今後の労働契約法制の在り方に関する研究会 報告書(概要)


序論
 労働契約法制を構想するに当たっては、労使自治を尊重しつつ労使間の実質的な対等性を確保すること、労働関係における公正さを確保すること、就業形態の多様化へ対応すること、紛争の予防と紛争が発生した場合に対応することを基本的な考え方とした。

第1 総論

 労働契約法制の必要性
(1)近年の労働契約をめぐる状況の変化
 近年、就業形態・就業意識の多様化に伴う労働条件決定の個別化の進展や経営環境の急激な変化に対応する迅速な労働条件変更の必要性の増加、さらに集団的労働条件決定システムの機能の低下や個別労働関係紛争の増加という労働契約をめぐる状況の変化が見られる。就業形態の多様化等による労働条件の個別的な決定・変更の必要性が増大している中では、労使当事者が、最低基準に抵触しない範囲において、労働契約の内容をその実情に応じて対等な立場で自主的に決定することが重要となる。その際には、労使当事者の行為規範となる公正かつ透明なルールを設定する必要がある。
(2)労働契約法制の必要性
 労働契約法制の必要性
 以上のような状況を踏まえ、労働関係が公正で透明なルールによって運営されるようにするため、労働基準法とは別に、労働契約の分野において民法の特別法となる労働契約法制を制定することが必要である。
 この労働契約法制においては、単に判例法理を立法化するだけでなく、手続を規定することや、当事者の意思が明確でない場合にそれを補完するための規定(任意規定、推定規定)を活用することにより、労使当事者の行為規範となり、かつ、具体的な事案に適用した場合の予測可能性を高めて紛争防止にも役立つようなルールを形成することが必要である。
 (注)判例法理:最高裁判所判決や裁判例の積み重ねにより形成されたルール
任意規定:当事者の意思によりその適用を排除できる規定
推定規定:はっきりしない事実について、一応、一定の法律効果を発生させる規定

 労働基準法と労働契約法制それぞれの役割
 労使当事者の対等な立場での自主的な決定を促進する労働契約法制と、労働条件の最低基準を定め罰則や監督指導によりその確保を図る労働基準法等の従来の労働関係法令とは、両者があいまって時代の変化に対応した適正な労働関係の実現を可能とするものである。
 このような観点から労働時間制度についてみると、就業形態の多様化や事業の高度化・高付加価値化によって、労働者の創造的・専門的能力を発揮できる自律的な働き方への対応が求められており、労働契約法制を制定する際に、併せて労働基準法の労働時間法制についても基本的な見直しを行う必要がある。
 また、仮に労働者の創造的・専門的能力を発揮できる自律的な働き方に対応した労働時間法制の見直しを行うとすれば、労使当事者が業務内容や労働時間を含めた労働契約の内容を実質的に対等な立場で自主的に決定できるようにする必要があり、これを担保する労働契約法制を定めることが不可欠となるものである。

 労働契約法制の基本的性格と内容
(1)基本的性格
 労働契約法制は、労働契約に関して労使当事者の対等な立場での自主的な決定を促進する公正・透明な民事ルールを定めるものであり、労働契約に関する民法の特別法と位置付けられる。
 労働契約法制は、罰則と監督指導により履行を確保する労働基準法等とは、その基本的性格及び役割が異なることを明確にするために、労働基準法とは別の法律として定めることが適当と考えられる。
(2)内容
 労働契約法制においては、労働契約に関する基本的なルールとして、労働契約の成立、展開、終了に関する権利義務の発生、消滅、変動の民事上の要件と効果を定めて明確化を図ることが適当と考えられる。
 ここで、労働契約に関する基本的なルールを定めるに当たっては、労働契約の内容の公正さを担保する強行規定は当然必要となる。一方で、労働契約の多様性を尊重しつつその内容を明確にするためには、労働契約の内容が不明確な場合に、その内容を明らかにして紛争を未然に防止する任意規定や推定規定を、必要に応じて設けることが適当である。
 また、労働契約の内容の公正さを確保するためには、実体規定だけでなく手続規定も重要であって、事項に応じて実体規定と手続規定を適切に組み合わせることが適当である。
  (注)強行規定:当事者の意思に関わりなく適用される規定
実体規定:権利義務の内容について定める規定
手続規定:一定の手続を権利義務関係の変動の要件として定める規定
(3)総則規定の必要性
 労働契約法制を制定するに当たっては、その基本理念などを定めた総則規定が必要となる。労働契約に関する基本理念としては、例えば、労働契約は労使当事者が対等の立場で締結すべきことなどを定めることが適当である。
(4)労働契約法制における指針の意義
 労働契約法制における指針は、それ自体は法的拘束力はないものの、労使当事者の行為規範としての意味はあると考えられ、合理的な内容のものとして裁判所において斟酌されることが期待される。

 労働契約法制の履行確保措置
 労働契約法制の履行に係る行政の関与は、個別労働紛争解決制度に従って行い、監督指導は行わないことが適当と考えられる。
 ただし、行政として労使当事者からの労働契約に関する相談に応じたり、関係法令や契約の条項に係る一定の解釈の指針等を示すなどするほか、労働契約に関する資料・情報を収集して労使に対して適切な情報提供を行うなどの必要な援助は適時適切になされるべきである。

 労働契約法制の対象とする者の範囲
 労働基準法上の労働者について労働契約法制の対象とすることは当然であるが、労働基準法上の労働者以外の者についても労働契約法制の対象とすることを検討する必要がある。この場合には、どのような者に、どのような規定を適用することが適当かについて、これらの者の働き方の実態を踏まえて十分な検討を行う必要がある。

 労働者代表制度
(1)労使委員会制度の法制化
 労働組合の組織率が低下し、集団的な労働条件決定システムの機能が相対的に低下している中で、労働者と使用者との間にある情報の質及び量の格差や交渉力の格差を是正して、労働者と使用者が実質的に対等な立場で決定を行うことを確保するためには、労働者が集団として使用者との交渉、協議等を行うことができる場が存在することが必要である。労働組合が存在する場合には、当然、当該労働組合がそのような役割を果たすものであるが、労働組合が存在しない場合においても、労働者の交渉力をより高めるための方策を検討する必要がある。
 ここで、常設的な労使委員会の活用は、当該事業場内において労使当事者が実質的に対等な立場で自主的な決定を行うことができるようにすることに資すると考えられることから、このような労使委員会が設置され、当該委員会において使用者が労働条件の決定・変更について協議を行うことを労働契約法制において促進することが適当である。
(2)労使委員会制度の在り方
 労使委員会の活用に当たっては、就業形態や価値観が多様化し、労働者の均質性が低くなってきている近年の状況の中で、労使委員会が当該事業場の多様な労働者の利益を公正に代表できる仕組みとする必要がある。また、労使当事者が実質的に対等な立場で交渉ができるような仕組みも必要となる。
 そこで、労使委員会の在り方としては、委員の半数以上が当該事業場の労働者を代表する者であることのほか、労使委員会の委員の選出手続を、現在の過半数代表者の選出手続に比してより明確なものとすべきである。また、多様な労働者の利益をできる限り公正に代表できるような委員の選出方法とすべきと考えられ、例えば、当該事業場の全労働者が直接複数の労働者委員を選出することが考えられる。
 さらに、選出された労働者委員は当該事業場のすべての労働者を公正に代表するようにしなければならないことや、使用者は委員であること等を理由とする不利益取扱いはしてはならないこととすることが考えられる。
(3)労使委員会制度の活用
 労使委員会の活用の方策としては、例えば、就業規則の変更の際に、労働者の意見を適正に集約した上で労使委員会の委員の5分の4以上の多数により変更を認める決議がある場合に変更の合理性を推定することが考えられる。さらに、労使委員会に事前協議や苦情処理の機能を持たせ、それらが適正に行われた場合には、そのことが配置転換、出向、解雇等の権利濫用の判断において考慮要素となり得ることを指針等で明らかにすることが考えられる。
 また、労使委員会の活用方法を検討するに当たっては、労使委員会が労働組合の団体交渉を阻害することや、その決議が労働協約の機能を阻害することがないような仕組みとする必要がある。さらに、労使委員会の決議は、団体交渉を経て締結された労働協約とは異なり、当然に個々の労働者を拘束したり、それ単独で権利義務を設定したりするものではないことに留意する必要がある。

第2 労働関係の成立

 採用内定
(1)採用内定と労働基準法との関係
 採用内定期間中について労働基準法第20条(解雇の予告)の適用を除外し、採用内定者が少しでも早い時期から求職活動ができるようにすることが適当である。
(2)採用内定取消
 採用内定に際して留保解約権の存在とその事由が書面で明示されている場合には、当該留保解約事由が解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められるときに限り、その事由に基づきなされた留保解約権の行使は、権利の濫用には当たらず有効であることを法律で明らかにすることが適当である。
 さらに、採用内定当時に使用者が知っていた事由及び知ることができた事由による採用内定取消は、無効とすることが適当である。

 試用期間
 労働契約において試用期間を設ける場合の上限を定めることが適当である。他方、その上限を超えた勤務でなければ労働者の適性を見分けられないような特別な理由がある場合には、これを超える試用期間を設けることを認めることも考えられる。
 また、試用期間であることが労働者に対して書面で明らかにされていなければ、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の自由は認められないとすることが適当である。

 労働条件の明示
 実際に適用される労働条件が、労働契約の締結時に労働者に明示された労働条件に達しない場合には、労働者は、明示された労働条件の適用を使用者に対して主張できることを明確にすることが適当である。

第3 労働関係の展開

 就業規則
(1)労働基準法上の就業規則の作成手続
 就業規則の作成に当たっては、現行の過半数組合又は過半数代表者からの意見聴取のほか、労使委員会が当該事業場の全労働者の利益を公正に代表できるような仕組みを確保した上で、過半数代表者からの意見聴取に代えて労使委員会の労働者委員からの意見聴取によることを可能とすることや、意見聴取の手続に関する指針を定めることが適当である。
(2)就業規則と労働契約との関係
 就業規則の最低基準効
 労働基準法第93条は、労働基準法から労働契約法制の体系に移すことが適当である。
 労働契約の内容となる効力
 就業規則の内容が合理性を欠く場合を除き、労働者と使用者との間に、労働条件は就業規則の定めるところによるとの合意があったものと推定するという趣旨の規定を設けることが適当である。
 労働条件を変更する効力
(ア)判例法理の整理・明確化
 就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、それに同意しないことを理由として、労働者がその適用を拒否することはできないこと(就業規則の不利益変更に関する判例法理)を法律で明らかにする必要がある。
(イ)就業規則の変更による労働条件の不利益変更
 就業規則の変更による労働条件の不利益変更について、一部の労働者のみに対して大きな不利益を与える変更の場合を除き、労働者の意見を適正に集約した上で、過半数組合が合意をした場合又は労使委員会の委員の5分の4以上の多数により変更を認める決議があった場合には、変更後の就業規則の合理性が推定されるとすることが適当である。
(3)就業規則の効力の発生に必要な要件
 就業規則の最低基準効の効力発生要件
 就業規則の最低基準効を認めるための要件については、実質的な周知が必要であるとすることが適当である。
 労働契約の内容となる効力等の発生に必要な要件
 就業規則に労働者を拘束する効力を認めるために必要な要件としては、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要すること(判例法理)を法律で明らかにすることが適当である。
 このほか、現行の労働基準法上必要とされている過半数組合等からの意見聴取を、拘束力が発生するために必要とすることが適当である。なお、個々の労働者に対して就業規則の内容を周知した上で意見を募集する措置を講ずることも認めて差し支えないと考える。
 さらに、行政官庁への届出を就業規則の拘束力が発生するために必要な要件とすることが適当である。

 雇用継続型契約変更制度
 労働契約の変更の必要が生じた場合に、労働者が雇用を維持した上で労働契約の変更の合理性を争うことを可能にするような制度(雇用継続型契約変更制度)を設けることが適当である。
 これについては、契約の変更について使用者が労働者に対して協議を行い、協議が整わない場合に使用者が労働契約の変更の申入れと労働者がこれに応じない場合に効力を生ずることとなる解雇の通告を同時に行って、契約の変更について労働者と使用者の間に合意が成立したことによって労働契約が変更されるとする案と、法律で使用者に契約の変更権を付与し、その行使によって契約が変更されるとする案とが考えられる。

 配置転換
 配置転換については、特に転居を伴う配置転換が労働者に大きな影響を与えることと、配置転換は使用者の経営上の必要性等に基づき様々な態様で柔軟に行う必要があることの両方を考慮すると、人事権を過度に制約せずにこれとの調整を図る手法として、雇用関係における権利濫用法理を一般的に法律で規定しつつ、具体的な使用者の講ずべき措置は指針で対応することが、最も適切である。
 転居を伴う配置転換については、その可能性がある場合にはその旨を労働基準法第15条に基づき明示しなければならないこととすることや、これに関する事項を就業規則の必要記載事項とすることが適当である。

 出向
(1)出向命令の効力
 使用者が労働者に出向を命ずるためには、少なくとも、個別の合意、就業規則又は労働協約に基づくことが必要であることを法律で明らかにすることが適当である。
 あわせて、出向の可能性がある場合にはその旨を労働基準法第15条に基づき明示しなければならないこととすることや、これに関する事項を就業規則の必要記載事項とすることが適当である。
 さらに、出向についても権利濫用法理を法律で明らかにすることが適当である。
(2)出向をめぐる法律関係
 出向労働者と出向元・出向先との間の権利義務関係を明確にするため、出向労働者と出向元との間の別段の合意がない限り、出向期間中の賃金は、出向を命じる直前の賃金水準をもって、出向元及び出向先が連帯して当該出向労働者に支払う義務を負うとの任意規定を設けることが適当である。

 転籍
 転籍については、労働者の実質的な同意を確保する観点から、使用者は、労働者を転籍させようとする際は、転籍先の名称、所在地、業務内容、財務内容等の情報及び賃金、労働時間その他の労働条件について書面を交付することにより労働者に説明をした上で労働者の同意を得なければならず、書面交付による説明がなかった場合や転籍後に説明内容と現実とが異なることが明らかとなった場合には転籍を無効とすることが適当である。

 休職
 休職制度がある場合にはこれに関する事項を就業規則の必要記載事項とすることが適当である。

 服務規律・懲戒
(1)懲戒の効力発生要件
 使用者が労働者に懲戒を行う場合には、個別の合意、就業規則又は労働協約に基づいて行わなければならないとすることが適当である。
(2)懲戒及び服務規律の内容
 恣意的な懲戒が行われないようにするために、雇用関係における権利濫用法理を一般的に法律で定めることが適当である。ここでいう権利濫用法理のうち最も重要なものは、非違行為と懲戒の内容との均衡であると考えられるため、その旨を法律で明らかにする必要がある。
(3)懲戒の手続
 懲戒解雇、停職(出勤停止)、減給のような労働者に与える不利益が明確かつ大きい懲戒処分については、対象労働者の氏名、懲戒処分の内容、対象労働者の行った非違行為、適用する懲戒事由(就業規則等の根拠規定)を、書面で労働者に通知させることとし、これを使用者が行わなかった場合には懲戒を無効とすることが適当である。

 昇進、昇格、降格
 人事権の濫用は許されないことを明確にすることが適当である。さらに、職能資格の引下げとしての降格については、就業規則の規定等の明確な根拠が必要であるとすることが適当である。

 労働契約に伴う権利義務関係
(1)労働者の付随的義務
 兼業禁止義務
 労働者の兼業を制限する就業規則の規定や個別の合意については、やむを得ない事由がある場合を除き、無効とすることが適当である。
 兼業制限を原則無効とする場合には、労働基準法第38条第1項(事業場を異にする場合の労働時間の通算)については、使用者の命令による複数事業場での労働等の場合を除き、複数就業労働者の健康確保に配慮しつつ、これを適用しないこととすることが必要となると考えられる。
 競業避止義務
 労働者に退職後も競業避止義務を負わせる場合には、労使当事者間の書面による個別の合意、就業規則又は労働協約による根拠が必要であることを法律で明らかにすることが適当である。
 競業避止義務を課す個別の合意等の要件については、「競業が使用者の正当な利益を侵害すること」及び「侵害される労働者の利益と競業避止義務を課す必要性との間の均衡が図られていること」を要件とすべきである。その判断の考慮要素としては、上記競業避止義務の必要性のほか、業種、職種、期間、地域、代償の有無及び程度がある。
 さらに、退職後の競業避止義務については、競業避止義務の対象となる業種、職種、期間、地域が明確でなければならないとする要件を課すことが適当であり、また、これらを使用者が退職時に書面により明示することを指針等により促進することが適当である。
 秘密保持義務
 不正競争防止法の保護する範囲以上に労働者に退職後も秘密保持義務を負わせる場合には、労使当事者間の書面による個別の合意、就業規則又は労働協約による根拠が必要であることを法律で明らかにすることが適当である。
 また、当該合意や就業規則等の規定等については、当該義務に反する労働者の行為により使用者の正当な利益が侵害されることを要件とすることが適当である。
 さらに、労働者が退職後の秘密保持義務を負う場合には、秘密保持義務の内容及び期間を使用者が退職時に書面により明示することが必要とすることが適当である。ここで、使用者が当該明示を行わなかった場合には当該秘密保持義務を課す合意等を無効とすることが適当である。
(2)使用者の付随的義務
 安全配慮義務
 使用者は、労働者が労務提供のため設置する場所、設備若しくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負うとする安全配慮義務(判例法理)について、法律で明らかにすることが適当である。
 個人情報保護義務
 どのような規模の企業も、労働者の個人情報を適正に管理しなければならないことを、法律で明らかにすることが適当である。

0 労働者の損害賠償責任
 業務とは明確に区別された留学・研修費用に係る金銭消費貸借契約は、労働基準法第16条の禁止する違約金の定めに当たらないことを明らかにすることが適当である。
 また、留学・研修後一定期間以上の勤務を費用の返還を免除する条件とする場合には、当該期間は5年以内に限ることとし、5年を超える期間が定められた場合には5年とみなすこととすることが適当である。

第4 労働関係の終了

 解雇
(1)解雇権濫用法理について
 解雇は、労働者側に原因がある理由によるもの、企業の経営上の必要性によるもの又はユニオン・ショップ協定等の労働協約の定めによるものでなければならないことを法律で明らかにすることが適当である。
 また、解雇に当たり使用者が講ずべき措置を指針等により示すことが適当である。
(2)労働基準法第18条の2の位置付け
 労働基準法第18条の2の規定は、これを労働契約法制の体系に移すことが適当である。

 整理解雇
 解雇権濫用の判断の予測可能性を向上させて紛争を予防・早期解決するために、整理解雇について労働基準法第18条の2にいう解雇権濫用の有無を判断するに当たって考慮に入れるべき事項として、人員削減の必要性、解雇回避措置、解雇対象者の選定方法、解雇に至る手続等を法律で示すことが必要である。
 また、整理解雇の判断の考慮要素を使用者に分かりやすく具体化したものとして、整理解雇に当たり使用者が講ずべき措置を指針等で示すことが適当である。

 解雇の金銭解決制度
 解雇紛争の救済手段の選択肢を広げる観点から、仮に解雇の金銭解決制度を導入する場合に、実効性があり、かつ、濫用が行われないような制度設計が可能であるかどうかについて法理論上の検討を行った。
(1)労働者からの金銭解決の申立て
 一回的解決に係る理論的考え方
 例えば、従業員たる地位の確認を求める訴えと、その訴えを認容する判決が確定した場合において、当該確定の時点以後になす本人の辞職の申出を引換えとする解決金の給付を求める訴えとを同時に行うものと整理することも考えられるので、紛争の一回的解決に向け、同一裁判所での解決の手法について検討を深めるべきである。
 解決金の額の基準
 解雇の金銭解決の申立てを、解決金の額の基準について個別企業における事前の集団的な労使合意(労働協約や労使委員会の決議)がなされていた場合に限って認めることとし、その基準をもって解決金の額を決定するなどの工夫をすることも可能であると思われる。
(2)使用者からの金銭解決の申立て
 「違法な解雇が金銭で有効となる」等の批判について
 例えば、解雇が無効であると認定できる場合に、労働者の従業員たる地位が存続していることを前提として、解決金を支払うことによりその後の労働契約関係を解消することができる仕組みとして、違法な解雇が金銭により有効となるものではないこととすることが適当である。
 また、いかなる解雇についてもこの申立てを可能とするものではなく、人種、国籍、信条、性別等を理由とする差別的解雇や、労働者が年次有給休暇を取得するなどの正当な権利を行使したことを理由とする解雇等を行った使用者による金銭解決の申立ては認めないことが適当である。さらに、使用者の故意又は過失によらない事情であって労働者の職場復帰が困難と認められる特別な事情がある場合に限ることによって、金銭さえ払えば解雇ができるという制度ではないことが明確になる。
 これらの工夫により、安易な解雇を誘発するおそれはなくなるものと考えられる。
 使用者による解雇の金銭解決制度の濫用の懸念について
 使用者の申立ての前提として、個別企業における事前の集団的な労使合意(労働協約や労使委員会の決議)がなされていることを要件とすることが考えられる。
 これにより、労使対等の立場であらかじめ合意した内容に沿った申立てのみが可能となるため、多くの懸念が払拭できるものと考えられる。
 解決金の額の基準
 個別企業において労使間で集団的に解決金の額の基準の合意があらかじめなされていた場合にのみ申立てができることとし、その基準によって解決金の額を決定することが適当である。
 ただし、使用者からの金銭解決の申立ての場合に定められている金銭の額の基準が、労働者からの申立ての場合の基準よりも低い場合には、使用者からの金銭解決の申立てができないこととすることが適当である。
 また、解決金の額が不当に低いものとなることを避けるため、使用者から申し立てる金銭解決の場合に、その最低基準を設けることも考えられる。

 合意解約、辞職
 労働者が行った合意解約の申込みや辞職の意思表示が使用者の働きかけに応じたものであるときは、一定期間はその効力を生じないこととし、その間は労働者が撤回をすることができるようにすることが適当であって、その期間の長さについてはクーリングオフの期間(おおむね8日間)を参考に検討すべきである。

第5 有期労働契約

 有期労働契約をめぐる法律上の問題点
(1)有期労働契約の効果
 有期労働契約については、(1)期間中は労働者はやむを得ない事由がない限り退職できないという効果、(2)期間中は使用者はやむを得ない事由がない限り労働者を解雇できないという効果、(3)期間の満了によって労働契約が終了するという効果の三つの効果がある。
(2)見直しの考え方
 労働基準法第14条の規定は、労働者の退職の制限((1)の効果)に対する規制であることを明確にすることが考えられる。
 上記(3)の効果については、判例法理で一定の場合に雇止めが制限されており、その判断に当たっては契約の締結・更新の際の手続が考慮されている場合が多いことにかんがみ、予測可能性の向上を図るためにも、有期労働契約の手続と併せて検討することが適当である。

 有期労働契約に関する手続
(1)契約期間の書面による明示
 使用者が契約期間を書面で明示しなかったときの労働契約の法的性質については、これを期間の定めのない契約であるとみなすことが適当である。
(2)有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準
 労働契約法制の観点からも「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」に定める更新の可能性の有無や更新の基準の明示の手続を法律上必要とすることとし、使用者がこれを履行したことを雇止めの有効性の判断に当たっての考慮要素とすることが適当である。
 その際、契約を更新することがありうる旨が明示されていた場合には、人種、国籍、信条、性別等を理由とする差別的な雇止めや、有期契約労働者が年次有給休暇を取得するなどの正当な権利を行使したことを理由とする雇止めはできないこととすることが適当である。

 有期労働契約に関する留意点
(1)試行雇用契約
 試行雇用契約(試用を目的とする有期労働契約)と試用期間との区別を明確にするため、有期労働契約が試用の目的を有する場合には、契約期間満了後に本採用としての期間の定めのない契約の締結がない限り、契約期間の満了によって労働契約が終了することを明示するなど、一定の要件を満たしていなければ試用期間とみなすことが適当である。
 また、試行雇用契約については、これ以外の有期労働契約に関する手続との均衡から、試行雇用契約である旨及び本採用の判断基準を併せて明示させることとし、差別的な理由や有期契約労働者が正当な権利を行使したことを理由とする本採用の拒否はできないこととすることが適当である。
 「本採用の拒否はできない」こととすることの法的効果については、労働者が使用者に対して、差別的な取扱いや正当な権利の行使により不利益を受けたことに対する損害賠償を求めることができることとすることが適当である。
(2)解雇
 契約期間中に解雇された労働者が民法第628条に基づき使用者に対して損害賠償請求をする場合に、使用者の過失についての立証責任を転換することが適当である。

第6 仲裁合意

 将来において生ずる個別労働関係紛争を対象とする仲裁合意の効力については、個別労働紛争解決制度や労働審判制度の活用状況、労働市場の国際化等の動向、個別労働関係紛争についての仲裁のニーズ等を考慮して労働契約上の問題として引き続き検討すべきであり、このことを法律上明確にする方向で検討することが適当である。

トップへ