第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果


1 初期診断・治療に関する評価

1.1 脳神経系の管理

  1.1.1. 経過
 平成17年2月9日から発熱があり、10日9:30頃に近医で胸部X線撮影中に突然転倒して頭部を打撲、一瞬意識消失したがその後覚醒した。精査のため当該病院に救急搬送された。10日10:14来院時、意識水準はGCS 15で、頭部に外傷痕はみられなかった。バイタルサインは安定していたが39.7℃の発熱がみられた。頭部CTでは第4脳室内に小出血を認めた。頭部X線や骨条件CTでは頭蓋骨骨折は認めなかった。MRIでは第4脳室内と大槽、上位頚髄周囲くも膜下腔に出血を認めた。しかし頭部CTアンギオでは動脈瘤や動静脈奇形などの明らかな出血原因となる病変は認めなかった。原因不明の脳室内出血、くも膜下出血として入院加療が行われ、細菌感染による発熱の可能性も考え、抗生物質が投与された。しかし、11日8:00突然意識水準が低下(GCS 8)し、頭部CTでくも膜下出血、脳室内血腫の増大、側脳室及び第3脳室の拡大がみられた。気管挿管後、緊急で脳室ドレナージが行われた。ついで、出血源精査のため左椎骨動脈撮影が行われた。しかし、明らかな動脈瘤や動静脈奇形などの出血源はみられなかった。しばらくして、脳室ドレーンから血液の流出がみられ、再度出血があったものと判断された。その後、意識水準の改善はみられず13:00頃には意識水準はGCS 3、瞳孔の散大、角膜反射の消失、自発呼吸の消失を認めた。

1.1.2. 診断の妥当性
 来院時に撮影した頭部CTでは第4脳室内に小出血を認め、当初、外傷による出血が疑われた。しかし骨折がみられず、意識障害も一瞬であったことから、外傷による出血は否定的であった。その後の頭部MRI、脳血管撮影では、明らかな動脈瘤や脳動静脈奇形等はなく、出血源を示す所見は得られなかった。本症例では出血源を確定すべく脳血管撮影、頭部MRIを行い、さらに臨床症状の変化が認められたときにはCT検査を随時行っているが、くも膜下出血の出血源の同定ができなかったことはやむを得ない。最終的には3回の出血が起こり、不可逆的な脳機能喪失状態に移行したものと考えられる。
 なお、病理解剖でも、肉眼的なレベルでは明らかな出血原因となる病変を認めなかった。
 以上のように、本症例における診断法の選択及び実施時期は適切であり、診断は妥当である。

1.1.3. 保存的治療を行ったことの評価
 来院当日、頭部CTや頭部MRIで動脈瘤や脳動静脈奇形など明らかな出血原因は認められず、意識も清明であったことから、保存的治療が選択されたのは妥当な判断である。来院翌日に急激な意識低下が起こり、頭部CT、頭部MRIで出血の増大と閉塞性水頭症がみられ、後頭蓋窩の開頭と脳室ドレナージの準備をしていたが、全身麻酔導入直前には深昏睡となり、後頭蓋窩の開頭は危険と判断され、脳室ドレナージのみを行った。
 以上の臨床経過、CT所見、MRI所見から、脳室ドレナージなどの治療法を行ったことは妥当であり、その後、循環呼吸管理などの保存療法を行った判断は適切である。
なお、発熱に対して、呼吸状態の観察や胸部X線検査等が行われた。来院時39.7℃の発熱と末梢血白血球数増加(9000/ mm3)がみられ、咽頭痛、咳嗽があった。頭部CTで副鼻腔に液体貯留がみられたため耳鼻咽喉科を受診したが、特に副鼻腔炎を示す所見は見あたらなかった。項部硬直はなかったが頭痛があったため髄膜炎も疑い、髄液を採取したところ、髄液所見は血性で、細胞数 2420(単核球 847、多核球 1543/ 3μl、赤血球 3097600/ 3μl)、蛋白 620mg/ dl、糖 65mg/ dl、Cl 120mEq/ Lであった。来院時の胸部X線では明らかな肺炎像はみられなかったものの、念のため細菌性肺炎の可能性も考え、第3世代セフェム系抗菌剤(ロセフィン)が投与されたのは、妥当な選択である。来院時採取した血液及び髄液からの細菌検査では、髄液のみからグラム陰性桿菌が検出されたが、これが発熱の起炎菌であったかどうかは明らかではない。いずれにしても病状の推移に大きく影響した可能性は少ない。

1.2 呼吸器系の管理
   2月10日来院時は意識水準の低下は無く、呼吸状態は17回/分、規則的で、SpO2は93〜95%を維持していた。
 その後、SpO2が91%となったため、経鼻酸素2L/分の投与がなされ、SpO2は98%を示し改善された。
 経過中、Oxygenation Indexは200 mmHgと低く、これは経過中増悪した肺炎によるものと考えられる。
 2月11日になって意識水準の低下がみられ、9:30には気管挿管がなされ、酸素6L/分の吸入が開始されたが、11:30頃呼吸停止がみられたため、人工呼吸管理がなされた。以後常にSpO2 97%以上と適切な呼吸管理がなされた。

1.3 循環器系の管理
   来院以来救急外来、病棟でも適切に管理され、意識水準低下後も血圧、脈拍、尿量が経時的にモニターされており、適切な経過観察がなされた。
 血圧低下が見られた際には血圧の安定化のためにドパミンの静脈内投与にてコントロールされ、適切な循環管理が行われた。

1.4 水電解質の管理
   来院時は、Na 135 mEq/l、K 3.8mEq/l であり、その後も高Na血症や低K血症に対して補正が行われた。その結果、ICUにおけるNaの値は151〜146mEq/ l、Kの値は5.0〜3.7mEq/ lにコントロールされた。電解質が意識障害の原因や増悪因子とはなっていないと判断することができる。

1.5 まとめ
   本症例は、脳室内出血、くも膜下出血で意識障害をきたして入院し、保存的治療を行った。入院当初は意識レベルが保たれていたが、入院2日目に3回目の出血で高度の頭蓋内圧亢進状態となったと推定でき、不可逆的な脳機能喪失状態に陥っていたもので、保存的な治療の選択やその後の治療経過は妥当である。


2 臨床的脳死診断及び法的脳死判定に関する評価

2.1 脳死判定を行うための前提条件について
   本症例は平成17年2月9日より発熱があり、翌日近医で胸部X線撮影中に転倒して頭部を打撲し、救急外来に受診した。来院時の頭部CT及び頭部MRIで第4脳室内と大槽、上位頚髄周囲くも膜下腔に出血がみとめられたが、2月11日8:00までは意識水準、呼吸、循環は著変なく経過した。この後急激に意識水準が低下し、呼吸停止、血圧低下が起こった。頭部CTでくも膜下出血、脳室内血腫の増大、側脳室及び第3脳室の拡大がみられた。そのため、後頭下開頭術が準備されたが、術直前の頭部CTアンギオの結果から脳室ドレナージのみが行われた。
 手術室からの帰室後、意識水準の改善はみられず(GCS 3)、瞳孔の散大(7.5mm/7.5mm)、角膜反射の消失、自発呼吸の消失を認め、11:30より人工呼吸管理を開始した。
 2月13日22:45臨床的脳死と診断され、2月14日2:35に第1回法的脳死判定を開始し5:32に終了、6時間21分後の11:53に第2回法的脳死判定を開始し、2月14日14:23に法的脳死判定を終了している。
 なお、2月11日に行われた脳室ドレナージ術の麻酔導入時に使用されたフェンタニル静注については、臨床的脳死診断の開始までに約61時間を経過しているため、脳死判定への影響はないと考えられる。
 本症例では、上述の経過概要の記述にあるように、脳死判定の対象としての前提条件を満たしている。すなわち
 1)深昏睡及び無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。
 平成17年2月11日10:30頃深昏睡となり、臨床的脳死の診断開始までに約58時間経過し、2月11日11:30頃呼吸が停止し、機械的人工呼吸開始から臨床的脳死の診断までに約57時間後経過している。
 2)原因、臨床経過、症状、CT所見、MRI所見から脳の一次性、器質的病変であることは確実である。
 3)診断、治療を含む全経過から、現在行いうる全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性は全くなかったと判断される。

2.2 臨床的脳死診断
〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(2月13日20:40から22:45)
体温:38.8℃ 血圧:98/60 mmHg
JCS:300
自発呼吸:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し、瞳孔径 右4.5mm 左4.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/ mm、高感度 2μV/ mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない

施設における診断内容
以上の結果から臨床的に脳死と診断して差し支えない


  2.2.1. 脳波
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm、高感度2μV/mm記録)。
 2月13日21:27から同22:10まで、30分以上の記録が行われている。電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、Cz、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、T3-A1、T4-A2、O1-A1、O2-A2)と双極誘導(Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2、Fp1-T3、Fp2-T4、T3-O1、T4-O2)で記録されている。電極取り付け部位が、手術創によりFp2で2cm後方、C4で2cm後方、O2で1cm後方に変更されているが、電極間距離は十分保たれている。記録感度は、標準(10μV/ mm)及び高感度(2μV/ mm)記録である。心電図と頭蓋外導出モニターの同時記録が行われている。刺激としては呼名・顔面疼痛刺激が行われている。心電図の混入と考えられるもの、人の動きに伴うものや顔面への刺激によるものと思われるアーチファクトが重畳しているが、脳由来の波形を認めず、平坦脳波と判定している。

  2.2.2. 聴性脳幹反応
 I波を含む全ての波を識別できず、無反応と判定できる。

2.3 法的脳死判定
〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(第1回)(2月14日02:35から同日05:32まで)
体温:39.3℃ 血圧:106/70 mmHg
JCS:300
自発呼吸:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し、瞳孔径 右6.0mm 左5.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
無呼吸テスト:陽性

PaCO2
PaO2
血圧
SpO2
(開始前)
36
227
100/70
98
(3分後)
65
301
190/120
99
(6分後)
83
304
130/96
96
(終了後)


98/50
97
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/ mm、高感度 2μV/ mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
検査所見(第2回)(2月14日11:53から同日14:23)
体温:38.2℃ 血圧:112/72 mmHg
JCS:300
自発呼吸:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し、瞳孔径 右7.5mm 左7.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
無呼吸テスト:陽性

PaCO2
PaO2
血圧
SpO2
(開始前)
39
415
118/78
98
(3分後)
58
394
152/110
98
(6分後)
71
422
150/108
99
(終了後)


98/78
99
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/ mm、高感度 2μV/ mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における判定内容
以上の結果より
  ・第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(2月14日 5:32)
  ・第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(2月14日 14:23)

  2.3.1. 脳波
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度 10μV/ mm、高感度2μV/ mm)。
 第1回目は2月14日3:30から同4:18まで、及び第2回目は2月14日12:23から同13:08まで、いずれも30分以上の記録が行われている。電極配置は、いずれも国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、Cz、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極誘導(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、T3-A1、T4-A2、O1-A1、O2-A2)と双極誘導(Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2、Fp1-T3、Fp2-T4、T3-O1、T4-O2)で記録されている。電極取り付け部位が、手術創によりFp2で2cm後方、C4で2cm後方、O2で1cm後方に変更されているが、電極間距離は十分保たれている。第1回目、第2回目ともに記録感度は標準(10μV/ mm)と高感度(2μV/ mm)、刺激として呼名・疼痛刺激、心電図と頭蓋外導出による同時モニターが行われている。いずれにおいても心電図によるアーチファクトが重畳しているが、これらの判別は容易である。脳由来の波形を認めず、平坦脳波(ECI)に該当する。

  2.3.2. 聴性脳幹反応
 法的脳死判定(第1回目・第2回目)のいずれにおいても、両耳刺激、最大音圧刺激(100dB)、電極配置(Cz-A1、Cz-A2)、加算回数2000回×2により記録され、いずれの記録でもI波を含む全ての波を識別できない。

  2.3.3. 無呼吸テスト
 2回とも必要とされるPaCO2のレベルを得てテストを終了している。
 なお、第1回法的脳死判定において開始3分後のPaCO2は65 mmHgとなり基準値に達したが、検査結果を得るために時間を要したことから、開始6分後にはPaCO2は83 mmHgとなり、80 mmHgを超えて検査が継続されていた。テスト中、一時的に血圧上昇を認めているが不整脈等の出現はみられず、低酸素等の出現も認めなかったものの、ガイドライン等に定められたように、PaCO2が80 mmHgを超えないことが望ましかった。

2.4 まとめ
   本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。以上から本症例を法的脳死と判定したことは妥当である。

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