第22回研究会(6/15)における指摘事項

 就業規則
就業規則による労働条件の変更における主張立証責任〉
 これまでの秋北バス事件などの判例法理においては、就業規則を変更することによって労働条件を一方的に不利益には変更できないことを原則としつつ、合理性があれば例外的に労働条件を変更できることとしていたため、使用者が合理性の立証責任を負っていたと考えられる。この点については、中間取りまとめにおける案(1)、案(2)ともに異ならない。
 次に、中間取りまとめは、過半数組合の合意がある場合又は労使委員会の5分の4以上の決議がある場合においては、合理性があると推定するとしている。この場合は、合理性が推定されることにより立証責任が転換されるので、労働者側が推定を破るような主張を行うことになるのだろうか。(荒木先生)
 推定規定を法律に設けるならば、前提事実の証明があれば推定される事実、ここでは変更の合理性が推定されるので、相手方は、反証ではなく、変更に合理性がないという反対事実の立証をしなければならない。この意味では証明責任が転換されている。(春日先生)
 この場合、合理性という法的概念の適用を推定の対象とすることから、権利推定になる。(山川先生)
 合理性の立証について、抽象度の高い規範的な要件であることから、それぞれに主張立証責任が分配され、評価根拠事実と評価障害事実を主張立証するという考え方がある。現在の判例法理においては、使用者が原則として合理性について主張立証責任を負うのだろうが、評価障害事実については労働者が主張立証していたのかもしれない。就業規則の変更の合理性について法律上の推定規定を置いた場合、この構造は変わるのだろうか。(荒木先生)
 推定規定を置かないならば、使用者側が合理性を基礎づける事実を主張立証しなければならないことが前提としてあった上で、労働者が合理性がないことを基礎づける評価障害事実を主張立証することとなる。このような推定規定を置くこととした場合、使用者は、変更の必要性などの通常証明しなければならない評価根拠事実に替えて、一定の推定の根拠事実を証明すれば合理性が基礎づけられることとなるのではないか。(山川先生)
 就業規則の変更の合理性の有無を規範的要件だと理解するならば、法律上の事実推定ではなく、法律上の権利推定に近いものになる。つまり、使用者が合理性の有無を基礎づける具体的な事実を主要事実として証明することによって、合理性があるという法的判断がなされるという構造である。
 その際、使用者が合理性の基礎となる具体的な事実を証明すれば、労働者が合理性がないという主要事実を証明することとなるのではないか。
 反証ならば裁判官の心証を真偽不明の状態に持っていけばよいこととなる。反対事実の証明ならば証明責任が転換しているので、裁判官の心証として確信が形成されるまで証明しなければならないこととなる。
 この場合においては、使用者が推定の根拠となる事実を本証で証明すれば、推定規定によって合理性が推定されることになる。労働者は変更の合理性がないことについて、それを基礎づける具体的な事実を本証で証明しなければならない。そのような意味で、合理性の推定については、双方が合理性を基礎づける又は合理性を否定する具体的な事実について証明しなければならない。(春日先生)
 このような推定規定を置いた場合、前提事実の証明がなされれば、合理性が推定されることとなる。それに対して労働者が反証の議論をする中で、裁判官が合理的かどうかよくわからない状況に陥った場合は、合理性があることとなるのか。そうすると、労働者は、少なくとも合理性がないことについて、裁判官の心証が51%になるまで反証しなければならないということか。(村中先生)

就業規則の合理性を推定する際の要件〉
 合理性の有無は実質的な内容の問題である。内容では決着が着かない場合があるため、手続を加味して合理性を推定することが、そもそもの趣旨だったのではないか。内容の問題を手続的な要件に完全に置き換えてしまうことがよいのかどうか。一応の合理性があることは、実質的な内容として主張しなければならないのではないか。それに加えて手続的な要件が証明されれば、合理性が推定されることとすべきではないか。(内田先生)
 中間取りまとめは、内容の合理性より手続の合理性を前面に立てる考え方をしている。労働条件の不利益変更は利益紛争であって、本来は労働組合との労使交渉で決着を着けるべき問題である。労使交渉ができない場合にどうするか、又は、労使交渉をした上でそれに基づいて就業規則を変更した場合にどうするか、という問題について、過半数を代表する労働組合との合意があれば合理性を推定してよいのではないか。また、労働組合がない場合にどのような仕組みとするか、という問題として考えることにしているのではないか。その際、手続にすべて委ねるわけではなく、手続が踏まれていれば反対事実の立証に委ねるという考え方ではないか。(菅野座長)
 表見的にであれ合理的と考えられるような説明がなされた上で、手続が踏まれていれば、合理性を推定するという趣旨ではないか。(内田先生)
 一部の労働者に大きな不利益のみを与える変更の場合を除いていることが内容の合理性に当たるのではないか。(菅野座長)
 一部の労働者に対して大きな不利益のみを与える変更の場合を除いていることと、適正な意見集約を合理性の推定の要件と考えていることから、実質的な要件と併せて手続を踏んだことをもって推定規定を働かせることとしている。つまり、必ずしも手続規定だけで合理性を推定すると言っているわけではない。(曽田先生)
 その点については最終取りまとめを作成する際にはさらに理論的に整理すべきである。仮に一部の労働者に著しい不利益のみを与えるものでないことを推定の要件とするならば、それは過半数組合や労使委員会に利益の公正代表義務を認めることと関係するのではないか。また、そのことと全体的にあまりにも不利益が大きい場合の関係をどうするか。
 労働条件の変更が労働者の一部に著しい不利益のみを与えることは推定の要件とするより、むしろ、推定を覆す反証と位置づけた方がよいのではないか。
 いずれにしても、手続と実質的な合理性との関係は、さらに整理する必要がある。(土田先生)
 不利益といった抽象的な概念を推定規定の前提事実にすることが果たして技術的に可能かどうかについて、検討する必要があるのではないか。(春日先生)
 前提事実の立証があったか否か自体が不明確な中で、手続が進行していくこととなるのではないかという問題ではないか。その点については検討しておく必要がある。(筒井参事官)
 一部の労働者に著しい不利益のみが及ぶ場合とは別に、全体に不利益が公平に及んでいる場合であって、職場の労働者の意見を集約した上で過半数組合が合意しているときにおいて、一部の人が訴訟を起こしたならばどう考えるか。そのような場合については合理性の審査を残すという趣旨だろう。そのような選択肢はあるだろうが、そこは理論的にさらに検討する必要があるのではないか。(土田先生)
 裁判例を見ても、労働条件の不利益変更かどうかが不明確な場合はあまりない。あるとしても、賃金の原資は変えずに、年功賃金を成果主義賃金に制度変更したことから、評価によって賃金が上がるか下がるかが明らかでない場合ぐらいではないか。それを除けば、一部の労働者のみに不利益が集中するかどうかは明らかなのではないか。(菅野座長)
 「著しい」や「過大な」といった表現がつくならば、これを推定の前提事実にすることは難しいのではないか。(春日先生)
 合理性とは規範的要件であって、何が合理的であるかについて様々な要素があるため、どれだけ証明すればよいかを事前に要件として示すことが難しいものである。合理性の判断について、手続を踏んだことをもって置き換えようという考慮は妥当なものである。
 ただし、表現の仕方によっては、手続さえ踏めばよいという印象が強く前面に出てしまうおそれがある。使用者が合理性があることについてある程度証明した場合において、合理性を推定することとすべきではないか。(内田先生)
 このような推定規定を設けた場合であっても、実際の訴訟において労働者から推定を破るための反証があった場合、使用者は変更の合理性があることについて主張立証を試みることとなる。(菅野座長)
 一部の労働者にのみ著しい不利益を与えるものでないことをどのように考えるかとも関係してくる。存在しないことを直接立証することはできないので、実際上、労働者が著しい不利益があることを示す積極的な事実を反証として証明することとなるのではないか。(山川先生)
 要件の書き方が、過半数組合の合意や労使委員会の決議、適正な意見の集約、一部の労働者に著しい不利益のみを与えるものではないことという順番であることから、手続が前面に出ている印象を受ける。変更が一部の労働者に著しい不利益のみを与えるものではないことから書き始めれば、偏ったことをやろうとしているわけではなく、実体に加えて手続が加われば推定が働くこととなるとの印象が出てくるのではないか。(内田先生)
 一部の労働者に著しい不利益のみを与える場合において、多数組合が合意していても合理性が認められない理由は、多数決原理の濫用であることによるのではないか。例えば、多数の労働者に利益を与えて、一部の労働者にのみ皺寄せをする変更については、多数の労働者が賛成をする可能性がある。また、意見集約の適正さも多数決原理が妥当する前提的要件と理解することができる。多数決主義による判断という手続的側面の前提となる事項がここに挙がっているというように理解できるのではないか。(荒木先生)
 推定が働く前提として実体的な判断が入るかどうかという問題については、必ずしもまだ整理されていない。また、多数決原理を濫用して、一部の労働者に著しい不利益のみを与えることは、手続によって正当化できない結果であることから、推定の要件として位置づけるべきだとする整理ならば理解できる。ただし、そのように整理することについて、理論的に検討する必要があるのではないか。例えば、多数決原理の濫用とすることが一つの整理としてあり得る。集団的な規範により、労働条件を一方的に不利益に変更する場合においては、仮に多数の労働者の合意があったとしても、内在的な限界があるのではないか。そのようなことについて説明をしておく必要があるのではないか。(土田先生)
 ないことの証明は難しいことから、労働者が一部の労働者に著しい不利益のみを与えることを主張立証することとした方が、一般的な推定規定の考え方からはなじむのではないか。(春日先生)
 推定の根拠事実と反証の事実をどのように分担し、どのように表現するかについては、なお検討することになるのではないか。いずれにしても、就業規則の変更をしたことは、裁判において使用者が主張しなければならない。その変更自体の内容も主張立証しなければならないとすれば、例えば著しい不利益が一部の労働者に及ぶことがその主張立証の中で既に出てきてしまうことがあり得る。それを打ち消す事実は、あらかじめ使用者が主張しておかなければならないのではないか。(山川先生)
 意見を適正に集約することは、利益を適正に代表することではない。つまり、過半数組合などが意見を適正に集約することは、実体的に労働者全体の利益を代表したわけではない。このため、労働者の一部に不利益のみを与えるものでないことが、別途、実体的な要件として挙げられているのではないか。(土田先生)
 手続的な面と実体的な面が両方入っていることから、合理性についての実体的な要件が他にはないと取られる危険がないわけではない。このため、手続的な要件と実体的な要件を区別して整理した方が誤解はないのではないか。(村中先生)
 実体的に不合理であって、推定が覆る場合の例示があった方がよいのではないか。(菅野座長)

判例で示された就業規則の合理性の判断要素〉
 この法律において、これまでの判例で示された就業規則の合理性判断に関する実体的な要素をどう位置づけるのかという実質的かつ技術的な問題がある。中間取りまとめにおいては、推定が覆った場合には判例によって示された判断要素によって合理性が判断されることとしている一方、過半数組合の合意等がある場合にこれがどのように機能するのかについてはまだ検討されていない。その点については検討する必要がある。(土田先生)

就業規則と労働協約の関係〉
 就業規則の変更の合理性の推定を通じて、過半数組合の合意や労使委員会の5分の4以上の決議に一定の効果を与えることについて検討している。これは、当然のことながら、労働組合法上の団体交渉を損なうものではなく、労働協約の効力は就業規則に優越することを変更しようとはいささかもしていないことは確認しておきたい。(菅野座長)

その他〉
 中間取りまとめでは、就業規則の民事的効力について当事者双方に労働条件は就業規則によるとの意思があったと推定するとなっている。しかし、当事者双方において、内心の意思があっただけでは、法律行為としては完結していないこととなる。このため、意思表示の合致としての合意があったものと推定するという趣旨で書かれているものと理解すべきではないか。
 就業規則の届出を推定の根拠事実とするか、又は、それと独立して就業規則の拘束力の発生要件として位置づけるか。中間とりまとめの前半で就業規則の届出を就業規則の拘束力の発生要件としていることから、推定の要件とは別個の要件にした方がよいのではないか。(山川先生)


 雇用継続型契約変更制度
有期労働契約における労働条件の変更〉
 労働条件の変更に関する問題について、有期労働契約と期間の定めのない労働契約で同じように考えてよいのだろうか。個別の労働契約の変更について変更権を認める案であっても、有期労働契約の契約期間中に変更権を行使できることとすることは問題ではないか。特に、民法第628条について、有期労働契約の期間中の解雇は、いつでも解雇できることとする合意があったとしても、原則として認めないとする解釈を取るというのであれば、契約期間中については契約内容も保障することになるのではないか。その場合、就業規則の変更についても、個別の労働契約変更についても、有期労働契約については別扱いになるのではないか。(村中先生)
 有期労働契約であろうと期間の定めのない労働契約であろうと、始業時刻などの労働条件については、同じように取り扱われるのではないか。しかし、有期労働契約であることを考慮しなければならない場合もあるだろう。(菅野座長)
 有期労働契約か期間の定めのない労働契約かにより明確な区別はせずに、個別の労働条件の性質ごとに就業規則の変更法理の中で考慮していくこととなるのだろうか。(村中先生)

協議を経ずになされた変更の申込み〉
 中間取りまとめにおいては、この制度について協議を労働条件の変更の重要な条件にしている。案(1)において、協議をせずに契約の変更と解雇を併せて申し込まれた場合、労働者が留保付き承諾をし、争うことは認められるかどうか。労働者の留保付き承諾が認められるとすれば、契約の変更は使用者が手続に反していることから認められないこととなるのだろうか。(村中先生)

合理性の基準〉
 雇用継続型契約変更制度は、前提として、職務などの個別的な労働条件の変更を対象としている。しかしながら、特に就業規則の変更との関係で、この制度がどのような労働条件の変更を念頭に置き、どのような場合に必要なのかといったことが理解されていない印象がある。そこを明確にする必要があるのではないか。
 また、労働契約の変更の実体的な合理性については検討が必要である。例えば、職務内容・勤務地が特定されている場合の変更の要件について、配置転換を人事権に基づいて行う場合の要件とどのように異なるのかといったことが問題となる。今のところ事例が乏しいため、研究会においては一定の判断基準を示した上で、判例の集積を待つべきであると考える。しかしながら、一定の判断基準については、雇用継続型変更制度の性格を踏まえて検討する必要があるのではないか。(土田先生)

案(1)と案(2)の違い〉
 契約変更の合理性や要件を考える際に、案(1)と案(2)では異なるのではないか。案(1)は解雇と関係することから、留保付き承諾を認めても、解雇の要件を考えなければならないであろう。案(2)は法律上変更権を認めることから、人事権に準じて整理する制度設計も可能である。つまり、案(1)と案(2)では基本的な考え方が異なることから、契約を変更する場合の要件が異なることとなるのではないか。もし、同じであるならばその理由を整理すべきである。
 案(1)ならば契約の解消に至ることを防ぐ制度設計を考えている一方、案(2)はそうではない。そうすると、案(1)と案(2)とでは要件が異なることとなるのではないか。(土田先生)
 案(1)においては、契約の変更を拒否した場合における解雇は正当化されることとなるのだろうか。しかしながら、案(2)においてはそうはならないのだろうか。変更権行使に従わないことを理由にする解雇は、案(1)の場合における解雇と同じなのだろうか。
 二つの案の制度設計による違いについては、制度設計まで遡って検討する必要がある。それは議論しなければならないのではないか。(土田先生)
 例えば案(1)では契約を解消させない仕組みを作ることにより、いずれの案であっても、契約の変更が認められるかどうかが争われた結果として合理性が問題となる。争点としてはそれほど変わらないのではないか。(村中先生)

就業規則による労働条件の変更との関係〉
 スカンジナビア航空事件などにおいては、就業規則の変更や人事権などでは対応できないような変更と、就業規則によって行える労働条件の変更が同時に行われている。それを分けるかどうかという問題はある。それは契約変更の付属物と考えざるを得ないのではないだろうか。(菅野座長)
 就業規則の変更などの手段によって変更できる労働条件については、それを優先することは要件にならないのだろうか。(土田先生)
 それを要件とすると対応できないのではないか。就業規則によって変更できる労働条件を含めた契約の変更を認めることにならざるを得ないのではないか。(菅野座長)

出訴期間等〉
 労働契約の変更の申入れがなされた場合において、労働者が留保付き承諾をするかどうかを選択する期間や出訴期間といったことも検討する必要があるのではないか。(山川先生)


 配置転換、出向、転籍
出向〉
 出向は復帰が予定されているので、転籍とは別に、出向先企業の情報提供は必要でないとする整理はできるだろう。
 そうだとしても、出向労働者の利益に配慮した規定の整備を進める方向で検討することが妥当ではないか。
 賃金のほか任意規定を置くべき事項については、出向の法律関係から一定の制限がある。例えば、出向元との間に基本的な労働契約があって、出向先企業に部分的な契約関係が成立するという考え方からは、出向先企業が出向労働者を懲戒解雇又は解雇できるとする任意規定は置けないのではないか。退職金規定の適用については、任意規定を定めることができるのではないか。
 制度が多様であることから、任意規定を置けるものは置くべきだろうが、任意規定としても無理なものを見極めておく必要があるのではないか。(土田先生)
 労働者派遣と区別するため、出向を二重の雇用関係があるものとする定義規定は設けるのではないか。そうずれば、自ずと枠組みは定まることとなる。(菅野座長)
 出向には様々な形態があることから、実態を踏まえて考え方をまとめる必要もあるのではないか。(曽田先生)

転籍〉
 転籍について、同意があった場合であっても一定の要件を満たせば遡及的に無効とするとしているが、無効であるとすれば、遡及的と言うまでもなく当初から効力が生じていないと考えるべきであり、法技術的には労働基準法第15条との平仄から解除をした場合に将来的に効力を喪失させるとする構成もあり得る。この辺りはさらに検討してもよいのではないか。(山川先生)

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