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第1章  救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1. 初期診断・治療に関する評価
(1) 脳神経系の管理について
(1)  経過
 平成15年9月7日15:15、自宅にて突然うなり声を上げ倒れた。妻が見に行ったところ右半身麻痺、言語障害の状態であったため直ちに救急車が要請された。同日16:01病院着、このときの意識レベルはGCS13であった。発症後1時間のCT所見では左大脳半球の脳溝が右に比べてやや描出が不良であったが、頭蓋内出血はなかった。脳血管撮影(発症後2時間55分)にて左内頚動脈サイフォン部完全閉塞の所見があり、同日18:10左内頚動脈閉塞によるに左大脳半球の脳梗塞と診断された。直ちにグリセオール、マンニトール、低分子デキストラン投与による脳循環改善療法及び集中治療室による全身管理が行われた。
 同年9月9日、意識レベルが低下し、GCS8となった。CT(発症後46時間)にて左大脳半球に広範な脳梗塞所見と脳腫脹が認められた。9月10日に意識レベルはさらに低下し、GCS6さらにGCS3になり、両側瞳孔散大、自発呼吸消失が認められた。CT(発症後2日18時間)にて左大脳半球の脳梗塞巣はさらに拡大し、脳腫脹も増悪し、左から右へ15mmの正中構造の偏位となっていた。

(2)  診断の妥当性
 来院後直ちにCTが施行され、まず、クモ膜下出血と脳内出血が除外された。さらにCT所見より脳梗塞が疑われ直ちに脳血管撮影が施行され左内頚動脈閉塞と診断された。左内頚動脈閉塞による左大脳半球の脳梗塞との診断は迅速かつ妥当であった。

(3)  保存的治療法を行ったことの評価
 本例は内頚動脈だけでなく、前大脳動脈、中大脳動脈を含んだいわゆるT型血管閉塞であるため血栓溶解療法を施行せず、保存療法を行ったことは妥当である。脳循環改善剤投与による保存的治療法は、現在最も一般的に行われている方法である。

(2) 呼吸器系の検査治療について
 来院時の呼吸状態は自発呼吸であり、呼吸数17回、規則的で酸素マスク8L/分、FiO240%にて動脈血中酸素分圧は93mmHgであった。その後、集中治療室にて呼吸状態がモニターされ、呼吸状態は安定していた。9月10日に意識レベルの低下に伴い呼吸障害が出現したため、経口的に気管挿管が行なわれ、人工呼吸にて呼吸管理が開始された。この間Oxygenation index (PaO2/FiO2)は200前後にコントロールされていた。来院時の呼吸管理、また呼吸障害の出現時に対処した気管挿管などのタイミング、その後の呼吸器管理はすべて適切であった。

(3) 循環器系の検査治療
 来院後ただちに集中治療室にて、心電図、血圧、脈拍、尿量が経時的にモニターされており、適切な経過観察がなされていた。
 血圧は来院時186/73(mmHg以下同じ),その後245/120に上昇したためペルジビンの静注にて最高血圧160〜180、最低血圧100〜80にコントロールされていた。しかし9月10日18時突然の血圧低下あり、ただちにドーパミンが投与され、以後は最高血圧は90〜100以上に保たれ、その後、昇圧剤にて血圧はよくコントロールされ、適切な循環管理が行われた。

(4) 水電解質の検査治療について
 来院時は、Na145mEq/ml、K3.6mEq/mlであり、経過中Naの最高値は155mEq/ml、最低値は137mEq/ml、Kは最高値4.0mEq/ml、最低は3.0mEq/mlにコントロールされていた。ナトリウムに関しては意識障害の原因や増悪因子となる低または高ナトリウム血症とはなっていないと判断することができる。


2. 臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
(1) 脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は平成15年9月7日15:15に突発性の右半身麻痺、言語障害で発症し、脳血管撮影にて、左内頸動脈閉塞症と診断された。このため血栓溶解療法は行わず保存療法を行った。
 9月9日には、意識レベルがGCS13から8に低下し、CT所見上、左大脳半球に広範な脳梗塞が認められた。
 9月10日17:00には、急激な血圧低下とともに深昏睡(GCS3)となり、自発呼吸の停止、両側瞳孔散大が出現した。
 9月11日2:30に臨床的脳死と診断され、6時間36分後に第1回脳死判定を行い(9月11日12:05終了)、8時間後に第2回脳死判定を行った(9月11日19:35終了)。  以下に要約するように、本症例は脳死判定対象例としての前提条件を満たしている。

1) 深昏睡及び無呼吸で、人工呼吸を行っている状態が継続している。 9月10日17:00頃に深昏睡及び呼吸停止がおき、約8時間後に臨床的脳死の診断を開始している。
2) 原因、臨床経過、症状、CT所見から脳の一次性、器質的病変であることは確実である。
3) 診断、治療を含む全経過から、現在行いうる全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性は全くないと判断される。

(2) 臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定について
1) 臨床的な脳死の診断
〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(9月11日1:20から同日2:30まで)
  体温:36.6℃ 血圧:114/59mmHg
JCS:300
自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右5.0mm 左4.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における診断内容
 以上の結果から臨床診断として脳死と診断して差し支えない。

1) 脳波について
ァ) 脳波
 平坦脳波(ECI)に相当する。(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
 電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、Cz、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2)と双極導出(T3-Cz、T4-Cz、Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2)で記録されている。さらに心電図と頭部外導出によるモニターも同時に行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図、僅かな静電・電磁誘導、筋電図ならびに気管内挿管チューブのカフ漏れによるアーチファクトが重畳しているが、これらの判別は容易である。いずれも30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。
聴性脳幹誘発反応も無反応であった。

ィ) 聴性脳幹反応
 臨床的脳死判定・法的脳死判定(第1・2回目)のいずれにおいても、I波を含む全ての波を識別できない。

2) 法に基づく脳死判定
〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回)(9月11日9:06から同12:05まで)
  体温:37.9℃ 血圧:104/54mmHg
JCS:300
自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右5.0mm 左5.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
無呼吸テスト:陽性
  (開始前) (2分後) (4分後) (6分後) (終了後)
 PaCO2 42 58 64 66  
 PaO2 234 240 238 204  
 血圧 98/53 133/65 145/66 135/68 104/56
 SpO2 99 99 100 100 100
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
検査所見(第2回)(9月11日18:05から同19:35まで)
  体温:38.0℃ 血圧:108/68mmHg 心拍数:124回/分
JCS:300
自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右5.0mm 左5.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
無呼吸テスト:陽性
  (開始前) (2分後) (4分後) (終了後)
 PaCO2 38 54 64  
 PaO2 439 460 486  
 血圧 115/92 148/82 186/98 149/79
 SpO2 98 97 98 98
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における診断内容
 以上の結果より
第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(9月11日 12:05)
第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(9月11日 19:35)

(1) 電気生理学的検査について
(a) 脳波所見について(聴性脳幹反応の所見も含めて)
 法に基づく脳死判定における脳波記録も、臨床的な脳死診断(9月11日の臨床的脳死診断)の脳波記録と同条件で記録されている。すなわち、電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、Cz、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2)と双極導出(T3-Cz、T4-Cz、Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2)で記録されている。さらに心電図と頭部外導出によるモニターも同時に行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。第1回目の脳波記録には心電図と僅かな静電・電磁誘導のアーチファクトが、第2回目の脳波記録には心電図と筋電図が重畳しているが、これらの判別は容易である。いずれも30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。
(b) 聴性脳幹反応について
 臨床的脳死診断・法的脳死判定(第1・第2回目)のいずれにおいても、I波を含む全ての波を識別できない。

(2) 無呼吸テストについて
 2回とも必要とされるPaO2のレベルを得てテストを終了している。テスト前及び60mmHg以上のPaCO2を得た時点でのPaO2は十分高く維持されており問題はない。

3) まとめ
 本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。
 以上から本症例を法的に脳死と判定したことは妥当である。


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