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2節 家族支援の重要性


家族支援を第一に考える
 「ひきこもり」を主訴とした相談は,本人自身よりも家族が最初に来られることのほうが多いものです。「ひきこもり」が始まってから何年も経っている事例も多く,これまで何回も相談機関や援助機関を訪れた経験を持っている家族もあれば,何年も様子を見てようやく初めて相談に訪れたという家族もあります。
 それぞれの家族には,今回ここへ相談に訪れるに至ったそれぞれの事情があり,悩みや困っていることがあります。「ひきこもり」の事例への援助は,まず,この家族の悩みや困っていることに焦点を当てた相談や支援から始まります。

■家族自身が支援の対象なのです。
 「ひきこもり」の相談に訪れた家族は,少しでも「ひきこもり」が改善することを願っています。家族によっては,本人自身が治療機関や相談機関へ行ってくれさえすれば,あとは専門家に任せれば良いと考えていたり,家族が相談へ来るのは本人が自ら相談へ訪れるための“つなぎ”だと思っていることもあります。
 ですから,相談を続けていても「ひきこもり」の問題が変化しないと,相談に来ても意味がなかったと思ってやがて来所を中断してしまう場合も珍しくありません。そして,家族はしばしば無力感に襲われ,以後相談へ行くことを諦めてしまうこともあります。この時同様に,支援者もまた無力感を感じてしまい,「ひきこもり」の問題に苦手意識を持ってしまうこともあります。
 もちろん,本人の行動が変化し,家から出て来てくれるようになることは重要なことですが,ここで大切なことは,そのことが家族支援の第一の目標ではないということです。家族支援の目標は,仮に「ひきこもり」の問題はなかなか解決しなくとも,家族の困難度を減らすと同時に、家族が問題解決への意欲を持ち続け,ねばり強くひきこもっている子どもに関わり続けてゆけるように援助することなのです。その意味で,家族自身が支援の対象となるのです。

■家族を支える
 子どもが長期にわたりひきこもると,家族は自分たちがその原因なのではないかと自分を責めたり,将来への不安や悲観,絶望感を感じていることがしばしばです。家族の方がうつ状態を呈して治療が必要となることも珍しくありません。
 毎日,子どもの行動を目を皿のようにして見守っていることも多く,ちょっとした子どもの変化に一喜一憂してしまいがちです。そのような緊張した毎日に疲れ果てたとしても不思議ではありません。この苦しい状況を誰かに相談したくとも,家庭内のことを親戚や近隣の人に相談するのはかなり勇気のいることです。つい,誰にも相談しないまま時間だけが経ち,家族自身もまた周囲から孤立してゆくこともまれではありません。
 こうした家族の孤立感や罪悪感を軽減することは,家族支援の大切な目標となります。相談機関が家族にとって唯一本音を話せる場であることもしばしばです。家族のこれまでの努力や苦労を十分にねぎらい,共感的に話を聞くことが第一歩となります。家族の罪悪感や無力感を解きほぐすために,次のようなことをくり返し伝えると良よいでしょう。
 ○「ひきこもり」は誰にでも起きる可能性があります。
 ○「ひきこもり」は,対人関係の不安や自分に自信が持てないことなどを背景に,社会に一歩を踏み出せないでいる状態のことで,「怠け」や「反抗」などとは異なります。
 ○過保護や放任などの親の育て方や過去の家庭環境などに原因を求める考え方は,多くの場合問題の解決にはあまり役に立ちません。
 ○家族の対処の仕方によって,少しずつ解決してゆける問題であり,家族や周囲が「ひきこもり」の解決を焦らないことが大切です。少なくとも,家族の焦りを本人にぶつけないことがポイントとなるでしょう。
 ○それでも,どうしても家族に焦りは残ります。それは親としてとても自然な気持ちです。持って行き場のない親の気持ちを,安心して話せる人や場所,家族が自分たちの経験や思いを共有でき,孤立感を和らげられるような場所を見つけることも大切です。「家族教室」や「家族グループ」などがその役に立つでしょう。

■少しの変化を試みる助言
 家族にとってみれば,せっかく相談に来た以上は,何か新しいヒントをもらって帰りたいと思うのも自然なことです。たしかに,わずかな相談で何か大きな変化を期待してもそれはやはり無理なことでしょう。まずは,相談を繰り返すうちに援助者に少しずつできてきたイメージを基に,少しの変化を試みてみる助言をすることがよいでしょう。たとえば,「とりあえず明日からの生活に役立つヒント」といったようなイメージのもので十分です。また,家族が「これなら自分たちでも出来そうだ」と思えるようなものや,「いま既にやれていること」を強調することなどもよいでしょう。このときに大切なことは,家族も援助者も結果を急がないと言うことです。「助言どおりにしてみたのにちっとも変わらなかった」と家族が訴えることもあるかも知れませんが,結果が目に見えてくるのには時間が必要なこと,むしろ,頑張って取り組んでいる家族の意欲を評価して,もう少し続けてみることを応援するというかたちでよいのです。

■家族自身の居場所も確保しましょう
 ひきこもっている本人と毎日を過ごしている家族は,身を削るような張りつめた生活を送っていることが稀ではありません。しばしば,家族自身が疲れ,抑うつ状態となったり,不眠や過度の不安が生じたりすることがあります。また,相談できる所もなく,地域や親戚からも孤立していることもよくみられます。そのような家族が自分自身を取り戻し,ゆっくりと自分や家族を振り返る時間を持つことはとても大切なことです。
 自分に合った支援者や相談機関を見つけることで,このような時間を取り戻す場合もあれば,最近数多く出版されている「ひきこもり」の本や情報に触れてみることもよいきっかけとなるでしょう。
 とくに家族に勧めたいのは,家族教室や「ひきこもり」の親の会など,同じ悩みを抱えている家族同士が集まってくる場へ参加することです。このような場で,家族は悩んでいるのは自分たちだけではないこと,同じ問題をさまざまに乗り越えて来た家族があることなどを知り,安心したり勇気づけられたりします。
 このような場へ参加することで,初めて「ひきこもり」の問題に取り組む意欲や希望が回復した家族も少なくありません。最近では精神保健福祉センター等公的な援助相談機関がこのような場を設けることが増えてきました。積極的な利用が望まれます。

■危機介入の必要性の判断
 家庭内で暴力を振るうなど家庭内がかなり緊迫した事態に陥っている場合は,少し積極的な介入が必要になることがあります。支援者は,事態の緊急度をできるだけ適確に判断し,緊急訪問の必要性,保健所,警察その他関係機関との連携や家族の避難の必要性について判断し,また,どこの機関の誰が連携の責任者(マネージャー)になるかも関係者と相談して決定します。不幸にして家族に怪我を負わせてしまった場合,本人自身もひどく傷つくものです。家族の相談を受けながら,必要に応じて事態の緊迫度を予測して行動することも大切です。リスクマネジメントも家族支援の目標のひとつなのです。この点についてより詳しくは,別章を参照してください。

家族支援が本人の支援につながります
 家族支援を通じて,本人の変化を生み出す契機を工夫することも大切です。引きこもっている本人は,会話はあまりなくても日常的に家族と共にいます。つまり,本人に一番影響を与える立場にいるのが他でもない家族なのです。家族の家庭内での日常的な振る舞い,言葉遣い,言い回し,言外の雰囲気など,ささやかな対応の工夫で家庭内の雰囲気を変えることは十分可能です。一度に急に変えることは難しいにしても,そのような工夫を少しずつ積み重ねる内に,徐々に家庭内の雰囲気が変わってきたことが本人にも伝われば,次の変化を生み出す準備ができてきたことになります。

■まず,本人と家族の状況を把握し,よい兆候に焦点を当てる
 家族の話を詳しく聞くなかから,本人の様子を把握します。毎日の食事,入浴,1日の生活リズムをはじめ,家族との会話の様子,とくに家族の話しかけや行動に対する本人の反応を詳しく尋ねます。そのような様子を聞きながら,家族が本人をどのように受け止めているかを理解すると同時に,本人は家族の言動をどのように感じ,受け止めているかも推測してみることが大切です。このような本人と家族との会話や交流の様子を尋ねてゆくと,本人と家族のそれぞれの事態の受け止め方が把握でき,また,家庭内で起きているやりとり(相互交流パターン)が把握できるようになるでしょう。
 このようなやりとりを聞いてゆく中で,いつもとは異なる少し良い兆候やいつもと違った反応などにとくに焦点を当て,そのような反応を引き起こすのに役だったことなどを尋ねてゆくことが新しい視野を広げる契機となることがあります。
 一方,独り言を言うなど意味の通じないまとまらない言動がみられるとか,魔術的儀式的な行動にこだわるなど,本人の様子を尋ねることによって医学的な治療の必要性が把握されることもあります。当然,その場合には医療機関へ繋げることも大切な支援となります。

■家族の対処を変える働きかけ
 長期にわたる「ひきこもり」の問題を抱えている家族は,心配のあまり常に本人に注目し続けているために,しばしば本人に接近し過ぎてしまっていることがあります。ひきこもっている本人と家族との距離が“過保護”“過干渉”と呼べるくらいに緊密になっている場合,背景にこのような事情が見られることがありますが,それは決して問題の“原因”などではないのです。また,家族の側の自責感から本人の要求のままに行動し,家族自身の仕事や生活を犠牲にしてまで本人に尽くしている家族に出会うこともあります。反対に,本人を「甘え」や「怠け」としか理解できず,あるいは将来への不安から外へでることをせかしたり,就労への圧力を掛けたりし,それに応じない本人を批判したり責めたりしてしまう家族と出会うことも珍しくありません。このようなやりとりが家庭内の緊張を高め,本人の「ひきこもり」を一層強めてしまうことがあります。
 このような緊迫したやりとりは,持続する慢性のストレスにさらされていたり,周囲から孤立して援助や協力が得られないと感じていたり,問題についての正しい知識を十分に持っていないためどう対処して良いか分からないなどの場合に起こりやすいとされています。
 家族がゆとりを取り戻すためのさまざまな働きかけを家族と共に工夫したり,緊張を高めてしまう家庭内のやりとり(交流のパターン)を分かりやすく説明することで,家族もちょっとした言葉掛けの仕方の工夫ができるようになるものです。そのようにして少し緊張が緩和されると,さらによりポジティブな言葉掛けややりとりの工夫が生まれやすくなり,そのゆとりの雰囲気が本人にも伝わることによって本人も少し楽に動けるようになることが期待できるのです。
 「ひきこもり」という事態に対して家族が対処していこうというゆとりを持てたとき,ようやく本人の変化への準備が始まると言っても良いほどです。

家族との相談(メンタルヘルス・コンサルテーション;精神保健相談)の構造
 家族との相談という行為が持つ構造について簡単に説明します。
 相談つまり本来の意味での「メンタルヘルス・コンサルテーション(精神保健相談)」は,図のような構造を備えています。(とくに,システム論的なものの見方を基づくときシステムズ・コンサルテーションと呼びます)

図

図:コンサルテーションの構造
(楕円の点線は,問題が絶対不変の実体ではないことを表す)

 これを簡単に説明してみますと,家族は解決困難な事態を「問題」と感じ,支援者(コンサルタント)に救いや意見を求めます。支援者は,家族との会話の中から家族の訴える(描写する)問題をイメージし,同時に支援者の視点(家族とは異なった視点)から問題を捉え直し,それを基に質問や会話をして「問題」を別の側面から描写してみようとします。その様なやりとりの中で,支援者と家族は共に,問題と思われていることの中に肯定的な側面を見いだしたり,新たな意味を見つけたりして,問題への新しい意味づけを共有します。家族は新たな視点に基づいてそれまでとは異なる問題への働きかけを試みます。このようなプロセスの繰り返しの中で,次第に家族が問題へ取り組む視点が変化し,問題がそれまでとは違った意味を帯びて見えてくるようになります。簡単な例で言えば,「未来の見えない困ったこと」であった「ひきこもり」が,「未来に向けて彼なりの人生を歩み出す準備を整えている段階」と家族が心から思えるようになり,家族が本人の支援を始める場合などが挙げられるでしょう。大切なことは,この場合,問題に直接取り組むのはあくまでも家族自身をおいて他にないということなのです。このように相談における支援者の役割は,あくまでも家族自身による解決力を引き出し,高める働きかけをすることにあるのです。


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