労働関係の展開に関する諸外国の労働契約法制の概要

(労働政策研究・研修機構「諸外国の労働契約法制に関する調査研究」報告書から抜粋)

2 各論
  ドイツ フランス イギリス アメリカ
労働条件設定の法的手段 1 労働協約
(1) 位置付け
 協約当事者の権利義務を規制し、労働関係の内容・締結・終了並びに事業所及び事業所組織法上の問題を処理する法的基準を定めることができる(労働協約法1条)。
(2) 締結当事者
・ 使側:使用者及び使用者団体
・ 労側:労働組合
(以上、労働協約法2条1項)
(3) 作成手続・変更手続
 書面に記載され、両当事者によって署名されなければならない(労働協約法1条2項、民法典126条)。
(4) 記載内容の効力
ア 協約規範は、労働協約当事者の構成員たる労働者と使用者との間の労働関係に強行的直律的効力を有する(労働協約法4条1項)。協約より有利な合意は有効である(労働協約法4条3項)。労働協約は有効期間終了後も、別の合意(協約、事業所協定、個別合意)がなされるまでの間は、なお効力を有する(労働協約法4条5項)。
イ 「一般的拘束力宣言」
 連邦労働社会大臣は、(1)当該労働協約の適用を受ける使用者が労働協約の適用範囲内の労働者の100分の50以上の労働者を雇用し、(2)一般的拘束宣言が公共の利益に合致すると認められる場合に、労働協約当事者の一方の申請に基づき、労使最上級組織の各側3名からなる委員会の了解を得て、一般的拘束力を宣言することができる。この場合、当該労働協約の規範的部分は、その予定する地域及び産業に従事する労働者に及ぶ(労働協約法5条)。

2 事業所協定
 事業所委員会と使用者間の合意によって成立する書面による協定。原則として事業所所属の全従業員に適用され、労働契約に対して規範的効力を持つ(事業所組織法77条4項)。ただし、協約で規制された事項、規制するのが通常である事項については締結できない(事業所組織法77条3項)。
※ なお、事業所委員会は事業所に18歳以上の労働者が5名以上存する(かつその3名以上が事業所委員被選挙権を有する)場合で、労働者側が要求した場合に設置される。

3 労働契約
 労働協約の適用がなく、事業所協定が存しない場合に、労働条件は労働契約上の個別合意によって定められる。
 また、有利原則が認められているため、労働協約・事業所協定より有利な労働条件を設定する場合に、労働契約上の個別合意は効力を有する。
 これらの場合に、個別の労働契約を根拠として、事業所の労働者全体又は特定の労働者集団に対して、統一的な労働条件が定められることがある(一般的労働条件)。
* 労働契約の締結の項を参照。
1 労働協約・労働協定
(1) 位置付け
 労働協約は、その形成過程においては「契約」として、その適用過程においては「法規」として性格付けられる。
(2) 締結当事者
・ 使側:使用者又は使用者団体
・ 労側:代表的労働組合(CGT、CFDT、CFTC、CGT-FO、CFE-CGC、これに加入している労働組合及び当該労働協約の適用範囲で個別に代表性を証明した労働組合)
※ あらかじめ拡張部門協約にその可能性が定められている場合において、
・ 組合代表委員が存しない企業の場合に、従業員代表(企業委員会選出委員又はこれが存しない場合は従業員代表委員)が交渉・協約締結を行うことができる。ただし、こうして締結された協定は、部門レベルの全国労使同数委員会の承認がなければ有効とならない。
・ 組合代表委員も従業員代表も存しない企業の場合、全国レベルで代表的な一又は複数の労働組合により明示的に委任された労働者が交渉・協約締結を行うことができる。ただし、こうして締結された協定は、労働者の全体投票において有効投票の過半数での承認がなければ有効とはならない(以上、2004年5月4日法)
(3) 作成手続・要件
ア 労働協約・協定は書面で作成しなければならず、それを欠く場合には無効である(L.132-2条)。締結当事者の署名が必要(判例)。協約文書は、県労働雇用局及び労働審判所書記課に寄託して公表しなければならない。
イ 部門協約にあっては、(1)拡張された手順協定がない場合には、当該協定の適用範囲にある代表的労働組合の多数によって拒否権が行使されないこと(コンセンサスによる多数性)、(2)手順協定がある場合には、当該部門の労働者の多数を代表する一又は複数の組合組織によって署名されること(合意による多数性)が必要(新L.132-2-2条。なお、企業協約にあっては、(1)部門協約に定めがある場合にはコンセンサス又は合意による多数性が、(2)部門協約に定めがない場合にはコンセンサスによる多数性が必要である。)。
(4) 記載内容の効力
 規範的効力(強行的効力及び自動的効力)によって個別労働契約を規律する(L.135-2条)。
ア 当該労働協約に拘束される使用者との間で締結されているすべての労働契約に、労働者の組合所属とは関係なく適用される。
イ 協約基準に満たない労働契約の部分は協約基準によって置き換えられるが、労働協約の内容は労働契約の内容になるのではない(外部規律説。学説・判例。)。
ウ 労働契約は、有利原則の適用により、法令及び労働協約の定めより有利な内容を含むことはできるが、それらを下回る規定を置くことはできない(L.132-4条、L.135-2条)。
※ 労働協約間の関係
 地域ないし職域の広い労働協約がより狭い労働協約よりも優位に位置付けられ、その上で適用範囲のより狭い労働協約の策定及び適用が有利性原則に基づいて認められる。
 ただし、2004年5月4日法により、部門別協約が明示的に禁止する場合を除き、企業協定で部門別協約より不利な内容を定めることが可能とされている。

2 労働契約
 有利原則の適用により、法令及び労働協約の定めより有利な内容を含むことはできるが、それらを下回る規定を置くことはできない(L.132-4条、L.135-2条)。
ア 労働契約は当事者が選択する様式で締結することができ(L.121-1条1項)、労働契約を書面によって締結することは義務づけられていない。ただし、使用者は、採用から2か月以内に、一又は複数の書面により、労働場所、労働内容、報酬、休暇の長さ1日又は週当たりの労働時間などに関する情報を通知しなければならない。
イ なお、有期労働契約の場合には、利用目的、期間、従事する職務等の義務的記載事項を含む契約書によって契約を締結しなければならず、契約書は採用から2日以内に労働者に送付しなければならない(L.122-3-1条)。
* 労働契約の締結の項を参照。

3 就業規則
 規制可能なのは安全衛生と職場規律・懲戒に関する事項に限られ、労働条件規制の一般的機能を持ったものではない。また、法令及び労働協約に反する条項を定めることはできず、また、個人の自由及び権利に対して、遂行すべき職務の性質によって正当化されない制約、達成されるべき目的に比例しない制約を加えてはならない(L.122-35条1項)。
(1) 作成主体
 従業員20人以上の企業又は事業場の使用者(L.122-33条)
(2) 作成手続
ア 就業規則は書面で作成しなければならない(L.122-34条)。
イ 施行に先立って、従業員代表(企業委員会が存する場合には企業委員会、それが存しない場合には従業員代表委員)の意見を聴取しなければならない(L.122-36条1項)。安全衛生に関する問題については安全衛生・労働条件委員会の意見も聴取しなければならない。
ウ 就業規則の施行日は、所轄の労働審判所への寄託と事業場への公示の手続きが完了してから1か月以上経過した日としなければならない。公示措置と同時に、企業委員会(又は従業員代表委員、安全衛生に関する問題にあっては安全衛生・労働条件委員会)の意見を付して労働監督官に通知されなければならない(以上、L.122-36条)。
1 労働協約
 協約は、雇用条件、雇用終了、配置、規律処分、組合員の範囲、組合役員への便宜、交渉又は協議の機構や手続といった所定の事項に関する「1以上の労働組合と1以上の使用者又は使用者団体によって(又は、のために)締結された協定又は取決め」と定義される(1992年労働組合及び労働関係(統合)法178条)。
 労働協約自身に規範的効力は認められておらず、雇用契約の内容に取り込まれることによって初めて拘束力を有する。

2 雇用契約
ア 雇用契約の契約条件は、基本的には、当事者がいかなる明示的な合意をしたか、すなわち明示条項(express terms)による。この雇用契約の明示条項が、いわゆる橋渡し条項(bridge term)の形をとることにより、労働協約や就業規則の規定内容が雇用契約の内容となることがあるが、この場合、当該労働協約や就業規則の規定内容は、当該雇用契約の明示条項ということになる。
イ 雇用契約の契約条件は、当事者間の黙示の合意により黙示条項(implied terms)として認められる場合もある。イギリス契約法では、黙示条項は、(1)事実による黙示条項(terms implied in fact)、(2)法による黙示条項(terms implied in law)、及び(3)慣習による黙示条項(terms implied by custom)の3つに区別される。事実による黙示条項は、事実から当事者意思を推認したものであるのに対して、法による黙示条項は、一定類型の契約であることから生ずる一見明白な義務であり、当事者意思にかかわりなく、コモン・ローによって契約当事者に課される法的附随義務のことである。具体的には、協力義務、信頼関係維持義務、安全配慮義務、能力を維持する義務、命令に従う義務、誠実義務、秘密保持義務等がある。
ウ 原則として明示条項が黙示条項にその効力において優先する。
* 労働契約の締結の項を参照。

3 就業規則
ア 就業規則(works rules)は、雇用契約の条項となることもあるし、使用者により一方的に課される指示文書(instructions)にとどまることもある。また、就業規則は、懲戒規定、傷病(手当)、安全規定、福利厚生施設、休暇等に関する規定を含むものであるが、契約条項となりうる部分と指揮命令を示した部分とからなることもある。就業規則の条項が雇用契約の条項となる場合には、使用者は、被用者からの同意・合意によらなければ、その変更をなし得ない。これに対して、就業規則の条項が使用者により一方的に課される指示文書にとどまる場合には、使用者は、合理的な予告をすればいつでも、その変更を行うことができ、被用者がその変更された就業規則に従わないことは、適法かつ合理的な命令に従う義務(duty to obey lawful and reasonable orders)の違反となる。
イ 雇用契約の明示条項を介して、契約当事者を拘束する。
1 労働協約
(1) 位置付け
 団体交渉単位内のすべての被用者(組合員籍を問わない)に適用される自治的規範であり、協約締結当事者たる当該労使間(使用者と交渉代表組合)における契約としての効力を有するものである。そして労働協約は、制定法が定めていない多くの事項について、被用者に権利を付与しているほか、苦情処理手続や仲裁に関する条項を含むことも多い。
(2) 締結当事者
・ 使側:使用者
・ 労側:雇用条件等の利害が共通している被用者らが就労する一定範囲の交渉単位(bargaining unit)において当該交渉単位に属する被用者らの選挙(過半数の被用者の支持が必要)によって選出された唯一の交渉代表組合(排他的交渉代表(exclusive representation)制度)。なお。交渉代表に選出された組合は、その組合を支持しない被用者も含めて交渉単位に含まれるすべての被用者のために団体交渉を行う。
(3) 記載内容の効力
 締結された労働協約は、当該交渉単位内のすべての被用者の雇用契約を有利にも不利にも両面的に拘束する効力を持つ。

2 雇用契約
 随意雇用原則(employment at-will doctrine)の下で、期間の定めのない雇用契約は、いずれの当事者からいつでも自由に契約を解約することができることとされており、解雇が制限されている場合と比べて、労働条件の設定・変更における重要性は大きく異なる。
* 労働契約の締結の項を参照。
個別契約上の労働条件の変更 1 総論
 使用者が労働条件を変更する場合、それが、(1)あらかじめ留保された権限((i)労務指揮権、(ii)変更・撤回権が留保されている場合には当該変更・撤回権)の範囲内であれば、これを労働者に強制することができ、(2)あらかじめ留保された権限の範囲を超えるものであれば、これを労働者に強制させることはできず、使用者は変更解約告知により労働条件の変更を図ることになる。

2 あらかじめ留保された権限の範囲内の場合
(1) 労務指揮権の行使
ア 国家法、労働協約、事業所協定及び個別労働契約上の取決めの範囲に限定される(営業法106条)。
イ 基本的な労働条件である労使双方の主たる給付義務(賃金・給与の額や労働時間の長さ等)の決定は労働関係の核心的領域に属することから、使用者の労務指揮権の対象とはならず、法律、労働協約、事業所協定、労働契約によってのみ形成可能となる。
* 労働条件設定の法的手段の項を参照。
(2) 労働契約上の統一規制の変更
 事業所の労働者全体又は労働者集団に統一的に適用される労働条件である一般的労働条件(労働契約上の統一的規制、従業員集団に対する約束、事業所慣行に基づく使用者からの給付)の変更については、(1)事業所協定を通じた給付の撤回が労働契約上留保されていた場合又は行為基礎の喪失を理由とする場合であって、(2)個々の労働者にとって不利益な変更であっても、該当する全労働者にとっては新規制が従前の労働契約上の統一的規制の内容よりも不利でない限り、事業所協定による変更が可能(判例。ただし、社会的給付の事例)。
(3) 変更・撤回権の留保
ア 使用者が労働者との合意により、あらかじめ変更の権限を留保することは、労働協約又は事業所協定の規定若しくは民法典138条の良俗に反しない限り、可能。
イ 信義誠実の原則(民法典242条)、公正な裁量(民法典315条)等の一般原則の範囲内であることが必要。
 特に、通常、労働協約により規制される賃金は、狭義の中核的な労働条件として、使用者に一方的な給付決定権を認めた合意に基づく変更は認められない。

3 変更解約告知
ア 使用者が労働関係を解約し、かつ、当該労働者に対し、解約と併せて、変更された労働条件による労働関係の継続を申し出た場合、当該労働者は、当該変更された労働条件に不満があるときは、当該労働条件の変更は社会的正当性について留保を付した上で、当該提案をいったん受け入れて労働関係を継続することができる。
 当該労働者はこの留保を、当該使用者に対し、解約告知期間内に、遅くとも解約告知の到達から3週間以内に表示しなければならない(解雇制限法2条)。また、変更の社会的不当性の確認訴訟は変更解約告知到達後3週間以内に提起しなければならない(解雇制限法4条)。
イ 裁判の結果、当該労働条件の変更に社会的正当性が認められれば、当初の提案どおりの労働条件の変更が認められる。当該労働条件の変更に社会的正当性がないことが確認されれば、変更解約告知は当初より無効となる(解雇制限法8条)。

4 変更契約(合意による変更)
ア 契約相手の同意があれば、他の上位規範に反しない限り可能であるが、黙示の同意については、契約変更又は契約の不利益変更の申込みを知って異議なく継続就労していることのみでは十分ではなく、契約変更が労働関係に直接現れ、変更により労働者が自らの権利義務にどのような影響をもたらされるのかを確認できる場合にのみ、契約相手の同意が推測される(判例)。
イ また、証明書に記載されるべき主要な労働条件が変更された場合には、使用者は遅くとも変更の1か月後までに労働者に変更を書面で通知しなければならない(証明書法3条)。
* 「労働契約の締結の項」参照。
1 総論
 期間の定めのない労働契約において、使用者が労働条件を変更する場合、それが、(1)使用者の指揮命令権の範囲内の「労務遂行条件の変更」の場合は、これを労働者に強制することができ、(2)労働契約の要素の変更を伴う「労働契約の変更」の場合は労働者の同意なくこれを強制することはできない(判例)。
※ 「労働契約の変更」か否かについて、特に労働契約の要素と判断されているのは、次の4つである。
(1) 報酬(rémuneration)。労働契約に基づく報酬については、特に厳格に解する傾向が強い。
(2) 格付け(qualification。労働者の職務内容や責任の程度)。
(3) 労働時間(temps de travail)。労働時間の長さは労働契約の要素である。
(4) 労働場所(lieu de travail)。移動が「地理的範囲」内であるか否かによって判断される。

2 「労務遂行条件の変更」の場合
 使用者は(1)当該変更を断念するか、(2)解雇に着手するかのいずれかの対応をとることとなる。なお、この場合の労働者の変更拒否は労働者の非行を構成し、懲戒理由による即時解雇の対象となり得る。

3 「労働契約の変更」の場合
(1) 労働者が受諾する場合
 新たな労働条件で労働契約が継続される。この場合の労働者の受諾は明示的でなければならず、新条件下での就労の継続から黙示の受諾は推測されない。ただし、経済的理由による契約変更に関しては、使用者による変更の通知後、労働者が1か月の検討期間内に拒否の意思表示をしなければその変更を受諾したものとみなされる(L.321-2条)。
(2) 労働者が拒否する場合
 使用者は(1)当該変更を断念するか、(2)人的又は経済的理由による解雇に着手するかのいずれか対応をとることとなる。この場合に、解雇の適法性は、契約変更の理由が解雇を正当化する「真実かつ重大な事由」に当たるか否かという観点から判断される。なお、使用者が合意を経ることなく「労働契約の変更」を強制した場合、労働者は労働契約を自ら解消した上で、当該解消が解雇であるとの性質決定を裁判所に求めることができる。

※ 使用者は、自ら設けたか企業内で通用している慣習について、交渉を行うに十分な予告期間を付して従業員代表及び個別の労働者に対して破棄の通知をすることによって、一方的に破棄することができる。
1 総論
 使用者が、(1)契約条項を変更する場合には、被用者の明示又は黙示の合意(assent, consent)ない限り、法的には有効なものとならない。これに対して、(2)非契約的な条件(non-conractual cindition)の変更の場合には、被用者は、同意なしに、その変更に拘束される。
 なお、労働条件記述書に記載された労働条件の変更は、変更後1か月以内に書面によりなさなければならない(1996年雇用権利法11条)。

2 契約条項の変更に対する明示の同意に関する判断基準
ア 契約条項の解釈として一定範囲の労働条件の変更が雇用条件の範囲内に含まれていると解される場合には、その変更に、改めての被用者の同意は要しない。
イ 雇用契約に契約条件変更を認める契約条項が含まれている場合には、やはり契約条項の範囲内の変更であれば、改めて被用者の同意を要しない。
※ 契約条件変更条項は厳格に解釈されており、明確な規定がない限り変更権限が合意されているとは認めない(判例)。
ウ 雇用契約に、労働条件は労働協約に定めるところによる旨の橋渡し条項がある場合には、(1)当該橋渡し条項が労働協約の変更内容を自動的に雇用契約の内容とする明確な規定である場合には、当該被用者はその変更に拘束されるが、(2)その旨の明確な橋渡し条項がない場合には、当該変更された労働協約の内容に同意した場合に限って、被用者はその変更に拘束される。

3 黙示の同意に関する判断基準
ア 異議を述べずに一定期間、雇用契約条件の変更後も就労を継続している場合には、黙示の同意が推認される。特に、賃金率の変更等即時的にその効果が被用者に及ぶ性質の契約条件の変更については、黙示の同意の推認が働きやすい。
イ 労働協約による雇用契約条件の変更の慣行が、合理的で、確信的で、公然のものであるとの要件を充足し、その存在が認められる場合には、当該慣行の下にある被用者は、当該労働協約の変更に従った雇用契約条件の変更に法的に拘束される。

4 被用者の同意のない契約条項の変更は、契約違反となり、被用者は、(1)それが重大な契約違反の場合には、一旦離職の上「みなし解雇」とする等により、不公正解雇に対する救済(復職、再雇用、補償金の裁定)を求め得るほか、(2)コモン・ロー上の損害賠償請求を行うことができる。一方、使用者は、被用者が雇用契約条件の変更に同意しない場合に、当該被用者を解雇することができる。
○ 労働条件の変更について、特段の法令による制限はない。
 随意雇用原則の下で、使用者は、その一方的な申出により、いつでも雇用契約関係を終了させることができることから、使用者から労働条件変更の申出を受けた被用者は、これを受け入れない場合には自ら辞職するか又は解雇されることとなる。
 なお、ごく僅かの州であるが、制定法により、賃金額の変更について、被用者に対する事前の告知を義務づけている例がある。
配置転換

出向

転籍
1 配置転換
 労働の種類・場所を変更することをいう
ア 労働契約の予定する範囲内であれば労務指揮権に基づき、使用者は一方的に配転を行い得る。
・ 一般に、職種を変えることなく、同一事業所内での勤務場所、配属箇所を変更することは、労務指揮権の範囲内となる。ただし、労働契約により職種・職務が特定されている場合には、同一の職種系列内の職務変更は、労務指揮権の範囲内となる。事業所が特定されていると解される場合には、同一事業場内でのみ配転が労務指揮権の範囲内となる。
・ 労働者が特定の職務、事業所で一定期間継続して勤務してきた場合には、労働義務の内容・場所が黙示的に特定されたものと解する傾向にある(判例)。また、使用者の配転命令の範囲を拡張する旨の拡張条項が定められた労働契約についても、配転命令の行使が「公正な裁量」によるものか否かが司法審査の対象となる(民法典315条、営業法106条)。
イ 配転(1か月の期間を超えることが予定され、又は、労働給付の環境の著しい変更をもたらすような他の労働領域への配置。また、労働関係の特質上、労働者が特定の職場で就労しないことを常とする場合には、その都度の職場の決定は含まない。)については、事業所委員会との共同決定事項となる(事業所組織法99条)。また、他の事業所への配転は、配転先の事業所の「採用」として共同決定事項となる(事業所組織法95条3項)。
 あらかじめ事業所委員会の同意をもって制定した人選指針に反する配転が行われた場合、事業所委員会は、配転への同意を拒否できる。

2 貸借労働関係(Leiharbeitsverhältnis)
 労働者が使用者との労働関係を維持しつつ、第三者の労務指揮の下で就労するもので、出向に相当する。業として行われない限り、特別の法規制は存在しないが、業として行われる場合には、労働者派遣法の規制対象となる。
 労働者を第三者の下で就労させるに当たっては同意が必要だが、個別合意に限らず包括的合意、契約上の留保条項でも足りる(有力説)。
1 配置転換(mutation)
 同一企業内での職及び労働場所の移動をいう。
(1) 契約中に移動条項(労働者が使用者の命ずる場所で働くことを事前に同意するもの)がない場合
 「地理的範囲」内であれば「労務遂行条件の変更」となり、「地理的範囲」を超えれば「労働契約の変更」となる。
(2) 契約中に移動条項がある場合
 労働者は移動条項に定められた範囲内で配置転換に応じなければならない。ただし、移動条項が有効に労働者を拘束するためには、
・ 労働者が移動条項を受諾し、労働者が署名した労働契約の中に記載されていなければならない。
・ 労働協約中の移動条項の規定については、採用時に当該規定の存在が明確に知らされていなければならない。また、採用後の労働協約の移動義務の定めは、既に雇用されている労働者を拘束しない(以上、判例)。
(3) なお、労働者の転居を伴う配置転換については、当該移動が「企業の正当な利益の保護に不可欠で、当該労働者の従事する雇用や労働にかんがみ、達成されるべき目的に比例していなければならない」。また、他の過度の不利益を被らない者を配置転換させることができたにもかかわらず、危機的家族状況にある労働者を配置転換させた場合に、当該配転命令が権利濫用とされた例もある。

2 出向(détachement)
 他企業(企業グループ、子会社を含む。)への一時的な移動。
 労働者の同意が必要(企業グループ内で移動条項が設けられる場合もある)。

3 転籍
 労働者の同意が必要。
1 配置転換
ア 制定法による特別の規制はなく、コモン・ロー上の雇用契約の解釈問題として、使用者による配転命令が、雇用契約条件となっている移動条項又は柔軟条項の範囲内であれば、当該配転命令に被用者は拘束される。
 使用者は、配転命令権の行使に当たって、使用者と被用者との間の信頼関係を破壊するような仕方で行為しないという信頼関係維持義務による制約を受ける。
※ 純粋に恣意的な使用者の配転命令は明示の配転条項の範囲外として認められない。
イ 移動条項・柔軟条項に基づく配転命令権の行使に当たって、使用者は、合理的な期間の予告を行う黙示の義務、黙示の協力義務及び被用者の移動を妨げないようにする黙示の義務を負う(判例)。

2 出向(secomdment)
ア 被用者を雇用しているセカンドメント元の使用者から当該被用者がセカンドメントされた場合において、
(1) 当該被用者とセカンドメント先の使用者との間に、雇用契約の締結がなされない場合
 2つの使用者と当該被用者との間の合意内容は、セカンドメント元の使用者との雇用契約を終了させた後に、セカンドメント先の使用者との間で雇用契約を締結して、当該セカンドメント先の使用者の被用者となるものと推認される。
(2) セカンドメントされた被用者がセカンドメント元の使用者が代理人としてではなく、本人として賃金を支払っている場合
 セカンドメント元の使用者とセカンドメント先の使用者のいずれが当該被用者にコントロールを及ぼしているかを判断し、(i)セカンドメント元の使用者が当該被用者をコントロールしている場合にはセカンドメント元の使用者の被用者とされ、(ii)セカンドメント元の使用者のコントロールが認められなければ、当該被用者はいずれの使用者の被用者でもないものとされる。
イ セカンドメント期間中の被用者は、セカンドメント元の使用者に対して負っている雇用契約上の適法な命令に従う義務及び誠実義務と同じ義務をセカンドメント先の使用者に対しても負っている(判例)。
※ セカンドメントは、公務員や民間グループ会社間でみられる。
1 配置転換(redeployment)
 制定法による特別の規制はなく、使用者から配置転換の申出を受けた被用者は、これを受け入れない場合には自ら辞職するか又は解雇されることとなる。

2 出向(relocation)、転籍(seconding)
 いずれについても制定法による特別の規制はなく、使用者から出向又は転籍の申出を受けた被用者は、これを受け入れない場合には自ら辞職するか又は解雇されることとなる。
懲戒 ア 懲戒権に対する法律上の規定は特に存しない。
イ 事業所での労働者の秩序行為に対する罰則を定める罰則規程の定立及び使用者が行う個別の処分は「事業所の秩序及び事業所における労働者の行動に関する事項」(事業所組織法87条1項)として事業所委員会の共同決定事項となる。
ウ 労働者に対する聴聞、理由の通知等懲戒手続に関する法律上の規制は存しない。
エ 制裁手段として、解雇、賃金グループ格付けの低下は許されない。
オ 労働者の非違行為は、解雇制限法上の解雇事由としての労働者の行動又は民法典626条で定められた即時解雇事由としての「重大な事由」として考慮される。
※ 懲戒処分の種類としては、通常、事業所罰(Betriebsbuße)として訓告(Verwarnung)、譴責(Verweis)、制裁金(Geldbuße)が、個別労働契約上の制裁として警告(Abmahung)、違約罰(Vertragsstrafe)及び労働者の行動を理由とする解雇などがあり得る。
1 意義
 懲戒とは、「使用者が非行であると考える労働者の行動の結果、使用者によって取られた口頭での注意を除くあらゆる措置をいい、この措置が企業における労働者の存在、職務、職歴又は報酬に直ちに影響を及ぼすか否かを問わない」(L.122-40条)。なお、罰金等の金銭的制裁は禁止されている(L.122-42条)。
※ 出自・性別・習俗・家族状況・民族への帰属・国籍・人種・政治的意見・組合活動・共済活動・争議権の行使・宗教的信条による差別的な懲戒は無効である(L.122-45条)。また、使用者の行う懲戒が労働者の非行の程度に比例していない場合には取り消されることがある(L.122-43条2項)。
※ 懲戒手続の開始から3年以上前に行われた懲戒を考慮することは許されない(L.122-44条2項)。

2 権限
 職場内の服務規律と懲戒処分については、就業規則の必要記載事項である(L.122-33)。
懲戒処分は就業規則に明記されていなければならない。

3 手続
ア 使用者は、非行の事実を知った日から2か月以内に、懲戒の対象となる非行の内容を書面で同時に労働者に明らかにしなければならない(L.122-44条)。
イ 懲戒の程度が重い場合(戒告、出勤停止、配置転換、降格など)、使用者は、目的・日時・場所を明記した書面により、当該労働者を呼び出して行う事前面談の場において、懲戒理由を示し、当該労働者の弁明を聞かなければならない(以上、L.122-41条2項)。
 なお、懲戒の内容が警告などの軽微な措置にとどまる場合には、アの書面による通知のみで足り、イの手続を要しない(簡易手続)。
ウ 懲戒の決定は、事前面談の翌日以降1か月以内に、書面で、理由を附記して当該労働者に通知しなければならない(L.122-41条2項)。

4 違反の効果
 手続違反、正当性の欠如、比例性の欠如等が認められる場合、労働審判所は、懲戒処分を取り消すことができる(L.122-43条2項)。
1 意義
 使用者の懲戒権限は、雇用契約の内容となっていなければならない。また、使用者は企業外での非違行為を理由に、被用者を懲戒処分に付すことはできず、そうした非違行為が使用者の営業に悪い影響を与えるようなものである場合にのみ、懲戒処分に付しうる(判例)。
 解雇以外の懲戒処分について、使用者は、その懲戒権の行使に当たり、雇用契約上の黙示の義務である信頼関係維持義務による制約を受ける(判例)。

2 手続
 懲戒処分に関しては、労使双方ともに、次の法定解雇・懲戒手続(statutory dismissal and disciplinary procedure)に従わなければならない(2002年雇用法附則2)。
(1) 使用者は法定解雇・懲戒手続を記載した雇用条件明細書を被用者に交付しなければならない(1996年雇用権利法1条、3条、4条)。
(2) 使用者は、解雇又は懲戒処分をもたらすものとして問責の対象としている被用者の行為、特徴その他の状況について記載した書面の写しを被用者に送付し、当該問題を話し合う面談の通知を行う。
(3) 懲戒処分が停職の場合を除き、処分がなされる前に、面談を行われなければならない。この場合、使用者は、(2)で示したものを含む根拠を被用者に通知し、被用者が、その通知された内容への対応を検討する合理的な機会をもつものでなければ、開催されてはならない。これに対し被用者は当該面談に出席するよう合理的な措置を採らなければならない。使用者は、面談の後、決定内容を被用者に通知し、その決定内容が被用者の満足するところでない場合には、その決定の再審理を求める権利について通知する。
(4) 被用者が、(i)再審理を欲しないときは、その旨を通知し、(ii)再審理を欲する場合には、その旨を通知し、これに対して使用者は、被用者に対して、さらなる面談に出席するよう求めなければならない。これに対し被用者は当該面談に出席するよう合理的な措置を採らなければならない。再審理のための面談の後、使用者は最終決定について被用者に通知しなければならない。
※ 即時解雇が認められるような場合には、「修正された手続」として、上記の「標準手続」中の(3)の手続を省略することができる。

3 手続違反の効果
 (1)に違反した場合には、被用者からの不公正解雇の申立の手続の中で被用者に対して認められる補償金の裁定額に2週給又は4週給までの間で増額がなされる(2002年雇用法38条)。
 (2)から(4)までの手続きが取られないまま雇用審判所に不公正解雇等の申立がなされた場合、(i)その不遵守が被用者によるときは補償金の裁定額が10%から50%までの範囲で減額され、(ii)その不遵守が使用者によるときは10%から50%までの範囲で増額される(2002年雇用法34条)。
 使用者が、この手続を履行しない場合の解雇は、自動的に不公正解雇とみなされる。ただし、使用者が不定の手続を上回る手続を履行したとしても結果が同じであったことを証明した場合には、解雇の公正さの判断における合理性の審査において、その不履行自体を不合理であるとはみなさない(以上、1996年雇用権利法98A条)。

4 要件・実体規制
ア 罰金(fines)・減給(deductions)については、明示の契約条項がない限り、行うことができない(1996年雇用権利法13条、18条)。
イ 無給の停職(suspension without pay for misconduct)については、明示の契約条項がある場合のほか、就業規則、労働協約、慣行などにより契約内容となっていると認められる場合に行うことができる。
ウ 降格(demotion)については、使用者の権限についての明示条項に加えて、当該制裁が公正になされることを要する。
エ 懲戒処分としての配転(transfer)については、人間関係の不和・対立を解消する目的でなされる場合には、賃金の減額を伴うものであっても、みなし解雇の状況とは認められない。
○ 懲戒処分について、特別の制定法上の制限はない。
※ 差別禁止法の制約がある。
休職制度 ○ 病気時の賃金継続支払請求権
ア 4週間以上の勤続を要件として、労働者が自身に責なく疾病により労働不能となったため労働の提供ができない場合に、すべての労働者は、6週間までの労働不能の期間において賃金継続支払請求権を有する(賃金継続支払法3条)。
イ 賃金継続支払請求権は、労働不能を理由として労働関係を解約したことに影響されない。ただし、解約告知が不要な場合又は解約告知期間なしに解約できる重要な使用者側の理由以外の理由により、賃金継続支払期間の満了前に労働関係が終了した場合は、賃金継続支払請求権は終了する(以上、賃金継続支払法8条)。
○ 労働契約の停止(suspension du contrat de travail)
ア 主な該当例は、(1)法律で義務づけられた休暇として有給休暇、祝祭日、代償休日、(2)使用者の発意によるケースとして部分失業、懲戒処分としての出勤停止、保全的出勤停止措置、(3)労働者の発意による休暇のケースとして教育・研究休暇、起業休暇、サバティカル休暇、(4)労働者の私生活に起因ケースとして病気、家族事情、拘禁、(5)集団的労使関係に関するケースとして従業員代表の職務の遂行、ストライキ権の行使、(6)公的活動として労働審判員の職務の遂行、議員職の遂行等がある。
イ 労働契約の停止期間中に義務の履行が停止されるのは、主たる債務(労働者の労務提供義務、使用者の賃金支払義務)のみであり、誠実義務等の付随義務は履行停止の対象とはならない。賃金債務については、法律、労働協約及び労働契約に定めがある場合には、履行が義務づけられる。
1 予防停職(precautionary suspension)
 警察の捜査及び起訴の結果を待って無給で出勤停止するもの。予防停職にすること及びそれを継続することが合理的な理由に基づくものであるという黙示条項の存在を条件として認められる。その結果が不起訴に終わった場合には、バック・ペイがなされることとなる。

2 病気休暇
 病気休暇制度は、全産業で広く導入されている制度であることから、黙示の契約条項として雇用契約条件の中に推認される。
1 休職(Leave of absence)
 特別の制定法上の規制はない。
 日本の起訴休職を含む制度と考えられる個人休暇(personal leave)については、協約上、これを定める例が見られるが、大半の協約では、取得事由を定めていないか、健全(good)又は十分(sufficient)な理由に基づき使用者の承認(approval)を得て取得するものとされている。

2 病気休暇
 有給疾病休暇(paid sick leave)及び無給疾病休暇(unpaid sick leave)については、協約上、これを定める例が見られるが、詳細は不明である。

※ 協約上の休暇としては、上述の個人休暇、有給疾病休暇及び無給疾病休暇のほかに、組合休暇(union leave)、家族休暇(family leave)、忌引休暇(funeral leave)、市民としての義務遂行のための休暇(civic duty leave)がみられる。
その他労働契約に関わる権利義務関係 1 秘密保持義務
ア 労働者は、信義則上認められる労働契約条の労働者の義務として秘密保持義務を負う。これに違反する労働者については、通常解雇又は非常解雇の対象となるほか(解雇制限法1条2項、民法典626条)、積極的債権侵害として損害賠償義務を負う。
イ 信用して打ち明けられた、あるいは接近できるようにされた企業秘密または営業秘密を、権限なく、競争の目的、私利、第三者の利益のために、あるいは使用者に損害を与える意図の下に他社に譲渡した労働者は、処罰されうる(不正競争防止法17条)。

2 競業避止義務
ア 労働者は、使用者の許可なしに、商業を営みあるいは使用者の商業部門で自身又は他人の計算の下で取引を行ってはならない(商法典60条1項)。これに違反した労働者に対して、使用者は損害賠償請求ができるほか、これに代えて、労働者が当該取引から得た報酬又は当該報酬の請求権の譲渡等を請求できる(商法典61条1項)。
イ 雇用関係終了後の競業禁止は、使用者の取引上の利益の保護に資するものでなければならず、使用者が、禁止期間の1年につき、労働者が当該労働から得たすべての収入の少なくとも2分の1に達する補償金を支払わなければならない(商法典74条2項)。また、労働者との合意文書に使用者の署名を付して労働者に手渡さなければならない(商法典74条1項)。競業禁止期間は、雇用関係の終了後、2年を超えてはならない(商法典74a条1項)。なお、2002年改正営業法110条により「使用者と労働者は、合意により労働関係終了後の労働者の職業活動を制限することができる。商法典74条ないし75f条が準用される」とされている。

3 安全配慮義務
ア 使用者は、労務給付に際して労働者の安全につき配慮しなければならない(民法典B618条)。
 この義務は、公法的な実体法規(労働保護法ArbSchG等)により具体化されており、その規定に基づき労働者は保護が行われた状態をもたらす請求権を使用者に対して有するとされるが、実際には事業所委員会を通じた要求ないし監督官庁への告発によって保護義務の履行確保が図られる。ただし、実体法規が遵守されない場合、労働者は労務給付を留置する権利を有する(民法典273条)。
イ 安全配慮義務は、原則として公法上の労働保護義務を超えるものではなく、労働者保護のための諸規定以上のことを使用者に要求することは、原則としてはできない。
ウ 使用者は、労働者の人格に対する保護義務及び労働者の財産(私物、自動車等)の管理・保管義務を負う(判例)。

4 労働者の損害賠償責任
ア 労働者側に労働義務を免れる法律上の正当な理由(賃金継続支払法、連邦年次休暇法、母性保護法等に定められた理由)が存在せず、労働者が労働義務不履行の責を負う場合には、損害賠償責任が発生する(民法典280条1項、3項及び283条)。
イ 労働者が労働の遂行過程において故意又は過失により使用者に損害を与えた場合、民法上、雇用契約について特別の規定はないため、原則としては原状回復主義に則った損害賠償責任が労働者に発生する。しかし、厳格な完全賠償責任を負わせると労働者に過酷な結果となるため,使用者も経営上のリスク(Betriebsrisiko)を負うべきとの観点から、次のとおり、労働者の損害賠償責任の限定・軽減が行われてきた(判例)。
(1) 労働者が重過失又は故意により使用者に損害を与えた場合には、原則としてすべての損害について賠償責任を負う。
(2) 労働者が最軽過失によりもたらした損害については、労働者の責任は完全に免責される。
(3) 両者の中間の中過失による損害惹起の場合には、損害原因と損害結果に関するすべての事情を公正の原則や期待可能性の観点から考量して、使用者と労働者の負担割合が決定される。
ウ 労働者の義務違反から生じた損害の賠償責任については、民法上の一般原則とは異なり、労働者が有責であることの主張立証責任を使用者に負担させる判例法理が形成されていたところ、2002年の債務法現代化法により立法化された(民法典619a条)。
1 秘密保持義務
ア 労働契約の履行期間中、労働者は、職業秘密に関する法律上の義務(刑法典226-13条)、とりわけ製造の秘密に関する法律上の義務(L.152-7条)、労働法典上の誠実義務(obligation de bonne foi)に関する一般条項(L.120-4条)により、秘密保持義務を負う。労働契約上の秘密保持義務条項により労働者の義務が確認ないし補強される場合でも、それは労働者の表現の自由に過度の制限を加えるものであってはならない
イ 労働契約終了後にも労働契約上の秘密保持義務条項により労働者にその義務が課されうる。

2 競業避止義務
ア 労働者は、労働契約を誠実に(de bonne foi)履行しなければならない(民法典1134条、労働法典L.120-4条)ことから、労働契約の履行期間中には競業避止義務を負う。競業避止義務に反する行為は重い非行や過重な非行となる。
イ 労働契約終了後、労働者は、競業避止義務条項に基づいてこの義務を負う。労働契約の競業避止条項による場合、それが契約締結時に規定されなかったならば、労働契約の変更として、労働者の同意を要する。労働協約の規定による場合には、競業避止義務を定めた労働協約が適用されることを労働者が採用時に知りえたことが適用の条件になる。
ウ 競業避止義務条項の有効性要件は、次のすべてを満たすことが必要(判例)。
(1) 当該労働者の雇用の特殊性を考慮していること、
(2) 企業の正当な利益の保護に不可欠であること、
(3) 時間的かつ場所的に限定されていること、
(4) 金銭的代償―この代償は、労働者が競業避止義務を遵守する場合に限り、その遵守した期間について支払われる―が義務づけられていること

3 安全配慮義務
ア 使用者は労働契約に基づく結果債務としての安全配慮義務(obligation de sécurité de résultat)を負う(判例)。
イ 労働法典では、「事業場の長は、派遣労働者を含む当該事業場の労働者の安全を保証し、その身体的かつ精神的な健康を保護するために必要な措置をとる」と定め(L.230-2条)、危険予防、情報提供、安全教育の3つの活動に大別される措置の内容を明らかにし、その実施に当たっての事業場の長の義務をより詳細に定めている。なお、各労働者にも自分自身や他者の安全及び健康に留意することが義務づけられている(L.230-3条)が、この義務は使用者や事業場の長の責任の原則に影響を与えないものとされている(L.230-4条)。

4 労働者の損害賠償責任
 労働者に何らかの非行があった場合、使用者は、労働者に対して、当該労働者の契約上の非行に起因した損害賠償を請求しうる。
 この場合、労働者の従属状態、労働者の支払い能力の限界、実行者の軽率さは企業の通常のリスクである等の考え方から、労働者は過重な非行(faute lourde)の場合にしか使用者に対して民事責任を負わないとの原則が確立されている(判例)。
※ 実務上、労働者が使用者に対する損害賠償を命じられるのはまれなようである。
1 秘密保持義務
ア 労働者は、雇用契約上の黙示条項により、使用者の機密情報を漏らさないようにする秘密保持義務(duty of confidence)を負う。労働者は、在職中のみならず、退職後も一定の範囲において引き続き秘密保持義務を負う。
イ 秘密保持義務の対象範囲について、退職後は営業秘密及びそれと同一の保護を必要とする高度の機密性を備えた情報に限られるのに対し、在職中の秘密保持義務の対象範囲は、そうした機密情報に限定されず、労働者の一般的な技術や知識の一部についても秘密保持義務の対象となる(判例)。
ウ 労働者が、上記のような範囲の機密性ある情報を不適切に開示し又は誤用した場合、裁判例によれば、使用者は、秘密保持義務違反を根拠に、当該情報の利用の差止め又は損害賠償の請求をすることができる。

2 競業避止義務
ア 労働者は、雇用契約の存続中、雇用契約上の黙示の義務たる誠実義務に基づいて、競業避止義務を負う。義務違反に対して、使用者は、競業行為の暫定的差止めを求めることができる。
イ 退職後の競業避止義務は、明示の競業制限特約に基づくものでなければならない。この特約が有効なものとして労働者を法的に拘束するためには、
(1) 使用者が特約によって保護される正当な利益を有すること、
(2) 特約による地理的、時間的及び仕事の制限が使用者の正当な利益を保護するために必要な合理的な範囲内にあること
が要件とされる。

3 安全配慮義務
ア 安全配慮義務は、雇用契約上の義務として認められている(判例)。不法行為と雇用契約上の黙示の義務違反のどちらを訴因としても訴訟を提起し得ることができ、かつ、どちらで訴訟を提起するかの選択権が認められている(判例)。
イ 安全配慮義務は、一般的には、「労働者の安全に合理的な配慮を行なうこと(to take reasonable care for the safety of his workman)」とされ、義務内容は、(1)安全な設備(plant) を提供する義務、(2)安全な作業場所(premises)を提供する義務、(3)安全な作業システム(system of work)を提供する義務である。判例によれば、安全な作業システムの提供とは、そのようなシステムを案出すること(devising)と、その実施(operation) の二つの面を有しているものとされている。
※ 近年では、職場におけるストレスに起因する精神疾患に対する安全配慮義務を肯定する判例がある。

4 労働者の損害賠償責任
 使用者は、労働者の職務遂行中における過失により損害賠償を支払ったとき、1978年民事責任(賠償金分担)法(Civil Liability (Contribution) Act 1978)に基づき、裁判所の裁量により、支払った賠償金の一部又は全部を当該労働者に請求することができる。また、使用者は、コモン・ロー上、労働者に
対して求償権(indemnity)を持つ。
※ 保険会社により賠償金が支払われるのが実情であることから、使用者が労働者に対して賠償請求をすることはない(保険会社の代位請求もない。)。
1 秘密保持義務
ア 被用者は、コモン・ロー(代理法)上の忠実義務(duty of loyalty)を根拠に、使用者に対して、雇用関係存続中及び終了後において秘密保持義務を負う。
イ モデル州法である統一営業秘密法は、営業秘密を、「方法、パターン、複合、プログラム、装置、体系、技術、又はプロセスを含む情報であり(1条(4))、これは、広く一般に知られておらず、かつ、適切な手段により、当該情報の公開又は利用により経済的価値を獲得しうる者らにより容易に確認し得ない、現実の又は潜在的な独立した経済的価値を有し((4)(i))、かつ、諸状況下でその秘密性を維持する合理的努力の対象物((4)(ii))」と定めており、各州ではこれを元にした州制定法により秘密保持義務が規制されている(既存の民事法上の規定による場合もある。)。
 被用者がこれに違反した場合、悪用を知っていたか知る理由があれば、損害賠償を請求できる。(3条(a))。故意及び悪意による悪用がある場合は、損害賠償額の2倍を上限とする懲罰的損害賠償の支払いを命じることができる(3条(b))。

2 競業避止義務
ア 雇用関係存続中、被用者は、コモン・ロー(代理法)上の忠実義務に基づき、競業避止義務を負う。
イ 雇用関係終了後の競業避止義務については、競業避止特約の締結を要する。
 同特約の有効性についての具体的判断基準は次の要素の総合判断とされている(州制定法又はコモン・ロー)。
(1) 特約の締結によって守られるべき正当な利益を使用者が有していること、
(2) 特約の内容が、制限期間・地域・対象業務等について、使用者の正当な利益保護のために必要な合理的範囲で定められていること、
(3) 被用者に不当な負担を課さないこと、
(4) 社会や自由競争市場に対して有害ではないこと、
(5) 特約は約因により裏付けられていること。

3 安全配慮義務
 安全配慮義務に類する法理は存在しない。 それは、雇用の過程において(in the course of employment)雇用から生じた(arising out of the employment)負傷・疾病に対しては、各州の労災補償法制度に基づき諸給付が支給され、州労災補償制度は、使用者の無過失責任(liability without fault)により諸給付を認めており、その対象となる労働災害に係る救済は排他的(exclusive)救済であり、不法行為による損害賠償請求は一切排除されること、及び、安全配慮義務違反を契約(法)上の責任と捉える発想はないからである。

4 労働者の損害賠償責任
 州裁判所が伝統的なコモン・ロー(代理法)上の原則である寄与過失(contributory negligence)を使用者に適用することを認める場合には、使用者は労働者に対して損害賠償を請求することができない。なお、秘密保持義務・競業避止義務に係る州制定法、コモン・ロー、契約(特約)に対する違反があった場合、期間の定めある雇用契約の履行が終了する前に労働者が職を辞した場合、使用者の労働者に対する損害賠償請求が認められる場合がある。

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