(1) | 局所排気装置の(抑制濃度による)規制の導入(昭和46年(1971年)〜昭和48年(1973年))
昭和41年(1966年)から昭和45年(1970年)にかけて、業務上疾病の大幅な増加が見られたことなどから、昭和45年(1970年)9月から全国で石綿を含む46種類の有害物質についての事業場の立入調査を行った。この結果を踏まえ、有害物質の規制について技術的、専門的な事項に関する検討を行うため、労働環境技術基準委員会を設置し、昭和45年(1970年)12月7日から46年(1971年)1月21日にかけて検討を行った。 この結果取りまとめられた検討会報告書において、「有害物質による障害を防止するには、作業環境内の有害物等の発散を抑制することが重要」であり、「抑制の濃度の値としては、当面、社団法人日本産業衛生学会が勧告する許容濃度の値を、これに定めていないものについては、米国労働衛生専門官会議(ACGIH)(以下「ACGIH」という。)等で定める値を、それぞれ利用することが適当」との考え方が示された。これ以降現在の管理濃度に至るまでこの考え方に基づきその値を定めてきた。 なお、当該検討会報告書には、別添で社団法人日本産業衛生学会の許容濃度が示されており、石綿については2mg/m3(33本/cm3相当)という値が示されている。 この検討会の検討結果を踏まえ、中央労働基準審議会での審議、公聴会を経て昭和46年(1971年)4月28日に旧特化則を制定した。旧特化則においては、作業環境中の有害物等の発散を抑制するための局所排気装置の設置を義務付け、その性能要件について、フードの外側における石綿粉じんの濃度が2mg/m3(33本/cm3相当)を超えないものとすることとした。この2mg/m3という数値は抑制濃度と呼ばれ、上記の検討会報告書の考え方を踏まえ、社団法人日本産業衛生学会が当時示していた許容濃度勧告値と同値で、労働大臣告示により法令上初めて石綿粉じんを抑制するための濃度の数値基準を示した。 その約2年後の昭和48年(1973年)には、「特定化学物質等障害予防規則に係る有害物質(石綿及びコールタール)の作業環境中濃度の測定について」(昭和48年7月11日付け基発第407号。以下「48年通達」という。)を都道府県労働基準局長に対して発出し、「最近、石綿が肺がん及び中皮腫等の悪性新生物を発生させることが明らかとなったこと等により、各国の規制においても気中石綿粉じん濃度を抑制する措置が強化されつつある」とした上で、当面、石綿粉じんの抑制濃度を5本/cm3とするよう指導することを指示した。これにより、当時の社団法人日本産業衛生学会の勧告値や、告示による規制値よりも厳しい基準で事業場に対する指導を行うこととした。
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(2) | 抑制濃度の改正(昭和49年(1973年)〜昭和51年(1976年))
社団法人日本産業衛生学会では、昭和40年(1965年)に石綿に係る許容濃度として2mg/m3(33本/cm3相当)という値を勧告値として示していたが、
・ | 石綿粉じんの許容濃度の検討が当時多くの国において行われ、許容濃度が新たに設定されたり、改訂されており、同学会の勧告した日本の許容濃度が外国のこれらの濃度と比較すると極めて高い値であること (参考)
イギリス | : | 昭和44年(1969年)に2本/cm3(クロシドライトは0.2本/cm3)とした。 |
米国 | : | 昭和47年(1972年)に5本/cm3(その後昭和51年(1976年)に2本/cm3)とした。 |
カナダ | : | 5本/cm3に設定予定(昭和48年(1973年)時点)。 |
西ドイツ | : | 0.15mg/m3(約2.5本/cm3相当)に設定予定、ただしクロシドライトについては設定せず(昭和48年(1973年)時点)。 |
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・ | 日本において石綿肺及び肺がんの発生が増加しつつあり、かつ、中皮腫の発生をも見るに至っていること |
等の理由から、社団法人日本産業衛生学会は、昭和49年(1974年)に、石綿粉じんの許容濃度について、2本/cm3(クロシドライトについてはこれをはるかに下回る必要があること)に見直す勧告を行った。 また、昭和49年(1974年)には、ACGIHも石綿粉じんの許容濃度について、5本/cm3との勧告を行った。 石綿粉じんの抑制濃度については、これらの勧告値の見直しが行われる以前から、48年通達に基づいて、5本/cm3とするよう事業者に対し指導を行っていたが、昭和50年(1975年)9月30日付けで告示を改正し、石綿に係る抑制濃度を、従来の2mg/m3(33本/cm3相当)から5本/cm3とし、通達による指導を法令(告示)による規制へと強化した。
一方で、昭和49年の社団法人日本産業衛生学会の勧告を受けて、昭和51年(1976年)5月22日に都道府県労働基準局長に対して51年通達を発出し、その中で、石綿に係る濃度基準については、関係各国において環気中の石綿粉じん濃度の規制が強化されつつあることを踏まえ、局所排気装置の性能を示す抑制濃度を2本/cm3(クロシドライトにあっては0.2本/cm3)とした上で石綿に係る環気中粉じん濃度をこの値以下を目途として指導するよう指示した。これにより、社団法人日本産業衛生学会の勧告値に基づき、告示よりも厳しいレベルで事業者に対する指導を行うこととなった。
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(3) | 作業環境中の石綿粉じん濃度(管理濃度)の導入に向けた検討(昭和52年(1977年)〜昭和59年(1984年))
これまで、作業環境中の石綿を含む有害物質の濃度としては、抑制濃度として大臣告示や通達によって具体的な数値を示してきた。 また、有害物質を取り扱う屋内作業場については、安衛法第65条に基づき作業環境測定の実施を義務付け、作業環境測定の実施方法については、「作業環境測定基準」(昭和51年労働省告示第46号)を制定した。 その後、昭和52年(1977年)7月5日から、専門家による委員会「作業場の気中有害物質の濃度管理基準に関する専門家会議」が開催され、昭和55年(1980年)5月19日まで22回にわたって検討が行われた。 その検討結果は、昭和54年(1979年)12月20日付けで「第1次報告書」として取りまとめられた。その中で、作業環境測定結果に基づく作業環境の評価及びそれを基にした作業環境の管理について、諸外国の規制等と比較しつつ、検討を行った結果、今後の規制のあり方として、行政的な基準としては、労働者が働く作業場の気中有害物質の濃度である「作業環境濃度」(管理濃度)を基本とし、必要に応じて労働者個人のばく露濃度を併用することが適当との考え方が示された。これは、労働者の作業分析が必要となる許容濃度によるよりも、作業環境全体を評価し、改善につなげる上ではより有効と考えられるとの考えに基づくものである。 この報告書を受けて、「作業場における気中有害物質の規制のあり方についての検討結果 第1次報告書等の送付について」(昭和55年6月30日付け労働衛生課長内翰)を発出した。その中で、個別物質の管理濃度については、年度下半期から専門家による検討を進める予定であることを示し、その検討が終わるまでの間は、照会に対しては、最新の「労働衛生のしおり」に掲載されている社団法人日本産業衛生学会又はACGIHの許容濃度の数値(石綿については2本/cm3(クロシドライトにあっては0.2本/cm3))をもとにして作業環境管理を実施するよう回答して差し支えない旨示した。 この後、昭和56年(1981年)6月30日から「作業場の気中有害物質の濃度管理基準に関する専門家会議」が再開され、昭和58年(1983年)7月19日まで11回にわたって「第1次報告書」で提言された管理濃度の意義、具体的な数値について検討が行われた。なお、聴取り調査においても、当時の担当者は、この検討においても、再度、濃度の基準として許容濃度を用いるべきか、管理濃度を用いるべきか議論が行われたが、最終的には管理濃度を用いるべきと再確認されたと発言している。 この専門家による検討の結果を踏まえ、「作業環境の評価に基づく作業環境管理の推進について」(昭和59年2月13日付け基発第69号)を都道府県労働基準局長に対して発出し、作業環境測定結果についての評価方法及びこれに基づく事業者の自主的対策の進め方について「作業環境の評価に基づく作業環境管理要領」としてその手順を示した。また、この中で、局所排気装置による抑制濃度とは別に作業場内のほとんどすべての場所で石綿粉じん濃度を一定の値以下とする規則(管理濃度による規制)を導入することとし、その値を石綿については2本/cm3(許容濃度に換算すると0.8本/cm3相当)とした。 なお、昭和59年(1984年)時点の諸外国の許容濃度の値としては、米国は2本/cm3、ECは1/cm3であった。
(注) | 許容濃度は「労働者が石綿粉じんにばく露した際に健康障害を発症しない限度濃度」であり、諸外国が規制値として採用している。 |
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(4) | 社団法人日本産業衛生学会及びACGIHによる勧告値の見直し(昭和55年(1980年)、昭和57年(1982年))
昭和52年(1977年)から昭和58年(1983年)にかけて専門家による検討会が行われている間に、社団法人日本産業衛生学会及びACGIHにおいては以下のとおり勧告値の見直しが行われた。
【ACGIH】(昭和55年(1980年))
| 石綿粉じんの許容濃度として、クリソタイルは2本/cm3、アモサイトは0.5本/cm3、クロシドライトは0.2本/cm3とすることを勧告。 |
【社団法人日本産業衛生学会】(昭和57年(1982年))
| 石綿粉じんの許容濃度として、クロシドライトは0.2本/cm3とすることを勧告(クロシドライト以外は従来どおり2本/cm3)。 |
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(5) | 作業環境評価基準の策定(昭和63年(1988年))
ア | 基準の策定内容 管理濃度に係るそれまでの経緯、昭和52年(1977年)〜昭和58年(1983年)にかけて行われた「作業場の気中有害物質の濃度管理基準に関する専門家会議」の検討結果、及び同検討結果に基づき策定された「作業環境の評価に基づく作業環境管理要領」を踏まえ、昭和63年(1988年)に安衛法が改正され、「(作業環境測定の結果の)評価を行うに当たっては、労働省令で定めるところにより、労働大臣の定める作業環境評価基準に従って行わなければならない」との条項が盛り込まれた。 この条項に基づき、労働大臣の定める作業環境評価基準を新たに策定した。同評価基準においては、作業環境測定の結果を第1管理区分から第3管理区分のいずれかに区分して評価するための濃度基準として、別表で管理濃度を示し、石綿の管理濃度は、2本/cm3(クロシドライトの場合は0.2本/cm3)とした。これにより、51年通達による指導で行ってきた2本/cm3(クロシドライトは0.2本/cm3)という管理濃度規制を、法令による規制へと強化した。 (参考)
第1管理区分: | 作業場所のほとんど(95%以上)の場所で有害物質の濃度が管理濃度以下 |
第2管理区分: | 作業場所の有害物質の濃度の平均が管理濃度以下 |
第3管理区分: | 作業場所の有害物質の濃度の平均が管理濃度を超えるもの |
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イ | 策定後の対応 作業環境評価基準の策定に合わせ、「作業環境評価基準の適用について」(昭和63年9月16日付け基発第605号)を都道府県労働基準局長に対して発出し、円滑な運用を図るとともに、中央労働災害防止協会が発行している「労働衛生のしおり」昭和63年度(1988年度)版の中で、改正安衛法や作業環境評価基準等に基づき、作業環境測定結果の評価や管理区分に応じた措置等について詳細に記述し、周知した。 また、昭和63年(1988年)に策定した第7次労働災害防止計画(期間:昭和63年(1988年)〜平成4年(1992年))においては、5つの重点事項のうちのひとつに「適正な作業環境管理の推進」を位置付け、作業環境の測定、評価から作業環境の改善に至る一貫した作業環境管理の推進や、評価結果に応じた作業環境の改善措置の適正化、評価手法等の周知を行った。
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ウ | 作業環境評価基準策定による効果 作業環境評価基準に基づく評価について、作業環境測定機関が実施した評価結果が平成7年(1995年)以降報告されているが、それによると、石綿を製造し、又は取り扱う屋内事業場における評価結果は以下のとおりとなっており、石綿については基準に基づき作業環境が適切に管理されていることが分かる。
作業環境測定機関が石綿製造屋内事業場等について実施した
作業環境測定の評価結果(管理区分の分布状況)
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第1管理区分 |
第2管理区分 |
第3管理区分 |
平成 7年 |
96.8% |
1.4% |
1.8% |
平成 8年 |
96.2% |
2.6% |
1.2% |
平成 9年 |
98.0% |
1.4% |
0.6% |
平成10年 |
98.7% |
1.2% |
0.1% |
平成11年 |
98.0% |
0.9% |
1.1% |
平成12年 |
98.2% |
1.3% |
0.5% |
平成13年 |
97.2% |
2.2% |
0.6% |
平成14年 |
98.7% |
0.5% |
0.8% |
※ 管理区分については、アを参照。 |
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(6) | 昭和63年(1988年)の管理濃度の策定を踏まえた調査研究(平成元年(1989年)〜平成2年(1990年))
昭和63年(1988年)に管理濃度を策定したその翌年の平成元年度(1989年度)に、労働省の委託研究「石綿の諸外国における許容基準に関する文献的研究」において、世界各国で石綿についてどのような濃度基準で規制が行われているかを調べた調査研究が行われた。その研究結果報告書は平成2年(1990年)3月に取りまとめられ、その中で各国の基準濃度が以下のとおり(主要なものを抜粋)報告された。また、同報告書においては、我が国の管理濃度による2.0本/cm3という規制値は諸外国の許容濃度にすると0.8本/cm3に相当するとされており、多くの国が1.0本/cm3という規制値を採用していた欧州各国と比較しても同等レベルの規制となっている。
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クロシドライト |
アモサイト |
クリソタイル |
ヨーロッパ(EEC) |
0.5本/cm3 |
1.0本/cm3 |
1.0本/cm3 |
フィンランド |
0.5本/cm3 |
0.5本/cm3 |
0.5本/cm3 |
オーストリア |
0.5本/cm3 |
1.0本/cm3 |
1.0本/cm3 |
ベルギー |
0.15本/cm3 |
1.0本/cm3 |
1.0本/cm3 |
西ドイツ |
0.5本/cm3 |
1.0本/cm3 |
1.0本/cm3 |
イタリア |
0.5本/cm3 |
1.0本/cm3 |
1.0本/cm3 |
フランス |
1.0本/cm3 |
1.0本/cm3 |
1.0本/cm3 |
イギリス |
0.1本/cm3 |
0.1本/cm3 |
0.25本/cm3 |
カナダ |
0.2本/cm3 |
0.5本/cm3 |
2.0本/cm3 |
ニュージーランド |
0.1本/cm3 |
0.1本/cm3 |
1.0本/cm3 |
オーストラリア |
0.1本/cm3 |
0.1本/cm3 |
1.0本/cm3 |
(参考) |
日本(許容濃度換算) |
0.08本/cm3 |
0.8本/cm3 |
0.8本/cm3 |
米国 |
0.2本/cm3 |
0.2本/cm3 |
0.2本/cm3 |
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(7) | 管理濃度等検討会における検討(平成5年(1993年)〜平成7年(1995年))
その後、ACGIHが平成3年(1991年)に石綿の勧告値を0.2本/cm3に引き下げる提案を行ったことを受け、平成5年(1993年)2月19日から、石綿を含む有害物質の管理濃度について見直しを行うための「管理濃度等検討会」を開催した。この結果、石綿については、管理濃度設定の参考としている社団法人日本産業衛生学会及びACGIHにおいて、勧告値の見直しが行われていなかったことにかんがみ、改訂が必要との結論は得られず、管理濃度は2本/cm3(クロシドライトの場合は0.2本/cm3)のまま据え置くこととした。 なお、平成7年(1995年)1月13日に行われた中央労働基準審議会労働災害防止部会において、労働側委員から、石綿の管理濃度について「石綿に関する作業環境評価基準というものを、実際にこれは数値の問題として出てきていると思いますが、これは現在の作業環境基準、全体のあり方の問題も含めて少し総合的な検討をしていただければと思っております」との発言があった。これに対し、労働省労働基準局安全衛生部環境改善室長が管理濃度等検討会の結果を踏まえ「現在の石綿については63年に設定された数値ですが、今回はその時以来、先ほど言いました医学的ないろんな知見に基づく数値等に変更がありませんでしたので、今回は改正しないということになっているわけですが、今後、先ほど申しましたように、同様な格好でいろいろと知見の集積に努め検討してまいりたいと思っております」と回答している。
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(8) | クロシドライト及びアモサイトの製造等の禁止を受けた作業環境評価基準の見直し(平成7年(1995年))
平成7年(1995年)4月1日に、安衛令を改正し、クロシドライト及びアモサイトを製造等の禁止物質としたことを踏まえ、作業環境評価基準からもクロシドライト及びアモサイトを削除した。(クリソタイルについては、管理濃度は従前どおり2本/cm3)
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(9) | 作業環境評価基準の改正(平成10年(1998年)〜平成16年(2004年))
平成10年(1998年)にACGIHにおいて、石綿粉じんの許容濃度についての勧告値が0.1本/cm3に引き下げられたが、社団法人日本産業衛生学会においてはその時点で勧告値の引下げが行われなかったため、作業環境評価基準の見直しは行わなかった。 その後、平成13年(2001年)に社団法人日本産業衛生学会が、石綿粉じんの許容濃度についての勧告値をクリソタイルは0.15本/cm3、その他の石綿は0.03本/cm3に引き下げた。 社団法人日本産業衛生学会の勧告値が0.15本/cm3に引き下げられたことを踏まえ、平成14年(2002年)3月19日から平成15年(2003年)7月29日まで計9回にわたり開催された管理濃度等検討会において、石綿の管理濃度についても検討を行った結果、石綿の管理濃度を2本/cm3から0.15本/cm3に引き下げる提案が平成16年(2004年)3月に出された。 この提案を踏まえ、平成16年(2004年)10月1日付けで作業環境評価基準における管理濃度を変更した。この改正において、石綿の管理濃度については、2本/cm3から0.15本/cm3(許容濃度に換算すると0.06本/cm3相当)に引き下げた。なお、平成16年(2004年)時点の諸外国の許容濃度の値としては、米国及びEUは0.1本/cm3であった。 作業環境評価基準の改正に併せ、「特定化学物質等障害予防規則等の一部改正について」(平成17年2月15日付け基発第0215002号)を都道府県労働局長に対して発出し、改正した管理濃度の周知徹底を図るよう指示を行った。また、改正した管理濃度の周知を図るため、パンフレット「作業環境測定の結果の評価に係る管理濃度が改正されます」を10万部作成し、都道府県労働局及び労働基準監督署を通じて事業者等に配布した。 |