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最低賃金に関するアンケート調査の結果(労働政策研究・研修機構)


1 アンケートの調査方法・回収率
 事業主の地域別最低賃金及び産業別最低賃金に対する認識度合を主な調査項目として、「最低賃金に関する調査」を行った。「最低賃金に関する調査」調査票は、本調査報告書の巻末に掲載している。
 調査対象事業所は、従業員数30人未満(製造業は100人未満)の事業所のうち産業別最低賃金適用事業所数151,954件、産業別最低賃金非適用事業所数1,423,584件からそれぞれ無作為に5,000事業所を抽出し、調査票を郵送した。なお、今回の調査では、中越地震の被災地への郵送を取りやめるため、郵便番号で頭3桁940〜949までの数字を抽出しないようにした。都道府県別の調査票配布数は、次ページの表1の通りである。
 調査は、平成16年11月17日から12月3日まで実施した。今回の調査においては、事業所リストが多少古かったためか、宛先不明による返送が多く718件を数えた。また、廃業を伝えるFAXが2件あった。調査の結果、2,434件からの回答を得た。有効回収率は26.2%であった1

2 調査対象事業所の属性
 はじめに、今回の調査の対象となった事業所について、その属性を簡単にみる。
(1)事業所の設立時期
 図1は、事業所の設立時期をみたものである。回収された調査票2,434件のうち、事業所の設立時期を記していない調査票が66件あり、この66件を除いた2,368件が対象となっている。「昭和20年〜昭和49年」とするものが最も多く44.3%、続いて「昭和50年〜63年」26.9%、「平成元年以降」21.8%、「昭和20年以前」7.0%となっている。

(2)事業所の業種
 対象事業所の業種については、以下の13分類とした。(1)食料品、飲料製造業、(2)繊維工業・衣服等繊維製品製造業、(3)木材・木製品、家具・装備品製造業、(4)パルプ・紙・紙加工品製造業、印刷関連産業、(5)塗料、ゴム製品、窯業・土石製品製造業、(6)鉄鋼、非鉄金属・金属製品製造業、(7)一般機械器具製造業、(8)電気機械器具、輸送用機械器具、精密機械器具製造業、(9)卸売・小売業、(10)飲食店、宿泊業、(11)医療・福祉業、(12)サービス業、(13)その他、という13業種である。
 業種の構成割合をみると、「電気機械器具、輸送用機械器具、精密機械器具製造業」の割合が最も高く15.5%となっており、「卸売・小売業」(14.1%)、「その他」(13.9%)、「サービス業」(13.6%)、「鉄鋼、非鉄金属・金属製品製造業」(12.4%)などの順となっている(図2)。

表1 都道府県別調査票配布数

図



図1 事業所の設立時期
図


図2 事業所の業種
図


 また、後に産業別最低賃金の分析を行うため、産業別最低賃金の適用事業所と考えられる事業所を対象として、その業種分布をみておくことにする。具体的には、最低賃金適用事業所リストに掲載されている事業所を対象として、業種の分布をみていく。産業別最低賃金は製造業に多く適用されていることから、サンプル全体を集計対象とした図2の場合に比べて、製造業における回答割合が高くなっている。「電気機械器具、輸送用機械器具、精密機械器具製造業」が28.9%、「鉄鋼、非鉄金属・金属製品製造業」が20.6%で高い回答割合である。なお、「サービス業」が9.5%となっているが、サービス業の場合には、適用対象となる業種が山形県の自動車整備業関係だけであり、多分多くの事業所が間違って業種を回答した結果と考えられる。「その他」についても、回答割合が1割に達するほどには多くの業種があるわけではなく、事業所が間違って業種を記入している可能性が高い。「飲食店、宿泊業」についても、適用業種は存在していない(図3)。

図3 事業所の業種(産業別最低賃金適用事業所)
図


 また併せて、産業別最低賃金非適用事業所についても業種分布をみる。「サービス業」が最も回答割合が高く18.0%となっている。以下「その他」17.9%、「医療・福祉業」16.2%、「卸売・小売業」14.8%、「飲食店、宿泊業」9.5%の順となっている(図4)。

図4 事業所の業種(産業別最低賃金非適用事業所)
図


 以後分析を行うに際して、これら13業種を用いると分析が煩雑となることから、次の4業種に再分類する。上記(1)から(8)までをまとめて「製造業」とし、(9)の卸売・小売業と(10)の飲食店、宿泊業をまとめて「卸売・小売業等」とした。また、(11)の医療・福祉業と(12)のサービス業をまとめて「サービス業等」とした。「その他」はそのままとした。
 上記4業種の割合は以下の通りである。「製造業」が45.7%、「卸売・小売業等」が18.8%、「サービス業等」が21.5%、「その他」が13.9%という分布状況である。
 なお、産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別に上記4業種の割合をみると、産業別最低賃金適用事業所の場合、「製造業」66.8%、「卸売・小売業等」13.6%、「サービス業等」9.5%、「その他」10.2%となっている。また、産業別最低賃金非適用事業所の場合、「製造業」23.6%、「卸売・小売業等」24.4%、「サービス業等」34.2%、「その他」17.9%という分布状況である。産業別最低賃金適用事業所と非適用事業所では、業種分布が大きく異なっている。

(3)事業所の従業員数
 既に記したように、本調査は従業員数30人未満(製造業については従業員数100人未満)の事業所を対象としている。ただし、事業所選択に用いた事業所リストが多少古いこともあり、事業所のその後の事業の拡大を勘案し、従業員数100人以上という回答項目を設けている。
 事業所の従業員数の分布をみると、「1〜4人」が最も多く37.1%となっている。次に「10〜29人」(25.7%)、「5〜9人」(22.2%)と続いている。10人未満の事業所が全体の約6割(59.3%)、また30人未満の事業所が全体の85%となっており、従業員数が少ない事業所が多くなっている(図5)。
 業種分類の場合と同じように、事業所分類もこのまま用いると煩雑となるため、事業所分類を以下の4分類とする。つまり、「1〜4人」、「5〜9人」、「10〜29人」、「30人以上」という4分類である。

図5 事業所の従業員数
図


 事業所ごとのパートタイム労働者数としては、「1〜4人」が最も多く62.6%、次に「5〜9人」(12.4%)、「0人」(11.6%)と続いている。
 企業ごとのパートタイム労働者数としては、「1〜4人」が最も多く58.4%、次に「5〜9人」(11.6%)、「10〜29人」(11.4%)と続いている。「0人」の企業も9.4%存在する。
 事業所ごとのアルバイト数としては、「1〜4人」が最も多く61.3%、次に「0人」(25.5%)、「5〜9人」(7.0%)と続いている。
 企業ごとのアルバイト数としては、「1〜4人」が最も多く57.8%、次に「0人」(21.9%)、「5〜9人」(7.7%)と続いている。

3 地域別最低賃金に関する分析
(1)地域別最低賃金額の認識状況 
 調査票では、「貴事業所が立地する県(都、道、府)の現在の地域別最低賃金額を知っていますか。」という設問があり、それに対して「知っている」もしくは「知らない」で回答してもらっている。欠損値42を引いた2,392件について回答状況をみた結果が図6である。「知っている」とする回答割合は46.6%である。
 表2は、地域別最低賃金額の認識状況を業種別にみた結果である。業種分類の欠損値が増え、2,339件を対象とした結果であるが、「製造業」で「知っている」とする割合が多少高く(49.9%)、「サービス業等」で「知っている」とする割合が低くなっている(41.3%)が、業種によってさほど大きな差はない。
 次に、地域別最低賃金額の認識状況を事業所の従業員規模別にみると、従業員規模によって認識状況に大きな差があり、従業員規模が大きくなるほど、認識状況が高まっていることがわかる。従業員数「1〜4人」では、「知っている」とする割合が28.1%である一方、従業員数「30人以上」の場合には、「知っている」とする割合は77.1%とかなり高い認識状況となっており、小規模事業所については依然として地域別最低賃金の周知が不充分である。

図6 地域別最低賃金額の認識状況
図


表2 業種別・地域別最低賃金額の認識状況

図



表3 事業所規模別・地域別最低賃金額の認識状況

図



 ところで、地域別最低賃金額を「知っている」と回答した事業所であっても、本当のところ正確には最低賃金額を知らない事業所も含まれている可能性がある。そこで調査票では、最低賃金額を「知っている」と回答している事業所に対して、事業所が立地する都道府県の1時間当たりの地域別最低賃金額を記入してもらっている。この記入してもらった額が、表4の地域別最低賃金額と同じかどうかを検討した。地域別最低賃金額を「知っている」と回答している事業所1,115件のうち、正しい地域別最低賃金額を回答した事業所は590件で、地域別最低賃金額を「知っている」とした事業所の52.9%(図7)であった。正しい地域別最低賃金額を回答した事業所590件は、全回答事業所2,434件の24.2%に当たる。つまり、正確に地域別最低賃金額を認識している事業所は24.2%しかないことになる。
 正確に地域別最低賃金を認識している事業所に業種による差はあるのであろうか。全回答事業所を対象として、正確に地域別最低賃金額を知っている場合は「本当に知っている」、それ以外の場合は「知らない」という分類を行い、これを業種別にみた結果が表5に示されている。表2の結果と同じように、このクロス表の場合にも、「製造業」の回答割合が相対的に高く「本当に知っている」とする割合が26.3%なのに対して、「サービス業等」ではその割合が低く20.0%となっているが、大きな差は生じていない。
 正確に地域別最低賃金額を認識しているか否かを事業所規模別にみた結果が、表6である。表3の場合と同じように、事業所規模により最低賃金の認識状況に大きな差が観察される。事業所規模が大きくなるほど「本当に知っている」とする割合が高くなって

表4 平成16年度地域別最低賃金額

図



図7 地域別最低賃金額を本当に知っている事業所の割合
(「知っている」と回答した事業所における割合)
図


表5 業種別・本当に地域別最低賃金額を知っている事業所の割合
(全回答数に対する割合)

図



表6 事業所規模別・本当に地域別最低賃金額を知っている事業所の割合
(全回答数に対する割合)

図



 いる。「1〜4人」規模では、正確に地域別最低賃金額を知っている割合がわずか11.5%でしかないのに対して、「30人以上」規模では51.6%となっており、半数を超えている。

(2)地域別最低賃金額の認識経路
 地域別最低賃金額を正確に回答した事業所590件のうち、欠損値を除いた577件について、地域別最低賃金額をどのようにして知ったのか、その認識経路について聞いている。
 最も回答割合が高かった項目は「労働局のホームページやパンフレット等をみて」で、68.8%となっている。続いて、「業界団体の会報誌をみて」(10.6%)、「その他」(9.2%)、「市町村作成による広報誌をみて」(5.7%)、「新聞、テレビなどマスメディアを通して」(5.2%)の順となっている。なお、「その他」の回答事例としては、ハローワークが多く上げられていた(図8)。
 この結果をみてもわかるように、労働局を経由した情報に基づいて地域別最低賃金額を正しく認識している場合が多いことがわかる。今後、広く地域別最低賃金の存在を知らしめるための手段として、労働局のホームページやパンフレット等を活用することにより、その可能性が大きく広がることが考えられる。

図8 地域別最低賃金額の認識経路
図


 続いて、最低賃金額の認識経路を業種別にみる。図9をみてわかるように、最低賃金の認識経路に業種による大きな差は生じていないと言える。強いて言えば、「製造業」で「業界団体の会報誌をみて」とする割合が相対的に高いこと、「サービス業等」、「卸売・小売業等」で「その他」の割合が高いことに特徴がある。

図9 業種別・地域別最低賃金額の認識経路
図


 地域別最低賃金額の認識経路を事業所規模別にみると、「1〜4人」とそれ以外の規模で認識経路に大きな差のあることがわかる。事業所規模5人以上のカテゴリーをみると、「労働局のホームページやパンフレット等をみて」とする回答割合がいずれも70%を超える高い割合になっているのに対して、「1〜4人」規模の場合には43.4%と半数を下回っている状況である。「1〜4人」規模では、「労働局のホームページやパンフレット等をみて」とする回答割合が低い分、「業界団体の会報誌をみて」(16.2%)、「市町村作成による広報誌をみて」(13.1%)、「新聞、テレビなどマスメディアを通して」(11.1%)などの回答割合が相対的に高くなっており、地域別最低賃金額の認識経路が多様化している様子が窺える(図10)。

図10 事業所規模別・地域別最低賃金額の認識経路
図


(3)地域別最低賃金の賃金決定に及ぼす影響
 地域別最低賃金はパートタイム労働者等非正規社員の賃金決定に影響を及ぼしているという議論があるが、ここでは地域別最低賃金の賃金決定に及ぼす影響について考察する。具体的には、賃金決定に当たり、どの程度の事業所が地域別最低賃金を考慮しているのかについてみていくことにする。以下では、地域別最低賃金額を「知っている」と回答した事業所のうち、地域別最低賃金の額を正確に回答した事業所590件を対象として分析を行う。
 地域別最低賃金の影響は、上にも記したように、パートタイム労働者をはじめとした非典型雇用の賃金決定により大きく影響を及ぼしていることが考えられるが、ここではまず正社員の賃金決定について検討する。
 図11は、「正社員の賃金は何を考慮して決定していますか」という問いに対する多重回答の結果である。590件のうち16件が回答していないため、残りの574件を対象として分析を行っている。正社員の賃金決定要素として、最も回答割合が高かった項目は「経験年数に応じて」であり、63.4%となっている。以下、「仕事の困難度に応じて」(44.4%)、「同じ職種の従業員の賃金相場」(42.3%)、「年齢に応じて」(36.6%)の順となっている。「地域別最低賃金」(12.4%)は「産業別最低賃金」(12.2%)と並んで最も低い部類に属しており、正社員の賃金決定に当たっては、重要な賃金決定要素とはなっていない。

図11 正社員の賃金決定要素(多重回答)
図


 ところで、地域別最低賃金が賃金決定の重要な要素となっているのかどうかを検討する際に、対象となる事業所が産業別最低賃金適用事業所なのかどうかを識別する必要がある。産業別最低賃金適用事業所であれば、地域別最低賃金額にではなく、産業別最低賃金額によって従業員の賃金を決定する必要に迫られるからである。一方、産業別最低賃金額に拘束されない産業別最低賃金非適用事業所の場合には、産業別最低賃金適用事業所に比べて、地域別最低賃金額を従業員の賃金決定要素として考慮することが考えられる。
 図12は、正社員の賃金決定要素を産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別にみた結果である。産業別最低賃金適用事業所の場合には、無回答9件を除く323件が集計の対象となっており、産業別最低賃金非適用事業所の場合には、無回答7件を除く251件が集計の対象となっている。「地域別最低賃金」の割合をみると、産業別最低賃金非適用事業所の方が産業別最低賃金適用事業所に比べて、5.6ポイント高い回答割合となっている。「産業別最低賃金」とする割合をみると、産業別最低賃金適用事業所の方が産業別最低賃金非適用事業所に比べて、6.1ポイント高い回答割合となっている。また、産業別最低賃金適用事業所の場合、「経験年数に応じて」とする割合が、産業別最低賃金非適用事業所に比べて、8.6ポイント高い結果となっている。

図12 産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別正社員の賃金決定要素
(多重回答)
図


 正社員の賃金決定に際して、最も重視する要素は何かみた結果が図13である。無回答167件を除いた423件が集計の対象となっている。「経験年数に応じて」(27.0%)、「仕事の困難度に応じて」(25.5%)、「同じ職種の従業員の賃金相場」(22.2%)の3つの回答割合が高くなっており、正しく正社員の賃金決定における3大要因となっている。「地域別最低賃金」と回答している割合は3.5%であり、正社員の賃金決定に当たっては、重要視されていない状況が窺える。

図13 正社員の賃金決定要素(最も重視するもの)
図


 併せて、正社員の賃金決定要素のうち、最も重視する要素を産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別にみた結果が図14である。図12の多重回答の結果ほどには回答割合に差が生じていないが、「地域別最低賃金」については産業別最低賃金非適用事業所の方が、また「産業別最低賃金」については産業別最低賃金適用事業所の方が回答割合は高いという図12と同様の結果が観察される。

図14 産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別正社員の賃金決定要素
(最も重視するもの)
図


 続いて、パートタイム労働者について、その賃金決定要素を検討する。パートタイム労働者の場合、正しい地域別最低賃金額を回答した590件のうち116件の事業者が回答を行っていないため、474件を対象に分析を行う。最も回答割合が高いのは「同じ地域・職種のパートの賃金相場」であり、55.9%となっている。いわゆるパートの世間相場が大きな決定要因となっている。正社員の場合と同じように、パートタイム労働者の場合にも「仕事の困難度に応じて」(33.1%)、「経験年数に応じて」(31.6%)といった項目の回答割合が高くなっている。「地域別最低賃金」は27.2%で、第4番目に高い割合である。
 以上の結果は、正しい最低賃金額を回答した事業所474件を対象とした結果であり、回答全事業所2,434件を考えると、賃金決定における「地域別最低賃金」の役割は一段と小さなものになることが考えられる(図15)。

図15 パートタイム労働者の賃金決定要素(多重回答)
図


 パートタイム労働者の賃金決定要素を産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別に検討すると、正社員の場合と同様の結果が観察される。「地域別最低賃金」については、産業別最低賃金非適用事業所の方が8.7ポイント高く、「産業別最低賃金」については、反対に産業別最低賃金適用事業所の方が6.9ポイント高い割合となっている(図16)。

図16 パートタイム労働者の賃金決定要素(多重回答)
図


 図17は、パートタイム労働者の賃金決定に際して、最も重視する要素は何かを聞いた結果である。正しい地域別最低賃金額を回答した590件のうち、半数以上の301件が回答していないため、最も重視する要因を回答している事業所は289件となる。「地域別最低賃金」の割合は7.3%と小さく、パートタイム労働者の賃金決定に際して、「地域別最低賃金」が最も重要な賃金決定要素とはなっていないことがわかる。

図17 パートタイム労働者の賃金決定要素(最も重視するもの)
図


 また、パートタイム労働者の最も重視する賃金決定要素を産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別にみると、産業別最低賃金を最も重視する割合が産業別最低賃金適用事業所で9.8%、産業別最低賃金非適用事業所で4.0%と倍以上の差がみられる。(図18)

図18 産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別パートタイム労働者
の賃金決定要素(最も重視するもの)
図


 ところで、パートタイム労働者の賃金決定要素として「地域別最低賃金」を挙げている事業所に業種または事業所規模による差があるのかどうか検討したが、業種でみても事業所規模でみても大きな差は観察されなかった。そのため、ここではそれらの結果を割愛する。
 続いて、アルバイト2の賃金を決定するに当たり、地域別最低賃金がどの様な役割を果たしているのかみていくことにする。アルバイトの賃金は何を考慮して決定しているのかみた結果が、図19である。無回答事業所265件を除いた325件について結果をまとめている。
 結果は、パートタイム労働者の場合とほとんど同じである。「同じ地域・職種のアルバイトの賃金相場」とする割合が最も高くなっており、半数以上の事業所が賃金決定要素として挙げている(54.2%)。以下、「仕事の困難度に応じて」(30.8%)、「経験年数に応じて」(24.0%)の順番となっており、「地域別最低賃金」は第4番目に多い回答割合である(22.5%)。

図19 アルバイトの賃金決定要素(多重回答)
図


 アルバイトの賃金決定要素について、産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別に検討すると、正社員やパートタイム労働者の場合と同様に、「地域別最低賃金」については産業別最低賃金非適用事業所の方が高い割合となっている。ただ

図20 産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別アルバイトの賃金決定要素
(多重回答)
図


し、「産業別最低賃金」については、産業別最低賃金適用事業所と産業別最低賃金非適用事業所の回答割合にほとんど差がなく、わずかに産業別最低賃金適用事業所の回答割合が1.9ポイント高いだけとなっている(図20)。

 また、アルバイトの賃金決定に当たり、最も重視する要因を挙げてもらった結果が、図21である。412件の無回答があり、回答事業所は178件となっている。アルバイトの賃金決定に当たって、「地域別最低賃金」を最重視する事業所は8.4%であり、1割に達していない。アルバイトの賃金決定に際しても、「地域別最低賃金」は最も重要な賃金決定要素とはみなされていない。

図21 アルバイトの賃金決定要素(最も重視するもの)
図


 アルバイトの最も重視する賃金決定要素を産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別にみた結果が図22である。産業別最低賃金を最も重視する割合が、産業別最低賃金適用事業所で7.3%、産業別最低賃金非適用事業所で2.9%とパートタイム労働者の結果と同様、倍以上の差がみられる。

図22 産業別最低賃金適用事業所・非適用事業所別アルバイトの賃金決定要素
(最も重視するもの)
図


(4)地域別最低賃金近辺労働者の割合
 地域別最低賃金の影響を論じる場合、地域別最低賃金額近辺にどの程度の人数が張り付いているのかが重要となる。地域別最低賃金額近辺に多くの労働者の賃金が観察される場合、地域別最低賃金の変更は多くの労働者の賃金に影響を及ぼすことが考えられる。反対に、地域別最低賃金近辺にはあまり多くの労働者の賃金が観察されないとすると、地域別最低賃金額の変更は多くの労働者の賃金に影響を及ぼさないことが予想される。
 調査票では、地域別最低賃金の近辺にどの程度の労働者が張り付いているのかを知るために、地域別最低賃金額を「知っている」と回答した事業所に、最低賃金の100〜101%未満、101〜105%未満、105〜110%未満という3つのカテゴリーに全従業員の何%が含まれるのか聞いている。ただし、ここでも、地域別最低賃金額を事業所が正確に知っているということが前提となるため、正確に地域別最低賃金額を知っている事業所を対象として分析を行う。
 これまでの結果をみてもわかるように、パートタイム労働者の方が正社員よりも地域別最低賃金額に張り付くことが予想されるが、まず正社員の賃金分布について検討する。
 図11の正社員の賃金決定要素でもみたように、正社員の賃金は地域別最低賃金を考慮しては決定されていない場合が多かったことから、地域別最低賃金には張り付いていない場合が多いことが予想される。ところで、賃金の分布状況を集約する際に平均値を用いることがあるが、ここでの分析では平均値は用いない。その理由は0とする回答が多く、平均値を出してもあまり意味がないからである。
 表7は正社員を対象として、地域別最低賃金額の100〜101%未満の賃金額の者が、正社員の何%含まれるのかを回答してもらった結果である。地域別最低賃金額を正しく回答した590事業所のうち、304事業所が回答しておらず、分析には286事業所を対象とした結果が記されている。表中の該当従業員割合とは、地域別最低賃金額の100〜101%未満のカテゴリーの中に、実際に正社員の何%が実在するのか記してもらった値を列挙している。地域別最低賃金額の100〜101%未満というカテゴリーは、正に地域別最低賃金額を支給されている従業員グループと考えてよいであろう。
 表の結果をみると、「0」という回答割合が多くなっており(92.0%)、地域別最低賃金額近辺への張り付き状況が、正社員の場合にはあまり観察されないことがわかる。ただし、「100.0%」(2.4%)、「80.0%」(0.7%)など、正社員に対して地域別最低賃金額を支給している割合が高い事業所も、わずかではあるが存在することを記しておかなければならない。正社員に対して地域別最低賃金額を支給している事業所とは、どの様な特性を持つ事業所なのか簡単に記すことにする。正社員のすべてに対して地域別最低賃金を支給している事業所(「100.0」と回答した事業所を指す)は全部で7件であるが、業種別にみると、「製造業」1件、「卸売・小売業等」4件、「サービス業等」2件という内訳となっている。また、事業所規模で分類すると、「1〜4人」2件、「5〜9人」2件、「10〜29人」2件である(事業所規模不明が1件存在する)。同様に、80%の正社員に対して地域別最低賃金額を支給している事業所は、業種でみると「製造業」2件、事業所規模でみると「10〜29人」1件、「30人以上」1件となっている。正社員のすべてに地域別最低賃金額を支給している事業所、正社員の80%に地域別最低賃金額を支給している事業所を併せて考慮すると、これら正社員に地域別最低賃金額を支給している事業所には、業種による大きな偏りないしは事業所規模による大きな偏りはないと言える。

表7 地域別最低賃金額×100〜101%未満(正社員)

図



 同様に、表8及び表9は、地域別最低賃金額の101〜105%未満、地域別最低賃金額の105〜110%未満の中に正社員の何%が含まれるのかをみた結果である。「0」とする割合をみると、101〜105%未満の場合には88.4%、105〜110%未満の場合には75.7%となっており、100〜101%未満の場合ほどではないが大きな割合となっている。多くの事業所が、地域別最低賃金額とは異なるより高い賃金を支給していると考えられる一方で、105〜110%未満の場合には「100.0%」とする割合が11.1%となっているなど、比較的低い賃金を支給している事業所も併存していることを見過ごしてはならない。
 地域別最低賃金の105〜110%未満の分布で、該当従業員数を「100.0%」と回答している38件の事業所属性を簡単に記す。業種でみると、「製造業」13件(35.1%)、「卸売・小売業等」10件(27.0%)、「サービス業等」9件(24.3%)、「その他」5件(13.5%)、無回答1件という分布状況である。本調査回答事業所の業種分布が「製造業」45.7%、「卸売・小売業等」18.8%、「サービス業等」21.5%、「その他」13.9%であることを考慮すると、105〜110%未満の層で「100.0%」と回答している層は調査全体の業種分布に比べて、相対的に「製造業」の割合が低く「卸売・小売業等」の割合が高くなっている。
 また、事業所規模でみると、「1〜4人」15.8%、「5〜9人」23.7%、「10〜29人」39.5%、「30人以上」21.1%という分布状況である。本調査回答事業所の事業所規模分布が「1〜4人」37.1%、「5〜9人」22.2%、「10〜29人」25.7%、「30人以上」14.9%であることを勘案すると、105〜110%未満の層で「100.0%」と回答している層は調査全体の業種分布に比べて、相対的に「1〜4人」規模の割合が低く、「10〜29人」規模、「30人以上」規模といった規模の大きな事業所の割合が高くなっている。

表8 地域別最低賃金額×101〜105%未満(正社員)

図



表9 地域別最低賃金額×105〜110%未満(正社員)

図



 続いて、パートタイム労働者の賃金が地域別最低賃金額にどの程度張り付いているのかみていくことにする。既にみたように、パートタイム労働者の賃金決定要素として3割弱の事業所が「地域別最低賃金」を挙げており、正社員に比べて多くのパートタイム労働者が最低賃金近辺の賃金を得ていると予想される。
 表10は、事業所における地域別最低賃金額の100〜101%未満のパートタイム労働者の割合(全パートタイム労働者に対する割合)を示した結果である。分析の対象は、正確に地域別最低賃金額を回答した事業所590件のうち、この設問に回答した事業所254件である。地域別最低賃金額の100〜101%未満のカテゴリーというのは、正に地域別最低賃金額を支給されている層と考えてよい。
 結果を観察すると、「0」つまり該当するパートタイム労働者がいないとする割合がことのほか高く、86.6%となっている。正社員の場合には、この地域別最低賃金額を支給されている層が92.0%であったが、パートタイム労働者の場合にも、正社員に劣るとはいえかなり高い回答割合である。「1%以上20%未満」が3.6%、「20%以上50%未満」が1.2%、「50%以上100%未満」が2.4%、「100%」が5.9%という分布状況である。
 パートタイム労働者に地域別最低賃金額を支給している割合が高い事業所、「該当従業員割合」が「100.0%」ないしは「90.0%」という事業所はどの様な事業所なのであろうか。業種でみると、「100.0%」つまりパートタイム労働者のすべてに地域別最低賃金を支給している事業所は、「製造業」が6件、「卸売・小売業等」が5件、「サービス業等」が3件、業種不明が1件となっている。また、「90.0%」の場合には、「製造業」が1件と

表10 地域別最低賃金額×100〜101%未満(パートタイム労働者)

図



なっており、「製造業」、「卸売・小売業等」の割合が比較的高くなっている。事業所規模でみると、「100.0%」では「1〜4人」2件、「5〜9人」3件、「10〜29人」7件、「30人以上」2件となっており、なぜか「10〜29人」規模で割合が高くなっている。ただし、対象事業所数が少ないこともあり、明確な判断は下せない。また、「90.0%」では「30人以上」が1件となっている。
 表11、表12は、パートタイム労働者について、それぞれ地域別最低賃金額の101〜105%未満、105〜110%未満の割合を記した結果である。正社員の場合ほどではないにしても、いずれの表も「0」とする割合が高くなっており、パートタイム労働者が地域別最低賃金に張り付いているという状況は確認できない。いずれにしろ、ここでの分析は対象事業所数も少なく明確な判断を下せないことから、地域別最低賃金近辺の賃金分布状況については、『賃金構造基本統計調査』の個票を用いた分析に譲りたい。
 また、アルバイトの結果を表13〜表15(地域別最低賃金額×100〜101%未満、×101〜105%未満、×105〜110%未満)に示している。結果は、パートタイム労働者とほとんど同じであるため、説明は繰り返さない。

表11 地域別最低賃金額×101〜105%未満(パートタイム労働者)

図



表12 地域別最低賃金額×105〜110%未満(パートタイム労働者)

図



表13 地域別最低賃金額×100〜101%未満(アルバイト)

図



表14 地域別最低賃金額×101〜105%未満(アルバイト)

図



表15 地域別最低賃金額×105〜110%未満(アルバイト)

図



(5)地域別最低賃金の雇用抑制効果
 次に、地域別最低賃金の雇用抑制効果について検討する。調査票では、地域別最低賃金額を「知っている」と回答した事業所に、「これまでに、地域別最低賃金が引き上げられたために、新規雇用を抑制したことがありますか。」と尋ねている。「知っている」と回答した事業所が本当の最低賃金額を知っていれば問題ないが、既にみたように正確な最低賃金額を知っている事業所は限られている。過去の地域別最低賃金の雇用抑制効果を検討する際に、やはり現在の地域別最低賃金額を正確に知っていることが前提になると考えられる。というのは、現在の地域別最低賃金額を正確に認識していない事業所が、過去の地域別最低賃金額を正確に認識しているとは考えにくいからである。地域別最低賃金の過去の雇用抑制効果を調べるには、事業所が過去の地域別最低賃金額を知っていることが必要になる。こうした理由から、本稿では、地域別最低賃金額を「知っている」と回答した事業所のうち、正確に地域別最低賃金額を回答した事業所を選び、それら事業所について分析を行う。
 図23は、対象事業所590件のうち、無回答事業所25件を除いた565件について、地域別最低賃金引上げに伴う新規雇用抑制経験を尋ねた結果である。図から明らかなように、新規雇用の抑制経験がある事業所は4.2%のみで、ほとんどの事業所は「控えたことはない」と回答している。

図23 地域別最低賃金額引上げによる雇用抑制経験
図


 地域別最低賃金引上げに伴う新規雇用の抑制経験を業種別にみた結果が、図24である。正しい地域別最賃額を回答した事業所590件のうち、無回答の39件を除いた551件を対象として図を作成している。製造業においてやや雇用抑制経験がある割合が高いが、サンプルサイズが小さいため明確な判断は下せない。
 同様に、地域別最低賃金引き上げに伴う新規雇用の抑制経験を事業所規模別にみた結果が、図25である。無回答31件を除いた559件を対象とした結果である。事業所規模が小さいほど雇用抑制経験がある割合が高いが、業種別と同様、サンプルサイズが小さいため明確な判断は下せない。

図24 業種別・地域別最低賃金額引上げによる雇用抑制経験
図


図25 事業所規模別・地域別最低賃金額引上げによる雇用抑制経験
図


 また、調査票では、「仮に現在の地域別最低賃金が引き上げられた場合、新規雇用を控えることを考えますか。」と事業所に聞いている。地域別最低賃金を正しく回答した事業所590件のうち、無回答18件を除く572件について、地域別最低賃金引き上げによる雇用抑制意向を聞いた結果が図26である。
 「控えることを考える」とする割合が12.6%となっており、1割を超えている。地域別最低賃金引上げに伴う過去の雇用抑制経験の場合には、「経験あり」がわずか4.2%だったが、現時点で仮に最低賃金引上げがあるとした場合には、12.6%の事業所が新規雇用を控えると回答している。ただ、この場合にも多くの事業所(87.4%)は、新規雇用を控えないと回答しており、地域別最低賃金が引上げられたからといって、その結果がすぐに新規雇用抑制に繋がる可能性は低いと考えられる。

図26 地域別最低賃金額引上げによる雇用抑制意向
図


 また、業種別ないしは事業所規模別に新規雇用の抑制意向を検討したが、いずれの場合にも大きな差異は観察されなかったため、ここでは結果を割愛する。

 ところで、調査票では、新規雇用の抑制を考えるとした事業所に対して、現在の地域別最低賃金がどのくらい引き上げられると新規雇用を控えるのか聞いている。新規雇用を抑制すると回答した事業所72件のうち、無回答の7件を除いた65件を対象として結果をまとめたものが図27である。「1%以上5%未満」が最も回答割合が高く36.9%、続いて「5%以上10%未満」(21.5%)、「10%以上20%未満」(16.9%)、「1%未満」(13.8%)の順となっている。「1%未満」、「1%以上5%未満」を足しあわせると5割を超える値となり、相対的に低い最低賃金引上げであっても新規雇用を控える意向の事業所が多いことがわかる。

図27 新規雇用を控える地域別最低賃金額の引上げ割合
図


 上にも記したように、新規雇用を控えると回答した事業所のうち、現在の地域別最低賃金がどのくらい引き上げられると新規雇用を控えるのか回答している事業所は65件と少ないことから、これまでのように業種・事業所規模による分析は行わない。クロス表を作成した場合に、各セルに含まれる度数が極端に少なくなるからである。

 調査票では、新規雇用を控える回答した事業所に、地域別最低賃金がどの程度引き上げられると新規雇用を抑制するのか聞くと同時に、仮に地域別最低賃金が10%(1時間当たり60円〜70円程度)引き上げられた場合、何人ぐらい新規雇用を控えるのか併せて聞いている。
 新規雇用を抑制すると回答した事業所72件のうち、24件の無回答を除いた48件について結果をとりまとめたものが図28である。図にあるように、「1人」が27.1%、「2人」が27.1%、「3〜4人」が18.8%、「5〜9人」が8.3%、「10人以上」が18.8%という回答状況である。当然のことではあるが、事業所における従業員数の多寡によって新規雇用抑制人数は異なってくるはずであるので、事業所規模別に新規雇用抑制人数をみる必要がある。本来であれば、対象となっている事業所数がかなり少なく、各セル内の度数が少ないためにクロス表の作成は望ましいものではないが、そうした無理を承知で新規雇用抑制数を事業所規模ごとに検討する。表16は、事業所規模別にみたクロス表である。規模の小さい事業所では「1人」、「2人」とする少ない抑制人数が顕著であるが、規模の大きな事業所では反対に新規抑制雇用者数が多くなっている。事業所規模により、抑制雇用者数に差が生じている。

図28 地域別最低賃金額を10%引き上げた場合の雇用抑制人数
図


表16 事業所規模別・新規雇用抑制人数

図



(6)地域別最低賃金の役立ち度
 地域別最低賃金を正確に回答した事業所に対して、地域別最低賃金の役立ち度合を尋ねた結果が図29である。無回答事業所17件を除いた573件について結果を取りまとめている。「役に立っている」とする事業所は24.6%であり、地域別最低賃金を積極的に評価しない事業所も多いことがわかる。

図29 地域別最低賃金の役立ち度
図


 地域別最低賃金の役立ち度を業種別、事業所規模別に検討したが、特に業種、事業所規模による差異が観察されなかったため、ここではその結果を割愛する。

 調査票では、地域別最低賃金は「役に立っている」と回答している事業所に対して、その理由を聞いている。回答選択肢は、「パートタイム労働者やアルバイトの賃金を決める上で参考になる」、「企業間の公正競争(同種企業間の不当な賃金切り下げ競争を防いでいること)を確保する上で役に立っている」、「地域別最低賃金があることで高い賃金が設定され、従業員の能率向上に役に立っている」、「その他」の4つである。回答対象事業所は138件である。
 結果をみると、「パートタイム労働者やアルバイトの賃金を決める上で参考になる」とする割合が圧倒的に高く、8割を超えている(81.2%)。既にみたように、パートタイム労働者の賃金は必ずしも地域別最低賃金に張り付く状況ではなかったが、「役に立っている」と回答している多くの事業所で、地域別最低賃金をパートタイム労働者やアルバイトの賃金の参考としていることがわかる(図30)。

図30 地域別最低賃金が役立っている理由
図


 なお、地域別最低賃金が役立っていると思う理由を、業種別、事業所規模別に検討したが、特に明確な差が観察されなかったため、ここでは結果を割愛する。

 地域別最低賃金が「役立っていない」と回答した事業所に、その理由を尋ねている。回答項目は、「競争を行う上で最低賃金が足かせとなるから」、「低賃金でも働きたい者の雇用機会を減らしているため」、「最低賃金が低すぎて参考とすることがないことから」、「その他」の4つである。回答対象事業所は123件である。図31はその結果であるが、7割を超える事業所(71.5%)が「最低賃金額が低すぎて参考とすることがないことから」と回答している。多くの事業所が、低すぎる最低賃金額を役に立っていない理由として指摘している。
 また、地域別最低賃金が役立っていないと思う理由を、業種別、事業所規模別に検討したが、業種または事業所規模による明確な差が観察できなかったため、ここではその結果を割愛する。

図31 地域別最低賃金が役立たない理由
図


(7)地域別最低賃金を知らない理由
 調査票では、現在の地域別最低賃金額を知らないと回答した事業所に対して、知らない理由を尋ねている。回答項目は以下5つである。「そもそも最低賃金制度が存在することを知らなかった」、「最低賃金制度の存在は知っていたが、適用されることを知らなかった」、「最低賃金の確認方法がわからない」、「低賃金労働者がいないため、最低賃金について確認する必要がない」、「その他」の5つの項目である。25件の無回答を除き、1,252件の事業所を対象として結果を取りまとめている。
 「低賃金労働者がいないため、最低賃金について確認する必要がない」とする回答割合が最も高く(49.8%)、半数を占めている。続いて、「最低賃金の確認方法がわからない」(16.9%)、「そもそも最低賃金制度が存在することを知らなかった」(11.7%)の順番となっている。
 また、「そもそも最低賃金制度が存在することを知らなかった」(11.7%)、「最低賃金制度の存在は知っていたが、適用されることを知らなかった」(10.7%)、「最低賃金の確認方法がわからない」(16.9%)の3つの回答割合を足しあわせると約4割(39.3%)となる。これらの理由は、正に最低賃金制度の存在を正しく知らしめることによって解決される理由である。質的にも、また量的にもより一層充実した地域別最低賃金の広報活動により、これら4割を占める理由は解消可能である。
 「その他」で目についた理由として、社会保険労務士に人事管理関連業務の相談に乗ってもらっているとする回答があった。最低賃金についても事情を知っている社会保険労務士に任せておけば、担当者自身は最低賃金額を知らなくてもよいという理屈であろう(図32)。

図32 地域別最低賃金額を知らない理由
図


 なお、地域別最低賃金額を知らない理由を業種別に検討したが、業種による明確な傾向が観察されなかったため、ここでは結果を割愛する。
 表17は、地域別最低賃金を知らない理由を事業所規模別に検討した結果である。この表から観察される特徴は、以下の2点であろう。「そもそも最低賃金制度が存在することを知らなかった」とする回答割合は、事業所規模が小さいほど高くなっている。事業所規模「1〜4人」の場合には回答割合が15.7%なのに対して、「30人以上」の場合には2.5%である。この結果は、地域別最低制度の広報活動が、規模の小さな事業所ほど必要であることを物語っている。2点目は、「低賃金労働者がいないため、最低賃金について確認する必要がない」とする割合が、相対的に規模の大きな事業所で高いということである。

表17 事業所規模別・地域別最低賃金額を知らない理由

図



4 産業別最低賃金に関する分析
(1)産業別最低賃金制度の認識状況
 調査票では、「産業別最低賃金は、事業の公正競争をより確保するなどの目的から、都道府県ごとの特定産業について最低賃金を設定しているものです。」と解説した後、産業別最低賃金制度について知っているかどうか尋ねている。
 図33は、その産業別最低賃金制度の認識状況を図にした結果である。無回答277件を除く2,157事業所が分析対象となっている。産業別最低賃金制度を「知っている」と回答している事業所は4割である(40.6%)。ただし、地域別最低賃金の場合もそうであったように、本当にこの制度を知っている者は4割を大きく下回ることが予想される。制度の概要を知っているのかどうか、調査票で確認できないことはなかったが、作業が繁雑となるため、今回の調査では見送った。

図33 産業別最低賃金制度の認識状況
図


 表18は、産業別最低賃金制度の認識状況を業種別にみた結果である。産業別最低賃金の適用業種が製造業に多いせいか、「製造業」で「知っている」とする割合が相対的に高くなっている。反対に、「サービス業等」では「知っている」とする割合が低くなっている。

表18 業種別・産業別最低賃金制度の認識状況

図



 また、表19は、産業別最低賃金制度の認識状況を事業所規模別にみた結果である。地域別最低賃金の場合と同じように、産業別最低賃金の場合でも、事業所規模が小さいほど「知っている」とする割合が低くなっている。事業所規模「30人以上」の場合には、「知っている」とする割合が71.9%と高いのに対して、「1〜4人」規模の場合には23.8%とかなり低い回答割合である。

表19 事業所規模別・産業別最低賃金制度の認識状況

図



 今回の調査では、産業別最低賃金適用事業所及び産業別最低賃金非適用事業所のリストをもとに、回答事業所が産業別最低賃金適用事業所なのか否かをおおよそ識別できるようにしている。その適用事業所区分で産業別最低賃金制度の認識状況をみた結果が、表20である。因みに、今回の調査で産業別最低賃金適用事業所は1,257件で、全事業所数2,434件の51.6%を占めている。産業別最低賃金非適用事業所は1,177件である。
 適用事業所の方が非適用事業所に比べて、10ポイント程度「知っている」とする割合が高くなっている。ところで、適用事業所は、本来であれば、多くの事業所が「知っている」と回答するのが当然である。それなのに、「知っている」とする回答割合は半数(46.3%)を下回っており、非適用事業所との回答割合の差も10ポイント強程度とそれほど大きな差とはなっていない。

表20 適用事業所別・産業別最低賃金制度の認識状況

図



 調査票では、産業別最低賃金制度を「知っている」と回答した事業所に、「貴事業者は産業別最低賃金の適用事業所ですか。」と聞いている。ここでの設問の意図は、以下の通りである。産業別最低賃金制度を「知っている」と回答した事業所のうち、産業別最低賃金適用事業所がどの程度正確に自事業所が適用事業所であることを知っているのか確認することである。
 図34は、適用事業所に自分の事業所が産業別最低賃金適用事業所であるのかどうかを回答してもらった結果である。産業別最低賃金制度を「知っている」と回答した事業所876件のうち、無回答52件を除外した824件について結果をまとめている。適用事業所であり、かつ自分の事業所が産業別最低賃金の適用事業所であると正確に答えられているところは、適用事業所の44.1%である。適用事業所でありながら、適用事業所ではないと回答している事業所は16.7%を数え、また産業別最低賃金の適用事業所かどうか知らないと回答している事業所は39.2%となっている。
 適用事業所であるにも関わらず、産業別最低賃金制度を「知らない」と回答した事業所が既にみたように適用事業所の半数を超え、さらに産業別最低賃金制度を「知っている」と回答した事業所の場合でも、「産業別最低賃金の適用事業所ではない」、「産業別最低賃金の適用事業所かどうか知らない」と回答している事業所が併せて55.9%もいることから、産業別最低賃金の適用事業所であり、しかも自分の事業所が「産業別最低賃金の適用事業所である」と回答している適用事業所は214件、つまり適用事業所全体の17.0%でしかない。地域別最低賃金の場合にも、地域別最低賃金額を正しく認識できている事業所は、事業所全体の24.2%でしかなかったが、産業別最低賃金の場合にも非常に低い認識度合である。もちろん、適用事業所リストに含まれる事業所すべてが本当の産業別最低賃金適用事業所ではないかもしれず、ここでの結果が、実態を過小評価している可能性がないとはいえない。しかしながら、多くの事業所は、産業別最低賃金適用事業所であるはずであり、産業別最低賃金制度の実効性に問題がないとはいえないと思われる。

図34 産業別最低賃金適用事業所か否か
図


(2)産業別最低賃金適用事業所の認識経路
 産業別最低賃金適用事業所で、しかも自分の事業所が適用事業所だと回答した事業所214件のうち、無回答8件を除いた206件について、産業別最低賃金適用事業所だということをどの様にして知ったのかを聞いている。
 地域別最低賃金の場合と同じように、「労働局のホームページやパンフレット等をみて」とする割合が最も高く、74.3%となっている。続いて、「業界団体の会報誌をみて」(13.1%)、「同業他社の話を聞いて」(3.4%)などの順となっている。産業別最低賃金適用事業所の認識経路としても、労働局が重要な役割を果たしていることがよくわかる(図35)。

図35 産業別最低賃金適用事業所の認識経路
図


 ところで、産業別最低賃金適用事業所であり、かつ自分の事業所が適用事業所であると回答している事業所は、どの様な業種別構成となっているのだろうか。対象事業所214件のうち、無回答事業所4件を除いた210件についてみると、「製造業」が75.7%、「卸売・小売業等」が12.9%、「サービス業等」が5.7%、「その他」が5.7%となっている。製造業に産業別最低賃金適用事業所が多いことを反映して、上記結果となっている。対象事業所数が少なすぎるため、以下の分析では、業種による分析を差し控えることにする。
 図36は、事業所規模別に適用事業所の認識経路をみている。地域別最低賃金の場合と同様で、「1〜4人」規模の認識経路は他の事業所規模と異なっていることがわかる。他の事業所規模の場合、労働局経由の認識割合が軒並み7割を超えているのに対して、「1〜4人」規模では労働局経由の割合が48.4%と5割を下回っている。その分「業界団体の会報誌をみて」(25.8%)、「同業他社の話を聞いて」(9.7%)などの回答割合が相対的に高くなっている。

図36 事業所規模別・産業別最低賃金適用事業所の認識経路
図


(3)産業別最低賃金額近辺労働者の割合
 地域別最低賃金の場合と同じように、調査票では、産業別賃金額近辺の労働者の張り付き状況を検討するために、産業別最低賃金額×100〜101%未満、産業別最低賃金額×101〜105%未満、産業別最低賃金額×105〜110%未満の層に従業員がどの程度いるのかを尋ねている。まずはじめに断っておかねばならないのは、地域別最低賃金の分析でも述べたように、回答事業所数が少ないために、必ずしも充分な分析ができないという ことである。より詳細な分析は、『賃金構造基本統計調査』の個票を使った分析に譲る。
 まず正社員に関する分析であるが、地域別最低賃金の場合と同様に、「該当従業員割合」が「0%」とする割合が産業別最低賃金額×100〜101%(表21)、産業別最低賃金額×101〜105%(表22)、産業別最低賃金額×105〜110%(表23)のいずれでも高くなっており、産業別最低賃金額近辺に労働者が張り付いている状況は確認できない。

表21 産業別最低賃金額×100〜101%未満(正社員)

図



表22 産業別最低賃金額×101〜105%未満(正社員)

図



表23 産業別最低賃金額×105〜110%未満(正社員)

図



 パートタイム労働者の場合も、正社員の場合ほどではないが、「該当従業員割合」を「0%」とする事業所が多く、また「100.0%」をはじめとした高い「該当従業員割合」も少ないことから、産業別最低賃金額近辺にパートタイム労働者が張り付いている状況は確認できない(表24〜表26)。

表24 産業別最低賃金額×100〜101%未満(パートタイム労働者)

図



表25 産業別最低賃金額×101〜105%未満(パートタイム労働者)

図



表26 産業別最低賃金額×105〜110%未満(パートタイム労働者)

図



 アルバイトの場合も、正社員やパートタイム労働者と状況は変わらないため、以下では結果のみ掲載する(表27〜表29)。

表27 産業別最低賃金額×100〜101%未満(アルバイト)

図



表28 産業別最低賃金額×101〜105%未満(アルバイト)

図



表29 産業別最低賃金額×105〜110%未満(アルバイト)

図



(4)産業別最低賃金の雇用抑制効果
 続いて、産業別最低賃金の雇用抑制効果について検討する。調査票では、これまでに産業別最低賃金が引き上げられたために新規雇用を抑制したことがあるかどうかを聞いている。産業別最低賃金の適用事業所であり、自分の事業所が適用事業所であると回答した事業所214件のうち、無回答25件を除外した189件についてまとめた結果が図37である。控えたことがあるとする割合はわずか4.8%であり、産業別最低賃金額の引上げは、新規雇用に対して大きな抑制効果を持たないことが確認される。
 なお、この抑制効果を事業所規模別に検討したが、事業所規模による顕著な差異が観察されなかったことから、ここでは結果を割愛する。

図37 産業別最低賃金額引上げによる新規雇用抑制経験
図


 また、調査票では、仮に現在の産業別最低賃金が引き上げられた場合、新規雇用を控えるかどうか尋ねている。無回答18件を除いた196件についてみると、控えることを考える割合は18.4%となっている。上にみたこれまでの雇用抑制経験の場合には、実際の経験ということもあり、抑制割合が4.5%と低かったが、ここでは仮定の話ということもあり、控えることを考える割合が高くなっているのかもしれない(図38)。
 新規雇用を控えると回答した事業所35件について、現在の産業別最低賃金がどの程度上昇すると、新規雇用を控えるのかみた結果が、図39である。「5%以上〜10%未満」(31.4%)、「1%未満」(25.7%)、「1%以上〜5%未満」(25.7%)とする割合が多く、産別最賃がそれほど引き上げられなくても(1時間当たり60円〜90円程度まで)、新規雇用を抑制する意向であることがわかる。

図36 産業別最低賃金額引上げによる新規雇用抑制意向
図


図39 新規雇用を控える産業別最低賃金額の引上げ割合
図


 また、新規雇用を控えると回答した事業所に、仮に産業別最低賃金額が10%(1時間当たり60〜90円程度)引上げられた場合、何人ぐらい新規雇用を控えるのか聞いている。無回答の割合が多く、回答事業所は29件である。「1人」(31.0%)ないし「2人」(27.6%)とする割合が高く、両者で6割弱を占めている(図40)。

図40 産業別最低賃金額10%引上げの場合の抑制人数
図


(5)産業別最低賃金制度廃止の際の対応
 仮に現在ある産業別最低賃金制度が廃止されたとすると、どのような行動を事業所がとるのか聞いている。選択肢は以下の4つである。「賃金を現状のままとし、雇用量も増やさない」、「賃金を引き下げ、雇用量を増やす」、「賃金を引き下げるが、雇用量は増やさない」、「その他」の4つの選択肢である。事業所の行動は、産業別最低賃金額近辺にいる労働者の数、企業の経営状況、労働市場の状況などをはじめとした様々な要因の影響を受けるため、事業所のはっきりとした行動予想は立てられない。産業別最低賃金額近辺の給与を得ている労働者が皆無の事業所では、産業別最低賃金制度が廃止されたといっても直接影響を受けない可能性が高い。産業別最低賃金額近辺の賃金を多くの従業員に支給している経営の立ち行かない企業の場合には、産業別最低賃金額を地域別最低賃金額のレベルまで引き下げるか、そもそも従業員そのものを解雇するかもしれない。事業所(企業)の置かれている状況によって、対応は大きく変わってくる。
 図41は、その事業所の行動をみた結果である。無回答事業所25件を除く189件が対象である。図から明らかなように、「賃金を現状のままとし、雇用量も増やさない」が圧倒的に多く、77.2%となっている。例え、産業別最低賃金が廃止されたとしても、多くの事業所の賃金や雇用量には影響が及ばないものと考えられる。
 また、産業別最低賃金制度が廃止された場合の事業所の行動を、事業所の従業員規模別に検討したが、規模による明確な差が観察されなかったため、ここでは結果を示さない。

図41 産業別最低賃金制度が廃止された場合の行動
図


 産業別最低賃金制度が廃止された場合、「賃金を現状のままとし、雇用量も増やさない」と回答した事業所に対して、賃金を引き下げない理由を尋ねている。無回答4件を除く142件の結果を取りまとめたものが、図42である。「現在雇っている従業員のやる気に影響するため」とする割合が最も多く(52.8%)、半数を超えている。続いて、「賃金を引き下げると適当な人材が集まらないため」(23.9%)、「社会的な責任として好ましくないから」(16.2%)の順となっている。産業別最低賃金が廃止されたとしても、賃金を引き下げない主な理由は、従業員の士気に影響するからであることがわかった。

図42 賃金を下げない理由
図


 なお、上記理由を従業員規模別に検討したが、規模による明確な差が観察できなかったため、結果は割愛する。

 ところで、産業別最低賃金が廃止された場合に、「賃金を引き下げ、雇用量を増やす」、ないしは「賃金を引き下げるが、雇用量は増やさない」と回答している事業所に対して、従業員の賃金を引き下げる場合、平均どの程度賃金を引き下げるのか尋ねている。上記2選択肢の行動は、雇用量増加の有無が生じるため、別々に分析するのが本当のところであろうが、分析の対象となる事業所数が少ないため、本稿では2選択肢をいっしょにして分析を行う。対象事業所21件のうち、無回答の3件を除く18件について結果を取りまとめた。
 「5%以上〜10%未満」(44.4%)、「5%未満」(33.3%)、「10%以上〜20%未満」(22.2%)、「20%以上」(0%)となっている。事業所は、おおよそ5%〜10%を中心に賃金引下げを考えていることがわかる(図43)。

図43 賃金を引き下げる割合
図


(6)産業別最低賃金の役立ち度
 産業別最低賃金の適用事業所であり、かつ自分の事業所が適用事業所であることを正確に認識している事業所に対して、産業別最低賃金の役立ち度合について聞いている。
 地域別最低賃金の場合と同じように、「どちらともいえない」とする割合が最も多く、51.0%とおよそ半数を占めている。「役に立っている」、「役に立っていない」とする割合は、それぞれ24.5%でる。「役に立っている」として、積極的に産業別最低賃金の役割を評価している事業所は4分の1であり、残りの事業所はそれほど産業別最低賃金を評価していない(図44)。

図44 産業別最低賃金の役立ち度
図


 産業別最低賃金の役立ち度を事業所規模別にみると、30人以上とそれ以下では産業別最低賃金の評価に差が観察される。「1〜4人」、「5〜9人」、「10〜29人」という30人未満の事業所規模の場合、「役に立っている」とする割合が15〜20%の間にあるのに対して、「30人以上」の場合には36.8%でそれらの倍近い割合となっており、産業別最低賃金をより評価していることがわかる。一方、規模の小さな「5〜9人」では、「役に立っていない」とする割合が特に高く(45.8%)、半数弱の割合である。総じて、規模が大きな事業所が産業別最低賃金を評価しており、反対に規模の小さなところは評価していない傾向にある(図45)。

図45 事業所規模別・産業別最低賃金役立ち度
図


 産業別最低賃金が役に立っていると感じている事業所に、役に立っていると思うその理由を尋ねている。選択肢は、「パートタイム労働者やアルバイトなどの賃金を決める上で参考になる」、「企業間の公正競争(同種企業間の不当な賃金切り下げ競争を防いでいること)を確保する上で役に立っている」、「産業別最低賃金があることで、より優秀な新規採用者の確保や現在の従業員の能率向上が望める」、「その他」の4つである。無回答2件を除いた47事業所が対象となっている。
 4分の3以上の事業所(76.6%)が「パートタイム労働者やアルバイトなどの賃金を決める上で参考になる」と回答しており、産業別最低賃金が適用事業所の非正規社員の賃金を決める上で主に役立っていることがわかる(図46)。

図46 産業別最低賃金が役立っている理由
図


 また、調査票では、産業別最低賃金が役に立っていないと思う理由も事業所に聞いている。回答項目は、「競争を行う上で産業別最低賃金が足かせとなるから」、「低賃金でも働きたい者の雇用機会を減らしているため」、「地域別最低賃金があるため、さらに産業別最低賃金を設けることに意味がないから」、「産業別最低賃金額が低すぎて、参考にしないため」、「その他」の5つである。無回答事業所5件を除いた44件について結果を取りまとめている。
 「産業別最低賃金額が低すぎて、参考にしないため」が最も高い割合となっており(40.9%)、以下「地域別最低賃金があるため、さらに産業別最低賃金を設けることに意味がないから」(22.7%)、「低賃金でも働きたい者の雇用機会を減らしているため」(15.9%)、「競争を行う上で産業別最低賃金が足かせとなるから」(13.6%)の順となっている。産業別最低賃金が役に立たない最も大きな理由は、最低賃金額の水準の低さにある(図47)。

図47 産業別最低賃金が役立っていないと思う理由
図


(7)他産業の産業別最低賃金の影響
 他産業の産業別最低賃金額が高いために、他産業に人材を持って行かれてしまい、事業所の新規採用など人材確保の点で困難を来す場合が考えられる。そこで、調査票では、「自分の産業ではない他産業の産業別最低賃金は貴事業所に人材確保の観点から影響していますか。」と尋ねている。無回答事業所29件を除く185件について、他産業の産業別最低賃金の影響をまとめた結果が図48である。
 「影響している」とする回答割合は2割強(21.6%)であり、残りの8割弱(78.4%)は「影響していない」と回答している。
 この他産業における産業別最低賃金の影響を事業所規模別にみると、「30人以上」とそれ以外の従業員規模で、「影響している」とする割合に15ポイント程度の差が生じている。つまり、規模の大きな「30人以上」で回答割合が高くなっているのである(図49)。
 今回の調査では、事業所規模30人以上というのは、業種でいうと原則製造業に対象が絞られるため、他産業の影響を受けているのは製造業である可能性が高くなる。そこで、業種を「製造業」と「製造業以外」に分類して、他産業の産業別最低賃金の影響をみると、「製造業」では「影響している」の回答割合が25.5%なのに対して、「製造業以外」では「影響している」の割合が7.5%となっており、両者に20ポイント近い回答割合の差が生じている。事業所規模における回答割合の差は、業種(製造業とそれ以外)による差でもあるのである(図50)。

図48 他産業の産業別最低賃金の影響
図


図49 事業所規模別・他産業の産業別最低賃金の影響
図


図50 業種別・他産業の産業別最低賃金の影響
図


補論 地域別最低賃金額・産業別最低賃金制度の認識に係る若干の計量分析


 地域別最低賃金額や産業別最低賃金制度における事業所の認識状況について、再度簡単な計量分析を行い、事実を確認することとしたい。こうした分析を行うことの意図は、以下の点にある。例えば、地域別最低賃金額を本当に知っている事業所について、業種別・事業所規模別の分析を行ったが、事業所規模による差異は観察されたものの、業種による差異は観察されない結果となった。しかしながら、事業所規模30人以上というのは、冒頭にも説明したように原則製造業の事業所であった。つまり、事業所規模が大きいほど地域別最低賃金額を正確に知っているという結果は、実は事業所規模の大きい製造業の事業所が地域別最低賃金額を知っていたという結果なのかもしれない。また、業種・事業所規模の分析は行ったけれども、併せて事業所設立年の分析は行っておらず、クロス表にみる結果は、地域別最低賃金額認知の業種別分析または地域別最低賃金額認知の事業所規模別の分析でしかない。業種・事業所規模・事業所設立年などの相互作用をコントロールした純粋な業種、事業所規模、事業所設立年などの影響をみたいのである。

(1)地域別最低賃金の認識に関する分析
 まず、地域別最低賃金額に関する認識状況について分析を行う。調査票で、事業所が立地する県(都、道、府)の地域別最低賃金額を「知っている」と回答し、実際に記入してもらった最低賃金額が現在の都道府県の最低賃金額に一致する場合、地域別最低賃金額を「知っている」、そうでない場合、地域別最低賃金額を「知らない」とする。この最低賃金額に関する認識を、以下のプロビット・モデルを用いて検証する。

 yi*=Xiβ+ui (1式)

yi=

< 

1(知っている) if yi*>0

0(知らない) if yi*<0

 yi*は観測できない潜在変数であり、yi*>0ならyi=1(知っている)が観察され、yi* <0ならyi=0(知らない)が観察される。Xiは事業所の最低賃金に関する認識に影響を及ぼす説明変数であり、以下の説明変数を導入する。
 Size1(事業所規模ダミー変数 if 事業所規模5〜9人の場合 Size1=1)
 Size2(事業所規模ダミー変数 if 事業所規模10〜29人の場合 Size2=1)
 Size3(事業所規模ダミー変数 if 事業所規模30人以上の場合 Size3=1)
 (ただし、事業所規模ダミー変数のベースは、事業所規模1〜4人である。)
 Retail(業種ダミー変数  if 卸売・小売業、飲食店、宿泊業の場合 Retail=1)
 Service(業種ダミー変数  if サービス業、医療・福祉業の場合 Service=1)
 Others(業種ダミー変数  if その他の場合 Others=1)
 (ただし、業種ダミー変数のベースは、製造業である。)
 Set64(事業所設立時期ダミー変数  if 平成元年以降の場合 Set64=1)
 Set5063(事業所設立時期ダミー変数 if 昭和50年〜昭和63年の場合 Set5063=1)
 Set20(事業所設立時期ダミー変数  if 昭和20年以前の場合 Set5063=1)
 (ただし、事業所設立時期ダミー変数のベースは、昭和20年〜昭和49年である。)

 事業所規模と業種を説明変数としたのは、クロス表を用いた分析を既にそれぞれ行っているためであり、また業種をコントロールした事業所規模の影響、事業所規模をコントロールした業種の影響をみるためである。また、事業所設立時期を説明変数として含めたのは、次のような理由からである。事業所立ち上げに際して、事業所は当然人事管理に関する情報にアクセスしなければならないが、事業所の立ち上げが新しいほど、そうした人事管理に関する情報は朽ちてはおらず、従って地域別最低賃金額に関する情報についても確かなものとなっているだろうという仮説を検証するためである。
 また、βは説明変数Xの係数値であり、uは誤差項を、下付のiは対象となった個人を示している。
 表31はプロビット推定に用いられた変数の記述統計量であり、表32はプロビット推定の推計結果である。SIZE1、SIZE2、SIZE3という事業所規模に関する変数は、すべて1%水準で統計的に有意であり、しかも係数の値が事業所規模が大きくなるに従って大きくなっている。これは、事業所の規模が大きくなるにつれて、地域別最低賃金を認識する事業所が増えていることを示している。また、業種の効果をみると、どの業種も統計的に有意とはなっていない。つまり、事業所規模と事業所設立時期をコントロールした結果でみると、どの業種も製造業とは統計的に異なった認識状況ではないことがわかる。

表31 記述統計量

図



 事業所の設立時期をみると、SET64は5%水準で統計的に有意である。SET5063、SET20が統計的に有意ではないことから、平成元年以降に設立された事業所は、他の時期に設立された事業所と比べて、地域別最低賃金額に関する認識が高いことが示されている。なお、Cは定数項を示している。
 クロス表から観察された事業所規模に関する知見(事業所規模が大きいほど、地域別最低賃金額の認識が高まるという結果)の他、設立時期が新しい平成元年以降で地域別最低賃金額の認識が高まるということが明らかとなった。

表32 地域別最低賃金額の認識に関するプロビット・モデルの推計結果

図



(2)地域別最低賃金の役立ち度に関する分析
 続いて、地域別最低賃金額を正しく言い当てた事業所を対象として、地域別最低賃金の役立ち度を検証する。地域別最低賃金が役に立っているかどうかについて、「役に立っている」、「役に立っていない」、「どちらともいえない」の3つの選択肢の中から事業所に回答してもらっている。役立ち度に関する分析を、以下の順序プロビット(Ordered Probit)・モデルに従って行う。

 yi*=Xiβ+ui (2式)

yi=

< 

0(役に立っていない) if yi*<α
1(どちらともいえない) if α<yi*<γ
2(役に立っている) if γ<yi*

 yi*は観測できない潜在変数であり、yi*<αならyi=0(役に立っていない)が観察され、αi*<γならyi=1(どちらともいえない)、γi*ならyi=2(役に立っている)が観察される。α、γはどちらも未知の正の値をとるパラメータであり、データを用いて推計される。また、Xiは役立ち度に影響すると考えられる変数であり、地域別最賃額の認識に関する分析と同じように、事業所規模ダミー変数、業種ダミー変数、事業所設立時期ダミー変数を説明変数とする。βは説明変数Xの係数値であり、uは誤差項を、下付のiは対象となった個人を示している。

表33 記述統計量

図



 表33は順序プロビット・モデルの推計に用いた変数の記述統計量であり、表34 は地域別最低賃金の役立ち度に関する順序プロビット分析の結果である3

表34 地域別最低賃金の役立ち度に関する順序プロビット・モデルの推計結果

図



 ほとんどの変数が統計的に有意でなく、地域別最低賃金の役立ち度に影響を与えていないことがわかる。唯一、SIZE3(事業所規模30人以上)だけが5%水準で統計的に有意であり、事業所規模1〜4人に比べて、地域別最低賃金を役立っているとする割合が高くなっている。クロス表による分析では明確な結果が観察されなかったが、より詳細な計量分析によって、地域別最低賃金の役立ち度に対する事業所規模の効果が明らかとなった。

(3)産業別最低賃金制度の認識に関する分析
 地域別最低賃金額の場合と同じように、産業別最低賃金制度の認識に関する分析を行う。ただし、地域別最低賃金の場合のように、事業所が記入した産業別最低賃金額を確かめて産業別最低賃金を知っているとするわけではない。既に説明したように、煩雑さを避けるために、調査票の中で産業別最低賃金額については聞いていない。調査票の中で、最低賃金制度について「知っている」と回答している事業所を、文字通り産業別最低賃金制度を「知っている」とみなして分析を行う。そのため、本当は産業別最低賃金を知らないのに、「知っている」と間違って回答している事業所が含まれている可能性もあるが、識別の手立てがないことから、このまま分析を続けることにする。
 地域別最低賃金の場合と同様に、プロビット・モデルによって推計を行う。なお、説明変数は、事業所規模ダミー変数、業種ダミー変数、事業所設立時期ダミー変数の他に、適用事業所ダミー変数(ADAPT)を用いる。産業別最低賃金の適用事業所である場合、当然のことながら産業別最低賃金についてより認識割合が高まると予想されることから、この変数を導入する。厚生労働省が作成した適用事業所リストに名前がある場合=1、そうでない場合=0としてダミー変数を作成する。
 表35は記述統計量であり、表36は産業別最低賃金に関する認識をプロビット・モデルで推計した結果である。事業所規模ダミー変数であるSIZE1、SIZE2、SIZE3は、どの変数も統計的に有意であり、その係数値が事業所規模の高まりとともに大きくなっていることから、事業所規模が大きくなるにつれて産業別最低賃金に関する認識が高まることがわかる。意外なことに、適用事業所ダミー変数であるADAPTは、有意水準5%でも統計的に有意ではない。この結果は、産業別最低賃金適用事業所であろうがなかろうが、統計的には両者に差がないことを示す結果である。つまり、適用事業所・非適用事業所間で産業別最低賃金の認識に差がないことを示している。業種でみると、サービス業等(Service)やその他(Others)は統計的に有意であり、しかも係数の値がマイナスであることから、業種のベースとなっている製造業に比べて、これら2業種では産業別最低賃金に関する認識が低いことが窺える。

表35 記述統計量

図



表36 産業別最低賃金制度の認識に関するプロビット・モデルの推計結果

図



 なお、地域別最低賃金の場合と同じように、産業別最低賃金の役立ち度について順序プロビット・モデルを用いて推計を行ったが、対象となる事業所数が少なく、結果が表示されなかった。そのため、ここではその結果の提示は行わない。


(注)
1 調査対象となっていた10,000件のうち、720件が宛先不明、廃業により調査の対象外となった。返送された調査票2,434件を実質的な調査対象となった9,280件で割り、有効回収率26.2%を算出した。
2 本調査におけるアルバイトとは、事業所でそう呼ばれている者すべてを指している。
3 順序プロビット(Ordered Probit)・モデルの推計に際しては、パッケージ・ソフトとしてEViewsを用いて分析を行った。EViewsでは、定数項とlimit pointsのα、γが識別できないため、定数項を導入しても推計から除外される。そのため、推計結果からは定数項は除外されている。


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