10/01/27 平成21年度第2回雇用政策研究会議事録 第2回 雇用政策研究会(議事録)                       1 開催日時及び場所   開催日時:平成22年1月27日(水) 10時から12時まで   開催場所:厚生労働省・省議室(9階) 2 出席者 委 員:阿部委員、加藤委員、小杉委員、駒村委員、諏訪委員、清家委員、鶴委員、 橋本委員、樋口委員、宮本委員、森永委員 有識者:荻野氏、團野氏   事務局:細川厚生労働副大臣、太田厚生労働審議官、森山職業安定局長、山田職業安定 局次長、青山労働基準局総務課労働契約室長、井上職業能力開発局総務課長、 堀井雇用均等・児童家庭局調査官、伊奈川社会保障担当参事官、酒光労働政 策担当参事官、小川雇用政策課長、里見雇用政策課企画官、平嶋雇用政策課 長補佐  他 ○樋口座長 委員の皆様におかれましては、ご多忙の中お集まりいただきまして、誠にあり がとうございます。今回から3回にわたり、「目指すべき雇用システムとセーフティネット」 というテーマで議論していきたいと考えております。議論を進めるに当たって、労使が実際 にどういう問題意識を持っていらっしゃるのかということを踏まえるため、本日は有識者に ヒアリングを行いたいと考えております。まず日本労働組合総連合会・副事務局長の團野久 茂様からお話をいただき、続いてトヨタ自動車人事部担当部長の荻野勝彦様からお話をいた だくことになっております。お忙しいところ、お出でいただきましてありがとうございます。  本日はこのお二方からそれぞれ30分程度お話をいただき、その後に質疑とディスカッシ ョンを行っていきたいと思います。なお、お二方には闊達なご議論をいただくために、労使 代表ではなく、むしろ有識者としてご参加いただいておりますので、その見解については個 人的なものも含まれることをご承知おきいただきたいと思います。それでは、さっそく團野 様からお願いします。 ○團野氏 おはようございます。それでは私から簡単に、問題意識について申し上げたいと 思います。雇用政策の課題として、いまほど座長からありましたように、目指すべき雇用シ ステムとセーフティネットについて、いま考えていることの概略を、要望も含めて申し上げ たいと思います。  ヒアリングの趣旨を、私はこのように理解しております。市場経済である限り、今回のス ーパーバブルの崩壊といったことに起因する需要変動がやむを得ないだろうと。しかし今回 の需要変動は従来のものとは相当程度違う。この間バブルが発生して崩壊するという経済変 動が繰り返し起こったわけでありますが、グローバル化、市場経済化が世界規模で拡大した 現在においては、変動の幅が非常に大きくなっている。そういった中で従来の生産調整のや り方では間に合わない事態になっている。しかも従来とは異なって、非正規労働者が生計の 主たる維持者になっているということです。こうしたことに、どう対応するかということが 課題であろうと理解します。  我々としては、バブル崩壊といった急激な需要変動に対応するには、まず政府としてのセ ーフティネットの充実が先にあるべきと考えております。従来のセーフティネットのあり方 は、企業による雇用維持を軸としたものでした。今回の不況で、そういった企業任せのやり 方では通じないことが明らかになったわけです。このため、労働保険制度をはじめとして、 能力開発施策、住宅政策などのセーフティネットを、政府の責任として、雇用・就業形態の 多様化に対応したものとなるように再構築していく必要があるのではないかと考えており ます。それと同時に、全ての労働者が幅広い社会保障制度に支えられるように、ワークフェ アを基本理念に据えながら、社会保障政策、労働政策等を連動させた制度を構築していくべ きではないかと考えております。具体的には緊急人材育成就職支援基金制度等がありますが、 制度の恒久化に向けてより良いものにするために、現在の運営並びに実施の状況、そうした 問題点を整理して、改善策を検討する必要がある、そのように考えております。  一方、日本の雇用構造のあり方についても考える必要があると認識します。非正規雇用の 問題点は、非正規労働者の処遇について、均等・均衡が図られないままに、どんどん広がっ てしまったことにあると考えています。この間、正規労働者は約500万人減少し、逆に非 正規労働者は約700万人増加したわけです。この700万人全てを正規労働者にするという のは、実態的に非常に難しいと思います。しかし非常に困難であるとしても、社会的セーフ ティネット維持のために、できる限り正規労働者に戻していく必要があると考えます。  しかし個別企業レベルで正規化を進めていこうとしても、限界もあります。非正規労働者 の職業訓練、正規化につなげていけるように政府としても十分支援していく必要があると思 います。  企業が負っている役割というのは非常に大きいと思います。大学を出ても、高校を出ても、 大人としては成熟していないわけでありまして、そうしたことも含めて大人になるための教 育を企業が請け負う役割を現実的に担っているわけです。ですから、そうしたことを得られ ない非正規労働者の職業訓練というものを、もう一度考え直す必要があるのではないかと、 こういう問題意識です。  具体的には、非正規労働者が正社員になるまでのキャリアパスの整備を各企業に義務づけ ることなどについて検討する必要があると考えており、そのためにも非正規労働者に対する 能力開発が重要になると考えます。  一方、資格と賃金水準を結びつけることで、外部労働市場を育成していくことも重要であ ろうと考えます。これについては技能検定などの資格制度の拡充、または厚生労働省が策定 しております職業能力評価基準など、国としての支援が不可欠であると考えております。  また地域雇用においては、厚生労働省の地域雇用創造プログラムの活用などが考えられる と思います。その際、訓練プログラムに雇う側の関与、特に中小企業など、同業者が連携し あった地域単位のシステム作りが重要ではないかと考えます。例えば川崎のこのプログラム の活用ケースを見てみますと、地域のソフトウェア協会が訓練プログラムの策定に関与して、 運用についても自分たちで行った結果、正社員化が全体の90%以上となったという事例が あると把握しております。このような小さいけれども、地域を軸にした地道なシステム作り が成功の鍵を握るとも考えられます。  さらに非正規の賃金水準を職業として選択可能なレベルまで引き上げる必要があると考 えます。非正規の賃金水準を引き上げていくということは、トータルとしての人件費を引き 上げることになるわけですが、中長期的な観点からみれば、問題は解決できると考えます。  連合としては2010年の春季生活闘争において、中小、パートの取組みも含めまして、全 て同じ考え方で統一的に取組を展開しております。同一の金額を前提においた水準の引き上 げを考えているということです。  パートタイム労働者についても、時間当たりに直した同じ額まで引上げ要求をするという ことで考えております。また、今時闘争から派遣労働者を含めた全ての労働者を労働条件交 渉の枠内に入れて、非正規労働者の処遇改善の取組みをスタートさせました。社会・労働保 険の加入状況等についての把握を手始めに、教育訓練、福利厚生の均等・均衡待遇、それか ら正規労働者への転換制度等の課題についても、取組を強化していきたいと考えております。  また、正規労働者との均等・均衡の取組みについては、産業ごと、企業ごとに非正規労働 者をどう使うか、使って何を求めるかについては、大きな違いがあります。そうした状況の 中で、働き方と処遇のあり方を含めて、労使間で話し合いをスタートさせたいと思っており ます。本研究会においても、そういった点について是非ご議論をいただきたいと思います。  それに対して、正規労働者の雇用の柔軟性の拡大が問題解決につながるという主張・考え 方があるように把握しておりますが、それには明確に反対したいと思います。これ以上の柔 軟化が進めば、逆に正規労働者の雇用の安定労働条件が破壊される。そして労働市場全体で 見れば、不安定な雇用で劣悪な労働条件の労働者が大多数を占めていく、そういったことに なるわけでして、これは将来、産業、企業の競争力にも多大な影響を与えることにつながる と考えます。  少し各論に入りたいと思います。質問事項がありましたが、まず1点目の「足下の雇用・ 失業情勢から顕在化した、現下の雇用システムにおける問題点、制約要因についてどう考え るか」という点についてです。これについては、80年代くらいまでは非正規労働者は主と して家計補助的に働く主婦労働力としてのパートタイマー、そして学生労働力としてのアル バイトという、この2つのタイプであったと思います。そして、これを前提に現在の雇用シ ステムがあると認識します。総じて低賃金、不安定雇用でも、家計補助的な働き方であると いうことから、非正規労働者はこれまではそれほど保護されてこなかったと思います。  しかし97年を境に正規労働者が減少し、それを埋め合わせるように非正規労働者が増加 した。そして生計費を稼がなければならない非正規労働者のウエイトが急速に高まった。そ の結果、今日の非正規労働者の深刻な雇用問題が生まれることになったと認識します。非正 規労働者の処遇を、労働に見合うように引き上げていく、そしてセーフティネットの整備を していく、そのような必要があると考えております。  2つ目の「持続可能性の観点から、どのような雇用システムが望ましいと考えるか」とい う点についてです。日本においては、外部労働市場が未発達であったと認識しています。日 本は内部型労働市場が特徴であると言われております。このことについては解釈を申し上げ る必要はないと思いますが、その一方で1,700万人、約3割というところにまで外部労働市 場が急速に拡大したという認識です。この間、労働者派遣法などの労働市場法の緩和により、 政府が短期的に外部労働市場を整備しようとしてきた、という認識をします。  使用者側は今回の不況に直面して、派遣労働者については雇用責任がないということを理 由にして、派遣切りと呼ばれる大量の人員整理を行ったわけです。このことは大きな社会問 題にもなったわけですが、同時に日本においてはこのやり方が持続可能ではなかったという ことを示していると考えます。  したがって雇用を安定させるには、使用者に雇用責任を持たせることが望ましい。また、 間接雇用から直接雇用にできるだけ戻していく必要があると考えます。労働行政としては、 これまで請負から派遣の方向に指導し、持ってきたと思いますが、結局これは上手くいかな かったわけです。これを振り出しに戻して、請負のあり方なり直接雇用のあり方について整 備をするということで、対応を変えていく必要があるのではないかと思います。  現在、厚生労働省として有期の研究をされていると承知しております。どこまでの範囲で 検討しておられるかは、私はまだ理解をしておりませんが、もし請負等について研究をして いないのであれば、どこかの場でこれも含めて検討するべきではないかと考えております。 これは全くの個人意見です。  次に「需要変動の不確実性に対して、バッファーとしてどう対応するのが望ましいと言え るか」という質問です。冒頭に申し上げましたように、市場経済である限り需要変動はやむ を得ない。バッファーと言うことが適切かどうかは別にして、生産調整のための何らかの仕 組みが必要であるということは否定できないと認識します。  しかしコアとバッファーに分けた場合、分けられた者が生活面での不利益を被らないよう に、そのマイナスを緩和するような保障を国が与える必要があるだろうと思います。特に重 要だと思うのは、教育費と住宅費。今回の緊急対策においても、ある程度実現はしましたが、 対策を強化すべきだろうと思います。健康保険、年金などの働いているときに当然ついてく る付加的な部分を、失業時にどうするかということについても、持続可能性の面から対応が 必要であると考えます。これが3点目。  4点目は「賃金は、どの程度の水準が望ましいと考えるか」ということです。これまで日 本では、企業が雇用を保障して、正社員として働く、その雇用を通じて生活が保障されると いうシステム、それが全体を占めてきたわけです。しかし現在、そうしたシステムとその考 え方は、非正規雇用の急増という形で、企業の側から崩されたと認識しております。95年5 月の「新時代の『日本的経営』」は、3つの雇用に切り分け、処遇も分けるという主張でし た。それまでの長期勤続雇用を中心とした考え方を、経営側が自ら崩すという、そういう考 え方を示したものでしたし、それがその当時の考え方でありました。それを境に非正規雇用 労働が増に向けて一歩踏み出したものと認識しております。  したがって、企業によって安定した雇用が保障されない、雇用されていても生活は保障さ れないという状況が現在生み出されていると思います。そういった中で、雇用と生活を一旦 切断するという考え方もありますが、これは基本的には同意できません。  結論として「賃金は、どの程度の水準が望ましいか」ということに対しては、少なくとも 2人で働けば人間らしい生活ができる、つまり再生産が可能な衣食住の確保と子育てが可能 となる程度の収入は必要だと考えます。  しかし一方で非正規労働者同士で家庭を持つというケースを考えますと、実際のところは 賃金だけで解決するのは難しいという現状もあります。そのため、その補完機能として、賃 金以外の支出で、社会全体でサポートする必要もあると考えます。  先ほども申し上げましたが、日本では社会保障や社会政策というものが、かなり企業頼み になっております。今回の例から見ましても、社会保障、社会政策と労働政策の連動が必要 であると考えます。公共住宅の整備とともに、教育費などを、子育てをする層に補助すると いうことで、維持していくべきではないかと考えます。  それから「賃金は、何をもとに決定するのがよいと考えるか」という点です。1,700万人 を超える非正規労働者が存在します。未成熟ながら外部労働市場が出来上がっているわけで す。しかし職種別の横断賃金が出来ているわけではありません。個々の企業における人事管 理のあり方は多様であるという状況の中で、労働市場の変化に対応した、企業の枠を超えた 取組を行っていく必要があると考えております。  そういう観点から連合としては、内部労働市場と外部労働市場をつなぐために、1つのテ ーブルの中で大括りの職種別の賃金水準を形成していこうと考えております。将来的には企 業別労働組合中心の賃金決定下における横断賃金をめざす。ちょっと難しい言い方をしてお りますが、交渉としては企業ごとにやるしかないし、賃金決定も賃率も含めて企業ごとに決 定するしかない。それをベースに、日本型の大括りの職種別なり業種別の賃率を形成する。 または所定内の年間労働時間もありますので、それを両方把握しながら、そういうものを作 り上げていく。それを社会的相場にしていくというやり方です。  派遣労働者などの非正規労働者は企業に直接雇われているわけではありませんので、その 働き方であればいくらなのか、正規はいくらなのかといったベンチマークを作り上げていか ないと、1つの均等・均衡処遇のきっかけにはならない、このように考えております。そう いったことを通じて、組織労働者の賃金・労働条件の改善が、同一職種の派遣や契約労働者 の賃金引き上げに貢献できるだろうと考えているわけです。  また、賃金を時間当たりの表示とすることで、雇用形態ごとの賃金の橋渡しとしていきた い、このように考えております。  6点目の「セーフティネットのあり方についてどう考えるか」ということですが、日本で は働くことそのものがセーフティネットであったと考えております。人並みに努力をして、 人並みに働けば、人並みの生活ができる、この前提に立っていたのだろうと私は思います。 しかし一方で、最近のワーキングプアだとか貧困の問題を考えると、フルタイムで働いたと しても貧困であるという事態が生じているわけでして、この事実をきちんと認識した上で、 セーフティネットをどう張るか、どう考えるかという検討をすべきだろうと考えております。 そのような問題意識です。  そういった意味からも最低賃金の引上げは、極めて重要と考えております。これまでの最 低賃金は家計補助的なものとしての最低賃金でしたが、法改正もありまして、生活を維持す るための最低限の保障としての最低賃金に変わったと思います。諸外国と比較しても低い最 賃の水準を引き上げていくことが重要と考えております。  しかし一方で、中小企業への支援策も不可欠だろうと思っております。これは既に要望も しておりますが、経済産業省など、関係する省庁とも一体となって、早急に検討を進めてい ただきたいと考えております。  一方、非正規労働者への対応でありますが、職業能力の向上によって安定した仕事への就 職を目指す、そうした非正規労働者もいるわけでして、そうした人たちに対して再就職まで の間、生活に不安を抱えることなく求職活動、職業能力向上に取り組むように、一定の所得 保障を行う。それと同時に、早期に安定した仕事へ復帰できるように、必要な就労支援を丁 寧に行っていく必要があるだろうと思います。  それから、もう1つの問題意識として、公的雇用という問題についてどう考えるかを、是 非検討いただきたいと思います。今回の不況を考えると、民間でも稼働率が半分以下に落ち てしまう、根本的な需要不足によって雇用もなかなか生み出せない。そういったときにやは り公的雇用の役割を考える必要があるだろうと思います。そういう意味合いにおいて、この 部分も含めて検討いただけないだろうかと思います。教育、子育て、まちづくり、防災、防 犯、医療、福祉分野などの公的な受け皿について、タブー視することなく議論をいただけれ ばありがたいと考えます。  7点目は「『持続可能な雇用』を生み出せる産業構造、経済システムのあり方について、 どう考えるか」ということです。これは昨日、経団連との懇談で私も発言をしましたが、総 額人件費抑制という視点だけで、はたして今後とも国際競争力を保持できるのか、本当に大 丈夫なのかという問題意識を持っています。競争力の決め手がコストの削減にあるという時 代は既に終わったと認識をしています。それも大切ですが、コスト競争力以上に付加価値競 争力の強化が不可欠であると考えております。そのためには産業の革新力、技術開発力が根 本的に重要である。そして、それを作り上げていくためには、雇用と労働条件を長期的に安 定させて、積極的に人への投資を行う。コストという見方ではなくて、投資という見方をす る。その考え方によって、人材をきちんと育て上げていくことが必要だろうと。こうした人 材の育成なくして、付加価値競争力は確立できないと思います。研究分野での産学連携、産 業ニーズに対応した人材育成、などによって高付加価値化を進めていく必要があるだろうと 思います。  一方、介護や医療などの分野については、正社員でも低所得にあるという現状にあります。 また、ある先生によれば、対人サービス分野の全産業に対する割合がヨーロッパは35%位 であるのに対して、日本はまだ25%位だということで、産業としての発展性が期待できる、 そういう観点からも国として介護報酬や診療報酬のあり方を含め、賃金水準の引上げについ て検討していくべきではないかという意見もありました。私もそう思うところです。それら の点も含めて検討いただきたいと思います。少し長くなりましたが以上です。 ○樋口座長 ありがとうございました。いくつか論点を提示していただいたと思います。議 論はまた後でということで、続いてトヨタ自動車の荻野様からお願いします。 ○荻野氏 おはようございます。トヨタ自動車の荻野でございます。本日は大変貴重な機会 を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。そうそうたる先生方を前に、私が何を申 し上げるのかなという気もするわけですが、折角の機会ですので、若干お時間をいただきま して、少し私見を申し上げさせていただきたいと思います。  ただいま、團野先生が大変整然とした報告をされまして、感銘を受けているところですが、 私は若干雑駁な申し上げ方になろうかと思いますが、どうかご容赦をいただきたいと思いま す。  資料の最初に書かせていただきましたが、座長からもお話がありましたとおり、今回お話 をする内容は、すべて私の個人的な見解でございまして、私の勤務先、あるいは関係する諸 団体等の見解ではないということをあらかじめお断り申し上げます。どうぞご了承のほどお 願いいたします。  それでは、頂戴いたしました論点に沿って、私の考えを申し上げてまいりたいと思います。 1つ目が、「足下の雇用失業情勢から顕在化した、現下の雇用システムにおける問題点、制 約要因」です。これにつきましては、我が国で長年かかって出来上がってまいりました、長 期勤続を中心とする雇用慣行について、よく言われるポイントとして、3つ書かせていただ きました。定年までの雇用維持努力、内部育成・内部昇進、労使協調による生産性運動を柱 とする雇用慣行は、大変うまく機能してきたという評価でよろしいのではないかと思います。 ただ、それはたびたび指摘されておりますとおり、安定成長の下、景気循環が幅においても 期間においても大きくないという状況の中で、とりわけ安定的に機能してきたのではないか と思います。  そうした条件が若干変化しつつあるという認識が持たれたのは、90年代の前半から半ば ぐらいであろうかと思いますが、とりわけ意識されておりましたのが、低成長への移行、グ ローバル化等をはじめとする産業構造の変化であると思います。このような変化に対して、 日本的な長期雇用慣行について、見直しというほどのものではなかったと思うのですが、実 際に起こり始めたことを少し整理してまとめる必要があるという状況がありました。そのと きに旧日経連が「新時代の『日本的経営』」という報告書を提示しまして、その中で先ほど ご指摘のありました、自社型雇用ポートフォリオという考え方も提示をされました。この報 告書を読み返してみますと、はっきりと、引き続き長期勤続を中心とする、遵守するという ことが明記されておりまして、雇用ポートフォリオの3つの類型で提示された中の「長期蓄 積能力活用型」を、引き続きメインにしていくのだということが明らかにされています。  そういった中で、低成長下における需要変動への対応といった意味で、「雇用柔軟型」と いうタイプの雇用がある程度必要であるということ。そして産業構造変化等の中で、「高度 専門能力活用型」といったタイプの働き方、労働力も増えてくるだろうというようなことが 言われました。これが1995年の自社型雇用ポートフォリオです。私もプロジェクトの委員 の手伝いという形で若干ながら関与いたしましたが、日経連が主導力を発揮してこういった ものを提唱したというよりは、既に起きていたことをまとめて、1つの指導原理的なものと して提示をしたということであり、その主たる主張というのは、長期勤続を中心とした長期 雇用慣行の維持であるというように理解すべきものだろうと考えております。  そういった中で、足下の雇用失業情勢の悪化の中で問題が顕在化したというように設問を 頂戴したわけですが、確かに、かつてない特徴があったかと思います。先ほどご指摘があっ たとおり、前回は「失われた10年」という言葉の示すとおり、長期にわたって経済の低迷 と雇用調整を余儀なくされました。   従来でありましたら、一時期景気が悪くて、多少雇用情勢が悪化し、例えば新卒採用等で 就職が困難な状況があったとしても、数年後ぐらいには景気が回復し、雇用情勢も改善し、 そういった人たちも何らかの形で安定した職を得られるということがあったのではないか と思います。ところが、前回の雇用調整期において、これが大変長きにわたったものですか ら、新卒のときにうまく就職ができなくて、そのまま8年、9年、10年と過ぎてしまった という人が現に出てきている。こういった人には何らかの政策的な対応が必要だと思います が、こうした状況はかつてありませんでした。少なくとも、これほど顕在的にはなかったこ とではないかと思います。  これに対して、今回の雇用調整期においては、かつてなく大幅に急速な景気の後退と、そ れに伴う雇用調整が行われたということがあったかと思います。これにつきましても、言わ れ尽くしていることではありますが、社会的なセーフティネット、例えば雇用保険が十分に ついていっていなかったことが指摘されていますが、これもやはりかつてなかったのではな いかと思っております。  そういった中で、端的に指摘されておりますのは、非正規労働問題、特に職業キャリアの 初期です。学校を卒業してすぐといったような人たちが、なかなか従来の職業キャリアの典 型的なコースに入っていきにくい。そのまま長期に経過することによって、能力を形成する 機会を喪失するというケースが一定の規模で出てきているということ。  もう1つが、これもご指摘のありましたとおりで、生計維持者が失業して、そのまま良好 な職が得られない。したがって所得が十分得られず、困窮をするといったような状況が出て きているということで、確かにこういったような問題が出てきていると思いますし、政策的 な対応が求められるところであろうと考えております。ただ、問題点の多くは循環要因に起 因しているということが、どこかで検証されているかもしれませんが、少なくとも経済が活 性化をして雇用が増え、労働需要が増えていくことによって、相当部分のものは解消されて いくものではないかということを考慮する必要があろうと思います。  「2005年前後に企業が学んだこと」と、資料では大変感覚的な書き方をしていますが、 前回の雇用調整期が済みまして、その過程でも非正規労働者が大変増えたという実態があり ます。それに伴って、職場においてもいろいろな問題点が出てきました。例えば技能の伝承 が困難になると言われましたし、非正規労働が増えることによって、職場内でのコミュニケ ーションが不十分になって、生産性を損ねるといったような問題が多々指摘されるようにな ってきたわけです。  そういう中で、各企業においても、適切な非正規雇用の割合があるのではないか、少し増 やし過ぎたのではないかと、反省がされてきた時期がありました。まさに各社が実際の経営 に最も適合した雇用の割合を考えましょうという、自社型雇用ポートフォリオの考え方その ものなのですが、そういった反省があり、非正規労働から正規雇用への転換といったような ことが、かなり目に見える形で進んできた時期が2005年前後だろうと考えております。  その経験は忘れられたわけではなくて、例えば新卒採用では、前回の雇用調整期において は名だたる企業が採用ゼロという、いまから思えばかなり極端な対応をしていたわけですが、 今回はそういったものもさほど目立たないということで、今回の雇用調整期において前回の 経験が経営の中に生かされているのではないかと考えます。これが現状認識です。  将来的なことに移ってまいりますが「持続可能性の観点から、どのような雇用システムが 望ましいか」ということです。これにつきましては、資料に書かせていただきましたとおり、 引き続き長期雇用慣行を中心としていくことが、おそらく現実的な方向性なのだろうと考え ています。長期雇用慣行につきましては、大変優れた点も多々あることは様々なポイントで 指摘されています。とりわけ、ほとんど未熟練のままに社会に出てくる新卒者を採用し、教 育を施し育成する。大変語弊のある言い方ですが、取り立てて目立った資質を持つわけでは ない大多数の労働者が、それなりに社会的に尊敬されるような熟練者へと育成されていく。 この仕組みは大変優れたものであったのではないかと思います。  もちろん企業、あるいは産業によりかなりの差はあろうかと思いますが、依然として日本 企業の競争力を支える1つのソフトパワーではないかと考えています。したがいまして、現 実に日本企業の競争力の源泉となっている実態がある以上、容易に放棄はしにくいものでは ないか。したがって、諸外国にはない、日本の特徴として、独自のものとして生かしていく というのが今後の方向性ではないかと考えています。  今朝ほどの日経新聞に、職務給にして労働力の移動をということが書いてありまして、確 かにそれも1つの考え方だろうと思いますが、そういった方向に変えようと思ったら、大変 な労力、コストがかかることは間違いないわけでございまして、果たして現実的な方法なの だろうかと甚だ疑問に思っております。  前提として大きな問題だと思っていますのが、前回、今回の雇用調整期のような、これほ どに長期、あるいはこれほどに大幅・急速な経済の低迷、景気後退がこれからも繰り返し出 てくるものなのかということです。これは本当に例外的で、これからこんなことは起こらな いということが言えるのであれば、それほど大きく今のやり方に手をつける必要はないとい うことになるわけです。政策当局等のご努力によりまして、そういったことがなるべく回避 されるとしても、起こり得るものとして考えるとしたらどうだろうということを述べたいと 思います。  資料に答えを書いてしまっていますが、私は非正規労働であっても、企業内人材育成が行 われ、キャリアが形成される。つまり正社員登用も含めまして、非正規労働であっても、技 能が形成され、向上し、キャリアをつくっていくことができる。それを通じて雇用の安定、 あるいは労働条件の向上が図られていくことが望ましいやり方なのではないかと考えます。  若干誤解を招くかもしれませんが、企業の雇用責任、あるいは最低賃金の引上げといった 制度的な方法を取って、直接的に雇用の安定、もしくは労働条件の向上を実現しようという のは、当然それ以外のところに弊害をもたらす可能性があるということを、十分に考慮する 必要があろうかと思います。もちろん緊急的にそういったことが必要であるという状況も十 分に考えられますので、すべてを否定するわけではありません。しかし、基本的な考え方は、 仕事の付加価値が高まり、それによって労働条件が向上する。キャリアがしっかり形成され て、雇用の安定が実現されていく。もちろんその中には正社員への転換も、1つのキャリア の選択肢、あるいはキャリアコースとして、たぶん重要なものとして含まれてくるだろうと 思います。これが望ましいやり方であり、また産業の発展、経済の成長にもつながるもので はないかと考えております。  そういった環境づくりですが、現在の非正規労働、特に有期契約につきましては原則3 年、例外5年という上限が設けられ、どうしても短期のものになりがちであるという問題が あります。短期間であるが故に、人材育成投資をしても回収する見通しが立ちにくい。した がってそれが行われにくい。人材育成が行われにくいということは、比較的低スキルの業務 に固定されがちな傾向があるということではないかと思います。したがいまして、やはり非 正規雇用であっても、長期の勤続があり得るという環境を作る必要があろうかと思っており ます。  そういう意味で今後の方向として、どのような雇用システムが望ましいかということです が、これは多様化ではないかと思っています。企業にとっても、あるいは働く人にとっても、 メリットのある形での多様化を考えていく必要があろうかと思います。具体的には、第1 回のこの会合でも議論になったと聞いておりますが、いまの正社員、これは我々実務家から すれば、企業にとっては定年までという非常に長期の有期雇用であるという認識だろうと思 いますが、それでなければ3年ないし5年の有期契約だと。大変両極端なのです。座長が度々 二極化という言葉を使われますが、まさに二極化をするような現在の法制度を、多少見直し をして様々な働き方、雇用形態、雇用契約が可能になっていくということを実現する必要が あろうかと思います。  例えばそこに書きましたように、5年を超える有期雇用です。菅野先生の教科書を読みま すと、別に労働者を拘束するものでなければ、5年以上の雇用期間の契約を定めることは差 し支えないということになっているようです。企業としても、有期契約3年として契約して も、途中で辞めますと言っていなくなってしまう者を止める手だては事実上ありませんし、 これに対して保障を求めるといっても、それに伴う手続のコストを考えると、あまり現実的 ではないものですから、実際問題、企業として有期契約をして3年、5年といって、その分 足止めをしようというニーズはそれほど高くないと思っております。  そういう意味で長期雇用慣行を維持し、その強みを発揮していく上で企業にとって重要な のは、後ほど「バッファー」という言葉が出てまいりますが、そういう意味においての有期 契約です。つまり雇止めです。雇止めのルールをはっきりさせていくことによって、非正規 労働に対する人材育成が行われる環境ができ上がってくるのではないかと考えております。  現在、ご承知のとおり、仮に有期契約であっても雇止めについては、相当の制限がありま す。今回の雇用調整期において、有期契約あるいは派遣についても同じですが、契約期間の 途中での解約が相次いだという実態がありました。これは当然論外なことで、こういったこ とは行われてはならないと思います。  それと雇止めは本質的に違うと思います。期間を決めて約束をした、その期間が終わった ことによって終了をするということは、期間途中で一方的に打ち切るということとは全く違 うと思います。これについて、現在一定の制約があって、かつ不透明であると思います。企 業として見ると、例えば有期契約を繰り返したことによって、それが期間と定めのない雇用 になっているのだというような裁判所の判断がある。あるいは長期にわたった有期雇用につ いては、雇止めに当たっても解雇権濫用の法理を類推するといったような裁判所の判断もあ りますが、やはり、需要に対する雇用量の調整という、有期雇用のある意味で1つの重要な 役割を担保しようとすると、3年以上できると言われても、どうしても短期間の契約になら ざるを得ない。  よく見られるのが1年契約で、2回更新をして3年になったらおしまいというものです。 これは、働く人にとっても本意ではないでしょうし、企業にとっても多くの場合、大変不本 意なことが多かろうと思います。当然、人が入れ替わるということは、それに伴う採用コス トが発生し、新しい人に来ていただくと、教育もしなければならない。できるならば、お互 いにこのまま働き続けたい、働いていただきたいと思っているにもかかわらず、そういった 不透明性があるために、残念ながら予防的に雇止めをして、泣く泣く泣き別れをします。こ れは有期契約に限らず、派遣労働等でも同様ですが、そういったケースは、決して人材育成 あるいはキャリアの形成といった面から見て、望ましいものではないと考えております。  したがいまして、そこに書きましたように、一定の手続、例えば1カ月前の予告といった もの、あるいは給付。これは十分考えられて良いと思います。例えば6カ月以上勤続し、80% 以上出勤した場合においては15労働日分の雇止め手当、雇止め補償といったものを。数字 はもちろん全くの仮定ですが、そういったものをきちんとルールにして、手続や補償が行わ れれば、疑問の余地なく雇止めが成立する。そういったようなルールを明確化するというこ とが、一見、労働者の雇用を不安定にするように見えるかもしれませんが、実質的には予防 的な雇止めが必要なくなって雇用の安定につながりますし、企業内教育訓練も行われるよう になるのではないかと考えております。  玄田先生が言われているような准正社員がどの程度フィージブルかというのは、検討が必 要かと思いますが、准正社員といったようなもの、あるいはこれは佐藤博樹先生、あるいは 久本憲夫先生も言っておられたかと思いますが、職種限定や勤務地限定などで採用して、そ ういった前提がなくなった場合において、契約を終了するということを事前に明確にしてお く。こういったものも排除せずに、可能性を検討していくことが望ましいと思っております。  もう1つ。これは企業労使において取り組むべき事項かと思いますが、例えばワーク・ラ イフ・バランスといった観点も含めまして、俗に言うスローキャリア、つまり現行よく見ら れるような正社員のほとんどが幹部候補生であって、非常に拘束の強い働き方、残業、転勤、 あるいは出向が前提とされるような働き方をすることについて、一定部分これを緩和し、労 働条件あるいはキャリア等もそれに相応なものとしていく働き方も、労使の間で検討してい く必要があろうかと思います。  こういったものについて、かなり否定的な見方があるというのは、かつてこれは女性に固 定されがちであったという経緯があったからであろうと思っております。そこのところに十 分留意する。例えば、ワーク・ライフ・バランスや両立制度の場合、マミートラックという のはあまりよろしくないものであるという言い方がされていると思います。これもやはり何 が本質的に悪いかと言えば女性に固定されることであって、これが男性も選び得る、そして 現に選ばれる働き方として、先ほどご指摘がありましたように、夫婦2人が働いて生計費が 稼得できるというスタイルが実現できるのであれば、十分考慮に値するのではないかと思っ ております。  「バッファーとしてどう対応するのが望ましいか」ということですが、これは申し上げて まいりましたが、雇用数の調整ということについては、やはり一定の非正規労働の役割が必 要であるかと思います。その中で能力開発やキャリア形成を進めていくような環境整備、支 援が必要であります。  もう1点。これは私の全くの個人的見解ですが、労働時間の柔軟性ということです。かつ て日本の企業では労働時間、特に時間外労働が需要変動に対して、大きなバッファーとして の役割を果たしてきたと言われております。ただ、これは実際のデータなどを見ると、どう なっているのかわかりませんが、実感として80年代後半ぐらいから、労働時間の短縮、そ の中で時間外労働の削減を精力的に労使で進めましたけれども、この部分の弾力性がかなり 損なわれているのではないかという感覚もなきにしもあらずです。  そういった中で、かなり大胆な提案かもしれませんが、所定労働時間を短縮しつつ、これ まで1日8時間の所定労働時間であれば、それを7時間、6時間に短縮しつつ、しかし8 時間までは36協定なしで義務的に時間外労働を行うとします。割増賃金の有無というのは、 かなり技術的な問題なので書きましたが、どちらでもよいと思いますが、そういったものの 導入が検討されてもいいのではないかと思います。つまり操業度が低下した際には、使用者 は義務を解除して時間外労働を削減できる。ありていに言ってしまえば、ワークシェアリン グを既にビルトインしてしまった制度にするということです。特に前回の雇用調整期には、 所定労働時間をさらに割り込んだ労働時間を設定して、その部分のペイを部分的にするとい ったようなことがかなり真剣に検討され、一部分では実施をされたわけですが、最初からそ ういったものを組み込むことを労使がお互いに話し合って制度にしてしまうわけです。当然 現実に時間を短縮する場合においては、労使はきちんと話し合って、手続を踏んでいくとい うことでよろしいだろうと思いますが、こういった方法で何らかの形で労働時間の柔軟性を 回復していくことが考えられるということです。  加えまして、公的助成、雇用調整助成金も、いろいろ批判的な意見もあるようですが、私 は大変重要ではないかと思います。  賃金についてです。賃金について議論していただくに当たって、実務の立場から是非申し 上げておきたいことがあります。それは、賃金は総合的労働条件の一部であって、賃金だけ を取り出して単独に議論するということには、一定の限界があろうということです。つまり 総合的な労働条件というのは、そこに書きましたが、労働時間や福利厚生とか、典型的な労 働条件もある一方で、責任ある地位、権限を持つ、あるいは裁量を持って仕事ができるので あれば賃金水準はこの程度で結構ですとか、希望する仕事だったら賃金が低くてもやるけれ ども、希望しない仕事だったら、やはりそれは嫌だなといったようなこともあります。理念 的に「働きがいを労働条件にしてはいけない」という議論もあるようですが、こうした実態 があることは間違いないわけであって、あるものをないと言っても始まらないだろうという のが実務家の感想です。  そういう意味で賃金水準だけを見て、ほかのものと比較するとか、諸外国や他企業、他産 業とベンチマークをするというのは、実はあまり意味がない。これはある意味、皆さんおわ かりだと思うのですが、世の中にはそういう議論も多々あるということです。  加えまして、賃金の決まり方というのも、実は非常に多様です。現実に見られる賃金制度 の外形というのは、確かによく似ているということはあるかもしれませんが、それを職務に 対して払っているのか、職能に対して払っているのか、仕事に対して払うのか、役割に対し て払うのか、成果に対して払うのか、これは各企業によって大変多様でありますし、しかも 複合的です。その中には、当然重要なものとして、生計費も考慮されていまして、生計費を 確保することは、労働者が安心して仕事に集中できるという意味で、大変大きなメリットが ありますので、決して否定されるべきものでもなく、申し上げたいのは、非常に多様かつ、 複合的であるということです。  そういった中で、賃金決定も多様にならざるを得ない。日経連が自社型雇用ポートフォリ オの中で示した、1つの典型的な賃金決定の考え方を再掲しておりますが、いわゆる長期雇 用については職能給と書いていますが、小池和男先生のいわれる社内資格給というのもよろ しいかと思います。あるいは高度専門能力活用型については業績給。これはそのまま成果主 義といった形で広がっていく。雇用柔軟型については、当然求人を出すときにも、こういっ た仕事で必要だといった形で出すわけですから、これは職務給が中心となっていく。これは 1つのモデルですが、いろいろな雇用形態、働き方、各企業のポリシーに応じて、それに則 した賃金決定があってよろしいかと思います。  最近典型的に言われていますのが正規、非正規のような賃金格差です。これについても率 直に申し上げて、何かをスタンダードにして比較をして、それによって比例で決めていくと いったようなことは、大変難しいのではないだろうかと考えております。ただ、そういった 中で、これほど企業内で格差があってはお互いに意欲、モラルで問題がありますねといった ようなことがあるのであれば、当然企業労使の話合いの中で、あるいは企業の日常の人事管 理の中で、一定のバランスをもった形で配慮をされていくというのは当然なことだろうと思 います。  均衡処遇を法律に書くのがいいのかということについては、疑問もなしとはしませんが、 日常的な労使関係、あるいは人事管理の現場においては企業内でバランスの取れた処遇を目 指すということは、もちろん当然であるし、いま既にそれは行われていることです。それは、 正規、非正規といった異なる雇用のカテゴリーの間に限らず、正社員の中であってもたいへ ん大きな格差があるわけです。その格差についても、こうだからこういう差があるというの はある意味納得をする、といったような範囲の中で、企業の人事管理の最も重要な働きとし てやってきているところです。これは引き続き労使の協議の中でやっていくことです。外か ら見ていろいろな見方がある、あるいはマクロに見ていろいろな見え方があるとは思います が、簡単に割り切ってやっていくということは、現実に合わないことが多いのではないかと 思っております。  セーフティネットにつきまして、基本的な考え方だけ申し上げたいと思います。必要なと きに必要な支援。非常に当たり前のように見えるかもしれませんが、これは大変重要な考え 方ではないかと思います。例えば、いま現在問題になっているのが、年長フリーターである とすれば、必要としている人に対して、本当に必要な支援は何なのかということをきちんと やっていくべきでしょうし、あるいはマスコミなどでジャーナリスティックに取り上げられ る、生計維持者で母子家庭の母で、子どもが2人いて、パートを3件掛け持ちして月収は 20万円といったような困窮したケースには、当然政策的な支援が必要になるので、必要な 人に、必要なときに必要な支援をやっていく。効率的という言葉は印象がよろしくないです けれども、そういったセーフティネットが必要であろうと思います。  もう1つ。私は企業で人事管理をやっていますので、セーフティネットはやはり就労促進 的なものであって欲しいと思っています。就労を通じて生計費を稼得するということが、あ まり良い言葉ではないかもしれませんが、自立ということではないのかということを考える わけです。これについては、もちろん企業としても必要な支援はしっかりやっていくことが、 企業の人材確保、企業の成長にとって必要であると思います。  いくつか書かせていただきましたが、基本的な枠組みは失業したときには失業給付。 それから、経済状況が非常に悪く困難な状況にあるということで失業が長期化した場合、い まその恒久化といったことが議論されているかと思いますが、訓練期間中の生活保障給付で す。就労促進的に、教育訓練はもちろんですが、きめ細かいコンサルティング、カウンセリ ング、あるいは何回か公共職業安定所の紹介したものを断わったら縮小され、さらにそれが 相次げば打ち切られるといったような、就労促進的な設計がされた訓練期間中の生活保障。  それから、これも先ほどご指摘がありましたが、職業訓練を先に公的にやっておいて、そ の後に就職させようというのは、なかなかうまくいかないというのが、諸外国の例などから でも明らかになっていると聞いておりますので、企業実務とタイアップした職業能力開発と いったものも進めていく必要があろうかと思います。  そういった中で、いろいろな事情によって所得が低くなるケースは、就労促進的という観 点から、勤労所得税額控除といった形でのセーフティネットが、十分考慮に値すると思いま すし、先ほども申し上げたような困窮者に対しては、もう端的に就労や労働といったところ とは、また別の話として福祉的な給付を行うことも必要であろうかと思っています。最終的 にどうしても働けない事情にある方については、もちろんミーンズ・テストをともなうでし ょうけれども、生活保護というものもしっかりやっていく必要があろうかということです。  それから、これも先ほどご指摘にありましたけれども、公的部門での雇用というのは、私 も非常に大切なテーマではないかと思っております。民間とある程度補完的な働き、民間が 人を採れない、採らないときは公的部門で多少多くの人を吸収して、そうでないときはその 逆をやると。そうした複数年度にまたがった柔軟な雇用計画であるとか、いまで言えば年長 フリーターなどにおいては、民間企業ではなかなかすぐに採用されにくいという実態がある とすれば、数年程度、公的部門で雇用をして、それを通じて能力形成などを図っていくとい ったことも、検討されてよろしいのではないかと思っております。  最後に、「『持続可能な雇用』を生み出せる産業構造、経済システム」です。人材育成の重 要性については、まさにご指摘にあったとおりです。それに加えて私から申し上げたいのは、 付加価値創出あるいはイノベーションを担い、雇用を拡大する主体というのは、やはり企業 であるということを考えますと、その活性化のための施策というもの、環境というものが是 非必要ではないでしょうか。競争環境の整備、つまり企業が諸外国の企業と競争するに当た って、競争条件が不利になることのないような政策的な対応ということを、そこに具体的に 書かせていただきました。  法人税率のほか、例えば、温暖化ガスの話もそうかもしれませんし、FTA、EPAといった ものにおいても、そうかもしれません。そういったものについても競争環境の整備によって、 企業を活性化することによって、付加価値創出やイノベーションを促す。もちろん、何より も企業自身が努力してイノベーションを産み、社会のニーズに応じた財やサービスを提供す ることによって、雇用を拡大していくことに、主体的に取り組まなければいけないわけです けれども、そのための競争環境の整備というものを、是非お願いしたいと思います。  あるいは、これも非常に抽象的ですが、適切な経済政策、金融政策、産業政策などもあり ます。例えば1円の円高で、自動車メーカーだけで年間数百億円の利益が吹っ飛ぶと言われ ております。600億円が吹っ飛ぶとして、年収400万円で人件費が1.5倍としますと、ここ だけで1円の円高で1万人の雇用が吹っ飛んでいることになるわけです。逆もあるでしょう が、やはりこういったものの影響というのは、大変大きいという実態があります。もちろん 為替レートというのは金利等々、経済のファンダメンタルズで決められるというように、経 済学者の先生に怒られるかと思いますが、さはさりながら、実態としてはそういうこともあ るわけで、是非、適切な政策運営をお願いしたいと思います。  こういったものを企業が活性化し、雇用が拡大し、付加価値が高まっていくことによって、 労働条件も当然向上していきますし、それによって人材への再投資がなされるといういい循 環が出てきます。あるいは、労働需要が増えるということは、当然に相対的に高くないレベ ルにおいても賃金が上がるわけですから、それを通じて最低賃金の引上げ等、望ましいこと が発生するような形を目指すのが、望ましいあり方ではないかと思っております。  大変雑駁な話になりまして、また時間を少しオーバーして恐縮です。私の報告がまずくて、 皆様のご関心にすべて答えられていない部分が多々あろうかと思いますけれども、以上でご 報告を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。 ○樋口座長 どうもありがとうございました。新しい視点がいくつか聞こえてきたかと思っ ております。それでは、続いて皆様からご質問、ご意見をいただきたいと思います。どなた からでも結構ですので、よろしくお願いいたします。 ○鶴委員 経済産業研究所の鶴です。お二方から非常に貴重なお話をお伺いできて、私自身 も非常に同感する部分が多くありました。そこでお二方のお話への感想とともに、まず最初 の問題設定について、2点ばかり申し上げます。  各論ということで、7つほど項目を作っていただいて、お二方からお話の観点を整理して いただいたのですが、それを考えるときの大前提として、やはり2点ほど考えなければいけ ない点があると思っています。1つは持続可能性の観点ということで、雇用システムはどう いうものが望ましいかということです。それから「持続可能な雇用」と書かれているけれど、 荻野さんのお話にもあったように、雇用システムだけを別個に考えて議論することはできな いわけです。  例えば経済全体の成長率として、今後どれぐらい安定したものが達成できるか。また、バ ブルの発生と崩壊ということでは日本、アジア、アメリカと、非常に大きく揺れてきたわけ です。こうした大きな揺れが今後、どの程度あるのかということによって、どういうものだ ったら持続可能なのかが全く変わってくるのです。そうなると、そこの議論を非常に詰めて 考えるというのは、この研究会の役割をちょっと超えているのかもしれませんが、そこに相 当な部分を依存するというところで、やはり問題設定は少し考えなければいけません。  それから持続可能な雇用を考えるときに、最近よく言われるのが、医療や介護分野に雇用 が行かなければいけないということです。ただ、もっと大きなマクロ的な視点から言うと、 かつての日本というのは、製造業がなかなか厳しいところでは、卸・小売や建設の雇用吸収 力が非常に強かった。しかし一方、雇用吸収力の強いセクターというのは、必ず生産性があ る程度低いセクターにならざるを得ない。そうすると、持続可能な雇用が達成できるという 問題の裏側に、実は経済全体として、生産性の低い部門に人が流れることによって、生産性 全体が低下してしまうという問題も当然あるのです。こういった場合に雇用の持続可能性な のか、それとも生産性成長の持続可能性なのか、これはもう鶏と卵の話ですが、非常に真面 目に考えなければいけないところだと思います。  それから賃金についてです。問題設定としてどの程度の水準が望ましいか、何を基にして 決定されるべきかというこの設問自体が、やはり少しオールドファッションだという印象を 持っています。日本の場合は春闘ということで、ある一定の時期にシンクロナイゼーション として、いろいろな企業・産業が同時に毎年、賃金決定をやっていきます。そこで決定され たものは、実はそこの交渉に加わっていないような所にも均霑されていきます。かつての非 常に安定的な高成長を上げていた日本にとって、これは非常に良いシステムだと思っていま す。  ただ、状況というのは相当変わってきています。産業ごと、企業ごとの異質性、また企業 の中でも雇用の多様性というのが生まれていて、賃金の問題を考えるときに十把一絡げ的な 考え方というのが、非常に難しくなっている状況が今あると思うのです。ですから、この問 題をやや全体的に考えるときに、どうしてもお二方からお話があったように、有期雇用や非 正規の横断職種的なところをどうするのか、そういうところを考えるというのが非常に大事 だと思うのです。問題設定ということを、少し考えたほうがいいかもしれません。  お二方のお話の中では、最初の團野様のお話の中で、公的雇用と最低賃金の話がありまし た。経済学者から公的雇用の役割。公的雇用に雇用された人はその後どうなるのか、ちゃん と民間に就職できるのかということになりますと、海外の分析などを見ると、やはり非常に 厳しいですね。最低賃金の話も、最近、日本の分析を一橋大学の川口先生がやっておられま すけれども、最低賃金の人たちの半分ぐらいが、実は世帯所得が500万以上で自分が家計 を維持している以外の主婦やアルバイトの方々ということで、それほど困っていない人たち も上げてしまう、漏れが出てくるということがあります。  中小企業が最低賃金を上げるというのは非常に厳しいので、政府が何らかのことをしなけ ればいけないというのも必要な対応だと思うのです。しかし最終的に魔法の杖というものは なくて、財政が何らかの形で負担をする、国民の負担が増えなければいけないわけです。公 的雇用もそうですよね。公務員をしっかりそこで就職として採るのだったら、公務員が非常 に増えます。そうすると、そういう財政負担をするのだったら、よくよく考えたら、どうい うものがいちばんいいやり方なのか、そこからもう発想を、考え方をしていかなければいけ ないのではないかと思います。  荻野様のお話の中では、私も非常に同感する部分がありました。ただ1点だけ。労働時間 のお話で、バッファーのお話をされていました。所定内労働時間を少し下げることによって、 少しバッファーを積み増そうということですが、これはなかなか面白いアイデアだというよ うに、お話をお伺いしていました。実は、リーマンショック以降の企業の調整の仕方を見る と、統計を見ると、どうも今回は人数調整よりも労働時間調整の部分が非常に多いのです。 常用の人たちというのは案外、労働時間が減っていないのです。今回のリーマンショックの ときに、相当バッファーを使って調整した部分というのが結構あったので、むしろそこのバ ッファーが小さくなっているという最初のご認識というのは、私はちょっと違った考え方を 持っております。 ○樋口座長 ご質問は最後の点だったと思います。荻野さん、労働時間の柔軟性というもの が失われてきているのではないかということについて、どうお考えになりますか。 ○荻野氏 現実のところがそうだったというご指摘については、そうだったのだろうと思い ます。 ○樋口座長 ほかにどうぞ。 ○加藤委員 明治大学の加藤です。どうもありがとうございました。お二方のお話を伺って、 非常に勉強になりました。3点ほどお伺いしたいことがあります。実は労使のお二方の立場 というのが、非常に現れているというように伺っていたのです。1つは、正規と非正規のこ とをどう考えていくかということです。例えば、非正規の正規化という問題を考えていくと いう立場と、自社型雇用ポートフォリオというものを考えたときに、そこには大きな考え方 の違いがあるだろうと。さらには正規と非正規という中で非正規の正規化をすることによっ て、正規社員と非正規社員の間の利害対立みたいなものについて、どういうように考えてい けばいいのかというのが、1点お伺いしたいことです。  2つ目は、荻野様がお話をされたときに、100年に1回の需要変化だという話がありまし た。最近の金融工学の本などには、100年に1回の大きなショックが15年ぐらいに1回ず つぐらい起きるという、非常に矛盾するような話もよく出てくるわけです。恐らく、これか らのことを考えていくと、これは1回限りではないし、こういった大きなショックというの は、当然考えていかなければいけません。さらに言えば、先ほどのお話にもありましたよう に、やはり経済の大きな流れ、あるいは人口減少といったトレンドの流れと、そういったサ イクルの大きな断絶との流れの中で、バッファーというのをどういうようにして考えていか なければいけないかというのは、非常に大きな問題ではないかと思っております。  これが答えだということは、なかなか言いづらいのですが、当面、目の前のことだけを考 えていくのではなく、やはり長期的なショックに対応するバッファーという考え方もあるか もしれません。大きな労働力人口減少の中で、どういうようにして人を大切にしていくのか ということを考えていかないと、現状だけではなかなか解決できない問題があるのではない かと思っております。  3つ目は、セーフティネットの話です。果たしてセーフティネットとは一体何だろうかと いうことを考えると、非常に難しい問題ではないかと思います。最低賃金の問題でもあり、 失業保険の問題でもあるというのは、雇用の世界ではあるかもしれませんが、それとはまた 別に、一般的な社会の最低限の生活水準を維持するためのセーフティネットという話は、こ こでは区切って議論をする必要があるかと思います。個人的に最低賃金の引上げというのは、 なかなか難しいだろうと思っております。1つの考え方として、いわゆる厚生年金に対する 国民年金のような形の、非正規の人たちのための定額的な失業保険のようなものがあっても、 面白いのではないかと考えたこともあります。要するに、失業保険みたいなものを中心とし て考えていかざるを得ないのかと、個人的には思っております。  最後に、セーフティネットの中で鶴委員もおっしゃっていたのですけれども、公的雇用と いうものを簡単に持ち出すと、実際には何をやるのかということになります。ただ単に医療 や介護が必要だからやるという話ではなく、やはり効率性の問題というものを考えていかな いと、ただ単に人を雇うだけの側面では長続きしないのではないかと思っております。 ○樋口座長 いま團野さんに、非正規を正規化するということをどういうように考えるかと いうお話がありましたが、どうでしょうか。 ○團野氏 的確に答えられるかどうかはわかりませんけれども、1985年に、それまで禁止 されていた労働者供給事業を解禁したわけです。派遣法が事業法として、いろいろな規制緩 和をし、今日、原則自由化まで拡大してきたわけです。ところが、そういった働き方をする 人たちの雇用なり、労働処遇条件なりについてどうあるべきかという議論・検討が、私は少 なすぎたのだろうと思うのです。  必要があり、そういう働き方がすすんだそういう人たちを使いたいというニーズあって、 どんどん拡大してきたのですが、それが先行しすぎたのだろうと思うのです。ですから結果 として、つながりをもたない市場が2つつくられてしまった。しかし、その2つの市場を橋 渡しするルールが全くない。一方の外部労働市場は市場によって賃率が決まってしまう、も しくは企業による非正規雇用労働者を受け入れて、その使い方、アウトプットの求め方で賃 率が決まってしまう。そこには何のルールもないわけです。需要と供給という関係で決まっ てしまう。その結果、雇用は非常に不安定ですし、労働処遇条件も正規雇用労働者に比べる と、非常に低い。果たしてこれでいいのかというのが問題意識です。  ワーク・ライフ・バランスにしても、これから多様な働き方を認めていこうという動きの 中でも、そういった非常に不安定な部分、低いところをどうやって選択可能な水準にまで上 げていくかということを、議論していただきたいですし、検討していただきたいと思います。 これは必要不可欠ではないかと思います。現実に1,700万人いる非正規雇用労働者をゼロに しようと言っても、現実的にはなかなか難しいわけです。そういう考え方をとる人たちもい ますけれども、では「駄目だ」と言ったら、すぐにそういう働き方をしている人たちをクビ にするのかというと、そんなことは当然できないわけです。  現実的にどういうように対応していくかといったら、いま申し上げているように、市場に おけるルールというのを、きちんと決めていく必要があるのではないかと思っています。今 回、連合として傘下の構成組織に対して提起しているのは、そういった観点で誰がやるのか といったときに、私は「労働組合しかないのではないか。問題意識を持て」と言って、まず 取り組もうというように提起をしたわけです。正規労働者と非正規雇用労働者の利害対立が 発生するのではないかという懸念も、確かにあるかもしれませんけれども、そのような観点 でやっていこうということです。私は、同じ労働者として同じ職場で働くわけですから、仮 にいっときそういう議論が発生したとしても、クリアできる問題だと思っております。 ○樋口座長 それに関連して、請負についても厚労省として、何か法的なことを考えたらよ ろしいのではないかというお話がありましたので、もう少しお願いします。 ○團野氏 一時期偽装請負ということで完全な請負型ではなく、そこの社員は請負会社がつ くられた所へ行って、本来指示をしてはいけない人たちが指示をしているという問題だった と思うのです。では、その作業指示はどういう形でやるのかという問題ですよね。作業指示 はどういう形が非常に望ましいのか。もっとも、そこの労務管理をしている、安全管理をし ている所が作業指示をきちんとやって、それに基づいて仕事をするというのが、当然望まし いわけですが、例えば具体的に職場へ行きますと、安全管理一つとってみても、みんなが包 括的に安全を意識しなければ達成できませんよね。その辺のところで望ましい直接雇用なり、 方向というのは何なのだろうかと。かつては問題視したけれど、派遣労働に誘導してきたけ れど、これにも問題があるというのが現実ですから、もう一度立ち返って、我々が問題とし て指摘してきたところがどうなのかということを、もう1回再議論してはどうかという問題 意識です。 ○樋口座長 荻野さんに対しても、バッファーのお話がありましたので。 ○荻野氏 ご質問ありがとうございました。いくつかご質問いただいたと思いますので、お 答えさせていただきます。まず、非正規の問題についてです。確かに現実的に非正規と正規 の間には、非常に大きな違いがある中で、全員を非正規にしてしまえばいいではないかとい う考え方の人もいらっしゃいます。正規労働者の解雇とか労働条件の変更などを、もっと自 由に使用者ができるという国もあるようです。ただ、我々としてもそういう考え方は、非常 にとりにくいと考えております。そういった中で、これも申し上げたことの繰り返しになる のですけれども、不安定とか、技能レベルが低くて得られる賃金が低いという実態がありま す。それについては技能レベルの向上、キャリアの形成といった多様化の中で解決していく ことだろうと思います。  逆にさほど難しくもなく、賃金水準も高くない仕事であっても、俗に言う学生アルバイト や主婦パートなど、社会的に問題にならない範囲内であれば、それはあっても悪くはないと いうことだろうと思います。やはりいろいろな多様な働き方が可能になる中で、それぞれが キャリアを選べるようにしていくと。そういった中で、多少不安定で低賃金であっても、社 会的に問題のない働き方であれば、それはあっても致し方ないのではないかと思っておりま す。  利害対立の件についても、ある意味、正規雇用がこういった形で長期的に雇用され、人材 育成をされていくというのが成立するためには、一定の非正規労働は必ず必要であるという、 かなり相互補完的な役割も持っているわけです。それがきちんと理解されれば、それなりに 対応が進んで、調整も図られるのではないかと考えております。  それから、人口減少といった長期のトレンドについては、まず間違いなく労働力の供給が 減ってくるわけですので、需給の面においては逼迫して、労働条件が上がる方向に働くこと であって、その意味ではすべて悪いことばかりではないと考えております。そういった中で 生産性を向上し、自動化の投資をしたりすることによって、少ない労働力でも同様の生産性 が達成できるようになり、それによって労働条件も上がっていくというのは、決して悪い循 環ではないのです。そういった中でワーク・ライフ・バランスができなくて、「私はこの会 社では働きません」と言う人が増えてくれば、そういったことも自然に増えて行き渡ってい くだろうと思っております。  そういう意味で非常に重要なのは、外国人労働者をどのように考えるかということではな いかと思います。外国人労働者を入れるという判断をする際には、やはり相当慎重に考えな いと、日本人の雇用労働に対してどのような影響が出てくるのか、かなり予測しにくいと思 っております。最近、外国人の高度人材を積極的に入れようという議論が行われているよう です。あれも高度人材というのはいくらいてもいいという、あまり現実的ではない前提に立 っているように思われます。おそらく事実を見ると、高度人材の就くべき仕事、就くべきポ ストというのも限られていて、高度人材に外国人をどんどん入れることによって、日本人が そういった仕事に就けなくなっていく、一種のクラウディング・アウトされていくというこ とが本当に起こらないのかどうか、私はあの議論を見ていて大変心配に思っているところで す。  就労以外の一般的なセーフティネットについて、私はあまり知識もありませんが、1つだ け感想を申し上げさせていただきます。いま世間ではベーシックインカムというのが、論点 として結構流行しているようです。これに対して私は、企業の人事をやっていることもあり まして、あまり歓迎しにくいという感想を持っております。一部にある、ベーシックインカ ムというものを与えておいて、仕事をする能力の低い人、これ以上稼げない人は別に働かな くてもいいよということによって、そういう人への訓練コストやマッチングのコストを節約 しようという議論の良し悪しの判断は、私にはできませんけれども、非常に抵抗があるとい う感想だけは申し上げておきたいと思います。  もう1つの公的雇用についても、私はマスとして、総量として増やしていくということは、 また別の判断だろうと思います。一部の福祉国家に見られるように、失業を公的部門で吸収 していった結果、どんどん公的セクターの比重が高くなってしまったということは、たぶん 好ましくないわけです。予算制約のある中で、世間の雇用失業情勢の循環を見ながら、多年 度で民間が採らないときは公的部門でたくさん採って、民間がたくさん採るときは公的部門 は少しにしておくといったこと、あるいは先ほども言った年長フリーターを、就労を通じて トレーニングしていくという場面で、公的雇用を活用するという政策的な利用は、考えられ てもいいのではないかというのが私の趣旨です。 ○樋口座長 團野さん、公的雇用については。 ○團野氏 公的雇用というのは、言葉としては非常にきれいなのですけれども、公共投資が ものすごく絞られてきたことによって、例えば建設現場で働いていた労働者が働けなくなっ てきています。そうした所で働くことによって社会的に一定の収入を得て、自分で生活をす るという労働者も、やはりいたわけです。ところが、そういう働き方が日本国内からなくな ってきた。現実的にはそうした働き方しかできない人たちもいるわけで、そうした人たちを どうやって救うかという意味で、公的雇用というものを考える必要があるのではないかとい うことを言っているのです。  少なくともそれらをすべて税金で賄ってやるということではなく、民間産業の中でもそう いう働き方ができる又はする、してほしい所もあります。その事例として、教育や子育てと いう部分で参加できる仕事はないだろうか、まちづくりや防犯、防災といった地域貢献活動 分野という観点でもあるのではないかという視点で、「公的雇用」という言葉を使いました。 公的な資金を使わなくても、民間産業の育成の中で、そういう働き方がきちんと持てるよう な所も含めて考えていかないといけないのではないかという意味で、公的雇用という問題を 提起させていただきました。 ○樋口座長 公的なのか民間と言おうか、最近だと第3セクターというNPOとか、ソーシ ャルエンタープライズという所が注目されるようになってきましたが、そこの議論というの もあるかと思います。 ○宮本委員 大変勉強になりました。その上で2点ほど、1つは團野さんに、1つは荻野さ んに伺いたいと思います。  まず1点目は、賃金がどうやって決まるか、賃金を決める要因は何かということです。こ れに関連して実務の方、あるいは経済の専門の方から、要因は多様であって景気動向もある し、そう簡単に議論はできないというように伺うと、私のような門外漢はそのとおりだろう なと感じてしまうのです。逆に政治学などをやっていますと、社会の人々があるルールを共 用すると言いますか、あるルールの下で社会が動いていくことが広く了解されることの効用 と言いますか、もっと言うならば効率といったことも否定できないと思います。そういう意 味では同一価値労働同一賃金というか、均等処遇というか、この概念や理念については、や はり引き続き掘り下げていく意味はあるだろうと思います。  本来ならばお2方からお話を伺うべきでしょうけれども、今日、荻野さんは多様であると いうことにシフトしてお話されましたので、もし後で補足されることがあれば伺いたいと思 います。この点については、むしろ團野さんのほうに。今日は横断的な賃金構成といったこ ともありましたけれども、その大前提になる同一価値労働同一賃金ですね。日本の労使とい うのは、長期的雇用慣行の中で持たらされるジョブに還元されない、さまざまな能力の膨ら みみたいなものが非常に大切だということでは、実は理解を共有しているのではないかと思 うのです。どちらかというと労働組合のほうは、やや一般論的に同一化しろ、同一賃金とい う旗を掲げ、雇用者サイド、経営サイドはその辺りはやや慎重になって、一般論には踏み込 まないようなところがあります。  ですから、もうちょっと双方から踏み込んでいただくといいのではないかと思います。労 働組合の中で議論が多様だということは重々承知した上で、いま申し上げたような、特に正 規の労働組合員が広く納得するような、多様な能力の膨らみのようなことを取り込んでいく 同一価値労働同一賃金の定義というのは、何かお考えだろうか、あるいは、そもそも可能だ ろうかということについてお伺いできればと思います。  2点目は荻野さんに対してです。今日は特に有期労働の長期化のお話がありました。そも そもそれが行われないと、いわゆる非正規労働者のキャリアアップ自体が空回りしてしまう というお話でした。これは久本さんなどのご議論だと思いますけれども、准正社員や職種限 定型の正社員と言いますか、この辺りは私も参加した連合総研の雇用ニューディール政策の 中でも言われていることで、組合サイドも考えていることだろうと思います。  ちなみに、スウェーデンでもプロジェクト雇用という枠組みがあります。これはある事業 が終了するまでの雇用形態です。そういう意味ではかなり普遍的だと思うのです。問題はそ の先で、有期雇用の長期化がキャリアアップにつながる保証と言いますか、傾向と言います か。今日はあまり法的、制度的な枠ははめないほうがよろしいということはおっしゃってい ましたけれども、最近ではキャリアラダーという考え方も言われているようで、やはり何ら かの付加的な枠組みがあって、初めて長期化というのが能力形成にプラスに働くのではない かと思います。その辺りはいかがだろうかということを、もうちょっと踏み込んで伺いたい と思います。  最後に、公的雇用についていくつかご議論がありましたので、これはコメントと言います か。「公的雇用」と言った場合、日本の文脈だと公共事業のイメージが強すぎるわけですけ れども、いまヨーロッパで「公的雇用」と言った場合、ワークインテグレーション・ソーシ ャルエンタープライズとか、トランジショナル・レイバーマーケットです。つまり、公的な 資金の枠組みでNPOや、それに準ずる社会的企業が公共事業を受注します。ただ、その主 要な目的は人々をトレーニングして、正規の労働市場につないでいくことです。そういう形 の公的労働、公的雇用を拡大しているわけで、こちらにもうちょっと留意する必要があるか と思います。質問としては、お2方にそれぞれ1点ずつです。 ○樋口座長 同一価値労働同一賃金を具体的にどういうように進めるか、もう一歩踏み込め ないのかというお話でしたので、まず最初に團野さんに。 ○團野氏 これまでも「同一価値労働」「同一賃金」「均等・均衡処遇」という言葉は、それ こそ世間で溢れるほど言われてきたのだろうと思うのです。ところが学者の先生方も、では、 どことどう合わせるのかという具体的な整理は誰もしていないわけです。ですから「同一価 値労働であって同一賃金を目指そう。均等・均衡処遇をやろうじゃないか」と言ったら、労 働運動としてはそこで終わってしまうのです。では、どうやってやるのかというのがないの です。ですから私は、連合としてそこのところをきちんとつくっていかないと、結局、均等・ 均衡処遇も実現できないのではないかと、いま現在考えております。  52の構成組織がありますので、そのことについては、それぞれみんないろいろな意見を 持っております。したがってすぐには連合全体として方針をつくり運動を展開するというこ とができませんので、昨年6月から外部研究会を立ち上げて、どこで合わせるのかというこ とを検討中であります。要するに、新入社員で入り一定の経験年数を積んで一人前になり、 上司に指示されたら、大体ひと通りのことはできます。それは産業・企業によって違います けれども、それが5、6年だとすると、非正規雇用労働者も社外も含めて、直接雇用ではな いにしても、同じ経験を5、6年することになります。そうすると、仮に一定程度の仕事が 同程度できるとしたときに、そこで均等・均衡処遇をどのような形で実現できるかと。これ はまだ1つの例ですけれども、そのようなことが考えられるのではないかといったこともあ ります。これは結論ではありません。そんなことも含めて検討しているということです。  例えば、スーパーやデパートなどで見られるようなやり方やあり方があります。我々がデ パートに行くと、向こうが非正規であれ正社員であれ、我々に対するサービスに違いがあっ ては困ります。同一のサービスを提供してほしい。それが違ったら「なんでだ」と言うわけ です。そうすると、デパートの経営の観点からいっても、そんなことは許されませんから、 そういう使い方をしているはずなのです。  パートタイム労働者だからということで、パートタイムという形で使うかもしれませんが、 それがメイト社員みたいな形で少しキャリアパス、キャリアを積んだ人たちに准社員的な扱 いをするとか、その中から正規雇用、正社員を登用していくとか、いろいろなやり方がある だろうと思います。産業・企業によってスキルパスをどういうように持っていくのか、それ を処遇にどうつなげていくのかといったことで違いはありますけれども、具体的なやり方を どう採るかということを検討して整理をしていかないと、結局のところ、均等・均衡処遇は できないと思っております。実はいま、それを検討している最中で、お答えはなかなか難し いと思っております。できれば今年の6月ごろまでには、一定の整理をして、それから内部 も含めた検討体制に入っていきたいと考えております。 ○樋口座長 我々もこの研究会で議論していかないといけないテーマかと思います。荻野さ ん、どうぞ。 ○荻野氏 先に同一労働同一賃金の話について、一言申し上げたいと思います。日本企業の 場合、業績と労働条件の関係をどう考えるかというのが、結構大きな問題になってくるので はないかと思います。つまり、日本企業では人事制度の歴史的な与件があり、戦後職工一体 になって、俗に言う青空の見える人事管理というのが出来上がり、小集団活動や提案制度み たいなものを通じて、労使で労働者の経営参加を積極的に進めてきました。その結果、経営 者のほうにも労働者のほうにも、労働者、とりわけ正社員は企業経営や業績に対して、一定 のコミットをしているものであるということが、共通の理解としてあると思います。  それが典型的に出ているのが、日本では現業部門などにおいても、相当額の賞与が支払わ れているというところです。つまり、それぞれの労働者に利益配分がされている。その辺が 欧米の典型的な人事管理とは、かなり違っているところだろうと思います。我々の海外の現 地法人の人に聞いても、現場労働の作業者にそんなに賞与を払っている例はめずらしい。や はりそこでの考え方というのは、俺たちは企業の業績に関係ない、あれは経営者と経営幹部 と資本家の問題であって、我々は自分の仕事をきちんとやって、それに見合った賃金をもら っているという考え方だろうと思います。  ですから、もちろん微妙には違うのでしょうけれども、自動車組立工であればどの会社で 働いていても、基本的に同じような賃金を得ます。ところが日本ですと、同じ産業の別の企 業で同じような仕事をしていても、業績が違えば賞与がとても違うのは当たり前ということ になっています。したがって「同一労働同一賃金」と言ったときに、特に「横断的に」と言 ったときに、こういった業績利益配分的なものをどう考えるのかというところが、大変問題 になってくるのではないかと思います。そこのところが整理できないと、社会横断的な同一 労働同一賃金というのは、非常に難しいわけです。  一方で、先ほども強調しましたが、企業の中での同一労働同一賃金、お互いに働く人が納 得してやる気を出していけるような違いなり、評価なりといったものについては、もう企業 が一生懸命やっているところです。ただ、それを横断したものを無理につくっていくことが、 企業にとってあるいは働く人たちにとって本当にいいことなのかどうかというのは、相当真 剣に考えていく必要があるのではないかと思っております。  それから、キャリアラダーのお話もいただきました。おっしゃることは大変そのとおりだ ろうと思うところもあります。企業としても、例えば自動車産業の現場の有期契約で働いて いる期間従業員は、基本的に生産台数が増えればたくさん増え、減れば減っていくのです。 ただ需要変動を見通したときに、通常は作業員の2割から3割ぐらいは、そういった人たち を持ちたいと考えると、全く経験のない人たちができる仕事が2割も3割もあるかというと、 決してそんなことはないわけです。やはり全体の1割ぐらいしか、そういう仕事はない。そ うすると、1年間初歩的な仕事をしてもらった人には、次は2年目の人がやるような少し難 しい仕事をやってほしいと。そうでないと2割、3割の有期雇用の比率は維持できないとい うことになります。  そうなると企業は当然、教育訓練をして、そういった仕事をできるようにして、それに対 しては日給も上がるわけです。賃金も上がるし、教育訓練も行われるし、スキルも上がる。 さらに、それも出来るようになれば3年目は次の仕事で、もうちょっとレベルの高い仕事を して教育も行い、賃金も上がるということで、3年経つとそこから先はいろいろと制約がか かってくるのが怖いから、正社員に登用するか、もしくは予防的に雇止めという形になると いうのが観察されます。そういった形で、もしそれが5年、6年可能でも、やはり景気が悪 くなってきたら雇止めをされる可能性を持ち続けているということだと、予防的な雇止めが 不要になり、さらにそういった訓練が進むだろうということは、十分予測可能なわけです。 そういう意味でニーズのある所では、必ず教育訓練が行われると考えてほしいと思います。 ただ、これは確かに仕事により、企業により、業種により異なると思います。  しかし一方でキャリアラダーのように、それを文章にして、これだけやったら次はこうい う仕事でというようなやり方が本当にうまくいくかというと、なかなか疑問ではないか。諸 外国というか、特にイギリスのそういったものが結構有名ですけれども、機能しているのは 5段階でいくと下の2段階くらいまでで、そこから上にいくとやはり書き切れない、書いて もメンテナンスできないということで、なかなかうまく働いていないとも聞いております。 ですから、あまり形式的なものをつくると、かえってよろしくない。  例えば企業が5年間雇うのだったら、こういう教育訓練をしなさいというルールを決めた 瞬間に、それに合わせるという行動が始まってきて、肝心の訓練の内容が空洞化したり、形 骸化したりしてくるリスクが非常に高いと思います。そういう意味ではニーズがどこにある のかということを見極めながら、うまくインセンティブを与えていく。ルールだけでコント ロールするというのは、やはりかなり難しいのではないか。これは人事管理の実務などをや っていると、本当に感じるところです。  そういう意味ではこれも歴史的には皆さんご承知のとおり、旧日経連が一時期、す職務分 析を熱心にやって、職務給でやろう、それで同一労働同一賃金にしようという動きを一生懸 命やった時期があります。経団連と合併してからもつい数年前まで、「職務分析センター」 という組織がまだ残っていて、そういうことをやる人たちもいたのです。名前は変わったよ うですが、まだいるかもしれません。そういう経緯もありますが、しかし、それはやはり長 い間にはうまくいかなくて、あるいは、ほかのやり方でうまくいってこうなってきたという ことは、頭の中に入れておく必要があるのではないかと、私自身は考えております。 ○樋口座長 「有期の長期化」と言ったときに、アメリカで考えれば、大学の教師が採用さ れた最初というのは、大体7年間の有期になっているわけです。そこで再審査がなされてそ のまま残れるか、それとも契約止めになるのかということです。これでも機能が持っている というのは、逆に7年間に積み上げてきた業績というものが、転職というか、ほかの大学に 移るときに、十分評価されるような仕組みがつくられているのです。だから一生懸命やるし、 能力を高めたことがプラスになるのだろうと思うのです。そこの外部労働市場のところがな いと、7年間で終わりですということでは。この7年間のキャリアをどういうように活かせ るのかというところが、やはり重要な仕組みになってきます。ここには社会的な能力評価み たいなものが必要かと思います。普通、我々は大学ではそう考えているところがあるのです。 ○荻野氏 そうですね。まさに職種により、業種により、事情は大変違うと思います。通常、 企業が中途採用をするときも、やはりいちばん見るのは職歴です。例えば名前を知らない会 社であれば、「この会社でどんな仕事をしてきましたか。次の会社では何年間、こんな仕事 をしていたのですね」ということを見ながら判断するわけですから、それについては基本的 に同じことであろうと思います。  いまも申し上げましたけれども、難しい仕事、高度な仕事になればなるほど、標準化とい うのは非常に難しいのではないかと思います。もちろんジョブ・カードみたいなものは採用 の実務の大変助けにもなりますし、転職あるいは失業した際の再就職のためのツールとして も有益だと思います。しかし、それが企業の採用判断の中でどこまでのウエイトを持ってい くのかということになると、100%それで決めるというのは、たぶん無理だろうと思います。 そういった中でどういうように判断していくのか。  移動が増えてくれば、相場はできてくるだろうと思います。これは例外的なケースですか ら、一般化はできないかもしれませんけれども、逆に5年、10年の有期雇用というのをつ くって、例えばリクルートで5年やってきた人が、「リクルートで5年契約で働いて、満了 を期に新しい会社にチャレンジしたいと思います」といって中途採用に応募して来ると、や はりそれは相当アプリシエイトされると思うのです。あるいは「あなたはソニーで10年間 やってきたんですね」というように。ですから相場というものは、すでに一定にできつつあ るでしょうし、今後、もしそういったものが増えるのであれば、そういう方向に進んでいく のだろうとは思います。 ○駒村委員 どうもありがとうございました。大変参考になりました。特にいまのキャリア ラダーのところは、現実的な可能性がどうなのかというのは私も悩んでおりましたので、ネ ックとしてメンテの問題と、ルールの問題と、失業保障の問題というのがまずあってという 話も大変勉強になりました。  電機労連のほうも、かつて似たようなことにトライしたことがあって、あまりうまくいか なかったのではないかという感じです。それ以外にも何か決定的なネックみたいなものがあ るのかどうか。例えば、前に同じく自動車の製造現場で働いていて3年間経験した評価を、 別の自動車会社に移ったときにその3年分をいかに評価するかと考えたときに、そういうメ ンテの部分、失業保障の部分、ルールの部分以外に、どういうところでネックがあるかとい うのを教えていただければと思います。  それから、これはもっと大きい話です。この研究会全体で認識しなければいけないのは、 荻野さんのお話の資料のほうで、非正規労働問題というのは、現下の多くは循環要因ではな いかと述べていらっしゃると思います。團野さんははっきりおっしゃったかどうかは分かか りませんけれども、どちらかというと循環要因と言うよりは、構造的な変化ではないかとお っしゃったような感じがします。  私は慶應大学で社会保障を担当しております。いま社会保険なりセーフティネットで起き ていることは、雇用形態の流動化や多様化が社会保険を空洞化しているということです。こ こ15年のデータを見れば、明らかに医療・年金の空洞化というのは、雇用の流動化とかな りの因果関係があるだろうと思われます。  さらに従来型の働き方が、かなり不安定になってきています。世界全体でも先進国に共通 して、卒業と若年労働者の問題と不安定労働者の問題というのがあると思います。世界全体 でそういう傾向がある中で、日本でも共通して従来の社会保険中心型の社会保障では、どう も立ち行かなくなって、それでいきなり生活保護かというと、その間が必要になってきたと いう認識があると思うのです。それが構造要因、一方方向の構造的な非科学的な変化ではな くて循環的であれば、とりあえず今を凌げばそれでいいというように捉えられますし、そう ではなくて構造的な変化であれば、大掛かりなセーフティネットや社会保険の組直しを考え なければいけないと思います。そこで荻野さんには、ここが循環的ではないかと判断された 根拠というか要因を、團野さんには、その辺を循環的なものと見られているのか、構造的な ものと見られているのか、この辺を確認させていただきたいと思います。 ○荻野氏 構造的要因が全くないと申し上げているわけでは決してありません。先ほどの報 告の中でも申し上げましたけれども、1990年代後半ぐらいから、明らかに期待成長率が下 方屈折したということがありますので、それは間違いなく構造要因としてあるだろうと。そ れから産業構造の変化ですね。比較的非正規率の高いサービス業の比率が趨勢的に高まって いて、そうでない製造業等の比率はやや低下しているといったこともあります。そういった ものの要因がないと申し上げているわけではなくて、もちろんあると思います。  一時期、UV分析をして摩擦的・構造的失業率と需要不足失業率の解析をするということ が、よくやられたと思うのです。あれなどもその後に非常に循環的要因のバイアスが入ると いう反省があったということを記憶しております。必ずしも我々実務家が実務実態のある根 拠を持っているわけではないのですけれども、やはり景気のいい時期であれば、未熟練であ っても採用をして、企業の中でどんどん育成をして、必要な人材にしていくということがあ る一方で、やはり現に人が余ってしまっているような状況がくれば、どんなにいい人材で、 喉から手が出るくらいほしくても、いまは採れないということが起こったりするのも経験的 にあります。そういう意味ではあまりに世間で構造的要因ばかりが強調されるのは、いかが なものかと思っているという程度のことで、ご了解いただければと思います。 ○團野氏 私の認識は、労働そのものが変化しているというようにとらまえております。こ れまでは1人が社会に出て働いて、家族はその収入によって生活を営むという前提で、社会 保険や社会保障制度というものが、すべて組み立てられてきたのだろうと思うのです。とこ ろが低収入の仕事が増えたために、1人では家族全員を養えない。したがって2人で稼ぐと いうパターンも増えてきているわけです。ですから一人収入で家族全員が生活をするパター ンもあるでしょうけれども、二人収入型に変わってきているという部分もあるだろうという ことです。また、正規雇用というタイプだけではなく、非正規という非常に雇用が不安定で、 低収入で働かざるを得ない層も出てきています。そういう労働そのものの変化を前提に置い た上で、社会保険のあり方、社会保障のあり方というものを、もう一度組み立て直す必要が あるのではないかという問題意識です。  税制についても私は、そういうことだろうと思っております。かつては累進課税でいちば ん高いものが7割程度でしたけれども、現状は20%という状況です。これでは所得の再配 分機能というのは、当然持ち得ないわけです。あまりにも所得の高い所を優遇しすぎたため に、再配分機能が弱まってしまっていると思います。したがって、これからの労働というも のを前提に置いた上で、税収、税制、社会保障制度を含めて、もう一度見つめ直し、検討し 直す必要がある、そういうタイミングにきているのではないだろうかと私は認識しておりま す。 ○樋口座長 お2方のお話の共通点、夫婦2人が働いてというのは、両方ともご指摘になっ ていた共通点だったというように感じました。荻野さんもやはりそうですか。 ○荻野氏 まさに多様化する中で、そういったものも1つのあり方としてあるのではないか と思っております。別に夫婦の一方が主に稼得をして、一方が主に家事等々を担うというあ り方がすべて悪いというわけでもないですし、世帯の中で合意の上でそういったライフスタ イル、あるいは働き方を選択するのであれば、それはそれで立派なものであるし、周りの人 間が「それは駄目だ」と言うものではないだろうと思います。  また、一方で最前から話がありました夫婦が共にほどほどに働いて、ほどほどの所得、ほ どほどのキャリアで2人で生計費を稼得するというのも、1つのあり方だろうと思います。 これはもう本当に多様であっていいわけです。そういった中でそういったものも認められる べきだし、選択によって有利不利があまりにも大きくなるようなことがあってはならない。 そういう方向であるべきだろうとは考えております。 ○樋口座長 では、最後に森永さんどうぞ。 ○森永委員 團野さんに1つだけお伺いしたい。いま、雇用や賃金が非常に厳しい状況にな っている原因の大部分は、デフレだと思っているのです。ナショナルセンターとしてこのデ フレに対して、どういうように取り組んだらいいと思っていらっしゃいますか。 ○團野氏 デフレ脱却論は経済学者に任せたいと思うのですが。昨日、経団連トップ懇談会 をやったときに申し上げたのは、経営としてずっと、総額人件費抑制一辺倒できているわけ です。そういったことが自社の売上高の減少につながり、また限界利益も落ちるから、コス トをカットして収益を産み出す。その収益でやっていくためには、例えば売ろうとしても低 価格でしか売れないという縮小均衡に、どんどん、どんどん悪循環できているではないかと。  確かにバブルが崩壊して、仕事量が減少した中で雇用を確保するために、労働時間で調整 したり何かして一生懸命やってきました。そういう過程にあるということは状況としてはわ かるけれども、いつまでやるつもりなのかと。このデフレ経済というものそのものが、我々 の日本の経済社会そのものを本質的に駄目にしている。企業が先に対する自信や確信がない がために、設備投資もやらない。設備投資をやらないから、内部留保として残ってしまう。 一体そのお金をどうするのですかと。そこに呻吟しているような気がするのです。私は、す べて企業の責任とは思いませんけれども、その悪循環をどう脱却するかということで考える べきだろうと思っています。  最近、構成組織のトップに言っているのは、確かに今年の労働条件の要求については、賃 金カーブを維持して、きちんとこれ以上の賃金低下を阻止しましょうということを、運動と してやろうという提起をしております。そういう諸条件が入る前に、いまの経営のやり方で 果たして大丈夫なのかという協議をしろ、自社ごとにやってくれと。別に経営批判をする必 要はないわけです。本当にそれが正しいやり方なのか、やり方としてもう少しこういうこと をやらなければいけないのではないだろうかというのは、労使できちんと協議をすべきでは ないかという問題意識を持っています。そういう積重ねが、デフレ脱却の糸口につながって いくのではないだろうかと思っております。それプラス、あとは政府の対策、政策にかかわ っていると私は思います。 ○樋口座長 ありがとうございました。単なるデフレではなく、やはりデフレスパイラルと いうところが、個別企業における労使の交渉、ミクロの優先というのが、今度はマクロにフ ィードバックしてくる、労働は単なる派生需要ではなくなってきて、今度はそこがまたマク ロに影響を及ぼすと。その点についてはこの後、3回目、4回目以降でまた少し議論をして いきたいと思います。  今日はお忙しい中、お2方に来ていただきまして誠にありがとうございました。今日いた だいたご議論を参考にさせていただいて、我々も考えていきたいと思います。次回も引き続 き、「目指すべき雇用システムとセーフティネット」というテーマで、検討を進めてまいり たいと思います。よろしくお願いいたします。それでは事務局からどうぞ。 ○里見雇用政策企画官 次回、第3回雇用政策研究会は2月5日金曜日の17時から、こち らの省議室で開催することとしております。ご案内は後日お送りします。また、今後は資料 3にお示ししたスケジュールでの開催を予定しておりますので、よろしくお願いいたします。 ○樋口座長 本日は以上で終了します。どうもありがとうございました。 照会先 厚生労働省職業安定局雇用政策課雇用政策係  〒100−8916 東京都千代田区霞が関1−2−2  電話 03−5253−1111(内線:5732)     03−3502−6770(夜間)