女性の坑内労働に係る専門家会合報告書


《目次》


 はじめに

 坑内労働の概況と特徴
(1)  坑内労働の概況
(1)  鉱山における坑内労働
(2)  ずい道工事等鉱山以外における坑内労働
(2)  坑内労働の特徴と労働災害の状況
(1)  坑内労働の特徴
(2)  労働災害の状況

 坑内労働に係る規制について
(1)  我が国における坑内労働に係る規制について
(1)  坑内労働に係る女性特有の規制
(ア) 現行規制
(イ) 規制が置かれた趣旨及びこれまでの改正の経緯
(2)  坑内労働に係る男女共通の規制
(3)  坑内労働以外の労働に係る女性特有の規制
(2)  諸外国における坑内労働に係る規制について
(1)  ILO第45号条約
(2)  諸外国における規制の状況
(3)  諸外国における規制の見直しの考え方等
(4)  国際機関の動向

 現在の坑内労働の作業環境、作業態様と坑内労働が女性の健康等に与える影響について

 坑内労働に係る規制の課題



 はじめに

 働く女性を取り巻く環境は、ここ四半世紀の間、大きな変化を遂げている。経済社会構造や女性自身の意識も変わり、女性が様々な分野で活躍するようになってきている。かつては女性が就業することが殆どなかった分野への進出を希望する女性も増えつつあり、人口減少社会を迎えようとする今日、我が国の経済社会が引き続き活力を持ち続けるためにも、ますます女性の活躍が拡がることが期待されているところである。
 こうした中、女性に対する特別の保護措置については、かえって女性の能力発揮や職業選択の幅を狭める結果をもたらす場合があることから、昭和60年の男女雇用機会均等法制定以降、雇用における男女の機会均等の確保のための法制整備の一環として、その必要性について順次検討の上、見直しが図られてきたところである。
 女性の坑内労働については、昭和22年に制定された労働基準法において全面的禁止の規定が設けられていたが、その後、昭和59年の婦人少年問題審議会の建議を受け、これまでに若干の規制緩和がなされてきた。しかし、なお現在においても、一部の例外を除き、原則として女性の坑内労働は禁止されている。
 昨年9月から、労働政策審議会雇用均等分科会において、男女が共にその持てる力を十分に発揮できるような社会の実現に向け、男女雇用機会均等の更なる推進について幅広い検討が行われている。また、女性の坑内労働については、女性技術者の増加等を背景に、女性技術者が監督業務等に従事できるようにするべき等の規制の見直しが要望されている。
 こうしたことを踏まえ、当専門家会合は、女性の坑内労働の規制の在り方について、現在の坑内労働の作業環境、作業態様と坑内労働が女性の健康等に与える影響等について、専門的見地から検討を行った。


 坑内労働の概況と特徴
(1)  坑内労働の概況
 坑内とは、地下にある鉱物を採掘する場所、当該場所に達するために作られる地下の通路等をいい、坑内労働には、鉱山におけるものとずい道工事等鉱山以外におけるものがある。戦後、我が国の産業構造の変化とともに、坑内労働に従事する労働者数は、鉱山においては大きく減少し、現在ではその大半はずい道工事等鉱山以外におけるものとなっている。それぞれの概況は以下のとおりである。

(1)  鉱山における坑内労働(資料No.1)
 統計がとられ始めた昭和25年と平成15年とを比較すると、鉱山数は約3分の1に、鉱山労働者数は約35分の1に減少している。また、坑内労働を行う者の数も大きく減少し、平成15年で約1,000人となっている。
 坑内掘鉱山で現在稼行している主なものは19カ所(石炭鉱山1カ所、金属鉱山2カ所、非金属・石灰石鉱山16カ所)ある。なお、金属鉱山のうち1カ所は閉山の予定と報じられている。
 鉱山における採掘においては、掘削機械や運搬機器の発達等の技術の向上や機械化の進展等により、坑内労働者が行う労働の内容としての筋肉労働の比率は低下している。

(2)  ずい道工事等鉱山以外における坑内労働(資料No.2、No.3)
 最近のずい道工事等を用途別に見ると、道路41%、鉄道24%、水路21%、洞道管路6%、地下街等1%、その他7%であり、道路、鉄道及び水路で全体の8割以上を占めている。近年の傾向としては、ずい道工事等全体は請負額、工区数ともにやや減少しているが、その中で道路の割合はやや増加している。
 ずい道工事等の坑内労働に従事する労働者の数についての統計的なデータはないが、今後も引き続き一定数が従事すると見込まれている。
 施工法別に見ると、山岳工法(地山を発破・機械等により掘削した後に支保・覆工)44%、シールド工法(地盤内に入れた筒の内部で地山を掘削した後にセグメントを組み立てて覆工)28%、推進工法(刃口又は掘進機をつけた管をジャッキにより推進)17%、開削工法(地表面から掘り下げた後に埋め戻す)10%、その他1%となっている。このうち、坑内労働を伴うものは、山岳工法、シールド工法及び推進工法である。
 ずい道工事等における工法については、NATM(現在、山岳工法の標準的工法となっている工法。吹付コンクリート、ロックボルト及び鋼製支保工を組み合わせて支保)やシールド工法といった施工法の進化・発展等、技術の向上や機械化の進展等により、坑内労働者が行う労働の内容としての筋肉労働の比率は低下している。

(2)  坑内労働の特徴と労働災害の状況
(1)  坑内労働の特徴(資料No.4)
 当専門家会合では、坑内労働の実態を把握するため、鉱山3カ所及びずい道工事4カ所の現地調査を行った。その結果も含めた坑内労働の特徴は以下のとおりである。
 鉱山及びずい道工事等に共通して見られる坑内労働の特徴としては、まず、他の作業場における労働と比べ、地質等の自然条件に左右される面が大きく、掘削する地層によりガスや地下水の流出、落石、落盤等の可能性があるという点が挙げられる。また、掘削する断面の大小や工法の相違により、坑内環境や機械化が可能な範囲が異なる。坑内での作業は重機を用いた作業がほとんどであるが、小規模な断面になると重機が入らないため、支保工の組立て等に際して、人力による作業、すなわち筋肉労働が必要となる。
 主として鉱山に見られる坑内労働の特徴としては、特に石炭鉱山において、常に可燃性ガスが発生している状態であるため、バッテリーやマスクに加え、ガス検知機など様々な装備を装着した上での作業になる点が挙げられる。また、金属鉱山の中には、掘削直後の岩盤が非常に高温であるため、坑内温度が非常に高温である等作業環境が厳しいものもある。

(2)  労働災害の状況(資料No.5)
 近年、鉱業及びずい道新設事業における労働災害の発生は、昭和40年代と比べると大幅に減少し、必ずしも常に全産業平均より多いとはいえない。
 鉱業における災害率を昭和40年と平成15年とで比較すると、度数率(100万延労働時間当たりの労働災害による死傷者数)では104.14から1.03に、強度率(1,000延労働時間当たりの労働損失日数)では11.92から0.75に低下している。
 また、ずい道新設事業における災害率を昭和40年と平成15年とで比較すると、度数率では38.8から0.31に、強度率では7.6から0.01に低下している。
 なお、平成15年において、全産業平均の度数率は1.78、強度率は0.12となっている。


 坑内労働に係る規制について
(1)  我が国における坑内労働に係る規制について
(1)  坑内労働に係る女性特有の規制(資料No.6、No.7)
(ア)  現行規制
 労働基準法第64条の2は女性一般の坑内労働(鉱山・ずい道工事等)を原則として禁止し、例外的に、「医師・看護師の業務」、「取材の業務」及び「高度の科学的な知識を必要とする自然科学研究の業務」について臨時的入坑のみを許容している。
 なお、坑内の施設の状況等が妊産婦の身体の安全・衛生にとって好ましくないとして、母性保護の観点から、妊婦及び産後1年以内であって申し出た者については、上記の例外も認められていない。

(イ)  規制が置かれた趣旨及びこれまでの改正の経緯
【労働基準法制定前から労働基準法制定まで】
 現在の労働基準法第64条の2の前身に当たる女性の坑内労働禁止規定が鉱夫労役扶助規則(後に鉱夫就業扶助規則)に挿入される昭和3年(1928年)までは、多くの女性が鉱山で坑内労働を行っていた。大正11年(1922年)頃には坑内労働者20万4500人のうち女性が5万5000人を占めていたとの記録もある。当時の鉱山における坑内労働の内容は、つるはし、スラ、カゴ及び炭車等を使用した人力による筋肉労働が主である等厳しい作業条件であった。
 同規則はそのような厳しい作業条件の下で、検討が進められ規定されたものであり、法令により女性に対する一定水準の保護を確保しようという意図があったとされている。なお、当時、業界が機械化促進のため女性の就業制限をかけようとしたという記録や、賃金が安い女性労働者に就業制限がかかると困るとして炭坑資本が反対したという記録も残されている。
 いずれにしても、同規則による女性の坑内労働禁止が実際に施行されたのは昭和8年であり、また、薄層または残炭を採掘する炭坑については鉱山監督局長の許可による例外が認められていた。
 その後、戦時下への移行とともに制限が次第に緩和され、昭和18年及び19年の特例により、女性の坑内労働も認めることとされたが、終戦後、昭和21年に特例は廃止された。
 昭和22年の労働基準法制定に当たっては、ILOの諸基準も意識されていたところ、坑内労働については、特殊な作業環境による風紀上の問題も指摘され、肉体的、生理的に特殊性を持つ女性にとって適当な労働とはいえないとの考え方に立ち、女性の就業は全面的に禁止された。

【ILO条約の批准】
 わが国は、昭和31年(1956年)に「すべての種類の鉱山の坑内作業における女子の使用に関する条約」(ILO第45号条約)(昭和10年(1935年)採択、昭和12年(1937年)発効)(後述)を批准した。

【規制の見直し】
 1975年(昭和50年)の国際婦人年以降、男女の機会均等に際して妊娠・出産以外の女性保護規定はむしろ男女の機会均等を阻害するものであり改めるべき、との考え方が一般的となり、その考え方は1979年(昭和54年)に国連総会において採択された女子差別撤廃条約において明確にされた。
 我が国も同条約批准に向けて雇用の分野における法整備を検討し、昭和59年の婦人少年問題審議会(現在の労働政策審議会雇用均等分科会に相当)の建議においては、公労使一致した見解として「女子に対する特別の保護措置は、女子の能力発揮や職業選択の幅を狭める結果をもたらす場合があり、母性保護規定は別として、婦人差別撤廃条約(「女子差別撤廃条約」とされる前の仮称)の趣旨に照らせば、本来廃止すべきもの」とされ、女性の坑内労働の禁止規定については、「一時的に入坑する者等我が国が既に批准しているILO第45号条約において入坑の認められている者については、禁止を解除すること」とされた。なお、労働基準法制定時には、風紀上の問題が女性の坑内労働禁止の理由の一つであったが、これについては、上記建議に先立つ昭和57年の男女平等問題専門家会議の報告において、女性保護規制の必要性に関し、風紀上の問題はもはや妥当性を有しないとの考え方が示された。
 上記建議を受け、昭和60年に労働基準法の改正により、当時、特に要請の強かった医師・看護師の業務、取材の業務について、臨時的に女性が入坑することができるよう例外規定が設けられた。また、平成6年には、臨時の場合に、高度の科学的な知識を必要とする自然科学研究の業務に従事する女性が入坑することができるよう、措置がなされたが、ILO第45号条約により入坑の認められる者の範囲(3(2)(1)参照)よりも狭いものとなっている。
 なお、労働基準法においては、女性の坑内労働に係る規制の他にも、女性保護規定として、女性に対する時間外、休日労働及び深夜業に係る規制が設けられていたが、上記建議の考え方に沿い、平成9年の改正時に廃止された(なお、平成14年3月末までは激変緩和措置が設けられていた。)。

(2)  坑内労働に係る男女共通の規制(資料No.8)
 昭和22年制定の労働基準法により、労働時間については1日8時間という原則に加え、坑内労働については時間外労働が1日2時間までとされ、労働安全衛生関係の規定も置かれたほか、昭和24年に鉱山の坑内における通気・坑内ガスの管理、炭じんの管理、落盤・崩壊の防止等を含む鉱山保安全般について規定した鉱山保安法が、昭和35年にじん肺の適正予防及び健康管理等について規定したじん肺法が、昭和47年に坑内における掘削作業等における危険の防止、墜落等による危険の防止、粉じん飛散の防止、粉じんにさらされる労働者の健康障害の防止、温度及び湿度管理・異常気圧等を含む安全・衛生基準全般について規定した労働安全衛生法が制定された。その後、鉱山保安法令における粉じん濃度の測定等に係る義務の新設や、労働安全衛生法令におけるずい道等建設工事における労災防止のための規定の新設、ずい道等建設工事における粉じん対策に関するガイドラインの策定など、規定の追加や規制内容の強化が順次行われてきている。
 このように、落盤等による危険の防止など坑内作業における安全の確保や、粉じん対策、坑内ガスの管理など坑内環境における衛生の確保について、一定の水準を保つよう措置されているところである。

(3)  坑内労働以外の労働に係る女性特有の規制(資料No.9)
 母性保護の見地から、労働基準法第64条の3が、妊産婦(妊婦及び産後1年を経過しない女性)の妊娠・出産・哺育等に有害な業務への就業を制限するとともに、これらの業務のうち、女性の妊娠及び出産に係る機能に有害な業務として、重量物を取り扱う業務及び有害ガス等が発散する場所における業務を、妊産婦以外の女性に対しても制限している。同条は坑内労働の場面にも適用される。

(2)  諸外国における坑内労働に係る規制について
 諸外国における女性の坑内労働に係る規制に関して、国際労働機関(ILO)、欧州連合(EU)、イギリス、オランダ、フィンランド、フランス、ドイツ及びアメリカについて、文献調査及び各国政府に対するヒアリングを行った。それぞれの状況は以下のとおりである。(資料No.10)

(1)  ILO第45号条約(資料No.11)
 ILO第45号条約は、年齢の如何を問わず、女性の鉱山における坑内作業を禁止しており、例外的に、(ア)管理の地位にあって筋肉労働をしない場合、(イ)保健及び福祉の業務に使用される場合、(ウ)実習の過程において坑内で訓練を受けている場合、(エ)筋肉労働の性格を有しない職業のため随時坑内に入る必要がある場合については、禁止から除外することができることとしている。
 ILOが同条約を採択した意義は、安全衛生上の理由とされている。鉱山の坑内労働は最も困難な労働の一つであり、こうした著しく過酷な条件から女性を保護するために規制を設け、それ故筋肉労働の性格を有しない作業に女性が就労することが可能となるよう例外を設けているものとされている。
 なお、ILO第45号条約については、「鉱山における坑内労働」を対象としており、ずい道工事等鉱山以外の坑内労働は対象としていない。
 調査対象国中、現在ILO第45号条約を批准している国はフランス及びドイツのみであり、イギリス(1988年廃棄)、オランダ(1998年廃棄)、フィンランド(1997年廃棄)及びアメリカ(未批准)は、現在、同条約を批准していない。

(2)  諸外国における規制の概況
 調査対象国中、鉱山以外における坑内労働について、女性の就業を規制している国はない。
 鉱山における坑内労働については、フランス及びドイツにおいては女性の就業を規制しており、イギリス、オランダ、フィンランド及びアメリカにおいては女性一般を対象とする特別の規制はない。
 従前は、鉱山における坑内労働は非常に危険な重労働であり、このような労働は女性には適さないとして、多くの国において、規制が置かれてきた。しかし、1975年の国際婦人年以降、雇用における男女の均等な機会の確保の観点から女性保護規制を見直す動きが活発になってきており、上述のイギリス、オランダ及びフィンランドを含め、先進国を中心に10を超える国において、ILO第45号条約の廃棄や国内規制の撤廃が行われている。

(3)  諸外国における規制の見直しの考え方等
 調査対象国に対し、坑内労働が女性に与える影響等についての科学的知見に関する政府の報告書の有無について照会したところ、いずれの国からも、そのような報告書はない旨の回答、又はその存在を確認できない旨の回答であった。なお、アメリカでは女性が実際に鉱山において坑内労働を行っているが、アメリカ労働省鉱業安全衛生局の担当者からは、女性が坑内労働を行うことに関して特別な問題は生じていない、との回答があった。
 調査対象国のうち、ILO第45号条約を廃棄し国内規制を撤廃した国における廃棄等の理由としては、(ア)雇用における男女の均等な機会の確保の観点から適当ではないこと、(イ)安全技術が向上し、労働環境が改善したこと、(ウ)鉱山の坑内労働において女性が曝されるリスクと男性が曝されるリスクは同様であること、等が挙げられている。なお、これらの国についても、妊娠中や授乳期の女性労働者を保護するための規制を設けており、例えばイギリスにおいては坑内労働の動作や姿勢、衝撃や振動等を伴うことが流産を招く可能性があることを保護の理由としている。また、EUにおいては母性保護措置の考え方として、授乳中の女性は、母乳を通して乳児にも間接的に影響を与えることや、基礎代謝量が増加し、血行が悪化する等により、労働災害の原因となる疲労への傾向が強まることを指摘している。
 女性の坑内労働の実態について統計を有している国はほとんどなく、正確な数値の把握はできなかったが、(ア)イギリス及びオランダについては、坑内労働に従事する女性はほとんどいない、(イ)フィンランドについては、鉱山、採石場、ずい道工事、水道工事等を含む建設業で働く労働者のうち約1割程度が女性である、(ウ)アメリカについては、男女別の統計調査はないが、鉱山における坑内労働者の5〜10%は女性である、との回答であった。

(4)  国際機関の動向
【ILOの動向】
 ILO第45号条約については、2005年6月現在、84ヵ国が批准をしている。
 一方、ILO理事会は、1996年に法令問題及び国際労働基準委員会(LILS)の報告を受け、国際労働基準の見直しに係る決議を行った。同決議は第45号条約について、この条約を公式に改定した条約ではないが、より新しい条約である「鉱山における安全及び健康に関する条約」(第176号条約)(1995年採択、1998年発効)を批准することを推進し、併せて古い条約である第45号条約を廃棄することを勧めている。その背景には、地下労働の一律な就労禁止は古い手法であり、新たな手法はリスク評価とリスク管理に照準を合わせ、地上の労働であるか地下労働を問わず、また、性別を問わず、鉱山労働者に十分な保護・防止策を提供するものという考え方の変化がある。(資料No.12)

【EUの動向】
 EUにおいては、「雇用、職業訓練、昇進へのアクセス並びに労働条件についての男女均等待遇原則の実施に関する指令」(76/207/EEC)(以下、「均等待遇指令」という。)により雇用、職業における差別の禁止が定められ、加盟国はこれを実施する義務を負う。加盟国の義務履行状況を監視する欧州委員会は、地下の鉱山業における女性の就業を原則禁止しているオーストリア政府を均等待遇指令に違反しているとして、2003年に欧州司法裁判所に提訴した。
 オーストリア政府は、坑内労働は運動器官系への恒常的負担を伴い、粉じん、窒素酸化物、一酸化炭素が多く、温度・湿度がともに高い環境であるところ、女性は平均的に男性より筋力、肺活量、酸素吸入量、血液量及び赤血球数が少なく、脊椎が小さく重い荷物を運ぶ際のリスクが大きいこと、また、ILO第45号条約を批准しておりこれに拘束されることを理由として反論した。ただし、訴訟前の段階において、オーストリア政府自身、男女の体力、体格上の平均的な差異に関しては、分布において男女間に相当程度の重複があることを認めていた。
 欧州司法裁判所は、2005年の判決において、(ア)均等待遇指令は、女性と男性が同様に曝され、かつ、同指令に明示されたような女性特有の保護の必要性(母性保護の必要性)とは無関係な危険から女性をより保護すべきとの理由のみにより、特定の種類の雇用から女性を除外することを許容しておらず、また、女性が男性よりも平均的に小さい又は力が弱いという理由により、同様の特徴を持った男性が受け入れられているにもかかわらず女性を排除することも許容しない、(イ)オーストリア政府は均等待遇指令に違反しないためには、EC設立条約の規定に沿ってILO第45号条約を廃棄することが求められる、としたが、直前の廃棄の機会の時点では均等待遇指令違反か否かが明確ではなかったため、加盟国として義務を果たさなかったとはいえない、としている。


 現在の坑内労働の作業環境、作業態様と坑内労働が女性の健康等に与える影響について

 当専門家会合においては、以上を踏まえ、現在の坑内労働の作業環境、作業態様と坑内労働が女性の健康等に与える影響について専門的見地から検討を加えたところ、以下のような結論が得られた。

 まず、坑内労働における主なリスク要因として、典型的には落石、落盤、出水、ガス爆発等が挙げられるが、これらは男女双方が等しく遭遇し得るリスクであり、その防止のための措置が法令等において規定された結果、労働災害が減少している。

 次に、坑内労働におけるその他のリスク要因が女性の健康等に与える影響について、現在の坑内労働の作業環境、作業態様を踏まえつつ、(1)有害化学物質による影響、(2)高温や気圧、粉じんや筋肉労働等による影響、に分けて検討する。
 まず、(1)については、労働基準法第64条の3により、妊産婦の妊娠・出産・哺育等及び女性の妊娠・出産機能の保護のため、有害物のガス、蒸気、粉じんが発散している場所における業務は、坑内・坑外を問わず規制されており、当該リスク要因について坑内労働に固有の問題として考慮する必要はないと考えられる。
 次に、(2)についてであるが、これは、ILOが第45号条約を採択する際の理由となった過酷な労働条件を構成するものと考えられる。しかし、今日の我が国における坑内労働は、ILO第45号条約が採択され、労働基準法に規制が設けられた当時のような作業環境にはなく、作業態様も変化している。
 すなわち、作業環境については、労働安全衛生法令や鉱山保安法令等の規制を受け、高温についてはクーラー、風管の設置等により、また、粉じんについても散水、風管の設置、マスクの装着等により、管理水準が保たれているところである。実際、ずい道工事におけるじん肺の新規有所見者数は大きく減少し、年間数件程度となっている。これらの管理が適切になされていれば、通常、女性が高温による健康障害やじん肺を発症することは想定されない。気圧についても、最近のずい道工事において、圧気工法は一部を除きほとんど採用されておらず、また、鉱山についても、現在では立坑により降下するケースはほとんどないため、リスク要因自体が格段に少なくなってきている。
 また、作業態様についても機械化・工法の進展により、坑内労働の作業内容は重機操作や監視業務が主要なものとなり、坑内労働禁止の規制が設けられた当時のような筋肉労働はもはや存在せず、若干あり得る筋肉労働にしても坑内労働のみに特殊とはいえないものになっている。
 ところで、労働基準法第64条の3では、一定の重量以上の重量物を取り扱う業務は妊産婦も含め女性一般に対して規制されているが、高温や異常気圧等の下での業務が規制されているのは妊産婦のみであって女性一般への規制は設けられていない。また、粉じんについては鉛等の有害物の粉じんを除き、妊産婦も含め女性一般に対する規制は設けられていない。
 その結果、一定の重量以上の重量物を取り扱う業務を除き、これまでも坑内労働以外の業務については、労働安全衛生法令、じん肺法令及び鉱山保安法令による規制の下で、高温や異常気圧等の作業環境下における妊産婦以外の女性の就労や、有害物の粉じんを除く粉じん作業への女性の就労は認められてきた。しかし、これまで坑内労働以外の業務で、高温や異常気圧等の下での作業や、粉じんが発生する場所における作業について、妊産婦以外の女性に、健康面や安全面で男性と比較して特別に問題が生じるとの明らかな知見は得られていないところである。

 以上から、総じて坑内労働については、地質等の自然条件に左右され、落石、落盤等男女双方が等しく遭遇し得るリスクはあるものの、施工技術の進歩、法規制の充実等に伴い、作業環境及び作業態様の双方において格段に高い安全衛生の確保が図られるようになってきており、このような安全衛生の水準が保たれていることを前提とすれば、現在では、女性の坑内での就労を一律に排除しなければならない事情は乏しくなってきていると考えられる。
 ただし、妊産婦については、坑内労働の動作、姿勢又は環境条件等が妊娠及び産後の母体の変化や経過により影響を与える可能性があり、授乳中の母体にも一層の負荷がかかりやすいこと、さらに、坑内においては緊急時の迅速な対応が困難なこと等、妊産婦の安全・衛生にとっては好ましくないとみられる条件があることから、母性保護の観点から、十分な配慮が必要であると考えられる。


 坑内労働に係る規制の課題

 男女雇用機会均等法が施行されてから20年目となり、女性が様々な職域に進出している。従来、女性労働者があまり多いとはいえなかったいわゆる技術系の職場にも、女性が進出している。
 女性が意欲、能力に応じて幅広い職業分野に進出しようとする際、合理的理由のなくなった特別措置を存続させることは、女性の保護というより、むしろ女性の職業選択の幅を狭める結果となり得る。
 女性の坑内労働に係る規制の在り方については、今般の取りまとめ結果を踏まえ、適切な対応、措置を講じるための検討を行うことが望まれる。
 なお、今後の検討によっては、我が国が批准しているILO第45号条約との整合性が問題になるが、その場合は、併せて、より新しい条約であるILO第176号条約が求める安全衛生管理の水準にも留意することが必要であろう。

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