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第1章  救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

 初期診断・治療に関する評価
1.1  脳神経系の管理について
 
1.1.1.  経過
 本症例は4年来、慢性腎不全により定期的に血液透析を受けていた。平成15年10月16日18:00ごろ自宅にて右半身の脱力と会話障害を自覚し、かかりつけ医を受診した。脳出血の疑いで同医より救急車にて19:25に提供病院へ搬入された。到着時の意識レベルは清明(JCS:0)、瞳孔3.0mm(右=左)、右片麻痺と構音障害が認められ、血圧は247/118mmHgであった。19:40に頭部CTを撮影し、1.5x1.8x3.0cmの左視床出血を診断された。血腫サイズより手術の適応はなく、血圧管理の目的で、アダラート(舌下)、ヘルベッサー(点滴)を投与された。経過観察中20:00頃より意識障害(JCS:10)が出現し、21:00には更に意識障害が進行した(JCS:200)。21:20再度頭部CTを撮影したところ、血腫は8x5x6cm大に増大していた。直ちに手術の準備を開始したが、22:30には両側瞳孔散大し、呼吸障害もみられるようになり、気管挿管が行われた。マニトールとラシックスを急速投与したが反応なく、手術適応外と判断された。10月17日3:30には深昏睡(JCS:300)となり呼吸停止となったため、人工呼吸器を装着した。

1.1.2.  診断の妥当性
 本症例では、高血圧、慢性腎不全の既往及びCT所見からも、高血圧性の脳出血と診断したことは妥当である。

1.1.3.  保存的治療を行ったことの評価
 意識レベルの悪化により、2回目のCTを撮影し、その血腫サイズが増大していたため、手術の準備に入ったものの、その後短時間に両側瞳孔散大、呼吸障害が出現し、マニトールにも反応がないため手術を断念したことは妥当である。

1.2  呼吸器系の管理
 来院時の呼吸状態はSpO295%と特に問題なかったが、意識レベルの悪化とともに呼吸障害も出現したため22:40気管挿管が行われ、その後17日3:30より人工呼吸器が装着された。吸入酸素濃度(FIO2)0.6で、呼吸数12、一回換気量500ml、呼気終末陽圧3cmH2Oの条件で、酸素化は良好とはいえないもののSpO2 96〜99%の範囲で管理され、血中酸素分圧は保たれていたと考えられる。その後も入院中を通じ呼吸管理は妥当なものと思われる。

1.3  循環系の管理
 来院時は200mmHg以上の血圧だったため、降圧剤(Ca拮抗薬)が使用された。深昏睡、呼吸停止が認められた頃から血圧が低下し、ドパミンが使用された。慢性腎不全に対し血液透析を行う必要があり、その前後には血圧変動がみられた。初診時の異常な高血圧は脳出血により、また脳ヘルニア後の血圧変動には透析の影響もあり、血圧の安定化を図ることは困難であったが、血圧制御には充分な注意が払われており、循環管理については適切な対応がなされたと判断できる。

1.4  水電解質の管理
 本症例では、慢性腎不全のため定期的に血液透析が行われていた。10月16日は透析日であり、透析終了後自宅にて休息中に発症した。入院後ほぼ無尿状態が続いたため、18日0:30から3:30まで血液透析が実施され3000mlの除水が行われた。切迫脳ヘルニアの時期に利尿剤が投与され、わずかながらも自尿が認められた。その後必要に応じて血液透析が実施され、血液電解質のNa値は138〜140mEq/l、K値は4.6〜4.8mEq/lを推移した。以上から水電解質の管理は妥当であったと判断できる。

1.5  まとめ
 本症例は、血液透析施行中の慢性腎不全患者に発症した高血圧性脳出血であったと推定できる。提供病院到着後に急速な血腫の増大をきたし、意識障害、中枢神経障害、呼吸障害が進行したため手術適応外と判断し、保存的治療を選択したことは妥当である。その後も血圧変動に留意しつつ水電解質管理のために血液透析を実施するなど治療経過は適切であった。


 臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
2.1  脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は10月16日19:25提供病院に搬送され、CT所見で視床の小出血を認めたため、降圧剤(Ca拮抗薬)による血圧管理が行われた。20:00頃より意識障害が出現し。21:20にはCTで血腫の増大を認めたため手術を行うこととした。しかし21:50には瞳孔不同が出現し、22:30には両側瞳孔散大、対光反射消失が認められ、呼吸障害も出現したため手術の適応なしと判断された。
 10月17日0:00頃に家族に病状を説明し、その後家族より臓器提供意思表示カードが提示された。3:30頃自発呼吸が停止して臨床的に脳死が疑われ、17:20に臨床的脳死と診断された。約11時間後の10月18日4:17に第1回法的脳死判定開始(終了6:06)、約9時間後の14:46に第2回法的脳死判定を開始した(終了16:28)。
 本症例は、上述の経過概要にあるように、脳死判定の対象としての前提条件を満たしている。すなわち
1)  10月17日3:30から深昏睡、呼吸停止状態であり、同様の状態が14時間続いた後に臨床的脳死と診断された。
2)  臨床経過及びCT所見より、脳の一次性、器質的病変であることは確実である。
3)  診断、治療を含む全経過からすべての適切な治療を行っても回復の可能性は全くなかったと判断される。

2.2  臨床的脳死診断
 〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(10月17日16:30から17:20まで)
体温36.7℃ 血圧90/54mmHg
JCS:300
自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し、瞳孔径 右5.5mm 左5.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度 2μV/mm記録、高感度10μV/mm記録)。
聴性脳幹反応:なし
施設における診断内容
以上の結果より、臨床的脳死と診断した。

 
2.2.1.  脳波
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度 2μV/mm記録、高感度10μV/mm記録)。
 平成15年10月17日(16:30−17:00)に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1,Fp2, C3, C4, CZ, T3, T4, O1, O2, A1, A2で、記録は単極導出(Fp1-A1, Fp2-A2, C3-A1, C4-A2, O1-A1, O2-A2, T3-A1, T4-A2, A1-Cz, Cz-A2)、双極導出(Fp1-C3, Fp2-C4, C3-O1, C4-O2, Fp1-T3, Fp2-T4, T3-O1, T4-O2, T3-Cz, Cz-T4, Fp1-O1, Fp2-O2)とで行われている。さらに心電図と頭部外(前腕内側部)導出による同時モニターも行われている。刺激としては呼名刺激と顔面痛み刺激が行われている。心電図が重畳し、T3に僅かな筋電図が混入しているが、判別は容易である。30分間の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

2.2.2.  聴性脳幹反応
 I波を含むすべての波を識別できない。

2.3  法に基づく脳死判定
 〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回)(10月18日4:17〜6:06)
体温36.2℃ 血圧250/128mmHg 心拍数102/分
JCS300
自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し、瞳孔径 右6.5mm 左6.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度 2μV/mm記録、高感度10μV/mm記録)
無呼吸テスト:陽性
   開始前  3分後  5分後
 PaCO2(mmHg) 42 64 73
 PaO2(mmHg) 142 85 82
 SpO2(%) 99   94
 血圧(mmHg)  236/143    249/130
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない。
検査所見(第2回)(10月18日14:46〜16:28)
体温38.1℃ 血圧195/107mmHg 心拍数125/分
JCS300
自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し、瞳孔径 右7.0mm 左7.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度 2μV/mm記録、高感度10μV/mm記録)
無呼吸テスト:陽性
   開始前  3分後  5分後
 PaCO2(mmHg) 39 55 61
 PaO2(mmHg) 69 56 56
 SpO2(%) 95 85 82
 血圧(mmHg)  180/97  168/86  165/84
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない。
施設における判定内容
 以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(10月18日 6:06)
 以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(10月18日 16:28)

 
2.3.1.  脳波
第1回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度 2μV/mm記録、高感度10μV/mm記録)。
 平成15年10月18日(5:05−5:35)に記録されており、記録条件は臨床的脳死判定時と同条件である。刺激としては呼名刺激と顔面痛み刺激が行われている。心電図が重畳し、左側頭部と頭蓋外導出に僅かな筋電図が混入しているが、判別は容易である。30分間の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

第2回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度 2μV/mm記録、高感度10μV/mm記録)。
 平成15年10月18日(15:05−15:35)に記録されており、記録条件は臨床的脳死判定時と同条件である。刺激としては呼名刺激と顔面痛み刺激が行われている。心電図が重畳し、左側頭部と頭蓋外導出に僅かな筋電図が混入しているが、判別は容易である。30分間の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

2.3.2.  聴性脳幹反応
 臨床的脳死判定・法的脳死判定(1,2回目)のいずれにおいても、I波を含むすべての波を識別できない。

2.3.3.  無呼吸テスト
 本症例ではPaO2が一時的に低いレベルになり、特に第2回法的脳死判定時にはSpO2も低下した。テスト前のSpO2は95〜99%で循環は比較的安定していたが、テスト開始前のPaO2は第1回法的脳死判定時が142mmHg、第2回法的脳死判定時が69mmHgであった。なお1回目、2回目ともPaO2が低下傾向にある理由は、誤嚥性肺炎に合併した無気肺によるものと考えられる。本症例では、テスト中は麻酔科専門医により慎重な観察がなされ、テスト中に何らかの有害な現象が生じた場合はいつでも中止することとしてテストが行われたが、血圧低下や不整脈は認められなかった。テストは2回とも5分以内に終了している。
 低PaO2の症例に関しては今後も専門医における慎重な観察と対応を行う必要がある。

2.4  まとめ
 本症例の脳死判定は脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。以上から本例を法的に脳死と判断したことは妥当である。


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