胸腹部臓器の障害認定に関する専門検討会報告書


 胸腹部臓器の障害等級の認定については、昭和50年9月30日付け基発第565号「障害等級認定基準について」(以下「認定基準」という。)等に基づいて行われているところである。
 近年の医学の進展を踏まえ、本専門検討会は、平成16年1月9日に全体的な討論を行った後、胸部臓器部会(呼吸器ワーキング・グループ、循環器ワーキング・グループ)、腹部臓器部会及び泌尿器・生殖器部会に分かれて、胸腹部臓器に係る認定基準等の見直しのための検討を行った。
 それぞれの検討回数は、全体会3回、胸部臓器部会14回、腹部臓器部会9回、泌尿器・生殖器部会6回、計32回であり、今般、その結果を取りまとめたのでここに報告する。
 また、胸腹部臓器の認定基準等の検討に当たり、特に留意した課題・問題意識等は胸部臓器、腹部臓器及び泌尿器・生殖器別に第1以下に記述したとおりであるので、その内容を踏まえて本報告の内容を理解するよう望むものである。
 なお、治ゆ後においても症状の動揺を来すおそれのある傷病であって、現在設けられているアフターケア制度の対象になっていないものについては、当該傷病に係るアフターケアの新設又は拡充が望まれる。


第1 胸部臓器
 呼吸器
 業務上又は通勤による(以下「業務上の」という。)呼吸器の傷病治ゆ後の呼吸機能障害に係る認定基準を検討するに当たって、特に留意した事項は、以下の3点である。
(1)1つは、業務上の呼吸器疾患の種類は多様であり、これらに起因する呼吸機能障害もまた多様であるということである。 従来、これらの障害の評価については、スパイロメトリーや動脈血酸素分圧の検査所見が用いられ、スパイロメトリーが基本とされてきた。しかし、動脈血ガス分圧については動脈血酸素分圧の値のみでは障害の程度を必ずしも的確に反映しているとはいえず、また、多様な呼吸機能障害の程度を一括して評価するにはスパイロメトリーは必ずしも適切とは言い難い面もある。
 そこで、今回、動脈血酸素分圧のみならず動脈血炭酸ガス分圧についても着目するとともに、スパイロメトリーの検査所見をどのように評価することが適当かについて検討を行った。
(2)2つは、労働人口全体の高齢化が進む中で、治ゆとなる被災者も高齢化が進んできているということである。
 近年、運動負荷試験に係る様々な報告もなされているが、高齢者を対象とする場合には特段の配慮が必要であり、評価に当たって考察しなければならないことも多い。
 そこで、こうした現状を踏まえ、どのような方法が客観的かつ公平であるとともに、被験者に無理とならない評価方法は何かについて検討を行った。
(3)3つは、業務上の要因による呼吸機能の低下と業務上以外の要因による呼吸機能の低下をどのように考えるかである。
 障害の的確な評価のためには、業務上の呼吸器の傷病に由来する呼吸機能の低下を抽出することができることが望ましいが、呼吸機能は、業務上の呼吸器疾患に共存する業務上以外の呼吸器疾患、心疾患、血液疾患、著しい肥満、胸郭変形等の様々な要因で低下する。
 そして、スパイロメトリーや動脈血ガス分圧は、呼吸機能障害の程度の把握について障害の原因に特異的な評価をもたらすものではない。
 したがって、業務上以外の諸要因に由来する呼吸機能障害を業務上の呼吸器疾患に由来する呼吸機能障害から分離することは困難なことが多い。
 このような業務上の傷病に由来する呼吸機能の障害と業務上以外の呼吸機能の障害が併存する場合が多いことを念頭に置いて検討を行った。
 循環器
 業務上の循環器の傷病治ゆ後の障害に係る認定基準を検討するに当たって、特に留意した事項は、以下の3点である。
(1)業務上発症した循環器疾患の病態の特性と労災保険における治ゆ業務上発症した循環器疾患の病態には、発作等の突発性、当該発作等による症状の急激な悪化の可能性があるという症状の不連続性、症状が徐々に悪化する進行性、という3つの特性がある。
 一方、労災保険における治ゆとは、症状が安定し、治療効果が認められないものをいうことから、循環器の後遺症状のうち、これと整合する状態というものはあり得るのかについて検討を行った。
 この場合、下記(2)とも関連するが、一定の数値をもって治ゆか否かを示すことは困難であることから、主治医等の判断も踏まえて労災保険における治ゆに当たるか否かを判断することが可能な基準となるよう配意した。
(2)循環器疾患の後遺障害を評価する基準の特殊性
 循環器疾患は、心筋梗塞の例でみるとわかるように、左室機能の低下のみならず、虚血や不整脈といった様々な症状が生じ、単一の基準により数値をもって障害の程度を表すことが困難なことが多い。
 すなわち、こうした障害の評価については、従来、左室駆出率、冠動脈病変枝数、不整脈の出現頻度などが予後と関連して用いられてきたが、これらの指標は、左室機能や電気的安定性といった限られた側面から障害の程度を把握するものであり、業務上の傷病に由来する循環器の機能低下の総体を評価することが難しい。
 そこで、上記(1)の検討を踏まえた上で、当該障害の程度について、運動療法等における知見を踏まえ、業務上の傷病に由来する循環器の機能低下は基本的に運動耐容能の低下の程度に着目して認定することが適当かについて検討を行った。
(3)傷病ごとの後遺症状の評価
 循環器疾患の後遺症状については、上記(1)、(2)に記したとおり、共通する事項も少なくないが、疾患ごとに大きく病態が異なっていることから、それぞれの疾患の特性を踏まえた上で、労災保険における治ゆに当たる状態とは何か、また、後遺症状の評価の着眼点は何が適当かについて検討を行った。

第2 腹部臓器
 業務上の腹部臓器の傷病治ゆ後の障害に係る認定基準を検討するに当たって、特に留意した事項は、以下の3点である。
 医学の進歩と障害補償の対象
 我が国の消化器外科学は、近年、長足の進歩を遂げていることから、以前は療養効果がなく、やむなく治ゆとし、障害補償の対象とした場合についても、治療の対象となり、症状を改善することができる場合が多くなっている。
 そこで、業務上の傷病として考えられる病態を対象として、再手術等により治療し得る症例は治療し、治療により改善が期待できない症状は結局どのようなものであるのかについて検討して、障害補償の対象となる後遺症状とした。
 後遺症状の発現時期と障害補償の対象等
 腹部臓器の傷病に係る後遺症状の中には、胃全摘出後の貧血のように数年を経て現れるものがあり、また、腸管癒着のように日常は平常の生活をしていても閉塞症状が現れた場合には入院加療が必要なものがある。
 また、医療の進歩の結果、以前であれば臥床を余儀なくされた症例、例えば短腸症候群に該当する場合においても、場合によっては、社会復帰が可能となるに至っているが、社会復帰の前提として継続的な治療が必要なことも多い。
 こうしたことから、上記1の検討を踏まえ、最終的にどのような機能低下が残存したかを確定した後、そのうちどのようなものを治ゆとし、障害補償の対象とすることが適当かについて検討を行った。
 臓器ごとの後遺症状の評価
 腹部臓器では、消化管、食道、胃、小腸(十二指腸・空腸・回腸)、大腸(結腸・直腸・肛門)と肝臓、膵臓、胆嚢は、それぞれいずれも生理作用と機能が全く異なり、労働災害による傷害も、後遺障害も大きく異なる。
 したがって、臓器ごとに、その特性を踏まえた上で、労災保険の治ゆに当たる状態は何か、また、後遺症状の評価を現時点でいかに客観的に行い得るかについて検討を行った。

第3 泌尿器・生殖器
 業務上の泌尿器・生殖器の傷病治ゆ後の障害に係る認定基準を検討するに当たって、特に留意した事項は、臓器の亡失等を伴わない機能障害の程度を評価する基準を策定するということである。
 すなわち、現行の認定基準は、昭和50年以前に作成されたという事情を反映して、一側の腎臓や精巣の亡失のように主として臓器の亡失等に着目している。こうしたことから、臓器の亡失等を伴う場合には、実際の労務の支障の程度よりも高い等級となっていることも少なくない反面、臓器の亡失等を伴わない場合には、泌尿器・生殖器の機能低下による労務の支障を必ずしも的確に表すものとはなっていない面がある。
 これは、当時の医学的水準からすればやむを得ないことであったが、その後、泌尿器・生殖器の分野は長足の進歩を遂げているので、現時点でみると不適切な面が多い。
 例えば、腎臓の関係については、現在では、腎臓の亡失等ではなく、糸球体濾過値によりその障害の程度を評価することになっているが、現行の認定基準においては全くそのことに触れられていない。
 また、尿路変向術については、非尿禁制型のものが考案され、その当時と比較すると著しく障害の状態は改善されるに至っているから、現行の認定基準のように尿路変向術を行ったものの評価を一律に決めるのは適当とは言えなくなっている。このほか、勃起障害についても、障害の有無を客観的に評価する手法が開発されるに至っているから、検査方法の制約から第14級に留めておく理由は乏しくなっている。
 こうした状況を踏まえ、それぞれの機能の障害の程度を評価する基準として、適当なものは何かについて検討を行い、その際、客観的かつ公平に評価できる評価方法に配意することとした。
 また、現行の認定基準は、今の医学的知見からすると、障害の程度が軽いものが重い評価を受け、逆に障害の程度が重いものが軽い評価を受けるという逆転した評価を行っている基準となっている面もあったことから、障害の序列にも配意しつつ、それぞれの機能障害を評価する基準について検討を行った。


平成17年9月30日
胸腹部臓器の障害認定に関する専門検討会
  座長 横山 哲朗(胸部臓器部会座長及び呼吸器ワーキング・グループ座長)
 秋葉   隆
 石田 仁男
 奥平 博一
 奥平 雅彦
 尾崎 正彦
 笠貫 宏(循環器ワーキング・グループ座長)
 木村 清延
 木元 康介
 斎藤 芳晃
 関   博之
 本 眞一
 戸田 剛太郎
 戸部 隆吉(腹部臓器部会座長)
 西村 重敬
 人見 滋樹
 松島 正浩(泌尿器・生殖器部会座長)
 望月 英隆



第I 胸部臓器の障害
  第1 呼吸器 (PDF:442KB)
   1 呼吸器の障害
   2 胸膜、横隔膜の障害
   3 胸腺の障害
  第2 循環器 (PDF:515KB)
   1 はじめに
   2 心臓の障害
   3 大動脈等の障害
   4 心膜の障害
   5 その他

第II 腹部臓器の障害 (PDF:496KB)
  第1 労災保険における治ゆと腹部臓器の障害等
  第2 食道の障害
  第3 胃の障害
  第4 小腸の障害
  第5 大腸の障害
  第6 腹膜・腸間膜の障害
  第7 肝臓の障害
  第8 胆嚢・肝外胆管の障害
  第9 膵臓の障害
  第10 脾臓の障害
  第11 その他(ヘルニア等)

第III 泌尿器・生殖器の障害 (PDF:523KB)
 第1 腎臓の障害(尿の生成等の障害)
 第2 尿管、膀胱及び尿道の障害(排尿又は蓄尿等の障害
 第3 副腎
 第4 生殖器の障害

参考I 呼吸機能障害の等級認定のフロー (PDF:95KB)
参考II 循環器に関する参考事項 (PDF:115KB)
参考III 勃起障害のメカニズムと病態生理等 (PDF:115KB)


照会先   厚生労働省労働基準局労災補償部補償課
障害認定係
電話 03-5253-1111(内線5468)
FAX 03-3502-6488



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