厚生労働省発表
平成18年5月26日
担当 (政策統括官付労政担当参事官室)
 参事官   川口  達三
 調査官   小林  洋子
 参事官補佐   金谷  雅也
  電話 03-5253-1111 (内7750)
  夜間直通 03-3502-6734


「投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会」の
報告書取りまとめについて


 厚生労働省では、昨年5月から、学識経験者からなる「投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会」(座長 西村健一郎京都大学大学院法学研究科教授)を開催し、投資ファンド等が企業買収を行った場合における労使関係の実態を、労使団体、投資ファンド等、被買収企業、被買収企業の労働組合からのヒアリングや米国における実態調査等を行って把握するとともに、新たな対応を行う必要性について専門的見地から検討を進めてきたところであるが、このたび、本研究会の報告書が取りまとめられたので報告する。
 本報告書においては、投資ファンド等の使用者性については、親子会社間の親会社や純粋持株会社に係るこれまでの「使用者性」に関する考え方が基本的に該当する。また、企業買収の際に良好な労使関係を構築するための留意点として、(1)これまでの考え方を踏まえた投資ファンド等の使用者性、(2)被買収企業における誠実な団体交渉の必要性及び労働協約の効力の継続性、(3)事前説明や意見交換の場の設定、の三点を示した上で、「投資ファンド等は、被買収企業の労使関係が安定していることが自らにとっても大きな利益になることを十分認識し、良好な労使関係の維持に配慮することが望まれる」としている。
 本報告書の詳細等については、別紙1概要、別紙2報告書全文、別紙3研究会参集者、別紙4開催実績、のとおり。



(別紙1)

投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会報告書
(概要)


 はじめに
 本研究会は、投資ファンド等が企業買収を行った場合における労使関係の実態を把握するとともに新たな対応を行う必要性について検討するため開催された。


 投資ファンド等による被買収企業の労働条件決定への関与等労使関係の実態
 投資ファンド等、被買収企業、被買収企業の労働組合からヒアリングを行った。
 投資ファンド等の被買収企業への関与については、株式の保有期間や保有割合、派遣する取締役の割合などはさまざまであるが、いずれも経営については監視を行うものであり、労働条件の変更について指示を行ったものはなかった。


 投資ファンド等の使用者性について
 投資ファンド等は、労働条件を含めた被買収企業の具体的な経営への関わり方について、直接に経営方針や労働条件等を決定するものではないものの、株主としての権利を背景に影響力を行使することもあると考えられる。しかし、その影響力の行使の仕方については、株式の保有割合等で一律に判断できない。また、投資ファンド等は「投資」のために株式を保有する点で、「事業」を目的として他社の株式を保有する純粋持株会社とは異なっていると考えられる。しかし、投資ファンド等の目的は一律ではなく、また、経営への関わりの度合いもその目的から当然に定まるものではない。
 以上を踏まえると、投資ファンド等が被買収企業に対して株主としての権利を背景に経営にどのように影響力を行使するかは一律ではないといえる。したがって、投資ファンド等の「使用者性」については、投資ファンド等が被買収企業の労働条件を実質的に決定しているといえるか否かに着目して判断することが適当であり、この点を考慮すると、親子会社間の親会社や純粋持株会社に係るこれまでの「使用者性」に関する考え方が基本的に該当すると考えられる。すなわち、投資ファンド等の「使用者性」についても「基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある」(朝日放送事件(最高裁第三小法廷 平成7年2月28日))かどうかにより判断すべきである。ただし、どのような場合に投資ファンド等に使用者性が認められるかを一律に決定することは困難であり、個々具体的に判断されることになる。


 企業買収の際に良好な労使関係を構築するための留意点
(1) 投資ファンド等の使用者性
 被買収企業の労働条件に介入し、「基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位」に立つことになれば、「使用者」としての責任を負うことになることを、投資ファンド等は認識する必要がある。

(2) 被買収企業における誠実な団体交渉及び労働協約の効力
 被買収企業が当該企業の労働組合からの団体交渉申し入れに対し誠実に対応する必要があることは言うまでもない。このことを、被買収企業だけでなく投資ファンド等も認識する必要がある。
 また、被買収企業における労働協約については、投資ファンド等による買収や被買収企業の経営陣の交替によっても適正な手続により変更しない限りはその効力が変わるものではないことを、投資ファンド等及び被買収企業は十分に認識することが必要である。
 被買収企業の労使関係を安定させることが投資ファンド等にとっても利益となることを、投資ファンド等は認識すべきである。

(3) 事前説明、意見交換の場の設定
 投資ファンド等による買収後の経営方針等について、被買収企業の労働者や労働組合に対して被買収企業から説明することが望ましい。また、被買収企業による説明が困難な場合には、投資ファンド等から説明することも有用と考えられる。その際、労働者や労働組合への説明はすみやかに行うことが望ましい。ただし、当該説明は、インサイダー取引に結びつかないよう買収計画又は買収事実の公表後に行うべきことに留意する必要がある。
 また、純粋持株会社と同様子会社(被買収企業)の経営方針等を投資ファンド等が自ら策定するのであれば、買収後も投資ファンド等が日常的に被買収企業の労働組合と意思疎通を図ることが有用と考えられる。

 投資ファンド等は、被買収企業の労使関係が安定していることが自らにとっても大きな利益となることを十分認識し、上記(1)から(3)を含めて労使関係法制、被買収企業における労働協約の重要事項などの労使関係の状況を踏まえ、良好な労使関係の維持に配慮することが望まれる。



(別紙2)

投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会報告書


 はじめに
 本研究会は、投資ファンド等(投資家が共同の基金を出資し基金の管理をして投資を行いその果実を投資家が受け取るという仕組みである「投資ファンド」及び投資ファンドを運営する「投資ファンド運営会社」)による最近の企業買収の状況について、短期間で被買収企業の企業価値を高めて収益を上げることを目的とし、被買収企業の労働条件にも積極的に関与しているのではないか、このことにより従来からの集団的労使関係の在り方も変化していくのではないか、との問題意識により、投資ファンド等が企業買収を行った場合における労使関係の実態を把握するとともに新たな対応を行う必要性について検討するため開催された。
 本研究会では、労使団体から意見聴取を行った上で、4回にわたり個別の投資ファンド等、被買収企業及び当該企業の労働組合からヒアリングを行い、さらにアメリカにおける投資ファンド等の労使関係についても調査したところである。
 これらのヒアリングや調査を踏まえ、一定の考え方を整理したので、ここに報告することとする。

 投資ファンド等による被買収企業の労働条件決定への関与等労使関係の実態
(1) 投資ファンド等、被買収企業及び労働組合からのヒアリング結果
 本研究会では、4回にわたり、個別の投資ファンド等、被買収企業及び当該企業の労働組合からヒアリングを行ったが、その結果は以下のとおりである。なお、ヒアリングの対象のうち投資ファンド等については、労使関係上の当事者になりやすいと考えられる、被買収企業の事業再生や事業成長等を目指す投資ファンド等に限定した。
 投資ファンド等
 投資期間・株式保有期間については3〜5年とするものや成果が出るまで中長期的に保有するとするものがあった。被買収企業への関わり方としては、株式保有割合が3分の2を占めるものとそうでないものの双方がみられた。被買収企業への取締役の派遣についても取締役会の過半数を占めているものとそうでないものの双方がみられた。被買収企業の経営方針について、すべての投資ファンド等が自らの役割を被買収企業の経営に対するモニタリング(監視)・助言と考えており、実際にも、被買収企業の経営が自社の考える被買収企業の企業価値を高める方向性と合致しているかモニタリングを行っていた。
 被買収企業における労働条件の変更については、被買収企業の内部機関で決定しており、投資ファンド等から指示を行ったものはなかった。
 また、被買収企業の労働組合と団体交渉・労使協議を行ったものもなかった。
 また、買収を行う際、被買収企業の労使関係の安定を重要視していることについての言及があった。
 被買収企業
 買収の背景については、経営改善のためとするものや更なる業績拡大のためとしていた。また、経緯については、企業から投資ファンド等に資本参加を求めたケースと企業の親会社と投資ファンド等で協議して投資ファンド等の資本参加が決定したケースがあった。買収に伴う経営改革としては、組織改革や人事制度改革を行ったケースが多かった。これらの改革の意思決定については取締役会や経営会議において決定されており、投資ファンド等は全く関与しないか助言を行うだけで決定は行っていなかった。
 買収に伴う労働条件の変更については、人事制度(評価制度等)の見直し等を行ったとするケースが見られる一方、全く行われなかったとするものもあった。なお、変更を行った場合の意思決定については、すべて企業内部の機関において行われ、投資ファンド等から指示を受けたものはなかった。
 労働組合との関わり方については、買収前後での変化はほとんどみられなかった。また、団体交渉・労使協議において投資ファンド等が同席するケースもみられなかった。
 被買収企業の労働組合
 買収前後の労働条件の変更については、一組合を除き大きな変更はなかったとしていた。また、被買収企業との団体交渉・労使協議については同組合を除き、大きな変更はないとしていた。投資ファンド等との関わりについては、すべての組合がこれまで団体交渉・労使協議を行ったことはないとしていたが、上記一組合が投資ファンド等に団体交渉を申し入れたことがあるとしていた。また、同組合は被買収企業における労働条件決定に投資ファンド等の同意が必要となっているとしていた。
(2) アメリカでの実態
 アメリカは、日本と同様に不当労働行為制度を採用しているとともに、投資ファンド等による企業買収も盛んな国である。このため、本研究会において議論をするに当たり、アメリカにおける労使関係法上の「使用者」概念及び投資ファンドの使用者性論について調査を行った。日本とアメリカでは「使用者」の判断基準が異なるため、この調査結果をそのまま我が国に当てはめることは困難であると考えるが、今後の我が国におけるあり方を考えていく上での参考資料として概要を紹介しておく。
 アメリカでは、NLRA(全国労働関係法)において、使用者が交渉単位の過半数労働者を代表する者との団体交渉を拒否することは不当労働行為として禁止されており、複数の事業体が関係する状況において誰がNLRA上の使用者に該当するかを判断するため、「単一使用者」及び「共同使用者」の各法理を発展させてきている。「単一使用者」の法理は、表面上互いに独立して存在する複数の事業体を単一の統合された事業体として取り扱う法理であり、「共同使用者」の法理は、表面上のみならず現実に独立した法的主体として存在する複数の事業体をいずれも法的責任主体として取り扱う法理である。
 「単一使用者」となる要素として、「所有の共通性」、「経営の共通性」、「企業経営の相互関係」、「労働関係の集中的管理」が必要であり、特に「労働関係の集中的管理」を重視して判断がなされているが、この「労働関係の集中的管理」には、一方が他方の日常の事業運営または労働関係について、現実的又は積極的な管理を行っていることが必要とされている。また、「共同使用者」の法理は主に業務処理請負の場合に適用されるが、その要件としては、重要な雇用条件に関する事項を共有し又は共同で決定していることが必要であり、これも日常的な労働関係についての現実的管理の有無が判断の決め手となっている。
 NLRB(全国労働関係局)では投資ファンド等の使用者性が問題になる事件を取り扱ったことはないが、仮に問題となるとすれば、「単一使用者」に該当するかの判断をすることとなると考えている。しかしながら、投資ファンド等が被買収企業の労働関係の集中的管理を日々かつ具体的・持続的に行うことはあり得ないと認識されていることから、「単一使用者」の法理に照らし、投資ファンド等の使用者性が認められることは考えられないとのことである。
 そもそも、アメリカの投資ファンド運営会社によると、投資ファンド等は被買収企業の経営に深く関わっているが、それはあくまで取締役としての権利行使に止めており、経営の執行には一切関わらないし、被買収企業にCEO(最高経営責任者)を送り込んだり経営計画を直接承認したりすることはない。被買収企業の企業価値を高めるためには経営者だけではなく全従業員の士気を高めることが重要であり、士気の低下に繋がる大量解雇・賃金カット・福利厚生の縮減などは極力しないため、これらについて団体交渉が行われる可能性は低い。
 また、別の投資ファンド運営会社によると、投資ファンド等が企業を買収し被買収企業の価値を高める上で当該企業の労使関係は買収の検討の際に重要であり、不安定な労使関係が形成されている企業は買収しない、とのことである。

 投資ファンド等の使用者性について
 本研究会において、上記2に述べた投資ファンド等、被買収企業及び労働組合からのヒアリングやアメリカでの実態等を踏まえ、投資ファンド等による企業買収に伴う労使関係上の問題について議論を進め、投資ファンド等の被買収企業の労働組合に対する労働組合法上の使用者性(以下「使用者性」という。)について検討を行った。
(1) 投資ファンド等の被買収企業への関わり方
 本研究会で行ったヒアリングの結果を見ると、2(1)にあるとおり、投資ファンド等が保有する被買収企業の株式保有割合や株式の保有期間、投資ファンド等から派遣した取締役の被買収企業の取締役会に占める割合は、一律に定まっていなかった。投資ファンド等の被買収企業の経営への関わりについてはモニタリングとするものが多く、こうした投資ファンド等は被買収企業の経営執行に直接指示を行っているわけではないと考えられる。投資ファンド等の被買収企業の労働条件決定への関わりについては、すべての投資ファンド等は指示を行っていないとしていたが、一部の労働組合は投資ファンド等の同意が必要となっている(このケースにおいては、投資ファンド等の保有する被買収企業の株式の割合が3分の2を超えて、かつ、投資ファンド等から派遣された取締役が被買収企業の取締役会の過半数を占めていたが、株式保有割合や取締役の派遣割合が同様である他の投資ファンド等においては、被買収企業の労働条件決定に関与していないケースがあった。)としていた。
 こうした前提を踏まえた上で、投資ファンド等の使用者性について検討することとなるが、まずはこれまでの使用者性に関する裁判例・命令例の考え方を整理しておく。
(2) これまでの「使用者性」の考え方について
 労働組合法第7条の「使用者」については、請負契約の発注元の請負会社従業員に対する使用者性が問われた朝日放送事件(最高裁第三小法廷 平成7年2月28日)において「基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の『使用者』に当たる」という考え方が示されている。
 過去の裁判例・命令例をみると、親子会社間の親会社の使用者性については、朝日放送事件の考え方を踏まえ、「基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある」かを個別具体的な事実に基づき総合的に判断されていると考えられる。その際、親会社からの出資の割合や取締役会の構成で一律に判断しておらず、例えば徳島南海タクシー事件(徳島地労委 平成12年6月22日)では、「親会社が株式所有、役員の派遣、下請け関係などにより子会社の経営を支配下におき、子会社従業員の労働条件について現実的かつ具体的な支配力を有している場合には、労働契約上の使用者である子会社のみならず、親会社も子会社従業員の労働条件について子会社と並んで団体交渉上の使用者たる地位にある」との考え方を示した上で、親会社が子会社の資本金を全額出資し、親会社の役員が多数子会社の役員を兼務しているが、親会社が子会社の従業員の労働条件を現実的かつ具体的に支配、決定してきた事実の疎明がないとして、親会社の使用者性を否定している。
 また、雪印乳業事件(埼玉地労委 平成15年8月28日)では、「子会社の従業員の労働条件について実質的な支配力を有していたことを推認させる具体的事実、たとえば、子会社の従業員の賃金水準を指示・命令していた事実、過去に親会社と子会社の労働組合が団体交渉を行っていた事実などの疎明がない」として、親会社の使用者性が認められる具体例を示唆した上で、当該事案については親会社の使用者性が否定されている。さらに、大阪証券取引所事件(東京地裁 平成16年5月17日)では、子会社が従業員の労働条件について自ら就業規則を決めていたこと、子会社の従業員の賃金、賞与の交渉はもっぱら子会社とその労働組合との間で行われ、労働協約もその両者の間で締結されていたこと、子会社の従業員の労働時間、休憩時間、休日等の労働条件、採用、解雇、配置、懲戒については子会社自身によって決定され、親会社はこれに一切関与していないことなどの事情を考慮して、親会社の使用者性が否定されている。
 一方、シマダヤ事件(中労委 平成17年1月18日)では、「シマダヤ〔親会社〕の提示した運賃の引下げと密接に連関してシマダヤ運輸〔子会社〕の運転士の賃金も減額する仕組みとなっており、シマダヤ運輸従業員の賃金及び労働条件は、配送コース別にシマダヤが提示する運賃及びその輸配送実績によって実質的に決定される関係にあった。」として、親会社の使用者性が認められている。
 このように、「親会社が子会社の従業員の労働条件を現実的かつ具体的に支配、決定」してきたかを判断する事実は、事案により異なると考えられる。
 また、純粋持株会社(株式を所有することにより、国内の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社)の使用者性については「持株会社解禁に伴う労使懇談会中間とりまとめ」(平成11年12月24日)において考え方が整理されており、「子会社の具体的な労働条件の決定にまで関与する場合には、子会社の労働組合に対して、団体交渉当事者としての純粋持株会社の使用者性が問題となるケースがあるが、その場合にはこれまでの判例の積み重ね等を踏まえ現行法の解釈で対応を図ることが適当である」とした上で、朝日放送事件の判例及びこれまでの命令例から整理すると、使用者性が推定される典型的な例として、(1)純粋持株会社が実際に子会社との団体交渉に反復して参加してきた実績がある場合、(2)労働条件の決定につき反復して純粋持株会社の同意を要することとされている場合、が考えられるとしている。
(3) 投資ファンド等の使用者性について
 上記アの実態やアメリカの調査結果をみると、投資ファンド等は株式を保有し取締役等を派遣することで被買収企業に対して一定の影響力を有していると考えられる。すなわち、労働条件の決定を含めた被買収企業の具体的な経営への関わり方については、直接に経営方針や労働条件等を決定するものではないものの、株主としての権利を背景に影響力を行使することもあると考えられる。その影響力の行使の仕方については、被買収企業に派遣した取締役等を通じて労働条件の決定に関与するなど様々なものがあり得るが、株式の保有割合等で一律に判断できるものではなく、ケースバイケースと言わざるを得ない。
 同様に、株主としての権利を背景に企業の経営に対して影響力を行使するものとして、親子会社間の親会社や純粋持株会社があるが、純粋持株会社が「事業」を目的として他社の株式を保有するのに対し、投資ファンド等は基金(ファンド)を運用して収益を得る「投資」のために株式を保有する点で純粋持株会社とは異なっていると考えられる。しかし、投資ファンド等の目的は必ずしも一律ではなく、また、経営への関わりの度合いもその目的から当然に定まるものではない。
 本研究会は、投資ファンド等が短期間で収益を上げることを目的として、純粋持株会社と異なり、労働条件に積極的に関与しているのではないかとの問題意識をもって検討を開始したところであるが、ヒアリング結果をみると、次の二点においてすべての投資ファンド等にこのような問題意識が当てはまるものではないことが明らかとなった。まず、第一に投資期間を中長期とするものがあったという点である。第二に、収益を上げるための具体的な経営についても、被買収企業の経営陣に任せることが適当であるとの考え方が投資ファンド等により示されたことから、すべての投資ファンド等が被買収企業の労働条件に積極的に関わることになるわけではないと判断される点である。
 以上を踏まえると、投資ファンド等が被買収企業に対して株主としての権利を背景に経営にどのように影響力を行使するかは一律ではないといえる。したがって、投資ファンド等の「使用者性」については、投資ファンド等が被買収企業の労働条件を実質的に決定しているといえるか否かに着目して判断することが適当であり、この点を考慮すると、親子会社間の親会社や純粋持株会社に係るこれまでの「使用者性」に関する考え方が基本的に該当すると考えられる。すなわち、投資ファンド等の「使用者性」についても「基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある」(朝日放送事件)かどうかにより判断すべきである。
 これまでの親子会社間の親会社の「使用者性」に係る裁判例・命令例の考え方を踏まえると、投資ファンド等についても被買収企業に対する影響力の行使の態様によっては被買収企業の労働組合に対する使用者性が問題となるケースがあり得るが、どのような場合に投資ファンド等が使用者に当たることになるかを一律に決定することは困難である。
 投資ファンド等の使用者性は個々具体的に判断されることになるが、「持株会社解禁に伴う労使懇談会中間とりまとめ」において示された、使用者性が推定される可能性が高いと考えられる純粋持株会社の事例(5ページ11行目を参照)が、投資ファンド等の使用者性を判断する際にも参考となろう。
 なお、本研究会においてヒアリングを行った投資ファンド等は、すべて法人格を有するものであるが、投資ファンド等の中には、法人格を有さない民法上の組合等の形態をとるものも多いと考えられる。こうした投資ファンド等であっても被買収企業における労働条件を現実的かつ具体的に支配、決定している場合には使用者性が認められると考えられるが、投資ファンド等についてはその実態が十分には把握されていないことを踏まえると、個別具体的な事案に即して、意思決定を行った者の特定も含めて使用者性を判断せざるを得ない。
 いずれにせよ、今後、投資ファンド等の被買収企業における労使関係への関わり方について、投資者の保護に関する金融庁等の施策の状況もみながら、さらにフォローアップしていくことが必要である。

 企業買収の際に良好な労使関係を構築するための留意点
 投資ファンド等による企業買収の結果、労使紛争が生じた例があったことが、本研究会を始めたきっかけであったことから、投資ファンド等による企業買収に当たって良好な労使関係を構築するための留意点は何かについて検討した。
 ヒアリングの結果をみる限り、上記の労使紛争の例を除いては被買収企業の労使関係は安定していたが、良好な労使関係を構築していくためには、関係者の不断の努力が必要であり、投資ファンド等を含め関係労使において、以下の点が十分配慮されるよう周知を図ることが必要である。
(1) 投資ファンド等の使用者性
 本研究会で行った投資ファンド等のヒアリング及びアメリカにおける投資ファンドの調査結果をみる限り、被買収企業の労働条件の決定に介入することは投資ファンド等の本来の役割ではないと考えられるところであるが、上記(2)のイにあるとおり、「基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位」にあれば、労働組合法第7条の「使用者」に該当する。したがって、被買収企業の労働条件に介入しこのような地位に立つことになれば「使用者」としての責任を負うことになることを、投資ファンド等は認識する必要がある。
(2) 被買収企業における誠実な団体交渉及び労働協約の効力
 被買収企業における労働条件等については、被買収企業の労使自治が尊重されることが基本である。
 そのような基本的な考え方からすると、被買収企業における労働条件の決定については被買収企業の組織の中でプロセスを完結させることが望ましい。
 また、労働条件決定プロセスの一環として団体交渉が重要であり、被買収企業が当該企業の労働組合からの団体交渉申し入れに対し誠実に対応する必要があることは言うまでもない。このことを、被買収企業だけでなく投資ファンド等も認識する必要がある。
 また、被買収企業における労働協約については、投資ファンド等による買収やその結果としての被買収企業の経営陣の交替によっても適正な手続により変更しない限りはその効力が変わるものではないことを、投資ファンド等及び被買収企業は十分に認識することが必要である。
 こうしたことにより、被買収企業の労使関係を安定させることが投資ファンド等にとっても利益になることを、投資ファンド等は認識すべきである。
(3) 事前説明、意見交換の場の設定
 投資ファンド等による買収の結果被買収企業の経営方針が変更されることもあるが、企業の経営方針は当該企業で働く労働者の労働条件にも大きな影響を与えるものであり、労働者や労働組合の関心も高いものと考えられる。実際、本研究会で行ったヒアリングでは、投資ファンド等に買収されることについて、不安があったと述べる労働組合もあったところである。
 このため、投資ファンド等による買収後の経営方針等について、被買収企業の労働者や労働組合に対して被買収企業から説明することが望ましい。また、被買収企業による説明が困難な場合には、投資ファンド等から説明することも有用と考えられる。その際、労働者や労働組合への説明はすみやかに行うことが望ましい。ただし、当該説明は、インサイダー取引に結びつかないよう買収計画又は買収事実の公表後に行うべきことに留意する必要がある。
 また、投資ファンド等は、純粋持株会社と異なり企業グループ全体の経営方針を策定することがないなど、子会社(被買収企業)との結びつきが純粋持株会社より弱いと考えられるが、仮に、純粋持株会社と同様子会社(被買収企業)の経営方針等を自ら策定するのであれば、買収後も日常的に被買収企業の労働組合と意思疎通を図ることが有用と考えられる。

 以上、投資ファンド等を含め関係労使において配慮されるべき留意点について示したが、特に投資ファンド等は、被買収企業の労使関係が安定していることが自らにとっても大きな利益となることを十分認識し、上記(1)から(3)を含めて労使関係法制、被買収企業における労働協約の重要事項などの労使関係の状況を踏まえ、良好な労使関係の維持に配慮することが望まれる。



(別紙3)

「投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会」参集者


 荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授
 小畑史子京都大学大学院地球環境学堂助教授
 神作裕之東京大学大学院法学政治学研究科教授
 毛塚勝利中央大学法学部教授
 宍戸善一成蹊大学法科大学院教授
座長西村健一郎京都大学大学院法学研究科教授
 柳川範之東京大学大学院経済学研究科助教授
 山川隆一慶應義塾大学大学院法務研究科教授
(敬称略・五十音順)



(別紙4)

投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会
開催実績



第1回 平成17年5月28日(金)
 議題:企業買収の現状等についての概況説明、今後の進め方など

第2回 平成17年7月5日(火)
 議題:有識者からのヒアリング、労働者団体及び使用者団体からのヒアリングなど

第3回 平成17年7月26日(火)
 議題:個別事例に関する投資ファンド等、被買収企業及び被買収企業の労働組合からのヒアリング<1>

第4回 平成17年9月28日(水)
 議題:個別事例に関する投資ファンド等、被買収企業及び被買収企業の労働組合からのヒアリング<2>

第5回 平成17年10月18日(火)
 議題:個別事例に関する投資ファンド等、被買収企業及び被買収企業の労働組合からのヒアリング<3>

第6回 平成17年11月25日(金)
 議題:個別事例に関する投資ファンド等、被買収企業及び被買収企業の労働組合からのヒアリング<4>

第7回 平成18年1月17日(火)
 議題:アメリカでの実態調査、これまでの議論及び論点の整理

第8回 平成18年1月31日(火)
 議題:これまでの議論及び論点の整理

第9回 平成18年3月30日(木)
 議題:報告書(たたき台)

第10回 平成18年5月19日(金)
 議題:報告書(案)

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