○ | 医師の需給については、昭和45年には、「最小限必要な医師数を人口10万対150人とし、これを昭和60年を目途に充たそうとすれば、当面ここ4〜5年のうちに医科大学の入学定員を1,700人程度増加させ、約6,000人に引き上げる必要がある」とされた。
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○ | このことを目標とし、その後昭和48年から「無医大県解消構想」いわゆる「一県一医科大学」設置が推進され、昭和56年には医学部の入学定員は8,360人となった。その結果「人口10万対150人」の医師の目標は昭和58年に達成された。
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○ | その後も依然として毎年8,000人を超える医師が誕生していくことが見込まれる状況の中、将来の医師の需給バランスについて検討し、所要の措置を講ずるべきとの指摘がなされるようになったことを受けて、昭和59年5月に「将来の医師需給に関する検討委員会」が設置され、昭和59年11月に中間意見が、昭和61年6月に最終意見が取りまとめられた。その内容は、昭和100(平成37)年には全医師の1割程度が過剰となるとの将来推計を踏まえ、「当面、昭和70(平成7)年を目途として医師の新規参入を最低限10%程度削減する必要がある。」というものであった。旧厚生省はこれを受けて、医学部の入学定員の削減について関係各方面に協力を求めてきた。
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○ | その結果、平成5年には医学部入学定員は7,725人(削減率7.7%)となったが、当初目標の10%削減には達していない状況にあった。平成5年8月には「医師需給の見直し等に関する検討委員会」が開催され、平成6年11月に意見を公表した。その中で、将来の医師需給について推計を行ったところ、将来医師が過剰になるとの推計結果を得たため、「若干の期間をおいて推計値を検証して、必要であるとすればその適正化のための対策を立て、できるだけ速やかに実行することが望ましい」と提言した。
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○ | この報告書が発表された後、医学部の入学定員はほとんど変化しなかったが、介護保険制度の創設等新たな要素を勘案した上で新たなデータが得られる時期となったこと、また、平成9年3月に医師数を抑制する旨の閣議決定がなされたことから、平成9年7月新たに「医師の需給に関する検討会」を設置し、平成10年5月報告書を公表した。これによると、医師の需給に関する認識としては、「地域的にみて医師の配置に不均衡がみられるものの、現在の医師数の状況は全体としては未だ過剰な事態には至っていないが、診療所医師数の増加がある程度続いた後は医師の過剰問題がより一層顕在化し始める」というものであった。
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○ | 一方、新聞報道で医師不足が取り上げられた件数について年次推移をみると、平成12(2000)年以降、徐々に件数が増加するなど、近年、特定の地域や診療科について医師の不足を指摘する声が強まった。これらを背景に、「へき地を含む地域における医師の確保等の促進について」(平成16年2月26日。地域医療に関する関係省庁連絡会議)において、「医師の養成・就業の実態、地域や診療科による偏在等を総合的に勘案し、平成17年度中を目途に医師の需給見通しの見直しを行う。」とされた。これを受け、平成17年2月より新たな「医師の需給に関する検討会」(以下、「本検討会」という。)を開催した。
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○ | 本検討会では、平成17年7月、中間報告として、「当面の医師確保対策」を取りまとめた。厚生労働省では、これに並行して、総務省および文部科学省とともに関係省庁連絡会議を開催し、平成17年8月には「医師確保総合対策」が策定された。また、本年6月に成立した「良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部改正」において、都道府県を中心に地域の医師確保を図るための枠組み(地域医療対策協議会)が創設されるなど、制度、予算、診療報酬の各般にわたる取組みを行った。
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○ | この後、本検討会において新しい医師の需給見直しを作成するには、医師の勤務状況を把握することが必要ということになり、平成17年12月から18年1月にかけて、医師の勤務状況に関する調査を行った。
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○ | 平成18年4月以降、国会において、上記法律案の審議が行われたが、この中でも、地域や診療科に関する医師の確保方策が大きな論点となった。
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○ | 本検討会報告書は、国会等における議論も踏まえて行われた1○回の議論を踏まえてまとめたものである。 |