今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)
(案)


 今後の労働契約法制の在り方については労働政策審議会労働条件分科会において平成17年10月4日以後、今後の労働時間法制の在り方については同分科会において平成18年2月9日以後、合わせて 回にわたり検討を行い、精力的に議論を深めてきたところである。

 少子高齢化が進展し労働力人口が減少する中で、我が国の経済社会の活力を維持するため、就業形態の多様化、個別労働関係紛争の増加、長時間労働者の割合の高止まり等の課題に対応し、労使双方が安心・納得した上で多様な働き方を実現できる労働環境の整備が必要となっている。

 まず、近年、就業形態・就業意識の多様化等が進み、労働者ごとに個別に労働条件が決定・変更される場合が増えるとともに、個別労働関係紛争も増加傾向にある。
 一方、個別労働関係紛争解決制度や労働審判制度など、個別労働関係紛争の事後的解決手続の整備が進んでいるが、個別労働関係を律する法律としては最低労働基準を定める労働基準法しか存在しないため、体系的で分かりやすい解決や未然防止に資するルールが欠けている現状にある。
 このため、労働契約の内容が労使の合意に基づいて自主的に決定され、労働契約が円滑に継続するための基本的なルールを法制化することが必要とされている。

 また、労働時間の状況についてみると、労働時間が長短二極化しており、子育て世代の男性を中心に長時間労働者の割合の高止まりや健康が損なわれている例も見られる。仕事と生活のバランスを確保するとともに、労働者の健康確保や少子化対策の観点から、長時間労働の抑制を図ることが課題となっている。
 さらに、産業構造の変化が進む中で、ホワイトカラー労働者の増加等により就業形態が多様化している。このような中、企業においては、高付加価値かつ創造的な仕事の比重が高まってきており、組織のフラット化等に伴い、権限委譲や裁量付与等により、自由度の高い働き方をとる例が見られ、このような働き方においてもより能力を発揮しつつ、長時間労働の抑制を図り、健康を確保できる労働時間制度の整備が必要となっている。
 このため、仕事と生活のバランスを実現するための「働き方の見直し」の観点から、長時間労働を抑制しながら働き方の多様化に対応するため、労働時間制度について整備を行うことが必要である。

 このような考え方に基づき当分科会において検討を行った結果は、別紙のとおりであるので報告する。
 この報告を受けて、厚生労働省において、審議の過程で出された労使各側委員の意見も十分斟酌しつつ、次期通常国会における労働契約法の制定、労働基準法の改正をはじめ所要の措置を講ずることが適当である。



(別紙)

I  労働契約法制
 労働契約の内容が労使の合意に基づいて自主的に決定され、労働契約が円滑に継続するための基本的な考え方として、次のとおりルールを明確化することが必要である。

 労働契約の原則
(1)  労働契約は、労働者及び使用者の対等の立場における合意に基づいて締結され、又は変更されるべきものであるものとすること。
(2)  使用者は、契約内容について、労働者の理解を深めるようにするものとすること。
(3)  労働者及び使用者は、締結された労働契約の内容についてできる限り書面により確認するようにするものとすること。
(4)  労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行しなければならず、その権利の行使に当たっては、それを濫用するようなことがあってはならないこととすること。
(5)  使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができる職場となるよう、労働契約に伴い必要な配慮をするものとすること。
 なお、使用者代表委員から、労働契約が双務契約であることにかんがみ、労働者の義務についても規定することが必要であるとの意見があった。

 労働条件に関する労働者間の均衡については、労働者代表委員から、就業形態の多様化に対応し適正な労働条件を確保するため均等待遇原則を労働契約法制に位置付けるべきとの意見が、また使用者代表委員から、具体的にどのような労働者についていかなる考慮が求められるのか不明であり、労働契約法制に位置付けるべきでないとの意見がそれぞれあった。
 このため、労働条件に関する労働者間の均衡の在り方について、労働者の多様な実態に留意しつつ必要な調査等を行うことを含め、引き続き検討することが適当である。

 なお、労働者代表委員から、労働契約法制が対象とする労働者の範囲について、経済的従属関係にある者を対象範囲にすることについて引き続き検討すべきであるとの意見があった。

 労働契約の成立及び変更
(1)  合意原則
 労働契約は、労働者及び使用者の合意によって成立し、又は変更されることを明らかにすること。

(2)  労働契約と就業規則との関係等
(1)  就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とし、無効となった部分は、就業規則で定める基準によることを、労働契約法において規定すること。
(2)  就業規則が法令又は労働協約に反してはならないものであり、反する場合の効力について、労働契約法において規定すること。
(3)  合理的な労働条件を定めて労働者に周知させていた就業規則がある場合には、その就業規則に定める労働条件が、労働契約の内容となるものとすること。ただし、(1)の場合を除き、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働契約の内容を合意した部分(特約)については、その合意によることとすること。

(3)  就業規則の変更による労働条件の変更
(1)
 就業規則の変更による労働条件の変更については、その変更が合理的なものであるかどうかの判断要素を含め、判例法理に沿って、明らかにすること。
 労働基準法第9章に定める就業規則に関する手続が上記イの変更ルールとの関係で重要であることを明らかにすること。
 就業規則の変更によっては変更されない労働条件を合意していた部分(特約)については、イによるのではなく、その合意によることとすること。
(2)  就業規則を作成していない事業場において、使用者が新たに就業規則を作成し、従前の労働条件に関する基準を変更する場合についても、(1)と同様とすること。

 主な労働条件に関するルール
(1)  出向(在籍型出向)
 使用者が労働者に在籍型出向を命じることができる場合において、出向の必要性、対象労働者の選定その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、出向命令は無効とすること。

(2)  転籍(移籍型出向)
 使用者は、労働者と合意した場合に、転籍をさせることができることとすること。

(3)  懲戒
 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、その懲戒が、労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とすること。

 労働契約の終了等
(1)  解雇
 労働基準法第18条の2(解雇権の濫用)を労働契約法に移行することとすること。

(2)  整理解雇(経営上の理由による解雇)
 経営上の理由による解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に該当するか否かを判断するために考慮すべき事情については、判例の動向も踏まえつつ、引き続き検討することが適当である。

(3)  解雇に関する労働関係紛争の解決方法
 解雇の金銭的解決については、労働審判制度(平成18年4月施行)の調停、個別労働関係紛争制度のあっせん等の紛争解決手段の動向も踏まえつつ、引き続き検討することが適当である。

 期間の定めのある労働契約
(1)  使用者は、期間の定めのある労働契約の契約期間中はやむを得ない理由がない限り解約できないこととすること。
(2)  使用者は、その労働契約の締結の目的に照らして、不必要に短期の有期労働契約を反復更新することのないよう配慮しなければならないこととすること。
(3)  「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」第2条の雇止め予告の対象の範囲を拡大(現行の1年以上継続した場合のほか、一定回数(3回)以上更新された場合も追加)することとすること。

 また、有期契約労働者については、今回講ずることとなる上記(1)から(3)までの施策以外の事項については、就業構造全体に及ぼす影響も考慮し、有期労働契約が良好な雇用形態として活用されるようにするという観点も踏まえつつ、引き続き検討することが適当である。

 なお、労働者代表委員から、「入口規制」(有期労働契約を利用できる理由の制限)、「出口規制」(更新回数や期間の制限)、「均等待遇」の3点が揃わない限り本質的な解決にはならず、これらの問題も含めて引き続き検討すべきであるとの意見があった。

 労働基準法関係
(1)  労働契約の即時解除に関する規定を労働契約法に移行することとすること。
(2)  就業規則の相対的必要記載事項(当該事業場において制度がある場合には明記することが求められる事項)として、出向を追加することとすること。

 また、労働基準法第36条等の「過半数代表者」の選出要件について明確にすることとし、その民主的な手続について引き続き検討することが適当である。

 国の役割
(1)  労働契約法に関する国の役割は、同法の周知を行うことにとどめ、同法について労働基準監督官による監督指導を行うものではないこと。
(2)  個別労働関係紛争解決制度を活用して紛争の未然防止及び早期解決を図ることとすること。


II  労働時間法制
 仕事と生活のバランスを実現するための「働き方の見直し」の観点から、長時間労働を抑制しながら働き方の多様化に対応するため、労働時間制度について次のとおり整備を行うことが必要である。

 時間外労働削減のための法制度の整備
(1)  時間外労働の限度基準
(1)  限度基準において、労使自治により、特別条項付き協定を締結する場合には延長時間をできる限り短くするように努めることや、特別条項付き協定では割増賃金率も定めなければならないこと及び当該割増賃金率は法定を超える率とするように努めることとすること。
(2)  法において、限度基準で定める事項に、割増賃金に関する事項を追加することとすること。
(2)  長時間労働者に対する割増賃金率の引上げ
(1)  使用者は、労働者の健康を確保する観点から、一定時間を超える時間外労働を行った労働者に対して、現行より高い一定率による割増賃金を支払うこととすることによって、長時間の時間外労働の抑制を図ることとすること。なお、「一定時間」及び「一定率」については、労働者の健康確保の観点、中小企業等の企業の経営環境の実態、割増賃金率の現状、長時間の時間外労働に対する抑制効果などを踏まえて引き続き検討することとし、当分科会で審議した上で命令で定めることとすること。
 本項目については、使用者代表委員から、企業の経営環境の実態を企業規模別や業種別を含めてきめ細かく踏まえることが必要であるとの意見があった。
(2)  割増率の引上げ分については、労使協定により、金銭の支払いに代えて、有給の休日を付与することができることとすること。

 なお、労働者代表委員から、割増賃金率の国際標準や均衡割増賃金率を参考に、割増賃金率を50%に引き上げることとの意見が、また使用者代表委員から、割増賃金の引上げは長時間労働を抑制する効果が期待できないばかりか、企業規模や業種によっては企業経営に甚大な影響を及ぼすので引上げは認められないとの意見があった。

 長時間労働削減のための支援策の充実
 長時間労働を削減するため、時間外労働の削減に取り組む中小企業等に対する支援策を講ずることとすること。

 特に長い長時間労働削減のための助言指導等の推進
 特に長い長時間労働を削減するためのキャンペーン月間の設定、上記1(1)の時間外労働の限度基準に係る特に長い時間外労働についての現行法の規定(労働基準法第36条第4項)に基づく助言指導等を総合的に推進することとすること。

 年次有給休暇制度の見直し
 法律において上限日数(5日)を設定した上で、労使協定により当該事業場における上限日数や対象労働者の範囲を定めた場合には、時間単位での年次有給休暇の取得を可能にすることとすること。

 自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設
 一定の要件を満たすホワイトカラー労働者について、個々の働き方に応じた休日の確保及び健康・福祉確保措置の実施を確実に担保しつつ、労働時間に関する一律的な規定の適用を除外することを認めることとすること。
(1)  制度の要件
(1)  対象労働者の要件として、次のいずれにも該当する者であることとすること。
i  労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること
ii  業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること
iii  業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること
iv  年収が相当程度高い者であること
 なお、対象労働者としては管理監督者の一歩手前に位置する者が想定されることから、年収要件もそれにふさわしいものとすることとし、管理監督者一般の平均的な年収水準を勘案しつつ、かつ、社会的に見て当該労働者の保護に欠けるものとならないよう、適切な水準を当分科会で審議した上で命令で定めることとすること。
 本項目については、使用者代表委員から、年収要件を定めるに当たっては、自由度の高い働き方にふさわしい制度を導入することのできる企業ができるだけ広くなるよう配慮すべきとの意見があった。
(2)  制度の導入に際しての要件として、労使委員会を設置し、下記(2)に掲げる事項を決議し、行政官庁に届け出ることとすること。
(2)  労使委員会の決議事項
(1)  労使委員会は、次の事項について決議しなければならないこととすること。
i  対象労働者の範囲
ii  賃金の決定、計算及び支払方法
iii  週休2日相当以上の休日の確保及びあらかじめ休日を特定すること
iv  労働時間の状況の把握及びそれに応じた健康・福祉確保措置の実施
v  苦情処理措置の実施
vi  対象労働者の同意を得ること及び不同意に対する不利益取扱いをしないこと
vii  その他(決議の有効期間、記録の保存等)
(2)  健康・福祉確保措置として、「週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行うこと」を必ず決議し、実施することとすること。
(3)  制度の履行確保
(1)  対象労働者に対して、4週4日以上かつ一年間を通じて週休2日分の日数(104日)以上の休日を確実に確保しなければならないこととし、確保しなかった場合には罰則を付すこととすること。
(2)  対象労働者の適正な労働条件の確保を図るため、厚生労働大臣が指針を定めることとすること。
(3)  (2)の指針において、使用者は対象労働者と業務内容や業務の進め方等について話し合うこととすること。
(4)  行政官庁は、制度の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、使用者に対して改善命令を出すことができることとし、改善命令に従わなかった場合には罰則を付すこととすること。
(4)  その他
 対象労働者には、年次有給休暇に関する規定(労働基準法第39条)は適用することとすること。

 なお、自由度の高い働き方にふさわしい制度については、労働者代表委員から、既に柔軟な働き方を可能とする他の制度が存在すること、長時間労働となるおそれがあること等から、新たな制度の導入は認められないとの意見があった。

 企画業務型裁量労働制の見直し
(1)  中小企業については、労使委員会が決議した場合には、現行において制度の対象業務とされている「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」に主として従事する労働者について、当該業務以外も含めた全体についてみなし時間を定めることにより、企画業務型裁量労働制を適用することができることとすること。
(2)  事業場における記録保存により実効的な監督指導の実施が確保されていることを前提として、労働時間の状況及び健康・福祉確保措置の実施状況に係る定期報告を廃止することとすること。
(3)  苦情処理措置について、健康確保や業務量等についての苦情があった場合には、労使委員会で制度全体の必要な見直しを検討することとすること。

 なお、企画業務型裁量労働制の見直しについては、労働者代表委員から、二重の基準を設定することは問題であり、また、対象者の範囲を拡大することとなるので、見直しを行うことは認められないとの意見があった。

 管理監督者の明確化
(1)  スタッフ職の範囲の明確化
 管理監督者となり得るスタッフ職の範囲について、ラインの管理監督者と企業内で同格以上に位置付けられている者であって、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当するものであることという考え方により明確化することとすること。
(2)  賃金台帳への明示
 管理監督者である旨を賃金台帳に明示することとすること。

 事業場外みなし制度の見直し
 事業場外みなし制度について、制度の運用実態を踏まえ、必要な場合には適切な措置を講ずることとすること。

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