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資料 2


院内感染対策有識者会議報告書
−今後の院内感染対策のあり方について−

1 はじめに
 公衆衛生の向上や抗菌薬の開発をはじめとした医学の進歩により、多くの感染症が克服されてきた。しかし、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)など抗菌薬に耐性、あるいは低感受性の病原微生物の出現が新たな課題となっており、平成14年1月には、医療機関において弱毒菌Serratia marcescens(セラチア)により多数の患者が死亡するという痛ましい院内感染事例が発生するなど院内感染をめぐる状況は刻々と変化している。また、新興再興感染症も院内感染に影響を与えることが問題となっており、本年春から初夏にかけての中国等における重症急性呼吸器症候群(SARS)のアウトブレイクでは、院内感染をいかに防ぐかが焦点となったことは記憶に新しい。
 院内感染対策を進めていくためには、各医療機関及びそこで働く医療従事者のより一層の努力や意識改革が求められている。さらに、自治体、国、関係団体・学会がそれぞれの立場でこの問題に取り組むことはもとより、教育、研究、施設設備等を含め総合的な対策を講じる必要がある。
 このような状況の中、 当有識者会議は厚生労働省の委嘱を受け、平成14年7月から院内感染に対する総合的な対策について検討を開始し、国内外の院内感染対策に関するヒアリング結果や、国内の院内感染対策の整備状況に関する実態調査結果等を踏まえ、わが国における今後の院内感染対策について検討を重ねてきた。本報告書はこれらの議論を踏まえ、わが国における新たな院内感染対策のグランドデザインを描くとともに、医療機関、自治体、国、関係団体・学会がそれぞれの立場で取り組むべき事項を整理し、取りまとめたものである。

2 わが国における院内感染対策
2.1 わが国の医療機関における現状と課題
 2.1.1  現状
 平成14年度厚生労働科学特別研究事業「わが国の院内感染対策の整備状況を把握するための研究」(主任研究者 西日本電信電話株式会社東海病院外科部長 大久保 憲)により、平成15年1月11日から1月31日までの3週間に無記名自記式でアンケート調査を実施した。調査対象施設数は、有床診療所で1000、病院は、規模毎に20〜99床で1271、100〜199床で765、200〜299床で297、300〜599床で352、計3685施設を無作為に抽出し、600床以上の病院及び大学病院の全数315施設と合わせて総計4000施設とした。回収率は、全体としては34.1%であった。
 当該アンケート調査結果によると、わが国の医療機関における院内感染対策の現状は次のとおりである。
 1)  院内感染対策委員会の設置
 病院における院内感染対策委員会の設置率は99.8%で、100床以上の病院では100%となっているが、有床診療所では71.2%である。開催頻度は病院、有床診療所ともに月一回程度が93%である。
 2)  院内感染対策の実務担当者の配置と活動
 感染制御医師(Infection Control Doctor: ICD)や感染管理看護師(Infection Control Nurse: ICN)などで構成される実務担当者の任命は病院で79.0%、有床診療所では66.9%の施設で行われている。そのうち、病院の場合、院長直属の組織であるのは27.3%であり、多くは院内感染対策委員会の下部組織となっている。活動内容は、院内感染対策マニュアルの改訂や院内感染発生時の対応と原因の究明、器材の滅菌・消毒の管理、各種サーベイランスの実施などと幅広いが、病院における感染症の観点からの病棟回診率が39.7%、ファシリティーマネジメント(施設管理)実施率が36.8%など、感染の発生を監視し、感染を制御する予防的な活動はまだ十分とはいえない。
 3)  院内感染対策マニュアルの整備
 院内感染対策マニュアルの整備率は病院で98.6%、有床診療所で63.0%である。作成方法は、病院では大部分(81.1%)が院内の職員が作成しているのに対して、有床診療所では他施設のものを参考にして転用しているところが多い(55.8%)。院内感染対策マニュアルの徹底を図るための説明会は約75%の病院で行われていたが、600床以上の病院では院内感染対策マニュアルの説明会の実施率は低い(60.8%)。また、院内感染対策マニュアルの見直しは、多くの病院(72.4%)で最近の半年以内に行われていた。
 院内感染対策マニュアルに掲載されている事項は、医療従事者を対象とした感染防止、アウトブレイク時の報告体制と対応、手洗い方法、器材の処理方法、医療処置における具体的な感染防止策などとなっている。スタンダードプリコーション(標準予防策)の概念に基づいて解説しているものは、600床以上の病院では87.2%であるのに対して、99床以下の病院では35.6%に留まり、さらに有床診療所では14.9%となっている。給水設備や空調設備の維持管理方法は病院、有床診療所全体で18%となっている。
 4)  院内感染サーベイランスの実施
 院内感染に関する何らかのサーベイランスを行っている病院は66.3%であり、病院規模が大きくなるにつれて実施率は高くなる。有床診療所では14.8%の実施率である。内容的には耐性菌に関するものは、サーベイランス実施病院中では89.6%の実施率である。同様に、血管内留置カテーテル関連感染36.6%、尿道留置カテーテル関連感染29.0%、手術部位感染18.7%などの順である。耐性菌分離状況は94.6%の病院において把握されている。
 5)  抗菌薬使用のガイドラインの整備
 抗菌薬使用のガイドラインは30.9%の病院で整備されている。使用量は63.2%の病院で把握されているが、院内における届出を実施している病院は15.3%に留まっている。
 6)  院内感染対策の事項別の実施状況
 病室の流水式手洗い施設は病院の51.9%で整備されており、病床数が多いほど整備率は高い。ペーパータオルの使用、速乾性アルコール手指消毒薬の使用、手洗いの励行、必要時の手袋着用などの基本的感染対策はいずれも80%以上の実施率である。病院における隔離用病室の確保率は49.5%、感染症患者専用の外来診察室の設置率は21.9%と少ない。有床診療所でのペーパータオルの使用率は42.6%、速乾性アルコール手指消毒薬の使用率は88.7%、手袋の着用率は82.9%であり、ペーパータオルの使用率以外は病院と有床診療所とでは差はみられない。
 7)  病院職員等への感染防止
 病院における職員のB型肝炎ウイルス抗体検査実施率は85.1%(有床診療所79.1%)、ツベルクリン反応検査実施率は62.1%(有床診療所18.3%)であり、B型肝炎ワクチン等何らかのワクチン接種率は88.6%(有床診療所78.1%)である。針刺し事故発生時の対応を規定している病院は94.0%に達するが、有床診療所に限れば55.6%と少ない。病院において針捨て専用容器の設置率は86.4%であるが、安全装置付きの器材の導入率は34.4%と低い。
 8)  外部機関との連携
 院内感染対策についての助言をどこに求めるか(複数回答可)については、病院の場合には保健所が69.9%、他の医療機関が38.4%、近隣の大学が20.1%の順となっており、有床診療所の場合には地元医師会が54.9%、保健所が47.1%、他の医療機関が35.3%の順となっている。

 2.1.2  課題
 以上のとおり、院内感染対策委員会の月一回の開催、院内感染対策としての手洗いの励行、各病室への流水式手洗い設備の整備や速乾性アルコール手指消毒薬の使用などについては、実施率が高くなっている。
 一方、次の事項等今後の充実が期待されるものが存在する。
 ・ 医療機関の規模により院内感染対策マニュアルの定期的な見直しの状況に格差があること
 ・ 病院における抗菌薬使用のガイドラインの整備が30.9%(有床診療所データなし)に留まっていること
 ・ 病院における職員のB型肝炎ウイルス抗体検査実施率は85.1%(有床診療所79.1%)、ツベルクリン反応検査実施率は62.1%(有床診療所18.3%)であり、B型肝炎ワクチン等何らかのワクチン接種率は88.6%(有床診療所78.1%)であること等実施率が高いものも多いが、医療従事者等の感染防止の観点から今後さらなる取り組みが期待されるものもあること
 また、院内感染に関する助言を求める相手として、病院では保健所、有床診療所では地元医師会が多くなっている状況がうかがえるが、院内感染対策について、日常的に安心して相談ができ、かつ適切な助言が受けられる体制を充実させる必要があること、感染管理の専門家の養成を充実すべきであること等について指摘があった。
 これらを総括すると、わが国の医療機関における院内感染対策の実施をめぐる課題としては、次のようなものがあげられる。
1) 院内感染対策マニュアルの整備と定期的な見直し及び職員に対する教育
2) 医療機関におけるサーベイランスの実施
3) 抗菌薬の適正使用の推進を含めた感染制御ガイドラインの整備
4) 院内感染防止に係る器材及び構造設備の充実と適切な維持管理
5) ワクチン接種や抗体検査を含む医療従事者等への院内感染対策の充実
6) 院内感染対策について日常的に安心して相談でき、適切な助言が受けられる体制の確保
7) 感染管理の専門家の養成の充実

2.2  わが国における関係団体・学会、行政等の取組
 院内感染が広く社会問題となっている現状において、わが国では1980年代からのMRSAなどの多剤耐性菌による院内感染の拡大に対して、公衆衛生の向上や医学,薬学の進歩を、関係団体・学会の取り組み等を通じ各医療施設における感染対策に反映させることにより成果をあげてきた。さらに、院内感染対策のための「消毒と滅菌」、「感染症患者の搬送」、「感染症病室の施設設計」などの各種の対策事項別ガイドライン及びこれらを総合したガイドラインとして位置付けられる「エビデンスに基づいた感染制御」などが相次いで刊行されている。こうした研究の進展等に伴い院内感染対策の見直しも行われ、科学的根拠に基づく対策の採用と不必要な対策の廃止により合理的な院内感染対策へと変化している。
 さらに厚生労働省においては、院内感染対策の充実のため次のような事業が行われている。
1)  院内感染対策講習会の開催
 医療従事者への院内感染に関する教育・研修の充実を目的として、医師、薬剤師、看護師、臨床検査技師を対象に院内感染対策講習会が開催され、これまでの受講者は3万人を越えている。講習修了者が各医療機関における感染対策チーム(Infection Control Team:ICT)の主要メンバーとなることにより、ICTのレベルアップが図られることが期待されている。
2)  院内感染対策サーベイランス事業の実施
 薬剤耐性菌の発生状況、感染率等を把握し、科学的根拠に基づく院内感染対策の推進に資することを目的とし、平成12年7月より院内感染対策サーベイランス事業が開始された。集中治療部門、検査部門、全入院患者を対象とした部門の3部門に加え、平成14年7月より新たに外科手術部位感染部門と新生児集中治療部門の2部門が加わり、5部門を対象に全国的なサーベイランスシステムが構築されている。
3)  院内感染対策施設・設備整備費補助金
 医療機関に対し病室の個室化、個室の空調の整備及び自動手指消毒器の整備のための施設・設備整備費の補助が行われ、これらの整備促進が図られている。

3 新たな院内感染対策のグランドデザイン
 わが国の医療機関における院内感染対策の現状と課題を踏まえ、関係者が共有すべき目標と、今後目指すべき新たな院内感染対策についての具体的な将来像のイメージを展望することとする。
【目標】
1)  医療機関内における感染症の新たな発症を防止し、安全かつ確実に治療することができる体制としていくこと。
2)  アウトブレイク及び重大な院内感染発生時に被害を最小化するための医療機関及び地域における体制としていくこと。
3)  医療機関、自治体、国及び関係団体・学会が、それぞれ必要な対策を科学的根拠に基づいて確実に実施し、適時、見直しを図る体制としていくこと。

【具体的な将来像のイメージ】
 これらの目標を実現するために、医療機関、自治体、国及び関係団体・学会がそれぞれの立場で実行することを目指した将来像を以下に示す。

3.1 医療機関の院内感染対策の将来像
3.1.1  日常的な院内感染対策が適切かつ迅速にまた継続的に実施されている。
 医療機関においては、科学的根拠に基づき、日常的な院内感染対策が次のとおり適切かつ迅速に、また継続的に、実施されている。
1)  国内の学会等の策定した諸種ガイドライン、米国疾病管理対策センター(Centers for Disease Control and Prevention:米国CDC)の標準予防策・感染経路別予防策等のガイドライン、その他施設面を含めた諸種ガイドラインなどを参考とした科学的根拠に基づいた予防策が確実に実施されている。
2)  院内感染の危険因子となる処置・行為に着目した対策と院内感染のリスクが高い集中治療室 (Intensive Care Unit:ICU)、新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit:NICU)、移植病棟等の各部門の特性に応じた対策が実施されている。
3)  患者や診療科の特性や、施設規模・機能に応じたサーベイランスが実施され、その結果が院内感染対策に活かされている。
4)  抗菌薬及び消毒薬の適切な使用等、科学的根拠に基づいた適切な診療が実施されている。

3.1.2  重大な院内感染等の発生に際し適切な対応がなされている。
 院内感染の大規模な集団発生や対策を講じているにもかかわらずその発生が継続する場合等、院内のみでの対応が困難な事態が発生した場合、若しくは発生したことが疑われる場合に、地域の専門家からなる院内感染地域支援ネットワーク(仮称)(後述)へ速やかに相談等が行われ、その早期発見と適切な拡大防止策がとられ被害が最小化されている。

3.1.3  上記の実施に必要なマンパワー及び院内体制が確保されている。
1)  院内の各部門の責任者等から構成され、院内感染対策の方針を検討する院内感染対策委員会が活用されている。
2)  病院長の下、院内感染対策の実務を専門に担当する者(医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師等)からなる院内感染対策部門(ICT等)が活用されている。
 特に高度な医療を提供する大規模な医療機関(特定機能病院)及び重篤な感染症を担当する各地域の基幹的な医療機関等においては、専任の院内感染対策担当者が配置され、これらの担当者は医療機関内で一定の権限と責任を与えられ組織横断的な活動を行うとともに、地域の院内感染地域支援ネットワーク(仮称)に協力している。
3)  医療機関は、感染制御等に詳しい地域の医師や看護師等の専門家からなる院内感染地域支援ネットワーク(仮称)体制を活用し、必要な助言・支援等を受けている。
4)  医療機関が自らの院内感染対策を客観的に把握し、質の向上に役立てるため、外部評価が積極的に活用されている。

3.1.4  患者及び家族に対して院内感染について十分な説明が行われ正しい知識の啓発がなされている。
 院内感染が発生し、または発生が疑われる場合に、医療機関から、患者及び家族に対して、患者や病院の現状が十分に説明されるとともに、院内感染拡大防止に向けての基本的事項の教育が行われ、感染制御に必要な協力(例えば、病室の出入り時の手指消毒等)が得られている。また、必要に応じ、情報公開が適切に行われている。

3.1.5  医療従事者等を対象とした院内感染対策の充実が図られている。
 医療従事者はもとより、実習、研修の学生や清掃職員等も対象としたB型肝炎、麻疹、風疹、水痘、流行性耳下腺炎、インフルエンザ等のウイルス抗体価検査と必要に応じたワクチン接種及び針刺し・切創等による感染を防ぐための安全装置付き器材や針捨て専用容器等の使用、リキャップの禁止や危険物の分別の徹底等、医療従事者等を対象とした感染予防対策が講じられている。また、これらの徹底を図るため、新人研修における実践的な研修を含めた定期的な職員研修の実施、院内感染対策に関する基本的な方針と具体的対策に関する院内感染対策マニュアルの整備、及び、その定期的な見直しにより、医療従事者等に対する院内感染対策の充実が図られている。

3.2 自治体の院内感染対策の将来像
3.2.1  院内感染地域支援ネットワーク(仮称)が構築されている。
 自治体(都道府県等)を単位として院内感染地域支援ネットワーク(仮称)が組織され、日常的に医療機関からの院内感染対策に関する相談に応じるとともに、院内感染の大規模な集団発生や対策を講じているにもかかわらずその発生が継続する場合等、若しくは発生が疑われる場合に、医療機関に対し速やかに相談に応じ、助言を行う体制が構築されている。

3.2.2  自治体(保健所、地方衛生研究所等)の適切な対応能力が確保されている。
 自治体(保健所、地方衛生研究所等)において、科学的根拠に基づき地域住民への正しい知識の普及、相談・助言及び情報の収集と分析など調査を行う能力等について担当者の資質向上が図られるなど、適切な対応能力が確保されている。

3.2.3  重大な感染症の発生の際に院内感染対策を含め対応し得る体制が整備されている
 どのような感染症が発症しても、可能な限り他の患者や医療従事者等に感染することがないように安全かつ適切に患者を診療することができる病院が整備され、地域内で必要な人的資源や施設設備が充実している。

3.3 国の院内感染対策の将来像
3.3.1  医療機関のための対策
1)  全国的なサーベイランスにより、医療機関における院内感染の発生動向とその対策の実施状況を把握し、その結果の解析、評価を行い、医療機関に必要な情報を還元している。
2)  高度な医療を提供する大規模な医療機関(特定機能病院)及び重篤な感染症を担当する各地域の基幹的な医療機関等を対象として、院内感染管理体制について制度化している。
3)  関係機関及び団体との連携のもと、広域的な対応が必要な場合における地域の医療機関及び自治体等に対する技術的支援体制を充実している。

3.3.2  医療機関及び自治体のための対策
 各地の院内感染地域支援ネットワーク(仮称)及び行政機関等に集まった院内感染事例を集積したデータベースが構築されており、それが地域の医療機関や自治体に広く利用可能なものとなり、情報や経験の共有に活かされている。

3.3.3  医療従事者等及び一般国民のための対策
1)  医療従事者等に対する院内感染対策の教育及び一般国民に対する院内感染全般に関する知識の普及啓発が充分に行われている。
2)  院内感染に関する事項が医療関係職種の国家試験出題基準に含まれ、医師及び歯科医師については、卒後臨床研修の到達目標に含まれているなど、卒前・卒後教育が充実している。
3)  院内感染防止に有用な研究が適切に推進され、その成果が広く普及、活用されている。

3.4 関係団体・学会の院内感染対策の将来像
3.4.1  関係団体・学会の取組
1)  日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、日本看護協会、日本病院会等の関係団体が、院内感染対策についての会員等への普及啓発の役割を果たすとともに、感染管理の専門家等の養成及び諸外国との情報交換に貢献している。
2)  日本環境感染学会、日本感染症学会など、関係学会において感染管理の専門家等の養成が積極的に行われている。また、院内感染対策に関する専門的立場から、学会として諸外国との情報交換を行う等、国、自治体等への協力や技術的助言が行われている。

3.4.2  教育研修機関の取組
1)  大学等教育機関、大学病院、臨床研修病院等、卒前・卒後の教育・研修を行う機関では、院内感染対策に関する基本的な知識や技術を修得させるための卒前教育が充実し、医師や歯科医師の卒後臨床研修目標に院内感染が含まれ、その他職種に対しても卒前教育が充実し、医療機関等における研修を行うこと等、卒後教育が充実している。
2)  修学期間中から学生に対し、病院実習前の抗体価検査及びワクチン接種を受けることが勧奨されている。

3.4.3  外部評価機関・団体等における取組
 日本医療機能評価機構を始めとする外部評価機関・団体等では、院内感染対策に関する医療機関の取り組みの評価方法が充実しており、医療機関の資質の向上に寄与している。

4.当面必要な取組
 新たな院内感染対策のグランドデザインの実現に向けて、日常的に経験されているMRSA等による院内感染への対策に加え、平成15年春から初夏にかけての中国等におけるSARSアウトブレイクに際し院内感染対策が重大な課題となった経験等にも鑑み、こうした重篤な感染症の発生に備える体制を早急に整備する必要があることをも勘案し、当面、医療機関、自治体、国及び関係団体・学会がそれぞれ取り組むべき課題について整理する。

4.1 医療機関における取組
4.1.1  院内感染対策マニュアルの整備とその定期的な見直し
 各医療機関において、院内感染対策に関する基本的な方針と対策の具体的方法に関する院内感染対策マニュアルを整備し、その定期的な見直しを行う。

4.1.2  職員研修の充実
 医療従事者等を含む全ての職員に院内感染対策を徹底させるため、新規採用職員を含め全職員を対象に、定期的に院内感染対策に関する研修を実施する。

4.1.3  特定の医療機関への専任院内感染対策担当者の配置
 高度な医療を提供する大規模な医療機関(特定機能病院)及び重篤な感染症を担当する医療機関(第1種感染症指定医療機関)等においては、専任の院内感染対策担当者を配置し、これらの担当者は医療機関内で一定の権限と責任を与えられ組織横断的な活動を行うとともに、各地域の院内感染地域支援ネットワーク(仮称)に協力する。

4.1.4  院内感染の発生状況を把握するための院内感染サーベイランスの患者や診療科の特性、施設規模・機能に応じた実施
 薬剤耐性菌の検出状況や院内感染の発生をいち早く察知して、感染の拡大を防止するとともに、他の施設での院内感染発生状況とも比較することが可能なサーベイランスを、患者や診療科の特性、施設規模・機能に応じて実施する。

4.2 自治体における取組
4.2.1  院内感染地域支援ネットワーク(仮称)の整備
 院内感染を予防するため、自治体(都道府県等)を単位として院内感染に関する専門家による相談窓口を設置し、医療機関が院内感染対策等について日常的に相談できる体制を整備するとともに、地域の医療機関の専門家等で構成する地域会議を開催する等、地域における院内感染対策の支援体制の構築を支援する。
【事業内容】
1)  地域の医療機関(特に独自のICD、ICN等を有しない中小病院、診療所等)からの院内感染対策等に関する相談について日常的に対応する。
2)  地域の医療機関において発生した院内感染事例の収集、解析、評価を行い、今後の院内感染対策に役立てる。また今後、全国的に対策を講ずるに当たり参考となると考えられる事例について、匿名化した上で国に情報提供する。
3)  院内感染対策等に関する新たな知見や必要な情報を収集し、地域会議においてその情報を分析し、地域の医療機関にその分析結果等を還元する。
4)  地域の医療機関において、院内感染が発生した場合、必要に応じ支援、助言等を行う。また、地域で対応しきれない事例については、国との連携を図り対処する。
5)  これらの事業を円滑に実施するとともに、地域における院内感染対策を支援するため、地域の特定機能病院及び第1種感染症指定医療機関等の専門家、都道府県(保健所、地方衛生研究所等を含む)、国、関係団体・学会等との連携を図る。

4.2.2  保健所、地方衛生研究所等の担当者に対する研修や教育の充実
 現在行っている保健所、地方衛生研究所等の担当者に対する研修や教育を充実させ、担当者の調査能力等を充実させる。

4.3 国の取組
4.3.1  院内感染地域支援ネットワーク(仮称)への支援等
 専門家及び関係機関との連携の下、院内感染地域支援ネットワーク(仮称)の関係者を含めた中央会議の開催等を通じ、当該ネットワークに対する支援、助言を行うとともに、地域における感染制御に関する技術的な支援体制の充実を図る。

4.3.2  科学的根拠に基づく院内感染制御のガイドライン等の作成・普及
 科学的根拠に基づく院内感染制御のガイドライン等の作成を行うとともに、厚生労働省のホームページ等を活用し、医療従事者等に対し普及啓発を行う。

4.3.3  データベースの構築
 各地の院内感染地域支援ネットワーク(仮称)等、地域から報告された重要な院内感染事例に関するデータベースを構築し、その解析、評価を行うとともに、地域の医療機関や自治体等へ必要な情報を広く提供する。

4.3.4  医療従事者等への院内感染対策の研修を実施するための教材の作成及び情報提供
 医療従事者等を含む全ての職員への感染を減らすとともに、院内感染の発生時に被害を最小化するため、新規採用職員を含め全職員を対象に、定期的に研修を実施するためのプログラムや教材の作成を促進する。また、厚生労働省のホームページの活用等により、医療従事者に対する院内感染対策に関する情報提供を行う。

4.3.5  感染制御に関する専門性の高い医療従事者の養成
 日本感染症学会、日本歯科医師会等が行っている講習会及び国立看護大学校が行っている感染制御に係る専門教育を通じて、感染制御に関する専門性の高い医療従事者を今後も養成する。

4.3.6  卒前・卒後研修の充実
 院内感染に関する事項を医療関係職種の国家試験出題基準に含めるとともに、医師及び歯科医師については卒後臨床研修の到達目標に含めるなど、卒前・卒後研修の充実を図る。

4.3.7  高度な医療を提供する大規模な医療機関等を対象とした院内管理体制の制度化
 高度な医療を提供する大規模な医療機関(特定機能病院)及び重篤な感染症を担当する医療機関(第1種感染症指定医療機関)等を対象として、院内感染管理体制について制度化する。

4.3.8  院内感染対策に有用な研究の推進
1)  医療機関におけるアウトブレイク等重大な院内感染発生時の対応と連携に関するマニュアルの作成及びサーベイランスの活用に関する研究
2)  全国的な院内感染サーベイランスシステムの普及と活用のための研究
3)  実践的な院内感染制御からみた構造設備の管理のための手法等の開発に関する研究
4)  院内感染の情報収集と行政の支援のあり方等に関する研究

4.3.9  一般国民に対する院内感染全般に関する普及啓発
 厚生労働省のホームページの活用や、地域支援ネットワーク、自治体、関係学会・団体等との連携を図ること等により、一般国民に対する院内感染全般に関する知識の普及啓発を行う。

4.4 関係団体・学会における取組
4.4.1  院内感染地域支援ネットワーク(仮称)に対する技術的支援
 関係機関との連携の下、専門的な立場から院内感染地域支援ネットワーク(仮称)に対する技術的支援を行う。

4.4.2  感染管理の専門家の養成および資質の向上
 関係団体・学会において、下記の取り組みをはじめとする学会等が認定する感染管理の専門家の養成、研修などを通じて資質の向上を図る。
1)  日本感染症学会、日本環境感染学会など16学会3研究会で構成するICD制度協議会によるICDの認定
2)  日本感染症学会による感染症専門医の認定
3)  日本看護協会による感染管理認定看護師の認定
4)  日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会による感染制御スタッフ(Infection Control Staff:ICS)の養成及び認定
5)  日本臨床微生物学会、日本臨床衛生検査技師会等による認定臨床微生物検査技師の認定
6)  日本病院薬剤師会等による感染管理薬剤師の認定(予定)

5 おわりに
 本有識者会議の委員は、大学や試験研究機関等の研究者、医療機関の院内感染担当者、自治体関係者、医療関係団体、マスコミ関係者等から構成されており、各委員がそれぞれの視点でわが国の院内感染対策の現状と課題について問題提起を行うとともに、その対策等について議論を重ねてきた。
 本報告書は、これらの議論を踏まえ、わが国の院内感染対策の一層の充実に向けて、今後目指すべき新たな院内感染対策のグランドデザインを描くとともに、早期に実現すべき事項について「当面必要な取り組み」として整理し、取りまとめたものであり、特に、各医療機関、関係団体・学会、自治体、国等がそれぞれの立場から取り組むべき事項について具体的な方向性を示したものである。
 院内感染の発生が制御され、患者が安心して医療を受けられる環境の実現と医療従事者自身の感染予防が徹底されることにより、医療の質のさらなる向上が図られることは、医療関係者のみならず国民すべての願いである。
 本報告書の内容が関係者に広く周知され、特に早期に実現すべきものを中心に、国において財源や制度の面で必要な措置を講ずることを含め、関係者がそれぞれの立場で早急に取り組み、関係者による成果検証を経つつ、さらなる対策に活かしていくことにより、刻々と変化する院内感染をめぐる状況への対処が適時適切に行われ、実効をあげることを期待するものである。



「院内感染対策有識者会議」委員名簿

 相澤 好治  北里大学医学部衛生学・公衆衛生学教授
 荒川 宜親  国立感染症研究所細菌第二部部長
 稲松 孝思  東京都老人医療センター感染症科部長
 井上 章治  社団法人日本薬剤師会常務理事
 岩田 太  上智大学法学部助教授
 遠藤 和郎  沖縄県立中部病院感染症科医師
 大久保 憲  西日本電信電話株式会社東海病院外科部長
 岡部 信彦  国立感染症研究所感染症情報センター長
 賀来 満夫  東北大学病態制御学(分子診断学)教授
 筧 淳夫  国立保健医療科学院施設科学部長
 楠本 万里子  社団法人日本看護協会常任理事
 小林 寛伊  東日本電信電話株式会社関東病院名誉院長
 佐藤 牧人  仙台市青葉保健所長
 高野 八百子  慶應義塾大学病院感染対策室感染対策専任看護師
 武田 隆男  社団法人日本病院会副会長
 塚本 亨  社団法人日本歯科医師会常務理事
 仲川 義人  山形大学医学部付属病院薬剤部長
 沼口 史衣  聖路加国際病院インフェクション・コントロール・プラクティショナー
 星 北斗  社団法人日本医師会常任理事
 丸木 一成  読売新聞社編集局医療情報部長
 山中 朋子  青森県健康福祉部長
 吉澤 浩司  広島大学医学部衛生学教授
(五十音順、敬称略)
 ◎:  座長
 ○:  ワーキンググループ長


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