

b.行動化への対処
 ときには、激しい行動化が生じる場合があることも予測しておく必要があります。行動化は、援助者やグループとの関係が深まりつつあり、もっと近づきたいという思いとその不満や幻滅が感じられる時期に起きやすいようです。長い経過の中では、境界例のケースにみられるような“しがみつき”や自傷行為、家族への暴力がエスカレートするなど、危機介入を要するような局面があるかもしれません。行動化への対処に不安を感じる場合には、関係機関や助言者にコンサルテーションを求める必要があるでしょう。

c.変化を阻む“心のクセ”について
 少しずつ改善しているかのようにみえても、結局は何の変化も起きないまま延々と長期化するケースがあります。このようなケースの面接は、ご本人が抱いている社会や他者に対する軽蔑や、「やろうと思えば、いつだって、何だってやれる」「一発逆転のウルトラCがあるはず」といった万能的な感覚、自らの課題に直面することの回避、あるいは「すべて誰かに何とかしてもらいたい」といった依存性、自らをさらに悪い状況に追い込もうとするかのような自己破壊的な傾向などによって進展が阻まれ、そこから抜け出せなくなっていることがあります。
 「自信をもたせてあげれば・・・」「待ってあげれば、いつかは・・・」といった援助者の姿勢は、しばしばこうした“心のクセ”の解決を遅らせますし、社会的ブランクが長引くことで、かえって強化させてしまうかもしれません。ある程度の信頼関係が築かれていれば、「長引けば長引くほど動き出しづらくなってしまうことに、あなたも気づいているのではなよいでしょうか。いろいろな不安もあるでしょうし、人間関係の問題もすぐには解決しないかもしれませんが、就労や進路の決定については先延ばしにしてもメリットがないと思うので、早いうちに取り組んでみた方がよいように思います」と率直に伝えることが有効かもしれません。しかし実際には、援助者がこうした“心のクセ”に対処できず、深刻な行き詰まりに陥ったり、人生を台無しにしてしまうような不毛な「ひきこもり」に加担してしまうこともありますので、適切なスーパービジョンが必要な局面であると考えられます。


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