05/01/25 第13回今後の労働契約法制の在り方に関する研究会議事録         第13回 今後の労働契約法制の在り方に関する研究会                  日時 平成17年1月25日(火)                     10:00〜12:00                  場所 厚生労働省17階専用第18〜20会議室 ○菅野座長  定刻になりましたので、第13回の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」を 開催いたします。本日はご多忙の中をお集まりいただきまして、誠にありがとうござい ます。本日は、内田先生、春日先生、山川先生、吉田参事官から御欠席という連絡をい ただいております。荒木先生は若干遅れて来られるということです。  本日は、「労働契約法制の意義、規定の性格、履行確保・紛争解決の方法」を議題と して予定しております。まず事務局から説明をお願いします。 ○労働基準局監督課長(苧谷)  それでは、資料1に沿って御説明いたします。I「現状及び問題点」の1の「労働契 約法制の意義」です。(1)労働契約を取り巻く状況の変化です。近年、産業構造の変 化が進む中で、人事管理に関する企業の意識が変化し、人事管理の個別化・多様化等が 進むとともに、就業形態や就業意識の多様化が進んでおり、このような状況の大きな変 化の下で、労働契約をめぐる紛争が増加する傾向にあります。これは資料2の1頁辺り を見ますと、右肩上がりで労働関係の民事訴訟関係が上がっていたり、2頁、3頁を見 ますと、相談件数なども非常に増加していることが分かろうかと思います。  一方、労働契約に関するルールについては、実定法や判例法理においてルールが明確 となっていない場合があります。判例法理では労使にとって具体的な事案への当てはめ が容易ではないことがあります。ルールの再検討を要する場合も生じていること等、状 況の変化に十分に対応できていないと考えられます。  また、近年、個別労働関係紛争解決促進法に基づく助言・指導及びあっせんや労働審 判制度の新設などにより、個別労働紛争解決システムの整備が進んでいることも労働関 係を取り巻く重要な環境変化となっています。  (2)労働契約法制の必要性です。このため、労働契約に関するルールについて、労 働者が納得・安心して働ける環境づくりや今後の良好な労使関係の形成に資するよう、 包括的なルールの整理・整備を行い、その明確化を図ることが必要となっている。  また、上記の個別労働紛争解決システムが有効に機能するためには、労働関係当事者 の権利義務関係を規律する規範が明確化されていることが不可欠です。  ということで2「規定の性格」ですが、いろいろな分類方法として、まず(1)強行 規定と任意規定があります。労働条件の最低基準を定める労働基準法や最低賃金法にお いては法が定める基準に達しない労働条件を定める労働契約の部分を無効とし、無効と なった部分については、法で定める基準によることとされており、強行的、直律的な効 力で定められています。  一方、男女雇用機会均等法や高年齢者雇用安定法には、直律的効力はありませんが、 強行的な効力はあり、法の規定に反した労働契約は無効となります。労働関係法令にお いては、当事者が当該規定と異なる意思を表示しない場合に適用される任意規定は多く ありません。  (2)実体規制と手続規制という分類方法もあろうかと思います。また、法律等によ る規制の在り方としては、実体規制と手続規制があり得ます。  例えば、労働基準法において時間外労働を許容する要件として、災害その他避けるこ とができない事由による臨時の必要がある場合という実体的要件を定めて行政官庁の許 可等により許容する規制は実体規制の例です。労使協定を締結し行政官庁に届け出ると いう手続要件を課して時間外労働を許容する規制は手続規制の例です。  また、判例法理においても実態面に着目したルールと手続面に着目したルールが見ら れます。例えば、就業規則の不利益変更の拘束力について、「(就業規則)条項が合理 的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、そ の適用を拒むことは許されない」として、第四銀行事件において示された就業規則変更 の「必要性及び内容の両面から」「合理性を有するもの」といえるかどうかを判断する というルールは、主として実体面に着目したものということができます。他方、フジ興 産事件において示された「就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力 を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知する手続が採られて いることを要する」とするルールは手続面に着目したものといえます。こういう分類が あろうかと思います。  3「履行確保・紛争解決の方法」、(1)労働関係法令の履行確保の方法です。労働 関係法令の履行確保の方法は様々であり、労働基準法のように罰則をもって使用者の義 務の履行を担保し、かつ、臨検監督による行政指導が予定されているものがあるほか、 男女雇用機会均等法のように、罰則規定がなく行政指導による履行確保が予定されてい るものがあります。  また、労働契約承継法のように、厚生労働大臣が指針を策定するほか特段の行政指導 を予定しないものもあります。労働関係法令のうち民事的な効力が定められているもの については、民事裁判によってその履行が最終的に確保されます。  そこで、男女雇用機会均等法第26条等の事業主が行政指導に従わなかった場合にその 旨を公表することにより履行確保を図る例や、助成金を支給することにより事業主等に 一定の行為を行う動機付けを与えている例もあります。  (2)労働契約をめぐる紛争解決の方法ですが、労働契約をめぐる紛争は、最終的に は民事裁判によって解決されますが、近年では、簡易・迅速な紛争解決を促進するため の裁判外の紛争処理制度として、個別労働関係紛争解決促進法に基づく助言・指導、あ っせん等が多く活用されています。  また、裁判所が関与する民事裁判以外の紛争処理制度として、民事調停も利用可能で あるほか、労働審判制度が新たに設けられました。  紛争解決の方法の一つである仲裁に関しまして、将来において生ずる個別労働関係紛 争を対象とする仲裁合意は、仲裁法附則第4条により、当分の間、無効とされていま す。これは、労働者と使用者の情報の質及び量、交渉力の格差から対等な立場での合意 が期待しがたく、公正でない仲裁手続が合意されるおそれがあり、また、労働者の裁判 を受ける権利の制限につながるという問題があることによります。  一方で、同じく交渉力等に格差があると考えられる消費者と事業者の間の仲裁合意に ついては、将来において生ずる紛争に関する仲裁合意も有効としつつ、消費者からの解 除を広く認めるものとされています。消費者契約については、仲裁法制定以前より建設 工事紛争審査会において、事前の仲裁合意に基づく仲裁が一定数活用されていたこと等 によります。  II「論点」、1の(1)労働契約法制の意義です。労働契約をめぐる状況の変化の下 で、労働契約に関するルールを整備することについて、どのように考えるか。また、ル ールを整備する際に基本となる理念について、どのように考えるか。  以下の目的のため、労働契約に関するルールを整備することが必要ではないか。逆に 言えば、これらの目的がルールを整備する際の基本理念となるのではないか。このほ か、どのような目的・基本理念があるか。  この目的としては、まず、労働契約は労使が対等な立場で締結すべきことにかんが み、労働者と使用者の情報の質及び量、交渉力の格差を是正すること。  二つ目として、労働契約をめぐる紛争を未然に防止し、その自主的な解決を図るた め、労使当事者が自主的な決定を円滑に行うための環境を整備し、労使当事者間の権利 義務関係を明確にすること。  三つ目として、労働関係が公正で透明なルールによって運営されるようにすること。  (2)労働契約法制の内容と法律の必要性は、労働契約に関するルールとして、労働 契約の成立・展開・終了全体を通して、どのようなものを定めることが必要か。また、 これを法律で定めることについてどのように考えるか。  (1)のとおり労使当事者間の権利義務関係を明確にする必要があることから、労働 契約に関するルールとして必要な事項について、労働契約に関する権利義務の発生、変 動、消滅の要件と効果を定めるべきではないか。このような権利の発生要件等を定める ためには法律によることが必要ではないか。  また、(1)の目的を達成するためには、労働契約に関するルールを労使当事者に周 知する必要があり、この観点からも法律に規定することが適切ではないか。  労働契約の内容は合理的に解釈されるべき旨の解釈規定や意思表示の解釈の在り方に ついての規定等を定めることについて、どのように考えるか。  また、指針等によって示すべきルールがあるか。例えば、解雇権濫用に該当するかど うかの判断基準や、配置転換の際に配慮すべき事項、懲戒の程度と懲戒事由などについ て、どのように考えるか。  2「規定の性格」です。(1)強行規定と任意規定。労働契約法制において、強行規 定として規定すべき事項と、任意規定として規定すべき事項について、どのように考え るか。また単なる強行規定・任意規定ではなく、労使協議や労使協定等の集団的な手続 を踏んだ場合にのみ個別の合意や就業規則の別段の定めを認める規定を置くことについ て、どのように考えるか。  労働者と使用者の間には情報の質及び量、交渉力の格差があるところ、労働契約の公 正さを担保するためには、法律で定める規定の多くは強行規定とすべきか。  一方、複雑・不明確となりがちな権利義務関係を明確にすることが主として必要とさ れる分野については、単なる強行規定ではない規定もありうるのではないか。例えば、 出向に際しては、労働者と出向元・出向先との間の権利義務関係が不明確となりがちで あることから、労働者と出向元・出向先との権利義務に関して、当事者間に定めがない 場合の任意規定を定めることや、集団的な手続を踏んだ場合にのみ就業規則等の別段の 定めを認める規定を定めることが考えられるのではないか。  (2)実体規制と手続規制。労働契約法制において、実体的な規制をするべき事項 と、手続的な規制をすべき事項について、どのように考えるか。  労働契約の内容等の適正さを保つためには、例えば、解雇権濫用法理のような実体規 制は有効な規制方法であると考える。ただし、「客観的に合理的な理由を欠き社会通念 上相当であると認められない場合」に権利の濫用として無効とするとか「就業規則条項 が合理的である限り、労働者を拘束する」などの抽象的な実体規制は、必ずしも具体的 な事案に適用する際の結果の予測が容易なものとはならない場合もあることに留意する 必要がある。  一定の法律行為に所定の手続を踏むことを要求する手続規制を設けることによって、 労働契約の内容がより適切なものとなることが期待され、また、抽象的な実体規制に比 較すると、手続規制は具体的な事案において要件が満たされているか否かの判定が容易 であり結果の予測可能性が高まるメリットもある。  そこで、手続規制が可能な場面では、必要に応じて、実体規制と併せて手続規制を定 めることや、実体規制よりも手続規制に比重を置いた規制を定めることが適当な場合も あるのではないか。  3「履行確保・紛争解決の方法」です。(1)行政の関与の在り方。労働契約法制に 関する履行確保・紛争解決の方法について、どのように考えるか。  労働契約法制においては、労働契約に関する権利義務の発生、変動、消滅の要件と効 果を定めるものであり、罰則をもって履行を確保すべき労働条件の最低基準とは異なる ことから、罰則を設けることは適切ではないのではないか。  また、労働契約法制は、労使間の紛争を未然に防止し自主的な解決を図ることを目的 とすることから、労使当事者からの要請なしに行政が労使間に積極的に介入し行政指導 を行うことも、適切とはいえないのではないか。  履行に係る行政の関与は、労使当事者間で労働契約をめぐる紛争が生じ、かつ、当事 者が行政の指導・援助を求める場合に行うべきであるとすれば、現在活用されている個 別労働紛争解決促進法に基づく手段を主として利用することが、適当ではないか。  これらのことから、労働契約法制は、罰則を前提とする労働基準法やその他積極的な 行政指導を前提とする現行の各労働関係法令とは別に、新たな法律として規定すること が適当ではないか。  なお、罰則や積極的な行政指導により履行を確保する必要がある事項については、労 働基準法の改正等により別途対応することも必要となるのではないか。  労働契約法制において定められた労働契約に関するルールについては、最終的には裁 判における本案判決によって、強制力をもってその履行が確保されます。  このような紛争の終局的解決に至る前の仮の権利保護としては仮処分が迅速な方法と して活用されており、さらに、裁判所が関与する迅速かつ実効的な紛争解決方法として 労働審判制度が設けられました。  また、個別労働紛争解決促進法に基づく裁判外の紛争解決制度の活用も、紛争の簡易 ・迅速な解決のために効果的ではないか。  そして、これらの紛争解決システムが有効に機能するために権利義務関係を明らかに するルールが明定される必要があるのではないか。  さらに、紛争を未然に防止し自主的な解決を図るためには、行政として、労働契約法 制の周知広報のほか、労働契約に関する指針を策定し、また、資料・情報を収集し労使 に対して適切な情報提供を行うことが必要ではないか。  (2)仲裁合意の効力。将来において生ずる個別労働関係紛争を対象とする仲裁合意 は、当分の間、無効とされていることについて、どのように考えるか。  個別労働関係紛争についても、労働者に不利益にならない形での仲裁は、簡易・迅速 な紛争解決方法として有意義ではないか。将来において生ずる個別労働関係紛争を対象 とする仲裁合意の効力については、個別労働紛争解決制度や労働審判制度の活用状況、 労働市場の国際化等の動向、個別労働関係紛争についての仲裁のニーズ等を考慮して労 働契約上の問題として引き続き検討すべきであり、このことを法律上明確にすることに ついて、どのように考えるか。以上です。 ○菅野座長  ありがとうございました。それでは、本日の議題を御説明いただいた論点ペーパーに 従って御議論いただきたいと思います。最初にいまの説明全体について、御質問があれ ばお願いいたします。どの点でもいいのですが、労働契約法制の意義と規定の性格辺り をひとまとめにします。 ○曽田先生  II論点の「労働契約法制の意義」の(1)の小さい字で書かれているところのいちば ん上に、「労働契約は労使が対等の立場で締結すべきことにかんがみ、労働者と使用者 の情報の質及び量、交渉力の格差を是正すること」とありますが、それに加えて、社会 的、経済的立場の差というか力の差というか、使用者と労働者の置かれている地位の差 も考慮しながら、労働契約法制を作っていく必要があるのではないかという感じがしま すが。 ○菅野座長  交渉力の格差というのは、そういう意味も。 ○労働基準局監督課長  そういう趣旨も入っています。 ○菅野座長  このごろはそういう言い方をするのです。我々のときには曽田先生のような言い方を したのですが。 ○土田先生  口火を切る意味で問題提起をしますと、いまのところの3つ目の項目の「労働関係 が、公正で透明なルールによって運営される」、その次の(2)の小さな字で書かれて いる「権利義務関係を明確にする必要があることから要件と効果を定めるべきではない か」というのは、よく分かるのですが、場合によってはレベルが異なる問題が2つ含ま れているという気もするのです。つまり、内容の公正さと内容決定に至る手続の透明 さ。ここに書いてある実体規制と手続規制に関連すると思います。  今日、来る途中でこれを読みながら、大体四つぐらい労働契約法制のモデルがあり得 るのではないかと考えました。それは手続と実体のかかわり方によって違うのですが、 一つはアメリカ契約法のモデルがあると思います。アメリカの契約法の考え方を少し勉 強してみますと、契約自由や契約的処理ということがよく言われますが、あまり契約交 渉の手続にも介入しないという点が特色だと思います。日本だと労働条件の変更に際し て、よく労働者の真意に基づく合意かどうかを問題にしますが、労働者側が真意ではな いということを主張したケースでも、大体その主張は退けられることが多いように思い ます。  なぜそういうことを考慮しないのか。不本意ながら合意したことについて、合意だと 認めてしまう。つまり、表示された意思の拘束力を認めるということだと思います。な ぜそういう考え方をとるのかを考えてみると、きちんとした交渉をするインセンティブ を与えているという規制の側面もあるという気もします。つまり、嫌々ながら同意した が、ともかく同意した労働者については、そのリスクを負わせるということで、逆にそ うなりたくなければきちんと主張すべきことは主張して交渉しなさいというインセンテ ィブを与えている側面もあるのではないかと思います。  アメリカの契約法ですと、作成者不利の原則が登場してくるわけですが、これも使用 者が約款的なものについて、きちんと説明しなければ、そのリスクを負わせる。言い換 えると、きちんと説明させることのインセンティブを与えているという意味もあるので はないかと思います。結局それは自主的な取決めや、自主的な交渉のインセンティブ を、非常に重視しているのがアメリカ契約法の考え方で、これによれば、あまり手続に も介入しないというモデルが一つあります。不勉強ですが、見るところ、交渉力、情報 格差があるわけですから、それがうまくいかない、このモデルがうまく機能しないケー スも多々あるのではないかという印象を持っています。  第二のモデルは、これと対極にあるのかもしれませんが、ドイツの考え方です。端的 にいえば、ドイツの契約法ですと、リヒティヒ・カエツキベールという、正当性の保証 と訳すのでしょうが、契約の拘束力を考えるときに、正当性の保証ということがしばし ば言われます。みんながみんなそう言っているわけではありませんが、そういうことが しばしば言われるということは、契約内容の正当性、つまり実体規制を非常に重視して いるモデルではないかと思います。  そうなりますと、実体規制とか内容規制に踏み込んでいかざるを得ないわけで、事実 ドイツの判例も学説も程度の差はあれ意識している点です。これですと、権利義務の内 容を明確に定めるというモデルが一つ出てきます。  私は以前はこれはいいのではないかと思ったのですが、最近は労働契約という側面と 果たして整合するのかという疑問を持っていて、そこまで実体的に介入するのはどうか という疑問もあるわけです。  そうしますと、一つこういうことが考えられるのではないかというのは、労働契約は 契約ですので、契約の交渉という側面に重点を置いた手続的な規制がまず中心になるべ きではないかという考え方もできると思います。そこに適宜実体的規制を組み込む。  ペーパーにあるとおり、労働契約は対等の立場で締結すべきだということがあります から、そういう交渉をサポートする、そういうインセンティブを提供する規制が一つ考 えられるのではないかと。  そのようなモデルの一つとして、最近、日本で登場したのは改正特許法第35条のモデ ルです。これは手続中心モデルで、従来の対価の相当性判断という実体的審査をやめ て、対価の決定に至る手続について定めています。しかも、これは制度設計の段階では 集団的協議、適用の段階では個別的な手続という、二段階の手続規制を予定していま す。これはこれで一つのやり方だと思いますが、これで日本の労働契約法制全般を考え ることができるかというと、例えば、懲戒を考えると、手続規制だけで済ませるわけに はいかないだろうと思います。以前も出ましたが、懲戒事由の該当性や懲戒権の濫用と いう規制はあるわけで、それをどう法制に反映させるかということがあるわけです。  そうすると、手続規制と実体規制をもう少しリンクさせるような構想も可能ではない かと思っています。すでに出ている配置転換、転勤の際のいろいろな配慮義務は、一種 の手続規制ということもできるわけですが、その効果は権利濫用、人事権濫用という実 体効果、実体規制に結び付くわけです。  いまの特許法も手続をきちんとしなければ、裁判所の対価決定権、改定権という実体 的な法律効果に結び付くわけで、必ずしもそう排他的ではない。そうすると、手続規制 を重視しながら、それを権利濫用などの効果、実体規制の要素とするという考え方もで きるのではないかという気がします。人事異動、人事考課、懲戒、就業規則の変更とい う問題などは、そういうことでも考えられるのではないかと。  ただ、両者のバランスですが、非常に一般的には労働者の利益、権利への影響が強け れば強いほど実体規制が強まるという整理ができるのかなと思いますが、いずれにして もそうなると規範としては非常に抽象的な要件と効果になって、その内容として手続を 重視するという考え方ができますから、先ほどの指針やガイドラインが別途非常に重要 になってくるのではないかという気がします。 ○菅野座長  最後の手続規制と実体規制を組み合わせるのが適当な事項というのは、人事考課と何 ですか。 ○土田先生  人事異動で、典型的には配置転換です。それから人事考課、懲戒、労働条件の変更も 変更権をどうするかというのは別にして、集団的な合意による合理性の推測を認めると いう、いまの判例の考え方は一種手続的な規制を組み込んで、変更の効力という実体的 な効果に結び付けていきますから、同じようなことができるわけです。手続は集団と個 別と両方レベルがありますが、場合によっては両方必要だし、場合によってはどちらか 1つということです。 ○荒木先生  非常に重要な御指摘だと思います。教えていただきたいのですが、改正特許法の第35 条で、集団的手続に加えて個別的な手続も重視していると言われたのですが、個別的な ところを重視しているというのは、具体的にはどういうことでしょうか。 ○土田先生  対価決定基準の策定のときに協議をするというのが集団的な手続で、開示をする。も う一点は、それに基づいて対価を決めるときに、意見聴取をするという意見聴取が個別 的な手続に当たると思います。意見聴取というと、労働法だと意見を聴き置くという趣 旨だと思いますが、改正特許法の場合には、もう少し実質的な話合いを想定しています ので、かなり実質的な手続を考えているのではないかと思います。 ○荒木先生  そういう個人からの意見聴取を経ずに、対価を決めても相当性がないとみなされると いうことになるわけですか。 ○土田先生  そうです、その重要な要素になると思います。あの法律の場合には、例えば発明の規 定を作ったとして、作った段階では集団的に協議で関与できるわけですが、そのあと入 社した人については、もう協議のプロセスから除外されているわけです。  もう一つは、実際にあなたの発明に対していくら払うという適用の場面が最終的な問 題になるわけですから、そのときにはきちんと意見を聞いて話合いをしたかったという ことを組み込んでいる。 ○荒木先生  いま御指摘の点は、労働関係でもたくさん当てはまる場面がありますね。成果主義や 査定によってどういう評価をするかという枠組み自体は集団的に決めますが、実際に個 々人に査定の結果、いくらボーナスの枠を決めるかという場合には個別適用になります から、その場合に手続という観点が、なおそこに入ってくるのだということですね。モ デルが四つぐらいあると言われたのですが、アメリカモデルとドイツモデルということ ですが、そのほかは。 ○土田先生  いまの特許法のようなモデルで、手続だけとは言いませんが、ほぼ手続を履行したか どうかで決めるというモデルです。四つ目はそうもいかないので、最後の手続と実体を 組み合わせるということです。 ○荒木先生  4番目の手続と実体を組み合わせる場合に、事項によっていろいろあり得るのでしょ うか。つまり、いまの話ですと、ドイツはかなり公正審査というか、裁判所の内容審査 を取り入れているという話でしたが、実体と手続をやる場合に、裁判所はその両方を審 査するということになりましょうかね。もし仮に4番目のモデルで、抽象的に合理的で あることとか、権利濫用であることとか、そういうのも実体に入るのかどうかも議論が あるのですが、内容審査ということからすると、裁判所は内容がいいかどうかを審査す るということと、手続と両方を見るということになるのか。あるいは実体規制と手続規 制の組合せの在り方もいろいろありますが、その両方を重視する場合もあるし、実体規 制から、むしろ手続規制に比重を移すという規制の在り方もある。事項によるのではな いかというのが、このペーパーの趣旨だと思うのですが、先生が言われたのもそういう 趣旨でしょうか。 ○土田先生  そうです。やはり事項によるのではないかと思います。人事考課などだと、評価の妥 当性よりは手続をきちんと行ったかというほうに移行する、そちらが中心になるでしょ うし、懲戒などの場合は行われた懲戒処分が妥当かどうかという実態と、懲戒処分を下 すまでの手続を行ったかという双方ということにならざるを得ないのではないか。つま り事項によるのでしょうかね。 ○西村先生  この手続と実体を組み合わせると四つのパターンというか、タイプが出てくるという 話で、単純に考えれば、実体も手続も重視する、実体は重視するが手続は重視しない、 手続は重視するが実体はあまり見ない、実体も手続も重視しないという四つのタイプで すが、そのことですか、それともそれとはちょっと違うのですか。 ○土田先生  そうですが、四つ目がたぶんいちばん難しくて、そこをどう考えていくかということ です。 ○西村先生  従来、特許法の第35条については、実体が重視されていて、手続はほとんど問題がな かったのを、実体よりむしろ手続のほうに移したという話ですね。アメリカは手続も実 体も重視しないという、算数でいえば、第三象限の問題の話ですかね。 ○土田先生  独特の規制の仕方をしているとは思うのですが、例えば、作成者不利の原則というの があって、これは意外と効いているらしくて、そこは使用者が十分な説明をしなければ 使用者が不利に解釈されるということは、しばしばあるのです。ですから、ある意味で は規制はあるのです。でもそれは労働者から見ると、真意でなかった云々ということに ついてはチェックしないというのは、結局当事者の交渉を信頼して自由に交渉すれば、 その結果が合理的であるという前提に立って、だから交渉をしなさい。それについては 自由な交渉があくまでも重要で、そこに法的に規制をかけることはしないというのがア メリカ法の発想なのかと。 ○村中先生  日本とアメリカやドイツと比較するときに、契約の実態というか、そういうところが 相当違うのではないか。アメリカやドイツでは契約でかなり事細かに決めますが、その 中で契約法をどう語るかという場合と、日本のように契約では何も決めていないし、就 業規則を見ても、使用者側の形成権や指揮命令権で非常に広い範囲で認めている。個別 に何か特約することが少ない場合とそうでない場合とで同じには論じられないのかなと いう印象を持ちます。  日本では例えば、配転問題を考えるときに、配転命令権みたいのが当然あって、それ に手続規制をかけるのか、実体規制をかけるのかという問題設定の仕方と、そもそも労 働契約で勤務地は一つに特定しなければならないため、配置転換は契約の変更の問題 で、契約の変更は原則として労使で合意しなければならないという形で規制をかけるの かとか、もう一段違うレベルの問題もあるのではないかと感じています。しかし、どう 考えるのだと言われると意見はまだないのです。 ○西村先生  私も村中先生と同じような感じの疑問というか考え方を持っています。出向に関して 裁判所で争われているケースを見ていると、まず出向について個別的な合意がなけれ ば、こういうタイプの出向はできないのではないかという争い方があります。個別的な 合意がなくても労働協約あるいは就業規則である程度きっちり定めておけばできるので はないかというレベルの問題と、出向についての権限は確かに認めるが、まさに出向先 と出向元との間の権利義務関係、労働条件が不利益になるような場合の保障はないので はないか、期間が長すぎるのではないか、場所が遠すぎるのではないかなどのレベルの 問題があります。  だから、権利義務関係が不明確なときに、例えば契約法で出向に関して個別的合意で なければ出向できないなどと言えば、非常に簡単なのでしょうが、それは簡単に言えま せん。そういうレベルでどのような契約法制を考えるか。出向権限があることを前提に して、出向先で出向元との間の権利義務関係を、どのように形づくるのがいいのか。そ れは当事者の納得で決めれば、誰もあまり文句を言わないだろうと思うし、あまり恣意 的な決め方をすれば問題が出てくるだろう。出向一つを取っても、いろいろなレベルで 契約上の権利義務が問題になるので、簡単に実体と手続と分けられないのかなという感 じがします。 ○菅野座長  なぜ実体規制よりは手続規制のほうがいいと言うのか。特許法第35条の場合には、従 来は相当の対価というので、裁判所が対価の相当性を判定するというか、それに介入し て判断していたのが、それでは適当ではないというので、今度は原則として手続の相当 性に変えようとなったのはなぜかというと、各ケースで非常に違っていて、発明の意義 やどのようにして発明が生まれたのか、企業がどのようなことをやったのかなど、非常 に多様であって、それを裁判所がちゃんと判断できるのかとか、各企業で自主的にでき たら決めさせたほうが多様性などの点でいいのではないか。ただ手続的に公正な交渉が 行われたなどということを確保する必要があるということですね。そういう意味では手 続規制のほうがいいというのは、労使の自主的な決定を尊重したほうがいい。それだけ 多様な事項であるということですかね。  契約法制の場合、基本は強行規定だと思いますが、非常に変化が激しい、多様になっ ている、それにも対応する必要があるという意味では、確かに手続規制というのは、一 つの手法なのかという気がします。 ○曽田先生  よく分からないのですが、手続規定と実体規定が非常に分かれてしまうのではなく、 実体規定の中でもレベルがあって、それを強行的にしなければいけないような実体規制 と、場合によっては手続規制がある程度行われれば、実体規定がそれでカバーされると いうか、ミックスでやれる分野もあるのでしょうか。手続規定と実体規定がくっきりと 分かれてしまうのではないのではないかという気がするのですが。 ○荒木先生  このペーパーはそういう趣旨だと思います。5頁で強行規定と任意規定が書いてあ り、強行規定・任意規定の4行目ぐらいに「単なる強行規定・任意規定ではなく、労使 協議や労使協定等の集団的な手続を踏んだ場合にのみ異なる定めを認める」とあって、 ここでは手続規制を入れてくるわけです。すなわち、強行規定で実体を規制すること は、もちろんありますが、これは絶対やってはいけないと国が規制するのではなく、原 則はそうなのだが、当事者はこういうやり方のほうがいいのだというのを公正に定めた 場合には、それでよろしいと、強行性を一定の場合に解除する。そのためにはこういう 手続を踏みなさいという規制をする。それが5頁のいちばん下に書いてある実体規制、 手続規制の両方を取り入れた規制の在り方ということだと思います。 ○菅野座長  実体規制と手続規制が組み合うというのは、こればかりではなく、相当の対価などは そうだと思います。相当の対価を請求する権利があるのだというのは、実体規制でもあ るのです。しかし、「相当な」というのは、非常に抽象的な概念で、その中身をどう定 めるかについては、手続的規制を重視しましょうということです。だから、客観的に合 理的な理由があるかどうかは強行規定であって、客観的に合理的な理由があるかどうか については手続的に判断しましょうというやり方があると思います。 ○荒木先生  就業規則の合理性判断なども同じような問題で、合理的か否かは、裁判所が内容を審 査するのですが、その場合にどういう手続を踏んで新しい就業規則を作ったのかに着目 する。それを重視することになると、実体を全く見ないのではないが、しかし、裁判所 の審査としてはどういう手続でそういう就業規則改定に至ったのかという手続を重視し ようという在り方もあるということだと思います。 ○土田先生  村中先生と西村先生が言われた点は、最初に問題を提起したときに、主に何を考えて いたかというと、西村先生が言われた段階で言えば、権利義務の形成や内容で、そのと きにそれについて、例えば権利濫用という実体的な規制を考えて、その要素として手続 をどこまで組み込めるかという点に着目して話をしたのです。当然その前の段階とし て、おっしゃったとおり、権利義務の根拠というか、どうやって権利義務が発生する か。出向で言えば、なぜ出向の義務が発生するのかという問題があって、発生したこと を前提に権利濫用や労働条件が下がるような場合について、どのようなルールを置く か。  後のほうについては、先ほどのようなモデルが一つあると思いますが、その前の権利 義務の根拠づけ、設定の段階について、もちろん別の問題があると思います。そこで実 体法的なルールを置く。例えば、出向であれば本人同意というルールを置くというのは 実体的なルールです。しかし、集団的な手続を踏んだ場合には解除できる。解除という のか、労働協約や就業規則で、その出向についての制度設計について、きちんと手続を 踏んでいれば、それで認めるという場合には手続の要素が入ってくる。両方いろいろな レベルで実体規制、手続規制が組み込まれてくると思います。  先ほど菅野座長が言われた点ですが、手続的規制を組み込むことのメリットという か、組み込むことの正当化根拠については、労使間の自主的交渉が望ましいということ と、多様性ということがあると思います。  もう一点、ここでも前から言っていますが、企業という組織において行われる交渉だ という要素があるのではないか、チェックポイントがあると思っています。となると、 もちろん交渉なのですが、労働契約は組織で展開される契約であるわけですから、それ は企業側に一定のイニシアティブ、権利が認められるケースを想定してかかる必要があ るのではないか。  ということは逆にいうと、いくら交渉と言っても、最初から出ている交渉力格差があ るわけですから、それは企業組織の点からすると、交渉のサポートというか、手続的な チェックはせざるを得ないという、その2点が出てくるのではないかと思います。  荒木先生が言われた集団的な手続を踏んだ場合の解除規定というのは、具体的にどう いう事項について、どういう規制が考えられるのでしょうか。ぺーパーには出向の場合 の権利義務の点が書かれていますが。 ○荒木先生  私がそう考えているというのではないのですが、例えば、このペーパーに従ってそう いう考え方を仮に敷衍すると、出向労働者の懲戒問題について、出向先が懲戒権をもつ のか、出向元がもつのか分からないことがあります。それは規定がないことが困るの で、それについては規定を置く。それは純然たる任意規定ではなく、一定の手続、要件 に従った手続を踏めば、それと異なる規定ができる。我が企業グループの出向において は、この法定の整理、この場合には出向先がもつ、こちらの場合には出向元がもつとい う切り分け方は妥当ではないという場合には、所定の手続を踏んだ場合には、それと異 なる出向関係を設定できるという規定を置けば、個別契約で「あなたには違うことをや りますよ」と言っても、それは駄目だとなる。しかし、所定の手続を踏んだ、例えば、 過半数組合と交渉して応じた場合にはよろしいということにすれば純然たる任意規定で はない。しかし、それは完全な強行規定ではなく、そういう当事者の合意で別段の定め を許すというものがあります。つまり、強行規定と任意規定の間に手続を踏んだ場合に 解除されるような半強行的な規定がある。ドイツでいうと、協約に開かれた強行法規な どと似た感じですが、そういうやり方があります。  今まで労働法の場合は、主として実体規制をしていた。これは労働者集団がマスとし て捉えた均質な労働者だったら、それもいいかもしれませんが、労働者が多様化してき て、企業の状態も多様化してくるので、全部を一律に決められません。しかし、何も決 まっていないといけない。一応、実体規制はするのですが、当事者が別の実態に合った 規制をすることも認める。それによって多様性を認めることになります。  もう一つの手続規制のメリットは、5頁の下のほうに書いてあるものですが、「相当 であること」「合理的であること」「権利濫用がないこと」という抽象的な規範は、裁 判所が審査をするといっても、非常に難しくて、予測可能性が低いという問題がある。 その点、一定の手続を踏んで別段の定めをしたということであればよろしいという規定 をすれば明確になって、予測可能性も高まる。規制の趣旨、使用者の一方的な措置から 労働者を守るべきだといったことが、手続規制を取り込むことによって、多様性に対応 した妥当な規制を行うことができるということであれば、そういうメリットはあるので はないかと思います。 ○村中先生  手続規制のほかでは、先ほどから出ているのは、特許法の相当の対価という形では、 相当の対価を当該企業の実情に合わせて決めるという御説明いただいたような目的で入 れられているのではないか。そういう手続の用い方もあるし、労基法に見られるような ものについては、強行規定から離れるために用いられている。そこにも1つには多数の 労働者が納得しているのだからということと、当該企業の実情に合わせようといういく つかの目的があるのだろうと思います。  例えば、懲戒などの場合では、同じ手続といっても少し違って、真実の発見や当事者 の納得性を得るなどというデュープロセス的な考え方が入っていて、実体規制と手続規 制というのは、ある種形式的な区分なので、実際にはそれぞれの個々の事項について、 規制するときにどういうことを考えなければいけないのかという中身を見ながら考える ということで、あまりそういう形式的な区別に引きずられないほうがいいかもしれない という感想です。 ○土田先生  先ほど私が言ったのは、決して形式的な区別をしているのではなく、おっしゃったと おり、実際上区別できないことがあるし、一見、実体規制のように見えても、手続の面 で考慮できる、あるいは考慮すべき問題もあります。それはむしろ切り分けるのではな く、両方を組み入れるとしたら、どのような組合せ方が可能かということを考える必要 があるという趣旨です。 ○菅野座長  おそらく各事項ごとにもっと個別に考えなければいけないし、両者を組み合わせなけ ればいけないという場合の方が多いと思います。手法として考えていく上では、そうい う類型があるのかなという気もします。 ○村中先生  違う話ですが、資料1の4頁で、ルールを整備する際の理念ということで三つ書いて ありますが、ここに含まれているのかと思うのですが、労使がお互いの権利義務をどう 構築していくかを考えるときの指針のようなものを示すという趣旨もあるのでしょう か。  典型契約の規定をどのように考えるのかというのは、論者によっていろいろ考え方が あるのだろうと思いますが、ある意味ではこういう契約というのは、世間ではこのよう になされていて、それが大体通っているのだから、そういうものが一応デフォルトとし て書かれている。それは世間的にそんなものだと思われている。そういうものをあらか じめ示しておき、それを見れば同じような契約をしようとする当事者は、それを基本に しながら自分たちの契約書を作っていくという、一種指導的効果も持っているのだろう と思います。  そうすると、たぶん労働契約の場合には、いまの実情からすると、就業規則でいろい ろな権利義務を書いていくことになるのだろうと思いますが、就業規則を作る際に、こ の辺りが世間相場なのだ、大体どこもこういう形になっているのかということが分かれ ば、それはそれとして参考になるだろうし、そこから外れるのなら、労使で、なぜそう するかを話し合うことも事実上なされるでしょうから、そのような意味もルールを明確 にするということにはあるのではないかと思います。たぶんその三つに分解して入って いるのだろうと理解しました。 ○菅野座長  いまのは任意規定を想定することになるのですかね。 ○村中先生  いまの話は基本は任意規定です。例えば出向について書かれていて、権利義務関係が 不明確になりがちだということについて、そこに表れていれば当事者はそれを参考にし ながら出向についてルール化するということになるのだろうと思います。 ○菅野座長  土田先生に教えていただきたいのは、新しい特許法第35条の協議というのは、我々が 考えているような協議なのか、発明というので研究開発とか技術者を想定した上で、そ の人たちについての協議なのか、その辺はどちらなのですか。例えば過半数代表や過半 数組織組合を我々は想定しがちなのですが。 ○土田先生  おそらく発明者との協議だと思います。例えば発明者が労働組合の組合員であるとし ても、労働組合に加入していることから直ちに労働組合と団体交渉すれば、それで協議 をしたことになるかというと、そうではなく、発明者から組合に委任をしていなければ いけない。発明者の意向を極めて軽視したり、無視して協議をした場合には、それは協 議をしたことにならない。これは正式の解釈ではないのですが、そういう立法趣旨だと 思います。ですから、過半数代表者や過半数組合という労働法の考え方とは少し違うと 思います。相手方を限定しているということです。 ○荒木先生  その場合、従業者等との協議となっていますね。いまの話だと、そもそも対価自体は 契約でもいいですよね。 ○土田先生  はい。 ○荒木先生  集団的に枠組みを設定すること自体は、もともと想定されていない。つまり、集団的 にやらなくてもいいということなのでしょうか。 ○土田先生  集団的でなくてもいいです。個別契約でも構いません。 ○荒木先生  基本は個別で決めると。それは残っているわけですね。 ○土田先生  それは両方あるということでしょう。個別契約ですべて決めても構わない。そのとき は、おそらく実際上協議というものが外れて、基準の開示と意見聴取ということにな る。それで合意すれば、それはそれでいいと。 ○荒木先生  これは労働法の問題でも考えなければいけないところですが、労働法の場合は、基本 的には集団的に考えると。例えば法定基準からのデロゲーションにしても、ヨーロッパ や日本の労基法もそうですが、あくまで集団的な合意あるいは労使協定がある場合にデ ロゲーションを認めているわけです。それに対して、個人がいいと言えばいいのではな いかという議論があるかもしれないけれど、特許法第35条は、本人が納得すればそれで 構わないという思想があるわけですね。 ○土田先生  それはあります。そうは言いながら実際には、発明制度を作って、それを適用して個 人の発明に当てはめるというのが実態だから、だから勤務規則その他の定めが実際上重 要になるのでしょうけれど。特許法本来の理念からすれば、まずは契約と。それで個別 合意ということだと思います。  たしか特許法改正時の指針ではないですが、解説書か何かで、協約の優利原則を認め ているのです。協約で基準を定めた場合にも、それよりも別に対価について合意されれ ば、そちらが適用をされるという。だから、本来は個人主義です。それが労働法上の議 論にどう影響してくるかというのは、言われるとおり、労働法上もそういう場面は出て くるでしょうから、1つの参考になるかもしれません。 ○西村先生  手続を重視するという方向で特許法第35条の改正を見ていくと、手続を重視する中で 実体規制を外したというか、裁判所は、相当な対価の額を適正に判断することはなかな か難しいだろうと。だから実体規制は、ある意味で非常に極端にくる可能性があると。 したがって、むしろそういったものよりも手続的な規制を重視すべきたという話ですよ ね。 ○土田先生  はい。 ○西村先生  労働契約法の中で、その考え方を援用すれば、実体規制よりも、むしろ手続規制とい うことで、今まで第1象限、第2象限にあったものを第4象限のほうに移していくとい う作用を持ちますよね。それが果たして妥当なのかということが、具体的な事項につい ては検討しなければいけないということでしょうけれど。 ○荒木先生  新しく労働契約法を作ろうというわけですから、新しい規制を作る場合にどうするか ということかと思います。つまり、労働基準法の規定があるのを、どう規制を緩和する かという議論だと、実体規制をなくして、手続規制に移すという議論になるかもしれま せんが、判例法や解釈で記述されているルールを法律にする場合に、どういう規範にす べきかという議論だと思うのです。その場合に、判例ではこういうルールがあるのだか ら、それを強行規定にして、これと違う合意をしても駄目ですよということにすべきな のか、それとも、一定のルールはこれなんだと法で明示するが、しかし、それはケース ・バイ・ケースで、異なる合理的な処理もあり得るという場合には、それも認める。そ ういう規定の仕方、そのアイディアとして実体規制と手続規制の組み合わせがあるので はないかという議論かと思います。 ○西村先生  契約法の権利義務関係のルールがなかったのかというと、これはあったのではないか と思うのです。それは当事者もなかなかわからないし、裁判官もなかなかわからないか もしれないけれど、この当該ケースについて、判断するに当たっていろいろ考えていく と、こういうルールがあると、そのルールに照らして、これは有効だとか無効だという ことを裁判官はやるわけで、なかったわけではないと思うのです。予測可能な形では明 示されていなかったかもしれませんが、やはり実体的なルールは、なかったと言いきれ ないのではないかと思うのですが、どうでしょうか。 ○荒木先生  それは見方の問題かもしれませんが、確かに裁判官は、権利義務関係はどうなってい たかと確定するわけですから、配転命令権があったとか、なかったとかという判断はで きるわけですから、権利義務関係は一定のものとして確定していたことになるわけで す。それを法律でルール化するということは、要するに純粋に契約の解釈問題ではなく て法の適用となる。そのルールが強行規定であれば、まずそれから規律するということ になるわけです。法律でルールを作ることの意味は、そういうことにあるだろうという ことです。  だから、すべて当事者の意思解釈の問題で、個々の裁判官が非常に抽象的な権利濫用 でない限りはこういう合意があったと認めようとか、合意の解釈においても、先ほど契 約の実態は違うのだからということがありましたが、その実体を考えながら解釈すると いうことになるわけです。そうすると予測可能性も非常に乏しいということになるの で、ある程度のルールが出来ているのであれば、それを透明化する形で立法化すべきで はないか。それが当事者間の紛争の防止にもつながる。そういうことであれば、そのル ールをどういうものとして法定するかを議論する必要があると思います。  もう一点、契約の実態を考慮する必要があるという点ですが、諸外国では、例えば勤 務場所や職務内容が特定されているのに日本では特定されていない。この問題も、とり わけ配転の場合は、労働契約の個別的な変更に対する法制度があるかないかが解釈に影 響しています。実態はヨーロッパでも、契約で明示的に特定するというより、合理的な 解釈として特定されていると解釈されている場合が多いのです。最近は、ヨーロッパの 企業でもフレキシビリティを非常に重視しておりますから、職務内容、勤務場所を特定 しない条項を入れる、あるいは、柔軟に変更し得るという柔軟性条項を入れたりしてお ります。これは契約で本当に特定したかというと、契約の解釈で特定していたという場 合も少なくない。そこで解釈で特定していたとされないために柔軟性条項をあえて入れ ているわけです。それは日本とあまり変わらない。しかし、日本はその場合には、特定 してしまうと配転ができない。余剰人員が出たときにすぐ解雇を認めるかというと、そ れは認められない。そのため、限定されていないという解釈をしようという解釈をとっ てきているわけです。もし、限定された契約の変更に妥当なルールができれば、限定に ついての解釈も変わってくるということかと思います。  労働契約の意義は、法律を作るとその機能が縮減する場面があるかもしれませんが、 最終的には契約の解釈の余地は残る。こういう場合にどういう処理になるかというのが 整備されてくれば、それで済む問題がだいぶ出てくる。それで済まない問題が、最終的 には労働契約の解釈の場面に残されることになると思います。 ○菅野座長  比較法的に労働契約法典が出来ている国での手法を見ると、どうなのでしょうか。ほ とんど実体規定で強行規定なのか、いろいろ組み合わされているのかという目で見る と。 ○荒木先生  労働法典はフランスにはありますが、いわゆる労働契約法を持っている国はあまりな いと思います。 ○菅野座長  イギリスはどうでしょうか。 ○荒木先生  イギリスも法律はあります。いわゆる契約法の概念によりますが、賃金とか労働解放 時間とかさまざまなことを決めておりますので、いわゆる純粋に労働契約関係のみを規 定した法律ではないです。個別労働契約を規律する法規は、手続性を重視するかという と必ずしもそうではない。基本的には最低基準を定めています。 ○菅野座長  実体的なルールを事細かに強行規定として、体系的に決めている国はないですか、最 低基準とは別個に。 ○荒木先生  ドイツは個別的労働関係法について独立立法をたくさん作っており、それがだいたい 強行規定です。それが場合によって、例えば、連邦休暇法などは労働協約で別段の定め をすれば、その基準を下回ってもよいとしている。そういうところで組み合わせはあり ます。それは純粋の任意規定ではなく、個別契約で別の定めをしてもよいということに はなっておらず、集団的な合意がある場合に限って強行性を解除するというアプローチ です。 ○菅野座長  そういうデロゲーションは近年の傾向ですか。もともとそういう配慮をしたのか。 ○荒木先生  基本的にヨーロッパは労働条件内容は協約で決めるのが基本です。協約の規制を個別 契約によって自分の契約内容として援用する。労働契約の機能としてはこの部分が非常 に大きいのです。ヨーロッパは全部個別契約で決めているかというと必ずしもそうでは ない。協約の適用のない人に対して契約がそれを援用するという機能が主です。 ○菅野座長  有給休暇でもデロゲーションをきちんと決めているというのは、いつそうなったので すか。 ○荒木先生  これは連邦休暇法ができたときからです。 ○菅野座長  最初からそういうのを仕組んであるわけですね。 ○荒木先生  そうです。デロゲーションの対応ということから言うと、そもそも労働条件は個別契 約ではなく協約で決めますから、デロゲーションの議論も法定基準を下回るような基準 を協約で設定できるかが問題となる。協約によらねば強行法規から逸脱することはでき ない。これはドイツでもそうですしフランスでも同様です。それが今度は協約のレベル が問題となり、産別レベルで決めればよろしいと言っていたのを、最近は企業レベルの 集団的合意で産別の協約を下回ってもいいという議論になってきています。つまり、法 定基準を産別の協約で下回れるか、さらに産別の協約を企業レベルの合意で下回れる か、という議論であり、個別契約によって法定基準からのデロゲーションができるかと いう議論はヨーロッパではない。例外はイギリスで、イギリスは賃金支払いの部分や労 働時間に関する規制について個別的なオプトアウト、すなわち、自分で、この規制は適 用されなくてよいと言えば適用されないということを認めている。これはヨーロッパで は非常に異例で、いま労働時間規制についてEUで大変な議論になっています。イギリ スにはそういうのがありますが、ヨーロッパ大陸はそうではないということです。 ○西村先生  イギリスは別にして他の大陸国では、協約あるいは事業場の協定でデロゲーションを 図るというのは、個々の労働者は交渉力の点で使用者と劣位にあるから、個々の労働者 の合意はあまり尊重しないという話なのでしょうか。 ○荒木先生  基本的な考え方はそうだと思います。アメリカとヨーロッパの一番の違いはそれであ って、個別の契約交渉に委ねてしまうと、結局のところ市場の調整に委ねると同じにな ってしまうのだと。それは交渉力のない個別労働者と企業との契約関係、労働条件の設 定の在り方として妥当ではない。したがってヨーロッパでは、あくまで集団的にそうい うデロゲーションがいいと考えた場合のみそれを認めるということで、個別労働者に委 ねることはしないということだと思います。 ○土田先生  具体的な事項について考えてみたいのですが、配置転換を例にとると、先ほど西村先 生が言われた特許法第35条のモデルだと手続にいってしまう、それでいいのかという問 題があると思うのです。いまの配置転換についての判例の考え方は、まず労働契約にお いてその解釈をする、それで配転命令権が確認されたら、それはそれで配転を命令でき る。ただし、権利濫用の規制がありますと。権利濫用をどうやって判断するかという と、業務上の必要性と不利益を比較して基本的に判断をし、そこに手続を若干組み込ん でいるという考え方です。それを踏まえて、労働契約法の規範・ルールをどう考えるか ということがあると思うのです。先ほど私が紹介しました特許法のモデルは一種極端な モデルで、手続を極めて重視しているというモデルです。  もう一つ参考になるのは、消費者契約法のモデルがあると思うのです。消費者契約法 はどういうモデルかというと、まず事業者が消費者に情報提供する。情報提供するとい うことは一種の契約内容の交渉、契約交渉の規制を置くということです。これはいろい ろな思惑があって、ここの部分が必ずしもきちんとしていないこともあるのでしょうけ れど、説明とか情報提供、これは消費者契約法の第3条ですが、説明・情報を提供する 努力義務がある。しかし、交渉規制を置いた上で消費者契約法は第8条で実体的規制を 置いているわけです。これは個別具体的に、こういう場合には消費者契約は無効になり ますよという規制を置いている。それに加えて、さらに第10条で信義原則に反して消費 者の利益を一方的に害するものは無効とする、という実体的な規制を置いているわけで す。これはある意味で両者を組み合わせているモデルだと思うのです。  配置転換に話を戻しますと、現在の判例法は先ほどのように、いまのどちらかという と人事権の根拠を確認し、その後は人事権の濫用という実体的なルールを設定している わけです。仮に特許法第35条の手続重視の考え方でいくと、配置転換については、使用 者・企業が配置転換について労働者に説明と情報提供をする。うちの会社は配置転換は こういうルールで、あなたの場合は勤務地や職種はこうで、将来こういう条件のもとで 変更することがありますよ、ということを説明する。仮に手続を非常に重視するモデル だったら、それでもう終わりだという考え方が一つできる。つまり、もうそれで十分納 得したから、あとはそれに従って配置転換を行う。そうなると権利濫用の余地は少なく なってしまうわけですが、おそらくそういうモデルにはならない、妥当ではないと思う のです。いかに交渉とはいえ、使用者に、企業に裁量権を認めて、その裁量権の行き過 ぎをチェックしなければいけないから、そこで権利濫用が入ってこざるを得ない。  そうすると、手続を非常に重視するモデルを取らないとして、かといって、先ほど言 いました手続を適切に組み込むというモデルだと、特許法で参考になるのは消費者契約 法の考え方ではないかと思います。そうなると合理的な説明と情報の提供をしなければ いけない。ここは難しいのですが、本人に対してのレベルと、ここは労働法の難しいと ころですが、集団的な手続。これをどうするかというのがまた問題ですが、それをちょ っと置いておきまして、説明や情報提供をしなければいけない。でも、それはもともと が交渉力、情報格差があるわけですから、それで全てが尽くされるという考え方にしな いで、契約内容を決めた後でも権利の濫用という事後的な規制を置いておくというモデ ルが考えられる。  そのときに、手続的な規制をうまく組み込むというのは、配置転換の場合には、従来 のように業務上の必要性対不利益だけで判断するのではなく、実際の配転命令や転勤命 令のときに企業側はどのような配慮をしたか。言い換えると、配転、転勤命令、人事権 の行使の際の手続をどのように踏んだかを人事権濫用の要素に組み込む考え方が一つで きると思います。  消費者契約法は民法がベースですから信義則で、第10条は、約款ですから信義則に違 反する場合はこうだああだと言っていますが、配置転換の場合は、最終的には個別的な 権利行使の問題になりますから、そこで権利濫用の規制を置きつつ、そこに手続を組み 込んでいく。そうすることで人事権の根拠付け、確認の際に合意が必要だという実体的 なルールを置きつつ、そこに説明や情報提供義務を組み込むことで手続を組み入れる。 また権利行使の際に、もう一度、手続を組み込んだ規制を置くということも考えられる のではないか。一種消費者契約法的なモデルを応用すると、そういう規範の設定の仕方 もあり得るかなという気はします。 ○菅野座長  もしよろしければ、もう一つ残っている「履行確保・紛争解決の方法に関する論点」 に移りたいと思いますが、よろしいですか。それではどうぞ。 ○村中先生  個別労働紛争解決促進法で局長の指導がありますが、これと労基法違反で、基準監督 の問題としていろいろ行政指導もされると思うのですが、その切分けはどうなっている のでしょうか。 ○労働基準局監督課調査官(秋山)  例えば個別の相談で都道府県労働局に寄せられた場合に、相談内容を判断し労働基準 法の違反があると思われた場合については、労働基準法違反として申告の対象となりま すので、違反として是正することを指導します。それ以外の基準法違反がなかった場合 については、純粋な、いわゆる民事的な紛争ですので、それについては従来の判例に照 らし、助言・指導を行います。法違反の問題は生じないという分離の仕方になっており ます。 ○村中先生  それは基準法の違反かどうかで明確に区分けしているということですか。 ○菅野座長  第24条違反、賃金不払いについても明確なんですかね。例えば請求権について争いが あれば、これは民事だということでしょうか。私が聞いた限りでは、賃金の引下げなど は民事紛争のほうに、労働条件の引下げの項目に分類されていると。単純な不払いとい うか、資力がなくて払えないとか、景気が悪くて払えないとか、そういうのは第24条で いくのかなという理解ですが。 ○労働基準局監督課調査官  確かに、個別のケースで労働条件の変更、賃金を引き下げたかどうか。どういう賃金 債権があったか、ちょっと確定し難い分野がケースごとにあるかと思いますので、具体 的にどういうケースが、どちらのほうで切り分けられて分離されているか、ちょっとそ こまではこの場では申せないと思います。 ○菅野座長  ついでに、あっせんと局長による指導勧告と大体同じぐらいの件数だと思いますが、 それは純粋に当事者の希望だけで振り分けられているのでしょうか。類型的にあっせん にいくのと、局長のほうにいくのとでは違いがあって。 ○労働基準局監督課調査官  当事者のあっせんを申し立てた場合には、基本的にあっせん手続にいきます。しか し、使用者が応じない場合は強制力はありません。 ○菅野座長  あっせんに応じない場合は、局長の指導のほうに回されることがあるわけですね。 ○西村先生  労働契約のルールの覊束性というか、縛られる割合からいけば、労働基準局長の助言 ・指導のほうが、そういうルールに縛られて助言・指導を行うというか、判例のルール に則って、これこれこういうことですよという形で行われるのでしょうね。あっせんの 場合は、要するに当事者間で、お互いに譲り合いなさいという話だから、ルールより も、むしろ、お互いの譲り合いというか、合意形成を重視するという話になりますか。 ○労働基準局監督課調査官  助言・指導といっても、あっせんといっても結局、何をもとに局長が助言・指導なり を行うかとか、紛争調整委員があっせんを示すかというと、それは何らかのルール、判 例法なり、法律であれば法律の分野とか、そのルールに基づいた検証をしなければいけ ませんので、その内容自体はそんなに変わらないと思います。 ○村中先生  「履行確保・紛争解決の方法」を考えるときには、労働契約法でいろいろなルール化 をしたときに、例えば違反があるとか、その効果をどう考えるかともリンクする問題か もしれませんね。ただ、お金の問題で全部済ませていくと考えていくのであれば、それ に適した機関。将来の労働関係の継続に向けていろいろ調整するというのであれば、そ れにふさわしい機関。何か、すみ分けを図りながら考えないといけないのかなと思いま すが。労働審判がどうなっていくかを非常に期待しているわけですが、不確定な部分が あって、どういう形でそれが機能するかが不確定要因で議論しにくいところです。  もう一点は仲裁合意についてです。いまは当分の間は仲裁法を適用しないとなってい るのですが、当分の間というのは永久を示すのか、本当に当分の間なのかよく分からな いのです。基本的には、労働関係について、特に個別紛争に関して仲裁を自由に許す と、例えば使用者の業界団体による仲裁もすぐに規定されてしまうことになって、不都 合であろうと考えておりますが、他方、非常に人間関係がこじれて、それだけで延々と やっている紛争もあって、どちらかと言うと労働関係紛争は早期に決着をつけたほう が、労使ともにハッピーだと考えておりますので、然るべき機関での仲裁合意は考えて いいのではないか。  ここに入っている労働審判という制度で仲裁をする形の合意は、あっていいのではな いかと思います。ただ、個別労働紛争の解決は一回の期日で全て解決していて、仲裁合 意には耐えられないのではないかという気がします。労働審判について認めるにして も、現在は、当面地方裁判所の本庁にのみ設置するということで、アクセスの問題があ って、本庁まで行くのに非常に時間がかかることになりますと、事実上労働者が救済を 得られないという問題も生じるかもしれません。そういうことも考えると、もう少し審 判のアクセスが良くなる形になれば考えてもいいのかもしれませんが、当分の間という のは、しばらく続けなければいけないのかなという印象は持っております。 ○土田先生  その場合ですが、6頁の下に「これらの紛争解決システムが有効に機能するためには 」、これらというのは、つまり労働審判制度その他ですが、「権利義務関係を明らかに するルールが明定される必要があるのではないか」と。ここの権利義務関係のルールと いうのは、とりわけ労働審判制度を前提に考えると、やはり契約における権利義務の発 生、変動、消滅がどこかにあったと思いますが、その要件のほうが実体的なルールで す。そういったものが契約法制で、きちんと規定されることを念頭に置いて労働審判法 が考えられているのかどうか。  一方、先ほども御指摘があったとおり5頁の下のほうでは、手続規制、手続ルールと いうものは、いわば当事者からして、それを履行することで紛争が未然に防止できる、 あるいは予測可能性が高まるメリットがある。つまり、労働審判にお世話にならなくて も、こういうことをしておけばいいのだという予測可能性が高まるし、事後的に判断す る場合も、その手続を踏んだかどうかで判断できるメリットもある。  他方、あくまでも労働審判制度は労働契約における権利義務の実体的な要件や効果を 判定する機関だということが、そもそも前提というか、そういう機関であるという発想 でこの制度が作られているのかどうか、その辺を教えていただきたいと思います。 ○菅野座長  労働契約の権利義務がどうかというのは主として判例法理ですから、判例法理とは何 ぞやというのを探して、いろいろ分かれているらしいから、一体このケースはどういう 判例法理が使えるのだろうかというところから始めなければいけない。労働審判は3回 以内の期日でやる迅速な手続だし、労働審判員という労使が参加するわけですから、判 例法理の理解も大変だということで、やはり出発点が明確である必要があるだろう。実 体規制にせよ手続規制にしろ、どういうルールによってこの事件は解決しなければいけ ないのかと、その出発点が初めから明確であることが望ましいだろうということだと思 うのです。  手続規制と両者の組み合わせでも、そのどちらかに重点を置いたものでもいいわけで すが、いわば争点、最初から事件の争点整理がしやすいという状況にするのが望ましい のではないかということだと思います。 ○土田先生  そうすると、先ほどの話で人事権があって、それで権利濫用はこうだと。いまの判例 の考え方では権利濫用の要素はこうだというのがあるわけですが、労働審判制度におけ る審判を念頭に置くと、何が権利濫用の要素かと。それが実体であれ手続であれ、とも かく明確化されることが望ましいわけですね、契約法制の課題としては。 ○菅野座長  それは形態が指針であれ、法そのものであれ、まず判断の枠組みですよ。配転命令権 があるかどうかを、これこれによって判断すると、これこれの要素に着目して権利濫用 かどうかを判断するとか。 ○土田先生  判断の枠組みは、もともとの出発点は、一方ではもう判例法理があるわけですから。 言われるとおり、どういう規制を置くかという問題は白紙だと思うのですが、判例法理 の蓄積があると。  先ほどの話で、人事権、人事権の濫用、就業規則であればその合理性という判断枠組 みを基本的なルールとして置いてあると。それを労働審判のほうから利用しやすいよう な形で見ると枠組みを置くと、しかしそれだけでは抽象的だから、どういう形かわから ないけれども、法に置くのかガイドラインにするのかは別ですが、その要素は抽出し明 確にすると。明確にはするのだけれども、その要素の中でどこに重点を置くのかという ことで実体・手続は一つのポイントになるということでしょうか。 ○西村先生  個別労働関係紛争解決促進法と労働審判法を比べて見ると、個別労働関係紛争解決促 進法では、あっせんの場合ですが、「実情に即した迅速かつ適正な解決」と。ところが 労働審判法は、「当事者間の権利関係を踏まえつつ、事案の実情に即した解決」となっ ていて、権利義務関係を踏まえなければいけないし、事案の実情に即した解決もでき る。裁判所はそういうことはできないです。権利義務関係のウェイトの置き方は、裁判 所は法的なルールに基づいて判断しなけれはいけない。労働審判法は、中間よりもやや 裁判所のほうに針が振れていますが、法的なルールはちょっと置いて、実情に即した解 決もできるわけです。だけど個別紛争は法的なルールよりも、むしろ実情に即した解決 ということですね。  その場合、三者それぞれ違うのですが、使用者側を説得するに当たっては、「あなた は法定的なルールに抵触しているよ」というのが一番強い説得力になるわけで、どちら にせよ法的ルールが明らかになっていることが重要だと、このペーパーはですが、そう 思います。そうではないでしょうか。 ○労働基準局監督課調査官  先ほど説明しました個別労働関係紛争解決促進法に基づく助言・指導とあっせんの関 係で、補足というか若干訂正させていただきます。都道府県労働局長による助言・指導 を求めるか、紛争調整委員会のあっせんを求めるかについては、基本的に申立人の自由 選択ですので、助言・指導を先にということであればそちらにいきますし、最初からあ っせんをお願いしたいということであればそちらにいくと。ただ、あっせんを試みて駄 目だった場合に、また助言・指導に戻るということは、やっておりません。そういう関 係です。 ○大臣官房審議官(労働基準・労使関係担当)(橋)  運用の面では、局長による助言・指導かあっせんかという2つの選択においては、い ま議論があったように、どちらかというと判例法理等である程度定まっているもので、 当該事案がそれに則して判断できるようなものであれば、局長による助言・指導に誘導 していく。それ以外、判例法理が確立されていない、当事者間の話合いである程度解決 していかなければならない類のものを、どちらかというと、あっせんのほうに誘導して いくのが運用上の実態と思っております。 ○土田先生  労働審判、もちろん裁判所もそうですが、そちらからすると依拠すべきルールが明確 になっていなければならない。ここでも指針が出ているわけですが、私のイメージは、 実体・手続の区別は別にして基本ルールをここで定める。一方の要請は明確性の要請と いうのがあって、他方の要請は、先ほどから出ている議論ですが、労働契約であって、 多様で実質的な交渉の問題だと。基本的な枠組みを定めて、例えば権利と義務を一般的 枠組みと定めて、それをどうやっていくのかは労使の問題だと。限界づけをするのな ら、そうなると手続という話になるのですが、二つ要請があって場合によっては相反し ている。  指針も厚生労働省の指針が出ると、これはある意味影響力が大きくて、指針であって も労使としては、特に企業としては守らざるを得ない。時々「いらんお世話だ」という 声もよく聞くのですが。場合によっては当事者が自主的に運営すべき契約に、かえって マイナスの影響がしないとも限らない。他方では明確性の要請がある。基本的な枠組み を法で定めて、そのルールを具体化するのは非常にいいことだと思うのですが、その二 つの側面をどう考えるか。それも実体・手続、先ほどの議論と影響してくるのですが、 非常に難しいと思います。私は、どちらかというと抑制的であるべきだと思うのです。 ○菅野座長  労働審判をやりやすくするというのは、ほんの一つの考慮要素であって、基本はいろ いろとその他の要素があるわけで、全体としては労働関係が公正なルールで営まれる。 しかし公正なルールで営まれるという中身が問題で、非常に多様な労働関係の中での契 約法ですから、そういう要請にも対応しなければいけないわけです。紛争が起きなけれ ば、そして自主的に解決されたり防止されたりしたほうがいいことは確かです。個別紛 争が非常に増加する傾向にあるのは、世の中がそういう変化があるので、紛争解決は非 常に重要になるだろうということで、これも考慮要素の一つだろうと思うのです。 ○荒木先生  比較法的に見ますと、どこの国でも労働契約関係については行政が取り締まるという か、刑罰を科して取り締まるという部分はそれほど多くはなく、ドイツでは安全衛生と 労働時間は刑罰や行政監督の対象ですが、それ以外にたくさん労働立法がありますが、 すべて労働契約法で労働保護法とは区別されます。労働者自身が労働裁判所に訴えるこ とにより履行が確保されます。  今回ここに提案がありますとおり、労働基準法とは違うものとして位置づけるという ことは、そういうアプローチをとろうということです。そして、紛争解決手続がここ数 年飛躍的に整備されてきています。今度新しく労働審判法ができ、迅速に実情に合った 解決を、権利関係を踏まえながらやることになった。どこの国でも労働基準監督行政 は、全部を見るわけにはいきませんから、実態がわかっている当事者が法に照らしてお かしい部分は是正を求める、ということでやっていこうということだと思います。  そういうことから新しい紛争処理システムの整備に伴ったルールを作ろうということ になる。そこでは権利義務関係を明らかにするルールの出番が、今までよりもはるかに 重要になってくる。手続とともにルールを整備することにより解決システム自体を使い やすくするのも大事な考慮要素ではないかと思います。 ○村中先生  いま荒木先生が言われたことは基本的に賛成です。比較法的に見て、いま各国で行政 がどれぐらいやっているのかというのは、それほどではない国のほうが多いのではない か、というのはそのとおりです。それはそれなりの効用もありますし、他方では1人ひ とりの紛争当事者のイニシアティブに任せたほうが、むしろ効率的な紛争解決になるの ではないかという部分もあると思うわけです。基本的には民事の紛争として手法的に解 決する、あるいはADRで解決するほうがいいのではないか。そのことについてはその とおりかなと思います。  日本の場合の手法やADRの整備状況はそれほど進んでいなくて、これはニワトリが 先か卵が先かという話ですが、だんだんそういう方向へ移動させていく形で、シフトを 図っていくのがいいと思いますが、急激に何か事を起こすのはなかなか難しいという気 はします。事実上、例えば労働基準監督署などでも、ADR的に動いている部分もあり ます。それについては使用者団体が、それはおかしいのではないかということも言われ ているところだと思いますが、しかし、他方で十分に司法的な解決、あるいは、それに 近い準司法的な解決の機関が十分機能していなかったこともたしかですから、その辺り は紛争の解決機関の整備状況を見ながら論じなければいけないと思います。 ○菅野座長  ほかに仲裁について、何か御意見はありますか。 ○曽田先生  仲裁合意をあらかじめすることにより一定の仲裁人の判断に従うのが仲裁合意になる わけですが、いま当分の間、先ほど話がありましたように無効にすると決められている のですが、原則的には慎重に考えたほうがいいのではないかという気がします。ただ特 殊な雇用契約の場合、通常多くある一般的な雇用契約ではなく、特殊な契約の場合はあ ってもいいのかなという気はします。そこをうまく区別して規定できるかどうか、とい うところがあるのではないかと思います。 ○菅野座長  同感ですね。 ○曽田先生  何か特別な技能を提供するとか、特別なスキルのための契約関係にあるような場合、 そういう契約を結ぶときに仲裁合意をすることは認めていいのではないかという気はし ますが、通常一般的な労働契約においては、かなり慎重に考えたほうがいいのではない かと思います。 ○土田先生  いまの件で、先ほどお二人の意見についてですが、そうだと思うのです。先ほど言っ た趣旨と絡めて言うと、いわば権利義務関係のルールを定めることは、事後的な紛争処 理から見て、拠り所になる法的ルールができるのは重要だと。これはそうだろうと思い ます。もう1つは、事前に紛争防止するうえではもちろん有意義だと思うのですが、そ れは先ほど言った手続だけではなく、手続のみならず、例えば権利濫用であれば、これ が要素ですよと。労働条件の変更であれば、これが要素だと。それは事前の労使間の交 渉の拠り所になるから、その点でも有意義だと思うのですが、危惧するのは、ガイドラ インの性格付けです。それがあたかも法の一般的な枠組みとかルールと同様に当事者を 過度に拘束するような、つまり当事者にとって工夫の余地がないような形で具体的なル ール、ガイドラインが機能するのはよくないと思います。妥当ではない。ここに書いて ある「行政の関与は抑制的であるべきだ」と、これはそのとおりだと思います。  ガイドラインや指針は、お役所が考える以上に労使にとっては過度に拘束的に機能す る場合があるので、その性格付けが問題だ、ということが先ほどいちばん言いたかった ことです。 ○菅野座長  時間がきましたので、今日の「労働契約法制の意義、規定の性格、履行確保・紛争解 決の方法」という議題については以上とし、本日の研究会は終了させていただきたいと 思いますが、よろしいでしょうか。 ○菅野座長  次回の議題について事務局から提案がありますので、お願いします。 ○労働基準局監督課調査官  次回は、労働契約法制の対象とする者の範囲と現行法との関係について、御議論いた だくことになっております。現行法との関係に関連して、第4回の研究会でも多少御議 論いただきましたが、現在の労働基準法第14条に規定のあります、有期労働契約につい ても改めて議論していただきたいと考えておりますが、いかがでしょうか。 ○菅野座長  事務局の次回の議題の提案の中で、有期労働契約についても改めて議論したいという 提案ですが、よろしいですね。では、そのようにいたします。次回の会合について事務 局からお願いします。 ○労働基準局監督課調査官  次回は2月8日(火)、17時から19時まで厚生労働省18階の専用第22会議室で開催し たいと思います。次回はいま申し上げましたとおり「労働契約法制の対象とする者の範 囲、現行法との関係、有期労働契約」について、事務局で論点等を整理しまして御議論 いただければと考えております。次回の資料に関して、論点とか関係する論文、データ など、御示唆いただけるものがあれば、後ほど事務局まで御連絡いただければ幸いでご ざいます。 ○菅野座長  では、本日の研究会はこれで終わります。どうもありがとうございました。 照会先:厚生労働省 労働基準局 監督課政策係(内線5561)