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資料3

ALS以外の在宅療養患者・障害者に対する家族以外の
者によるたんの吸引の取扱いについて(報告書タタキ台)


1 はじめに

  ○我が国では、疾病構造の変化や医療技術の進歩を背景に、医療機関内だけでなく、家庭、教育、福祉の場において医療を必要とする人々が急速に増加している。

  ○特に、在宅で人工呼吸器を使用する者等の増加により、在宅でたんの吸引を必要とする者が増加している。

  ○このような中で、ALS患者のたんの吸引については、すでに昨年6月、ALS分科会が、在宅ALS患者及びその家族の負担の軽減のため、一定の条件の下では、家族以外の者がたんの吸引をすることもやむを得ないとする報告を行った。その後、行政においても同趣旨の通知を発出した。

  ○今回の研究では、先の分科会では検討の対象とならなかったALS以外の在宅療養患者・障害者であってたんの吸引を必要とする者について、その現状を踏まえ、適切な医療・看護を保障することを前提にしつつ、どのような取扱いをすることが患者・障害者本人及び家族にとって安全で安心できる日常生活を継続することができるか等について検討した。


2 これまでの経緯

 (1)現行の法規制
  ○医師法等の医療の資格に関する法律は、免許を持たない者が医行為を行うことを禁止しており、たんの吸引はこれまで、原則として医行為であると整理されてきた。

  ○医師法第17条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定している。行政解釈は、医業とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為を、反復継続する意思をもって行うことと解釈している。

  ○保健師助産師看護師法第31条は、「看護師でない者は、第5条に規定する業をしてはならない。」と規定している。ここでいう「第5条に規定する業」とは、「傷病者もしくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うこと」であり、看護職員が行う医行為は診療の補助行為に位置付けられるものと解釈されている。

 (2)学説・判例

  ○医業については行政の有権解釈と同様に解釈されている。また、医師法第17条の背景にある無資格者による医業を規制するとの趣旨から、危険性については、個別の個人に対する具体的危険ではなく、抽象的危険でも規制の理由とするに足りるとされている。

 (3)実務的対応

  (1) 在宅ALS患者に対するたんの吸引
 在宅で療養しているALS患者に対するたんの吸引行為については、基本的には医師又は看護職員が行うことが原則としつつも、3年後に、見直しの要否について確認することを前提に、医師及び訪問看護師の関与やたんの吸引を行う者に対する訓練、患者の同意など一定の要件を満たしていれば、家族以外の非医療職の者が実施することもやむを得ないものとされている。

  (2) 盲・聾・養護学校における教員によるたんの吸引等の取扱い
 本研究会において、盲・聾・養護学校の教員による(1)たんの吸引、(2)経管栄養、(3)自己導尿の補助についての検討が行われた。
 医療に関する資格を有しない者による医業は法律により禁止されているが、たんの吸引、経管栄養及び導尿については、看護師との連携・協力の下に教員がこれらの一部を行うモデル事業等が、平成10年度以来文部科学省により実施されている。このモデル事業において医療安全面、教育面の成果や保護者の心理的・物理的負担の軽減が観察されたこと、必要な医行為のすべてを担当できるだけの看護師の配置を短期間に行うことには困難が予想されることから、このモデル事業の形式を盲・聾・養護学校全体に許容することは、医療安全の確保が確実になるような一定の要件の下では、やむを得ないものと整理した。

 (4)在宅ALS患者に対するたんの吸引の取扱いを巡る状況変化とその評価

  ○ 在宅ALS患者に対するたんの吸引の取扱いの前提として、在宅ALS患者の療養環境の向上に向けた施策の推進を図ることが求められている。厚生労働省においては、平成16年度から訪問看護推進事業を創設している。また、日本看護協会においては、平成15年12月にALSコールセンターを設置し、相談業務を行うほか、都道府県看護協会と連携し、個々のALS患者の把握とその療養環境の向上に向けた取組みを進めている。ただし、日本ALS協会からは、現時点においては、未だ十分とは言い難いと評価されている。

  ○ たんの自動吸引装置の開発も進められ、薬事法上の許認可、機器の取扱い責任の明確化など、さらに検討を要する事項もあるが、技術的にはその実現が夢ではなくなりつつある。

  ○在宅のALS患者に対する家族以外の者によるたんの吸引を容認して1年以上が経過した。この間における家族以外のものによるたんの吸引の実施状況については必ずしも明らかではないが、徐々に増加してきていることもうかがわれる。また、これまでのところ重大な事故が発生したとの情報は届いていない。
(参考)
平成15年12月 家族以外の者による吸引の実施率 32% A
平成16年10月 家族以外の者による吸引の実施率 43% B
 ※ A:ALS患者にかかる在宅療養環境の整備状況に関する調査
 B:日本ALS協会近畿ブロック調査
両調査は、調査主体、客体が異なり、厳密な比較はできない。

  ○ALS通知が都道府県内の区市町村や関係機関に周知徹底されておらず、地域の関係機関の認識が不十分なため、今回の措置による吸引の実施が出来ない例があることが報告されている。

  ○ 家族以外の者による吸引の実施が未実施の理由として、ホームヘルパーにその理由を質問した調査では、訪問介護事業所責任者が拒否したり、ホームヘルパーが拒否したりする例が多い。また、訪問介護事業所及びホームヘルパーは吸引実施に同意しているが、在宅かかりつけ医・訪問看護師が指導を引き受けないため実施できない、サービス提供者が信頼して任せることができないので実施できていない等の声も寄せられている。
(参考)
  訪問介護事業所責任者が拒否  47%
  ホームヘルパーが拒否  20%
  他  33%
   ※ 日本ALS協会近畿ブロック調査(平成16年10月)

  ○また、平成15年の調査では、同意書を取り交わしていない例が多く見られるなど、家族以外の者がたんの吸引を行う際の要件が遵守されていない事例があることが明らかになっており、要件遵守の必要性に関する周知徹底が必要であると考えられる。
(参考)
  同意書なしで実施している人数の割合  49.5%
   ※ ALS患者にかかる在宅療養環境の整備状況に関する調査研究
(研究代表者 川村佐和子東京都立保健科学大学教授 平成16年3月)

  ○なお、ALS通知で示された同意書の様式については、誰が誰に対してどのような立場で同意書を交わしたのかが分かりにくいとの指摘がある。

 (5)これまでに提出された要望書や、ヒアリングの場での団体の意見の概要

  ○従来から、厚生労働省に対しては、難病患者・障害者とその家族の団体から、医師及び看護職員でない、家族以外の者によるたんの吸引を、ALS以外の在宅療養患者についても認めるよう要望が寄せられていた。

  ○当研究会としても、別添の通り、難病患者・障害者とその家族の団体の代表者から、在宅介護の現状等や、家族以外の者がたんの吸引を行うこと等について御意見を伺った。(第7回研究会のヒアリングの場で、各団体から提出された文書等を別添とする。)

  ○難病患者・障害者とその家族の代表者の方々の意見は多岐にわたったが、訪問看護サービス等の在宅療養環境の整備の重要性や、研修の実施など安全の確保を図った上で家族以外の者によるたんの吸引を認めていくことの必要性についての意見は概ね共通している。

  ○在宅看護・在宅介護の提供に当たる者の団体からは、在宅療養環境の充実や、職種間の連携の必要性が強調された。在宅介護の提供に当たる者の団体からは、ALS患者に対するたんの吸引がホームヘルパー業務として位置付けられていないことについて、強い改善要望があった。


3 「たんの吸引」の医行為としての位置付けに関する議論

  ○ALS通知は、たんの吸引は、その危険性に鑑み、あくまでも医行為であり、本来医師又は看護職員が行うべきものであるとする考え方によっている。本研究会においても、ALS通知の考え方を踏襲し、その延長線上としてALS以外の在宅療養患者・障害者に対するたんの吸引の問題の整理を行うものとするとの認識が大勢を占め、検討が進められた。

  ○一方、検討の過程において、たんの吸引は、従来の医行為の範疇では整理しきれず、むしろ医行為と生活行為(生活援助行為)との中間にある行為として整理し、従来の医行為とは区別した上で、医師法その他の医療の資格に関する法律の規制の対象外とした新たな枠組みの中で柔軟な規制の在り方を検討するべきではないかとの見解があった。

  ○この見解に対しては、たんの吸引行為は、実質的にも侵襲性を有し、感染予防も重要であることから、単に吸引に関する直接的な行為についての技術だけでなく、人体の解剖・生理、病態生理、感染予防などについて専門的な知識が必要であり、医行為として医師又は看護職員が実施すべきこと、現に医療機関内ではたんの吸引は医行為であるものとして扱われており、同一の行為にも拘わらず、行われる場所によって医行為性が変化することは疑問であること、さらに在宅で医行為でないこととされると、医療機関においても無資格者が実施できるとの結論になり医療現場が混乱しかねないこと、医行為から除外すると何ら規制を行う根拠がないことから安全性の確保が懸念されることとの意見があった。

  ○以上の議論を踏まえ、当研究会としては、当研究会に課せられた課題について一定の結論を早急に導く必要があるとの認識に立ち、現行の法規制・法解釈の下ではたんの吸引は「医行為」であるとの前提に立ちながらも、やむを得ない事情のある場合に、家族以外の者がたんの吸引を行う場合の条件についての検討を行うこととした。

  ○しかし、この問題が、単なる行為規制の問題ではなく療養環境の整備や人材育成等の問題と複雑に絡み合ったものであることについては異論がないものであり、この問題について関係者の間でさらに認識が深められる必要がある。


4 ALS以外の在宅療養患者・障害者のたんの吸引について

  ○たんの吸引行為自体、侵襲性があり、実施される本人にとっても苦痛である。この点については、適切な能力を有する訪問看護師による専門的な排たん法(体位排たん法、呼吸介助法(スクィージング)、軽打法、振動法など)を計画的に行うことによって、患者のたんを効果的に吸引でき、患者の苦痛を最小限にし、吸引回数を減らすことができるという知見も明らかになってきている。したがって、本来は、このような排たん法を実施できる訪問看護を積極的に活用していくことが望まれる。

  ○しかしながら、たんの吸引は頻繁に行う必要があり、また、それが実施されない場合、呼吸困難となって生死に関わる問題であるが、現状では訪問看護によって全てに対応していくことは困難な現実もある。そのため、多くの在宅療養患者・障害者に対して、家族がたんの吸引を行っているのが現状であり、そのような24時間休みのない家族の負担を軽減することが緊急に求められている。また、ALS患者に対して認められている措置が、同様の状態にある者に合理的な根拠もなく認められないとすれば、法の下の平等に反することとなる。したがって、たんの吸引が必要な在宅のALS患者と同様の状況の者に対して、同様の条件の下で、家族以外の者がたんの吸引を実施することは、当面のやむを得ない措置として容認されるものと考えられる(別紙参照)。

  ○具体的な対象者の範囲については、個別の疾患名や障害名で特定することは困難であると考えられる。したがって、病状又は障害が在宅生活が可能な程度に安定しており訪問看護を利用しているなど医師による医学的管理下にある者であって、嚥下機能及び呼吸機能の悪化により自力で排痰することが困難な状態が持続し、長期間にわたってたんの吸引が必要な者に対して採ることが適当であると考えられる。

  ○今回の措置は、ALS患者に対する措置と同様、当面のやむを得ない措置であり、ALS患者に対する措置の見直しにあわせて見直される必要がある。

  ○なお、家族以外のたんの吸引の実施者として多く想定されるホームヘルパーについては、本来たんの吸引を行うことが予定されている職種ではないが、別紙の条件が満たされれば、たんの吸引を行うことはやむを得ない。また、事業主の判断において、従業員であるホームヘルパーに介護行為に付随してたんの吸引行為に従事させることもあり得る。ただし、別紙の条件にも挙げられているとおり、適切なたんの吸引の実施のためには、訪問看護を行う看護職員などによる計画の下、ホームヘルパーの個別的な指導や適切にたんの吸引を実施できる能力の見極め及び訪問介護計画に対する関与等の医学的管理が不可欠である。また、たんの吸引を行うことを事業主が職務命令として強制することは不適当であり、ホームヘルパー本人の了解が必要である。さらに、たんの吸引が行われる本人とホームヘルパー個人との信頼・納得関係という特定性が求められる。また、万一の事故を避けるためにも、事業主がたんの吸引を行うホームヘルパーに対する研修を実施することは望ましい。さらに、在宅介護事業者向けに損害賠償責任保険を販売している民間保険会社の中には、たんの吸引に起因する事故に対しても保険金を支払う扱いとしているところがあるので、そのような保険への加入も考慮されるべきである。


5 今後の課題

  ○在宅難病患者・重度障害者に対しては、難病対策と障害者福祉施策の枠組みの中で、たんの吸引が必要である者に対する療養環境の整備を図るための施策の充実が図られてきてはいるが、今回の検討の過程では、難病患者及び障害者とその家族の団体から、制度の根幹から細部に至るまで様々な要望が寄せられ、未だ十分ではないとの厳しい指摘もある。このような要望を踏まえ、国民的な課題として各施策を適切に推進、充実させていくことが求められている。

  ○特に、入院期間の短縮化を背景に、重い障害を有し医療を継続的に必要とする在宅療養患者・障害者が増加する中で、訪問看護が果たす役割は大きく、訪問看護の基盤整備及び、訪問看護ステーションに訪問介護事業所を併設することなど、看護と介護の連携を進める一方、訪問看護を支える人材の育成確保に努力する必要がある。

  ○たんの吸引に関する今回の措置は、たんの吸引を必要とする在宅療養患者・障害者及びその家族の生活の質の向上を意図したものであり、厚生労働省においては、その状況を継続的に点検していくことが必要である。


(別紙)

以下は、家族以外の者が患者(たんの吸引を必要とする障害者も含む。以下同じ。)に対してたんの吸引を行う場合の条件を示したものである。
@) 療養環境の管理
 ○ 入院先の医師は、患者の病状等を把握し、退院が可能かどうかについて総合的に判断を行う。
 ○ 入院先の医師及び看護職員は、患者が入院から在宅に移行する前に、当該患者について、家族や在宅患者のかかりつけ医、看護職員、保健所の保健師等、家族以外の者等患者の在宅療養に関わる者の役割や連携体制などの状況を把握・確認する。
 ○ 入院先の医師は、患者や家族に対して、在宅に移行することについて、事前に説明を適切に行い、患者の理解を得る。
 ○ 入院先の医師や在宅患者のかかりつけ医及び看護職員は、患者の在宅への移行に備え、医療機器・衛生材料等必要な準備を関係者の連携の下に行う。医療機器・衛生材料等については、患者の状態に合わせ、必要かつ十分に患者に提供されることが必要である。
 ○ 家族、入院先の医師、在宅患者のかかりつけ医、看護職員、保健所の保健師等、家族以外の者等患者の在宅療養に関わる者は、患者が在宅に移行した後も、相互に密接な連携を確保する。

A) 在宅患者の適切な医学的管理
 ○ 入院先の医師や在宅患者のかかりつけ医及び訪問看護職員は、当該患者について、定期的な診療や訪問看護を行い、適切な医学的管理を行う。

B) 家族以外の者に対する教育
 ○  入院先の医師や在宅患者のかかりつけ医及び訪問看護職員は、家族以外の者に対して、ALSやたんの吸引に関する必要な知識を習得させるとともに、当該患者についてのたんの吸引方法についての指導を行う。

C) 患者との関係
 ○ 患者は、必要な知識及びたんの吸引の方法を習得した家族以外の者に対してたんの吸引について依頼するとともに、当該家族以外の者が自己のたんの吸引を実施することについて、文書により同意する。なお、この際、患者の自由意思に基づいて同意がなされるよう配慮が必要である。

D) 医師及び看護職員との連携による適正なたんの吸引の実施
 ○  適切な医学的管理の下で、当該患者に対して適切な診療や訪問看護体制がとられていることを原則とし、当該家族以外の者は、入院先の医師や在宅患者のかかりつけ医及び訪問看護職員の指導の下で、家族、入院先の医師、在宅患者のかかりつけ医及び訪問看護職員との間において、同行訪問や連絡・相談・報告などを通じて連携を密にして、適正なたんの吸引を実施する。
 ○ この場合において、気管カニューレ下端より肺側の気管内吸引については、迷走神経そうを刺激することにより、呼吸停止や心停止を引き起こす可能性があるなど、危険性が高いことから、家族以外の者が行うたんの吸引の範囲は、口鼻腔内吸引及び気管カニューレ内部までの気管内吸引を限度とする。特に、人工呼吸器を装着している場合には、気管カニューレ内部までの気管内吸引を行う間、人工呼吸器を外す必要があるため、安全かつ適切な取扱いが必要である。
 ○ 入院先の医師や在宅患者のかかりつけ医及び訪問看護職員は、定期的に、当該家族以外の者がたんの吸引を適正に行うことができていることを確認する。

E) 緊急時の連絡・支援体制の確保
 ○ 家族、入院先の医師、在宅患者のかかりつけ医、訪問看護職員、保健所の保健師等及び家族以外の者等の間で、緊急時の連絡・支援体制を確保する。


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