1節 面接のポイント
-1 初回面接
「ひきこもり」への相談の初回面接も、通常の医療・保健・福祉などの援助の初回面接と基本的に大きくかわることはありません。しかし「ひきこもり」の問題は、家族だけの相談で始まることが多いという特徴や、本人が精神疾患かどうか特定しにくいなどの特徴もあります。したがって、前述したようにまずは家族を相談の対象者として考え、家族の支援に焦点を絞るというスタンスが援助者には求められます。このことを念頭において、まず初回面接の特殊な位置付けを理解しておきます。
初回面接の位置付けを考えておきましょう |
(1) | 初めての出会いですから、双方に、何が起きるか予測がつかないということによる強い不安や緊張がおきます。 |
(2) | 特定の精神・心理療法と違って、はっきりと定まった技法があるわけではありません。 |
(3) | 決まった場所で行われるとは限りません。家庭、相談室、ときには相談機関の廊下などさまざまです。 |
(4) | 「初めよければすべてよし」というのはやや大げさですが、初対面の印象は本人や家族にとって強い印象をあたえます。 |
初回面接に臨む人の一般的心理を理解しておきましょう |
2)援助者は、肯定的動機を確認しましょう
肯定的動機とは、相談をすることによって、何らかの利益を期待するという心理ですが、これには話を聞いてもらいたい、理解してもらいたい、問題を解決したいという比較的合理的な場合から、即座の解決を求めたり、すべて解決してもらいたいなど極端なものまであります。これを、確認するのは次のステップに進む大切な一歩です。
3)援助者は、否定的動機にも配慮します
先に述べたように、相談することには不安や緊張が付きまといます。これらの不安を読み取り、言葉で伝えることは本人や家族との協力関係を作っていく第一歩になります。次にあげるのは、初回面接でもっともよく見受けられる不安です。
a. | 何か自分に不利益なことを援助者はするのではないか |
b. | 自分を援助者はどう評価するのか、馬鹿にしたりしないだろうか |
c. | 他人である援助者に自分のことを知られるのはとても恥ずかしい |
d. | 援助者の言うことを聞くと、自分を維持できなくなり、援助者の思うままにされるのではないか |
e. | こんなこと言ったら援助者に無視され、もう援助してもらえなくなるのではないか |
f. | この援助者は一体どんな人なのか、信用してよいのだろうか |
4)「自家製の診断」を大切にしましょう
どんな人であれ他者に相談するときに、自分なりの判断を下しているものです。これを自家製の診断といいます。これは、専門家から見ると理屈に合わなかったり、曖昧だったりすることが多いのですが、それでも本人(達)は懸命な努力をして作り上げたものです。「私たちのせいで、この子は「ひきこもり」になった」というのもそのひとつです。まず、援助者は、本人(達)が作った主観的イメージである「自家製の診断」を、頭から否定せず、尊重するところからスタートしましょう。
5)援助の中では、「エンパワメント」に力点をおきましょう
エンパワメントとは人が「自ら関わる問題状況において生活主体者として自己決定能力を高め、自己を主張し、生きていく力を発揮していくこと」です。具体的な相談の場で現われる姿としては「人が自身を肯定でき、気持ちを楽にして、対処の可能性を見出し、かつ、力量が増えること」ということができましょう。「ひきこもり」の援助の第一歩は、まず相談に訪れた家族がエンパワーされることということができます。
初回面接での援助技法の実際 |
2)出会ったとき、来所できたこと・ここまでこぎつけたことをねぎらうことから始めましょう
まず挨拶をします。「○○さんですね、私が○○です」といって、家族が複数のときは、一人一人に会釈をします。これは「私はあなた方の気持を理解しようとしています」という気持を伝えるための大事な援助者の振舞いです。挨拶をしながら、本人達がどれほど不安なのか混乱しているのかなど推し量ってみましょう。
つぎに話に入りますが、相談の初期段階では、家族や本人は、先に述べた無力感や挫折感、肯定的動機や不安(否定的動機)で、混乱し精神的な孤立感を深めています。そのため「誰かに話をきいてもらいたい」という気持ちから、援助者が何も言わずとも、とめどなく話をする場合があります。このような場合には、ひとまず向こうのペースで話してもらう時間を設けることも必要です。あるいは、こちらから何か切り出すのを待っている場合もあります。そのときは型どおりに「どんな事情でこられましたか」と切り出せばよいでしょう。いずれにしても、家族や本人は援助機関に来るまでにさまざまな苦労や葛藤をしています。援助機関に来ることには、勇気が必要であったかもしれませんし、多くの場所を探してようやっと辿り着いたのかもしれません。そのような苦労を乗り越えて、機関まで相談に来た彼らの努力をねぎらうことは大切です。
また、本人が来所できないため、家族が相談をしにきている場合、いきなり本人の来所を過度に要求することは控えた方がよいです。「ご家族だけでの相談でもうまくいったケースがある」ということを伝え、本人の来所の有無にかかわらず家族を援助する用意があることを明確に伝えましょう。
3)情報収集の目的は、原因さがしではなく、これからに役立つ材料さがしです
「III.援助を進めるときの原則」でのべたように家族や本人について知るということの目的は、援助者と家族あるいは本人との共通の目標を立てることにあります。ところで、インテークの面接は、援助機関の習慣によって多少異なるでしょうが、現在の状態のほかに、生育歴、家族歴、既往歴などの情報をとることが通常です。このような面接は、過去のふりかえりになるわけですが、時にそれが「ひきこもり」の原因さがしや犯人さがしの様相を呈し、知らずに専門家が家族の子育てや対応のまずさを責めてしまっていることがあります。
家族自身が何らかの失敗の結果と「ひきこもり」の状態を捉え、自責的になっていることもあって、否定的な情報が提供されやすいこともその一因です。情報収集は過去の問題をあばきたてるものではなく、これから何をしていくことがよいかを考えるための材料を見つけるためであることを明言してから始めるのがよいでしょう。
また、エンパワメントの立場では、援助者は「家族ががんばってきたから、ここまで何とかやってこられたのだ」というように話を聞きます。そして、家族や本人が既におこなってきた工夫や対処を積極的に明らかにし、そのような工夫ができたことを積極的に評価しサポートします。このような関わりの中で、家族や本人が「自分がやれていること」に気づき、問題についての捉え方をより肯定的にできる可能性がふくらむのです。
4)「問題」を家族や本人から引き離し、「問題」と「人」は別々のものと考えるようにしましょう
初回面接で援助者は、家族や本人が、問題に対して少し距離をとって考えるのに役に立つようなメッセージを、しっかりとわかりやすく伝えることが重要です。「II章 援助をおこなう時の原則」の項で述べたような、「さまざまな原因がこうさせたのであって、子育てに問題があったとはいえない」「ひきこもりは誰にでも起こりうる状態である」「本人のなまけや努力不足でもない」などの情報は、このような目的のメッセージの一例です。時には、「「ひきこもり」は災害でケガをしたようなもの。何が原因だったかを探すよりも、これからどうしたらケガから回復できるかを考えるために時間を使いましょう」と、今から未来の対応に向けて話題が整理できるような工夫も必要です。本人=「ひきこもり」、ではなく、本人=「ひきこもり」という困難を抱えた人、という見方も大切です。このようにすると「問題」と「人」を分けて考えることができるので、「人」が問題に「対処する」という考え方にたちやすいのです。
5)家族や本人が初回面接の場で感じている不安を取り上げて、面接のストレスを減らし、援助関係を作っていきましょう
「ねぎらう」ことと同時に、先に述べた不安を取り上げましょう。先に述べた不安は誰もがもつものです。また、家族や本人はこんなことに苦しんでいるのは世界で自分たちだけだという心理に陥っていることもあります。そこで「○○といったことを感じておられますか」「そうですか、そういった不安は初めての面接のときは誰しも感じるものですよ」などということは、面接のストレスを減少させ、共感の意を伝えることに役立ちます。あるいは、「悩んでいるのは自分達だけではない」と考えるようになるきっかけともなります。
6)次回の来所につなげることが最大の目標です
「ひきこもり」の解決には、家族の粘り強い長期的な取り組みがどうしても必要です。本人と家族と専門家が、さまざまな葛藤を抱えながらも、工夫や対処を積み重ねるうちに、状況が変化し「ひきこもり」が解消していくのです。したがって、初回面接の目標は「ここに相談に来てよかった、この人達と解決に向けてこれから少しずつでもやっていこう」という気持ちになってもらうことです。これが、家族時には本人にとって命綱になるわけです。「援助をおこなう時の原則 」で述べたことがそのための具体策ですが、とくに次の4点は家族の生活を支える上で重要なことであると思われます。
(1) | 家族の望んでいる方向に沿うかたちで、近い将来に実現可能性の高い、家族自身の具体的な小さな行動の目標をとりあえずつくる。 |
(2) | 暴力・自殺企図などの切迫した状況では、家族の被害が最小限で食い止められるような方向で、対処の提案をする。 |
(3) | 次のアポイントメントは必ず決めておく。 |
(4) | (1)から(3)について簡潔に書きとめたものを、家族に手渡す。 |
-2 家族面接
「ひきこもり」の援助では〔家族との相談を実施する〕ことが必要です |
家族との相談のための前提 |
■家族をどのように見ると相談が成立しやすいか
「ひきこもり」の相談において、相談の場に登場する「家族」の疲れ具合は、他の問題を抱える事例と比べても軽いものではありません。来談にいたるまでに、多くの家族は自らの考え得る方法に基づいて、本人の不適応を改善しようと努力し、できる限りのさまざまな対応を繰り返しています。そうした努力にもかかわらず、本人の「ひきこもり」の状態が維持され、相談に訪れたのです。すでに自分たちなりに一生懸命考えてやってみたが、問題は解決せず、どうしていいかわからなくなって、自信をなくしている状態です。「ひきこもり」の相談に家族が登場した背景には「家族がさまざまな改善の手段を講じたが、それらが無効化されているという前提」があるのだということを心にとめておくことが必要です。
精神的・心理的に疲弊しきった家族には、まずはこれまでの苦労に対してのねぎらいが不可欠です。家族には、それぞれにとっての事情があります。これまでにしてきた対応の是非について議論しようとすると、その多くは「家族の対応のまずさ」を指摘することにつながりかねません。疲弊している家族にとって、そうした指摘が自分たちの至らなさを確認する場になってしまいかねません。これでは、疲弊しながらも「何とかしたい」と考えて、相談の場に足を運んできたという改善のためのエネルギーを奪ってしまうことにもなりかねません。
とくに援助の初期の段階では、家族のこれまで行ってきた対応の結果の是非ではなく、家族が対処してきたことそのものに焦点を当て、家族の努力と苦労をねぎらうようにしましょう。
■家族自身が、援助を必要とする存在です
家族は本人のことに困っていながらも、精神的・社会的には健康な存在であるという前提が、家族への援助を困難にしていることがあります。家族が困窮していることをつい忘れ、本人の援助に役立つような適切な指導・助言を行えば、それにしたがって多様な行動を家族がとれるはずだと考えてしまうことになりがちです。過剰な期待を家族に持ってしまい、援助者の思うとおりに行動できない家族を「家族は援助を攪乱する否定的存在だ」などと、援助者はとらえてしまいがちです。しかし、実際におきていることといえば、家族自身が本人の問題から影響を受け、困難を抱え、悪循環にはまって疲弊し、援助を必要としている状態だということです。
家族がそういう状態にあるのだということを理解して、単純に「家族と相談を繰り返す」ということを維持するだけでも、家族や本人に変化を引き起こす最大の要因となることがあるのです。
複数成員と家族面接をおこなう際の留意点 |
■家族という集団に入れてもらう
家族との相談関係を作るためには、まず、家族という集団に援助者が「入れてもらう」ことが大切です。
それぞれの家族は、その家族にとってごく自然な関わり方や価値観を持っています。たとえば「両親は意見が一致していることが必要」とか「家族を代表して話をするのは母親である」といったものです。ところが、それがときには援助者の価値観と異なるがために、その関わり方に違和感を感じて、指摘したくなることもあります。「何が問題なのか」という目で見て、「変」に思ったことをすぐにでもやめさせたくなるのは、「問題探し」に慣れてしまった援助者のクセかもしれません。
しかし、いろいろな関わりによって成り立っている家族という集団に受け入れられるためには、まず、家族に生じている関係をそのままこちらも受け入れ、可能な限り家族が普段行っている振る舞いが面接の場でもごく自然に行えるよう、援助者が関わっていくことが大切です。援助者の考えをいきなり押しつけるのではなく、家族のもっているパターンに援助者が合わせてみるのです。そうすることで家族も、強い抵抗を感じることなく援助者を受け入れやすくなります。
■家族成員間で共有できる、合意事項を作り続けていきます
家族は複数の人で構成されているわけですが、家族成員のそれぞれの考え方や未来に対する予測・期待・あきらめなどについて、明確な合意がいつもあるわけではありません。それでも日頃の生活ができているのが、ふつうの姿です。
ところが、家族が相談に訪れるような状況においては、どうしても家族のあいだ−とくに両親のあいだ−に合意事項があるかどうかが気になるものです。両親の間が対立的であったり、情緒的なつながりが上手く持てなかったりという状態をみかけると、家族との相談を進めることが難しいと、援助者側が思い込んでしまうことがみられます。また、家族がさまざまな改善の手段を講じたものの、よい結果が得られないままに続いている「ひきこもり」の状態では、家族のあいだで合意していることがあいまいになっている場合が多々あります。そこで、家族それぞれの対応や努力を有効なものにしていくためにも、また援助者もおちついて関わり続けていくためにも、相談の場で、家族のあいだでほんの少しでも合意事項を作り上げていくことが大切となります。
その合意事項は、日常生活の中では、ごくごく小さな行為や目標であってもいいのです。たとえば、ひきこもっている本人への働きかけについて、家族それぞれの希望を詳しく聞き取り、その意図や考え方、本人に対する見方などの中から、共通する部分を明確にしていくという作業などがそれにあたります。一見何でもないような作業ですが、これは「家族が目標や可能性を共有できるため」におこなうもので、こうした積み重ねを繰り返すことがひきこもっている本人への対応を新しく作り上げていくことにつながるのです。
■既に起こっている変化を見つける
家族との相談において最も有効なことは、家族が積極的に取り上げないような「変化」に注目して、話題に取り上げることです。「ひきこもり」の相談では、日常の行動が決まり切っているかのようなことが多く、家族が積極的に変化を報告することはまれです。むしろ、「何も変わらない」という報告がほとんどです。しかし、日常的な何気ないできごとの中には、さまざまな変化が隠されていることが多く、その変化を見つけ出すことが大切なのです。
たとえば、誰も家人がいないため、仕方なく近くのコンビニまで買い物に出かけたこと、これがひきこもっている本人にとって大きな冒険となっていることがあります。本人が「仕方なくコンビニに行く」という行動ができているならば、家族の意図の有無にかかわらず、両親は「家にいないようにすること」で、本人の社会との接点を作ろうとしたと考えることもできます。このような変化は、何気ない日常の生活の中から生まれたもので、家族にとっては見逃されてしまっている大切な変化へのきっかけとなることがあるのです。
■まず、家族の日常生活を改善し、未来の可能性を広げる
援助にとって最も必要なことは未来の可能性を広げることです。具体的な感覚として表現するなら、「今やっていることをつづけていれば、何とかなるかもしれない」というものです。「ひきこもり」の相談において最も必要とされているのは、この未来に対する可能性を作り上げることだといえます。そこで必要なことは、「ひきこもり」の本人への対処だけではなく、相談に来談している家族にとっての日常生活の改善です。
たとえば、「ひきこもり」の本人に気遣うあまり、家族の日常に極度な制限が加わっているのであれば、両親が社会的な場面に出ていけるようにすることや、息抜きのための行動を奨励することからはじめることも有効です。困難を抱えていながらも、自分たちのために自由に時間をすごすことで、すこし家族が余裕をとりもどすことができれば、家族が「もう少しがんばってみよう」という気持ちが湧いてくるかもしれません。一般的に、本人を変えようといろいろと試みるよりも、家族が自分たちの生活を変えることを目標とした方が容易に実行できることであり、効果的です。本人への対応を中心とした日常から、本人をすこしは気遣いながらも自分たちのペースで生活できるように変われたら、かならず家族と本人の関係も変わりはじめます。そしてそこにこれまでとは異なることができる可能性がふくらむことがあるのです。
■なれていない緊張を僅かずつ試してみる
どのような家族にも、一定以上の緊張を生まないような「閾値」(限界)の設定があり、その「閾値」を守るための行動は、多くの場合意識されないまま定着しています。たとえば、ある家族にとって父親と本人のやりとりが続くと、母親が泣き出したり、父親が対話の場から外れたりするなど、緊張の高い場面を避けようとするなどの気づかいがされます。こうした行動をすることによって家族の安定が保たれるわけですが、家族の中に問題が生じている場合には、これらの行動のために変化がおきにくく、悪循環と呼ばれるどうどうめぐりが生じている場合も多いのです。
「ひきこもり」が長期にわたって続いていれば、家族の間に高い緊張が生じないようにするため、必要以上に緊張回避のための行動がおこっていることがあります。家族にとって緊張をはらんだ対話は苦痛をもたらすものですが、その一方で、こうした緊張がこれまでにない発想や展開の糸口となることがあるのです。そこで、家族の緊張回避の行動に共感しながら、それを家族が受け入れられる程度に僅かずつ変化を求めるように提案することが有効なこともあります。今まで以上に緊張に耐えられるようにすることで、今までとは違った行動がとれるように、家族を支えるのです。
たとえば、上述の例ですと母親は泣きたくなるのを少しがまんし、父親も今までよりすこしだけがんばって本人と話を続けるようにすることです。また、父親が話をしている場から離れたくなっても、少しリラックスできるような話をしてから場を離れるようにするなどです。このようにして、すこしだけ緊張を生みだす中で、何かこれまでと違った発想が生まれやしなかったか、何か違ったことがおこらなかったかをていねいに聞くうちに、今までとは異なる可能性が生まれてくることもあるのです。
家族面接の勘所 |
-3 本人との面接
本人との面接における基本姿勢 |
継続的な面接の進め方 |
(2)発達の遅れや偏りに留意しながら関わってゆく必要があるケース
軽度知的障害や広汎性発達障害など、発達上の問題をもつ人と面接する際には、以下のような配慮が必要でしょう。まず、わかりやすく簡潔な言葉遣いを心がけましょう。わかっているかのようにみえても、ご本人がこちらの質問や発言の意味を理解していないこともあります。こうした場合には、別の言葉で言い替えてみることの他、パンフレットを見せながら説明する、状況を図示しながら面接するなど、視覚的な情報伝達を活用してみるとよいかもしれません。また彼らは、これまで一生懸命に取り組んでも周囲からは評価されない経験や、いじめ、からかいの対象とされてきた体験をもつことが少なくありません。自尊心は傷ついており、援助者の些細な言動を極端に被害的に受け取ることもあります。リラックスした雰囲気の中にも、丁寧で誠実な対応が大切です。
ご本人の希望を尊重しながら、少しずつステップアップできればよいと思いますが、話し言葉の理解や読み、書字、状況の理解や見通しをたてること、作業能力など、全体的な印象からは把握しきれないような不得意な領域をもっていることがあります。あるいは、円滑な対人関係を妨げるようなこだわりがみられることもありますので、その人の全体的な適応能力や得意、不得意を的確に把握しておく必要があります。この際、知能・心理検査の所見は大いに参考になりますので、適当な関係機関につなぎ、今後の援助方針や社会資源などについて助言を求めることをお勧めします。
暴力や性的な問題行動などがみられることもありますが、家族の関わり方や環境側の条件を調整することで速やかに解決することもありますので、問題行動の背景と生活状況を丁寧に見直してみることが重要です。しかし、ケースの理解やマネジメントに不安を感じるようであれば、助言を求められるような関係機関やスーパーバイザーの確保を検討しましょう。
(3)精神(心理)療法的アプローチや心理社会的アプローチが中心になるケース
a.援助者が抱えることになるジレンマについて
多くの援助者・面接担当者は、こうしたケースの面接において、「ほかの相談ケースより緊張する」「何を話したらよいのかわからない」「深入りすると、傷つけてしまうのではないか」「そうかと言って、世間話や趣味の話ばかりしていても・・・」といった戸惑いを感じるものと思われます。この一群の人たちは、しばしば「人と関わるか関わらないか」「近づくか離れるか」といった強いジレンマを抱えていますので、彼らとの面接で援助者が同じような戸惑いを感じること、そして、彼らへの援助が一進一退の経過をとることは当然のことといえるでしょう。
援助者が、こうしたジレンマや、「自分はこのケースに少しも役に立っていない」といった不安、焦り、無力感に耐え切れないときに、援助姿勢・方針を急激に変更するなどして中断につながることが多いように思われます。まずは性急に何とかしようとしすぎず、関心を払いつづけることが大切です。
b.行動化への対処
ときには、激しい行動化が生じる場合があることも予測しておく必要があります。行動化は、援助者やグループとの関係が深まりつつあり、もっと近づきたいという思いとその不満や幻滅が感じられる時期に起きやすいようです。長い経過の中では、境界例のケースにみられるような“しがみつき”や自傷行為、家族への暴力がエスカレートするなど、危機介入を要するような局面があるかもしれません。行動化への対処に不安を感じる場合には、関係機関や助言者にコンサルテーションを求める必要があるでしょう。
c.変化を阻む“心のクセ”について
少しずつ改善しているかのようにみえても、結局は何の変化も起きないまま延々と長期化するケースがあります。このようなケースの面接は、ご本人が抱いている社会や他者に対する軽蔑や、「やろうと思えば、いつだって、何だってやれる」「一発逆転のウルトラCがあるはず」といった万能的な感覚、自らの課題に直面することの回避、あるいは「すべて誰かに何とかしてもらいたい」といった依存性、自らをさらに悪い状況に追い込もうとするかのような自己破壊的な傾向などによって進展が阻まれ、そこから抜け出せなくなっていることがあります。
「自信をもたせてあげれば・・・」「待ってあげれば、いつかは・・・」といった援助者の姿勢は、しばしばこうした“心のクセ”の解決を遅らせますし、社会的ブランクが長引くことで、かえって強化させてしまうかもしれません。ある程度の信頼関係が築かれていれば、「長引けば長引くほど動き出しづらくなってしまうことに、あなたも気づいているのではなよいでしょうか。いろいろな不安もあるでしょうし、人間関係の問題もすぐには解決しないかもしれませんが、就労や進路の決定については先延ばしにしてもメリットがないと思うので、早いうちに取り組んでみた方がよいように思います」と率直に伝えることが有効かもしれません。しかし実際には、援助者がこうした“心のクセ”に対処できず、深刻な行き詰まりに陥ったり、人生を台無しにしてしまうような不毛な「ひきこもり」に加担してしまうこともありますので、適切なスーパービジョンが必要な局面であると考えられます。