セクシュアルハラスメントに関する主な裁判例

(第37回雇用均等分科会提出資料抜粋及びその改訂)


 福岡セクシュアルハラスメント事件
 (平成4年4月16日 福岡地裁判決/確定)

(事案)
 Z編集長が会社内外の関係者に対し、対立関係にある部下のXの異性関係等について非難の発言等を行い、Xは退職を余儀なくされたとして、Y社及びZ編集長に対して、慰藉料を請求したもの。
(判決の要旨)
 本件においては、Xの異性関係を中心とした私生活に関する非難等が対立関係の解決や相手方放逐の手段として用いられたことに、不法行為性を認めざるを得ない。
 また、使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあると解されるところ、被用者を選任監督する立場にある者が右注意義務を怠った場合には、右の立場にある者に被用者に対する不法行為が成立することがあり、使用者も民法715条により不法行為責任を負うことがあると解するべきである。
 Y社のA専務らは、本件について、専らXとZ編集長の個人的な対立と見て、両者の話合いを促すことを対処の中心とし、これが不調に終わると、いずれかを退職させることもやむを得ないとの方針を予め定めていたもので、A専務らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、また、憲法や関係法令上雇用関係において男女を平等に取り扱うべきであるにもかかわらず、主として女性であるXの譲歩、犠牲において職場関係を調整しようとした点において不法行為性が認められるから、Y社は、右不法行為についても、使用者責任を負うものというべきである。


 鹿児島セクシュアルハラスメント事件
 (平成13年11月27日 鹿児島地裁判決/確定)

(事案)
 Y医師会の職員であったXが、研修旅行の懇親会の二次会の際、事務局長のZらからキスをされるなどのセクハラ行為を受けたとして、Zらに対し民法709条により、Y医師会に対し、Zらの使用者として民法715条により、また、職場環境の維持等についての注意義務を怠ったとして民法709条により、損害賠償の支払いを求めたもの。
(判決の要旨)
 Zの行為は、当該行為の性質、ZとXとの関係、当時の状況等に照らせば、Zが仕事上の地位を利用して行ったXの意に反する性的意味を有する身体的接触行為で、社会通念上許容される限度を超えるものとして、Xの性的自由及び人格権を侵害する不法行為というべきである。
 Zらの使用者としての民法715条によるY医師会の責任については、研修旅行及びその懇親会は、職員の大多数が参加し、その費用もY医師会と参加者が折半するもので、事業の執行と密接に関係するが、本件二次会は、懇親会終了後に宿泊ホテル内で行われたものであるとはいえ、一度解散した後に偶然出会って開催された経緯等に照らせば、事業の執行を契機とするものとはいえない。したがって、Y医師会が民法715条の使用者責任を負うことはない。
 一方、職場環境の維持等に係る民法709条によるY医師会の責任については、セクハラ行為は、ここ十数年来社会問題化しており、平成4年頃以降、セクハラ行為について行為者及び事業主の責任を認める裁判例が多数存在し、使用者責任のみならず、事業主の職場環境維持・調整義務についての基準も蓄積されつつあるところ、平成11年4月施行の改正男女雇用機会均等法21条により、事業主のセクハラ行為防止のための配慮義務が規定されたことは公知の事実であり、おおよそ事業主は、職場における性的な言動に対する女性職員の対応により労働条件等不利益を受けないように、また、性的な言動により女性職員の就業環境が害されることがないように雇用管理上必要な配慮を行う義務を有すると解される。
 しかし、Y医師会は、本件以前には、セクハラ行為を防止する組織的な措置は全く取っておらず、職場環境を維持・調整する義務を尽くしていたとは言い難い。Y医師会が日頃からそのような措置を取っていれば、上記セクハラ行為を防止できた可能性が高いのであるから、Y医師会は、職場環境維持・調整義務の懈怠として、Xがセクハラ行為によって被った損害について不法行為に基づき、Zと共同して賠償する責任を負う。


 大分セクシュアルハラスメント事件
 (平成14年11月14日 大分地裁判決/確定)

(事案)
 会社代表取締役であるYが、その経営する有限会社Aの事務所に勤務していたXに対し強制猥褻行為等のセクハラ行為を行い、これに対し厳しい態度を採り始めたXについて、協調性を欠く、事務所運営に支障を来す態度であるとして、A社就業規則の「能率又は勤務状態が著しく不良で、就業に適さないと認めたとき、その他の業務上の都合によりやむを得ない事由があるとき」との定めに基づき解雇した。Xは、これを違法な解雇として、Yに対し、不法行為に基づき、損害賠償金の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 本件解雇は、XがYのセクハラ行為を受けないために、Yに対して厳しい態度を取り始めたことから、Yもこれに反応して、事務所内の雰囲気が悪化し、その中で、Xが仕事に関してもYに対し反抗的な態度を示したためになされたものと認められる。そもそもXがYに対し厳しい態度を採ったのは、XがYに対しセクハラ行為を行ったため、やむを得ず採った態度であるから、Xに帰責事由があるとは言えず、またXが仕事に関して反抗的な態度を示した点についても、多少行き過ぎの感が否めないが、それまでのYのセクハラ行為の態様に鑑みれば、XはYに対し拒否的な感情を持たざるを得なくなったものと推認でき、そうであるなら、Xがそのような態度に出たことは仕方のない面があり、このことが就業規則の解雇事由に該当するとは到底言えず、いずれもYが自ら招いたものと言える。
 よって、本件解雇に解雇事由はなく、不法行為上の違法性を帯びた行為と認められることから不法行為上の損害賠償責任を負う。


 名古屋セクシュアルハラスメント事件
 (平成16年4月27日 名古屋地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 就業環境や上司Aらのセクシュアルハラスメントを訴えて、同じ職場で働きたくないと申し出たXに対し、Y社が、一定の対応を行ったものの、Xは納得せず、不出勤(I)となったため、名古屋事務所から大阪事務所への配転命令をしたところ、これに応じず再び不出勤(II)したことを理由として行われた懲戒解雇について、XがY社に対し、懲戒解雇の無効確認及び賃金の支払いを求めたもの。
(判決の要旨)
 従業員が、労働の提供を行わないことは、債務不履行となり、就業規則にその旨の定めがあれば、懲戒解雇事由にも該当すると解されるが、当該職場の関係者によるセクハラの事実が存在し、当該事案の性質・内容等や使用者による回復措置の有無・内容等を勘案すると、当該職場での就労に性的な危険性を伴うと客観的に判断される場合には、労働者は、同職場での就労を拒絶することができ、これにつき債務不履行の責任を負わず、また当該就労拒絶が配置転換の合理性等を基礎づける事情や、懲戒解雇等の理由となることもない。これら判断の基礎となる諸事情のうち、通常最も重視されるべきものは、過去実際に発生したセクハラ被害の内容・程度であって、基本的に、労働者は、かかるセクハラ被害の内容・程度に相応する範囲において、上記性的危険性を主張することができ、労働の提供を拒むことができるが、使用者が当該セクハラ被害に相応する回復措置をとっている場合には、特段の事情がない限り、労働者は、同被害を理由に、性的危険性の存在を主張することができない。
 本件については、Xが主張するセクハラ行為に該当する事実は認められないところ、Xの申し入れ後Y社が取った(a)関係者に対する個別ないし部長会等を通じた注意喚起や、(b)セクハラについての会社の方針の策定、(c)飲酒や女性への接し方を含む事務所の就業環境に関するアンケートの実施等の回復措置は、必要十分なものと評価するのが相当であり、これらを通じ、名古屋事務所における就業環境の性的安全性は適切に確保された状態になっていたと認めることができる。
 したがって、これが確保されていないとして、Xがなした不出勤(I)は無断欠勤に該当する。また、XがAらとは一緒に執務できないとの態度を一貫させていたこと、小規模な名古屋事務所では、XとAらを分離して処遇することが困難なことも考慮すれば、同事務所の就労秩序を確保し、業務運営の円滑化を図る観点から、Xを他所で就労させることには一定の必要性があると認められ、本件配転命令は有効というのが相当である。
 そうすると、Xには、大阪事務所での就労義務があり、これを無視してなした本件不出勤(II)は、無断欠勤に該当し、就業規則に規定する懲戒事由に該当し、また、再三の出勤督促にも応じなかったものであり、本件解雇は有効と認めるのが相当である。


 大阪セクシュアルハラスメント事件
 (平成16年9月3日 大阪地裁判決/控訴係争中)
(事案)
 郵便局に勤める男性職員Xが、1時間の時間休を取得して郵便局内の浴室を利用していたところ、防犯パトロール中の女性職員Zに浴室内に立ち入られ、「何をしているのか」等と質問されるというセクハラを受けた上、総務課長Aらに対し苦情申立てをしたところ、適切な対応が取られず、二次セクハラを受けたとして、Zに対し不法行為に基づき、また、国家公務員であるZ及びAの違法な行為により受けた損害につき、郵政公社(以下Yと言う。)に対し国家賠償法等に基づいて損害賠償請求したもの。
(判決の要旨)
 Zの行為は、Yの前身に当たる旧郵政省が制定したセクシュアルハラスメントの防止規程等(以下「防止規程等」という。)に基づきセクハラ行為をしないように注意すべき職務上の法的義務に違背する違法な行為というべきであり、Zにおいて少なくとも過失があったことが明らかであるから、国は国家賠償法1条1項に基づき、賠償責任を負い、Yがその責任を承継した。
 なお、国家公務員が職務を行うにあたり故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合には国が賠償の責に任ずるのであって、公務員個人であるZの責任についてのXの主張は失当である。
 また、当該職場のセクハラ相談窓口の相談員であるAは、防止規程等に基づき、まずXから事情聴取を行い被害内容を把握すべきであったところ、本件においては、加害者とされたZは相談員であるとともに、Aを補佐して職員を管理すべき総務課課長代理の立場であったのであるから、Xがセクハラの苦情申告をしたことにより不利益を受けるおそれがないように、Xから事情を聴取する前にZにXからの申告について告知してはならない職務上の法的義務があったというべきである。
 にもかかわらず、Aは、直ちに加害者とされたZから事情聴取等している一方、Xに対して事情聴取を行ったのは本件当日から1週間も経過した後である。しかも、事情聴取の際には、Xとの間で以前からトラブルがあったためXが立会いを拒んでいた相談員であるB郵便課長の立会いに固執する余り、実質的にはXから事情聴取を行うことができなかったにもかかわらず、逆に、Zから事情聴取した内容を先にXに告知して、Zの主張する事実関係が信用できるとの判断をしているかのような対応をした。これらは、防止規程等に基づき相談員が相談者に対し負うべき前記職務上の法的義務に違背する違法な行為というべきであり、Aにおいて過失があったというべきであるから、国は国家賠償法1条1項に基づき、賠償責任を負い、Yがその責任を承継した。

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