第5 諸外国等における石綿に関する規制との比較について

 1 はじめに
 労働安全衛生の観点からの石綿の規制は、大きく分けて、(1)石綿・石綿含有製品を製造し又は取り扱う作業における労働者のばく露防止対策、(2)石綿・石綿含有製品の製造、流通、使用等の規制の二つに分かれる。各国とも、まず(1)を導入し、その後(2)の措置を徐々に導入し、国によっては全面禁止にまで至っている。また、(2)に関しては、角閃石系のクロシドライト及びアモサイトと、蛇紋石系のクリソタイルでは有害性に相当な差があるので、多くの国ではまず有害性の高い前者の規制を導入し、その後、後者の規制を導入するという段階を踏んでいる。
 したがって、各国の対策を比較する上で、これらを分けて整理していく必要がある。
 また、比較対象としては、国の経済規模や工業化の状況等を考慮して、イギリス、ドイツ、フランス、米国、カナダの5カ国及びEUとする。

 2 諸外国における規制
(1)イギリス
 平成4年(1992年)、「石綿(禁止)規則」の改正により、平成5年(1993年)1月からクリソタイル以外の石綿の輸入、供給、使用及びこれらを意図的に含有した製品の供給、使用が禁止された。また、より危険の高い一部のクリソタイル含有製品の使用も禁止された。
(注)本文は省内に保管している情報にしたがって記述したが、昭和61年(1986年)に使用禁止を行ったという情報もあり、今後精査する。
 さらに本規則は、EC指令(1999/77/EC)を実施するとともに、輸入禁止の範囲を全ての石綿含有製品に広げるため、平成11年(1999年)に改正され、同年よりクリソタイルの輸入、供給及び使用が禁止された。ただし、当初は多くの適用除外品があり、その後、段階的に禁止が進められてきている(現在でも、車のブレーキライニング、一定の電気分解用の隔膜等の供給、使用等が可能)。
 一方、労働者のばく露防止対策として、「石綿(資格)規則」により、昭和59年(1984年)8月から石綿含有断熱材の除去・解体作業等の資格制度が規定されている。続いて、「石綿(禁止)規則」により、昭和61年(1986年)1月から石綿の吹付けが禁止された。さらに、「作業における石綿の管理規則」により、昭和63年(1988年)3月から気中濃度の測定、原石綿・廃石綿に係る表示、2年に一度の健康診断、保護具の提供が規定されている。また、同規則には、できる限りばく露を減らすための方策を講じなければならない旨の規定があり、同規定に係る行動準則において石綿作業時の湿潤化が規定されるようになった。また、平成14年(2002年)の同規則の改正により、平成16年(2004年)5月から損傷、劣化のある場合の石綿の除去・封じ込め等の措置が義務付けられるようになった。

(2)ドイツ(西ドイツ)
 昭和61年(1986年)10月、「危険物質からの保護に関する省令」が施行され、その中で石綿について、以下のような規定が設けられた。
(1) 石綿を含有する物質、調合物、製品の製造、使用、流通について、規制の対象となる製品や用途、作業の種類等を列挙しつつ禁止又は制限。
(2) このうち、クロシドライトやクロシドライトを含有する調合物及び製品については、以下の製品の製造を除き原則禁止。
 石綿セメント管
 耐酸、耐熱パッキン等
 トルクコンバーター
 ただし、この省令の中では、施行日前に製造されていたものについては、一定期間の流通を認めるとともに、昭和61年(1986年)6月30日までに製造、流通又は使用されていたものについては、引き続き使用を認める規定が設けられた。
 平成5年(1993年)に省令が改正され、同年11月より石綿そのものや石綿を含有する調合物やこれらを含有する製品の製造及び使用が原則として禁止された。ただし、一定の製品や一定の作業に係るものについては適用除外や適用猶予の措置があった(クロシドライト及びアモサイトについては全面禁止)。なお、平成5年(1993年)に化学物質の流通面での規制を目的に「化学物質禁止省令」が制定されたことに伴い、流通部分の規制については、「化学物質禁止省令」に移管された。
 さらに、「危険物質からの保護に関する省令」については、平成11年(1999年)及び平成16年(2004年)に改正が行われ、クリソタイル含有物質の製造及び使用の禁止に関する経過措置が大幅に削除されるなど、適用除外や適用猶予にかかる対象物等が削減された。
 現在、石綿の製造又は使用について、適用除外されているもののうち主なものを例示すると以下のとおり。
(1) 現存する設備、車両、建築物、施設又は機材の改修又はメンテナンス作業に係る石綿の製造、使用
(2) 一定の条件のもとでの、一定の電気分解用の隔膜の製造及び使用(平成22年(2010年)12月31日まで)
 一方、労働者のばく露防止対策としては昭和48年(1973年)に「災害防止規程」により、健康診断が義務付けられた。続いて、昭和54年(1979年)には、同規程により石綿の吹付けが禁止された。石綿の取扱い上の措置については、平成5年(1993年)に制定された「危険物質に対する保護に関する省令」に規定されているが、排気装置及び除じん、一定有資格者の配置、気中濃度の測定、石綿作業時の湿潤化、保護具の使用などの具体的方策については「危険物質に対する技術規程第519号」において規定されている。

(3)フランス
 昭和52年(1977年)の規則により、石綿粉じん抑制のための限界値を設定した。また、昭和53年(1978年)には、石綿繊維の吹付けへの使用を禁止した。
 平成6年(1994年)の政令No.94−645により、クリソタイル以外の石綿の販売等禁止措置を導入した。
 平成8年(1996年)の政令No.96−1133により、平成9年(1997年)1月からクリソタイルを含むすべての石綿の製造、加工、販売、輸入、輸出等を禁止した。当初は6種類の適用除外品があったが、段階的に禁止され、平成14年(2002年)1月に全面禁止に至った。

(4)EU
 クロシドライトについては、昭和58年(1983年)のEC指令(83/478/EEC)により、販売、使用が原則禁止(昭和61年(1986年)3月までに実施。石綿セメント管、耐酸、耐熱パッキン、トルクコンバーター等は適用除外)となり、さらに、平成3年(1991年)のEC指令(91/656/EEC)によりクロシドライト、アモサイトの販売、使用が全面禁止となった(平成5年(1993年)7月までに実施)。
 クリソタイルについては、1980年代(昭和55年〜平成元年)から、限られた製品については使用等が禁止されていたが、平成11年(1999年)のEC指令(1999/77/EC)により、販売、使用を全面禁止した(平成17年(2005年)1月までに実施)。ただし、現在でも一定の電気分解用の隔膜や禁止以前に設置されている製品及び禁止以前の在庫品については例外とされている。
 一方、労働者のばく露防止対策としては、昭和58年(1983年)のEC指令(83/477/EEC)によって、石綿吹付け作業の禁止、石綿の気中濃度の測定、健康診断、危険の表示、権限のある機関への通知等包括的な対策が初めて規定された(昭和62年(1987年)1月までに実施)。
 この指令は、現在までに3回改正されている(91/382/EEC、98/24/EC及び2003/18/EC)。

(5)米国
 1980年代(昭和55年〜平成元年)半ばに建築物に使われている石綿によって引き起こされた社会的パニックをきっかけにして、米国環境保護庁(以下「EPA」という。)は、平成元年(1989年)7月の連邦官報で、「米国において平成9年(1997年)までに3段階にわたり、ほとんどの石綿含有製品の製造、輸入、加工及び商業的流通を禁止していく」との規制を公布した。
 これに対し連邦控訴審は、平成3年(1991年)10月18日、平成元年(1989年)のEPA規制は無効であるとの判決を下した。これは、石綿含有製品は、その通常の使用それ自体が問題なのではなく、あくまで飛散して人に対する直接のばく露が生じた際に健康被害を生じるに過ぎないため、適切な使用規制をすれば十分であり、使用それ自体を禁止する同規則は過剰な対応である、との判断によるものであった。
 この判決には、「EPA規制が公布された平成元年(1989年)7月時点で米国内で製造、輸入、販売等が行われていない石綿含有製品と新しい石綿及び石綿含有製品の使用については禁止することができる」という項目が含まれていたため、EPAは、平成4年(1992年)4月の連邦官報で、平成元年(1989年)7月時点で製造、輸入、販売等が行われていないものとしてビニル石綿床タイル等14品目を禁止する旨発表した。これに対し、石綿情報協会/北米をはじめとする団体が、「禁止された製品の中には、製造されていた製品や、輸入され使用されていたものもある。したがって、これらは禁止品目より除外されるべきである」との主旨でEPAに抗議を申し入れた。
 この抗議を受け入れた形で、EPAは平成5年(1993年)11月、連邦官報において、平成4年(1992年)の禁止品目14品目のうちの8品目とそのほかの10品目、併せて18品目(石綿スレートなど)の使用を正式に認めた。その結果、6品目が禁止、18品目が自由に使用可能となった。また、平成元年(1989年)に製造されていなかった石綿含有製品以外の新しい石綿含有製品を製造するときには、EPAの承認を受けなければならないこととなった。なお、平成11年(1999年)時点で使用が認められる製品は28品目となっている。
 一方、労働者のばく露防止対策については、昭和45年(1970年)の労働安全衛生法に基づく3つの連邦政府規制(「産業全般に係る労働安全衛生基準(1910.1001)」「造船業に係る労働安全衛生基準(1915.1001)」及び「建設業に係る労働安全衛生基準(1926.1001)」)に規定されている。これらにおいては、作業環境の測定、排気装置及び除じん装置の設置、湿潤化、保護具の提供、健康診断等が義務付けられている。なお、昭和61年(1986年)にいったん追加された石綿含有製品の吹付け禁止条項については、昭和63年(1988年)の連邦控訴審の決定に基づき、平成元年(1989年)に削除された。

(6)カナダ
 主要な石綿(クリソタイル)生産国であるカナダでは、クリソタイルについては、昭和58年(1983年)に連邦政府が「カナダにおける石綿の規制に対する最新のアプローチ」として管理使用のアプローチを承認する等、管理して使用すれば安全であるという立場を一貫してとっている。
 このため、昭和61年(1986年)に採択されたILO石綿条約については、クロシドライトの使用を原則禁止する一方で、クリソタイルについては管理使用を認めたものであるとして、昭和63年(1988年)に批准した。また、「有害製品取締法」及びこれに基づく規則を制定し、クロシドライトを含む製品については、一定の条件を満たす場合には、石綿セメント管、トルクコンバーター、一定の隔膜、耐酸、耐熱のパッキン等の広告、販売、輸入を認めることとし、また、建物内部の吹付け石綿など低密度で脆弱な製品の使用を原則禁止した。
 また、フランスがクリソタイルを含めた石綿の使用禁止措置を決定したこと(平成8年(1996年))に対して、カナダはWTOに提訴した(平成12年(2000年)にカナダ敗訴)。
 一方、労働者のばく露防止対策としては、「労働安全衛生規則」により、排気装置、一定有資格者の配置、気中濃度の測定、健康診断、保護具の使用等が義務付けられ、また、「有害製品法」により容器等への表示について義務付けられている。


 3 国際機関における見解

(1)ILO
 石綿についてのILOの見解は、昭和47年(1972年)に「職業がんについての専門家会議」において、石綿を職業がんの危険性が認められる物質の一つとして列記したところから始まる。その後、昭和61年(1986年)にはILO石綿条約を採択し、クロシドライトやその含有製品の使用禁止、石綿の吹付け禁止等の必要な措置を規定した。詳細については以下のとおり。
 昭和47年(1972年) 職業がんについての専門家会議
 石綿を職業がんの危険性が認められる物質の一つとして列記。
 昭和49年(1974年)6月24日 ILO職業がん条約採択
 発がん物質の危険から労働者を保護することを目的として採択された。(ILO駐日事務所HPより)
 昭和55年(1980年) 「業務災害の場合における給付に関する条約(第121号条約)」(以下「ILO業務災害給付条約」という。)職業病一覧表の改正
 1964年に採択されていた条約の職業病一覧表が改正され、「石綿肺」に加え、「石綿によって生じる肺がん又は中皮腫」を追加。
 昭和58年(1983年) 石綿の安全使用に関する専門家会議
 同会議において、「石綿を安全に使用するための実施要綱」(ILO Code of Practice,"Safety in the Use of Asbestos”)が承認。
 この実施要綱には、石綿粉じんばく露によって起きるおそれのある健康障害として肺がんと中皮腫等を紹介し、労働者の健康を保護するための基本的事項と、石綿粉じんばく露を最小限にするための監督官庁、事業者、労働者の義務事項や労働者の健康管理の進め方、石綿の代替品への置換えの必要性などについて記述されている。また、石綿採掘や石綿セメント製造等の作業、建設及び取壊しなどの作業での石綿ばく露防止対策についても述べられている。特に取壊し作業においては石綿含有絶縁材や被覆材の確認について規定されている。
 昭和61年(1986年)6月24日 ILO石綿条約採択
 職業上の石綿へのばく露による健康に対する危険の防止や労働者の保護等を目的として採択したものである。
 このために必要な法令の制定及び定期的な見直しと十分な監督制度による実施が求められるところであり、具体的には、クロシドライトやその含有製品の原則使用禁止、石綿の吹付け原則禁止、ばく露限界又はほかのばく露基準の設定と見直しのほか、可能な場合には石綿又は石綿含有製品を無害または有害性の低い他の物質や製品などで代替させること、などの規定が含まれること等が必要であるとされている。(ILO駐日事務所HPより)また、クロシドライトの代替が合理的に実行不可能な場合には労働者の健康が危険にさらされないことを確保する手段をとることを前提として労使団体と協議の上、使用禁止の緩和を行うことを認めている。
 (参考)我が国は、クロシドライトの使用禁止、石綿吹付け作業の禁止等、条約の主要な規定については従前から実施していたところ、平成17年(2005年)の石綿則の制定等により条約と完全に整合することとなり、平成17年(2005年)8月11日に批准。同日現在で28カ国が批准している。欧米先進国の中では、ドイツ及びカナダは批准しているが、イギリス、フランス及び米国は未批准。

(2)WHO
 WHOやその付属機関であるIARCの石綿についての見解は、昭和47年(1972年)のIARCの研究会議やIARCにおける研究グループの報告において、石綿ばく露と中皮腫発生の関係等が示唆されたことにはじまり、平成元年(1989年)には、WHOがアモサイトやクロシドライトの使用禁止を勧告するに至っている。なお、石綿の代替品に関しては、IARCが昭和63年(1988年)に石綿代替品であるグラスウール、ロックウール等をいったん「発がん性の可能性あり」と分類したものの、平成13年(2001年)にグラスウール等を「発がん性に分類しない」と再評価している。詳細については以下のとおり。
 昭和47年(1972年) IARC「石綿の生物学的影響(Biological Effects of Asbestos)」に関する研究会議
 同研究会議においては、いずれの種類の石綿繊維であっても、ある状況下では、石綿繊維は気管支系のがん発生の危険度を高めることが示唆されたと総括している。また、同時に一部を除き石綿繊維はいずれも中皮腫発生の危険度にも関係のあることが認められるべきであるとしている。ただし、この会議において発表された報告では、例えば、クリソタイルの採掘及び粉砕作業は他の石綿製造過程や、石綿断熱材の利用などにおける作業に比してがん発生の危険度はかなり低いことが示唆され、また、発がん性を支配する要因は喫煙であるとし、喫煙は肺がんに関しては特に重要であるが、中皮腫についてはそうではないのではないかとしている。
 昭和47年(1972年) IARC「人に対する化学物質のがん発生危険の評価(Evaluation of the Carcinogenic Risk of Chemicals to Man)」に関する研究グループの報告
 石綿紡績工業や造船所における石綿ばく露労働者の死亡率に関するレトロスペクティブ又はプロスペクティブな疫学調査成績から、気管支がん、肺がん、胸膜及び腹膜の中皮腫の発生と石綿ばく露との関連性の存在は極めて確かな事実であると評価している。
 昭和52年(1977年) IARCの見解(IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risk of Chemicals to Man)
 クリソタイル、アモサイト、クロシドライト等を含有する混合繊維ばく露労働者群に肺がん発生の超過危険が存在することを認めている。また、胸膜及び腹膜の中皮腫についても、クロシドライト、アモサイト、クリソタイルの職業的ばく露を受けると発生する危険が存在するとしている。
 昭和61年(1986年) WHOが環境保健クライテリア※(EHC53)を公表
 石綿、その他の天然鉱物繊維に係る労働衛生及び公衆衛生上の勧告を取りまとめた。
 ※ 環境保健クライテリア(EHC)・・・種々の化学物質について、人の健康に及ぼす影響を総合的に評価し、各化学物質ごとに「環境保健クライテリア」として公表している。
 昭和62年(1987年) IARCによる石綿の人に対するがん原性の根拠(Evidence for carcinogenicity to humans)についての見解
 石綿はヒト及び動物への発がんに関する研究において発がん性は十分(Sufficient)と評価し、最終評価は第1群※(ヒトに対してがん原性である)とした。
 ※ IARCのヒト発がん性の最終評価(ヒト・動物に対する研究の評価に基づくもの)
  第1群 ヒトに対してがん原性である
  第2群
第2A群 ヒトに対してがん原性でありうる
第2B群 ヒトに対してがん原性となる可能性がある
  第3群 ヒトに対するがん原性として分類され得ない
  第4群 ヒトに対しておそらくがん原性でない
 昭和63年(1988年) IARCの見解
 石綿代替品であるグラスウール、ロックウール等を「発がん性の可能性あり」と分類した。(のち、平成13年(2001年)に再評価)

人造鉱物繊維 ヒトに対する発がん性
グラスウール 2B(ヒトに対してがん原性となる可能性がある。)
グラスフィラメント 3(ヒトに対するがん原性として分類され得ない。)
ロックウール 2B(ヒトに対してがん原性となる可能性がある。)
スラグウール 2B(ヒトに対してがん原性となる可能性がある。)
セラミックファイバー 2B(ヒトに対してがん原性となる可能性がある。)
 平成元年(1989年) WHOの勧告
 アモサイトとクロシドライトの使用禁止
 平成13年(2001年) IARCの見解
 石綿の主要な代替品であるガラス繊維を「発がん性の可能性あり」から「発がん性に分類しない」と再評価した。

人造鉱物繊維 ヒトに対する発がん性
断熱材グラスウール 3(ヒトに対するがん原性として分類され得ない。)
グラスフィラメント 3(ヒトに対するがん原性として分類され得ない。)
マイクログラスウール 2B(ヒトに対してがん原性となる可能性がある。)
ロックウール 3(ヒトに対するがん原性として分類され得ない。)
スラグウール 3(ヒトに対するがん原性として分類され得ない。)
セラミックファイバー 2B(ヒトに対してがん原性となる可能性がある。)
ニューファイバー 分類できない


第6 労災補償対策について

 1 石綿による健康障害に対する労災補償の沿革
(1) 労働基準法の制定と業務上疾病の範囲(労働基準法施行規則第35条)
 昭和22年(1947年)、労働基準法(昭和22年法律第49号)及び労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)が公布・施行されたが、この時、労災補償の対象となる業務上疾病の範囲に関しては、労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号)第35条で規定した。
 労働基準法施行規則第35条は、業務上疾病の範囲を有害因子の種類別に、物理的有害因子(外力、熱、光線、放射線、圧力、振動、騒音等)による疾病、金属や化学物質による疾病、病原体による感染症等に分けて具体的な疾病を列挙したが、これら具体的に列挙した疾病のほか、同条第38号は「その他業務に起因することの明らかな疾病」と規定した。これは、明示的に列挙された疾病以外のものについても、個々の事例に則して業務起因性があると認められる場合には、補償の対象とし得る途を残しておくという趣旨によるものであり、「包括的救済規定」としての性格を有した。
 なお、職業がん等については、タール・ピッチ等による原発性上皮がんを列挙したのみであり、この時期、石綿による肺がん、中皮腫の発症に関する医学的知見は国内外において、まだ存在しなかった。

(2) 石綿肺に係る補償
 労働基準法施行規則第35条第7号は「粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症及びこれに伴う肺結核」と規定した。じん肺は、けい肺、石綿肺、アルミニウム肺等の総称であり、これにより石綿肺は当然に補償の対象となった。
 我が国においては、戦前から鉱山労働者を中心にけい肺の問題が発生していたが、その後、石綿製品製造業に従事する労働者の石綿肺の問題も発生した。記録上確認される最初の事案としては、昭和29年(1954年)、東京労働基準局長から本省労働基準局長へ石綿肺に係る労災補償についてりん伺が行われ、昭和30年(1955年)、業務上との判断を示している。また、昭和31年(1956年)には、石綿肺に合併した肺結核について、業務上との判断を示している。

(3) 石綿肺がん及び中皮腫に係る労災認定事例
 石綿肺がん
 記録上確認できる石綿による肺がんに係る最初の労災認定事例は、昭和48年(1973年)である。これは、大阪労働基準局長よりりん伺された労災請求事案に対し、「石綿肺結核兼肺がんによる死亡労働者の業務上外について」(昭和48年5月11日付け基収第2278号)により、労働基準法施行規則第35条第38号の包括的救済規定により、石綿配合作業に従事した労働者に発症した石綿肺がんについて業務上との判断を示している。
 この後、大阪労働基準局長から2件の労災請求事案がりん伺されたのに対し、「石綿肺がんによる死亡労働者の業務上外について(回答)」(昭和50年7月5日付け基収第2302号)により、1件は業務上、1件は業務外との判断を示している。
 後述する昭和53年(1978年)の認定基準の策定の前後に全国の労働基準監督署において労災認定された石綿肺がん事例を収集し、昭和54年(1979年)までに18件の石綿肺がんが労災認定されていたことが記録上明らかになっている(年度別の労災認定件数については明らかではない。)。

 中皮腫
 我が国における最初の石綿による腹膜の中皮腫症例は、昭和48年(1973年)、小泉岳夫らが紹介した大阪・石綿加工業従事者のものであった(日内会誌、62巻7号、783ー787)。また、最初の石綿による胸膜の中皮腫症例は、昭和49年(1974年)、姜建栄らが紹介した大阪堺の断熱材加工の経営者のものであった(日胸疾会誌、12巻8号、458-464)。
 なお、小泉岳夫らが紹介した症例は、昭和53年(1978年)、業務上と認定され、中皮腫症例の最初の労災認定事例となっている。


 2 業務上疾病の範囲の見直しと認定基準の策定
(1) 業務上疾病の規定方法(例示列挙のうえ包括的救済規定を設ける方式)
 労働基準法施行規則第35条による業務上疾病の範囲の規定の仕方は、一定の疾病を具体的に列挙するとともに、それ以外の疾病も個別に認定できる包括的救済規定を設ける方式を採用した。
 すなわち、人の健康を害するとの医学的知見が得られている有害因子とその有害因子によって引き起こされることが明らかになっている疾病を具体的に定めて迅速・適正な労災補償を容易にするとともに、包括的救済規定を設けることにより、具体的に疾病が列挙されていなくとも、個々の事例に則して業務起因性があると認められた場合に労災補償を受けることができることとしたものである。
 この方式は、ILOの指定する疾病をもれなく包含する職業病の範囲を法令に定めることを要求しているILO業務災害給付条約及び「業務災害の場合における給付に関する勧告(第121号勧告)」を満たすものである。
 昭和53年(1978年)に労働基準法施行規則第35条を改正し、石綿による肺がん及び中皮腫を業務上疾病として例示する以前においても、前記のとおり、石綿による肺がんについて相当数の事案を業務上と認めていることからも、この方式は、業務との因果関係についての医学的評価が確立していない疾病についても、その実態に即した救済を図るという機能を果たしていた。

(2) 労働基準法施行規則第35条の見直し
 職業がんに係る労災請求の増加
 我が国における業務上疾病の発生状況は、戦後、年2万件前後で推移していたが、昭和42年(1967年)頃から急速に増加し、昭和47年(1972年)には3万件を超えるに至った。我が国が高度成長期を迎え、産業現場では新規化学物質の導入等の新しい要因に基づく疾病が発生するなどの変化が現れ、化学物質による健康障害も毎年1,000件を超える状態が続いた。
 このような中、昭和40年代(1965年〜1974年)後半になって石綿肺がんをはじめ、塩化ビニルによる肝血管肉腫、クロムによる肺がん、じん肺肺がん等の職業がんに係る労災請求事案が本省にりん伺され、本省において個別に業務上外の判断を行った。
 また、この時期には、昭和47年(1972年)6月の安衛法の制定を契機に、労働基準法に基づいて制定していた有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、四アルキル鉛中毒予防規則、特化則、電離放射線障害防止規則等による労働者の健康障害防止のための規制の内容を充実・強化するとともに、再整理、体系化した。
 労働基準法施行規則第35条の見直しとその背景
 このような職業がんに係る労災請求の増加や健康障害防止のための規制の整備と時期を同じくして、労働基準法施行規則第35条の業務上疾病の範囲の見直しの作業に着手した。
 この時期、見直し作業に着手した背景としては、様々な職業がんに係る労災請求について、本省において個別に業務上外の判断を行う際に多大な時間を要する場合が多かったことから、急増する請求に迅速・適正に対応するため、業務上疾病の範囲の見直しを行い、医学的評価の確立した疾病を具体的に明示するとともに、これに対応する認定基準を策定し、全国斉一的な事務処理を確立することが必要であると考えたことによる。また、当時社会的に問題となった塩化ビニルによる肝血管肉腫・悪性腫瘍、クロムによる鼻中隔穿孔及び肺がん等の疾病の発生を契機として、国会、労働団体等からも労働基準法施行規則第35条を見直し、職業性疾病の範囲について検討を加えるべきとの指摘が行われたことも背景となった。
 労働基準法施行規則第35条の改正
 昭和51年(1976年)4月、「業務上疾病の範囲等に関する検討委員会」を設置し、同年5月から約1年6か月にわたる検討を行うとともに、各専門分野における多数の医学専門家の意見も聴取し、この検討結果に基づいて、労働基準法施行規則第35条の改正案を作成し、中央労働基準審議会及び労働者災害補償保険審議会の審議、公聴会における意見聴取等の手続を経て、労働基準法施行規則の一部を改正する省令(昭和53年労働省令第11号)により、業務上疾病の範囲を定める別表第1の2を定め、昭和53年(1978年)4月1日から施行した。
 改正の要点の1つである職業がんについては、昭和49年(1974年)に設置された「有害物等に関する検討専門家会議」の検討結果をベースに、国内外における症例報告、動物実験結果、疫学調査等の各種の論文を収集し、これに基づいて検討を行い、業務との因果関係が確立していると評価された疾病を具体的に例示した。石綿による職業がんについては、別表第1の2の第7号の7で「石綿にさらされる業務による肺がん又は中皮腫」として例示した。
 審議会の意見
 なお、労働基準法施行規則別表第1の2の制定の過程において、昭和53年(1978年)3月、中央労働基準審議会及び労働者災害補償保険審議会において、改正規則の運用に当たり配慮すべき事項として指摘された主な意見は次のとおりであった。行政においては、その後、これらの意見を踏まえた対応を行った。
(1) 新しい疾病の発生等に対処し得るよう医学専門家による委員会を設置し、今後定期的な検討を行うこと。
(2) 改正を契機に認定基準が厳しくなることのないよう留意すること。
(3) 必要な認定基準等の作成・整備を図り、また、必要な解説を行い、周知に努めること。
(4) 改正省令の施行に合わせ、認定の促進等に努め、認定に係る労働者の負担の軽減に配慮すること。

(3) 認定基準の策定
 石綿による健康障害に関する専門家会議における検討
 「業務上疾病の範囲等に関する検討委員会」の検討と並行して、石綿による肺がん、中皮腫の業務上外の判断の基準を検討するため、昭和51年(1976年)9月、「石綿による健康障害に関する専門家会議」を設置し、昭和53年(1978年)9月、同会議より「石綿による健康障害に関する専門家会議検討結果報告書」が提出された。
 報告書においては、産業現場における石綿ばく露実態、石綿の化学組成及び物性、動物実験結果、臨床、病理、疫学、肺がん・中皮腫の量−反応関係、環境管理、健康管理が網羅的に検討され、概要以下の結論が示された。
(1) 肺がんについては、最近の疫学調査の結果から、石綿ばく露量が大となるにつれて肺がん発生のリスクが大きくなる傾向が見られ、症例としては石綿ばく露期間がおおむね10年を超える労働者に発生したものが多い。
(2) 中皮腫については、個々の中皮腫患者に石綿ばく露の程度が大であった例が多いことのほか、現在では動物実験によって石綿による中皮腫の発生が確認されており、疫学調査と併せて、石綿ばく露と胸膜及び腹膜の中皮腫の発生とが関連づけられている。石綿ばく露との関係については、中皮腫の症例報告からみた石綿ばく露期間は10年以上の場合が比較的多いが、5年未満といった短い例もある。
 認定基準の策定
 上記報告書を踏まえて認定基準の策定を行い、「石綿ばく露作業従事労働者に発生した疾病の業務上外の認定について」(昭和53年10月23日付け基発第584号)を発出した。
 認定基準の主な内容は、次のとおりであった。
(1) 石綿ばく露作業として、次の作業を示したこと。
 石綿を含有する鉱石又は岩石の採掘、搬出又は粉砕その他石綿の精製に関する作業
 石綿製品の製造工程において石綿粉じんのばく露を受ける作業(5つの作業を例示)
 石綿若しくは石綿製品の取り扱い又は石綿製品を被覆材若しくは建材として用いた建造物の補修、解体等の作業工程において石綿粉じんばく露を受ける作業(4つの作業を例示)
(2) 対象疾病として、肺がん、胸膜及び腹膜の中皮腫を明らかにしたこと。
(3) 石綿ばく露作業従事労働者に発生した疾病の業務上外の認定要件の一つとして、石綿ばく露作業従事期間を、肺がんについては10年以上、中皮腫については5年以上としたこと。
(4) 石綿による肺がん又は中皮腫と診断される根拠として、次の医学的所見が認められること。
 肺がんについては、胸部エックス線写真による胸膜の肥厚斑影又はその石灰像、かくたん中の石綿小体等の臨床所見、又は生検、剖検等に基づく肺のびまん性線維増殖、胸膜の硝子性肥厚又は石灰沈着、肺組織内の石綿繊維又は石綿小体等の病理学所見
 中皮腫については、じん肺法に定めるエックス線写真の像の第1型以上である石綿肺の所見、又は剖検等に基づく肺のびまん性線維増殖、胸膜の硝子性肥厚又は石灰沈着、肺組織内の石綿繊維又は石綿小体等の病理学所見

 なお、石綿ばく露作業従事期間が上記(3)の期間に満たない場合であっても一定の医学的所見が認められる場合には、本省りん伺により個別に業務上外の判断を行うこととした。


 3 業務上疾病の範囲に係る定期的検討、調査研究の状況
(1) 業務上疾病の範囲に係る定期的検討
 昭和53年(1978年)、「労働基準法施行規則第35条専門検討会」を設置し、以後定期的に業務上疾病の範囲に関する検討を行った。
 検討会においては、前年1年間の業務上疾病の認定状況、別表第1の2各号において具体的に列挙した疾病以外の認定事例、化学物質による中毒及び職業がんの認定状況(石綿による肺がん及び中皮腫の労災認定状況を含む。)、包括的救済規定により個別に業務上疾病として認定した事例について報告され、これらの報告を踏まえて新たに追加すべき疾病の有無について検討された。

(2) 石綿による健康障害等に係る医学的知見の収集
 委託研究
 業務上疾病に係る国内外の研究動向等を行政として的確に把握するため、専門家に対し研究を委託した。石綿に関連する委託研究の実施状況は次のとおりである。
(1) 「石綿及び石綿代替品の生体影響に関する研究」
  (平成6年(1994年)3月 主任研究者 森永謙二)
(2) 「アスベストに関する最近の国際情勢」
  平成9年(1997年)2月 研究者 土屋健三郎)
(3) 「アスベストによる肺障害」
 (平成11年(1999年)3月 主任研究者 井内康輝)
(4) 「職業性石綿ばく露の状況と疾病の発生状況について」
  (平成13年(2001年)3月 主任研究者 吉積宏治)
(5) 「欧州における職業がんの動向と労災補償について」
  (平成16年(2004年)3月 研究者 森永謙二)
 文献収集評価
 平成6年度(1994年度)から、財団法人労災保険情報センターへ文献収集評価事業を委託し、平成10年度(1998年度)及び平成14年度(2002年度)の2回、石綿による健康障害に関する文献を収集した。収集された文献は、医学専門家による文献検討委員会において評価検討され、その結果必要とされた文献について概要(アブストラクト)が作成され、原文及び日本語訳とともにデータベース化された。






平成10年度(1998年度):検索期間 国内 〜1997年
 国外 〜1998年
評価完了文献  262件
平成14年度(2002年度):検索期間 国内 1998年〜2001年
 国外 1998年〜2002年
評価完了文献  108件






 これらの調査研究等は、平成14年(2002年)の認定基準改正のための検討会において検討の基礎資料とされた。


 4 認定基準の改正
(1) 検討会における検討
 石綿による疾病の労災認定については、認定基準に基づきその処理を行ってきたが、平成13年(2001年)にこれまで労災請求・認定事例がなく、認定基準に認定要件を定めていなかった心膜原発性の中皮腫(以下「心膜中皮腫」という。)の労災補償請求がなされ、複数の専門家の意見によって、業務上と判断した。
 これを契機に、(1)労災認定件数が増加傾向にあった中皮腫の労災請求事案に迅速・適正な認定を行うため、心膜中皮腫を含めた中皮腫に係る認定要件の見直しが必要と考えたこと、(2)石綿肺、肺がん、中皮腫以外の石綿関連疾患については認定基準に認定要件が示されていなかったため、その具体的取扱い等を明確にする必要があったこと等から、平成14年(2002年)10月、「石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準に関する検討会」を設置し、認定基準の見直しに着手した。
 同検討会は計7回開催され、過去3年間の労災認定事例の分析及び最新の医学文献等の検討が行われ、平成15年(2003年)8月、検討結果が報告書としてまとめられた。報告書は、関係省庁及び省内関係部局に配布するとともに、厚生労働省ホームページで公表した。
 報告書においては、以下の提言がなされた。
(1) 石綿ばく露との関連が明らかにされている疾病として掲げられている「胸膜又は腹膜の中皮腫」に、「心膜、精巣鞘膜の中皮腫」を追加すること。
(2) 石綿ばく露との関連が明らかにされている疾病として、「良性石綿胸水」及び「びまん性胸膜肥厚」を追加すること。ただし、業務上外の判断は、個々に行うこと。
(3) 石綿ばく露指標として重要な「胸膜プラーク」を、認定要件として独立させること。
(4) 肺組織内の石綿小体(石綿繊維)も重要な石綿ばく露指標であることの周知徹底を図ること。
(5) 中皮腫について、認定要件の一つである石綿ばく露作業への従事期間を「5年以上」から「1年以上」にすること。
(6) 石綿ばく露作業の例示を見直し、整理を行うこと。見直しに当たっては、石綿製品等を取り扱うことによる直接ばく露の作業のみならず、間接ばく露の可能性のある作業についても留意しなければならないことを周知すべきであること。
(7) 肺がんについては、石綿ばく露作業への従事期間を除き、中皮腫の認定要件見直しに合わせて、認定要件を整理すること。
(8) 石綿関連疾患及びその労災補償上の取扱いについて、関係労使のみならず、中皮腫の診断・治療に携わるすべての医療機関及び医療関係者等への周知徹底を図ることが肝要であること。

(2) 認定基準の改正
 上記提言に基づき認定基準の改正を行い、「石綿による疾病の認定基準について」(平成15年9月19日付け基発第0919001号)を発出した。
 主な改正点は次の通りである。
(1) 石綿との関連が明らかな疾病として、認定基準には「胸膜又は腹膜の中皮腫」を示していたが、これに「心膜、精巣鞘膜の中皮腫」を追加したこと。
(2) 石綿との関連が明らかな疾病として、「良性石綿胸水」及び「びまん性胸膜肥厚」を新たに例示したこと。
(3) 石綿ばく露作業については、過去の労災認定事例等を踏まえて、次のものを追加したこと。また、石綿ばく露作業の例示に当たっては、「石綿原料に関連した作業」、「石綿製品の製造工程における作業」及び「石綿製品等を取り扱う作業」等に分類・整理したこと。
 倉庫内等における石原料等の袋詰め又は運搬作業
 石綿製品が用いられている車両の補修又は解体作業
 石綿又は石綿製品を直接取り扱う作業の周辺等において、間接的なばく露を受ける可能性のある作業
(4) 中皮腫に係る認定要件のうち、石綿ばく露作業への従事期間を「5年以上」から「1年以上」に短縮したこと(なお、この従事期間の要件については、従来から従事期間が5年に満たない場合であっても一定の医学的所見が認められる場合には、本省協議により業務上外の判断を行っており、この方式は改正認定基準においても踏襲した。)。
(5) 肺がん及び中皮腫の医学的所見に係る要件のうち、石綿ばく露指標として重要な「胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)」及び「石綿小体又は石綿繊維」をそれぞれ独立させる等の見直しをしたこと。


 5 認定基準等の周知
(1) 認定基準等の周知
 「石綿にさらされる業務による肺がん又は中皮腫」が業務上疾病に該当すること及び認定基準(昭和53年(1978年)策定)については、石綿関連業界団体ほか、関係労使団体はもとより、患者の診断・治療に当たる医療機関に周知するため、日本医師会等を通じて周知した。さらに、一般に周知するため、各種雑誌への寄稿、解説本の作成等を行った。
 また、平成15年(2003年)に認定基準を改正した際には、周知用パンフレットを作成し、労使団体や日本医師会等の関係団体を通じて配布したほか、産業保健推進センター等の相談窓口での周知や地方公共団体の広報誌への掲載等を実施した。
 さらに、労災補償請求について適切に助言できるよう、石綿ばく露歴が医療機関において容易に確認できるチェックリストを作成し、日本医師会等を通じて医療機関に周知した。

(2) 石綿による業務上疾病についての患者及び医療機関における認知について
 平成15年(2003年)の「人口動態調査」によれば、平成15年(2003年)に中皮腫により死亡したのは878人である。一方、平成15年度(2003年度)における中皮腫の労災認定者数は83人であり、この間の乖離が大きいとの指摘がなされている。
 中皮腫は石綿ばく露と特異的な関係があると指摘されており、欧米の報告の中には中皮腫の約80%が石綿ばく露と関連があるとされているものがあるが、日本では調査に基づく知見が確立しているとはいえない状況にある(岸本卓巳岡山労災病院副院長は、平成17年8月3日、参議院厚生労働委員会において参考人として、「悪性中皮腫は7割から8割方が石綿によって起こってくると成書にも書かれている。石綿ばく露によらない中皮腫はSV40ウィルス、遺伝、放射線、トロトラスト等化学物質である。」と発言した。)。
 しかしながら、中皮腫による死亡者数からみて労災認定者数が少ないという状況が見られることについては、今後その詳細な実態の把握を行う必要があるが、
(1) 行政に寄せられた最近の相談事例に見られる状況(主治医から中皮腫という診断名は告知されたが、その原因として、石綿ばく露の可能性を示唆されず、労災請求の機会を失った等の相談例がみられること。)
(2) 中皮腫の労災請求において不認定事例は少ないこと(平成14年度(2002年度)及び平成15年度(2003年度)における中皮腫に係る全処理件数141件中138件を業務上、3件を業務外と認定しており、請求が行われた上で不認定としている事例は少ないこと。)
などの行政として把握している事実から見ても、患者、医師双方において、作業環境における石綿ばく露と発症との関連性についての認識がないまま労災請求に及んでいない事例も相当数存在しているものと考える。


 6 国際機関の動向
 ILOは、昭和39年(1964年)第48回総会において、ILO業務災害給付条約を採択した(我が国は、昭和49年(1974年)、この条約を批准)。
 同条約では、職業病リスト(付表I)において、石綿に関するものとしては、「1.組織硬化性の鉱物性粉じんによるじん肺(けい肺、炭けい肺、石綿肺)及びけい肺結核(けい肺が労働不能又は死亡の主たる原因である場合に限る。)。」と規定されており、石綿による健康障害としての肺がん、中皮腫は、対象とはされていなかった。
 昭和47年(1972年)、ILOは専門家会議の報告の中で、石綿等のヒトへの発がん性の評価替えをし、石綿繊維の吸入は、線維症及び種々の異常に加えて、肺がん及び種々の漿膜の中皮腫の原因となることを認め、翌昭和49年(1974年)、第59回ILO総会においてILO職業がん条約を採択した。
 ILOは、昭和55年(1980年)、第66回総会において、ILO業務災害給付条約の付表I(職業病リスト)を改正し、石綿に関しては「石綿による肺がん又は中皮腫」と初めて明示した。我が国は、翌昭和56年(1981年)、この付表Iの改正の受諾をILO事務局長に通告した。


第7 建築物内に使用されている石綿に係る対応について

 1 建築物内に使用されている石綿に係る対応

(1)概略
 昭和62年(1987年)初めより、学校等において吸音・遮断用等に使用されている吹付け石綿が社会問題となっていたことを受け、環境庁大気保全局大気規制課長及び厚生省生活衛生局企画課長の連名で「建築物内に使用されているアスベストに係る当面の対策について」(昭和63年2月1日付け環大規第26号・衛企第9号)を、都道府県衛生・環境主管部(局)長等あて発出した。

(2)関係省庁との連携
 本通知では、「アスベストは、その繊維が空気中に浮遊した状態にあると危険であると言われており、劣化・損傷した吹付け材が存在する場合、除去等の適切な処置を検討する必要があること」等について、関係部局と連携の上で実情に応じた対策の推進に努めるよう、自治体に対して周知している。本通知は、当時、環境庁及び厚生省がそれぞれの対応において連携し、環境庁大気保全局大気規制課長及び厚生省生活衛生局企画課長の連名で発出したものである。

(3)当時の国際的な情勢、研究や学説の動向
(1) WHOによる、昭和61年(1986年)の「環境保健クライテリア(EHC):アスベスト及びその他の天然鉱物繊維」では、
 一般居住環境においては、アスベストに起因する悪性中皮腫及び肺がんの危険性の確実な数量化はできないが、恐らく検出できないほど低いこと
 一般居住環境においては、石綿肺の危険性は実質的にはゼロであること
等が報告されている。
(2) 昭和62年(1987年)初めより、学校等において吸音・断熱用等に使用されている吹付け石綿が社会問題となっていたことを受け、厚生省では、昭和62年(1987年)8月より「建築物内における健康に影響を及ぼす粉じんの実態及びその抑制に関する研究」を実施した。
 同研究の中間報告※(昭和63年(1988年)1月20日)では、「アスベストは、その繊維が空気中に浮遊した状態にあると危険であると言われており、劣化・損傷した吹付け材が存在する場合、除去等の適切な処置を検討する必要があること」等が報告され、この中間報告を踏まえ、環境庁とも連携し、本通知を発出した。
 ※ 同年3月の最終報告も内容は実質的に同一。


 2 厚生労働省所管施設で使用されている石綿に係る対応

(1)厚生労働省所管施設に関する石綿対策
 昭和62年(1987年)に学校等において吸音・断熱用等に使用されている吹付け石綿の存在に大きな関心がもたれ、本通知を発出した中、医療施設、社会福祉施設、公共職業能力開発施設等における石綿の使用状況に関しても、以下のような対応を講じてきた。

(2)病院等医療施設に関する石綿対策
 病院をはじめとした医療施設における石綿の使用状況に関しては、
(1) 厚生省自らが設置し、開設者として責任を有する国立病院・療養所について実態調査を行い、石綿対策として改善措置を講ずるとともに、
(2) 民間病院を含めた他の開設者が設置した病院については医療関係団体へ周知の通知を発出した。

(3)社会福祉施設等に関する石綿対策
 社会福祉施設等における石綿の使用状況に関しては、
(1) 各地方自治体及び社会福祉法人等が設置する社会福祉施設等について実態調査を行い、
(2) 除去等の工事を行う必要がある施設については、社会福祉施設整備費の大規模修繕事業として国庫補助の対象とし、適切な対策工事及び維持管理が行われるよう文書で指導を行うとともに、
(3) 地方自治体の施設担当者を対象にした全国会議を通じて、その旨の周知徹底を図った。なお、上記(1)の調査により対応が必要とされた施設について必要な措置がなされたことが概ね確認されている。

(4)公共職業能力開発施設に関する石綿対策
 公共職業能力開発施設における石綿の使用状況に関しては、
(1) 各地方自治体及び雇用促進事業団が設置する公共職業能力開発施設について実態調査を行い、
(2) この調査により対応が必要とされた施設について必要な措置がなされたことが概ね確認されている。


第8 公衆衛生の観点からの石綿問題への対応について

 1 水道に関する石綿問題に係る対応

(1)水道用石綿セメント管の使用及び撤去等
 水道用石綿セメント管の使用及び撤去
 水道用石綿セメント管は、昭和7年(1932年)に国内生産が始まり、昭和25年(1950年)にはJIS規格が制定された。安価であったことなどから、昭和30年〜40年代(1955年〜1974年)に生産・使用量が急増した。しかし、管の強度が弱く、破損率が他の管種より高いこともあって、昭和50年(1975年)以降は生産・使用量が大幅に減少し、昭和60年(1985年)10月に国内生産が中止され、昭和63年(1988年)にはJIS規格が廃止された。
 水道管に使用されている石綿セメント管は、昭和54年度(1979年度)には全水道管路延長の26.5%を占めていたが、他の管種への変更が進んでいる。特に、平成2年度(1990年度)から、老朽度の高い石綿セメント管の更新事業に対してその実施に要する費用の一部を国が補助する「老朽管更新事業」を新設したことなどから着実に更新が進み、平成15年度(2003年度)には全水道管路延長の3.2%にまで減少している。

 労働安全衛生上の配慮
 石綿セメント管の撤去等に伴い切断等を行う作業については、昭和50年(1975年)に改正された特化則の規制対象とされた。昭和62年(1987年)前後の石綿問題への社会的関心の高まりを受けて、厚生省生活衛生局水道環境部水道整備課長から「アスベストに関する資料の送付について」(平成元年2月1日付け衛水第16号)を各都道府県水道行政担当部(局)長あて発出し、石綿セメント管を取り扱う作業に関し、労働安全衛生、廃棄物処理等の分野での関連通達等を送付して、その周知を図り、適切な取扱いを行うよう依頼した。また、平成2年度(1990年度)からの「老朽管更新事業」による補助事業においても、石綿セメント管の取扱いに当たって、安衛法、廃棄物処理法等の規定を遵守することを求めているなど、水道事業者等における石綿セメント管の適切な取扱いについての周知を図ってきている。

(2)水道水中の石綿の健康影響
 水道水中の石綿の経口摂取、測定方法等に関する知見の収集整理及び周知
 石綿問題に関する社会的関心の高まりに対応して、厚生省では、石綿の経口摂取に関してのそれまでの知見、水中の石綿の測定方法等について、社団法人日本水道協会に対して昭和61年(1986年)に検討を依頼した。同協会では、平成元年(1989年)2月に、報告書「水道とアスベスト」(厚生省生活衛生局水道環境部水道整備課監修)を作成した。同月、同報告書については、上記の「アスベストに関する資料の送付について」として送付し、周知を図った。

 WHOの飲料水水質ガイドライン
 WHOでは、飲料水の安全性確保のため、飲料水水質ガイドラインを発行している。
 石綿については、昭和59年(1984年)の飲料水水質ガイドライン(第1版)では、「現時点で利用できるデータでは、ガイドライン値が必要であるか否かを決定するには不十分である」とされた。また、その後、平成5年(1993年)の第2版及び平成16年(2004年)の第3版では、「飲料水中のアスベストについて健康影響の観点からガイドライン値を設定する必要はない」とされ、これまでガイドライン値が設定されたことはない。

 水道法に基づく水道水の水質基準設定の検討
 平成3年(1991年)11月の第19回生活環境審議会水道部会水質専門委員会等における水質基準改正の審議では石綿についても検討対象とされ、石綿は呼吸器からの吸入に比べ経口摂取に伴う毒性は極めて小さく、また、水道水中の石綿の存在量は問題となるレベルにないとされたことから、平成4年(1992年)の水質基準の改正において石綿の水質基準は設定しなかった。

 2 その他
 昭和47年(1972年)6月7日の衆議院科学技術振興対策特別委員会において、共産党の山原健二郎議員からの、
 「大阪で絶縁材あるいは断熱材としての電気器具、建築用のものに広く使われておる石綿の製造工場で従業員に肺ガンが多発しておるという問題が出ております」
 「これらの工場における――全国的にこれはあると思いますけれども、ガンの定期検診とかあるいは精密検査、健康診断などがなされているんでしょうか」 との質疑に対し、厚生省の滝沢正公衆衛生局長が、
 「(工場の)周辺の者、住民というような問題が起こり得る可能性がある条件の場合には、これは一般住民対策としてわれわれが健康管理の立場からは実施する必要がございます」
 「過去のそのような工場が地域社会に粉じんをまき散らしたというような状態はかなり改善されていると思うのでございますが、問題がそういうように発展する可能性は防がれているとは思いますが、あれば一般住民の健診についてはわれわれのほうで考慮する必要がある」
などと述べているが、その後、これに対応して何らかの措置がとられたことは確認できない。


第9 食品添加物等における石綿問題への対応について

 1 食品、添加物等の規格基準における石綿問題への対応
(1)食品添加物「タルク」に係る対応
 昭和61年11月20日付けの「食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件」(昭和61年厚生省告示第207号)により、「食品、添加物等の規格基準」(昭和34年厚生省告示第370号)に規定していた、食品添加物「タルク」の成分規格中の「定義」を「本品は、天然の含水ケイ酸マグネシウムを精選したもの(後略)」と改正し、「タルク」に石綿を含む不純物が混入することを防止した。
 なお、食品添加物「タルク」については、食品添加物等の国際基準を定めるFAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)において、平成9年(1997年)に初めて基準が設けられた。

(2)食品の残留農薬に係る試験法におけるアスベストテープに係る対応
 平成11年11月22日付けの「食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件」(平成11年厚生省告示第237号)により、「食品、添加物等の規格基準」(昭和34年厚生省告示第370号)中、食品中の残留農薬に係る試験法の箇所において記載のあった「アスベストテープ」を、一般に使用される「グラスウールテープ」に改めた。これは、
(1) グラスウールの方が分析機器への巻き付けが容易であること、
(2) アスベストテープと同等以上の保温性能が得られること、
(3) 食品中の残留農薬に係る試験法という限られた用途であること
から行った改正である。
 なお、グラスウールに関しては、当時、WHOにより「発がん性の可能性あり」に分類されていたが、グラスウールテープの使用はガラスの分析機器に巻き付けることに限られ、ばく露の可能性は低い。また、石綿など安衛法により製造等が禁止されている物質であっても、そのただし書で、試験研究のために使用することは認められる。
 平成7年(1995年)の安衛令の改正により、クロシドライト及びアモサイトの製造、輸入、譲渡、提供又は使用が禁止されたことから、平成7年(1995年)以降、これらを用いた「アスベストテープ」の流通及び使用はなかったと考えられる。

 2 ベビーパウダーに関する石綿問題への対応
 ベビーパウダーや化粧品の原料として使用されていた「タルク」に不純物として石綿が混入していた製品があることが昭和61年〜62年(1986年〜1987年)頃に指摘された。
 また、昭和61年度(1986年度)に労働省産業医学総合研究所が市販のベビーパウダーを調査した結果、一部の製品にアスベストが検出された。
 これらを受け、昭和62年(1987年)3月に「ベビーパウダー等の品質確保に関する検討会」を設置し、品質確保のための規格及び試験方法を検討し、取りまとめた結果、同年11月6日に、ベビーパウダーに用いられる「タルク」について、試験により不純物として石綿の混入が認められないことが確認された原料を用いるよう、厚生省薬務局審査第二課長から「ベビーパウダーの品質確保について」(昭和62年11月6日付け薬審二第1589号)を各都道府県衛生主管部(局)長あて発出した。


第10 石綿対策における他省庁との連携について

 1 安全衛生関係

(1)法令改廃時等の省庁間の連携
 昭和47年(1972年)の安衛法の制定当時より、安衛法に基づく法令等の改廃時等には、労働省は、通産省、環境庁、建設省、文部省等の関係各省庁とあらかじめ協議し、必要な調整を行っている。
 労働省が石綿に係る規制の改廃時等に他省庁と行ってきた具体的な連携については、以下で詳述する。

(2)がん原性物質としての規制の強化
 労働省は、昭和50年(1975年)10月に特化則を改正し、石綿について、吹付け作業の原則禁止、特定の作業における湿潤化、作業記録の長期保存等の規制強化を行った。
 この改正に際して、労働省は、通産省との間で、
(1) 労働省は、石綿と肺がん又は中皮腫との関連については、その規制の根拠となった疫学調査等について、その対象者その他の条件を示しつつ、やや詳細に通達等により示すこと
(2) 労働省は、施行通達等を事前に通産省に示すこと
とした。

(3)石綿粉じんによる健康障害予防対策推進に係る通達の発出
 労働省は、昭和50年(1975年)の特化則の一部改正に合わせて、51年通達を発出した。
 51年通達の参考資料の中には、中皮腫患者の中には石綿作業従事者の身内親戚者や工場近くの居住者も存在するとするイギリスの論文(Newhouse,昭和40年(1965年))が含まれているが、この参考資料は環境庁の委託調査による「公害研究委託費によるアスベストの生体影響に関する研究報告(昭和47年度)」の一部であり、平成17年(2005年)7月22日の閣議後記者会見において、小池百合子環境大臣も「71年時点ということで申し上げますと、そのときはILOが石綿による職業がんを公認しており、当時の労働省が持っていた資料は、環境庁も既に持っていたので、労働省からの連絡が遅かったというようにはとらえていません」との発言を行っている。
 また、51年通達については(2)を踏まえ、参考資料を添付し、その内容を通産省の窯業建材課の担当者に示し、説明している。

(4)石綿関係施設改善等研究会の設置
 昭和50年(1975年)4月の安衛令の一部改正を受けて、労働省は通産省と、石綿について、局所排気装置の設置方法等健康障害防止のためのより望ましい技術的事項についての研究会(「石綿関係施設改善等研究会」)を設け、これに通産省の職員及び必要に応じその推薦する者が参加した。
 この研究会には通産省の以下の職員も委員として参加していた。(したがって、委員計10名のうち、3名が通産省の職員であった。)
 工業技術院公害資源研究所 課長
 工業技術院計量研究所 支所長
 工業技術院機械技術研究所 課長
 同研究会における調査結果は、昭和52年(1977年)12月に「局所排気装置フード 設計資料集成−粉じん(石綿)編−」として取りまとめられている。

(5)工場周辺住民の中皮腫発症のおそれの認識の共有
 海外における工場周辺住民の中皮腫の発症例については、51年通達の参考資料(環境庁の委託調査報告書)において言及されており、その内容については通産省に示し、必要な説明を行っていた。
 また、国内で工場周辺住民の発症例が(現時点で把握している限りにおいて)初めて報告されたのは、昭和61年(1986年)に文部省の研究支援により実施された研究の報告書においてであるが、当該研究には労働省産業医学総合研究所の研究員が参加しており、同研究所の昭和61年度の年報にもその内容が記載され、昭和62年(1987年)に労働省に提出されている。さらに、当該報告書の内容は、同年に環境庁が監修した本にも記載されており、当時の新聞にもこの発症例についての記事が掲載された(昭和62年(1987年)2月18日朝日新聞夕刊)。
 これらのことから、海外及び国内の工場周辺住民の中皮腫の発症例について、関係各省庁は早い時期から認識を共有しており、これを参考として対策を行ってきた。

(6)石綿対策関係省庁連絡会議
 平成元年(1989年)の大気汚染防止法の改正等を受けて、石綿粉じんの飛散等に関する国民の関心が高まってきたことから、関係省庁相互間において必要な情報交換、意見交換を図るため、平成2年(1990年)10月より「石綿対策関係省庁連絡会議」が設置された。
 当該会議の構成員は、防衛施設庁、環境庁(事務局)、文部省、厚生省、通産省、運輸省、労働省及び建設省の課長クラスであった。
 平成2年(1990年)10月29日に第1回石綿対策関係省庁連絡会議が開催され、(1)石綿の使用禁止を求める意見について、(2)石綿代替品の開発状況について等の内容が話し合われた。
 また、平成5年(1993年)5月21日に第2回石綿対策関係省庁連絡会議が開催され、平成4年(1992年)の臨時国会に社会党が提出したアスベスト規制法案に関する動き等について情報提供、意見交換等が行われた。

(7)クロシドライト及びアモサイトの製造等の禁止等
 平成7年(1995年)にクロシドライト等の製造の禁止を行うための政令改正の際に、通産省からは、法令に基づいた対策を行う必要性については異論の余地はないが、周知について中小企業への配慮から相当期間の猶予を必要とするため、省令改正の施行日を少なくとも公布後6ヶ月としてもらえないかとの申出があったが、労働省はその懸念の点を踏まえて、広報を通じて改正内容の周知徹底を図ること等を理由に、予定どおり施行することとした。また、建設省からは、石綿含有成形材料の取扱いにおいては、吹付け石綿と比べ飛散の危険性は低いと考えられることから、適切な取扱いを担保する措置を付加して、石綿含有成形材料を適用対象外としてもらえないかとの申出があったが、労働省は、規制の必要性から、これも予定どおり適用することとした。
 なお、環境庁、文部省、厚生省、運輸省等からは特段の異論はなかった。

(8)クリソタイル製品の製造等の禁止
 平成16年(2004年)10月の安衛令の一部改正(クリソタイル製品の製造等の禁止)に当たって、厚生労働省は、平成14年(2002年)から平成15年(2003年)にかけて合計7回にわたって「石綿の代替化等検討委員会」を開催し、代替化の困難な石綿製品の範囲の絞り込み等を行った。
 同検討会には、経済産業省、国土交通省、環境省、文部科学省及び防衛庁の関係各省庁もオブザーバーとして参加していた。

 2 労災補償関係
 労災保険制度における認定基準の策定・改正に当たっては、他の業務災害補償制度(国家公務員、地方公務員、船員等)を所管している関係省庁等(人事院、地方公務員災害補償基金、社会保険庁等)と常に情報交換を行ってきた。

 3 その他
 建築物内に使用されている石綿問題に関しては、環境庁大気保全局大気規制課長と厚生省生活衛生局企画課長が連名で各都道府県衛生・環境主管部(局)長等に通達を発出したほか、水道用石綿セメント管の撤去に伴う切断等の作業については、厚生省生活衛生局水道環境部水道整備課長から各都道府県水道行政担当部(局)長に発出した通達において、労働安全衛生や廃棄物処理等の分野の関連通達を送付し、周知を図るなど、連携を図ってきた。


第11 評価

 1 概観
 石綿対策の流れとその背景について、現段階で調査した限りにおいて、以下、概観する。
(1)粉じん対策としての石綿対策
 石綿による健康障害の問題及びその対策は、ILO(国際労働機関)、WHO(世界保健機関)の専門家会議等で石綿のがん原性が認められた昭和47年(1972年)より前は、じん肺の一種である石綿肺に着目し、粉じん対策として実施していた。これは、昭和47年(1972年)以降の石綿のがん原性に着目した対策とは質的に異なるものである。

(2)転換期としての昭和47年(1972年)
 我が国の石綿対策については、昭和47年(1972年)に、ILO、WHOの専門家会議等で石綿ががん原性物質と認められて以降、昭和50年(1975年)にはがん原性に着目して特定化学物質等障害予防規則(以下「特化則」という。)の改正を行い、石綿等の吹付け作業を原則禁止するなど、逐次規制内容の強化を図った。
 また、石綿による肺がんに係る記録上確認できる最初の労災認定は、昭和48年(1973年)に行った。
 なお、平成11年度(1999年度)から平成15年度(2003年度)までの間に、石綿による肺がん又は中皮腫として労災認定された者の約9割は、昭和47年(1972年)より前に石綿取扱い作業を開始しており、これらの者はがん原性に着目した石綿対策が講じられるより前から作業をしていたものである。
 また、がん原性に着目して進めてきた対策が実際に効果を発揮したか否かについては、実際に健康障害を防止できたかどうかがポイントの1つであるが、30年から40年という潜伏期間を経て発症するという中皮腫の特質にかんがみれば、今後の健康障害の発生状況を注視する必要があり、現時点で検証を完結することは大変難しい。こうした制約はあるものの、今後対策を適切に展開できるよう、現時点で可能な限りの検証作業を行った。その意味で、この検証文書自体も、10年、20年後には再び検証の俎上に載せられるべきものであると考える。

(3)石綿のがん原性に着目した対策の展開
 石綿のがん原性に着目した対策としては、昭和47年(1972年)以降、石綿の飛散、ばく露を防止するなど、厳しく管理しつつ、代替化を強力に促進するという観点から、石綿ばく露の危険性の高い吹付け作業の原則禁止、特殊健康診断の義務付け、建築物の解体等の工事に係るばく露防止対策の徹底(湿潤化等)、管理濃度の見直し等、規制を強化したことである。他方、労災補償についても、職業がんに係る労災請求が増加し、石綿による肺がんや中皮腫に係る認定も見られる中、全国的に認定事務の迅速・適正な処理を図る観点から、昭和53年(1978年)、石綿による肺がん又は中皮腫について業務上疾病として労働基準法施行規則別表に明示するとともに、認定基準を策定している。

(4)第2の転換期:ILO石綿条約(昭和61年(1986年))等
 その後、厳格な管理から石綿製品の使用そのものを禁止しようという流れが強まってくる。その大きな転換の象徴が、クロシドライト(青石綿)の使用禁止を規定する昭和61年(1986年)の「石綿の使用における安全に関する条約(第162号条約)」(以下「ILO石綿条約」という。)である。我が国では、クロシドライトについて、昭和51年(1976年)の通達に基づきクロシドライト等の代替化促進について強力に指導を進め、昭和58年度(1983年度)、昭和59年度(1984年度)には全国427の石綿取扱い事業場のうち、クロシドライトを使用している事業場は11に減少した。昭和62年(1987年)には各企業は自主的に使用を中止しており、行政としては、平成元年(1989年)に実施した調査的監督により、クロシドライトを使用する事業場が存在しないことを確認したことから、以後、それ以外の石綿の代替化促進対策に軸足を移した。
 アモサイト(茶石綿)については、ILO石綿条約においても使用が禁止されてはいなかったが、平成元年(1989年)、WHOから使用禁止の勧告がなされた。我が国では、代替化の進展を待って、平成7年(1995年)に製造等を禁止した。
 なお、ILO石綿条約が採択された翌年の昭和62年(1987年)には、学校等において吸音・断熱用等に使用されている吹付け石綿が社会問題となり、必要な対策がとられた。

(5)新たな知見への対応:平成13年(2001年)以降
 クリソタイル(白石綿)については、1990年代(平成2年〜11年)において国際的に必ずしも使用禁止が常識ではなく、また、WHOが主要な石綿代替品であるグラスウール、ロックウール等を「発がん性の可能性あり」と分類していた。こうした中、我が国は非石綿製品への代替化を可能な限り進めつつ、使用する際の管理規制を強化する方向で対応していた。
 しかしながら、平成13年(2001年)、WHOがグラスウール、ロックウール等に対する評価を「発がん性に分類しない」に変更したため、学識者からなる委員会で検討を行い、平成16年(2004年)に石綿製品の製造等を原則禁止した。
 現在製造等が禁止されていないクリソタイル製品は、化学プラント、原子力発電所等におけるジョイントシート、シール材等である。これらについて、代替品の開発や安全性の実証等を進め、全面的な製造等の禁止を早期に実現すべく、検討を進めている。
 また、石綿の管理濃度については、社団法人日本産業衛生学会の勧告値引下げを踏まえ、検討会を開催の上、平成16年(2004年)に、その値を2本/cm3から0.15本/cm3に引き下げた。
 労災補償についても、最新の医学的知見に基づき、平成15年(2003年)、石綿との関連が明らかな疾病として、「心膜、精巣鞘膜の中皮腫」を追加する等、認定基準の改正を行った。

 2 石綿粉じんばく露防止対策について

(1)石綿粉じんばく露防止対策の取組
 石綿対策については、昭和47年(1972年)より前は、粉じん対策として実施してきた。昭和35年(1960年)にじん肺法の制定による作業の転換等の制度化、昭和43年(1968年)には局所排気装置の設置等の指導等を行ってきた。
 また、昭和46年(1971年)には、特定化学物質等障害予防規則(以下「旧特化則」という。)を制定し、石綿粉じんが発散する屋内作業場での局所排気装置及び除じん装置の設置、石綿の濃度測定の実施、関係者以外の作業場への立入禁止、作業場での呼吸用保護具の備付け等を行った。これらの措置は、がん原性物質とも共通部分のある規制であり、がん原性物質対策に資するものであった。なお、当時は、昭和46年(1971年)の通達で石綿のがん原性の可能性について触れる一方で、同年の労働環境技術基準委員会においては石綿をがん原性物質に分類しないなど石綿のがん原性について未だ知見は確定していなかったが、昭和47年(1972年)に、ILO、WHOの専門家会議等で石綿ががん原性物質と認められ、国際的知見が確立した。
 このことを踏まえつつ、昭和49年(1974年)には、専門家からなる「有害物等に関する検討専門家会議」を設け、石綿を含めた有害物等に係る規制についての検討を開始した。その検討結果等を踏まえ、昭和50年(1975年)に特定化学物質等障害予防規則(以下「特化則」という。)(注)を改正し、イギリス、フランス、ドイツといった欧州主要国より早く、石綿ばく露の危険性の高い石綿等の吹付け作業を禁止するとともに、石綿等の製造等に従事する者の継続的な健康管理を目的とした健康診断等も義務付けた。ILOで石綿の吹付け作業を禁止したILO石綿条約が採択されたのは、その11年後の昭和61年(1986年)である。

(注)昭和47年(1972年)の労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)制定により、旧特化則は安衛法に基づく省令(特化則)となっていた。

 さらに、諸外国における研究状況を調査した結果、中皮腫患者の中には石綿作業従事者の身内親戚者や工場近くの居住者も存在することも分かり、また、10年を超えて石綿粉じんにばく露した労働者から肺がん又は中皮腫が多発することが明らかになった。
 こうしたことから、特化則の遵守の徹底及び石綿の有害性についての周知、局所排気装置の抑制濃度の設定等の規制強化、石綿の代替化についての事業者への指導、作業衣に付着した石綿の洗濯による除去及び作業場外への作業衣の持出し回避等を目的として、昭和51年(1976年)に都道府県労働基準局長に対して通達を発出した。当該通達については、通産省に示し、説明しつつ、あわせて、関係事業者団体に対する説明会の開催により周知徹底を図るとともに、重点的な監督指導を行った。その結果、地元に石綿紡績業を有する労働基準監督署では、事業場において石綿の健康診断の実施率を100%とした例もある。
 このように、石綿対策については、昭和47年(1972年)以降、国際的動向や研究調査結果等を踏まえつつ、がん原性に着目して規制内容の強化・充実を図るとともに、重点的な監督指導及び関係事業者団体を通じた周知徹底を図った。

(2)建築物の解体又は改修の工事における石綿等へのばく露防止対策
 石綿粉じんばく露防止対策としては、石綿製造事業場等における対策のみならず、建築物の解体等の工事における対策も必要であることから、昭和50年(1975年)に特化則を改正した際、石綿粉じんを発生しやすい建築物の解体等の作業について石綿を湿潤な状態にしなければならないこと(湿潤化)を義務付けた。
 さらに、昭和61年(1986年)には、昭和30年代(1955年〜1964年)以降に石綿を多量に使用して建設されたビル等の解体等の工事が将来増加することが予想される中で、これらの解体等の工事に携わる労働者の石綿粉じんばく露による健康障害を予防するため、関係団体等に対しても、特化則の規定の周知及び特化則に規定する措置の適切な実施の徹底を図る旨の通達を都道府県労働基準局長に対して発出し、あわせて、重点的な監督指導を行った。
 平成7年(1995年)に特化則等を改正する際には、建築物の解体等における石綿粉じんばく露防止対策について、それまで行政指導で実施していたもの(事前調査の実施等)を特化則に基づく義務として明記した。
 さらに、平成17年(2005年)には、建築物の解体等の工事が平成32年(2020年)から平成52年(2040年)頃にピークを迎えることが予想される中で、建築物の解体等の工事における石綿等のばく露防止対策の徹底を一層図る必要があること、事業者が講ずべき措置の内容が特化則に定める他の化学物質とは大きく異なること等から、石綿のみを対象とした対策の拡充を図るために、石綿障害予防規則を制定した。
 このように、建築物の解体等の工事における石綿粉じんばく露防止対策については、国内における建築物の解体等の工事の増加を予想し、石綿粉じんばく露による健康障害を予防する観点から、昭和50年(1975年)以降に規制を強化し、関係団体等への周知徹底及び重点的な監督指導に取り組んできた。

(3)石綿管理濃度
 石綿の管理濃度の検討・見直しの経緯は以下のとおりである。
 局所排気装置の(抑制濃度による)規制
 昭和46年(1971年)に制定した旧特化則では、局所排気装置の設置を義務付け、局所排気装置の性能を、フードの外側における石綿粉じんの濃度が2mg/m3(33本/cm3相当)を超えないものとすることとした。この2mg/m3は、抑制濃度を示すものであるが、当時の労働環境技術基準委員会の報告書において示された「日本産業衛生学会が勧告する許容濃度(注)の値を、これに定めていないものについては、米国労働衛生専門家会議(ACGIH)等で定める値を、それぞれ利用することが適当」という考え方に基づいて定めたものであり、以後もこの報告書において示された考え方に基づいてその値を定めてきた。
(注)許容濃度は「労働者が石綿粉じんにばく露した際に健康障害を発症しない限度濃度」であり、諸外国が規制値として採用している。
 昭和51年(1976年)には、その2年前に社団法人日本産業衛生学会が許容濃度を2mg/m3(33本/cm3相当)から2本/cm3(クロシドライトについてはこれをはるかに下回る必要があること)に見直す勧告を行ったことを受けて、局所排気装置の性能を示す抑制濃度を2本/cm3(クロシドライトにあっては0.2本/cm3)とした上で環気中の石綿粉じん濃度をこの値以下を目途として指導するよう都道府県労働基準局長に対して通達を発出した。

 作業環境中の石綿粉じん濃度(管理濃度)の規制
 昭和59年(1984年)には、「作業場の気中有害物質の濃度管理基準に関する専門家会議」の検討結果等を踏まえ、局所排気装置による抑制濃度とは別に、作業場内のほとんどすべての場所で石綿粉じん濃度を一定の値以下とする規制(管理濃度による規制)を導入することとし、その値を2本/cm3(許容濃度に換算すると0.8本/cm3相当)とする通達を都道府県労働基準局長に対して発出した。なお、昭和59年(1984年)時点の諸外国の許容濃度の値としては、米国は2本/cm3、ECは1本/cm3であった。
 昭和63年(1988年)には、安衛法が改正され、同法に基づく作業環境評価基準において、石綿粉じん濃度の値を2本/cm3(クロシドライトにあっては0.2本/cm3)と定めた。平成5年(1993年)から平成7年(1995年)にかけて、「管理濃度等検討会」において、石綿を含む有害物質の管理濃度について最新の医学的知見等に基づく見直し等が行われたが、石綿の管理濃度の値の変更は必要ないとの結論になったことから、石綿粉じん濃度の値はそのままとした。
 平成13年(2001年)に社団法人日本産業衛生学会が昭和49年(1974年)以来2本/cm3と定めていた勧告値を0.15本/cm3に変更したことから、「管理濃度等検討会」において検討が行われ、平成16年(2004年)に作業環境評価基準における石綿粉じん濃度の値を0.15本/cm3(許容濃度に換算すると0.06本/cm3相当)に改めた。なお、平成16年(2004年)時点の諸外国の許容濃度の値としては、米国は0.1本/cm3、EUは0.1本/cm3であった。このように石綿の管理濃度については、社団法人日本産業衛生学会の勧告値等を利用することが適当という考え方を踏まえつつ、見直しを行ってきた。また、長期間見直しを行っていなかったのではないかとの指摘があるが、管理濃度の値の変遷は、諸外国が採用している許容濃度換算で見ても、国際的動向に合致したものと考える。

(4)石綿作業従事労働者の健康管理
 石綿を製造し、又は取り扱う業務に従事する者については、昭和31年(1956年)以来、じん肺に係る粉じんばく露防止対策を講じているほか、昭和35年(1960年)のじん肺法の制定以降は事業者が実施しなければならないじん肺健康診断の対象としてきたが、昭和47年(1972年)にILO、WHOの専門家会議等で石綿ががん原性物質と認められたことを踏まえ、昭和50年(1975年)からは、さらに事業者が半年に1回実施しなければならない特殊健康診断の対象ともし、健診回数の増加及び健診項目の充実を図ってきた。
 また、安衛法制定当初の昭和47年(1972年)から、離職者に対する継続的な健康管理を行うために石綿に係る粉じん作業に従事していた者には健康管理手帳が交付されており、離職者が継続的に胸部エックス線直接撮影による検査を受ける仕組みが整っていたが、昭和63年(1988年)の国会質問を機に、平成元年(1989年)に「健康管理手帳交付対象業務等検討会」を設置し、健康管理手帳の交付対象業務についての疫学調査等を踏まえつつ、石綿業務を追加することについての検討が行われ、平成7年(1995年)に報告書が取りまとめられたことから、翌年に粉じん作業に限定することなく、石綿に係る作業に従事した者すべてを対象とするなどの措置を講じた。
 このように、石綿作業従事労働者に対しては、その健康の保持増進のための措置の充実を図ってきたと考える。

 3 製造等の禁止について

(1)クロシドライト
 クロシドライトについては、昭和50年(1975年)の特化則改正により、代替物の使用を努力義務化するとともに石綿等の吹付け作業を原則禁止し、昭和51年(1976年)には、石綿の代替措置の促進に係る通達を都道府県労働基準局長に対して発出した。この通達の内容について、監督指導を通じてその徹底を図る中で、昭和61年(1986年)にクロシドライトの使用禁止を求めるILO石綿条約が採択され、昭和62年(1987年)には、各企業は自主的に使用を中止していた。平成元年(1989年)に実施した全国359の石綿製品製造事業場を対象とする調査的監督においては、クロシドライトを使用する事業場が存在しないことを確認していることから、この時期には国内における使用状況は解消されていたと考える。その後、法制面でクロシドライトの製造等を禁止したのは、平成7年(1995年)である。外国では、平成5年(1993年)にEUやドイツが、平成9年(1995年)にフランスが全面使用禁止を行った。

(2)アモサイト
 アモサイトについても、クロシドライトと同様に監督指導を通じて代替化の促進を図ったが、ILO石綿条約では管理使用の対象とされており、平成元年(1989年)になってWHOからアモサイトの使用禁止の勧告が出され、代替化の促進について指導を行った。その後、平成5年(1993年)にEUやドイツが、平成9年(1997年)にフランスが全面使用禁止を行ったが、我が国においては、代替化を優先するという考え方の下、代替化の進展を待って、クロシドライトとともに平成7年(1995年)に製造等を禁止した。

(3)クリソタイル
 クリソタイルについては、ILO石綿条約においても、管理使用の対象として扱われる等、1990年代(平成2年〜11年)初頭までは、多くの国が管理使用を行っていた。また、昭和62年(1987年)にはWHOが主要な石綿代替品であるグラスウール、ロックウール等を「発がん性の可能性あり」に分類した。
 1990年代(平成2年〜11年)に入ってからは、ドイツ、フランス、イギリスが使用禁止措置を講じる一方、フランスの使用禁止措置に対しカナダがWTOに提訴する(平成12年(2000年)にフランス勝訴)等、国際的な議論が巻き起こり、クリソタイルについては、国際的には必ずしも使用禁止が常識とはなっていなかった。
 我が国においても、昭和50年(1975年)の特化則改正により石綿を含む化学物質等について可能な限り代替物を使用することを努力義務とし、また昭和51年(1976年)の通達により石綿を可能な限り代替化させることについて指導を行ってきた。さらに、各種石綿代替品の有害性、実用例に関する調査研究などにより、代替化の促進を図った。
 また、WHOの指摘(石綿代替品であるグラスウール、ロックウール等に発がん性の可能性がある)を踏まえ、引き続き使用を認めつつ、使用する際の管理規制を強化する方向で対応した。
 その後、平成11年(1999年)にはEUが平成17年(2005年)までに全面的に使用禁止の措置を講じるという指令を出した。このような中で、平成13年(2001年)にWHOが石綿代替品であるグラスウール、ロックウール等に対する評価を「発がん性に分類しない」と変更したため、我が国においては、建築材料、機械工学等の分野の学識者からなる代替化検討委員会を開催し、その時点での代替化の困難な石綿製品の範囲の絞り込み等を行うための検討を行い、その結果を踏まえて、平成15年(2003年)に、その時点で非石綿製品への代替が困難なものを除くすべての石綿製品の製造等を禁止するための安衛令の改正を行い、平成16年(2004年)から施行した。

(4)まとめ
 昭和61年(1986年)まで管理使用で対応することが主流であったクロシドライトについて、同年にILOが使用禁止を内容とする条約を採択し、平成元年(1989年)にWHOがクロシドライト及びアモサイトの使用禁止を勧告している。諸外国では、クロシドライト及びアモサイトの禁止を行ったのは、ドイツが平成5年(1993年)、フランスが平成9年(1997年)となっており、米国では現在でも一部使用が可能となっている。一方、我が国では、平成元年(1989年)にクロシドライトの使用がないことを確認し、アモサイトの代替化の進展を待って平成7年(1995年)に両物質の使用等を禁止しているが、そうした取組については諸外国の動向と比較して、なお精査する必要がある。
 クリソタイルについては、昭和62年(1987年)にWHOが主要な石綿代替品について発がん性の可能性があると指摘しており、ILO石綿条約では使用禁止ではなく管理使用の対象とされ、また、主要諸外国において使用禁止とすることに議論があったこと等から厳格な管理の下での使用を認めてきたが、平成13年(2001年)にWHOが主要な石綿代替品に対する発がん性の評価を変更したため、代替化検討委員会での検討を踏まえ、平成15年(2003年)に安衛令改正を行い、平成16年(2004年)から製造等を原則禁止したものであり、この対応は、当時の状況から見て妥当な対応であったと考える。
 なお、クリソタイルについては、製造等の全面禁止には至ってはいないが、製造等が禁止されていない石綿含有製品は化学プラント、原子力発電所等におけるジョイントシート、シール材等であり、これらの石綿含有製品については、内部物質の漏洩による火災・爆発、健康障害等の発生の危険性等も踏まえ、我が国の規格等にあった代替品の開発や代替品の安全性等の実証が未だ完全とは言えないことから、代替化検討委員会がその報告で例外措置を認めたものであり、イギリス、ドイツ等の欧米諸国においても禁止の例外措置があることにかんがみれば、やむを得ないものと考える。
 今後の対応としては、代替化を一層促進することにより、全面的な製造等の禁止を早期に実現することが必要であると考えており、既にそのための検討に着手している。

 4 労災補償対策について
(1)石綿肺がん及び中皮腫の業務上疾病としての明示及び認定基準の策定
 石綿ばく露作業従事者の健康問題は、最初はじん肺(石綿肺を含む)の問題として認識された。昭和22年(1947年)、労働基準法が施行され、労働基準法施行規則で業務上疾病の範囲を規定し、この中にじん肺症を例示したことにより、じん肺症に含まれる石綿肺も補償の対象となることを明確にした。
 昭和40年代(1965年〜1974年)後半に至り、我が国の経済発展に伴う労働環境の変化が進行する中で各種化学物質による職業がんに係る労災請求が増加したが、このような状況の中で、昭和48年(1973年)、石綿配合作業に従事した労働者に発症した石綿肺がんを我が国で初めて業務上と認定した。
 労災保険給付の対象となる業務上疾病は、労働基準法施行規則の別表で一定の疾病を具体的に列挙するとともに、「その他業務に起因することが明らかな疾病」として、列挙された疾病以外の疾病を個別に認定することができる規定を設けており、石綿による肺がんの最初の認定は、この規定に基づいて行った。
 このような個別の認定の方式は、認定に係る判断に多大な時間を要する場合が多かったことから、全国的に認定事務の迅速・適正な処理を図る観点から、昭和51年(1976年)、業務上疾病の範囲の見直しのための検討会を設置し、昭和53年(1978年)、労働基準法施行規則の全面改正を行い、「石綿にさらされる業務による肺がん又は中皮腫」を業務上疾病として具体的に例示するとともに、石綿ばく露作業従事労働者に発生した疾病に係る認定基準を策定した。
 この改正は、ILOの「業務災害の場合における給付に関する条約(第121号条約)」(昭和39年(1964年)採択)の職業病リストに、石綿肺がん及び中皮腫が追加された昭和55年(1980年)よりも2年前に行っており、国際的な動向にも合致したものと考える。

(2)認定基準の見直し
 平成13年(2001年)に、それまで労災請求・認定事例がなく、認定基準に認定要件が定められていなかった原発性の心膜中皮腫の労災補償請求が行われ、業務上認定を行ったことを契機として、平成14年(2002年)から認定基準の見直しに関する検討会を開催し、最新の医学的知見に基づく検討を行い、石綿との関連が明らかな疾病として「心膜・精巣鞘膜の中皮腫」等の追加、中皮腫の認定要件のうち石綿ばく露作業への従事期間を「5年以上」から「1年以上」に短縮すること等を内容とする認定基準の改正を平成15年(2003年)に行った。
 なお、この従事期間の要件については、従来から、従事期間が5年に満たない場合であっても一定の医学的所見が認められる場合には、本省協議により業務上外の判断を行っており、この方式は改正認定基準においても踏襲した。

(3)制度の周知
 石綿にさらされる業務による肺がん又は中皮腫が業務上疾病に該当すること及びその認定基準については、石綿関連業界団体をはじめとする労使団体、日本医師会等を通じて周知を行ってきた。また、平成15年(2003年)の認定基準見直しに際しては、特に、医療機関において労災補償請求について適切にアドバイスできるよう、石綿ばく露歴が容易にチェックできるチェックリストを作成し、日本医師会等を通じて医療機関へ周知した。
 しかしながら、中皮腫による死亡者数から見て労災認定者数が少ないという状況(平成15年(2003年)に中皮腫により死亡したのは878人であるのに対し、平成15年度(2003年度)における中皮腫の労災認定者数は83人)が見られることについては、今後その詳細な実態の把握を行う必要があるが、行政に寄せられた最近の相談事例に見られる状況や中皮腫の労災請求において不認定事例が少ないことなどから見ても、患者、医師双方において、作業環境における石綿ばく露と発症との関連性についての意識がないまま労災請求に及んでいない事例も相当数存在しているものと考える。
 このことは、30年から40年という潜伏期間を経て発症するという中皮腫の特質も要因となって、これまで行政の行ってきた周知活動が結果として労働者や使用者、医療関係者に対して十分に浸透していなかったことを示しており、行政の周知活動のあり方等にも問題があったと考える。
 厚生労働省としては、このような問題点の認識に立った上で、石綿による疾病の特質を踏まえた、労使の関係者や医療関係者等に対する効果的な周知活動を今後より一層進めていくとともに、医療従事者による的確な診断等が確保されるための方策等を強化していく必要があると考える。

 5 建築物内に使用されている石綿に係る対応について
 昭和62年(1987年)に学校等において吸音・断熱用等に使用されている吹付け石綿の存在に大きな関心が持たれたとき、同年8月から「建築物内における健康に影響を及ぼす粉じんの実態及びその抑制に関する研究」を実施し、さらにその中間報告(昭和63年(1988年)1月20日)を踏まえ、環境庁とも連携の上、昭和63年(1988年)2月1日に通達(「建築物内に使用されているアスベストに係る当面の対策について」)を発出している。
 また、厚生労働省所管施設で使用されている石綿についても、昭和62年(1987年)に学校等における吹付け石綿が問題とされた後、各施設の石綿使用の概況調査や、「建築物内に使用されているアスベストに係る当面の対策について」の関係者への周知などを行った。以上、いずれも速やかに対応したものと考える。

 6 公衆衛生の観点からの石綿問題への対応について
 水道用石綿セメント管については、漏水及び折損事故の防止、耐震化といった観点から比較的早期に生産が中止され、また、老朽度の高い石綿セメント管の更新事業に対して費用の補助を行うなど、撤去を進めるための対策を実施してきている(平成15年度(2003年度)には全水道管路延長の3.2%にまで減少)。石綿セメント管を取り扱う作業については、石綿問題に対する社会的関心の高まりに応じ、労働安全衛生行政、廃棄物処理行政等と連携の上、水道行政の立場からも対応策の周知を図ってきた。
 また、水道水中の石綿の基準値についてはこれまで設定していないが、石綿の経口摂取による健康影響については、WHOが健康影響の観点からガイドライン値を設定する必要はないとしており、また、厚生省においても、水質基準設定のための生活環境審議会における審議の結果、水質基準を設定する必要はないとの結論を得ている。以上、いずれも妥当な対応であったと考える。
 なお、昭和47年(1972年)6月7日の衆議院科学技術振興対策特別委員会において、厚生省公衆衛生局長は、その答弁の中で石綿に関する一般住民の健診について触れているが、これは、議員からは直接問われてはいないが所管たり得る事項として、また、仮定の問題として周辺住民への対応について考慮する必要性に言及したものと考える。
 これ以降、今般、石綿に係る健康被害について関係企業から公表がなされるまでの間に、厚生労働省において、現に国内の石綿工場等の周辺住民に健康被害が発生し、住民健診の実施を考慮する必要が生じているものと認識すべき実態はなかったと考える。

 7 食品添加物等に関する石綿問題への対応について
 食品添加物「タルク」については、昭和61年(1986年)の告示改正により、石綿を含む不純物が混入することを防止したが、国際基準は平成9年(1997年)に初めて設けられており、我が国の対応に遅れはなかったと考える。
 また、食品中の残留農薬に係る試験法に用いる「アスベストテープ」については、平成11年(1999年)の告示改正により一般に使用される「グラスウールテープ」に改めた。これは、(1)グラスウールの方が分析機器への巻き付けが容易であること、(2)アスベストテープと同等以上の保温性能が得られること、(3)食品中の残留農薬に係る試験法という限られた用途であることから、行った改正である。なお、グラスウールに関しては、当時、WHOにより「発がん性の可能性あり」に分類されていたが、グラスウールテープの使用は、ガラスの分析機器に巻き付けることに限られ、ばく露の可能性は低い。また、石綿など安衛法により製造等が禁止されている物質であっても、そのただし書で、試験研究のために使用することは認められる。
 さらに、昭和61年〜62年(1986年〜1987年)頃に指摘されたベビーパウダーへの不純物としての石綿の混入については、昭和62年(1987年)11月6日に通達を発出した結果、メーカーは石綿が検出されない原料への切り替えや市場回収を行い、それ以後現在に至るまで市場に流通しているものについては石綿は検出されておらず、速やかに対応したものと考える。

 8 石綿対策における他省庁との連携について
 法律・政令の制定・改廃を行う際には、全省庁の合意が必要であり、特に、当該規制内容に関係する省庁とは規制の修正等も含め調整が行われている。また、省令等の制定・改廃についても、通常、当該規制に関係する省庁に対しては説明・協議等が行われている。
 こうしたことから、労働省においては、昭和47年(1972年)の安衛法の制定以降、石綿に係る規制の制定・改廃についても、そのような他省庁と連携した枠組みの下で行われている。
 石綿対策における関係省庁との連携としては、例えば、昭和50年(1975年)の安衛令改正時に設置した研究会に通産省も参加していたこと、平成2年(1990年)に前年の大気汚染防止法の改正等に関連して石綿粉じんの飛散等に関する情報交換を行うため、防衛施設庁、環境庁(事務局)、文部省、厚生省、通産省、運輸省、労働省及び建設省の課長クラスを構成員とする石綿対策関係省庁連絡会議を設置していたことなどが挙げられる。
 なお、工場周辺住民の中皮腫発症のおそれについては、
 昭和51年(1976年)に発出した通達の参考資料として、海外における工場周辺住民の中皮腫の発症例について言及した環境庁の委託調査を添付しており、この通達については、通産省にも示し、必要な説明を行っていたこと
 昭和61年(1986年)に文部省の研究支援により、労働省産業医学総合研究所の研究員も参加して実施された研究の報告書の中に国内における工場周辺住民の発症例が記載されており、また、昭和62年(1987年)に環境庁が監修した本にも記載されていること
等を踏まえれば、石綿粉じんが工場周辺住民に与える影響について関係省庁は早い時期から認識を共有していた。
 さらに、平成7年(1995年)にクロシドライト等の製造等の禁止を行うための関係政省令の改正の際に、通産省から施行延期について、建設省から条件を付しての適用除外について、それぞれ要望が出され、調整を図ったが、石綿による健康障害防止対策を充実する観点から予定どおり施行した。
 このように、厚生労働省としては、これまで法令の改廃時における事前説明、関係省庁連絡会議の開催等を通して、石綿対策について、必要に応じて情報を提供するよう努めてきた。しかし、関係省庁との間で積極的に情報の交換を行ってこなかった面もあり、また、提供した情報がどのように生かされたか把握してこなかったことは否めず、反省の余地がある。今後、関係各省庁とより緊密な連携を図っていく必要がある。

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