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結核の入院と退院の基準に関する見解
平成17年 2月
治療・予防・社会保険合同委員会

 化学療法の進歩とその効果の認識の深まりによって、感染性結核患者の隔離を目的とした入院治療については世界的に考え方が大きく改められている1−5)。一方、医学的に治療困難な結核患者や治療を規則的に継続することが困難な患者が増加し、全般的に治療成績が悪化しつつあることが憂慮されている。さらに近年病院での患者間の結核感染伝播の発生が明らかになり6)、結核の感染防止の考え方に深刻な影響を与えた。これらを考慮すると、結核の入院治療について従来の基準を適用することは合理的でなくなりつつある。そこで日本結核病学会では関連委員会が合同で協議し、今後の結核患者の入院および外来治療の実施に関して以下のような基準を作成し、その基礎になる考え方を明らかにした。なお、このような基準や考えは、患者および患者の周囲の人々への利益を第一に考慮したものであり、医療機関等に対しては従来に比してかなりの負担の増加になるものであり、それに対する医療経済上の配慮が行われなければその円滑な実施は困難であり、ひいては結核医療の荒廃を招くおそれがあることに関係方面の配慮を促したい。

I. 入院の基準
 結核のため患者を結核病床に入院させることが必要なのは次の3つの条件の少なくとも一つを満たす場合である。
1. 結核としての感染性が高い状態
2. 現時点での感染性は特に高くはないが、入院治療でなければ、近い将来感染性、とくに薬剤耐性結核となる可能性が高い場合
3. 結核治療のための適切かつ確実な医療提供が外来では困難な場合
 上記1、および2については結核予防法29条の対象とする。将来的にはこの命令は強制力を持ったものにすることも検討すべきである。
[注]
 1. 感染性が高いと考えるべき状態」とは、肺結核または喉頭、気管支結核で概ね最 近2週間以内に喀痰抗酸菌塗抹陽性の所見が1回以上得られた者であって、かつ その生活環境、行動から他者に結核を感染させるおそれが高い場合である。
 2. 現時点で感染性は特に高くはないが、入院治療でなければ、近い将来感染性、とくに薬剤耐性結核となる可能性が高い場合」とは、喀痰塗抹陽性ではないが、その他の方法で排菌が証明され、かつ次のいずれかに該当する場合を指す。
1)  外来治療中の再排菌
2)  以前の治療で薬剤耐性があった者、もしくは不規則服薬や中断があった者からの再発
3)  多剤耐性結核患者から感染を受けた可能性の大きい者の発病
4)  外来治療で服薬の継続性が確保できない者
5)  呼吸器症状の特に強い者
6)  抗結核薬による重大な副作用のある者
  ここで菌所見は概ね最近2カ月以内のものを意味する。複数回の所見があり、 判定が一致しない場合は陽性所見を優先する。

 3. 結核治療のための適切かつ確実な医療提供が外来では困難な場合」とは、上記1,2のいずれにも該当せず、結核の病状から入院が必要または結核の治療経過に影響を与える基礎疾患、合併症があって外来における治療が困難な場合であり、たとえば、肺外結核で外科的治療を要する場合、全身症状が重篤な場合、結核以外の病気に対する入院治療が必要な場合(糖尿病のコントロール、抗結核薬の副作用への対応、精神疾患治療など)などを含む。
 喀痰以外の検体での結核菌陽性の場合、あるいは肺結核であっても喀痰抗酸菌塗抹連続3回陰性の場合には、一般病床での治療も可能である。ただし他への感染の可能性については個室管理も含めて十分な注意を払うことが必要である。

II. 退院の基準および外来治療
 結核患者を入院から外来に移すのは以下の2の条件がともに満たされた場合とする。
1. 感染性が消失したと考えられる
2. 退院後の治療の継続性が確保できる。
 いずれにせよ、適切な治療が確実に実施されていることが、結核の治癒にとってのみならず、他者への感染を考える上でも最も重要である。治療が必要とされる期間、それぞれの患者にDOTSの考えに基づく適切な治療支援7)が実施されるべきである。
[注]
 1. 「感染性が消失したと考えられる場合」とは、薬剤感受性を考慮した適切な治療が行われ、かつ喀痰抗酸菌検査で塗抹陰性化、または菌量の減少と自覚症状(発熱、咳)のほぼ消失、または喀痰培養陰性化、またはその他の検査所見の改善、を目安とした総合的な評価による。上記の治療の有効性を判断するためには、患者の病態により2週間から2ヶ月程度を要する。薬剤感受性を考慮した適切な治療であると判断するには、薬剤感受性検査で使用薬剤に耐性がないことが確認される必要があるが、確認は退院後でもよい。
 退院後の生活の場が、病院、施設など集団生活である場合、また新たに乳幼児、免疫不全状態の者と同居する場合には、2週間に1回以上の喀痰抗酸菌塗抹検査で連続2回陰性、または培養連続2回陰性であることを確認することが望ましい。これは、職場等で乳幼児、免疫不全状態の者と接触する機会が多い場合の復職の基準となる。
 多剤耐性結核の場合には、治療効果を判断するために培養検査における菌陰性化の確認を必要とする。目安としては、8週(液体培地を利用した場合は6週)培養2回陰性、検査の頻度は2週間に1回以上とする。

 2. 退院後の治療の継続性が確保できる場合」とは、以下のいずれかに該当する場合とする。
1)  外来治療中、医療機関、保健所、薬局等による直接服薬指導が行われ、患者がそれに協力すると予測される。
2)  主治医と保健所による支援(日本版DOTS)により治療の継続性が確保されると予測される。

III. 治療後の経過観察等
 標準治療を完了した患者についてその後の観察等は原則として不要である。ただし治療終了時、患者には再発の可能性について十分説明し、2週間以上の咳・痰・発熱などの症状があればすみやかに医療機関(できれば主治医)を受診するように指導し、医師は胸部X線検査と喀痰抗酸菌検査など必要な検査を行う。さらに、定期健康診断が義務付けられている職種等の従事者、高齢者には、定期健診を受診するように指導する。
 ただし、治療の中断や副作用などのためやむなく不完全な治療で終了した例、またはリファンピシン耐性、糖尿病合併、免疫不全状態等とくに再発の危険性が高い患者については少なくとも2年間、胸部X線検査、喀痰検査などによる観察を行う。


文献
1) Riley RL, Mills CC, O’Grady F, Sultan LU, Wittstadt F Shivpuri DN: Infectiousness of air from a tuberculosis ward. Am Rev Respir Dis 1962; 85: 511-25.
2) Kamat SR, Dawson JJY, Devadatta S et al: A controlled study of the influence of segregation of tuberculosis patients for one year on the attack rate of tuberculosis in a 5-year period in close contacts in South India. Indian J Tuberc 1966; 14; 11-23.
3) Rouillon A, Perdrizet S, Parrot R: TRANSMISSION OF TUBERCULE BACILLI : THE EFFECTS OF CHEMOTHERAPY, Tubercle 1976;57:275-299.
4) Noble RC: Infectiousness of pulmonary tuberculosis after starting chemotherapy: review of the available data on an unresolved question. Am J Infect Control 1981; 9: 6-10.
5) Centers for Disease Control and Prevention: Guidelines for Preventing the Transmission of Mycobacterium tuberculosis in Health-Care Facilities, 1994. MMWR 1994; 43 (No. RR-13)
6) 露口一成:外来性再感染も含む多剤耐性結核菌による院内集団感染事例について. 複十字 2003;293:8−11.
7) 日本結核学会保健・看護委員会:院内DOTSガイドライン、結核 2004;79:689−692.


日本結核病学会
 理事長  森 亨
 常務理事  山岸文雄
治療委員会
 委員長  重藤えり子
 副委員長  和田雅子
 委員  常松和則、中西文雄、町田和子、泉 三郎、田野正夫、露口一成、小橋吉博、力丸 徹
予防委員会
 委員長  鈴木公典
 副委員長  高松 勇
 委員  片岡賢治、佐藤牧人、桜山豊夫、吉山 崇、藤岡正信、沖本二郎、中西洋一
委員長推薦委員  豊田恵美子


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