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男女雇用機会均等政策研究会報告書(平成16年6月)(抄)


3 妊娠、出産等を理由とする不利益取扱い

(1) 検討の経緯
 妊娠・出産は女性のみが担う機能であり、特別な保護を必要とする場合が多いが、この点についての手当てが十分でないと男女の雇用機会均等の実質は確保できない。また、少子・高齢化が進展する中にあって、働く女性が妊娠、出産に伴い不利益を専ら負担するという在り方は望ましくなく、女性が働きながら安心して子供を産み育てることができる環境の基盤を整備する上でもこの問題を検討することは重要なことと考える。
 近年、我が国では妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い事案が増加の傾向にある。例えば、全国の都道府県労働局に持ち込まれた男女雇用機会均等法に係る個別紛争解決の援助の申し立てのうち、解雇事案は平成12年度には69件であったが平成15年度には123件となり、そのうちの約8割を妊娠・出産等を理由とする解雇が占めている。また、解雇に限らず、妊娠を告げたところ、不利益な配置転換を求められたり、パートタイムへの身分変更を強要された等の相談事案が寄せられている。
 労働基準法及び男女雇用機会均等法においては、母性保護の観点から産前産後休業等や母性健康管理措置の定めが置かれているところであり、男女雇用機会均等法第8条においては妊娠、出産又は産前産後休業の取得を理由とした解雇が禁止され、労働基準法第19条においては産前産後休業中及び産前産後休業後30日間の解雇禁止規定が設けられているが、解雇以外の局面について規制する規定はない。
 一方、育児・介護休業法においては育児休業申出をしたこと又は育児休業をしたことを理由とする不利益な取扱いを禁止する規定が設けられているところである。その結果、妊娠し、産前産後休業を取得した女性の場合、産前産後休業取得後に職場復帰しようとする場合と、育児休業後に職場復帰しようとする場合とで、規定上、差が生じている。

 ここでは妊娠・出産に関連する不利益取扱いについては、一般の性差別とは異なり、実際に職務遂行ができない場面や、能率の低下を伴う場面が想定されることを踏まえて、以下のように場合分けをして、検討を行った(以下まとめて「妊娠、出産等を理由とする不利益取扱い」という。)。
 妊娠・出産したこと自体を理由とする不利益取扱い
 妊娠・出産に起因する症状による能率低下・労働不能を理由とする不利益取扱い
 産前産後休業を取得したこと又は取得しようとしたことを理由とする不利益取扱い
 母性保護措置(産前産後休業以外)や母性健康管理措置を受けたこと又は受けようとしたことを理由とする不利益取扱い

(2) 我が国における裁判例の動向
 先述のように現行法制上、妊娠・出産等を理由とした不利益取扱いについては解雇の禁止に関する規定しか設けられていないが、裁判例においては、解雇以外の局面に関する事案も見られる。最高裁判例としては、産休取得を理由とした不利益取扱いについて、日本シェーリング事件(平成元年12月14日 最高裁判決)、学校法人東朋学園事件(平成15年12月4日 最高裁判決)があり、いずれも労務を提供しなかった部分に応じた賃金の減額等は許容されるとしても、法律上の権利行使を抑制し、法律が労働者に権利を保障した趣旨を実質的に失わせるような不利益な取扱いは許されないと判示している。

 ■ 日本シェーリング事件(平成元年12月14日 最高裁判決)
 「賃上げは稼働率80%以上の者とする」旨の労使間協定に関し、年次有給休暇、生理休暇、産前産後の休業、育児時間、労働災害による休業ないし通院、同盟罷業等による不就労を含めて稼働率を算定するとの取扱いについて問題となった事件。労働基準法又は労働組合法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点は、労働基準法又は労働組合法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、ひいては各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから公序に反するものとして無効とされた。
 ■ 学校法人東朋学園事件(平成15年12月4日 最高裁判決)
 賞与の支給要件として、支給対象期間の出勤率を90%以上とし、出勤率の算定に当たり、産後休業日数及び育児のための勤務時間短縮措置を受けた時間を欠勤日数に算入するとの取扱いについて問題となった事件。労働者が産前産後休業をした期間ないし育児のための勤務時間短縮措置を受けた期間を出勤として取り扱うかどうかは原則として労使の合意に委ねられているが、本件90%条項により、賞与を一切支給しないとすることは、その経済的不利益の大きさと90%という数値から見て、労働基準法や育児休業法がこれらの権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反するものとして無効とされた。
 ■ 住友生命保険事件(平成13年6月27日 大阪地裁判決/平成14年12月 大阪高裁和解成立)
 女性従業員に対し、既婚女性は、産前産後休業、育児時間、年次有給休暇などを取得するので、労働の質、量が大きくダウンする、家族的責任の負担が仕事の制約となるという特有の諸事情があるとして、一律に低く査定し昇給させなかったことについて問題となった事件。労働基準法は、産前産後休業や育児時間など労働基準法上認められている権利の行使による不就労を、そうした欠務のない者と同等に処遇することまで求めているとはいえないが、その権利を行使したことのみをもって、能力が普通より劣る者とするなど、低い評価をすることは、労働基準法の趣旨に反する。さらに、労働基準法の権利行使による不就労を理由として、一般的に能力の伸長がないものと扱うことは許されないとされた。

(3) 諸外国における妊娠・出産等を理由とした不利益取扱い
 今回調査を行った諸外国の法制について類型化して示すと、次のように整理することができる(参照:資料2)。
(1)  妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いは、性差別として規制し、産休等を母性保護措置としては設けない。性差別であるかどうかを判断するに当たっては、疾病等により同様の労働能力又は労働不能の状態にある労働者を比較対象としている例。
【アメリカ】(妊娠差別禁止法、家族医療休暇法)
   妊娠・出産又は関連する医学的な状態を理由とする労働者の雇入れの拒否は、労働者がその職務の主要な機能を果たすことができる限り、原則として性差別となる。
 また、妊娠・出産又は関連する医学的状態に影響を受けている女性は同様の労働能力又は労働不能の状態にある他の者と同じ扱いを受けなければ性差別とされる。
 なお、家族医療休暇法に基づき、出産や病気、育児や介護について12ヶ月で12週間の休暇取得が可能であるが、同休暇終了後は、原職又は原職と賃金その他労働条件が同等の職に復帰する権利を有する。
(2)  妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを性差別として規制。産休等母性保護措置を設け、当該母性保護措置については、性差別に該当しないものとして取り扱うとともに、産休を取得しても不利にならないよう措置する例。
【EU】(雇用、職業訓練、昇進へのアクセス並びに労働条件についての男女均等待遇原則の実施に関する指令、妊娠中及び出産直後又は授乳期の女性の安全衛生改善促進措置の導入に関する指令)
   妊娠又は出産に伴う女性に対する不利な待遇は、性差別として規定し、禁止している。母性保護措置も規定し、性差別には該当しないものとして取り扱う。産休を取得した女性は、産休明けに休暇中に受けられたであろう労働条件の改善の恩恵を受ける権利及び産休明けに原職又は原職と労働条件が同等の職に復帰する権利を有する。
 産休以外の母性保護措置を受けたことに係る不利益取扱いの禁止については、賃金の保障についての規定はあるものの、労働条件の改善の恩恵を受ける権利といった産休に規定されている保護と同程度の保護までは規定されていない。
(3)  妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを性差別とは別途に規制。産休等母性保護措置を設けるとともに、産休を取得しても不利にならないよう措置する例。
【イギリス】(雇用権利法)
   妊娠・出産、産休を取得したこと又は取得しようとしたことを理由とするあらゆる不利益取扱いを禁止している。通常産休を取得した女性は休暇前の職務に復帰する権利を有し、追加産休を取得した女性は休暇前の職務又は妥当な別の職務に復帰する権利を有する。通常産休を取得した労働者は、休暇を取得しなかった場合に適用されたはずの雇用条件(賃金を除く)の利益を受ける権利を有し、義務を負う。
 産休以外の母性保護措置を受けたことに係る不利益取扱いの禁止については、賃金の保障についての規定はあるものの、休暇を取得しなかった場合に適用されたはずの雇用条件の利益を受ける権利を有するといった産休と同程度の保護までは規定されていない。
【フランス】(労働法典)
   雇用の拒否、試用期間中の労働契約解除、一定の配置転換に当たり、妊娠していることを考慮すること、及び妊娠中、産休期間中、産休期間満了後4週間の間に労働契約を解除することを禁止している。産休終了時には、自動的に自分の職に復帰し、当該職が無くなっている場合には、同等の報酬を伴う類似の職が提供される。産休の期間は、勤続年数を基にした被用者が有する諸権利の決定に当たっては、実働期間としてみなされる。
 産休以外の母性保護措置を受けたことに係る不利益取扱いの禁止については、賃金の保障等についての規定はあるものの、勤続年数を基にした被用者が有する諸権利の決定に当たって、休暇の期間を実働期間とみなすといった産休と同程度の保護までは規定されていない。

  上記から各国共通に見られる特徴を大まかにまとめると以下のとおりとなる。
 妊娠・出産等に基づく不利益取扱いについて規定の仕方、内容に差はあるものの、いずれも解雇以外の不利益取扱いについても規制している。
 妊娠・出産に関して特別な保護を行っていないアメリカにおいても、能率低下・労働不能状態を伴わずに単に妊娠していることのみを理由とした不利益な取扱いは禁止している。
 妊娠・出産に起因する症状による能率低下や労働不能の場合の取扱いについては、差別又は不利益と判断する際の比較の対象を、疾病等により同様の能率低下、労働不能にある男性に置く例から、妊娠・出産をしておらず、能率低下、労働不能に陥っていない労働者に置く例まであり、対応は一様ではない。
 産休についてはこれを制度として有する国においては、産休を取得したことにより産休を取得しない男女労働者に比べて処遇面で不利にならないように何らかの措置を設けており、特に産休からの復帰において、原職又は原職相当職への復帰を求めるのが大勢である。
 産休以外の母性保護措置を受けたことに係る不利益取扱いの禁止については、賃金の保障についての規定はあるものの、その他については必ずしも産休と同程度の保護までは規定されていない。

(4)  我が国において妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いを検討するに当たって留意すべきこと
 妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いを検討するに当たっては、以下の点に留意する必要がある。
(1)  今回調査を行った諸外国においては、妊娠・出産等に基づく不利益取扱いについて解雇以外の不利益取扱いについても規制していること。
(2)  育児・介護休業法において、育児休業の申出をし、又は育児休業をしたことを理由とした不利益取扱いを禁止していることとのバランスがとれたものとなる必要があること。
(3)  現行規定上は、産前産後休業の取得は保障されているが、不利益取扱い一般を禁止する規定はない。産前産後休業は休業期間が長期にわたるものではなく、かつ、産後休業については強制休業という性質であること、さらには諸外国の法制の動向を踏まえれば、原職又は原職相当職への復帰を求めることも合理性はあると考えられること。
(4)  産前産後休業期間中の評価は、休業をしなかった者とのバランスをどう考えるかという問題があり、仮に休業期間中、休業しない労働者と同様に扱うことを法律上義務付けることとすれば、女性が男性に比べ、より一層コストの高い労働力となることを印象づけ、妊娠する可能性の高い女性の採用を企業が敬遠することにならないかという懸念がある。一方で、我が国においては、疾病とは異なり、妊娠・出産に関しては法による保護がなされており、産前産後休業と一般の疾病等による労働不能とで保護に差を設けることにも合理性があるとも言える。また、裁判例においては、法が権利を保障した意義を失わせるほどの不利益を課すことは、違法・無効とするという判断が出されている(6頁日本シェーリング事件、学校法人東朋学園事件、住友生命保険事件参照。)。これらを踏まえれば、今後、裁判例の趣旨を周知するとともに、それを超えた保護をすべきか否かについて、議論を重ね、社会的コンセンサスを形成していくことが必要であること。
(5)  産前産後休業以外の母性保護措置、母性健康管理措置を受け、又は受けようとしたことを理由とした不利益取扱いについても(4)と同様と考えられること。
(6)  妊娠・出産に起因する症状による能率低下・労働不能を理由とした不利益取扱いについても考え方は(4)と同様と考えられる。今後裁判例の動向に注視する必要があるが、少なくとも一般の疾病より不利に扱われるべきではないと考えられること。


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