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生活保護制度の在り方に関する専門委員会 報告書

平成16年12月15日
生活保護制度の在り方に関する専門委員会

第1 生活保護制度の見直しの方向性について
 制度見直しの背景
 生活保護制度は、国民の健康で文化的な最低限度の生活を無差別平等に保障する制度である。同時に、生活、医療・介護、住宅、教育、就労といった人間の生活全般を総合的にその守備範囲として、他の社会保障制度の不足部分や制度間の谷間を補っている。こうして、生活保護制度は、国民に最終的な「安心」を保障する、日本社会の最後のセーフティネット(安全網)としての役割を果たしてきた。
 しかし、今日の国民生活を取り巻く状況は、現行制度が成立した1950年頃の状況はもとより、高度経済成長を経て多くの人々が「中流」生活を実感した時代の状況とも大きく様相を異にしている。特に、バブル経済崩壊後の日本の社会経済に生じている産業構造の変化、絶えざる技術革新や情報革命、雇用の流動化、そして家族形態の変貌等は、個々人の自己実現への機会を拡大する反面で、失業の増加や収入の低下、ストレスの増加、地域社会からの孤立や孤独、「ひきこもり」、自殺、虐待等多様な生活不安や問題を大きくさせている。
 このような時代にあって、生活保護制度が国民の最低限度の生活を保障する最後のセーフティネットとしての役割を果たし続けるために、今、どのような制度の在り方や生活保護基準の水準が妥当であるかが問われている。
 他方で、これまで、社会保障や社会福祉の他制度の改革が随時進められてきたが、現在は社会保障全体の在り方の見直しが課題となっており、それらとの関連においても生活保護制度見直しの必要が指摘されてきている。具体的には、平成12年のいわゆる「社会福祉基礎構造改革法案」に対する国会附帯決議、平成15年の社会保障審議会意見、財政制度等審議会建議等の指摘がある。
 本報告は、以上を背景として、先に報告した中間取りまとめ以降引き続き行った生活保護基準の妥当性の検証・評価、及び自立支援等生活保護の制度・運用の在り方に関する検討を踏まえ、その改善の方向を示したものである。
 なお、委員から検討が必要な点として指摘されたが、議論を尽くすことができなかった点については、最後に項目のみ掲載した。

 近年の生活保護の動向
(1)保護率の上昇と被保護世帯の特性の変化
 平成7年度以降、保護率は急激に上昇し、平成15年度には保護率が10.5‰となって、第2次石油危機時(昭和54〜58年)の水準に近づいている。また、被保護世帯数は過去最高の94万1,270世帯に達している。ただし、世帯数の急増は単身世帯の急増の影響が大きいことに留意する必要がある。
 世帯類型別では、高齢化の影響により高齢者世帯、特に高齢単身世帯が増加しているほか、母子世帯や障害や傷病のないその他世帯も増加している。
(2)被保護世帯の抱える問題の多様化等
 今日の被保護世帯は、傷病・障害、精神疾患等による社会的入院、DV、虐待、多重債務、元ホームレスなど多様な問題を抱えており、また相談に乗ってくれる人がいないなど社会的なきずなが希薄な状態にある。さらに、被保護者には、稼働能力があっても、就労経験が乏しく、不安定な職業経験しかない場合が少なくない。これが就労への不安を生じさせ、また雇用の機会を狭めるなど、就労に当たっての一つの障害となっている。
 また、高齢者、傷病障害者世帯以外の世帯であっても保護受給期間が10年を超える世帯が10%を超え、受給期間が長くなるほど保護廃止率が低下するなど、保護受給期間が長期にわたり、自立が困難となっている世帯が少なくない。
 他方、地方自治体における生活保護担当職員(※)の不足数が近年大幅に増加している、査察指導員のうち現業員経験がない者が4分の1以上を占めるなど、職員の量的確保や質的充足の面において、地方自治体の実施体制上の問題も見られる。
   現業員(被保護世帯への各種調査や自立支援等を行う職員)及び査察指導員(現業員を指導監督する立場の職員)をいう。
 このような状況の中、(1)現在の生活保護の制度や運用の在り方で生活困窮者を十分支えられているか、(2)経済的な給付だけでは被保護世帯の抱える様々な問題への対応に限界があるのではないか、(3)自立・就労を支援し、保護の長期化を防ぐための取組が十分であるか、(4)組織的対応を標榜しつつも、結果的に担当職員個人の努力や経験等に依存しやすくなっている実施体制に困難があるのではないか、という現在の生活保護制度の問題点が浮き彫りとなってきている。

 制度見直しの基本的視点
 生活保護制度の見直しに際しては、上に述べた制度見直しの背景及び近年の生活保護の動向を十分踏まえた上で、大きく変貌しつつある今日の国民生活に適合した制度の在り方を検討することが必要である。
 その際、本委員会は、「利用しやすく自立しやすい制度へ」という方向の下に検討を進めてきた。すなわち、生活保護制度の在り方を、国民の生活困窮の実態を受けとめ、その最低生活保障を行うだけでなく、生活困窮者の自立・就労を支援する観点から見直すこと、つまり、被保護世帯が安定した生活を再建し、地域社会への参加や労働市場への「再挑戦」を可能とするための「バネ」としての働きを持たせることが特に重要であるという視点である。この結果、被保護者は、自立・就労支援施策を活用することにより、生活保護法で定める「能力に応じて勤労に励み、支出の節約を図り、その他生活の維持、向上に努める義務」を果たし、労働市場への積極的な再参加を目指すとともに、地域社会の一員として自立した生活を送ることが可能になる。なお、ここで言う「自立支援」とは、社会福祉法の基本理念にある「利用者が心身共に健やかに育成され、又はその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように支援するもの」を意味し、就労による経済的自立のための支援(就労自立支援)のみならず、それぞれの被保護者の能力やその抱える問題等に応じ、身体や精神の健康を回復・維持し、自分で自分の健康・生活管理を行うなど日常生活において自立した生活を送るための支援(日常生活自立支援)や、社会的なつながりを回復・維持するなど社会生活における自立の支援(社会生活自立支援)をも含むものである。
 他方、生活保護制度の「最後のセーフティネット」としての独自の役割は、自らの能力・資産の活用及び他法他施策を優先してもなお最低生活を維持できない者に対して保護を適用するという生活保護法上の「補足性の原理」と表裏一体である。また、生活保護は、日常生活のほか、住宅や医療等の各分野を一体的に最低生活として保障する制度である。このことから、保護の適用前や保護からの脱却直後の低所得者が、個別の分野の支援を必要とする場合については、他の低所得者施策の充実強化に依るべきところが大きいと考える。

第2 生活保護基準の在り方について
 生活扶助基準の評価・検証等について
(1)評価・検証
 先の中間取りまとめにおいて報告したとおり、いわゆる水準均衡方式を前提とする手法により、勤労3人世帯の生活扶助基準について、低所得世帯の消費支出額との比較において検証・評価した結果、その水準は基本的に妥当であったが、今後、生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているか否かを定期的に見極めるため、全国消費実態調査等を基に5年に一度の頻度で検証を行う必要がある。なお、生活扶助基準の検証に当たっては、平均的に見れば、勤労基礎控除も含めた生活扶助基準額が一般低所得世帯の消費における生活扶助相当額よりも高くなっていること、また、各種控除が実質的な生活水準に影響することも考慮する必要がある。
 また、これらの検証に際しては、地域別、世帯類型別等に分けるとともに、調査方法及び評価手法についても専門家の知見を踏まえることが妥当である。同時に、捕捉率(生活保護の受給要件を満たす世帯がどれだけ実際に生活保護を受けているか)についても検証を行う必要があるとの指摘があった。
(2)設定及び算定方法
 現行の生活扶助基準の設定は3人世帯を基軸としており、また、算定については、世帯人員数分を単純に足し上げて算定される第1類費(個人消費部分)と、世帯規模の経済性、いわゆるスケールメリットを考慮し、世帯人員数に応じて設定されている第2類費(世帯共同消費部分)とを合算する仕組みとされているため、世帯人員別にみると、必ずしも一般低所得世帯の消費実態を反映したものとなっていない。このため、特に次の点について改善が図られるよう、設定及び算定方法について見直しを検討する必要がある。
(1) 多人数世帯基準の是正
 かねてより、生活扶助基準は多人数になるほど割高になるとの指摘がなされているが、これは人数が増すにつれ第1類費の比重が高くなり、スケールメリット効果が薄れるためである。このため、中間取りまとめにおいて指摘した第2類費の構成割合及び多人数世帯の換算率に関する見直しのほか、世帯規模の経済性を高めるような設定等について検討する必要がある。
(2) 単身世帯基準の設定
 中間取りまとめで指摘したとおり、単身世帯の生活扶助基準についても、多人数世帯の基準と同様、必ずしも一般低所得世帯の消費実態を反映したものとなっていない。また、被保護世帯の7割は単身世帯が占めていること、近年、高齢化の進展や扶養意識の変化に伴って高齢単身世帯の増加が顕著となっており、今後もさらにその傾向が進むと見込まれる。これらの事情にかんがみ、単身世帯については、一般低所得世帯との均衡を踏まえて別途の生活扶助基準を設定することについて検討することが必要である。
(3)第1類費の年齢別設定の見直し
 中間取りまとめにおいても指摘したとおり、人工栄養費の在り方も含めた0歳児の第1類費や、第1類費の年齢区分の幅の拡大などについて見直しが必要である。

 加算の在り方について
 加算は、被保護世帯の特別の需要に対応する方策の一つとして、歴史的な経緯で設けられてきたものであり、必要即応の観点、実質的最低生活の確保の上から検討する必要があるが、国民生活を取り巻く状況の変化の中で、その必要性を検証した上で廃止や要件等の見直しを行う必要がある。老齢加算については、既に中間取りまとめにおいてその廃止の方向での見直しを提言したところであるが、母子加算について全国消費実態調査等による一般母子世帯の消費水準、消費実態との比較検証を行った結果は以下のとおりであった。
  (1)消費水準
 母子加算を加えた被保護母子世帯の生活扶助基準額は一般母子世帯の消費支出額よりも高い。また、母子加算を除いた生活扶助基準額は、一般勤労母子世帯の生活扶助相当消費支出額と概ね均衡している。
  (2) 消費実態
 一般勤労母子世帯の消費支出額と一般勤労夫婦子供世帯の消費支出額の比較においては、外食費や被服及び履き物費等について母子世帯の方が支出額が多い。
 ひとり親勤労世帯の消費支出額とひとり親勤労以外世帯の消費支出額との比較においては、外食費、洋服費等に関し勤労世帯の支出額の方が多い。
 これらの結果より、一般母子世帯の消費水準との比較の観点からは、現行の母子加算は必ずしも妥当であるとは言えない。しかし、母子世帯は一般的に所得が低いことや(1)の統計調査における一般母子世帯の客体数の少なさから、一般母子世帯の消費支出額との単純な比較により被保護母子世帯の基準の妥当性を判断することはできないのではないかという指摘があった。また、一般勤労母子世帯において、勤労しているが故に生じる追加的な消費需要があることにも留意する必要がある。
 これに関し、社会生活に関する調査及び全国母子世帯等調査等により把握された一般母子世帯の生活実態として、家計、子の教育やしつけ等の悩みを抱える世帯が少なくなく、暮らし向きの意識についても、多くが何らかの形で就労しているにもかかわらず、約8割が苦しい状況にあると回答しており、このように、一般母子世帯も苦しい生活状況にあることから、養育のための追加的支出にも対応する必要がある、との意見も見られた。また被保護母子世帯においては交際費や子供との外出等の充足が低いなどの特徴もあったことから、これらの点も考慮する必要があるとの意見もあった。
 以上を考え合わせれば、母子加算の見直しの方向性としては、現行の一律・機械的な給付を見直し、ひとり親世帯の親の就労に伴う追加的な消費需要に配慮するとともに、世帯の自立に向けた給付に転換することとし、これに沿って支給要件、支給金額、名称・支給名目等を見直すことが考えられる。これに際し、特に職業訓練等就労に向けた取組や、母子世帯の就労以外の地域的活動への取組の必要性に配慮する必要があるとの意見があった。
 ただし、この見直しに当たっては、(1)子供が大きくなるにつれ、養育に係る手間が減少し、また子供が家事を行うことが可能になることから、就労可能性や就労可能時間が拡大するとともに、勤労しつつ子育てをすることに伴う支出(外食費等)も減少し、世帯としての自立の可能性が増すこと、(2)後述のとおり、生活保護制度において高等学校の就学費用への対応を検討することとすることなど、子供の成長に伴って養育に必要な費用が変化すること、(3)後述の自立支援プログラムの実施状況、(4)前述の生活扶助基準設定方法の見直しなどの要素をも十分勘案して検討する必要がある。
 さらに、今後は、現行加算制度全体の在り方についても、他の社会保障制度の動向を踏まえつつ、時代の状況に応じた見直しを検討する必要がある。

 級地
 現行級地制度については昭和62年度から最大格差22.5%、6区分制とされているが、現在の一般世帯の生活扶助相当消費支出額をみると、地域差が縮小する傾向が認められたところである。このため、市町村合併の動向にも配慮しつつ、さらに今後詳細なデータによる検証を行った上、級地制度全般について見直しを検討することが必要である。

 その他
 なお、1(1)で述べた定期的な評価を次回行う際には、今回行われた基準の見直しに係る事項についても評価の対象とし、専門家による委員会等において詳細な分析や検証を行い、被保護世帯の生活への影響等も十分調査の上、必要な見直しを検討することが求められる。

第3 生活保護の制度・運用の在り方と自立支援について
 自立支援の在り方について
(1)自立支援プログラムの導入
 自立支援プログラム
 生活保護制度を「最後のセーフティネット」として適切なものとするためには、(1)被保護世帯が抱える様々な問題に的確に対処し、これを解決するための「多様な対応」、(2)保護の長期化を防ぎ、被保護世帯の自立を容易にするための「早期の対応」、(3)担当職員個人の経験や努力に依存せず、効率的で一貫した組織的取組を推進するための「システム的な対応」の3点を可能とし、経済的給付に加えて効果的な自立・就労支援策を実施する制度とすることが必要であると考えられる。
 このためには、被保護世帯と直接接している地方自治体が、被保護世帯の現状や地域の社会資源を踏まえ、自主性・独自性を生かして自立・就労支援のために活用すべき「自立支援プログラム」を策定し、これに基づいた支援を実施することとすべきである。具体的には、
(1) 地方自治体が、地域の被保護世帯の抱える問題を把握した上で、自主性・独自性を生かして重層的かつ多様な支援メニューを整備し、被保護世帯の問題に応じた自立支援プログラムを策定
 就労による経済的な自立を目指す就労自立支援のみならず、被保護世帯が地域社会の一員として自立した生活を営むことができるようにするため、日常生活自立支援、社会生活自立支援の観点からのメニューも十分に整備することが重要である。
(2) 被保護者は、生活保護法に定める勤労・生活向上等の努力義務を実現する手段の一つとして、稼働能力を始めとする各被保護者の状況に応じたプログラムに参加するとともに、地方自治体はプログラムに沿った支援を実施
 被保護者の積極的な取組を求めるという観点から、参加すべきプログラムの選定に際しては、その内容及び手順を明確に提示した上で、被保護者の同意を得ることを原則とすることにより、自立支援プログラムは被保護者が主体的に利用するものであるという趣旨を確保する必要がある。
(3) 地方自治体は被保護者の取組状況を定期的に評価し、必要に応じて被保護者が参加すべきプログラムや支援内容の見直しを行う
 取組状況が不十分で改善の必要があると評価される場合には、その理由を十分把握し、現在参加しているプログラム自体が被保護者にとって適当か否かについてよく検討する。
 定期的かつ必要なプログラムの見直し等にもかかわらず、取組状況が不十分な場合や、被保護者が合理的な理由なくプログラムへの参加自体を拒否している場合については、文書による指導・指示を行う。
 それでもなお取組に全く改善が見られず、稼働能力の活用等、保護の要件を満たしていないと判断される場合等については、保護の変更、停止又は廃止も考慮する。
 ただし、保護の変更、停止又は廃止を行う場合は、自立支援プログラムがあくまで被保護世帯の生活再建を目的とするものであること、また、生活保護は最後のセーフティネットであることを十分考慮する。また、保護の変更、停止又は廃止に関する要件や手続等を可能な限り明確化しておく必要がある。
 なお、生活保護の適用に至らない低所得者や保護の廃止直後の者等、経済的に不安定な状態の者に対しては、これまで自立・就労に向けて具体的に活用できる支援メニューが体系的にまとめられていなかったことから十分な支援が行われなかった点も否定できない。自立支援プログラム導入後は、これらの者に対しても同プログラムへの参加を助言し、効果的な自立・就労支援を行うことができることとなるものであり、その積極的な活用が望まれる。
 こうした自立支援プログラムの導入によって、(1)被保護世帯の生活の質が向上するとともに、(2)生活保護制度に対する国民の理解を高めるなどの効果も期待される。
 生業扶助との関係
 自立支援プログラムをより実効性のあるものとするためには、生業扶助を積極的に活用していくことが効果的であることから、その支給要件等を見直す必要がある。例えば、現在、特定の技能や資格の保有が就労の条件となっている場合などに限って生業扶助が支給されているが、これを、自立支援プログラムに参加している場合には、就労に結びつく様々な支援メニューへの参加費用等についても支給できることとすることが考えられる。なお、生業扶助については、「困窮のため最低限度の生活を維持することができない者」に加え、「そのおそれのある者」にも支給し得ることとされていることから、その適用可能な範囲について整理すべきであるとの意見があった。
(2)自立支援推進体制の構築
 地方自治体の役割
 地方自治体は、自立支援プログラムの策定・実施に当たり、個別の自立支援メニューを所管する他の部局との調整をし、ハローワーク、保健所、医療機関等の関係機関との連携を深めるとともに、(1)就労支援、カウンセリング、多重債務問題、日常生活支援等に関する経験や専門知識を有する人材の活用、(2)社会福祉法人、民間事業者等や、民生委員、社会福祉協議会等との協力強化及びアウトソーシングの推進、(3)救護施設等の社会福祉施設との連携等、地域の様々な社会資源を活用することにより、その独自性を生かした実施体制を構築することが必要である。
 なお、生活保護の決定・実施に責任を果たすべき実施機関においても、被保護者の抱える諸問題、稼働能力等の分析や、上記各機関の調整を適切に行い、自立支援プログラムの策定に責任を持つことのできる専門的な知識を持った生活保護担当職員等の確保・育成を行うことが不可欠である。
 国の役割
 国は、地方自治体の取組を次の観点から支援していく必要がある。
(1) 就労支援については、雇用の場の確保等、社会資源の観点からの検討の必要性も指摘されている。国においては、労働行政や、保育・母子福祉施策等他の社会福祉行政・低所得者対策との連携の強化を図りつつ、地方自治体が関連施策を自立支援プログラムとして十分活用できるよう努める必要がある。特に、稼働能力のある被保護者への就労支援に関し、ハローワークと福祉事務所の有機的な連携が不足しているとの指摘もあったことから、ハローワークが福祉事務所からの要請に基づき体系的に就労支援を実施することとすべきである。
(2) 被保護世帯の類型ごとに整備することが望ましい支援メニュー等、自立支援プログラムの策定のための指針を示す。
(3) モデルとなる地方自治体の取組を支援し、その成果を全国的に普及していく。また、自立支援プログラムの実施のために自治体として必要となる体制について検証する。
(4) 補助金等を使いやすいものとし、実施体制強化の視点に立った財政的な支援を行う。
 また、地方自治体が自立・就労支援を円滑に実施するためには、法的な担保が必要であるとの意見も見られた。
 連携
 自立支援プログラムの定着・充実を図るためには、国や都道府県において関係機関との連携を強化し、また適切な助言指導を行うなど、実施機関への支援に努めることが不可欠であることを特筆しておく。
(3)教育支援の在り方
 被保護世帯の子供が高校就学する場合、現状では、奨学金、就学のために恵与される金銭、その他その者の収入によって教育費を賄うことができる場合にのみ、就学しながら保護を受けることができるとなっている。しかし、高校進学率の一般的な高まり、「貧困の再生産」の防止の観点から見れば、子供を自立・就労させていくためには高校就学が有効な手段となっているものと考えられる。このため、生活保護を受給する有子世帯の自立を支援する観点から、高等学校への就学費用について、生活保護制度において対応することを検討すべきである。

 資産、能力の活用等の在り方
 保護の適用に先立ち、自らの資産、能力その他あらゆるものの活用を求める補足性の原理については、その考え方を維持することが必要である。しかし、これらの要件の運用については、年齢等外形的基準で機械的に判断するのではなく、申請者の実態を十分把握した上で対応することが必要であることから、保護の必要な人が適切に保護を受けられるための具体的な資産・能力活用方法等について、国民生活の現状やこれまでの実施機関における取組の状況等を踏まえて検討したところ、その結果は以下のとおりであった。
(1)稼働能力の活用の要件
 稼働能力の活用の要件については、判例を踏まえると、(1)稼働能力を有するか、(2)その稼働能力を活用する意思があるか、(3)実際に稼働能力を活用する就労の場を得ることができるか、により判断することとされている。しかし、実際には、その評価方法や位置付けが必ずしも明確でなく、ともすれば身体的な稼働能力の有無や年齢のみをもってこれを判断する傾向も見られる。しかし、生活保護は、最低限度の生活を維持できない者、すなわち真に生活に困窮する者に対して最低限度の生活を保障するとともに自立を助長することを目的とした制度であることから、稼働能力があることをもってのみ保護の要件に欠けると判断すべきものではないことに留意する必要がある。したがって、稼働能力の活用状況については、年齢等に加え、本人の資格・技術、職歴、就労阻害要因、精神状態等に関する医師の判断等と、これを踏まえた本人の就職活動の状況や地域の求人状況等の把握による総合的評価が必要であり、その客観的評価のための指針を策定することが必要である。また、稼働能力自体は可変的であり、その能力の変化に応じて活用の在り方も変わるものであること、自立支援プログラムもまさにこの観点から被保護者の就労や社会活動を支援するものであることから、保護の開始後においては、自立支援プログラムへの参加状況等に基づいて「稼働能力の活用」要件を満たしているかどうかについて随時評価することが必要である。
 なお、自立支援プログラムの導入に伴い、就労していない者から保護申請があった場合、何らかの就労阻害要因を抱え十分な就職活動ができない状態にあるものと判断し、稼働能力を活用する意思がある旨表明されればこのプログラムの適用を積極的に進めるべきである。また、そもそも、稼働能力活用の要件自体を見直し、就労していない者についてはとりあえず保護の対象とすることも考えられるとの意見もあった。
(2)資産の活用の在り方
 預貯金等
 保護開始時に保有可能な預貯金等の額(現行は最低生活費の0.5ヶ月分)について、保護開始直後の運営資金としての必要性や自発的な家計運営の有用性の観点から拡大することにより、結果的に早期の自立につながりやすくなる。その具体的な限度額については、例えば新破産法にかんがみ、最低生活費の3ヶ月分までは保有可能とすることも考えられる。しかし、一般世帯との均衡や国民感情、自治体の財政負担等の理由からこれに反対する意見もあった。
 また、保護受給中の保護費のやり繰りによって生じた学資保険等の預貯金等の保有については、福岡学資保険訴訟の判決で示されているとおり、生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様での保護金品等を原資としたものについて保有を容認することが適当である。この際、社会的公正の確保や一般世帯との均衡に配慮しつつ、自立助長に資する用途・使途に支出されることが担保されるよう、預託制度の活用等を含めて考慮する必要がある。
 不動産
 居住用不動産を保有する被保護者が死亡した場合、その不動産を扶養義務者が相続することが社会的公平の観点から問題であるという指摘がある。これについては、まず、居住用不動産を保有する生活困窮者に対しては、居住用不動産を担保とした生活資金(長期生活支援資金)の貸付制度が平成14年から整備されているところであるので、その積極的な活用を推進すべきである。また、これらの不動産が相続される場合、相続人に保護に要した費用を返還させる仕組みを設けるなど、法制的な在り方を含めて今後検討を深めるべきとの意見があった。
 その他
 最低生活の維持に活用すべき資産の範囲は預貯金、土地、家屋、自動車に限定し、一般的な生活用品については早期の生活再建の観点から原則として含めないこととすべきである。他方で、事業用車や生業のための機械道具等については、自立促進の観点から必要な範囲で保有を認めることが妥当である。
(3)扶養調査の在り方
 扶養義務者の扶養能力の調査については、実効性が低いなどの問題がある。このため、民法上の扶養義務が優先するという基本原則は維持すべきものの、社会常識や実効性の観点から、夫婦・親子以外の扶養義務者については、個々のケースの状況や地域の実情に応じ、各地方自治体が調査の必要性を判断する仕組みとすべきである。なお、親族との関係については、要保護世帯の社会的な自立の観点から、交流や精神的な支えの確保・維持のための精神的な支援等を期待すべきである。

 保護施設の在り方
 保護施設については、その歴史的な役割とともに、現代の被保護世帯の様々なニーズにも対応する機能も果たしている。例えば、救護施設は、重複障害者等他法の専門的施設での対応が困難な被保護者のほか、いわゆる生活障害を抱える者に対して生活支援を行うための施設としても機能している。
 しかし、全体的に見れば、現在の保護施設の性格や施設最低基準は時代のニーズに合わない部分があり、他の社会福祉施設同様に、社会福祉法の理念に沿って、施設名称や各保護施設における機能の整理統合も含め、今後、総合的な見直しを検討する必要がある。また、保護の決定と施設入所を分けて考えるべきであるとの意見があった。
 なお、救護施設、更生施設及び授産施設については、居宅での保護や他法の専門的施設での受入が可能な者についてはこれを優先すべきであり、また原則的にはそれへ移行する経過的な施設として位置付け、施設最低基準の再検討も行う必要がある。特に、救護施設については、近年においても施設数や定員が増加しているが、生活扶助を実施するための施設としてだけではなく、現実に求められている多様なニーズに対応し、自立支援プログラムとの関連において、入所者の地域生活への移行の支援や居宅生活を送る被保護者に対する生活訓練の実施の場として活用することについて検討することが重要である。
 なお、救護施設入所者は介護保険の適用除外となっており、円滑な介護保険施設への入所を行うことができないため、要介護認定を円滑に実施できるよう担保すべきとの意見があった。また、救護施設等において、緊急やむを得ない場合などに短期間入所ができる仕組みを検討すべきであるとの意見や、保護施設から地域生活への移行を促進する必要性の観点から、施設入所中の障害者加算の支給停止の条件である累積金の上限(加算の6ヶ月分)を見直すべきであるとの意見もあった。

第4 制度の実施体制について
 実施体制(財源の確保と組織的取組)
(1)財源の確保
 生活保護制度は国が国民の最低生活を保障する制度である。このため、いかなる突発的な事情や経済的・社会的環境の変化に際しても、財政事情等によって給付水準や保護の認定・運用のばらつきを生じさせることなく、憲法上保障された生存権を保障する機能を果たし、社会的不安定が生じることを防ぐ必要がある。
 国と地方の関係については、歴史的経緯も踏まえ、今後のそれぞれの役割を十分議論した上で、必要な財源が安定的に確保されることが不可欠である。なお、この点に関連して、生活保護制度は国の事務であり、地方は法定受託事務として、国の包括的な責任の下に事務を行っていることに留意すべきだとの指摘もあった。また生活保護制度は地方のサービス競争には適さないとの意見もあった。
 なお、今回の自立支援プログラム導入の提案に伴い、所要の財源を確保する必要がある。
(2)組織的取組
 実施機関の体制をみると、第1−2(2)で述べたとおり、担当職員の配置不足や経験不足が見られるなど、量・質の両面で問題が指摘されている。また、組織としての支援が十分でないことなどから、現業員の負担が過重となっている。このため、地方自治体において、担当職員の専門性の確保と向上に努めるとともに、組織としてシステム的に業務を実施する体制を作っていくことが何よりも求められている。
 自立支援プログラムの策定により、自立・就労支援の方法や手段がマニュアル的に整理されるとともに、これに基づく支援や被保護者の取組の評価の実施、利用できる社会資源の拡大等により、担当職員個人の経験等に依存することなく、地方自治体が組織としてシステム的に被保護世帯の自立・就労支援に取り組むことが期待される。なお、地方自治体における自立支援プログラムの策定・実施には、当然のことながら、組織全体として取り組むことが必須であり、担当職員まかせであってはならないことを特に強調しておきたい。
 さらに、生活保護制度の適切な運用及び自立支援プログラムの定着・充実のためには、国や都道府県による実施機関への支援が不可欠である。
(3)広域的取組
 小規模なため十分な実施体制がとれない地方自治体に対する支援の在り方や、被保護者の地域的な偏在を踏まえた地方自治体間の調整について、より広域的な視野からの対応が必要である。特に、施設・病院等から地域への移管や、グループホーム等への入居に伴う地域間の調整を円滑に進めていく必要があるとの意見があった。

 低所得者対策等他施策との連携
 生活保護制度は、他の社会保障制度や社会福祉サービス等を補完する位置にあり、したがって他の制度の保障水準が上昇すれば、生活保護がカバーすべき範囲が縮小し、逆の場合は拡大するという性格を持っている。このため、一般の低所得者対策が十分でない場合、被保護世帯の増加や受給の長期化につながるおそれがある。
 また、生活保護制度においては、生活保護の適用により、保護費の給付以外に様々な減免・免除規定が適用される一方、保護から脱却することによってこれらの措置も同時に失われることにより、自立にむけたインセンティブが醸成されないという指摘がある。
 このため、特に生活保護の適用前及び保護脱却後の低所得者への対応については、住宅等に関する低所得者対策や、多様な生活課題に対応する福祉サービスの一層の充実を図るとともに、これらの施策との密接な連携を図っていくことが求められる。

第5 その他の指摘事項
  議論の過程において、委員から今後検討が必要であるとして意見が出された主な事項は以下のとおりである。
 (1)生活保護制度の意義とそれを支える意味に関する積極的な啓発
 (2)現行の扶助体系と給付方法
住宅扶助について、他の扶助と切り離した支給を可能とすること
失業者に対する保護の適用に当たり、高齢者等他の世帯と異なる枠組みを作る必要性
 (3)他法優先の原則にもかかわらず、国民健康保険においては被保護者が対象外とされ、医療費は全額医療扶助で対応していること
 (4)医療券を医療証の発行に代えるなどによる被保護者に対するスティグマの軽減
 (5)生活保護事務の簡素化
 (6)生活保護の実施状況についての第三者による評価の必要性
 (7)外国人については、永住、定住等の在留資格を有する者に対してのみ、予算措置として生活保護を準用していること
 (8)年金担保融資利用者への対応策の構築


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