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第6回
資料2
最低賃金制度の意義・役割について


1 最低賃金法
第1条(目的)
 この法律は、賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。


「賃金の低廉な労働者」
 賃金が労働者の一般的賃金水準よりは相当低位にある労働者である。最低賃金は、このような労働者について賃金の最低額を保障することによって、その低廉な賃金を上昇せしめ、労働条件を改善するものでなければならない。したがって、一般賃金水準にある労働者を対象として高水準のものを最低賃金として決定することは、原則として本法の趣旨とするところではない。

「事業若しくは職業の種類又は地域に応じ」
 業種別、職種別、地域別にそれぞれの実情に即した最低賃金を決定することである。この場合、業種別、職種別、地域別のそれぞれの組合せによって最低賃金が決定されることがありうる。わが国で現在決定されている最低賃金は、各都道府県別に決定される地域別最低賃金(各都道府県内の本法の適用労働者すべてを対象とする。)及び業種(産業)別に決定される産業別最低賃金(そのほとんどは業種(産業)別かつ地域別に決定される。)であり、今まで職種別に最低賃金が決定されたことはない(なお、ほとんどの産業別最低賃金は、昭和61年の中央最低賃金審議会答申に基づき一定の業務を適用除外としている。)。

「労働条件の改善」
 労働基準法では労働条件の向上といっているが、向上とは現状より上回るということであって、現状が既に高水準の場合でも現状より更に上回れば向上である。改善とは現状が悪いことを前提としている。賃金の低廉な労働者の賃金の上昇を図るということはまさに改善であって向上よりも適切な表現である。

「労働力の質的向上」
 最低賃金制の実施は、下記の理由によって、「労働力の質的向上」、すなわち労働能力のすぐれた労働者を確保することに役立つものと考えられる。
(1)  賃金の上昇によって、優秀な労働者を雇い入れることが容易になること。
(2)  労働者の生活が安定することによって、労働能率の増進がもたらされること。
(3)  労働者の収入の増加によって、労働人口中家計補充的な不完全就業者が減少すること。

「事業の公正な競争の確保」
 最低賃金制の実施は、「事業の公正な競争の確保」、すなわち、賃金の不当な切下げ又は製品の買叩き等を防止することによって、事業間の過当競争を排除することができ、また、最低賃金制の実施による企業の合理化は事業間の公正競争を促進するものと考えられる。


2.ILO条約
(1)第26号(1928年ILO採択、1971年日本批准)

1条
 この条約を批准する国際労働機関の各加盟国は、労働協約その他の方法により賃金を有効に規制する制度が存在していない若干の産業又は産業の部分(特に家内労働の産業)であって賃金が例外的に低いものにおいて使用される労働者のため最低賃金率を決定することができる制度を創設し又は維持することを約束する。

第26号条約の目的
 労働組合の組織がないか、又は、十分でなく、かつ、賃金が例外的に低い産業の分野における労働者が適当な賃金水準を維持しうるようにすることを目的として採択されたものである。

「労働協約その他の方法により賃金を有効に規制する制度」
(1)  この条約は、条約を批准する各加盟国に対し、加盟国が適当と認める特定分野の労働者のためにのみ最低賃金決定制度を設ければ足りるとするものであり、第1条第1項においては、最低賃金制度を設けることが適当であるか否かの判断にあっては、主として労働協約を締結しうるほど十分に労働者が組織化されているか否かという事情及び賃金が例外的に低いか否かという事情を考慮すべきことを求めているものである。
(2)  従って、「賃金を有効に規制する制度」の存在するとは、まず、労働協約を締結しうる労働組合が存在することを意味し、それ以外には、労働協約と同じようにそれ以下に賃金が低下することが許されないような有効な賃金率を確立しうる制度、例えば、仲裁裁定制度のようなものをいうものであり、「労働協約その他の方法」という際の「その他の方法」とは、このような仲裁裁定などをいうものである。

「産業の部分」
(1)  第1条第1項において、「産業」ないし「産業の部分」が問題になるのは、主として、労働者の組織化が十分であるか否か、及び例外的に賃金が低いか否かという観点からであり、なんらかの意味で労働者の組織化が十分であるか否か等が問題となりうるような労働者の集団は、すべて、ここでいう「産業」ないし「産業の部分」でとらえられるものである。
(2)  したがって、「産業の部分」とは、いわゆる産業分類上の細部にわたる分類のみならず、特定産業について、そのうちの特定地域のみをいう場合、または、特定職種のみをいう場合もありうるものである。

(2)第131号(1970年ILO採択、1971年日本批准)
1条
 この条約を批准する国際労働機関の各加盟国は、雇用条件に照らし対象とすることが適当である賃金労働者のすべての集団について適用される最低賃金制度を設置することを約束する。

第1条第1項の趣旨
 各加盟国は、雇用条件に照らして同制度の適用対象とすることが適当である賃金労働者のすべての集団について適用する最低賃金制度を設けなければならないことを規定している。

「雇用条件に照らし対象とすることが適当である」
(1)  本項にいう「雇用条件」とは、一般的には、賃金、労働時間等労働契約の内容として取り決められるいわゆる労働条件をいうばかりでなく、このような労働条件が、法令によって直接規定されているか、又は、当事者間の個別的合意ないし団体交渉によって決定されているかなど労働条件の決定態様等をいうものであるが、本項においては、特に最低賃金制度との関連において用いられているものであるので、端的にいって、主として賃金の水準及び賃金の決定態様を指すものといえる。
 次に、「対象とする」とは、最低賃金制度の適用対象とすること、すなわち、必要に応じて実際に具体的な最低賃金を決定することができる対象として取り込むことをいうものである。
(2)  第26号条約においては、一定の要件を満たしている限られた産業分野のうちの若干のものだけを対象として最低賃金制度を設ければよいとされるのに対し、本条約は、これをより一般的なものにするという意図のもとに作成されたものであり、本項により、加盟国は、各国の実情に応じ、雇用条件に照らして制度の適用対象とすることが適当であると考えられるようなすべての賃金労働者の集団について適用する最低賃金制度を設けなければならないとされるものである。

「賃金労働者の集団」
 本条約では、最低賃金制度の適用対象を、若干の特定部門に限らず、雇用条件に照らして適当であれば、産業、職業の別を問わずすべての賃金労働者に及ぼすことを求めているものである。
 しかしながら、このような全般的適用の原則は、一律の最低賃金額を適用するように、賃金労働者のすべてを包括して一体的に対象とすることを要求するものではなく、むしろ、賃金労働者の一定の集団を単位とし、部門ごとに最低賃金を決定し適用していくことを趣旨として、規定されているものと考えられる。したがって、本項にいう「集団」とは、最低賃金制度において、具体的に最低賃金を決定し、適用する際のなんらかの意味での賃金労働者の単位をいうものと解される。(なお、その単位としてどのような集団をとらえるかは、加盟国の自由に委ねられているものと解される。)


 ILO事務局ジェラルド・スタール「世界の最低賃金制度」(「Minimum wage fixing」,1981)(労働省賃金時間部訳)による整理

  第2章 産業別の最低賃金決定の役割と適用範囲

 単純化しすぎる危険をあえておかせば、4つの基本的な役割のみが明らかになる。
 最も限定的な考え方は、最低賃金を労働市場における特に弱い地位にあると考えられるごく少数の低賃金労働者にのみ保護を与えるために利用するものである。
 もう1つの考え方は、「公正な」賃金とでもいうべきものの支払いを保障するために最低賃金を利用するというものである。この考え方も特定の労働者の集団に異なる最低賃金を決定することになるが、保護の対象として選ばれる集団は必ずしも低賃金層に限られるものではない。
 次に、最低賃金を賃金体系の底辺として利用するという議論がある。この構想では、最低賃金決定は、すべてのあるいはほとんどの労働者に、不当に低い賃金から保護する安全網を提供することによって、貧困の減少に適度に寄与する手段として考えられている。
 最後の考え方は、ここで説明する最低賃金が果たすべき役割の中で最も包括的なものであり、経済の安定と成長と所得分配の改善といった国家的な目的を達成するためのマクロ経済政策の手段として、最低賃金を用いようとするものである。
 本章で取り扱う第1と第2の役割は、産業別最低賃金制と密接な関連がある。次章では、通常、広い適用範囲をもつ一般最低賃金制度と関連のある第3と第4の役割について述べることとする。
 最低賃金の目的の多様性と複雑さのゆえに、開発途上国の実例は、必ずしも4つの「典型的な」役割と一致するわけではない。個々の国において、見せかけだけの同様な最低賃金制度が独自の方式で発展していることによっても分類に2つ以上の目的が追求されている場合もある。それにもかかわらず、4つの役割のみをみることによって、最低賃金決定への様々なアプローチの本質的な違いに焦点をあて、様々な国における実例を考える上での扱いやすい枠組みを設定することができる。

弱い立場にある集団の保護
特徴と含意
 この役割は最低賃金決定が政府の政策の非常に裁量の幅の広い手段であるべきであり、その労働者集団の特殊な性格のために労働市場において交渉上弱い立場にあるものにその適用範囲を限定するべきであるという仮定に基づいている。既に述べたように、弱者の概念はいくつかの国々では、元来かなり広い範疇の労働者、すなわち、家内労働者、若年者、女性や土着の労働者といった労働者と関連していた。しかしながら、今日では、これは個々の産業で一般的な状況に最もよく関連している。
 最低賃金の保護が必要な産業を決定するに当たってどのような要素を考慮すべきかということは、通常法律の条文や運用上の慣行によって正確に規定されていない。しかし一般的には、有効な団体交渉能力の欠如と低賃金の双方によって特徴づけられるものであるべきであると考えられている。
 「苦汗」の排除とよく表現されるものを目標とした、当初の1909年の連合王国の産業委員会法の下では、最低賃金は「他の雇用に比べ支配的な賃金率が例外的に低い産業」に設定することとされていた。1918年の連合王国の賃金審議会法はいくらか幅広い定義で言い表している。最低賃金の決定は労働大臣が「その産業において有効な賃金規制の適当な機構が存在せず、したがってその産業における一般的な賃金率を考慮すると・・・この法律を適用することが好都合である」という見解をもっている場合に機能することになっていた。
 これに関する法制は何回か修正されたが、この公式は適用範囲の決定に関して基本的には今日も適用される。連合王国の1918年の法制で用いられたものと同様な言葉は、かつてイギリスの法的アプローチや慣行の影響を受けたいくつかの国の法律にみられるが、公式はより弾力的になっている。いくつかの場合には、法制は低賃金については触れず、最低賃金決定の必要条件として有効な機構の欠如のみを取り上げている。他の場合では当局は単に好都合と考えられる部分に最低賃金を決定することが認められている。
 弱者の概念が賃金規制の有効な機構の欠如とほとんど同一視されている場合には、最低賃金のこの役割は、団体交渉をある程度模倣した賃金規制の代替的な集団的手続を設定することによって果たされている。したがって、最低賃金は三者構成ではあるが、しばしば関係する産業の労働者と使用者の代表の合意による決定に到達する主たる責任を負わせるように機能するような、分権化された委員会や審議会によって決定される。団体交渉と同様、労使がこの目的のために考慮すべき正確な基準を規定しようとする試みはなされない。さらに複数の最低率が決定されることもまれではなく、労働協約においてみられるものと同様に、職業の最低率の構造全体が設定される。最低賃金の決定に加え、休日や労働時間のような他の労働条件を規制するために産業レベルの機構が用いられうる。このようにして規制される賃金以外の雇用条件は、ほとんど団体交渉においてみられるような複雑で包括的なものである場合もある。
 団体交渉に類似した最低賃金決定の手続を設定する理由の1つは、このような手続が、その産業内においても、また、一般社会においても受け入られうる結論が得られることを保障する最良の手段であるという信念である。もう1つの理由は、団体交渉の自発的な発展を奨励するために、個々の産業における労働者と使用者の代表の地位を強化し、労働条件等の共同の規制の経験をさせることである。しかし、最低賃金決定の過程が団体交渉に類似するように作られているとはいえ、これはできるだけ早急になくなるべき「次善の」選択肢であることが普通は明確に暗示されている。1918年の連合王国の賃金審議会法が通過した時、労働大臣は、最低賃金審議会は「やがて労働者も使用者も法的な規制を必要としなくなることを促進するための、産業内における便宜的な一時的組織」であると言った。この最低賃金決定の果たすべき役割の概念は、賃金の決定はできる限り労使の共同の決定によるべきであり、模範的な労使関係が十分に発達している分野においては、最低賃金決定がこれと重複すべきではないという考え方によるものであることは明らかである。より一般的には、賃金や他の労働条件の決定に対する政府の直接の関与は最小限でなければならないという仮定がある。したがって、法は普通は最低賃金の決定や廃止の申し出がなされた時には、関係産業の労使の代表に対する広範な協議を規定している。このような協議は第26号条約によっても要求されている。
 容認しがたい経済的反響が起きる危険を冒すことなく、政府が規制を加えることによって低賃金労働者の相対的地位の向上を達成できるのは限られた範囲でしかないと考える者にとっては、最低賃金決定が果たすべき役割に関するこの概念はいくつかの魅力的な側面を持つ。まず、いくつかの労働者の層にのみ関心を集中することによって、最低賃金決定は真に保護を必要とすると思われるものにのみ限定されうることになり、個々の産業における支払能力と非常に調和のとれた率を定めうる。このように非常に裁量の幅の広いアプローチは、最低賃金が経済に重要な悪影響を与える危険を最小限にするとみられている。
 あらかじめ定められた基準がないために、最低賃金を決定する責任を負う者は、全国的な賃金構造がどうあるべきかといった総合的な概念よりも、一般的な賃金の動向を参考にするので、賃金構造における明らかに異常な部分を修正したり、当該産業における賃金と他の賃金とのややよい調和を達成したりする以上のことはしないだろうと考えられている。
 しかし、最低賃金決定の適用範囲をこのように限定することに対して、よく引用される議論がいくつかある。おそらく最も基本的なものは、このアプローチが貧困の削減に対して不必要に控えめになっているというものである。最も低い賃金しか支払われていない労働者の賃金は、他のアプローチによっても、経済的悪影響を及ぼすことなく、このアプローチによって達成されるであろうものより多く引き上げることができると論議されている。これと関連して、この役割では、政府が最も低い賃金しか支払われていない労働者の地位の改善を図るため総合的な努力を行う余地がないという議論がある。自発的な団体交渉の発達の促進に対する効果にも疑問がある。個々の産業における集団的手続によって、他の労働条件だけでなく、詳細な職業別の最低賃金率を設定することにより、未組織労働者が労働組合に加入し、自発的な機構を設定することを支持するインセンティブが減少するために、団体交渉の成長を促進するのではなく、後退させると示唆されている。
 また、厳格な行政上の観点からも、このアプローチでは、真に保護を必要とするすべての労働者が、最新の最低賃金の法的な適用を受けていることを保障することは容易ではない。平均的な賃金水準が十分高い産業における低賃金労働者や、例外的に小さい産業における労働者の懐にまで適用を拡大することは明らかに期待できない。さらに、この考え方は、多くの賃金決定機構の創設とその継続的な運用を前提としているために、多くの開発途上国のように、労働協約によって保護されている労働者数が少なく、容認しがたい低賃金を支払われている労働者数が非常に多い場合には、十分な適用範囲を保ち、時宜を得た改正を行うことが困難になる。

「公正な」賃金の決定
特徴と意義
 この役割は、個々の産業や職業の最低賃金を決定することを意味するという点で前の役割と類似している。しかし、特徴的なのは賃金規制の適用範囲についてのより広い概念を持っていることである。適用範囲は少数の低賃金で未組織の労働者に限定される必要はなく、比較的高い賃金の労働者を含むすべての労働者にまで及ぶ可能性がある。この役割の考え方の背後には、ある種の、というよりむしろほとんどの産業においては、賃金水準設定のための集団的な手続により決定する方が、賃金決定が規制されない労働市場の圧力や個々の企業の決定に委ねられるよりも、より受け入れやすい賃金水準や構造を作る可能性が高いという信念がある。同一労働同一賃金の原則の適用を促進し、労使紛争の対象を削減するために個々の産業や職業における「共通の規則」を作ることに相当な重要性がある。また、生産者は価格、デザイン、製品やサービスの品質に関しては自由競争を行うべきであるが、労働者の賃金を下げることによって競争を行うのは不公平であるという理由で、賃金を過度の競争の圧力から切り離したいという希望もある。つまり最低賃金は、集団的な意思決定手続によって給料に関する共通の規則とその規則を不公正な競争の圧力から切り離す法的保護を与えることによって賃金構造と労使関係を改善する手段であると考えられている。最も低い賃金しか支払われていない労働者の相対的地位を改善することによって貧困を削減するということではなく、ある産業または職業における特定の状況のもとでの「公正な」賃金と判断されるものを決定することが強調されている。
 最低賃金決定のこの役割は、労働者の適用範囲のパターンと関連する。団体交渉が存在しないか、十分に発達していない国では、最低賃金決定は、多くの労働者に適用できる賃金決定の代替的な集団的手続であると考えられる場合がある。しかし、他の国々では「公正な」賃金の決定を保障することを目的とする最低賃金決定がはるかに裁量に委ねられて行われている。保護されるべき産業や職業は通常法律の条文では特定されていず、政府当局の幅広い裁量が認められている。それにもかかわらず労使関係に関する考慮がしばしば決定的であるということは明らかである。いくらかの労働者が労働組合に組織されているが、労働協約を締結するには弱すぎる産業や締結された協約が破られないことを保障するために法の適用が要求される産業がこのような保護のために選ばれるものの中で目立っている。これらのケースでは、最低賃金が労使紛争を減らし、安定した団体交渉関係の発展を促進させることを目的としているために、賃金構造の修正のためにあらかじめ設定された目的を達成するための手段というよりはむしろ必然的に労使関係政策の手段として理解されてしまう。時には産業の構造が労働者を組織するのが難しくなっているようなもの(例:卸・小売業)や賃金規制がないと参入の容易さと柔軟な価格決定によって形成される製品市場の競争的な状況が賃金に容認しがたい引き下げの圧力を加える恐れのあるもの(例:建設業)にも特に注意が払われる。適用範囲に影響を与えるもう1つの重要な要因は履行確保の可能性である。様々な保護規定の対象は、強制の手続が合理的、効果的に適用しうる範囲であるべきで、そうでなければ法の軽視をもたらすという議論が時々行われる。この関係で、個々の産業における賃金の相対的地位が時には考慮され、賃金が適当かどうかはその水準だけでなく当該産業の状況との関係によっても判断される。
 弱者グループの保護のための最低賃金決定の場合と同様公正な賃金の概念は、個々の産業の基本的な単一の率を決めるだけではなく、一定の幅の職業別最低限を含むことが多い。しかし、同一労働同一賃金を保障し、一般的な賃金率に近い最低限を定めることにより多くの関心があるので、使用される職業別の構造は通常より詳細で精巧である。正式な仕事の評価と分類体系を用いて発展してきたケースもある。
 このアプローチが基本としている平等や公正の概念が個々の産業によって特有である国もある。このような場合には、最低賃金決定の手続は、それぞれの適用される産業の特定の労働市場と経済条件を考慮し、直接影響を受ける者に大きな発言力を与えることが普通である。一連の独立した産業レベルで決定される賃金は、幅広い国の経済的、社会的目的と矛盾しないと仮定されている。
 他の国々では、平等で、かつ、経済的に実行可能な全国的賃金構造の発展に大きな関心がある。これは、高度に集権化された最低賃金決定機構を必要とするとされている。それでも、その手続の中で、影響を受ける個々の産業や職業の代表者に意見を述べる機会を与えようとしていることが多い。
 一般最低賃金を決定することと比較すると、「公正な」賃金の決定は、個々の産業や職業の環境や可能性により適応させることができるという理由によって弁護されることがある。このことは、開発途上国、そこでは、典型的には賃金格差が大きいために、賃金の最下層の者の状況を考慮した最低限がより発展した分野や職業の労働者には少ししか関係しない国において特に重要な考慮を払うべきものとなる。この役割は、政府が最低賃金の保護の拡大のために緩やかで注意深い取り組み方をすることを可能にする。最低限は、経済的に重要な、あるいは問題点の最も少ない産業と職業に最初に設定されうる。適用範囲は、率を定める経験を積み、履行確保の現実性が許すにつれて拡大されうる。
 裁量的に最低賃金を適用することによって「公正な」賃金の保障という役割が追求される場合には、政府には、様々な賃金構造や労使関係の問題に実際的に対応する柔軟な政策手段を持つことができるという少なからぬ利点がある。
 このような柔軟性は、時には、賃金構造が非常に歪められており、多くの産業で労働者の組織が存在したとしても法的援助がなくては満足な労働協約を締結することができない程弱い開発途上国において望ましいものである。しかし、このような適用範囲の制限は必然的に批判にさらされる。
 ある労働者の集団がなぜ法律によってその賃金が保護されるという特権を持ち、他の者はそうではないのかということを国民に納得させることは必ずしも容易ではない。適用範囲が最低賃金制度の明確に定義された目的と調和がとれているというよりも、実用主義的な基礎の上に発展している場合や、労使関係や履行確保上の配慮のために最低賃金決定が、賃金の高い労働者に限定されている場合には特にこのような問題がある。
 もう1つのよく行われる批判は、個々の産業における共通の規則に法的支持を与えることは、競争的経済的制約の欠如によって、保障される賃金を不当に大幅に上昇させる結果をもたらすかもしれないというものである。このような事態が生じる危険は、最低賃金決定が独自に締結された労働協約の承認に限定されていたり、最低賃金決定機構の公益代表委員が国家の経済的、社会的目的に十分な注意を払わない場合には特に大きい。その結果、雇用機会が減少するだけでなく、関係する労働者が既に高額給与所得者である場合には、所得配分の悪化をもたらす。「公正な」賃金の決定は、産業内のより平等な賃金関係を作り出す(同一労働同一賃金の原則の一層の達成)かもしれないが、産業間の格差を拡大することもある。
 これらの潜在的な問題点は、最低賃金決定の対象がほとんどの産業にまで拡大すれば緩和されるが、他の不利な点が現れる可能性がある。最も基本的なものは、このような普遍的な適用範囲は、賃金と労働条件の決定に対する政府の広範な介入とこの分野における労働者と使用者の決定の柔軟性と自由の減少を意味するということであろう。さらに、産業レベルでの最低賃金決定機構は、組織化の遅れた産業における労働者と使用者の代表の地位を強めるかもしれないが、それぞれの組織が一定の発展段階にいったん到達すると、法的な機構の存在は、援助ではなく障害であると感じられるようになるだろう。最低賃金決定へのこのアプローチは、時にはより純粋で、より受け入れやすい形態の団体交渉の発生を妨げる恐れがある。そこで、個々の産業や国の状況によって、最低賃金決定のこの形態に対する労働組合の態度は、強力な支持であったり、どちらとも決めかねたり、さらにははっきりとした反対であったりする。
 最後に、広範な産業における「公正な」賃金の決定は、精巧な意思決定機構の存在と広範な政府の行政的支援を必要とする。多くの政府が、この作業のために必要な人的資源と財源を投入しようとする立場にあるかどうかは疑問である。さらに、この作業のために投入された資源にもかかわらず、より詳細な基礎の上に産業別、職業別の賃金を規制しようとする試みは、やがては賃金構造に深刻なゆがみを発生させることになるという議論もある。


第3章 一般最低賃金制の役割と範囲

 産業別最低賃金制度に伴う難しさに鑑みて、多くの国が、ほとんどすべての、あるいは広い分野の労働者に一様に適用される一般最低賃金を導入する国が増えてきた。このような趨勢が、1970年の国際労働機関が総会において第131号条約と第135号勧告、これらは事実上すべての給与所得者に適用される一般最低賃金を念頭においている、が採択された1つの理由である。既に述べたように、一般最低賃金は産業別最低賃金を補うものとして導入されたケースもあれば、唯一の最低賃金の形態となっているケースもある。

賃金構造の底辺の設定
特徴と意義
 この場合の基本的な目標は貧困の削減である。個々の産業や職業の状況に合わせて率を決めるのではなく、あらゆる産業に従事する労働者を容認しがたいと考えられる低賃金から守るために一般的に適用できるような最低限度が定められる。このような一般的に適用される最低率は、法律上は普遍的に適用されはするが、この率の支払を受ける労働者の数は比較的少ない。これは、最低率が一般的な賃金水準に大きな影響を与える水準ではなく、安全網としての保護となるような水準に設定されているためである。
 この役割は、一般最低賃金は、職業の種類や個々の産業の経済的能力によって異なるわけではないことを意味するが、種々の地域や経済活動の広い分野(例えば農業、工業など)ごとに異なる場合もある。一定の労働者(例えば見習、若年者、障害者など)への適用を除外したり、彼らにより低い率を適用することによってさらに弾力的な運用がなされていることもある。
 この役割は、最も賃金の低い労働者を労働市場の異常から守るためだけに限定された場合には、最低賃金は社会的・経済的目的の達成に積極的にのみ貢献するという信念に基づくものである。フィリピンヘのILOの雇用使節団は、この点を以下のように述べた。
 最低賃金の水準が実際に平均的賃金に大きな影響を及ぼすようになる限りにおいて、これは不完全な労働市場における低賃金労働者の実質賃金を補完的に保護するという主たる、そして正当な機能から逸脱している。労働力は、たとえいわゆる未熟練労働力であっても、完全に競争的な市場において交換される均質な商品ではない。したがって、実際には、未熟練労働力といった1つの職業の種類における賃金は、相当な範囲に分布しているのが観察される。法的に最低賃金の規制を課すことの論理は、この分布の下限が基準を下回っているのはこの基準が効果的であると考えられる特定の労働力と特定の分野に関する市場の失敗と経済力の乱用の結果であるという前提に基づくものである。
 この役割は、労働市場における重要な不完全さの存在は、賃金構造に底辺を設定することを正当化するにもかかわらず、この底辺をどの水準に設定できるかという点については、厳しい経済的束縛があるという考えを反映している。
 現在の賃金構造や平均的な賃金の水準に大きな衝撃を与えるような水準に設定された場合には、失業率の上昇、経済成長の鈍化、インフレの嵩進といったかたちでの受け入れ難い経済的反動が起こるであろう。したがって、最低賃金の決定は、貧困の削減について、意義のある、しかも必要限度内の貢献をするとみなされているのである。少数の労働者にのみ直接関連する、効果の対象が狭く、しかも賃金構造の底辺に少しだけ上昇方向への圧力となるような賃金政策の手段であると考えられている。
 開発途上国については、最低賃金が効果を及ぼす範囲をこのような形で制限することは、時には、雇用の創出と地方や都市の自営業者にしばしばみられるような、最低所得層の人々の地位の改善を最優先とする開発計画と基本的に調和しているという根拠によって支えられている。
 底辺という考え方と結びついた限定的な効果のある範囲は、最低賃金は一般的な賃金の動向に先行するよりむしろこれに追随して改正されることを意味する。最低賃金は、消費者物価や貨幣賃金水準の動きと密接に運動して改正されるかもしれないが、これらの動きを制御する手段として、つまり総需要の維持やインフレ的傾向にある賃金動向の抑制などの短期的なマクロ経済の安定の目的を達成するために、最低賃金の決定を用いようという試みはなされないのである。この役割は、最低賃金の平均的賃金水準の動向に対する影響は限定的であるということを前提としているので、マクロ経済的安定の目的のために最低賃金を利用するということは除外されているのである。
 一般最低賃金は中小企業における未熟練労働者や未組織労働者のさまざまな集団にのみ直接的に影響し、大多数の労働者の賃金は需給関係か団体交渉のようなより弾力的な賃金規制の手段によって決定されることになる。この底辺という考え方を支持する人々は、政府の介入をこのような形で制限することは、ほとんどの賃金水準を常に動いている経済情勢に反応しやすくしておくために不可欠であると考えている。さらに、最低賃金が、「安全網としての」保護を与えるのみであれば、労働協約によるより高い賃金の決定を妨げたり、労働者が労働組合を結成して、その他の手段によって自らの地位を向上させるため努力する意欲を失わせることはありそうもないと考えられる。したがって、この過程は、団体交渉と競合したり、これを代替するものではなく、明らかに補完的な賃金決定の方法として考えられている。
 最低賃金の決定の役割に関するこの概念の魅力の1つは、すべての労働者は、容認しうる最低限の水準を下回らない賃金を受け取る権利があるという一般的に受け入れられた考え方と一致することである。さらに、すべての人が自分の賃金について同程度の法的保護を与えられることによって特定の労働者の集団を適用対象労働者として選んだり、ある産業について他の産業よりも高い賃金水準を法的に決定することを正当化する問題が生じない。
 加えて、厳格な管理という面からも有利である。単一の、あるいは二、三の異なる率のみが法律によって定められているので、産業別や職業別に率が定められている場合よりも、労働者は自己の権利を、また、使用者はその義務を認識しやすくなる。したがって、履行確保は著しく簡単で、より効果的である。また、一般的に適用しやすい額を設定することによって、極めて小さな産業の労働者や賃金の高い部門の中の低賃金労働者など明らかに保護を必要とする人々の全員にまでその適用範囲を広げることが容易になる。おそらく、さらに重要な点は、この一般的に適用される最低賃金がいったん設定されると、それぞれ別個に定められるいくつかの産業別の最低賃金よりも規則的に最新のものに改正されやすいということである。
 しかしながら、底辺としての最低賃金は、管理しやすい半面、設定するのは難しい。底辺として適切な水準を決定することは、個々の産業における賃金を決定するよりも複雑で、不確定要素が多い。ある産業に関する賃金率に関する情報は、ある地域や国全体の賃金率に関する情報よりも詳しく、完全であることが多い。さらに、個々の産業における労働市場と生産物市場の状況に関する補完的な情報によって最低賃金の様々な水準によって、賃金と雇用の現在の状況がどのような影響を受けるかということを評価するのが容易になる。このような評価を地域的あるいは全国的な水準で行うことは難しく、また、問題が多い。その結果、一般的な最低賃金をしばしば、非常に断片的な情報に基づいて、また、生じるであろう効果についてあいまいな状況のままにこれを決定せざるを得なくなる。
 さらに、底辺として単一の最低賃金のみを設定する場合には、個々の産業における近代化や進歩の程度やその産業において雇用されている労働力の種類についてあるであろう重要な差異についての考慮がなされないという欠点もある。ある産業では合理的だと思われる最低賃金は、他の産業では全く不適切であるということもある。賃金の最下層の者の賃金が容認しうる水準に比べあまりにも低いために、政府は最低賃金の決定の基礎として彼らを公式には認めたがらないという開発途上国もある。最低賃金が最高賃金となる傾向があるために、一般最低賃金をあまり低く定めた場合に、賃金を抑制する結果となる恐れがある。労働協約は経済活動人口の小さな部分にしか適用されないために、最低賃金の決定を底辺を定めることに限定すると、多くの労働者にとっては資金の集団的な規制が全く否定されてしまうということもよく問題になる。また、一般最低賃金の設定は、必然的にこのような最低賃金を強制することが困難な労働者にも最低賃金による保護を及ぼすことになってしまう。

マクロ経済政策の手段としての最低賃金
特徴と意義
 この研究において取り扱う最低賃金決定の役割のうち最後のものであり、そして最も遠大なものは、マクロ経済政策の手段としての役割、つまり、賃金の一般的な水準と構造を国家の経済的安定、成長、所得分配といった目的と調和のとれたものに変えるという役割である。底辺としての概念と同様に、この役割は幅広い適用範囲を前提としている。しかし、それに加え、決定された最低率は実際に多くの労働者が受け取る賃金を相当程度決定するという前提がある。この結果は、一般最低限を比較的高い水準に設定することによっても、また、産業別、職業別の率の全体の構造を一般最低率に結び付けることによっても達成できる。
 いずれの方法によるにせよ、最低賃金が実際に支払われる賃金に及ぼす直接的、間接的効果の双方を念頭に置くことが重要である。最低賃金の上昇が実際に支払われる賃金の上昇を法的に要求している場合には直接的な効果がある。しかし、最低賃金は、最低率を超える賃金に対しても間接的な効果を持ちうる。ある場合には、この間接的な効果は定式化された制度的取り決めによってもたらされる。最低賃金率に基づいて賃金を労働協約で特定することができるが、そのような場合には後者の改正によって多かれ少なかれ自動的に調整される。間接的な効果が単に伝統的な賃金関係を維持するための圧力によってもたらされるケースもありえる。労働協約を締結する当事者や賃金を一方的に決定する使用者は、最低賃金の改正の幅を指針として用いたり、少なくともいくらかはこれを考慮するであろう。最低賃金の実際に支払われる賃金に対する間接的な効果は、必ずしも容易に識別できず、また、労働市場の状況や賃金決定の制度的な仕組みによって大きく異なる。しかし、重要な直接的効果がある場合には常に、間接的な効果も同様に有意なものであることが多い。底辺としての概念とは対照的に、最低賃金がマクロ経済政策の手段として用いられた場合には、直接的効果と間接的効果を組み合わせれば平均的賃金全体に決定的ではないとしても、大きな影響を及ぼすという前提がある。最低賃金をマクロ経済政策の手段として用いるという考え方は、底辺としての概念とは労働市場の機能について多くの点で正反対の考え方をしていることを意味する。労働市場の圧力は、国の経済的、社会的な目的からみて望ましいと考えられる賃金から若干ではなく相当に離れた賃金をもたらすと考えられている。労働市場が規制されていない場合には、平均的な賃金が相当な生活水準を保つために必要であり、また、経済的にも可能であると考えられる水準より不必要に低い水準に保たれやすいと考えられている。さらに、賃金の動向は、インフレの抑制、高い雇用率、国際収支の均衡といった短期的な安定化という目的から望ましいと考えられるものから自然に離れる傾向があると考えられている。経済が停滞したり、インフレが加速している時期には、賃金の購買力は保護されていない場合には大きく下落してしまう恐れがある。このような下落は不公平であるばかりではなく、財やサービスに対する需要の水準を下げることによって雇用を危険にさらすとみられている。
 底辺としての概念の場合とは異なり、最低賃金のこの役割においては最低賃金は、容認しがたいような大きな経済的コストを伴わずに多くの労働者に支払われる賃金に影響を与えるために用いることができると仮定されている。このように、深刻な失業やその社会における他の低所得層によって必然的に吸収されるべき、高賃金に伴う費用の増加を伴わずに、賃金の最も低い労働者の賃金だけでなく、一般的な賃金の水準を実質的に上昇させることができると信じられている。また、この場合には最低賃金は資源配分や賃金の動機付けの機能に大きな逆効果を及ぼすことなく、賃金の動向や構造に対する政府の制御を及ぼすために利用することができるとも信じられている。
 最低賃金決定のこの役割の魅力は多数の独立した賃金決定と国の経済的、社会的優先順位との間の調和を保つための、はっきりと目に見える直接的な手段を政府に与える点である。しかし、このような野心的な計画のために最低賃金決定当局は、幅広い非常に複雑で不確定な問題を扱うことを要求される。経済の安定と所得の分配に対する対立する圧力を調和させる手段を見出さなければならない。さらに、最低賃金決定によって起こりうる幅広い経済的反響を考慮に入れなければならないが、この反響の大きさは通常、非常に不明確である。最低賃金の他の役割と異なり、責任を負う当局が信頼することができる簡明な指針や合意された出発点は存在しない。マクロ経済政策の手段として用いられる最低賃金の決定は、必然的に非常に不確かなものになると同時に誤りがもたらす結果は深刻なものとならざるを得ない。
 最低賃金の決定が一般的な率を設定することに限定されていたときには、意思決定を困難にしている要因の1つは実際に支払われる賃金へ及ぼす最終的な影響がどのようなものであるかが不確実であったことである。最低限を超える賃金に対する間接的な効果の大きさを予測することが不可能であるため、この不確実性は必然的なものとなる。しかし賃金構造や動向に対してより広い制御を及ぼそうとする試みの一環として、産業別、職業別の最低率の総合的な組み合わせが導入された場合には、この制度の管理は非常に複雑で厄介なものになる。さらに、最低賃金規制の包括的で複雑な制度を集権的に管理することは、必然的に恐らく最も重要な労働条件であるものの決定について、労働者と使用者が効果的な発言をする機会に重要な制限を課すことを意味する。
 さらに一般的には、この役割については最低賃金が賃金動向や構造に大きな影響を及ぼすと仮定されているために、これに関係する決定は、必然的に国の経済政策の最も重要な要素の1つとみなされる。したがって、これらの決定は普通、政府の最高機関によって行われるか最終的に承認を得ている。これらの決定において労働者と使用者の組織の代表者に参加の機会が与えられているとしても、決定に対する彼らの実際の影響力は制限される傾向がある。


 「新たなる最低賃金制」(労働省労働基準局賃金時間部長五十畑明著、1996)による整理

 最低賃金制度が発足して以来の流れのなかでみられた意義あるいは機能を整理すれば、以下のようにまとめられよう。
(1) 低賃金の改善
 最低賃金制度は、一定の水準に達しない賃金の存在を許さないものであるから、低賃金の改善に寄与することが第1の意義として挙げられる。
 仮に「低賃金」の状態が労働市場のなかで放置されることになれば、労働者の生活面に直接の影饗を与えることはもとより、労働意欲の減退等を通じ、生産能率の減退のほか、さらには教育・訓練による能力の向上が阻害され、低賃金・非能率の悪循環がもたらされることになりかねない。最低賃金制度は、このような事態の防止という観点において顕著な効果をもつものである。すなわち、最低賃金制度による労働条件の改善が生活水準の向上に結びつくことにより、労働者が十分にその能力を発揮するとともにみずからの知識、技能を高めることができるようになり、したがって労働力の質的向上に資することになるものと考えられる。

(2) 公正競争の確保
 市場経済体制の下では、経済全体の効率化、経済厚生の増大を図る観点からいえば、企業間の競争は、不当な対価、他の企業の取引の不当な妨害などといった不当な取引方法を用いない公正な競争であるべきである。
 特に、低賃金による低い製品価格を武器としての競争では、望ましい経済厚生の増大にはつながり得ない。しかし、賃金は企業経営上の費用のかなり大きな部分を占めるものであるから、実際の競争においては、一部の企業が何らかの事情で相対的に低い賃金を支払う場合には、他の多数の企業においても競争上賃金を切り下げざるを得ないことになり、本来のあるべき競争のメリットの発揮が妨げられることになる。最低賃金制度は、賃金の最低限を規制することにより、企業間の競争条件に一定の限界を設け、底なしの不公正な競争を防止できるものと期待される。

(3) 労使関係の安定促進
 さらに、最低賃金制度の意義には、労使関係の安定が挙げられる。前述のとおり、世界で最初に創設されたニュージーランドの最低賃金制度は、大規模な港湾ストライキを契機として、労働争議の解決策の1つとして強制仲裁方式により最低賃金を決定しようとするものであった。最低賃金制度は、このように労働争議の解決に役立ち得るばかりではなく、低賃金の改善が進められることによって社会的緊張や対立を回避し、労使間の紛争の発生を未然に防ぎ健全な労使関係の実現に資するものと考えられよう。

(4) マクロ経済政策の手段
 不況期に企業が賃下げを行えば、その賃下げの効果は全産業的に波及し、全般的な賃金所得の減少の結果、有効需要が減退する。さらに、これが生産の減少につながるという悪循環を発生させる可能性があるが、最低賃金制度が消費需要の下支えに寄与することにより、このような悪循環を断ち切ることにもつながると考えられる。
 逆に言えば、最低賃金の決定や改正によって消費需要を喚起し、ひいては経済を活性化させること、すなわち最低賃金制度をマクロ経済政策の手段として用いることも可能であると考えられる。
 しかしながら、最低賃金制度がマクロ経済政策の手段として有効に機能するためには、最低賃金の適用範囲が広く、賃金全体への影響度が相当程度大きいという条件が必要である。このため、現在では、先進国において最低賃金制度をマクロ経済政策の手段として用いている例はほとんどない一方、多くの途上国の最低賃金制度はこのような意義、機能を有している。
 なお、最低賃金制度をマクロ経済政策の手段として用いる場合、最低賃金の決定によって起こり得る幅広い経済的影響を考慮しなければならないが、これは非常に困難である。このため、最低賃金の決定は非常に不確かなものになり、深刻な悪影響をもたらすこともあることに留意する必要があると考えられる。

 金子美雄中央最低賃金審議会会長(当時)による中央最低賃金審議会における審議状況等の報告(昭和61年4月16日、全国最低賃金審議会会長会議)による整理

 本日の会議の本題でありますところの今回の答申の趣旨並びにその決定に至る経過等を説明いたしまして、皆様の御理解と参考に供したいと考える次第でございます。
 まず、本答申の冒頭に、本審議会は昭和50年5月30日に労働大臣から「今後の最低賃金制のあり方について」の諮問を受けて検討を行ってきたということが書いてあります。つまり、今回の答申は昭和50年の労働大臣の「今後の最低賃金制のあり方について」の諮問に対する答申の形をとっているのであります。
 この昭和50年の諮問に対しては、昭和52年の目安制度に関する答申が第1回目の答申であります。昭和56年の答申が第2回目、昭和57年の答申が第3回目、今回の答申が第4回目の答申になりますけれども、我々は今回の答申をもってこの昭和50年の労働大臣の「今後の最低賃金制のあり方について」の諮問に対する最終答申と考えているのであります。
 この昭和50年の労働大臣の諮問というのは、どうして行われたかと申しますと、これは昭和50年の4月に労働4団体から最低賃金制について要望があり、それを受けて4野党の最低賃金法案というものが国会に提出されたのであります。この4野党の最低賃金法案というものは、中心は全国一律最低賃金制というものを基本にしまして、これは中央最低賃金委員会が決定するとしている。最低賃金の決定は、行政委員会である最低賃金委員会が行う。そして全国一律の最低賃金をこの委員会が決定する。これが1つの基本的な考え方であります。これは言うまでもなく戦後一貫して労働組合、そして総評が要求してきた全国一律最低賃金であります。
 しかしながら、この法案においては、地方最低賃金委員会というものを設けることを認めておりまして、この全国一律最低賃金制の上に必要に応じてプラスアルファをする地域的な最低賃金の決定を啓発しているのであります。
 なお、産業別最低賃金についてはどういう考え方をとっているかと言いますと、それは、労働協約の拡張として認めるということが原則であります。ですからあくまでも地域別最低賃金というものを変革して最低賃金を考える。ただし、地域別の格差というものはその上に上積みされることを認めるという趣旨でございます。しかし、政府はこの4野党の提案に対して、この問題の処理は中央最低賃金審議会の審議に委ねるという態度をとったわけでありまして、先ほど申しました労働大臣の諮問においては、特にこの今後の最低賃金制のあり方の審議に当たっては労働4団体あるいは4野党の最低賃金法案を考慮して審議してもらいたいという要請が行われているのでありますから、昭和50年の諮問に対する我々の審議というものも、出発点は労働4団体あるいは4野党の最低賃金法案の趣旨というものを踏まえて行われたわけであります。
 最低賃金法は、その前に昭和34年にできているわけですが、それは業者間協定というものを中心にしたものでありまして、昭和43年の改正において業者間協定による最低賃金を廃止し、法第16条の審議会方式による最低賃金を中心として最低賃金を決定するという画期的な改正が行われたのであります。
 しかし、このときに国会の審議において2つの重要な問題が提起されております。1つは法第16条の4というものが国会審議の過程において付け加えられたということであります。法第16条の4というのは、その時はそういうつもりはなかったのですけれど、今回、新産業別最低賃金の決定に当たってはすべて法第16条の4という手続きを経ることにしてありますけれども、この法第16条の4というのは、昭和43年の法改正に当たって野党の要求によって付け加えられたものである。これが1点でございます。
 第2点は、この昭和43年の最低賃金法の改正に当たって付帯決議が行われている。この付帯決議は全国一律最低賃金制の検討を中央最低賃金審議会で行うべし、しかも、それは昭和45年3月31日まで、昭和44年3月31日からの期間において検討を行い、その結果必要ならば法の再改正を行うべし、こういう付帯決議が出されているのであります。
 しかし、中央最低賃金審議会は国会の付帯決議で示された昭和45年3月31日までには結論を出すことはできなかったのであります。この結論が出たのは昭和45年の9月でこざいます。この結論はどういう結論かと言いますと、全国一律最低賃金制というものは我が国の現状においては実効は発揮し得ないということでこれを否定している。さらに重要なことは、昭和43年に法改正が行われ、その法律では法第16条で最低賃金を作るのですけど、その最低賃金は産業、職業又は地域別に作るということになっているわけでありますけれども、実は地域別最低賃金よりも産業別最低賃金が先行したのであります。地域別最低賃金が初めてできたのは昭和46年であります。昭和46年に2件できたわけであります。ですから昭和43年に法改正が行われましたけれども、産業別最低賃金という形で先行したのであります。なぜそういう形をとったのか。私は当時最低賃金審議会に関係しておりませんでしたので、裏話は存じませんが、当時の残された記録・著書等によりますと、それは、それまでの業者間協定というものは一種の産業別最低賃金になりますから、業者間協定を法第16条の審議会方式に切り換えるという形が極く自然な形であるというように考えられるのが1つ、もう1つは、経営者側は地域別最低賃金に対して非常に強い反対の意向を示して、産業別最低賃金を積み重ねていくという方式しか取り入れなかった。こういうように当局の文書では書かれています。そういうことで産業別最低賃金が先行したわけでこざいます。
 しかし、労働組合は全国一律最低賃金制を依然として主張しておりまして、産業別最低賃金を中心とした最低賃金のあり方には強い抵抗の姿勢を示しております。そこで、この昭和45年9月の答申は、これは先ほど申しましたように国会の付帯決議に対する答として出たものでありますが、全国一律最低賃金制は現状において実効性のないものとして否定はしますけれども、産業別最低賃金と並行して地域別最低賃金を作っていく方針がそこで確認されています。
 そして、この答申を受けて昭和46年には最低賃金の年次推進計画というものが策定されました。この年次計画というものは、非常に重要なる方針を示しているのでありまして、先ほど申しましたように地域別最低賃金を産業別最低賃金と並行して推進していくけれども、地域別最低賃金が設定促進され、当該地域の全労働者に最低賃金の適用が及んだ場合、産業別最低賃金については、職種、年齢の区分を設けるなど、あるいは基幹労働者、一人前労働者についてより有効な最低賃金が設定されるよう努力するものとする見解が示されています。
 昭和43年以来、産業別最低賃金を積み重ねていくという方法がとられてきましたけれども、昭和45年の答申並びに昭和46年の年次推進計画では、地域別最低賃金が普及した時点においては、産業別最低賃金を見直す、一言で言えば、年齢別、職種別とかあるいは一人前労働者の最低賃金というような特定の労働者に対する最低賃金というものに切り換えるという方針が打ち出されています。
 基幹的労働者に対する最低賃金という今回の新産業別最低賃金において問題になった基幹的労働者という言葉も、地域別最低賃金が一般的に行われるようになった場合における産業別最低賃金の最低線ということも、この昭和46年の年次推進計画において1つの例として掲げられているわけでございます。
 ですから、昭和52年の答申に対する中央最低賃金審議会の考え方というのは、1つは先ほど申しましたように諮問自体にありますように労働4団体、4野党の最低賃金法案の趣旨をどのように組み入れるかということ、2つには、既に昭和45年と46年の答申あるいは年次推進計画において示されている方向を踏襲するという、この2つの方針が基本になっているのであります。
 我々は決して歴史を無視した独自の考え方をとったわけではない。昭和43年の中央最低賃金審議会における審議の積重ねの上に今回の答申に至る制度の改正を考えたことは、こういう歴史的な背景というものに基づいていることを御承知願いたいと思います。
 現実の問題として、我々は昭和52年の答申に対してやってきたことは、昭和52年に御承知のような目安制度というものを作りましたけれども、それは、4野党の最低賃金法案における全国一律最低賃金の上に地域別最低賃金を中賃と地賃との間の協議によって進めるという4野党、4団体の最低賃金に対する考え方というものを踏まえているものと私は考えています。
 さらに、昭和56年の答申において、現行の産業別最低賃金の廃止、それにかわる新産業別最低賃金という構想を出しましたけれども、年齢除外とか単純労働の除外あるいは基幹的労働者とか、あるいは、小くくりの産業とかいうようないろんな条件がついていますけれども、それは先ほど申しましたように、まずその思想は昭和46年の年次計画において既に設定されたラインの延長線上にあるのであって、決して過去の考え方を逸脱したものではないということを申し上げておきたい。
 ただし、昭和45年の答申あるいは46年の年次推進計画においては必ずしも明らかでなかった産業別最低賃金の新しい性格というものを、昭和56年度答申あるいは57年度答申の新産業別最低賃金の運用方針では明らかにしているということです。
 それは、現行産業別最低賃金を廃止する、そして新しい産業別最低賃金を設ける、こういう考え方であります。
 なぜそういう考え方をとったか、この点は本日の主題である現行産業別最低賃金の転換ということ以前の問題でありますけれども、新産業別最低賃金というものを考える上において重要な点でありますし、昭和56年答申、57年答申については、こういう全国会議をやっておりませんので、この機会に申し上げておきますが、およそ最低賃金というものには2種類ありまして、1つは産業別最低賃金、1つは一般的最低賃金と言われているものであります。
 しかし、その性格はどうちがうのか、一般的最低賃金というものは、基本的には労働組合が戦後要求してきた全国全産業を対象とした労働者の最低賃金という考え方でありますが、歴史的にみますと、御承知のように、最低賃金に関するILO条約というのは1923年に第26号条約というものができております。それは我が国が昭和46年に批准したものであります。
 この第26号条約はどういうことが書いてあるかと言いますと、産業又は産業の一部、特に賃金の低廉な産業又は産業の一部についてということが書かれていまして、それは歴史的にみて、世界の最低賃金の歴史のなかで、最低賃金制というのは、いわゆる特に賃金の低い苦汗労働、苦汗産業、家内労働、そういう特殊の低賃金産業、低賃金労働者に対して適用される。これが最低賃金の定常的な1つの形であり、ILO26号条約の考えた最低賃金でありまして、それはその趣旨からいって、産業別あるいは職業別という形をとりました。
 しかし、産業別最低賃金にはその他にも形があります。それは、イギリスの最低賃金でありまして、イギリスの最低賃金は設定当初はILO26号条約が示す苦汗産業を選んで作られたのでありますが、1918年以来、賃金審議会というふうに名前が変わりまして、そこでは賃金が高い低いという問題ではなくって団体交渉性が未熟な産業を選んで団体交渉の補完的な賃金設定機関として賃金審議会というものを作りました。
 そこでは中立の公益委員というものがありますけれども、それは雑用として労使の間を斡旋するということが中心的な役割、あくまでも賃金審議会としての役割は、団体交渉の擬似的なものである。
 団体交渉による賃金決定ということを民主的な賃金決定の原則として考えていますが、それが行われないところに、それに代わるものとして、政府が賃金審議会を作ったという形でありまして、ただ決定されたものは強制力を持つ故に最低賃金制の一種と考えられていますけれども、実はそこで決定されるものは通常の団体交渉で決められる標準的な賃金であるという点が、我が国の最低賃金とは少し趣旨が違う、あくまでそれは団体交渉の補完的なものであります。
 第3の形はオーストラリアで策定したものでありまして、これは最低賃金制の原初的な形と言われている。歴史的にはこの方がいい。賃金紛争に際し、仲裁委員会において仲裁裁定が行われた場合に、その仲裁裁定の内容を、紛争の当事者のみならず同種の産業及び同種の労働者に適用するというものです。
 法第11条の協約の適用拡張という最低賃金の方式は、このオーストラリアの仲裁裁定の拡張方式というものと傾向が同じものであります。産業別最低賃金の性格を持つものは以上の3種であります。
 ところが、御承知のようにアメリカの連邦最低賃金は、仲裁裁定に対する全労働者を対象としたものであります。また、フランスで1955年に行われた最低賃金制も全産業を対象にしたものでこざいます。また戦後多くの発展途上国において制定された最低賃金制の傾向も同様であり、全産業全労働者を対象としたものでございます。
 ですから、戦後一般的な最低賃金の傾向というのは、全産業における全労働者を対象とした最低賃金、つまり、これを一般的最低賃金と言えば、一般的最低賃金というものが戦後の最低賃金制の主流というものになっているわけでございます。
 先進諸国においては戦前に見られたような苦汗産業というものは漸次その姿を消してしまいました。一方、発展途上国においては、全般の賃金水準が低いのでありまして、特に賃金の低い産業などという概念はありません。全部の労働者の賃金が低いということで、産業別最低賃金よりも全労働者を対象とした一般的最低賃金というものが出てきたのであります。
 1970年に新しいILO条約、最低賃金の第131号条約というものができましたが、この標題は発展途上国を考慮した最低賃金制に関する条約、こういう変な題になっていますけれども、その内容は一般的な最低賃金、全産業労働者を対象とした最低賃金制に関する条約であります。
 ところで、先ほど申したように、昭和43年以来、我が国で最低賃金を産業別に適用しましたが、その産業別最低賃金の性格というのは何でありましょうか。それは苦汗産業に対する最低賃金でありましょうか。もちろん協約の拡張でもなければ、仲裁裁定の拡張でもない。それは当局の提示に基づく最低賃金でありまして、産業別には決まっておりますが、その性格は一般的最低賃金であることを認めるべきだと思います。
 ただ、そういう一般的最低賃金を一挙に全産業全労働者を対象とした最低賃金として行うことが我が国では抵抗がある。それは、まあ、そう言っては何ですけど、終戦以来労働組合が全国一律最低賃金というものを余りに強く主張してきたことに対する経営者側の恐怖といいますか、それは実は単なる神話的なものだということであったかもしれません。
 このことは、今日、この産業別最低賃金が昭和50年以来議題になったので、今においては、御存知のように経営者側は産業別最低賃金の廃止、最低賃金は地域別最低賃金だけでよろしいと、こういうように変わってきているのです。
 かつて全国一律最低賃金に反対されたのは労働組合が余りにもそれを言いすぎた反動にすぎなかったのではないかと、今日では私はそう思っています。しかし、現実の問題としては、そういう経営側の反対もあって、先ほども言ったように産業ごとに1つずつ漸次積み重ねて、やがて全産業、全労働者に及ぼすというこういう考え方ができてきた。けれどそれはおかしいということが既に昭和46年の年次推進計画で明らかになり、昭和46年の時点では一般的最低賃金としての地域別最低賃金を推進すると、これができあがったあかつきには産業別最低賃金は再検討するということでありましたから、先ほど来の本筋は既に昭和46年に示されているわけでございます。
 今回の答申はそれに対する結論でありますが、先程私が言ったなぜ現行産業別最低賃金を廃止して新しい産業別最低賃金でなければならないかと言うと、現在の産業別最低賃金は産業別最低賃金の形はとっているけれども、その性格は一般的最低賃金である。ですから、一般的最低賃金であればそれは地域別最低賃金というもので十分であって一般的最低賃金というものを二重にする必要はない。
 もし産業別最低賃金を作るなら、その産業別最低賃金は、産業別最低賃金としての特別の意味、特別の性格をもつべきである。その特別の意義というのは、先程言いましたように国際的に見て今日でも行われているものである。
 1つは団体交渉の補完的な賃金決定機関としての最低賃金制、1つは協約の拡張としての産業別最低賃金、つまり新産業別最低賃金、つまり一般的最低賃金としての地域別最低賃金と並存し得る産業別最低賃金の性格というのは、団体交渉性の補完的な役割を果すべきものか、あるいは協約の適用という形のもの、そのいずれかの形をとるべきものである。
 こういう新しい産業別最低賃金に対する性格付けを行ったわけでございます。
 これが昭和56年の答申であります。一般的最低賃金としての現行産業別最低賃金は廃止するということが56年答申では方向付けられたわけです。さらにその廃止する時期及び方向については昭和60年度において決定するというように、まあ一定期間を置いて、その間の行政の推移を考えるということになりました。
 昭和56年答申によりますと、現行産業別最低賃金については、年齢除外、産業等の除外、そういう適用除外がどの程度進むかを、あるいは新しい産業別最低賃金が果たしてどういうようにしてできていくか、そういう状況を勘案して、昭和60年度において廃止の時期及び方向を決定するということであります。
 今まで少し長くなりすぎましたけれども、なぜ現行の産業別最低賃金を廃止して新産業別最低賃金というものを考えたかと言うと、根本的な問題でありますから、少し歴史的な変化がございまして、いよいよ本論に入ります。
 我々に与えられた任務は廃止の時期及び方向というものを考えればよかったわけですけれども、ここにおいては新しい考え方を導入しました。
 それは、現行産業別最低賃金の新産業別最低賃金への転換という思想です。
これが56年答申には全くない思想でありますが、しかしそれは決して、先程申しました新産業別最低賃金と現行産業別最低賃金というものとの性格の違いを変えるものではありません。
 我々が考えたことは、現行産業別最低賃金をいったん廃止すると決めた場合に、果たして新産業別最低賃金というものがどの程度できるのか、あるいは完全に現行産業別最低賃金を廃止するという形で労使関係というものがうまくいくのかということを考えたわけでございます。
 それで、この60年度問題についての基本的な考え方になぜ転換ということを考えたかという理由として、現在の賃金秩序に急激な変化を与えることを避けるため、また、新しい産業別最低賃金への転換の準備期間を考慮してと、まあ、こう書いてあるわけでございます。
 ですから1つは、いきなり廃止では、産業別最低賃金それ自身を一挙に廃止してしまうというようなことは、相当大きな混乱が予想されるということになります。
 しかしながら、これは私の個人的な見解になりますけれども、現在の賃金というものを考えてみたときに、団体交渉による賃金決定というものは、労働協約のある所では行われているわけですけど、しかし、今や組織率は3割を切っておりますが、日本の労働者の大部分というものは、団体交渉による賃金決定という、近代的なそういう制度の恩恵を受けていないわけです。
 しかし、賃金格差というものは、先進諸国、例えば欧米先進工業国と比べても、あるいは発展途上国と比べても、我々の賃金格差は大きいということがみられています。所得全体としては所得の平等化というのが日本の特徴ですけど、賃金に関して言えば、賃金の格差、職員と労務者の格差というものは国際的にみて少ないわけですけれど、いわゆる企業別格差、男女の賃金格差あるいは最近では雇用形態による格差、つまり常用の基幹的労働者とパートタイマー、臨時工というような雇用形態による格差というものが、国際的にみても我が国は大きい。
 それを地域別最低賃金という一線だけで是正しようということは、それは非常に無理であると思います。
 ですから、日本の場合には、全労働者の3分の2に当たる労働者について、近代的な賃金決定の機関、賃金決定の制度というものが欠けているということが言われるわけです。だから、現在の雇用条件面においては、こういう企業においても世間並みの賃金は支払われているということですけれど、制度としてみれば、この3分の2のところには近代的な賃金決定の機構というものはないということが、日本の賃金決定制度の1つの特徴と言うべきであります。
 しかし、それでもそれ程格差は存在しない、格差は拡大しないというけれども、国際的にみればこの格差は非常に大きいことも事実です。何とかして、ここに新しい賃金決定機関を作らなければなりませんけれども、もし、先程言った産業別最低賃金、それが協約の拡張の、あるいは団体交渉の補完的な制度としてのそういう産業別最低賃金という形のものができて、それがだんだんと通常の団体交渉に発展していく、そういうあるいはいわゆる我々が考える今日的な最低賃金ではなくて標準的な賃金というものが決められていくというようを形に発展できるかどうかを問題にすべきである。新産業別最低賃金というものは、そういう期待を込めたものであります。
 もし新産業別最低賃金にそういう期待を込めるといたしますと、現行の産業別最低賃金の廃止の時期及び方法というものを単純に考えて機械的にそれを決定するだけで放置してよかろうか。もう少し新産業別最低賃金ができやすいような援助の手を差し延べるということが必要です。
 それは、日本の労働組合の現状を考えますと、労働組合がだらしないという意味ではない。日本の労働組合は企業別組合であるという根本的な性格に基づくものであります。
 少し援助の手を差し延べられなければ、我々が期待するような新しい賃金決定機関というものの成長は望めないのではないでしょうか。
 こういう憂いがあって、現在の産業別最低賃金の廃止の時期及び方法というものも、枠内であると我々は確信しております。新産業別最低賃金の性格、それは現行産業別最低賃金を純化して新産業別最低賃金への転換を図るというような表現が使われています。
 要するに、新産業別最低賃金というものが今後できあがっていくために何らかの援助の手を差し延べる。そういう考え方が根本である。こういうように考えられたいのであります。
 年齢、業務に関する適用除外をやる、やらない所は翌年は改正諮問をしないということがちょっと問題になっているようであります。60年の産業別最低賃金の決定においては年齢の適用除外をしないで凍結という形をおとりになった所もあるようです。ところが、適用除外をしない所には翌年の改正諮問はしないという方針に対して、労働組合が最後まで反対しました。凍結という形をとる、あるいは廃止する、適用除外をするというのは、64年度までは地賃の自由に任せざるを得ません。
 こういう考え方でありますし、この答申が発表された時のマスコミの符牒も、それは15歳未満、65歳以上の労働者の切捨て、低賃金労働の切捨てと言いますか、という批判をしたわけでありますし、学者のなかにもそういう批判があるわけであります。皆さんのなかにもそういうやり方についてはそれは少し厳しすぎると考えていらっしゃる方もいるかもしれません。
 しかしこの点は我々公益委員としては絶対に譲れないという考え方で労働組合に対処して参りました。我々としてはこの点は絶対に譲れない。なぜかと言いますと、適用除外つまり基本的考え方にあるのですけれども、計画的、段階的に適用除外を行うというのは、転換のためにと書いてあるのです。
 転換するというそういう方針を決めた上でのこれは第1ステップなのです。
マスコミには、まあ、労働組合などでは適用除外しなかったものにペナルティーで翌年は改正諮問はしない。これはペナルティーだというような言い方があります。まあ、それは僕が言ったような気もするのですが、だけどこれはそのペナルティーではありません。
 言葉が適当かどうかはわかりませんが、ペナルティーという言葉よりも私は踏絵であるという方がわかりやすいかと思います。要するに、転換への道へ踏み込むのか踏み込まないのか、転換へ向かって進むのか進まないのかということを聞いているわけです。
 この基本的な考え方は、先程申したように現行産業別最低賃金を何とか純化し新産業別最低賃金に転換する道を探るということになっています。初めから転換しないんだということであれば、適用除外をする必要はありません。転換しないというのであれば即昭和61年度からその産業別最低賃金は凍結します。
 だから転換への道に進むのか進まないのかということの選択になるのだということと考えてよろしいかと思います。
 それから、まあ、後で御質問があるかもしれませんが、除外することによって労働者の賃金が下げられるというようなことも、まあ、気にすることがあるようですけど、現在支払っている賃金を下げるというのは、これは、まあ、行政当局としてはそんなことのないように行政指導をするという話、労働基準法第1条との関係もあって、まあ、分かれば問題にされることはないだろうと思いますけれども、しかしまあ、実は18歳未満と65歳以上の数というのはたいへん少ないのです。
 しかも全然最低賃金がなくなってしまうというわけではない。地域別最低賃金というものがあるのです。世界各国の最低賃金制度を考えてみても、15歳からの最低賃金という例はないのです。先進国の最低賃金というのは、まあ18歳以上、オランダなんかは23歳以上、1人前の労働者の最低賃金、それ以下の者については特段の差別最賃を設けるというようなことが行われているわけです。そう私は問題にすべきではない、実際の観点から、それは低賃金労働者の特殊性などと大仰にいう問題ではない。それよりもそういう段階的、計画的に現行産業別最低賃金というものを純化していって、どの程度が新産業別最低賃金に転換できるかは分かりませんけれども、そういう努力を重ねていくということが、新産業別最低賃金へ転換するに当たって経営者側も御協力を得られる、それはまあ段階的な決め手なんだろうと、そちらの方に我々は重点をおいて考えるということを御了解願いたいと思います。
 それから、新産業別最低賃金に転換するために、運用方針にいろいろの特例を設けています。2分の1とか3分の1とか、これらは後で説明しますが、全員協議会における審議経過では、昨年の6月にいわゆる基本的な考え方を示しましたが、それに対して経営者側は一般的にこれを了解する、こういう態度を示しています。まあ、これは私としてはたいへん喜ばしいことであります。経営者側はもっと強い抵抗があるのではないかと危倶していたわけですが、まあ、幸にして経営者側は、6月に示した基本的方針については賛成という態度を示された。私はまあこれによって一番大きな我々の心配していたハードルは越えたという感じを受けたわけです。
 だが、この一定期間、計画的・段階的に適用除外を行って、その後においては転換しないものは凍結するという方針ですが、この一定期間というのは何年になるのか、経営者側はそれを一番問題にされていたようであります。労働側は、もっと具体的な方針をみてからの問題になるが、しかし、この基本的な方針に基づいて具体的な方針を作るということについては問題にしないという態度であります。
 具体的な案で、昭和60年度以降は新産業別最低賃金に転換しないものは凍結するということが明記してありますので、これで経営者側は結局納得された。それから、適用除外だけが新しい産業別最低賃金の経過に基づくものではなくて、さらに新しい産業別最低賃金を設定することについての合理的理由が必要である。あるいは、56年、57年の答申にある、この法第16条の4の決定においては全会一致になるよう努力する。その条件は生きているということで、経営者側は大体御了承を得たわけでございます。
 これは、さっき申し上げたように、新産業別最低賃金の転換と言いましても、それは昭和56年に答申された新産業別最低賃金の性格をいささかも変えるものではありません。まあ2分の1が3分の1になるというようなことは、1つの経過的な措置として、先程も申しましたように新産業別最低賃金への転換を容易ならしめるという措置ですけれども、16条の4に基づく労使いずれかからの申請により、しかもそれは最低賃金審議会の満場一致の決定で決めると、それは新産業別最低賃金は、団体交渉の補完あるいはその延長線上にあるべきものであって、労使のいずれか一方が反対するというような形で多数決で決めるべき性質のものではないという、その新産業別最低賃金の精神というものは、どこまでも生かしているつもりであります。
 労働者側の主張については、いわゆる技能修得の問題がありますが、これは技術的な問題であります。それから今回のこの57年の運用方針では、専門部会の委員の各側3名のうち労使については少なくとも2名は当該産業に直接関係する労使、というのを1名にしてくれという労働者側の意見がありましたが、先程申しましたように、新産業別最低賃金はその産業における団体交渉に関するものです。
 こういう基本的な趣旨から言いますと、その産業に直接関係のある労使がその専門部会の多数を占めるという形でなければならないという我々の考え方からしますと、労働者側の意見は受け入れられません。
 産業に直接関係するというのはどういう程度まで直接関係すると認めるかというのは、まあ、技術的な問題ですけれども、基本的な精神としては直接関係するという考え方は変えないということです。
 適用除外の問題は今申したとおりです。時間がきましたので、この辺で終わりますが、この運用方針のなかに、新しい産業別最低賃金への転換に当たって、それが適用除外を行っており、かつ、先程の労働者の数とか、使用者の数とかいわゆる合理的な理由があると考えられるものについては、それは新しい産業別最低賃金へ転換させることについて、関係者の積極的な努力を期待するということが書かれています。
 これは、特に労働組合側がそういう最低賃金制度についてはむしろ積極的な担い手でありますけれども、経営者側について特にそういう積極的な努力をお願いしたいと考えるわけでありますけれども、これについては、中立、公益委員の方の御努力、さらに行政官庁の指導というものが必要であると強く感じております。
 我が国の最低賃金は、御承知のように業者間協定という経営者側のイニシアティブによる最低賃金制度というものから戦後発足したわけでありまして、そういうことを考えると、まあ、経済的な条件は当初は違うというものもありますけれども、産業、一定の産業について、先程申したような世間的な、社会的な基準を決めるということは、それによって労働者が保護され労働条件を向上させるということだけではなしに、我々が新産業別最低賃金の1つの要件としている公正競争の確保という観点から言っても決して経営者側にすべてマイナスになるというものではないと思っておりますから、私はこの答申のなかに書いておりますように、関係者の努力、それからその関係者のなかには皆さん方はもちろん行政機関も含めて、日本において先程申しましたような、言うならば団体交渉制度とかあるいは賃金制度とかあるいは公労委とか中労委とかというものに並んで第3と申しますか第4と申しますか、第5になるかもしれませんが、1つの新しい賃金決定機関を作るということの重要性・必要性というものが認識されて、我々が今回提案した最終答申のいわゆる新産業別最低賃金への転換ということが円滑に進むことを心から希望する次第であります。どうもありがとうございました。


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