「輸血療法の実施に関する指針」(改定案)

平成17年○月

厚生労働省医薬食品局血液対策課



目次

「輸血療法の実施に関する指針」(改定案)
はじめに
I 輸血療法の考え方
II 輸血の管理体制の在り方
III 輸血用血液の安全性
IV 患者の血液型検査と不規則抗体スクリーニング検査
V 不適合輸血を防ぐための検査(適合試験)およびその他の留意点
VI 手術時又は直ちに輸血する可能性の少ない場合の血液準備
VII 実施体制の在り方
VIII 輸血に伴う副作用・合併症と対策
IX 血液製剤の有効性,安全性と品質の評価
X 血液製剤使用に関する記録の保管・管理
XI 自己血輸血
XII 院内で輸血用血液を採取する場合(自己血採血を除く)
おわりに

(参考)



はじめに
 輸血療法は,適正に行われた場合には極めて有効性が高いことから,広く行われている。
近年,格段の安全対策の推進により,免疫性及び感染性輸血副作用・合併症は減少し,輸血用血液の安全性は非常に高くなってきた。しかし,これらの輸血副作用・合併症を根絶することはなお困難である。すなわち,輸血による移植片対宿主病(GVHD),輸血関連急性肺障害(TRALI),急性肺水腫,エルシニア菌(Yersinia enterocolitica)による敗血症などの重篤な障害,さらに肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染ウインドウ期にある供血者からの感染,ヒトパルボウイルスB19やプリオンの感染などが新たに問題視されるようになってきた。また,不適合輸血による致死的な溶血反応は,まれではあるが,発生しているところである。
 このようなことから輸血療法の適応と安全対策については,常に最新の知見に基づいた対応が求められ,輸血について十分な知識・経験を有する医師のもとで使用するとともに,副作用発現時に緊急処置をとれる準備をしていくことが重要である
 そこで,院内採血によって得られた血液(院内血)を含めて,輸血療法全般の安全対策を現在の技術水準に沿ったものとする指針として「輸血療法の適正化に関するガイドライン」(厚生省健康政策局長通知,健政発第502号,平成元年9月19日)が策定され平成11年には改定されて「輸血療法の実施に関する指針」として制定された。
 本指針の今回の改定では,平成11年の制定後の輸血療法の進歩発展を踏まえ,さらに「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」(昭和31年法律第160号;平成15年7月一部改正施行)第8条に基づき,「医療関係者」は血液製剤の適正使用に努めるとともに,血液製剤の安全性に関する情報の収集及び提供に努めなければならない輸血療法を適正に行う上での諸規定に基づいて再検討を行い,改正したものである。
感染初期で,抗原・抗体検査,核酸増幅検査(NAT)結果の陰性期


I  輸血療法の考え方

1. 医療関係者の責務
 「医療関係者」は,
 特定生物由来製品を使用する際には,原材料に由来する感染のリスク等について,特段の注意を払う必要があることを十分認識する必要があること(「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」第9条に基づく「血液製剤の安全性の向上及び安定供給の確保を図るための基本的な方針」第六及び第七)
さらに
 血液製剤の有効性及び安全性その他当該製品の適正な使用のために必要な事項について,患者又はその家族に対し,適切かつ十分な説明を行い,その理解を(すなわちインフォームド・コンセント)得るように努めなければならないこと(薬事法第68条の7)
また
 特定生物由来製品の使用の対象者の氏名,住所その他必要な事項について記録を作成し,保存(20年)すること(薬事法第68条の9第3項及び第4項)
が必要である。

2. 適応の決定
1) 目的
 輸血療法の主な目的は,血液中の赤血球などの細胞成分や凝固因子などの蛋白質成分が量的に減少又は機能的に低下したときに,その成分を補充することにより臨床症状の改善を図ることにある。他の薬剤の投与によって治療が可能な場合における輸血は極力避けるべきであり、投与する場合にも必要最小量にとどめるべきである。

2) 輸血による危険性と治療効果との比較考慮
 輸血療法には一定のリスクを伴うことから,リスクを上回る効果が期待されるかどうかを十分に考慮し,適応と輸血量を決めるべきである。適応を決める。輸血量は効果が得られる必要最小限にとどめ,過剰な投与は避ける。また,他の薬剤の投与によって治療が可能な場合には,輸血は極力避けて臨床症状の改善を図る。

3) 説明と同意(インフォームド・コンセント)
 患者又はその家族が理解できる言葉で,輸血療法の必要性,使用する血液製剤と使用量,輸血に伴うリスクやその他の輸血後の注意点及び自己血輸血の選択肢について輸血療法にかかわる以下の項目を十分に説明し,同意を得た上で同意書を作成し,一部は患者に渡し,一部は診療録に添付しておく(電子カルテにおいては適切に記録を保管する)。
 必要な項目
(1) 輸血療法の必要性
(2) 使用する血液製剤の種類と使用量
(3) 輸血に伴うリスク
(4) 副作用・感染症救済制度と給付の条件
(5) 自己血輸血の選択肢
(6) 感染症検査と検体保管
(7) 投与記録の保管と遡及調査時の使用
(8) その他,輸血療法の注意点

3. 輸血方法
1) 血液製剤の選択,用法,用量
 血液中の各成分は,必要量,生体内寿命,産生率などがそれぞれ異なり,また,体外に取り出され保存された場合,その機能は生体内にある場合とは異なる。輸血療法を実施するときには,患者の病態とともに各血液成分の持つ機能を十分考慮して,輸血後の目標値に基づき,使用する血液製剤の種類,投与量,輸血の回数及び間隔を決める必要がある。

2) 成分輸血
 目的以外の成分による副作用や合併症を防ぎ,循環系への負担を最小限にし,限られた資源である血液を有効に用いるため,全血輸血を避けて血液成分を用いるの必要量のみを補う成分輸血を行う。

3) 自己血輸血
 院内での実施管理体制が適正に確立している場合は,最も安全性の高い輸血療法であることから,輸血を要する外科手術(主に待機的外科手術)において積極的に導入することが推奨される。「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」の趣旨である,「安全かつ適正な輸血」の推進のためにも,自己血輸血の普及は重要であり,輸血を要する手術を日常的に実施している医療機関は自己血輸血をスタンダードな輸血医療として定着させることが求められる。

4. 適正な輸血
1) 供血者数
 輸血に伴う感染症のリスクを減らすために,高単位の輸血用血液の使用などにより,できるだけ供血者の数を少なくする。赤血球成分(MAP加赤血球濃厚液など)と凝固因子の補充を目的としない新鮮凍結血漿との併用は極力避けるべきである。(血液製剤の使用指針参照)

2) 血液製剤の使用方法
 新鮮凍結血漿,赤血球濃厚液,アルブミン製剤及び血小板濃厚液の適正な使用方法については,血液製剤の使用指針に沿って行われることが推奨される。

3) 輸血の必要性と記録
 輸血が適正に行われたことを示すため,輸血の必要性及び輸血量設定の根拠を診療録に記載し,及び輸血前後の臨床所見と検査値の推移をも記述しておくから輸血効果を評価し,診療録に記載する


II  輸血の管理体制の在り方
 輸血療法を行う場合は,各医療機関の在り方に沿った管理体制を構築する必要があるが,医療機関内の複数の部署が関わるので,次のような一貫した業務体制をとることが推奨される。

1. 輸血療法委員会の設置
 病院管理者及び輸血療法に携わる各職種から構成される,輸血療法についての委員会を医療機関内に設ける。この委員会を定期的に開催し,輸血療法の適応,血液製剤(血漿分画製剤を含む)の選択,輸血用血液の検査項目・検査術式の選択と精度管理,輸血実施時の手続き,血液の使用状況調査,症例検討を含む適正使用推進の方法,輸血療法に伴う事故・副作用・合併症の把握方法と対策,輸血関連情報の伝達方法や院内採血の基準や自己血輸血の実施方法についても検討するとともに、改善状況について定期的に検証する。また,上記に関する議事録を作成・保管し,院内に周知する。

2. 責任医師の任命
 病院内における輸血業務の全般について,実務上の監督及び責任を持つ医師を任命する。

3. 輸血部門の設置
 輸血療法を日常的に行っている医療機関では,輸血部門を設置し,責任医師の監督の下に輸血療法委員会の検討事項を実施するとともに,輸血に関連する検査のほか,血液製剤の請求・保管・払出し等の事務的業務も含めて一括管理を行い,集中的に輸血に関するすべての業務を行う。

4. 担当技師の配置
 輸血検査業務全般(輸血検査と製剤管理を含む)について十分な知識と経験が豊富な臨床(又は衛生)検査技師が輸血検査業務の指導を行い,さらに輸血検査は検査技師が24時間体制で実施することが望ましい。


III  輸血用血液の安全性

1. 供血者の問診
 輸血用血液の採血を行う場合には,供血者自身の安全確保と受血者である患者への感染などのリスクを予防するため,供血者の問診を十分に行い,ウイルスなどに感染している危険性の高い供血者を除く必要がある。特にヒト免疫不全ウィルス(HIV)感染については,供血者の理解を求めながら感染の危険性がある行為を実行した者を除外する。

2. 検査項目
 採血された血液については,ABO血液型,Rho(D)抗原,間接抗グロブリン試験を含む不規則抗体スクリーニングの各検査を行う。さらに,HBs抗原,HBs抗体,HBc抗体,HCV抗体,HIV-1,-2抗体,HTLV-I抗体,HBV,HCV,HIV-1に対する核酸増幅検査(NAT検査,梅毒血清反応及びALT(GPT)の検査を行う。
 注: 輸血用血液の安全性を確保するため,原則として日本赤十字社の血液センターで行われているものと同様の検査をする。なお,上記に加えて,ヒトパルボウイルスB19検査,HBV,HCV,HIV-1核酸増幅検査を日本赤十字社の血液センターでは実施しているが,ヒトパルボウイルスB19検査は生物由来原料基準には記載されていない。

3. 前回の記録との照合
 複数回供血している者については,毎回上記2.の全項目の検査を行う。血液型が前回の検査結果と不一致である場合には,必ず新たに採血された検体を用いて再検査を行い,その原因を究明し,そのことを記録する。

図

4. 副作用予防対策
1) 高単位輸血用血液製剤
 抗原感作と感染の機会を減少させるため,可能な限り高単位の輸血用血液成分,すなわち2単位の赤血球濃厚液,成分採血由来の新鮮凍結血漿や血小板濃厚液を使用する。

2) 放射線照射
 輸血後移植片対宿主病の予防には,リンパ球を含む輸血用血液に放射線照射をして用いることが有効である。全照射野に最低限15Gy(50Gyを越えない)の放射線照射を行って使用する。照射後の赤血球成分(全血を含む)では上清中のカリウムイオンが上昇することから,新生児・未熟児・乳児,腎不全患者及び急速大量輸血患者については,照射後速やかに使用することが望ましい。


IV  患者の血液型検査と不規則抗体スクリーニング検査
 患者(受血者)については,不適合輸血を防ぐため,輸血を実施する医療機関で責任を持って以下の検査を行う。

1. ABO血液型の検査
1) オモテ検査とウラ検査
 ABO血液型の検査には,抗A及び抗B試薬を用いて患者血球のA及びB抗原の有無を調べる,いわゆるオモテ検査を行うとともに,既知のA及びB血球を用いて患者血清中の抗A及び抗B抗体の有無を調べる,いわゆるウラ検査を行わなければならない。オモテ検査とウラ検査の一致している場合に血液型を確定することができるが,一致しない場合にはその原因を精査する必要がある。

3 2 同一患者の二重チェック
 同一患者からの異なる時点での2検体で,二重チェックを行うことが望ましい必要がある

2 3 同一検体の二重チェック
 同一検体について異なる2人の検査者がそれぞれ独立に検査し,二重チェックを行い,照合確認することが望ましいように努める

2. Rho(D)抗原の検査
 抗D試薬を用いてRho(D)抗原の有無を検査する。この検査が陰性の患者の場合には,抗原陰性として取り扱い,間接抗グロブリン試験による弱反応性のD型(D weakまたはDU型)の検査D抗原確認試験は行わなくてもよい。

3. 不規則抗体スクリーニング検査
 間接抗グロブリン試験を含む不規則抗体のスクリーニング検査を行う。不規則抗体が検出された場合には,同定試験を行う。
なお,37℃で反応する臨床的に意義(副作用をおこす可能性)のある不規則抗体が検出された場合には,患者にその旨を記載したカードを常時携帯させることが望ましい。

4. 乳児の検査
 生後4か月以内の乳児では,母親由来の移行抗体があることや血清中の抗A及び抗B抗体の産生が不十分であることから,ABO血液型はオモテ検査のみの判定でよい。Rho(D)抗原と不規則抗体スクリーニングの検査は上記2,3と同様に行うが,不規則抗体の検査には患者の母親由来の血清を用いても良い。


V  不適合輸血を防ぐための検査(適合試験)およびその他の留意点
 適合試験には,ABO血液型,Rho(D)抗原及び不規則抗体スクリーニングの各検査と輸血前に行われる交差適合試験(クロスマッチ)とがある。

1. 検査の実施方法
1) 血液型と不規則抗体スクリーニングの検査
 ABO血液型とRho(D)抗原の検査はIV-1,2,不規則抗体スクリーニング検査はIV-3と同様に行う。

2) 交差適合試験(クロスマッチ)
(1) 患者検体の採取
 原則として,ABO血液型検査検体とは別の時点で採血した検体を用いて検査を行う。
(2) 輸血用血液の選択
 交差適合試験(クロスマッチ)には,患者とABO血液型が同型の血液(以下,ABO同型血という)を用いる。さらに,患者がRho(D)陰性の場合には,ABO血液型が同型で,かつRho(D)陰性の血液を用いる。
 なお,患者が37℃で反応する臨床的に意義のある不規則抗体を持っていることが明らかな場合には,対応する抗原を持たない血液を用いる。また,患者の血液型と輸血する血液製剤の血液型をコンピュータ上で照合確認するコンピュータクロスマッチを併用することも有用である。この場合,血液センターから供給される血液製剤にラベルされている血液型を再確認しておくことが望まれる。
(3) 術式
 交差適合試験(クロスマッチ)には,患者血清と供血者血球の組み合わせの反応で凝集や溶血の有無を判定する主試験と患者血球と供血者血清の組み合わせの反応を判定する副試験とがある。主試験は必ず,実施しなければならない。
 術式としては,ABO血液型の不適合を検出でき,かつ37℃で反応する臨床的に意義のある不規則抗体を検出できる間接抗グロブリン試験を含む適正な方法を用いる。なお,臨床的意義のある不規則抗体により主試験が陽性不適合である血液を輸血に用いてはならない。
(4) コンピュータクロスマッチ
 あらかじめABO血液型,Rho(D)抗原型検査と抗体スクリーニング検査により,臨床的に問題となる抗体が検出されない場合には,交差適合試験を省略し,ABO血液型の適合性を確認することで輸血は可能となる。
 コンピュータクロスマッチとは,以下の各条件を完全に満たした場合にコンピュータを用いて上述した適合性を確認する方法であり,人為的な誤りの排除と,手順の合理化,省力化が可能である。必要な条件は,以下のとおり。
 (1)  結果の不一致や製剤の選択が誤っている際には警告すること
 (2)  患者の血液型が2回以上異なる検体により確認されていること
 (3)  製剤の血液型が再確認されていること
4 5 乳児での適合血の選択
 4か月以内の乳児についても,原則としてABO同型血を用いるが,O型以外の赤血球成分を用いる場合には,抗A又は抗B抗体の有無を間接抗グロブリン試験を含む交差適合試験(主試験)で確認し,適合する赤血球成分を輸血する。また,不規則抗体陽性の場合には(1),(2)と同様に対処する。
5 6 実施場所
 交差適合試験(クロスマッチ)の実施場所は,特別な事情のない限り,患者の属する医療機関内で行う。

2. 緊急時の輸血
 緊急に赤血球の輸血が必要な出血性ショック状態にある救急患者について,直ちに患者の検査用血液を採取することに努めるが,採血不可能な場合には出血した血液を検査に利用しても良い。輸血用血液製剤の選択は状況に応じて以下のように対処するが,血液型の確定前にはO型の赤血球成分の使用(全血は不可),血液型確定後にはABO同型血の使用を原則とする。

1) ABO血液型確定時の同型の血液の使用
 患者の最新の血液を検体として,ABO血液型及びRho(D)抗原の判定を行い,直ちにABO同型血である赤血球成分または全血を輸血する。輸血と平行して,引き続き交差適合試験を実施する。

2) 血液型が確定できない場合のO型赤血球成分の使用
 出血性ショックのため,患者のABO血液型を判定する時間的余裕がない場合,同型血が不足した場合,緊急時に血液型判定用試薬がない場合,あるいは血液型判定が困難な場合は例外的にO型赤血球成分を使用する(全血は不可)。
 注: O型の赤血球成分を相当量輸血した後に,患者とABO同型血の輸血に変更する場合は,新たに採取した最新の患者血液と交差適合試験(クロスマッチ)の主試験を生理食塩液法(迅速法,室温)で行い,適合する血液を用いる。

3) Rho(D)抗原が陰性の場合
 Rho(D)抗原が陰性と判明したときは,Rho(D)陰性の血液の入手に努める。Rho(D)陰性を優先してABO血液型は異型であるが適合の血液(異型適合血)を使用してもよい。特に患者が女児又は妊娠可能な女性でRho(D)陽性の血液を輸血した場合は,できるだけ早くRho(D)陰性の血液に切り替える。
 なお,48時間以内に不規則抗体検査を実施し抗D抗体が検出されない場合は,抗D免疫グロブリンの投与を考慮する。
 注: 日本人でのRho(D)陰性の頻度は約0.5%である。

4) 事由の説明と記録
 急に輸血が必要となったときに,交差適合試験(クロスマッチ)未実施の血液,血液型未実施等でO型赤血球を使用した場合あるいはRho(D)陰性患者にRho(D)陽性の血液を輸血した場合には,担当医師は救命後にその事由及び予想される合併症について,患者またはその家族に理解しやすい言葉で説明し,同意書の作成に努め,その経緯を診療録に記載しておく。

3. 大量輸血時の適合血
 大量輸血とは,24時間以内に患者の循環血液量と等量又はそれ以上の輸血が行われることをいう。出血量及び速度などの状況に応じて次のように対処する。

1) 追加輸血時の交差適合試験(クロスマッチ)
 手術中の追加輸血などで大量輸血が必要となった患者については,しばしば間接抗グロブリン試験による交差適合試験(クロスマッチ)を行う時間的余裕がない場合がある。このような場合には少なくとも生理食塩液法による主試験(迅速法,室温)を行い,ABO血液型の間違いだけは起こさないように配慮する。万一,ABO同型血を入手できない場合には2-2),4)また,患者がRho(D)陰性の場合には2-3)に準じて対処してもよいが,2-5 4)の記載事項に留意する。交差適合試験用の血液検体は,できるだけ新しく採血したものを用いる。

2) 不規則抗体が陽性の場合
 緊急に大量輸血を必要とする患者で,事前に臨床的に意義のある不規則抗体が検出された場合であっても,対応する抗原陰性の血液が間に合わない場合には,上記1)と同様にABO同型血を輸血し,救命後に溶血性副作用に注意しながら患者の観察を続ける。

3) 救命処置としての輸血
 上記のような出血性ショックを含む大量出血時では,時に同型赤血球成分輸血だけでは対応できないこともある。そのような場合には救命を第一として考え,O型赤血球を含む血液型は異なるが,適合である赤血球成分(異型適合血)を使用する。
 ただし,使用にあたっては,3−1)項を遵守する。

〈患者血液型が確定している場合〉

患者ABO血液型 異型であるが適合である赤血球
なし
AB O,A,B

〈患者血液型が未確定の場合〉
 O型


4. 交差適合試験(クロスマッチ)の省略
1) 赤血球成分と全血の使用時
 供血者の血液型検査を行い,間接抗グロブリン試験を含む不規則抗体スクリーニング検査が陰性であり,かつ患者の血液型検査が適正に行われていれば,ABO同型血使用時の副試験は省略してもよいが,ABO同型血を使用する

2) 乳児の場合
 上記1)と同様な条件のもとで,生後4か月以内の乳児で抗Aあるいは抗B抗体が検出されず,不規則抗体も陰性の場合には,ABO同型血使用時の交差適合試験は省略してよいが,
 なお,ABO同型血を使用するRho(D)抗原陰性の患児にはRho(D)抗原陰性同型血を輸血する。
 また,児の不規則抗体の検索については,母親由来の血清を用いてもよい。

3) 血小板濃厚液と新鮮凍結血漿の使用時
 赤血球をほとんど含まない血小板濃厚液及び新鮮凍結血漿の輸血に当たっては,交差適合試験は省略してよい。ただし,原則としてABO同型血を使用する。
 なお,患者がRho(D)陰性で将来妊娠の可能性のある患者に血小板輸血を行う場合には,できるだけRho(D)陰性由来のものを用いる。Rho(D)陽性の血小板濃厚液を用いた場合には,抗D免疫グロブリンの投与により抗D抗体の産生を予防できることがある。

5. 患者検体の取扱い
1) 血液検体の採取時期
 新たな輸血,妊娠は不規則抗体の産生を促すことがあるため,過去3か月以内に輸血歴または妊娠歴がある場合,あるいはこれらが不明な患者について,交差適合試験に用いる血液検体は輸血予定日前3日以内に採血したものであることが望ましい。

2) 別検体によるダブルチェック
 検体の取り違いによる過誤輸血を予防するため,交差適合試験の際患者検体は血液型の検査に使用した時の検体とは別に,新しく採血したもの検体を用いて,同時に血液型検査を再度実施する。

6. 不適合輸血を防ぐための検査以外の留意点
1) 血液型検査用検体の採血時の取り違に注意すること。
 血液型検査用検体の採血のミス取り違いが血液型の判定ミスにつながることがあることから,血液型の判定は異なる時期の新しい検体で2回実施し,同一の結果が得られたときに確定すべきである。検体の取り違いには,採血患者の誤り(同姓や隣のベッドの患者と誤る間違える場合,同時に複数の患者の採血を実施する際の患者取り違など)と,他の患者名のスピッツ採血管に間違って採血するものである検体取り違いがある。前者については,血液型検査用の採血の際の患者確認が重要である。後者については,手書きによるラベル患者名の書き間違いの他,朝の採血などで,複数患者の採血スピッツを持ち歩きながら順次採血して,スピッツ採血管を取り違えることがある。複数名分のスピッツ採血管を試験管立てなどに並べて採血する方法は,採血スピッツを取り違える危険があるので避けるべきである。1患者分ずつのみの採血スピッツまとめておかなければならない用意し採血する

2) 検査結果の伝票への載ミス入力ミスに注意すること。
 血液型判定は正しくても,判定結果を伝票に記載する際や入力する際に間違える危険性があることから,別人二人の検査者によるチェック確認を行うことが望ましい。
 また,コンピュータシステムを用いた結果入力の確認も有効である。

3) 検査結果の記録と患者への通知
 血液型判定結果は転記せずに,診療録に貼付するとともに個人情報に留意し患者に通知する。

4) 以前の検査結果の転記ミスや口頭伝達の誤りによる危険性に注意すること。
 以前に実施された血液型検査結果を利用する場合には,前回入院時の診療録からの血液型検査結果を転記する際のミス誤り,電話による血液型の問い合わせの際の伝達ミスの誤りがある。転記や口頭での血液型の伝達はミス間違いが起きやすいことから,貼付した判定結果用紙を確認する必要がある。


VI  手術時又は直ちに輸血する可能性の少ない場合の血液準備
 血液を無駄にせず,また輸血業務を効率的に行うために,待機的手術例を含めて直ちに輸血する可能性の少ない場合にはの血液準備方法として,血液型不規則抗体スクリーニング法(タイプアンドスクリーン:T&S)と最大手術血液準備量(MSBOS)を採用することが望ましい。

1. 血液型不規則抗体スクリーニング法(Type & Screen 法;T & S法)
 待機的手術例を含めて、直ちに輸血する可能性が少ないと予測される場合,受血者のABO血液型,Rho(D)抗原及び,臨床的に意義のある不規則抗体の有無をあらかじめ検査し,Rho(D)陽性で不規則抗体が陰性の場合は事前に交差適合試験(クロスマッチ)を行わない。緊急に輸血用血液が必要になった場合には,輸血用血液のオモテ検査によりABO同型血であることを確認して輸血するか,あるいは生理食塩液法(迅速法,室温)による主試験が適合の血液を輸血する。又は,予めオモテ検査により確認されている血液製剤の血液型と患者の血液型とをコンピュータを用いて照合・確認して輸血を行う(コンピュータクロスマッチ)。

2. 最大手術血液準備量(Maximal Surgical Blood Order Schedule ; MSBOS)
 確実に輸血が行われると予測される待機的手術例では,各医療機関ごとに,過去に行った手術例から手術術式別の輸血量(T)と準備血液量(C)を調べ,両者の比(C/T)が1.5倍以下になるような量の血液を交差適合試験(クロスマッチ)を行って事前に準備する。

3. 手術血液準備量計算法(Surgical Blood Order Equation ; SBOE)
 近年,患者固有の情報を加えた,より無駄の少ない計算法が提唱されている。この方法は,患者の術前ヘモグロビン(Hb)値,患者の許容できる輸血開始Hb値(トリガー;Hb7〜8g/dL),及び術式別の平均的な出血量の3つの数値から,患者固有の血液準備量を求めるものである。はじめに術前Hb値から許容輸血開始Hb値を減じ,患者の全身状態が許容できる血液喪失量(出血予備量)を求める。術式別の平均的な出血量から出血予備量を減じ,単位数に換算する。その結果,マイナスあるいは0.5以下であれば,T&Sの対象とし,0.5より大きければ四捨五入して整数単位を準備する方式である。


VII  実施体制の在り方
 安全かつ効果的な輸血療法を過誤なく実施するために,次の各項目に注意する必要がある。
 また、輸血実施の手順について、確認すべき事項をまとめた輸血実施手順書を周知し、遵守することが有用である(輸血実施手順書参照)。

1. 輸血前
1) 輸血用血液の保存
 各種の輸血用血液は,それぞれ最も適した条件下で保存しなければならない。赤血球成分,全血は2〜6℃,新鮮凍結血漿は-20℃以下で,自記温度記録計と警報装置が付いた輸血用血液専用の保冷庫中でそれぞれ保存する。
 血小板濃厚液はできるだけ速やかに輸血する。保存する場合は,室温(20〜24℃)で水平振盪しながら保存する。

2) 輸血用血液の保管法
 温度管理が不十分な状態では,輸血用血液の各成分は機能低下を来しやすく,他の患者への転用もできなくなる。血液製剤輸血用血液の保管・管理は,院内の輸血部門で一括して集中的に管理するべきである。病棟や手術室などには実際に使用するまで持ち出さないことを原則とする。持ち出した後はできるだけ早く使用するが,手術室などに30分以上血液を手元に置く場合にも,上記1)と同様の条件下で保存する。
 注: 血液製剤輸血用血液の保管・管理については「血液製剤保管管理マニュアル(厚生省薬務局,平成5年9月16日)」を参照。ただし,今後改正されることもあるので最新のマニュアルを参照する必要がある。

3) 輸血用血液の外観検査
 患者に輸血をする医師又は看護師は,輸血の実施前に外観検査としてバッグ内の血液について色調の変化(バッグ内とセグメント内の血液色調の差に留意),溶血や凝血塊の有無,あるいはバッグの破損の有無などの異常がないかを肉眼で確認する。

4) 一回一患者
 輸血の準備及び実施は,原則として一回に一患者ごとに行う。複数の患者への輸血用血液を一度にまとめて準備し,そのまま患者から患者へと続けて輸血することは,取り違いによる事故の原因となりやすいので行うべきではない。

5) チェック項目
 事務的な過誤による血液型不適合輸血を防ぐため,輸血用血液の受け渡し時,輸血準備時及び輸血実施時に,それぞれ,患者(同姓同名に注意),血液型,血液製造番号,有効期限,交差適合試験の検査結果,放射線照射の有無などについて,交差試験適合票の記載事項と輸血用血液バッグの本体及び添付伝票とを照合し,該当患者に適合しているものであることを確認する。麻酔時など患者本人による確認ができない場合,当該患者に相違ないこと必ず複数の者により確認することが重要である。

6) 照合の重要性
 確認する場合は,上記チェック項目の各項目を2人で交互に声を出し合って読み合わせをし,その旨を記録する。

7) 同姓同名患者
 まれではあるが,同姓同名あるいは非常によく似た氏名の患者が,同じ日に輸血を必要とすることがある。患者の認識(ID)番号,生年月日,年齢などによる個人の識別を日常的に心がけておく必要がある。

8) 電子機器による確認,照合
 確認,照合を確実にするために,患者のリストバンドと製剤を携帯端末(PDAなどの電子機器を用いた機械的照合を併用することが望ましい。

9) 追加輸血時
 引き続き輸血を追加する場合にも,追加されるそれぞれの輸血用血液について,上記3)〜8)と同様な手順を正しく踏まなければならない。

10) 輸血前の患者観察
 輸血前に体温,血圧,脈拍,さらに可能であれば経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定後に,輸血を開始し,副作用発生時には,再度測定することが望ましい。

2. 輸血中
1) 輸血開始直後の患者の観察
 意識のある患者への赤血球輸血の輸血速度は,輸血開始時には緩やかに行う。ABO型不適合輸血では,輸血開始直後から血管痛,不快感,胸痛,腹痛などの症状が見られるので,輸血開始後5分間はベッドサイドで患者の状態を観察する必要がある。
救命的な緊急輸血を要する患者では急速輸血を必要とし,意識が清明でないことも多く,自覚的所見により不適合輸血を疑うことは困難又は不可能であるので,呼吸・循環動態の観察の他に導尿を行って尿の色調を見ることや術野からの出血の状態を観察することなどにより,総合的な他覚的所見によって,不適合輸血の早期発見に努める。

2) 輸血開始後の観察
 輸血開始後15分程度経過した時点で再度患者の状態を観察する。即時型溶血反応の無いことを確認した後にも,発熱・蕁麻疹などのアレルギー症状がしばしば見られるので,その後も適宜観察を続けて早期発見に努める。

3. 輸血後
1) 確認事項
 輸血終了後に再度患者名,血液型及び血液製造番号を確認し,診療録にその製造番号を記録する。

2) 輸血後の観察
 特に,後述する輸血関連急性肺障害(TRALI,細菌感染症では輸血終了後に重篤な副作用を呈することがあり,輸血終了後も患者を継続的に観察することが可能な体制を整備する。

3)4. 患者検体の保存
 特に、輸血前後の検査を行っている場合は、「血液製剤等に関する遡及調査ガイドライン」を遵守して検体を保存する。
 患者検体の保存にあたっては、「血液製剤等に関する遡及調査ガイドライン」を遵守すること。以下、一部要約抜粋する。
 医療機関が当該指針(VIIIの1の2)の(2)及び(3))に従って輸血前後の検査を実施していない場合は、輸血前後の患者血液(分離血漿又は交差適合試験等で使用した血清あるいは血漿(血球と分離)で約1ml)を当分の間、-20℃以下で可能な限り保存することとし、日本赤十字社から検査依頼があった場合には当該指針に従って検査を行うこと。
 この際、コンタミネーションのないようにディスポーザブルのピペットを使用するなどの対応が望まれる。
 なお、当該指針に従って輸血前後の検査を行っている場合であっても、検査の疑陽性結果、潜在ウイルスの活性化等の有無を確認するため、輸血前後の患者血清(漿)の再検査を行うことがあるので、
 (1) 輸血前1週間程度の間の患者血清(漿)
及び
 (2) 輸血後3か月程度の血清(漿)
についても保管しているものがあれば、日本赤十字社に提供し、調査に協力すること(院内採血の場合は除く)。
 この際の保管条件は、分離血漿又は交差適合試験等で使用した血清あるいは血漿(血球と分離)を1ml程度、-20℃以下で3か月以上可能な限り(2年間を目安に)保管することが望ましい。
 厚生労働省医薬食品局血液対策課 平成17年3月


VIII  輸血(輸血用血液)に伴う副作用・合併症と対策
 輸血副作用・合併症には免疫学的機序によるもの,感染性のもの,及びその他の機序によるものとがあり,さらにそれぞれ発症の時期により即時型(あるいは急性型)と遅発型とに分けられる。輸血開始時及び輸血中ばかりでなく輸血終了後にも,これらの副作用・合併症の発生の有無について必要な検査を行う等,経過を観察することが必要である。
 これらの副作用・合併症を認めた場合には,遅滞なく輸血部門あるいは輸血療法委員会に報告し,記録を保存するとともに,その原因を明らかにするように努め,類似の事態の再発を予防する対策を講じる。特に人為的過誤(患者の取り違い,転記ミス,検査ミス,検体採取ミスなど)による場合は,その発生原因及び講じられた予防対策を記録に残しておく。

1. 副作用の概要
1) 溶血性輸血副作用
 (1) 即時型(あるいは急性型)副作用
 輸血開始後数分から数時間以内に発症してくる即時型(あるいは急性型)の重篤な副作用としては,型不適合による血管内溶血,アナフィラキシーショック,細菌汚染血輸血による菌血症やエンドトキシンショック,播種性血管内凝固,循環不全,輸血関連急性肺障害(TRALI)などがある。
 このような症状を認めた場合には,直ちに輸血を中止し,輸血セットを交換して生理食塩液又は細胞外液類似輸液剤の点滴に切り替える。
 ABO血液型不適合を含む溶血を認めた場合(副作用後の血漿又は血清の溶血所見,ヘモグロビン尿)には,血液型の再検査,不規則抗体検査,直接クームス検査等を実施する。

 (2) 遅発型副作用
 遅発型の副作用としては,輸血後24時間以降,数日経過してから見られる遅延型溶血性輸血副作用(DHFR;Delayed Hemplytic Transfusion Reaction)がある。血管外溶血や輸血後紫斑病などの症状を示す。

2) 非溶血性輸血副作用
 (1) 即時型(あるいは急性型)副作用
 アナフィラキシーショック,細菌汚染血輸血による菌血症やエンドトキシンショック,播種性血管内凝固,循環不全,輸血関連急性肺障害(TRALI)などが挙げられる。
 このような症状を認めた場合には,直ちに輸血を中止し,輸血セットを交換して生理食塩液又は細胞外液類似輸液剤の点滴に切り替える。

 @  細菌感染症
 血小板濃厚液はその機能を保つために室温(20〜24℃)で水平振盪しながら保存されているために,まれに細菌の汚染をみることがあり,その結果として輸血による細菌感染症が起こることがある。また,赤血球濃厚液については長期保存によるエルシニア菌感染が問題となる。
 原因となる輸血用血液の保存や患者検体の検査については,「血液製剤等に係る遡及調査ガイドライン(平成17年3月厚生労働省医薬食品局血液対策課)」を遵守する(参考1参照)とともに,原因となる輸血用血液製剤の回収等に当たっては参考2に従うよう努める。

 A  輸血関連急性肺障害(TRALI)
 TRALIは輸血中もしくは輸血後6時間以内(多くは1〜2時間以内)に起こる非心原性の肺水腫を伴う呼吸困難を呈する,重篤な非溶血性輸血副作用である。臨床症状および検査所見では低酸素血症,胸部レントゲン写真上の両側肺水腫のほか,発熱,血圧低下を伴うこともある。本副作用の発症要因に関しては未だ不明な点が多いが,輸血血液中もしくは患者血液中に存在する抗白血球抗体が病態に関与している可能性があり,その他製剤中の脂質の関与も示唆されている。臨床の現場でTRALIの認知度が低いことや発症が亜急性であることから,見逃されている症例も多いと推測される。治療に際しては,輸血の過負荷による心不全(volume overload)との鑑別は特に重要である。TRALIの場合には利尿剤はかえって状態を悪化させることもあり,鑑別には慎重を期すべきである。TRALIと診断した場合には,特異的な薬物療法はないが,酸素療法,挿管,人工呼吸管理を含めた早期より適切な全身管理を行う必要がある。大半の症例は後遺症を残さずに回復するとされているが,死亡率は十数%あるというなお,当該疾患が疑われた場合は血漿中の抗顆粒球抗体や抗HLA抗体の有無について検討する。

 (2) 遅発型副作用
 @  輸血後移植片対宿主病
 本症は輸血後7〜14日頃に発熱,紅斑,下痢,肝機能障害及び汎血球減少症を伴って発症する。本症の予防策として放射線照射血液の使用が有効である(III-4-2)を参照)。同予防策の徹底により2000年以降,確定症例の報告はない。

 A  輸血後肝炎
 本症は,早ければ輸血後2〜3カ月以内に発症するが,肝炎の臨床症状あるいは肝機能の異常所見を把握できなくても,肝炎ウイルスに感染していることが診断される場合がある。特に供血者がウインドウ期にあることによる感染が問題となる。このような感染の有無を見るとともに,早期治療を図るため,医師が感染リスクを考慮し,感染が疑われる場合などには,別表のとおり,肝炎ウイルス関連マーカーの検査等を行う必要がある。

別表
  輸血前検査 輸血後検査
B型肝炎 HBs抗原
HBs抗体
HBc抗体
核酸増幅検査(NAT)
(輸血前検査の結果がいずれも陰性 の場合、輸血の3か月後に実施)
C型肝炎 HCV抗体
HCVコア抗原
HCVコア抗原検査
(輸血前検査の結果がいずれも陰性 の場合又は感染既往と判断された 場合、輸血の1〜3か月後に実施)


 B  ヒト免疫不全ウイルス感染
 後天性免疫不全症候群(エイズ)の起因ウイルス(HIV)感染では,感染後2〜8週で,一部の感染者では抗体の出現に先んじて一過性の感冒様症状が現われることがあるが,多くは無症状に経過して,以後年余にわたり無症候性に経過する。特に供血者がウインドウ期にある場合の感染が問題となる。受血者(患者)の感染の有無を確認するために,医師が感染リスクを考慮し,感染が疑われる場合などには,輸血前にHIV抗体検査を行い,その結果が陰性であれば,輸血後2〜3ヶ月以降に抗体検査等を行う必要がある。

 C  ヒトTリンパ球向性ウイルス
 輸血によるヒトTリンパ球向性ウイルスI型(HTLV-I)などの感染の有無や免疫抗体産生の有無などについても,問診や必要に応じた検査により追跡することが望ましい。

2. 原因製剤に関する検査
1) 原因製剤に関する検査項目
 発熱・呼吸困難・血圧低下などの細菌感染症を疑う症状が認められた場合は,細菌培養のほか適宜エンドトキシン等の検査を実施する。溶血を認めた場合は,血液型の再確認などを行う。

2) 原因製剤回収上の注意
 バッグと使用していた輸血セットまたは白血球除去フィルターセットを回収する。
 原因製剤の細菌培養等を行うために,2次的な汚染が起きないように注意する。
 輸血セットのクランプを硬く閉めて,注射針を除去し清潔なキャップでカバーする。
 この状態で,速やかに清潔なビニール袋に入れて輸血部門へ返却する。輸血部門では輸血セットのチューブ部分をチューブシーラでシールすることが望ましい。清潔なビニール袋に入れたままで保管する。

 溶血を認めた場合は,輸血針の口径,赤血球濃厚液の加温の有無及び薬剤の同一ルートからの薬剤投与の有無について確認する。

3) 原因製剤回収のための職員教育
 製剤確保と回収は,診療科看護師・医師の協力が不可欠である。また,輸血部専任技師だけでなく,輸血当直を担当している中央検査部等の検査技師の関与も必要であるので,上記の注意事項を周知する。

3. 副作用原因検査のための患者検体採取と検査
1) 院内実施検査
 発熱・呼吸困難・血圧低下などの細菌感染症を疑う症状が認められた場合は,細菌培養のほか適宜エンドトキシン等の検査を必ず実施する。溶血を認めた場合には,血液型の再検査,不規則抗体検査,直接クームス等の検査などを実施する。

4. 赤十字血液センターへの原因検索の依頼
1) 依頼基準
 以下の基準に相当する中等症から重症の輸血副作用例については赤十字血液センターに原因検索の依頼を行うことが望ましい。

 〈輸血副作用重症例の基準案〉
 輸血開始後24時間以内に以下の1項目以上の変化が認められたもの。
a) 血圧:30mmHg以上の低下
b) 発熱:2℃以上の上昇または39℃以上の発熱
c) 呼吸困難,酸素飽和度(SaO2):90%以下に低下
d) 胸部X線写真:肺水腫
e) その他上記項目に相当する臨床所見

2) 日赤血液センター送付検体
a) 原因製剤
b) 患者検体
検査項目: トリプターゼ・抗血漿蛋白抗体・抗白血球抗体など
採血管: EDTA採血管2〜5mL,プレーン採血管2〜5mL
 発生直後に採血し,輸血部(輸血当直)より血液センターへ送付
 すぐに提出できない場合は冷蔵保存。

5 2 輸血専門医(輸血部専任医師)によるコンサルテーション
 単なるじん麻疹以外では輸血専門医に副作用発生時の臨床検査,治療,輸血副作用の原因推定と副作用発生後の血液製剤輸血用血液の選択について,助言を求めることが望ましい。

6 3 輸血療法委員会による院内体制の整備
 輸血療法委員会において,原因となる輸血用血液製剤の回収・原因検索のための患者検体採取に関して,診療科の協力体制を構築するとともに,これらの業務が可能な検査技師の配置を含む輸血部業務(当直業務)体制の整備を行うことが望ましい。

7. 輸血に伴う即時型(あるいは急性型)副作用・合併症と発症時の対応
 輸血開始後数分から数時間以内に発症してくる急性型(あるいは即時型)の重篤な副作用の症状を認めた場合には,直ちに輸血を中止し,輸血セットを交換して生理食塩液又は細胞外液類似輸液剤の点滴に切り替える。
 血圧・脈拍・呼吸数・体温測定し,呼吸困難,血圧低下があれば聴診・胸部X線写真・血液ガスを測定する。


IX  血液製剤の有効性,安全性と品質の評価
 輸血療法を行った場合には,輸血用血液の品質を含め,投与量に対する効果と安全性を客観的に評価できるよう,輸血前後に必要な検査を行い,さらに臨床的な評価を行った上で,診療録に記載する。


X  血液製剤使用に関する記録の保管・管理
 血液製剤(輸血用血液製剤及び血漿分画製剤)であって特定生物由来製品に指定されたものについては,将来,当該血液製剤の使用により患者へのウイルス感染などのおそれが生じた場合に対処するため,診療録とは別に,当該血液製剤に関する記録を作成し,少なくとも使用日から20年を下回らない期間,保存すること。記録すべき事項は,当該血液製剤の使用の対象者の氏名及び住所,当該血液製剤の名称及び製造番号又は製造記号,使用年月日等であること(法第68条の9及び薬事法施行規則(昭和36年厚生省令第1号)第62条の11及び14)。
 ※ 薬事法(昭和35年法律第145号。以下「法」という。)第2条第6項に規定
 注: 平成15年5月15日付け医薬発第0515011号「特定生物由来製品に係る使用の対象者への説明並びに特定生物由来製品に関する記録及び保存について」((社)日本医師会会長等宛て厚生労働省医薬局長通知)


XI  自己血輸血
 自己血輸血は院内での実施管理体制が適正に確立している場合は,同種血輸血の副作用を回避し得る最も安全な輸血療法であり,待機的手術患者における輸血療法として積極的に推進することが求められている。
 注: 液状貯血式自己血輸血の実施に当たっては,「自己血輸血:採血及び保管管理マニュアル」(厚生省薬務局,平成6年12月2日)を参照。ただし,今後改正されることもあるので最新のマニュアルを参照する必要がある。なお,自己血輸血学会・日本輸血学会合同小委員会による自己血輸血ガイドライン改訂案について(自己血輸血第14巻第1号1〜19頁,2001年)も参考とする。

1. 自己血輸血の方法
1) 貯血式自己血輸血:手術前に自己の血液を予め採血,保存しておく方法
2) 希釈式自己血輸血:手術開始直前に採血し,人工膠質液を輸注する方法
3) 回収式自己血輸血:術中・術後に出血した血液を回収する方法
 特に,希釈式や回収式に比べて,より汎用性のある貯血式自己血輸血の普及,適応の拡大が期待されている。

2. インフォームド・コンセント
 輸血全般に関する事項に加え,自己血輸血の対象となり得る患者に対して,自己血輸血の意義,自己血採血・保管に要する期間,採血前の必要検査,自己血輸血のトラブルの可能性と対処方法など,自己血輸血の実際的な事柄について十分な説明と同意が必要である。

3. 適応
 自己血貯血に耐えられる全身状態の患者の待機的手術において,循環血液量の15%以上の術中出血量が予測され,輸血が必要になると考えられる場合で,自己血輸血の意義を理解し,必要な協力が得られる症例である。特に,稀な血液型や既に免疫(不規則)抗体を持つ場合には積極的な適応となる。
 体重40kg以下の場合は,体重から循環血液量を計算して一回採血量を設定(減量)するなど慎重に対処する。6歳未満の小児については,一回採血量を体重kg当たり約5〜10mLとする。50歳以上の患者に関しては,自己血採血による心血管系への悪影響,特に狭心症発作などの危険性を事前に評価し,実施する場合は,主治医(循環器科の医師)と緊密に連絡を取り,予想される変化に対処できる体制を整えて,慎重に観察しながら採血する。その他,体温,血圧,脈拍数などが採血計画に支障を及ぼさないことを確認する。

4. 禁忌
 菌血症の可能性がある全身的な細菌感染患者は,自己血の保存中に細菌増殖の危険性もあり,原則的に自己血輸血の適応から除外する。エルシニア菌(Yersinia Enterocolitica)などの腸内細菌を貪食した白血球の混入の危険性を考慮し,4週以内に水性下痢などの腸内感染症が疑われる症状があった患者からは採血を行なわない。不安定狭心症,高度の大動脈弁狭窄症など,採血による循環動態への重大な悪影響の可能性を否定できない循環器疾患患者の適応も慎重に判断すべきである。

5. 自己血輸血実施上の留意点
 同種血輸血と同様,患者・血液の取り違えに起因する輸血過誤の危険性に注意する必要がある。自己血採血にあたっては,穿刺部位からの細菌混入および腸内細菌を貪食した白血球を含む血液の採取による細菌汚染の危険性に注意する必要がある。採血針を刺入する部位の清拭と消毒は,日本赤十字社血液センターの採血手技に準拠して入念に行う。さらに,採血時の副作用対策,特に,採血中,採血および点滴終了・抜針後,そして採血後ベッドからの移動時などに出現し,顔面蒼白,冷汗などの症状が特徴的な血管迷走神経反射(VVR)に十分留意する必要がある。

1) 正中神経損傷
 極めてまれではあるが,正中神経損傷を起こすことがあり得るので,針の刺入部位及び深さに注意する。

2) 血管迷走神経反射(Vaso-Vagal Reaction ; VVR)
 血管迷走神経反射などの反応が認められる場合があるので,採血中及び採血後も供血者患者の様子をよく観察する。採血後には15分程度の休憩をとらせる。
 注: 血管迷走神経反射は供血者の1%以下に認められ,特に若い女性では比較的多く認められる。

3) 止血
 採血後の圧迫による止血が不十分であると血腫ができやすいので,適正な圧力で少なくとも15分間圧迫し,止血を確認する。

6. 自己血輸血各法の選択と組み合わせ
 患者の病状,術式などを考慮して,術前貯血式自己血輸血,術直前希釈式自己血輸血,術中・術後の回収式自己血輸血などの各方法を適切に選択し,又は組合わせて行うことを検討するべきである。


XII  院内で輸血用血液を採取する場合(自己血採血を除く)
 院内で採血された血液(以下「院内血」という。)の輸血については,供血者の問診や採血した血液の検査が不十分になりやすく,また供血者を集めるために患者や家族などに精神的・経済的負担をかけることから,日本赤十字社の血液センターからの適切な血液の供給体制が確立されている現状地域においては,特別な事情のない限り行うべきではない。
 院内血による輸血療法を行う場合には,III〜Xで述べた各事項に加え,その適応の選択や実施体制の在り方について以下の点に留意する。

1. 説明と同意
 I項の説明と同意の項を参照(I−2−3))し,輸血に関する説明と同意を得た上,院内血輸血が必要な場合について,患者又はその家族に理解しやすい言葉でよく説明し,同意を得る。また,感染症ウイルスのスクリーニング検査の精度及び輸血による感染症伝播の危険性説明し,同意を得る。
 以上の内容の説明による同意が得られた旨を診療録に記録しておく。

2. 必要となる場合
1) 成分採血特殊な血液
 日本赤十字社血液センターから供給されない顆粒球やリンパ球などの輸血を必要とするがのほかヘパリン化血を日本赤十字社の血液センターからは供給されていないため,院内で成分採血を行う用いる場合。

2) 緊急時
 離島や僻地などで日本赤十字社の血液センターから,血液の搬送が間に合わない緊急事態の場合。
3) 稀な血液型で母体血液を使用せざるを得ない場合
4) 新生児同種免疫血小板減少症(NAITP)で母親の血小板の輸血が必要な場合

3. 不適切な使用
 採血した当日に使用する血液(以下「当日新鮮血」という。)の輸血が望ましいと考えられてきた場合も,その絶対的適応はない。
 特に,以下の場合は院内血としての当日新鮮血を必要とする特別な事情のある場合とは考えられない。

1) 出血時の止血
 ある程度以上の量の動脈あるいは静脈血管の損傷による出血は,輸血によって止血することはできない。
 出血が血小板の不足によるものであれば血小板輸血が,また凝固障害によるものであれば凝固因子製剤や新鮮凍結血漿(あるいは新鮮血漿)の輸血が適応となる。

2) 赤血球の酸素運搬能
 通常の赤血球成分や全血中の赤血球の輸血で十分目的を達成することができる。

3) 高カリウム血症
 採血後1週間以内の赤血球成分や全血の輸血により発症することはまれである。

4) 根拠が不明確な場合
 当日新鮮血液中に想定される未知の因子による臨床効果を期待することは,実証的データのない以上,現状では不適切と考えるべきである。

4. 採血基準
 院内採血でも,「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律施行規則」に従って採血することを原則とする。問診に際しては,特に供血者の問診の事項(III−1参照)に留意しつつ,聞き漏らしのないように,予め問診票を用意しておくべきである。

5. 供血者への注意
 採血に伴う供血者への事故や副作用をできるだけ避けるため,自己血輸血実施上の留意点(XIの5に示すほか,以下の点に注意する必要がある。

1) 供血者への説明
 採血された血液について行う検査内容を,あらかじめ供血者に説明しておく。
 なお,供血者が検査結果の通知を希望する場合には,個人情報の秘密保持に留意する。

2) 消毒
 採血針を刺入する部位の清拭と消毒は,日本赤十字社血液センターの採血手技に準拠して入念に行う。

6. 採血の実施体制
1) 担当医師との連携
 採血に携わる者は,指示を出した医師と緊急度や検査の優先順位などについて十分連携をとる。

2) 採血場所
 院内採血を行う場所は,清潔さ,採血を行うために十分な広さ,明るさ,静けさと適切な温度を確保する必要がある。

7. 採血された輸血用血液の安全性及び適合性の確認
1) 検査事項
 院内血の検査もIII〜Vの輸血用血液の安全性及び適合性の確認の項と同様に行う。

2) 緊急時の事後検査
 緊急時などで輸血前に検査を行うことができなかった場合でも,輸血後の患者の経過観察と治療が必要になる場合に備えて,事後に輸血に用いた院内について事後に上述の検査を行う。

8. 記録の保管管理
 院内血を輸血された患者についてもXと同様の記録を作成して保管する。


おわりに
 輸血療法は,現代医学において最も確実な効果の期待できる必須な治療法の一つであるが,その実施にはさまざまな危険性を伴うことから,そのような危険性を最小限にしてより安全かつ効果的に行うために,輸血療法に携わるすべての職員医療関係者はこの指針に則ってその適正な推進を図られたい。
 今後,輸血療法の医学的進歩に対応するばかりではなく,「安全な血液の安定供給の確保等に関する法律」の制定などに象徴されるような社会的環境の変化にも応じて,本指針は時期を失することなく随時改していく予定である。



参考1 医療機関における細菌への対応(血液製剤等に係る遡及調査ガイドライン(抜粋))
1) 使用済みバッグの冷蔵保存
 医療機関においては,輸血に使用した全ての「使用済みバッグ」に残存している製剤をバッグごと,清潔に冷凍保存しておくことが望まれる(冷凍は不可)。
 なお,使用後数日経過しても受血者(患者)に感染症発症のない場合は廃棄しても差し支えないこととする。


2) 受血者(患者)血液に係る血液培養の実施
 受血者(患者)の感染症発症後,輸血後の受血者(患者)血液による血液培養を行い,日本赤十字社に対して,当該患者に係る検査結果及び健康情報を提供するとともに,製造業者等の情報収集に協力するよう努めることが求められる。この際,冷蔵保存されていた全ての「使用済みバッグ」を提供することが必要である。
 また,当該感染症等に関する情報が保健衛生上の危害発生又は拡大の防止のために必要と認めるときは,厚生労働省(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)に副作用感染症報告を行うことが必要である。
 その後,当該受血者(患者)に病状の変化等があったことを知った場合は,製造業者等に情報提供するよう努める必要がある。


参考2 原因となる輸血用血液製剤に関する回収及び検査
1) 原因となる輸血用血液製剤に関する検査項目
 発熱・呼吸困難・血圧低下などの細菌感染症を疑う症状が認められた場合は,細菌培養のほか適宜エンドトキシン等の検査を実施する。溶血を認めた場合は,血液型の再確認などを行う。
2) 原因となる輸血用血液製剤回収上の注意
 バッグと使用していた輸血セットまたは白血球除去フィルターセットを回収する。
 原因となる輸血用血液製剤の細菌培養等を行うために,2次的な汚染が起きないように注意する。
 輸血セットのクランプを硬く閉めて,注射針を除去し清潔なキャップでカバーする。
 この状態で,速やかに清潔なビニール袋に入れて輸血部門へ返却する。輸血部門では輸血セットのチューブ部分をチューブシーラでシールすることが望ましい。清潔なビニール袋に入れたままで保管する。
 溶血を認めた場合は,輸血針の口径,赤血球濃厚液の加温の有無及び薬剤の同一ルートからの薬剤投与の有無について確認する。
3) 原因となる輸血用血液製剤回収のための職員教育
 原因となる輸血用血液の製剤確保と回収は,診療科看護師・医師の協力が不可欠である。また,輸血部専任技師だけでなく,輸血当直を担当している中央検査部等の検査技師の関与も必要であるので,上記の注意事項を周知する

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