資料 4
運動・身体活動を指導する際のリスクマネージメント

メタボリックシンドロームの該当者あるいはその予備群の者は、有病者ではないが、健康な人と比較すると身体活動・運動実施時に傷害や内科的イベントに遭遇するリスクが高い。したがって、特定保健指導の対象者に対する身体活動・運動の指導を行う際には、十分なリスク管理に留意して行う必要がある。

リスク管理を行うためには、1)指導対象者のリスク把握と層別化、2)傷害と事故の予防対策の徹底、が不可欠である。

1)リスク把握(既往歴、服薬の有無、健診結果の把握)と対象者の層別化

保健指導の中でメタボリックシンドローム該当者に身体活動・運動指導を行う際には、指導対象の個々人がどのようなリスクを有しているのかを健診結果や質問票、面接などにおいて十分に把握する必要がある

健診により対象者が選定された保健指導であるからリスクの高い人は把握済みと考えるのは早計で、健診結果が保健指導対象値の者の中にも運動実施時に傷害や内科的イベントに遭遇するリスクが高い者が潜伏していることに留意する必要がある。

(1)脳卒中、虚血性心疾患などの循環器疾患の既往歴のある人は、運動により再発する可能性がある。また慢性腎炎などの腎臓病の人にとって運動は症状を増悪させる要因となる。したがって、これらの疾患の既往歴は確実に把握する必要がある。

(2)血液検査や血圧測定の結果は、服薬により正常域あるいは境界域にコントロールされているケースが多くあるため、服薬の有無については疾患別(高血圧症、糖尿病、高脂血症など)に把握しておく必要がある。

リスク把握の後、表1.の手順で対象者を層別化する。上記の疾患の既往歴がある者、すでに服薬をしている者は、かかりつけの医師もしくは健康スポーツ医の指導のもとで運動・身体活動を行うべきであり、特定保健指導の対象とはしない。健診によって始めて明らかとなった糖尿病、高脂血症、高血圧症などの自覚症状のない疾患の場合でも、少なくとも本人を通して、医師の運動・身体活動実施に関する意見を聞いておく必要がある。特定保健指導における運動・身体活動指導を、医師の介在なしで行って良いのは、有病者(脳卒中、心疾患、腎臓疾患、高血圧症、高脂血症、糖尿病)でない保健指導支援対象者(メタボリックシンドロームとその予備群の者)となる。

リスクの把握の方法は、「標準的な健診・保健指導プログラム(暫定版)」P45の標準的な質問表で対応が可能である。(表2

表1. 動機付け・積極的支援対象者のリスク把握による層別化
(1)質問表により心臓病・脳卒中・腎症の既往歴あり→かかりつけ医もしく健康スポーツ医の指導による運動・身体活動実施
(2)質問表により服薬あり→(1)と同じ
(3)健診により初めての受診勧奨→本人による医師への相談の上、医師からの運動許可が得られた上で保健指導担当者が運動・身体活動指導
(4)上記以外の動機付け・積極的支援対象者→保健指導者が運動・身体活動
指導
(注)(1)〜(4)のすべてのケースで、2)に示した、傷害と事故の予防対策の徹底が不可欠である。

 

2)傷害と事故の予防対策の徹底

メタボリックシンドローム該当者やその予備群の者は体重が重く、運動による足腰への物理的負担が大きいので、4METs未満の運動強度の歩行程度の運動・身体活動を実施した場合においも実施の方法を誤ると膝や腰などに痛みが出る可能性が高い。また、メタボリックシンドロームの者は健康な者と比較して、循環器疾患の事故が起こる可能性が明らかに高い。そのため、様々な傷害の発生や疾患の発症などの事故の予防のためにいくつかの配慮が必要となる。運動や身体活動の増加に伴う循環器疾患の事故や傷害の発生を予防することは、この特定保健指導プログラムの実施において極めて重要である。

したがって、保健指導の担当者は以下のポイントを確実に押さえた運動・身体活動指導を実施することが必須である。運動に限らず、通勤や買い物での歩行程度の身体活動を行う際にも、以下の予防対策を踏まえた指導を行うことが望ましい。

(1)運動・身体活動にふさわしい服装や傷害予防のための靴の選択

運動中の暑さや寒さは熱中症に代表される運動・身体活動に伴う事故の要因となる。また、動きにくい服装は、転倒の回避動作などの妨げとなる。特にメタボリックシンドロームの者や肥満者は、体温調節機能が低下しているため、服装に関しては体温調節が可能で動きやすいものが推奨される。肥満や過体重の者は、標準体重の者と比較して、運動や身体活動による膝や腰への物理的負担が大きい。したがって、膝痛や腰痛などを予防するために緩衝機能の優れた運動に適した靴を履くことが推奨される。(エクササイズガイド2006、P31参照)

(2)運動・身体活動前後の準備・整理運動の実施方法の指導

運動・身体活動の特性、傷害や事故の発生の特徴や実施者の特性を考慮して十分に計画された準備運動は、運動による傷害(外傷と慢性障害を含む)や循環器疾患の事故などの発生を予防する効果がある。準備運動と整理運動によって、下肢の靭帯損傷などの外傷および慢性障害の発症リスクを約半分に低下させることが明らかとなっている。メタボリックシンドロームの者や肥満者は、運動のみならず、通勤で歩く、買い物に歩いて出かけるなどの身体活動を実施する際にも、準備運動や整理運動を実施することが推奨される。(エクササイズガイド2006、P32参照)

(3)運動・身体活動の内容(種類や種目)や強度の選択

運動・身体活動の内容は、血圧上昇が少なく、エネルギー消費量が大きく、かつ循環器系疾患の事故や傷害の危険性が低い有酸素性運動が推奨される。メタボリックシンドロームの者や肥満者に、筋力トレーニングのみを実施させることは望ましくない。

運動・身体活動の強度は、運動・身体活動支援の初期は3METs程度(散歩程度)が、継続後に運動や身体活動に慣れたとしても、支援の期間中は3METs以上6METs未満の強度の運動もしくは身体活動が推奨される。(エクササイズガイド2006、P7, P23, P34-35参照)積極的支援対象者に対しては6METs以上の運動や身体活動は原則的に指導しないことが望ましい。

積極的支援対象者に高強度の筋力トレーニングや重い荷物を運ぶなどを実施させる際や、6METs以上の有酸素運動を実施させる場合には健康スポーツ医の指導に基づき指導することが望ましい。運動・身体活動指導に関して委託を受けた健康増進施設などが医師と連携して指導を実施する場合には、一般の医師ではなく健康スポーツ医の資格を有するものが望ましい。

(4)運動・身体活動の正しいフォームの指導

運動・身体活動は正しい方法やフォームで実践しないと、思わぬ傷害や事故を引き起こす場合がある。指導者は、基本的なフォームを見せたり留意点を体験させる実技指導を通して指導しておく責務を負う。(エクササイズガイド2006、P17-18)

(5)膝や腰に整形外科的問題のある人への配慮

メタボリックシンドロームや肥満者には、膝や腰に障害や痛みを抱える人が多い。このような対象者に対しては、水中歩行や自転車運動など、体重が下肢に完全にかからない運動から始めることが望ましい。また、運動や身体活動による下肢や腰の痛みを感じた際には、速やかに冷やすなどの適切な処置を行えるよう各対象者に指導しておくことが推奨される。

(6)運動・身体活動中の対象者の様子や体調の変化への配慮

指導者による監視下での運動・身体活動指導では、指導者は対象者の様子や表情などを良く観察すること。非監視下の運動・身体活動では「無理をしない」ことを対象者に徹底することが不可欠である。運動実施前には必ず体調チェックすること、また各自でセルフチェックができるように指導しておくこと。

(7)救急時のための準備

監視下での運動・身体活動指導の際の事故や傷害の発生に備えて、連絡体制や患者の運搬経路を確立し、運動指導者の救急処置のスキルを高めておくこと。


表2.標準的な質問票

  質問項目 回答 分野
1-3 現在、aからcの薬の使用の有無   服薬歴
    1 a. 血圧を下げる薬 [1]はい [2]いいえ 服薬歴
  2 b. インスリン注射又は血糖を下げる薬 [1]はい [2]いいえ 服薬歴
  3 c. コレステロールを下げる薬 [1]はい [2]いいえ 服薬歴
4 医師から、脳卒中(脳出血、脳梗塞等)にかかっているといわれたり、治療を受けたことがありますか。 [1]はい [2]いいえ 既往歴
5 医師から、心臓病(狭心症、心筋梗塞等)にかかっているといわれたり、治療を受けたことがありますか。 [1]はい [2]いいえ 既往歴
6 医師から、慢性の腎不全にかかっているといわれたり、治療(人工透析)を受けたことがありますか。 [1]はい [2]いいえ 既往歴
7 現在、たばこを習慣的に吸っている。 (※「現在、習慣的に喫煙している者」とは、「合計100本以上、又は6ヶ月以上吸っている者」であり、最近1ヶ月間も吸っている者) [1]はい [2]いいえ 喫煙
8 20歳の時の体重から10kg以上増加している。 [1]はい [2]いいえ 体重
9 1回30分以上の軽く汗をかく運動を週2日以上、1年以上実施していますか。 [1]はい [2]いいえ 運動
10 日常生活において歩行又は同等の生活活動を1日1時間以上実施していますか。 [1]はい [2]いいえ 運動
11 同世代の同性と比較して歩く速度が速い。 [1]はい [2]いいえ 運動
12 この1年間で体重の増減が±3kg以上あった。 [1]はい [2]いいえ 体重
13 早食い・ドカ食い・ながら食いが多い。 [1]はい [2]いいえ 栄養
14 就寝前の2時間以内に夕食を取ることが週に3回以上ある。 [1]はい [2]いいえ 栄養
15 夜食や間食が多い。 [1]はい [2]いいえ 栄養
16 朝食を抜くことが多い。 [1]はい [2]いいえ 栄養
17 ほぼ毎日アルコール飲料を飲む。 [1]はい [2]いいえ 栄養
18 睡眠で休養が得られている。 [1]はい [2]いいえ 休養

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