04/10/14 第10回今後の労働契約法制の在り方に関する研究会議事録         第10回 今後の労働契約法制の在り方に関する研究会                 日時 平成16年10月14日(木)                    10:00〜12:00                 場所 厚生労働省17階専用第18〜20会議室 ○西村副座長  定刻になりましたので、ただいまから、「第10回今後の労働契約法制の在り方に関 する研究会」を開催いたします。本日は菅野座長、内田先生、春日先生が御欠席です。  本日は、労働契約に伴う権利義務関係、休職を議題として予定しております。では、 事務局から説明をお願いいたします。 ○労働基準局監督課長(苧谷)  お手元にお配りしました資料に沿い御説明いたします。資料1は、労働契約に伴う権 利義務関係、休職に関係するものです。Iは現状及び問題点です。最初に労働契約により 生ずる権利と義務の中身で、基本は、「労働契約は、労働者が労働を提供し、使用者が これに対して賃金を支払うことを基本的な内容とする契約とされている」これは民法第 623条の雇用の条文と同趣旨です。  労働者が労働を提供する権利、就労請求権を有するかどうかをめぐって、裁判で争わ れた例があります。この裁判例においては、使用者の基本的な義務はあくまで賃金支払 義務であり、一般的には労働者は就労請求権を有するものではないとされています。資 料3の1頁に読売新聞社事件が載せてありますが、後ほどお読みいただければよろしい かと思います。昭和33年の東京高裁の決定でございます。  ただし、レストラン・スイス事件の名古屋地裁決定、これも同じ所に資料があります が、ここでは職場を離れると技量が低下するとされた調理人について、業務の性質上労 働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合として、例外的に就労請求 権が認められたものがあります。  使用者の権利の中身として、使用者は、労働契約の範囲内で、労働者の労働の内容・ 遂行方法・場所などに関して必要な指揮命令を発することができるほか、健康診断等の 実施や配置転換、担務変更、教育訓練、昇進・昇格・降格、休職等の人事権の行使がで きるとされております。しかし、労働者に違法行為を行わせる指揮命令や、労働者の人 格権を侵害する指揮命令・人事権の行使等は使用者に与えられた権限の範囲を逸脱し、 または信義誠実の原則に反して使用者の権利を濫用したものとして許されないと考えら れております。裁判例としてJR東日本事件の最高裁第二小法廷判決においては、教育 訓練権が就業規則で掲げてありましたが、労働者の人格権を不当に侵害する態様のもの であってはならないとされました。これは資料3の1頁1の(2)のところです。  バンク オブ アメリカ イリノイ事件の東京地裁判決においては、人事権は雇用契約 に根拠を有して、使用者の経営上の裁量の判断に属すると判断された上で、課長経験者 の総務課の受付への配転は労働者の人格権、あるいは名誉を侵害する違法なものである とされたところです。  また、労働契約は、人的・継続的な契約であることから、労働者及び使用者は、信義 誠実の原則に基づいて行動することを要請されます。これは民法第1条第2項の規定等 から導かれております。そのため、労働者及び使用者は、労働契約の基本的内容である 労働者の労働提供義務及び使用者の賃金支払義務のほかにも、様々な付随的義務を負う とされております。以下2の所でそれを説明しますが、付随的義務のうち労働者の職務 専念義務や企業秩序遵守義務については、後日服務規律に関する論点がありますので、 そこで議論をさせていただきたいと思います。  2の労働者の付随的義務の内容ですが、労働者は、労働関係の継続中、就業規則等に おける規定の有無に関わらず、業務の秘密を保持すべき義務を負うと考えられます。ま た、使用者は、個別の合意や就業規則により、退職後の労働者に対しても秘密保持義務 を課すことがあります。業務上の秘密を、労働者が使用・開示することは、使用者に多 大な損害をもたらすおそれがある一方、退職後の労働者に秘密保持義務を課すことは、 労働者の職業選択の自由を制約するおそれもあります。  資料2の1頁ですが、産労総合研究所の調査によりますと、全国の上場企業等のう ち、就業規則上、労働者の機密保持義務を規定している企業は82.5%という状態になっ ています。同じ資料2の2頁では、機密保持義務を規定している中で77%は、退職後に ついては特に機密保持義務は定めていないという資料もあります。営業秘密の使用・開 示に関する不法行為責任として、不正競争防止法において、労働関係の存続中であるか 終了後であるかを問わず、労働者や退職労働者の「不正の競業、その他の不正の利益を 得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示 する行為」が不正競争として差止請求や損害賠償請求の対象とされています。  以上申し上げたことと関連して、労働者は、労働関係の継続中、就業規則等における 規定の有無にかかわらず、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があ ると考えられます。また、使用者は、個別の合意や就業規則により、退職後の労働者に 対しても競業避止義務を課すことがあります。しかし、労働者に競業避止義務を課すこ とは、労働者の職業選択の自由を制約するものであることから、競業避止義務の有無 等、特に退職後に競業を行ったことを理由とする損害賠償請求や、退職金の減額の可否 をめぐって紛争が多く見られます。資料3の2頁の(4)競業避止義務のところにあり ますように、競業避止義務に関する判例が数多くございます。  また、資料1の3頁(3)、使用者は、労働関係の継続中、労働者の兼業を何らかの 形で規制している場合が多く、使用者は、その違反を理由に、労働者に対して懲戒処分 を行うことがあります。しかし、労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的 に労働者の自由であること、また、労働者には職業選択の自由があることから、兼業規 制の効力をめぐって、裁判で争われた例がございます。資料3の3頁(5)から何例か 挙げております。裁判例においては、企業秩序に影響せず、企業への労務提供に格別の 支障を生じせしめない程度の兼業は、就業規則による兼業規制の対象に含まれないとす る一方、副業が競業に該当する場合や、副業の勤務時間等が本業への労務の提供に支障 をきたす蓋然性が極めて高い場合には、就業規則の兼業禁止規定に基づく懲戒処分が有 効とされております。  続きまして、資料1の3頁の3、使用者の付随的義務の内容についてです。労働者が 業務上の災害を被った場合には、労働者災害補償保険法に基づく補償が行われますが、 当該補償の範囲を超えて使用者が負うべき損害賠償責任をめぐって、紛争が多くみられ ます。このような紛争に対して、裁判においては、使用者は労働者の生命及び身体を危 険から保護するよう配慮すべき義務、いわゆる「安全配慮義務」を負うとの判断が示さ れました。これは昭和59年最高裁判決、川義事件で示されており、資料3の4頁(6) にあります。  使用者が安全教育や安全管理を尽くさなかったことや、労働者の長時間労働に対して 負担軽減措置を取らなかったことが、安全義務違反とされ使用者の損害賠償責任が認め られた例があります。同じ資料3の5頁の(7)辺りに、平成9年三重セクハラ事件の 津地裁判決においては、使用者は労働者に対し労働契約上の付随義務として、信義則上 職場環境配慮義務、労働者にとって働きやすい職場環境を保つように配慮すべき義務を 負っているとされました。  また、使用者は労働者の人格的利益を侵害してはならないと書いてあります。金沢セ クハラ事件の平成11年最高裁第二小法廷判決においては、男性上司がその地位を利用し て部下の女性の意に反する性的言動に出た場合、それが社会的見地から不相当とされる 程度のものである場合には、性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして違法とな るとした原審の判断を認容しております。例えば、使用者は労働者の人格的利益の1つ でありますプライバシーを侵害してはならないと考えられています。一方で、使用者は 労働者の氏名、住所、家族状況、健康診断結果、人事評価結果などの個人情報を収集、 保有することから、使用者が労働者のどのような個人情報を収集することができ、これ をどのように保護すべきかが重要な問題となっております。これについては日経クイッ ク情報事件の東京地裁判決、あるいは、T工業(HIV解雇)事件の千葉地裁判決等に おいて、特段の必要性もないのにHIV抗体検査等を行うことはプライバシーの権利を 侵害すると言われたものもありますし、先ほど言いました日経クイック事件のように、 合理性がある場合には、必ずしも労働者の私用メールを調査することは違法な行為とは 言えないといった例等があります。  4は休職です。使用者は労働者を就労させることが適切でない場合に、その就労を一 時的に免除又は禁止することがあります。このような休職は、例えば、労働者が私傷病 を負った場合、あるいは起訴された場合、その他の事故により出勤できない場合など に、解雇の意思決定を一定期間保留することや、企業秩序・企業の社会的信用を維持す ることなどを目的として行われます。また、労働者を出向させる場合など、企業側の事 情により実施させることもあります。これについては労働基準法において、労働契約の 締結時に、これを労働者に明示することとされておりますが、このほかに法律上の規定 はなく、休職期間の長さや、休職期間中の賃金の取扱いなど、休職制度の実態は企業に よって異なる、となっています。  中でも、休職期間中に賃金が支払われない場合や、特に問題になるのは、休職期間満 了時に休職事由が消滅していなければ自動的に退職とされる場合に、休職事由の有無や 休職事由の消滅の有無をめぐって、裁判で争われた例があります。これは資料3の7頁 の2の所にありますので後ほど御参照いただければと思います。  その他は労働者がした発明の件です。その性質が使用者の業務に属し、かつ、発明に 至った行為がその使用者における労働者の現在又は過去の職務に属する場合、使用者 は、特許法により、その発明について就業規則や個別契約により、使用者に特許権等を 承継させること等ができます。これらの場合に、労働者は「相当の対価」の支払いを受 ける権利を有しますが、近年、雇用の流動化や発明労働者の意識の変化を背景に特許を 受ける権利の譲渡や、「相当の対価」の関係をめぐって裁判で争われた例があります。 これは資料3の8頁にあります。  IIとして今まで申し上げた論点を抽出いたしました。1の労働契約により生じる権利 と義務です。まず就労請求権についてどう考えるか。現実に就労を求めることを内容と する就労請求権は原則として認められないことや、就労請求権が認められる場合の要 件、従来の裁判例はありますが、これについて明確にする必要があるかどうか、という 点が論点として考えられるかと思います。  指揮命令や人事権の行使に当たっての使用者の裁量権の範囲について、どのように考 えるか。例えば使用者の裁量権は無制約なものではなく、労働者の人格権を不当に侵害 するものであってはならないことを明確にしたらどうか、という点が論点かと思いま す。  付随的義務の中身は、まず労働者側は、労働関係の継続中における労働者の秘密保持 義務についてどのように考えるべきか。使用者が、特約により退職後の労働者に対して も秘密保持義務を課すことについて、どのように考えるべきか。これは現在、不正競争 防止法による規定はありますが、それ以外に何か必要かという点です。  労働関係の継続中における労働者の競業避止義務についてどのように考えるべきか、 使用者が特約により退職後の労働者に対しても競業避止義務を課すことについて、労働 者が職業選択の自由を有することにかんがみ、どのように考えるべきか。これについて は資料3の3頁、また詳しくは27頁の、平成7年東京リーガルマインド事件がありま す。東京地裁決定で示された退職後の競業避止特約を有効と判断する場合の要件として 2つあり、1つは競業行為の禁止措置の内容が必要最小限にとどまっている。もう1つ は、競業禁止行為により労働者の受ける不利益に対する十分な代償措置を執られている ことが必要であるとした裁判例があり、これについてどのように考えるかというのが論 点であろうと思われます。  使用者が、労働者に対して兼業を禁止することについて、労働時間以外の時間をどの ように利用するかは労働者の自由であること、あるいは、労働者は職業選択の自由を有 することにかんがみ、どのように考えるべきか。企業秩序に影響せず、企業への労務提 供に格別の支障を生ぜしめない程度の労働者の権利を使用者が禁止し、又は許可制とす ることはできないこととすることについて、どのように考えるかということです。  3として、使用者の付随的義務の内容です。使用者が安全配慮義務や職場環境配慮義 務を負うことを明確にしたらどうか、というのが1つだと思います。2つ目として、労 働者のプライバシーの保護について、どのように考えるか。職業安定法第5条の4にお いては、労働者の募集を行う者が、労働者の募集を行う際の個人情報の収集・保管・使 用について、一定の制限を設けております。また、労働者の健康情報について、「労働 者の健康情報の保護に関する検討会報告書」が出されております。あと、使用者が保有 する労働者の個人情報については個人情報の保護に関する法律、これは来年4月に施行 の予定ですが、これが適用され、情報の適正な取得、利用目的の通知、労働者へのデー タの開示、本人の要求に基づく訂正等が定められ、その保護を図られることとなってお ります。ただし、これはすべての使用者ではなく、保有する個人情報の件数が5,000件未 満の場合は同法の適用は受けないとされています。  4つ目は休職です。休職をめぐる紛争を未然に防止し、休職制度が解雇に関する法規 制の潜脱となることを防ぐための方策について、どのように考えるか。また、これを休 職に関する手続の面からも検討したらどうか。休職期間中賃金は支払われないことにつ いては、休職命令が使用者の責に帰すべき事由によるものである場合については、民法 第536条第2項、あるいは、労働基準法第26条に基づき、使用者は賃金支払義務を免れ ないと考えられております。  もう1つの論点としては、解雇に関する法規制との均衡から、休職期間満了により自 動的に労働契約が終了する休職については、期間満了時に労働者を退職させることにつ いて客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認めることが必要であるべ きとする、そういうことに対してどう考えるかということがあります。また、休職させ る労働者に対し、休職事由、休職期間、休職期間中及び休職期間満了後の処遇など、書 面で明示することについてどのように考えるか。このような点が論点になろうかと思い ます。  加えて、その他の議論です。まず、労働者の職務発明に関する労働者及び使用者の権 利や「相当な対価」について、どのように考えるか。「相当な対価」の決定について は、平成16年の特許法改正により、特許法第35条第4項第5項で、労使当事者間におけ る自主的な対価についての定めを原則として尊重すべきものとされ、法改正で一応の決 着がついております。  2つ目は、労働契約に付随して、あらかじめ労使当事者で紛争解決手段を定めておく ことについてどのように考えるべきか。これが将来において生ずる個別労働関係紛争を 対象とする仲裁合意は、当分の間無効とされていることについてどのように考えるべき か。これについては資料10の5、6頁にあります。5頁で民事訴訟関係で、仲裁関係の 条文を独立させて仲裁法が平成16年3月1日から施行されたわけですが、その附則4条 で、個別労働関係紛争を対象とする仲裁合意に関する特例があります。5頁の下のほう に、「当分の間この法律の施行後に成立した仲裁合意であって、将来において生ずる個 別労働関係紛争を対象とするものは、無効とする」とあります。個別の労使間で起こっ た紛争について、紛争が起こった後に仲裁合意をするのは特に問題になりませんが、例 えば雇用契約の締結時に、将来起こるであろう紛争について仲裁合意することは無効で あるとしたものです。  これについては更に6頁で、参議院の法務委員会で附帯決議が付けられております。 政府は、本法の施行において次の事項について格段の配慮をすべきであるということ で、5として「個別労働関係紛争を対象とする労働仲裁においては、労働者の権利保護 の視点から関係法を含め所要の整備、見直しを行うこと。右決議する」とされたところ です。また、7頁の真ん中辺りに、森山法務大臣が、下線を引いてある所、「労働者 は、労働契約を締結する際に、仲裁の意味を知らないということが多く、仲裁の意味が 仮にわかっていても、事業主との交渉力の格差から、事業主の提示した内容で仲裁合意 を結ばざるを得ない場合が多いのではないかと思われます」。「この法律案では、消費 者と事業者間の仲裁及び個別労働関係紛争に関する仲裁について特則を設けることにし たものであり、これらについて特則を設けることで十分ではないかと考えたわけでござ います」と述べています。  また8頁に、森山法務大臣の、「『当分の間』という期間については今後の検討とい うことになりますが、担当部局におかれましては、先ほども挙げたいろいろな点を考え あわせられまして、相当の時期に見直しをされるのではないかというふうに期待してお ります」という答弁があります。また12頁のやや下の辺りに、青木政府参考人は、「将 来の個別労働関係紛争に関する仲裁合意につきましては、労使関係というのが労働者と 事業主という継続性を持った関係であるとか、あるいは労使の関係が事実上対等とはな かなか言い難い場面があるということもありまして、そういった特性でありますとか、 別途、個別のさまざまな労働紛争に関する処理の仕組みというものがありますので、そ ういったような在り方、そういったことも十分検討した上で必要な措置を講じていくと いうふうに考えているところであります」。こういうような国会での審議がありまし た。  この論点に関しては、ここでというよりも、後で労働契約法制における履行確保、紛 争解決の方法に関する議論をさせていただく場面がありますので、そこで検討していた だいてはどうかと考えております。また上記の各論点に関して労働基準法上の労働者以 外の者について同様の検討が必要であるかどうか。あるとすればどのようなものについ てか、というようなことも大きな論点としてあろうかと思います。 ○西村副座長  それでは、労働契約に伴う権利義務関係、休職について議論をしていきたいと思いま す。御意見がありましたらお願いいたします。 ○曽田先生  労働者の就労請求権についてですが、古い判例では就労請求権はないということにな っています。この考え方は、私は、現代ではあまり当てはまらないのではないかと。人 はパンのためにのみ生きるものではない、という言葉もあるかと思いますが、やはり労 働をして、そして対価を得て人間としての自己実現をしていく、あるいは、生きがいを それに見出していくことが多くの人々の生き方であろうと思います。ある雇用関係にお いて、労働者は賃金請求権だけがあって、就労請求権がないというのは、ちょっと馴染 まないのではないかという気がします。  例えば、教員、医師、看護師といった特別の職業にある方たちは、特にそういうこと が見やすいというところがあると思います。一般の会社に勤めて働く人たちであって も、就労請求権というのは、雇用関係を結ぶ以上は、やはり仕事をしたいということで 雇用契約を結ぶわけですので、そういう権利を否定してしまう考え方は、むしろ逆方向 ではないかという感じがしております。就労請求権もあるのだけれども、それは雇用者 の人事管理権とか、そういったいろいろなものによって制約されることがあるというこ とは認めるとして、最初から就労請求権は労働者にはないのだ、という考え方の方向付 けは、私はなかなか馴染めないという気がいたします。  もっとも、そういうことを明確にする必要があるかどうかというのは別の問題だと思 います。就労請求権があるということをここで言うのかどうかというのは、考え方とし ては、そこまでは必要ないと思います。ただ、就労請求権はないという方向での明確化 は適当ではないのではないかという気がいたします。 ○村中先生  就労請求権の否定の論拠というのは、労働は義務であって権利ではないというシンプ ルなもののように理解しています。労働関係は、今日のペーパーにもありましたよう に、継続的な関係で、単純に労務と賃金の交換だということではなく、他にも諸々のも のが束になってあるわけです。そこでは安全配慮義務などが使用者側の重要な義務とし てあります。あまり単純に義務であって権利でないということだけでは、説得力がない というのは私もそのとおりかなと思います。  ドイツではどうなっているかを以前調べたことがあります。当時ドイツの連邦労働裁 判所が言っていたのは、就労請求権はあるということでした。連邦最高裁がそれについ ての根拠付けをどう考えたかというと、民法では財産的な利益というものに着眼し、そ の取引のルールであるとか、公平なルールを考えておりますが、労働関係においては精 神的な利益も考えなければいけないということです。ドイツ民法典は、その点について は法の欠缺があるのだという言い方をしております。向こうは法の欠缺がある場合は、 裁判所による法創造ができると考えていますので、そこを裁判所として法創造で埋める のだという言い方をして就労請求権を認めたと理解しています。  就労請求権を認めるかどうかについて、私自身も、ドイツの精神的な利益というのを もう少し重視しなければいけないのではないかという考え方は、当時非常に感銘を受け ました。日本はあまりにも経済的な面に着眼しすぎかなと感じたことを覚えています。 一方、就労請求権を認めた場合どうなるのかという問題もあって、就労請求権はありま すよと言った場合も、使用者は、にもかかわらず就労を拒絶したと、その場合に強制執 行はできるのかという問題があります。可能性としては、間接強制をしてお金を払わせ ることになるのでしょう。しかし、解雇無効の判決が出て使用者が就労拒絶をしたら賃 金はずっと払わされるわけですので、実務的に実態としてあまり変わりはないのではな いかという気がします。  ただ、曽田先生が言われるように、原則というもの、労働関係における精神的利益の 保護は必要なのだということを謳うこと自体は、何らかの形で考えていいのかなという のは私も評価します。 ○土田先生  5頁の最後の行「現実の就労を求めることを内容とする就労請求は原則として認めら れないことを明確にする必要がある」というのは、少し書きすぎで、そもそも就労請求 権をどう考えるのかを議論すべきだと思います。就労請求権を考える前提として、今回 は就労請求権があってその後「付随的義務」といっていますが、労働契約における権利 義務をどう考えるのかという一般的な論点があると思います。要するに民法第623条には 雇用に関する基本的な規定があるわけで、ここでは労務に服することと賃金を支払うこ とによって成立するという条文になっております。要するに労働義務と賃金支払義務が 基本的な義務であるということです。  先ほど村中先生が言われた労働契約の特質から付随的義務がさまざまに生じています が、メインは労働義務と賃金支払義務で、その構造の中に就労請求権や労働受領義務は どう位置付けられるかという問題も入ってくるわけです。労働契約上の権利義務という 場合に、民法第623条のような条文を立法として労働契約法制の中に設けるのか設けない のかを含めて、労働契約上の権利義務の全体といいますか、構造は議論しておく必要が あるのではないかと思います。就労請求権はその中の一環の問題であって、付随義務も そこから派生してくる問題ではないかという気がします。  この後、就労請求権の議論があると思いますが、いまの一般的な観点との関連で発言 しますと、6頁の(2)に「指揮命令や人事権の行使に当たっての使用者の裁量権の範 囲はどのように考えるか」という項目がありますが、これは言い換えると労働義務の限 界というテーマでもあるわけです。いまの権利義務の一般的な内容と限界という問題と も関連しますので、そちらのほうから検討する必要があるのではないかと思います。さ らに付随的義務については、その後、個別的義務が登場していますが、ドイツの議論な どでは誠実義務、配慮義務という包括的な概念があるわけです。それが妥当かどうかは ともかくとして、そういった概念についても検討するのかしないのか、ということも課 題ではないかと思います。  就労請求権については、結局、要件と効果の問題があって、要件のほうは先ほどから 議論が出ているように、就労について特別な利益を持つ人は認めるという選択肢もあり ますし、一般的に肯定するという選択肢もあります。裁判例は、基本的には否定となっ ていますが、そこは曽田先生が言われたような変化の中で、どう考えるかという問題が あります。効果については、履行の強制を認めるかどうか。あるいは損害賠償という効 果止まりであっても、こういう義務は認めるべきなのかどうかという問題がありますの で、その点を含めて議論する必要があるかと思います。 ○山川先生  いま土田先生の言われた付随義務の全体像みたいなところは、理論的に非常に重要な ことだと思います。特に学説で「付随義務」といったときに、具体的な義務の法的性格 があまりはっきりしないで議論されているときが多かったような気がします。労働契約 法制ということで権利義務の体系として考える場合には、義務と言われるものの性格を かなり検討することが必要になるのではないかと考えております。  就労請求権の話もその一環で、労働政策の中でも最近はキャリア権といいますか、自 己実現がだんだん能力開発の促進等でも入ってきております。労働政策のポリシーはそ のような流れにあるのではないかと思っております。その場合の法的な性格の位置付け は、就労請求権の意味が、多分2つに分かれていて、1つは本当に働くことを強制する ということで、判例等を見ると、就労妨害の排除請求権といいますか、仮処分だと就労 妨害禁止仮処分という形で申立てるということです。  もう1つは、損害賠償請求です。これは請求権をもし認めるとすると債務不履行責任 ということになって、もし認めなければ、場合によっては不法行為責任が生ずるという 位置付けになるかと思います。債務不履行責任が認められることと、妨害排除といいま すか、一種の不作為義務の履行請求で認められることは別の次元の問題になり得るかと 思います。そういう検討をしていくことになるのかと思います。 ○荒木先生  就労請求権についてキャリア権の尊重などの観点から見直すべきだというのは、御指 摘のとおりだと思います。そもそも使用者は賃金支払義務しかなくて受領義務はないの だというのは一面的な議論かと思います。同時に、これが問題となるのはどこか。雇い ますよと約束しておいて働かせないのはあまり問題にならない。実際は解雇が無効とな って原職に復帰する、そこで問題となるわけです。  先ほどドイツは就労請求権を認めているという御紹介がありましたが、ドイツは最終 的に解雇が無効となっても、雇用関係の継続が期待し難いような場合には、裁判所が雇 用関係を解消し、使用者に一定の金銭を支払わせるという制度的な対処がなされており ます。ほかの国では、違法解雇は、最終的に金銭の支払いで処理され、復職するのは原 則的な解決ではないということです。日本の場合は、解雇は無効となって原職復帰とい うことになります。使用者のほうは、この人と雇用関係を継続することは無理だと思っ て解雇するわけです。それが裁判所へ行って、この解雇は無効だから原職に戻しなさ い、雇用関係は継続しているものとして扱いなさいということになります。  そこで、その後始末として就労請求権があるかという議論になると思います。この人 は使うことが無理だと思って解雇した使用者に、現実に就労させなさいということなの か、それとも雇用関係は継続しているから、働かせないのだったら賃金はずっと払いな さいよ、ということで処理をするか。そこで今までの裁判所は、労務提供を受ける義務 はなくて賃金支払義務だけは残るのだということで解決してきた。すなわち、解雇の救 済としてどのような制度を作るのかと、就労請求権をどう考えるかは密接に関係してい ると思いますので、両方をにらみながら議論して、詰めていくということも必要ではな いかと思います。 ○曽田先生  私が当事者としてではなく関係した事件では、労働者がある労働組合に属して労働運 動をやっていたということが基盤にあるのですが、1年半ぐらい職場待機を命じて、職 場の中で机を与えて、電話も何も置かせずに机に座っていることを命じて、それがしば らくの間続いて、その後、今度は自宅待機を命じたわけです。なぜそういうことをした かと言うと、あなたの働く場はありませんと、会社の事業再編などがありまして、あな たの職場はないですよ、給料は払うけれど自宅待機をしなさいということだったので す。  それで、1つは労働委員会に救済申立てをして、もう1つは、多分訴訟で損害賠償請 求をしたのだと思うのです。それがどういう理論構成でやっているのかというのはよく 分かりませんが、多分、それには就労請求権がある、あるいは就労権があるということ が基本にあったのではないかと思うのです。それについては、一審で和解をしましたの で判決は出ていません。そういう場面、解雇ではないのだけれど、自宅待機あるいは職 場待機を命じて仕事を与えない。そうすると、労働者にとってはそれは非常な苦痛であ ると思うのです。就労請求権がないのだということですと、そういうことも使用者側の 対応として一応認められるのかなというようなことがありますので、その辺は問題では ないかという気がするわけです。 ○土田先生  自宅待機は、おそらく就労請求権という理屈を使わなくても、業務命令として自宅待 機を命じた場合には次にある「使用者の裁量権の濫用」という理屈で、自宅待機命令そ のものを無効とすることができ、あるいは、労務の受領拒絶に正当な理由がないという 理由で、賃金支払義務を認めるという理屈はあると思うのです。後者の場合には、ただ 賃金を払っていればいいということになるでしょうし、前者の場合にも、基本的には賃 金支払義務の請求と、慰謝料請求ということになろうと思いますから、現実の就労の強 制というのはなかなか難しい。  その意味では、例えば長期にわたる自宅待機のときに、現実の就労という救済を認め る上では、就労請求権がキーワードになることは確かだと思います。 ○西村副座長  労働関係で生じるケースというのはさまざまで、曽田先生が言われたようなケースを 考えると、使用者側の態度はもってのほかだなと思います。そういう恣意的な措置は何 らかの形でチェックしなければいけないという気は確かにするのですが、他方、その人 が職場の中に存在することで非常にさまざまなトラブルが起こるとか、協調性が全くな いとかということで雇用関係を継続するのはなかなか難しいというようなことも、やは りあり得るでしょう。だから就労請求権を労働者の精神的な利益とか、あるいはキャリ ア権を配慮して認めていくということは、非常に重要な意味を持つわけですが、他方で 職場の復帰に伴う使用者側の不利益も、ある程度配慮しなければいけないのかといった ことの調整の問題が、このテーマの課題かなという感じがいたします。  今日のテーマは、大きなタイトルで「付随的義務」となっていますが、労働契約とい うのは、賃金と労務の交換であると言ってしまえば、後は全部付随的な義務になりま す。付随的というと、いかにも副次的な、あってもなくてもいいというようなイメージ がずいぶんあります。ところが安全配慮義務についていろいろな議論があったとき、安 全配慮義務があって初めて労働者は就労できるので、これは基本的な義務だという議論 がありました。だから付随的義務という設定自体が、ここでもう一度議論しなければい けない論点かなという気がいたします。  労働関係でさまざまな権利義務が問題になる。労働関係上の権利義務というのは、い わば権利義務も1つの束であって、何がメインで何が付随だと簡単にはなかなか言えな いところがあります。付随的義務と言っているけれども、副次的で二次的なものだとい う意味ではないということを、強調しておく必要はあるのかなという気がいたします。 ○土田先生  付随的義務を含めて、要するに労働契約における権利義務の構造、根拠と誠実という ことを、もう少しトータルに議論したほうがいいということです。  いま言われた点は私も賛成ですが、給付義務と考えた場合にその根拠は何かと考える と、理論的には労使の合意であるでしょう。一方、いわゆる付随的義務については、し ばしば信義誠実の原則が根拠になっていますが、そもそも契約における権利義務の理論 的な根拠付けは妥当なのかどうかという問題があるでしょうし、そこをどう考えるかに よって権利義務の内容と効果も、おそらく違ってくるところがありますので、そこはあ る程度理論的に詰めなければいけない。要するに契約法制ということを考えたときに、 個別の論点も重要ですが、そのもとにある労働契約の把握をやっておく必要があると思 います。 ○山川先生  いまの点で付随的義務の中身は何かというと、これまでの就労請求権の話とも関わり があるのですが、いわゆる債権債務そのものの履行責任というか、履行請求権もあるよ うな意味での義務が第一にあると思います。安全配慮義務みたいなものについては、見 解はいろいろありますが、履行請求までは難しいかもしれないが、債務不履行責任を追 及できる義務は一部あると思います。さらに不法行為法上の注意義務のことを称して 「義務」と言っている場合も結構あるように思います。その場合は、おそらく被侵害利 益をどこまで認めるかという問題になって、例えば、先ほどの職場での不当な待機命令 という場合だと、働くことに関する人格的利益みたいなものを法的に保護される利益と 捉えて、それが債務不履行責任の基礎付けになったり、不法行為責任の基礎付けになっ たりという形になると思います。  もう1つは、今回のものよりも服務規律のほうがより前面に出てくるのですが、いわ ば使用者が一方的に規則設定等ができる関係で、非常に広範な義務を設定する場合があ ります。付随義務といっても労働者側の付随義務になるのですが、それについてはどの ぐらい制約できるかという問題が逆に生じてきて、直接的に制約する方法の他、さまざ まな規定の限定解釈を行う方法もあり得る。服務規律においては、主にそういう手法が 出てきます。  例えば、今回の資料だと競業避止義務の判例、資料3の25頁で競業避止特約の限定解 釈の手法が示されています。それと兼業に関しても、33頁の国際タクシーで、これは判 例の状況として一般的ですが、会社は非常に兼業禁止を広く作りますが、判例では、企 業秩序を乱したり、労務の提供に支障を来たしたり、あるいは競業会社に兼業すると か、そういう場合に適用を限定しています。これは限定解釈の手法として明言はしない のですが、明らかに限定解釈をしています。付随義務を考える場合には、義務内容だけ ではなく、義務の認定の手法も合わせて検討する必要があるように思います。 ○荒木先生  山川先生御指摘の点と重なりますが、今回の、例えばプライバシー保護とか、HIV の抗体検査を勝手にやったという場合に何が問題になっているかというと、これは不法 行為責任です。労働契約上の付随義務というと、何か契約上の義務となるのかという議 論になりそうですが、しかし、実際に上がってくるのは不法行為責任で、要するに注意 義務の内容を議論している。契約上の債務と不法行為責任は確かに理論的に違うのです が、もともと安全配慮義務は両者の中間的なものとして認められてきていることもあ り、労働契約法として付随義務を議論するときは、確かに整理しておく必要があるかと 思いました。  しかし実際上は、労働者からしてみると、最終的に救済を求めるときに契約上の債務 としての義務違反であろうと、不法行為の注意義務違反であろうと、保護される利益と いう観点では共通しておりますので、あまりにも契約上の義務に限定するのも、どうか なという印象を私は持っています。その点については、ご意見をお聞きしたいのです。 ○山川先生  先ほど申し上げたのは、理論的整理のためということです。さらに考えていくと、労 働契約法の意味を裁判規範として考えていくか行為規範として考えていくかという点に も関わってくるような気がします。行為規範であれば最終的に、事後的にそれが不法行 為と評価されても、債務不履行と評価されても、あまり変わらないのかなと思うので す。もちろん、債務不履行と不法行為責任の効果の違いは別ですが、行為規範としてこ ういうふうにしてほしいというルールとして設定するのか、あるいは、もし問題が起き た場合はこういうふうに解決しますよ、というルールとして整理するのかという問題が あります。これは総論にもかかわるのかもしれませんが、法律の実効性確保とか、性格 に関わるのではないかという感じがします。  例えば、配慮義務みたいに一般的に規定を置いた場合に、後で解釈に委ねるといいま すか、事項によって、場合によっては債務不履行と振り分けるかもしれないし、不法行 為として振り分けるかもしれない。そこは解釈に委ねるということがあるかもしれませ ん。  別の話になるかもしれませんが、配慮義務自体についても、規定自体として明言する こともありますし、二者択一ではないのですが、限定解釈みたいな、先ほど言ったこと との関係で解釈の手法みたいなことを考えるとか、いろいろな方法が、ルールの設定と いう観点からするとあり得るように思います。 ○土田先生  法の性格をどう考えるかというのは言われるとおりで、いまの行為規範と裁判規範で は、私は裁判規範かなと思います。労働契約法制と銘を打つ場合に、それは労働契約上 の権利義務の体系を定めるものである、その根拠と要件と効果と権利義務の変動を定め るものだと考えれば、厳密に考えれば、いま荒木先生が言われた契約上の債務として確 立しているものを取り入れることになるでしょうし、そうでない選択肢もあるかと思い ます。  プライバシーの例もそうですが、今日出てきたものでは、安全配慮義務は不法行為責 任から発展して労働契約上の債務として認められていると思うのですが、職場環境配慮 義務は、まだ非常に中間的な義務です。一方で債務不履行のような性格もあるが、むし ろ不法行為法での注意義務を、たまたま義務と言っているだけにすぎない、その性格が 強いような気もします。その辺りは、言われるとおり整理して、そもそも契約法制の性 格も含めて議論する必要があると思います。 ○村中先生  立法の性格という点で言うと裁判規範がメインではないか、という土田先生の御指摘 ですが、それを考えながらやるにしても、結局それを見ながら行動するわけですから両 方の性格があると言わざるを得ないし、両にらみで考えて何か作らないと、多分いけな いだろうなと思います。そのときに行為規範的なものを考えると、通常はこうなりま す、これはしてもいいです、してはいけないですということが、かなりはっきり書かれ ていることにメリットがあるわけです。そうでないとあまりメリットはないのです。で も細部にわたって書ききることは当然できないですし、どの辺りまでやるのかというこ とだろうと思います。  もう1点、不法行為法上の注意義務の話と契約法上の付随義務の話は競合しているわ けですからどちらでもいける。3年過ぎていれば、これは債務不履行だという話になっ て弁護士は主張されると思います。ただ弁護士に聞くと、やはり債務を特定しないとい けないので、実際上は債務不履行はしんどいと言います。不法行為でやるほうが楽だと いうことでそれで多く上がっているのだろうと思います。これが契約法の中に、ある義 務についての手掛かりが入っていれば、当然それを利用して債務不履行で請求するとい うことになるのだろうと思います。  そういうことを考えると、ある程度判例法上確立して、これはこうだと分かっている 部分については、はっきりさせておくことのほうが実務的にはメリットがあるのではな いかと思います。 ○西村副座長  吉田参事官、いかがでしょうか。 ○吉田参事官  いまの付随的義務の関係でも、具体的にどういった効果を目指して考えるのかが問題 になってくると思います。いま村中先生からお話が出ましたが、具体的に、現実に裁判 規範で考慮されているような義務を法律で明確化することの意味は、もちろん、それで 義務内容とか義務違反についての主張・立証についての負担が、ある程度現実の紛争で は軽減されることが一方ではあると思います。それ自体かなり重要な意味を持ってくる と思いますが、さらに、それ以上の具体的な紛争ごとに、例えば、労働者側から救済を 求めるというと、現実には損害賠償でということになる。債務不履行か不法行為かとい う話がありましたが、そのときに抽象的に違法性が認められるとか、債務不履行が認め られるというところまではいいのでしょうけれど、さらに具体的に損害とか、具体的に 因果関係が問題になるかどうかは少し分からないところがあります。現実の救済という ことになると、それだけでは足りないところも多々残されていて、それ以上のことを具 体的に、法律的なルールとして定めるということになると、今回もいろいろな付随的な 義務が掲げられているのですが、具体的な事情によって判断を委ねなければいけない場 面も多々あって、法制化する面では限界があるところもあるのではないかという気がし ます。  こういった不法行為と債務不履行の両方ですが、特別法で、例えば損害の推定や因果 関係の推定とか具体的な手当の仕方はあると思いますが、今回俎上に載っているものに ついては、なかなかそういったことについて考えにくいところがある。何か考えるとし たら、やはりこういう義務があるというようなことを抽象的に定める、ということが念 頭に置かれて検討されるような話かと考えておりました。 ○村中先生  先ほどの就労請求権ですが、主たる問題場面は、事例としては荒木先生が言われたよ うに解雇の後の話ですね。ただ、途中で自宅待機命令を出すというようなお話もありま したが、議論として就労請求権があるというもののルールの立て方は、そういう立て方 がいいのか、解雇が違法だったというときの事後処理の問題としてルール化してしまう 方がいいのか。あるいは、土田先生が言われたように、業務命令権の効力の問題として 処理してしまうのか。それでもいいわけですよね。ですから、そのときに出てくるの は、むしろ就労請求権がないではないか、だからそういう業務命令も許されるのだとい う言い方ですね。そこさえ否定できれば、業務命令権の問題として、いまのような自宅 待機の問題は処理できる。  就労請求権がないから、解雇後も、負けても復職させなくてもいいという議論、それ を否定さえしておけば、あとはいろいろな解雇後のルールをもう少し柔軟に考えること ができるということになるのだろうと思うのです。ルール化するときに、付随義務とし て、就労請求権があるということを書くこと自体、そこは考えなくてもいいのかもしれ ない。それは理論的には1つ手前の問題として考えておいて、ルールの問題としては少 し別の次元で書いていく、ということもあり得るのかとも思います。 ○曽田先生  私も就労請求権があるというのを明文化するほどの必要があるかどうかと考えた場 合、必ずしもそこまでは要らないかもしれないと思うのですが、私たちの考え方とし て、労働契約を考える場合に、やはり基本的には、就労請求権が労働者にはあるのだ、 という考え方でアプローチする必要があるのではないかということなのです。それを果 たして明文化することにどれだけの意味があるのか、また明文化したことによって、ど ういう効力が生ずるのかという辺りは、もう少し検討しなければいけないのではないか という気はしております。 ○山川先生  業務命令権の場合の問題は、場面によって解雇とか、いろいろ問題は違うのですが、 業務命令権が無効である場合の効果は、それに拘束されないということと、それに従わ ない場合でも賃金請求権が発生し得るということであるのに対し、就労請求権で主に問 題になるのは、働くことによる自己実現の機会が失われたということなので、損害賠償 請求なりでそれを救済しようとする場合は、命令が無効であるだけではおそらく足りな いのです。不法行為ないし債務不履行責任を追及するうえで、そういった人格的利益の 侵害による損害が発生したということが必要になるものですから、どういう形でルール に盛り込めるかは別ですが、少なくともそういう権利侵害に関する発想がどこかから出 てくるようなことは、前提として必要ではないかと思います。 ○村中先生  解雇しておいて無効だということと同時に、慰謝料請求をするというようなケースが ありましたね。あまり認められないのですが、そういうのと似たような感じですかね。 ○山川先生  そうです。あまり事例はないのですが、例えば解雇と名誉毀損につき、解雇されたこ とを公表して、その解雇が全く理由もないものであった場合に不法行為による損害賠償 を認める、という判例はあったかもしれません。発想としては、被侵害利益は名誉とい うことですが、同じようなことだと思います。 ○村中先生  そこはやはり考えないといけないと思うのです。ドイツの状況を見ていちばん思った ところは、やはりそこのところです。何か基本のようなものはどこかで宣言するのがい いのではないかと最初に申し上げたのはそこのところなのです。そこで言われていた精 神的な利益、観念的な利益というのは、1つは働きがいと、もう1つはその人にとっ て、その職場でそうやって働いているということから得られる社会的な承認というか、 評価、一種の名誉、そういうものがある。また、人間関係のようなものも出ていまし た。諸々そういうものを含むようなものとして理解しています。日本の場合は、名誉と いうことは言ってくれますが、働きがいというところまでは多分言ってくれない。そう いうところは、そろそろ考えたほうがいいのではないかという気がいたします。 ○土田先生  付随義務について、別の観点から言いますと、労働契約法制の実質的な役割という観 点も少し考えたほうがいい。契約法制を定めるというのは、労使関係なり労働契約関係 に、どのような影響を及ぼすのかという点から考えると、この研究会の最初のほうで言 いましたが、あまり上から労使の運営を規律するような、そういう発想よりは、むしろ 契約関係が適正に運営されていくためのインセンティブになるような、そういう基本的 なルールを定めることなのではないかという気がしているのです。  そうすると付随的義務というのは結構難しいところがあって、2にある競業避止義務 や秘密保持義務などもそうですが、例えば労働関係の継続中における秘密保持義務ある いは競業避止義務については、いま裁判例でどうなっているかというと、信義則上そう いう義務はあるのだとされています。不当に営業秘密を漏らしたり競業してはいけな い、というのは信義則から生ずる義務ということになるのです。  こういう義務について、それぞれ競業避止義務はこうだ、秘密保持義務はこうだとい う形で明確化することが、契約法制上妥当なのかという疑問はあります。ですから、こ ういう契約継続中の付随義務については、基本的なルールを定める。基本的なルールと は何かというのはまた難しいのですが、あとは労使で運営してください、という要請が 働きます。  ところが、もう少しきちんと定めたほうがいい義務もある。それは何かというと、1 つは同じ秘密保持義務や競業避止義務でも、退職後の義務については、これは労働契約 それ自体終了しているわけで、その場合、労働者がどういう義務を負っているのかとい うことは、やはり、はっきり書いておくメリットはあると思うのです。事実、非常に紛 争が多いのはこちらのほうで、不正競争防止法はもちろんあるわけですが、労働契約と してどう考えるか。契約が終了しているにもかかわらず、労働者が拘束される根拠と範 囲は何か、ということはきちんと規定しておく必要があるのではないかという気がしま す。  労働関係継続中の義務でも、安全配慮義務などは、労働契約で安全配慮義務という義 務を定めるかというと、定めないのです。例えば、労働契約継続中に守秘義務を負うと か、あるいは兼職の禁止とかいうことについては定めますが、安全配慮義務という義務 を、労働契約で明文で定めるかというと、これはあり得ない。しかし、安全配慮義務が 担保する保護法益は極めて大きい。生命や身体ですから、保護法益の重要性ということ と、労使による契約の運営に委ね切れないという点からすると、こういうものは書いて もいいのではないか。要するに、義務の内容、義務の果たす役割、権利義務が機能する 時期と、労働契約法制の機能を考えると、少し整理してきちんと規定すべきものと、基 本的なルールにしておくべきものとがあるのではないかと思います。  兼職については、先ほど山川先生が言われた点などを考えると、兼業の許可制などと いうのは、大体は就業規則に定めるので、裁判例では、おそらく就業規則の限定解釈と いう形で処理していると思います。そうなると、今日の議論ではありませんが、労働契 約と就業規則の関係をどう考えるかということも、併せて入ってくるものと思います。 ○西村副座長  いま土田先生が言われたことで言えば、今日の資料、論点の整理の3頁で、安全配慮 義務について裁判所が次のように言っています。「使用者は『労働者が労務提供のため に設置する場所、設備もしくは器具等を使用しまたは使用者の指示のもとに労務を提供 する過程において、労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべき義務』を 負う」と、こういうテーゼというのはいちばん書きやすいですね。これを書いてどうい う効果が発生するのかということは、まだまだ議論があるのでしょうが、書こうと思っ たら書きやすい。ですが、最初におっしゃった退職後の競業避止義務というのは、どう いう形を考えておられるのですか。要するに否定的な形ではっきりさせるべきだと、そ ういう考えですか。 ○土田先生  いま申し上げたのは、ともかく規定する価値、必要性はあるということで、その内容 をどうするかというのは、これは相当いろいろなことを議論しないと難しいと思うので す。私などは、個人的に退職後の守秘義務や競業避止義務については、秘密保持義務は 非常に重要だと思います。この問題を考えるときには、おそらく3つほど視点が必要 で、1つは知的財産の保護ということがあります。それから職業選択の自由という視点 があって、それと関係して雇用の流動化ということを考えなければいけない。  知的財産はきちんと保護しつつ、なおかつ職業選択の自由を担保し得るような考え方 が重要になってくると思いますが、その観点から考えますと、秘密保持義務について は、不正競争防止法による保護がありますが、あれは営業秘密を対象とし、なおかつ図 利加害目的という要件があります。それに加えて労働契約上秘密保持義務というのを規 定する意味があると思います。同時に、競業避止義務との関係を考えると、これも個人 的意見ですが、競業避止義務というのは、あまり広く認めるべきではないと思っていま す。それは、職業選択の自由とも関係しますが、知的財産を保護するための手段として は、あまりに強力な効果を持つ。  私などは、企業が競業避止義務よりは、むしろ秘密保持義務を使うようなインセンテ ィブになる解釈、あるいは立法であればそういう立法論が重要ではないかと思いますの で、秘密保持義務のほうはきちんと規定して、競業避止義務は、今日の資料、東京リー ガルマインド事件の判例のような立法化ができれば、それに越したことはないと思いま す。しかし、これについては代償が必要だということについてコンセンサスがあるかと いうとないわけです。たまたまこの東京リーガルマインド事件はそう判断しましたし、 それに近いものもありますが、では先ほど西村先生が言った安全配慮義務のような、あ あいう規範として確立しているかというと、とてもそうは言えない。ですから、いろい ろなことを考えなければいけない。いま私が言ったような方向性もあるでしょうが、そ うではないというのももちろんあるでしょうから、いろいろなことを議論しなければい けないと思います。しかし、もっと一般的、抽象的に言えば、規定する必要性の価値は 高いのではないか。したがって議論をする価値もあると思います。 ○村中先生  契約終了後の秘密保持義務と競業避止義務は、土田先生が言われたように判例がまだ 固まっていない。不正競争防止法の要件を見ても、その要件として「不正に」というの が入っていたりするのですが、その「不正」というのはどういうことかというと、それ は労働契約上の信義則に反するからというようなことが書いてある。労働契約上の信義 則で退職後の守秘義務を負っているということになっているのか、そういう判例があっ たのだろうか。そういう判例もないわけではないのでしょうが、しかしそこもはっきり しない。競業避止義務に至ると、よりはっきりしない。この辺りを書こうと思うと、こ うだということはなかなか書きにくい。少なくともそういうものを定める場合には契約 で書いておけとか、就業規則に入れておけとか、その程度にしか書けないのかという印 象を持っているのです。  特に競業避止義務について言うと、不正競争防止法における営業秘密だけではなく、 あれは営業秘密でかなり限定されていますから、それ以外にも例えば労働者を雇い入れ て、その労働者がコツコツと集めてデータベースを作ったようなケース、そういうもの について、しかしそれはもちろん職務でやっているわけですが、それを利用されて後で 競業される、あるいはそれをどこかに売られるということは、やはり使用者としては避 けたい。そういう場面だと、何か契約で守秘義務なり競業避止義務をかけるということ をしないと駄目なのでしょうね。ですから必要性はあって、そこは認めるということに なるのだと思うのです。  ところが、判決、裁判例などに出てくる事件だと、競業避止義務の場合には、一種の 守秘義務というか、秘密を守りたいという場面と、もう1つは競業者を排除したいとい う、要するに自由競争に対する排除のような、そういうタイプのものとがあるわけで す。競業避止義務といったときに、日本で議論されているのは、どちらかというと守秘 義務の延長線上で議論されているのですが、およそ自分のテリトリーの中では競争する なと、今までうちで雇ってやったではないか、そういう恩義に反するようなことはする なというタイプの自由競争制限のようなものについてどう考えるのかというのは、固ま っていないのではないかと思うのです。諸外国の例を見ると、それは完全に金銭で解決 して、金を払えば、例えば給料の半分を払えばできるようにしよう、そういうことでも できるというような解決になっているのでしょうが、その辺りが煮詰まっていないので す。  日本の事件を見ていると、そういう守秘義務、要するに秘密を保持したいのか、自由 競争を妨害したいのかがよく分からないグチャグチャとしたようなのが出てきて、それ について裁判例のほうも何かほんわりとした総合考慮のような形での基準を立てて解決 している、そういう状況で議論が煮詰まっていない。これはルールを立てるというのも 難しい分野ではなかろうかという印象を持っています。 ○西村副座長  判例を見ていましたら、場所的な限定、時間的な限定、代償措置、そういった3つの ハードルを設けて、それを個別のケースできちんとクリアしているかどうかをチェック していこうということなのでしょうが、それを一般化するというのは、確かに大変です ね。いろいろなケースに当たるような、そういったことを3つの要件についてはっきり させるというのは、至難の業だということですよね。 ○村中先生  そう思います。退職後の話なのだから、基本は何もない、ゼロだろうというところに 出発点を置くとすると、不正競争防止法があるから、それで不法行為法的な保護がある ので、立法的にはそれで解決されるのではないですか、それ以上やりたいのであれば、 使用者としては退職後については、契約上明確にする定めを労使間で交わす、そういう ことが必要ですよというルールは1つ考えられますね。その辺りは考えられるのです が、しかしそれですら、そういう契約をしていなくても、やはり使用者側に何か保護し てあげないといけないような利益というのが多分あると思うのです。そういうルールで もそういう問題があって難しい。  判例をもとに、期間や制限の内容はこの程度ということを書こうとすると、先ほど言 ったように秘密の保持を目的にしているのか、競争制限を目的にしているのかという問 題などの背景事情等の関係で、こういう観点で義務がある、権利があると判断できます というのは、訓示的には書けるかもしれませんが、それを規定にするほどにまでいける のかというと、それは難しいのではないですか。 ○土田先生  退職後はもう契約関係はないというのは原則で、しかし一定の保護の必要性がある と。不正競争防止法というのは、まさにそのためにできた法律ですから、考え方として は、もうそれでいいのだと。あれで対処している。これ以上、競業避止義務については 定める必要はない、設ける必要はないというのが1つの選択肢で、もう1つは、いま村 中先生の言われたのは資料の6ですが、平成5年の労基法研究会で一度検討されている のです。「権利義務を明確化するために、競業避止義務を課す場合にはその期間、範囲 を書面により明示する」という手続ですね。これを検討すべきであるとして、その後、 対応状況で、いまは整理されていないから難しいということになっているわけですが、 そういう手続というか、規定を設けなさい、明確化しなさいというルール設定はあると 思うのです。それが2つ目の選択肢です。  ただ、私がやや危惧するのは、こういうことを明示しなさいということだけで済ませ てしまうと、退職後に義務を課すわけですので、いま判例法の、裁判例が打ち出してい るルールというのは統一はされていないけれども、それだけの義務を退職後に課すため にはこれだけの要件が必要だとしています。つまりこの東京リーガルマインド事件であ れば最小限の義務内容、代償、ほかのものであれば期間とか地域、ここで絞りをかける と。そういうことを裁判所が判断しているには、それなりの理由がある。やはり退職後 だから、むやみやたらに契約に明記したからといって義務は課せませんという考えがあ ると思うのです。  私は、それは正しいと思います。そうなると、この労基法研究会の、このときの手続 的なルール設定だけではなくて、実体的内容に踏み込むという選択肢が出てくる。とこ ろが、実体的なルールを設定するという選択肢については、結局先ほどのコンセンサス がないという難問に突き当たるわけです。そうすると最初の選択肢に戻って、競業避止 義務についてはもちろん議論はするけれども、ルール化するまでには難しいということ も出てくるのではないかと思います。ですから、そこの辺りを含めて議論はしなければ いけないと思います。 ○山川先生  ほかの事項についても同じような問題がいろいろ出てくるように思います。土田先生 が言われたようないくつかの選択肢という観点から、手続を規律するということはとも かく、厳格に要件を定めることはおそらく困難ではないかと思われますが、いろいろ考 えてごく抽象的な要件だけ考える、あるいは明らかにするということもありますし、あ るいは抽象的な要件の評価の要素を明らかにするということもあります。例えば、判例 がよくやっているやり方ですが、合理性の有無を判断するにあたっては、かくかくしか じかの要素を総合判断して決すべきであるとする方法などです。あるいは最低限、要件 の中で1つだけは何か設定しておくとか、あるいはこういう問題でしたら解釈の仕方の ような指針を示すとかいろいろあるのですが、こと競業避止義務に関しては、いずれを とってもなかなか難しい面があると思います。 ○荒木先生  競業避止義務については、効果をにらんだ要件設定ということになるのですが、差止 めを認めようとするための要件なのか、それとも退職金の没収あるいは返還請求を議論 するのか、あるいは損害賠償、これは不法行為でもいけるのかもしれませんので、そう いう問題として不当な競業をやったとか、そういう議論をしているのか、それによって 千差万別で、裁判例も不法行為のところで議論をしている場合には、競業行為があまり に信義に反する。学習塾などの例がありますが、すぐ隣で塾の教師を全部引き抜いてし まう、そういうやり方はあまりにも信義に反する。そういう場合の不法行為を議論する 場合と、差止めを議論する場合とでは全然変わってくる。おそらく判例も、帰一すると ころを知らないような状況なので、実体ルールというのはなかなか難しいということだ と思うのです。  手続のところでどうするか。前の労基研の報告は、仮に競業避止義務を退職後にも課 そうとする場合には、最低限このくらいはしなさいよという、そういうものを模索して はどうだということだと思うのです。そういうものとして何かあり得るかどうかです ね。確かに、使用者のほうで、就業規則の中で競業避止義務を設定してよいのか、就業 規則とは別に、退職後も競業避止義務を課すのであれば個別契約で結びなさいというこ とを要求するのか、そういうことが1つあります。  これは裁判所に委ねるべきで法律でやるべきではないかもしれませんが、競業避止義 務かどうかをパッケージで判断する。裁判所が部分的に、この部分は無効だということ を認めますと、結局において裁判所が競業避止義務の内容を書き換えるのと等しくなり ます。そうすると使用者としては、かなり広範な競業避止義務を設定しておいて、事後 的に裁判所で「この部分は無効ですよ」ということになれば、それでいいではないかと いうような行動になりがちです。そういうことはやってはいけないということを決める とか、いろいろな選択肢はあり得ると思うのですが、それにしてもそれで具体的に詰め ていった場合に問題がないかどうかは、相当議論をしないと、まだまだ課題が多い問題 ではないかと思っています。 ○西村副座長  休職の件についてはいかがでしょうか。論点の整理で示されていますように、休職に ついては、労働契約の締結時の労働条件の明示の項目に上がっているだけで、就業規則 にも特段何の規定もないということですね。 ○荒木先生  確認というか質問になるかもしれませんが、資料1の7頁で、「解雇に関する法規制 との均衡」から、契約自動終了についても、解雇に準じた合理性や社会通念上の相当性 が必要だという議論をどう考えるかということなのですが、実態としては休職期間が満 了した時点に、なお復職する状況にないという場合は、それを理由に解雇している事例 が多いのか、そうではなくて、自動終了が多いのか、それはどちらなのでしょうか。 ○労働基準局監督課長  自動終了の例もかなりあります。裁判でもそれはあります。 ○荒木先生  それは、労働契約の終了に関する特別の定めをしている、実務ではそういう取扱いが されているという理解でよろしいですか。 ○西村副座長  病気休職の場合に、例えば1年とか1年半、あるいは2年とかで、休職期間満了時 に、まだ元の職場に復帰できるような健康状態ではないといった場合に、かつ近い将来 に健康が回復することも見込めないという場合には、退職というか解雇というか、それ は認めるというのが判例の大方の傾向だろうと思うのです。論点の整理で書かれている のは、休職期間は全く定めがない。例えば、2カ月と書けば、あるいは3カ月と書け ば、あっという間に3カ月が経ってしまい、まだ治っていない。即退職であるといった ことは、いわば解雇法理の潜脱になるのではないか、という発想ではないかと思うので すが、ここに書かれている趣旨はそうですか。 ○山川先生  追加ということになるかもしれませんし、あまりマニアックな話でこんなことを気に する人はあまりいないかもしれないのですが、解雇の場合は解雇権濫用という判断でス クリーニングがかけられるのですが、自動終了の場合だと、自動終了の無効ということ があり得るのかどうかという議論があります。定年制の場合も、定年退職の無効とはあ まり言わない。定年制が無効であると言うかどうかの話で、したがって休職制度につい ては、休職の規定が無効というか、あるいは休職事由に該当するかしないかとは別に、 期間満了時に傷病が治っていない場合には、救済の方法として、そのことによっていわ ば労働契約は終了しないという効果をどのように結びつけるのかということについて、 理論的にはよく分からない点があるのではなかろうか。  つまり、休職規程の定め方は、期間満了によって退職とするが、しかし、健康が回復 している、あるいは休職前の状態に戻っているときには復職させるものとする。そうい う規定が多いと思うのですが、そうすると期間満了によって契約は終了してしまって、 治っているというときだけに復職させるということなものですから、治っているとして も当然に契約が終了しないという理屈は直ちには出てこないような気がするのです。そ ういうマニアックなことをわざわざルール化するまでもないのかもしれませんが、実態 的には現在の判例のような傾向は、おおむね支持を受けているのかとは思います。 ○土田先生  そこがポイントで、そういう定め方を前提にして争われているのは、復職をさせる義 務を使用者が負うかどうかであって、大体争われているのはそこですよね。完全に回復 していなくても、軽度の作業ならできるのであれば、まずそこに復職させる。それをし ないで、一方では自動終了の効果が生ずるからそれで退職させるというのは、いま山川 先生が言われた復帰させる義務を履行していないと。難しいのは、解雇の場合には、も う一度解雇権濫用のスクリーニングがあるのですが、自動終了の場合にはそれがないか ら復職の可能性が問題になってくる。  契約法制としては、そこのルールを明確化するというのが意味があると思うのです が、資料1の7頁から8頁の趣旨は、私もよく分からないのです。こういうことが争わ れている裁判例というのはあまりない。復職させずに退職させたことについて、復職さ せる義務がある程度の回復かどうか、復職義務があるかということが争われていると思 うのですが、仮にそこまで回復していなかった場合に、さらに解雇と同等の合理的な理 由が必要だということについて検討すべきだということですか。 ○労働基準局監督課長  先ほど座長がおっしゃいましたように、例えば病気休職で1カ月とか2カ月と定めた 場合があり、争われた例では、これは有効とされたのですが、起訴休職で30日というの があります。これはたまたま有罪になった判決だったので、30日経ってもまだ拘留され ていた、それで自動終了、退職とされたのですが、これが無罪だった場合、同じ判断だ ったかなということもあります。 ○山川先生  いまの土田先生の御質問は、おそらく現在の判例は、単に元の、つまり休職直前の職 務に復帰できる健康状態でなければ自動終了ということではなくて、ほかに配置する場 所があるかとか、あるいは様子を見れば治る可能性があるかということも考えています ので、そういう意味で休職解雇制度の場合と同様の発想をもって判断している。そうい う趣旨に解すると、こういう問題意識も出てくるのではないかと思います。 ○荒木先生  休職というのは、一種の解雇猶予的な期間と見られる場合もあるわけですね。犯罪等 を犯したことを理由に、懲戒解雇とか解雇ができる場合に、それを一定期間猶予する。 病気の場合も、労務の提供が不可能となれば、これは解雇できるわけですので、しかし それを一定期間猶予するということですから、解雇と接合していること自体はそうだと 思うのです。しかし、それを自動終了ということで、契約の終了について特別の定めを したとすると、その定めが有効かどうかを解雇の有効性を判断するのと同じように扱わ なくてよいのか。  多分、就業規則に休職制度を定めれば、通常の裁判所のやり方ですと、当該休職制度 が合理的なものとして契約内容になっているか、その合理性の中で、非常に短い期間で 病気の経過を判断し、例えば40日後になお治っていないというのだったら自動終了する というのはちょっと短かすぎて、合理性がないから契約内容を規律しないという判断を すると思うのですが、その場合の判断が、解雇の場合の判断とあまりにかけ離れて、休 職ということになると、緩く認めているのではバランスがとれないのではないか、そう いう問題提起かと思うのです。 ○土田先生  休職命令それ自体の効力はどうなのですか。この書き方で分からないのは、休職期間 満了時にこれだけの要件がないといけない、という意味なのかと思ったのですが。そう ではなく、起訴休職にしても傷病休職にしても、いまの裁判例は傷病休職にしても相当 程度の支障がないと、そもそも傷病休職の命令ができない。起訴休職にしても、起訴休 職処分なり起訴休職措置の有効性についての裁判例ですから、そういう問題として出さ れているのなら分かりますが。 ○労働基準局監督課長  両方あると思うのです。例えば、起訴休職30日という規定があって、その規定自体を 無効にすると、休職処分自体も無効になってしまう。その間、賃金も払わなければいけ なくなってしまいます。休職処分自体はよかっただろうけれども、1カ月という短い期 間で自動退職というのは、あまりにも酷だという場合、全部無効にしてしまうと休職処 分そのものも無効になってしまうということもありますので、そこの法律関係は難し い。規定の解釈で、自動終了のところだけが無効だと考えるのか。そういう場合もあり ますでしょうし、無闇に休職命令を出してしまったという運用の無効もある、そこはい ろいろな場面があろうかと思いますが、一応ここは抽象的に書かせていただきました。 ○山川先生  先ほどちょっと言い間違えたかもしれませんが、いわば期間満了によって自動退職す ると解釈しないで、期間満了時点で健康が一定程度回復していない場合に、はじめて労 働契約は終了すると、そういうように読み換えを行えば、それなりに合理的な解決はで きると思うのですが、そこまで解釈でできるかという問題は別個あるかもしれません。 通常の就業規則の規定を前提にしても、解釈次第によっては何とかなる面もあろうかと 思います。ただ、期間をどうするか。休職期間があまりに短いかどうかというのは、や や別の話になるかもしれません。その期間自体を延ばすとか、そういうことを解釈です ることは難しいと思います。 ○土田先生  休職はどちらにしても非常に実態が多様で、タイプが多様で、実体的ルールというの は難しいかもしれない。資料1の8頁の5の直前にある文、これは重要ではないかと思 います。こういう休職の内容をきちんと明示する、これは考えられると思います。 ○山川先生  最初のお話で、労基法第15条と施行規則第5条では、休職を労働条件として示す事項 にしていて、第89条では、就業規則の所定記載事項にはなっていない。これは何か立法 的に区別した意味があるのでしょうか、事務局にお伺いしたいと思うのですが。 ○労働基準局監督課調査官(秋山)  労基法第15条の明示、それに基づく施行規則については、昭和29年の改正で、休職に 関する事項を追加しているようです。古い改正ですので、なぜそのときに休職を追加し たのかは分かりません。一方、第89条の就業規則の規定事項ですが、第10号「その他」 ということで、「当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合には、これ に関する事項」ということで、実際にはこれに基づいて定めているケースが多いのだろ うと理解しています。 ○荒木先生  今日の資料の中で、企業の85%は休職制度を設けているということで、労基法の解釈 としては、確かに第89条の第10号で、本来全従業員に適用する制度であれば、ちゃんと 書かなければいけないということになっているのですが、退職に関する事項について も、「(解雇の事由を含む)」と従来から書くべきこととなっているものであっても明 記されていないがゆえに、きちんと明記すべきだといった議論もありました。健康障害 やメンタルな面も含めて、休職が問題となる労働者が増えてきている。これは労働契約 法の問題ではないのかもしれませんが、何らかの方策を講じなければいけないのではな いか。休職制度というものを、契約締結時にはきちんと明示するようにいっているので あれば、就業規則上もそういうものをきちんと明記としなさい、という対処は考えられ てもいいような気がします。 ○西村副座長  論点の整理に書かれていますように、さまざまな休職制度があって、それを全部挙げ るとなるとなかなか難しいのかもしれません。病気休職は非常に重要で、労働者にとっ ても非常に意味があるもので、少なくとも就業規則にはそういったことがはっきりして いるほうが、もちろんいいだろうと思います。 ○土田先生  休職は地味ですが、実はものすごく重要だと思います。ですから、就業規則なり何な りに明示するということは、絶対にやったほうがいい。本当にこれほど機能しているも のはないと思います。 ○西村副座長  いざというときに非常に大事な制度だということで、あるかないかによって大違いで すね。使用者も、そういったことできちんと対応できるわけですから。最後の仲裁合意 についてはいかがですか。個別労働関係紛争に関する仲裁合意は、当分の間は無効であ るという附則が存在するわけです。ただ、これも例えばこういった仲裁制度を労働組合 が関与して作った場合はどうかとか、いろいろ選択肢があればまた議論も変わってくる だろうと思いますが。 ○山川先生  そもそも労働契約法制の中で議論する問題かどうか。紛争処理の問題という感じもし ますし、国会答弁等では、まだほとんど利用されていないものですから、利用状況の推 移を見て見知するということで、今の段階でこういうルールが妥当であるということは 言いにくいように思います。アメリカ等では結構利用されていまして、2つの側面があ る。一方で簡易迅速な紛争解決手段であるという側面もあるのですが、一方で訴権の放 棄というか、裁判を受ける権利がなくなってしまうという側面があって、2つの点から 検討する必要がありますし、新しく仲裁法ができましたが、労働関係の特質に即した仲 裁手続のあり方など、外国でどうやっているのかという点も含めて、なかなか実態が把 握できないものですから、あまり早急に断定的な結論は出しづらいという感じがしてい ます。 ○土田先生  5のその他の(1)「相当の対価」ですが、ここにあるとおり、改正特許法で労使当 事者間における自主的な定めを原則として尊重すべきものとされたと。これは、労働契 約法制のここで検討する問題ではない、このマターではないと思うのですが、改正法は 実質的には非常に労働法化していて、定めを尊重する。つまり、労使間の、使用者と従 業者の間の協議や意見聴取を尊重して決めてください、それは尊重しましょうというこ とですので、労働法化しているのです。特に、定めの内容が契約、勤務規則その他の定 めですが、勤務規則の相当部分は就業規則なのです。また、国会の附帯決議で労働協約 も考慮せよというのが入ったものですから、労働協約や就業規則で定めたときに、職務 発明と対価の特許法上の扱いと労働法上の扱いが、重なったり食い違ったりするケース が非常に増えてくると思うのです。ですから、労働法上の議論が必要なことは確かな問 題なのです。ただ、契約法制ではないでしょう。むしろ、厚生労働省が関心を持って検 討してほしいというのが希望です。 ○西村副座長  それでは、今回の労働契約に伴う権利義務関係、休職についての議論はこれで終わら せていただきたいと思います。次回の研究会では、服務規律、懲戒について御議論をい ただくことになっていますが、事務局から次回の研究会についての連絡をお願いしま す。 ○労働基準局監督課調査官  次回は11月9日(火)10時〜12時まで、場所は今回と同じ厚生労働省17階の専用第18 〜第20会議室で開催したいと思います。次回のテーマは、いまお話がありましたように 「服務規律と懲戒」で、事務局で論点等を整理して、これによる御議論をいただければ と考えております。その中で、労働者の損害賠償責任の問題についても併せて御議論い ただきたいと思っています。つきましては、次回の資料に関して、論点、関係する論 文、データなど御示唆いただけるものがございましたら後ほど事務局まで御連絡いただ ければ幸いでございます。 ○西村副座長  それでは本日の研究会はこれで終了したいと思います。本日は貴重な御意見をありが とうございました。 照会先:厚生労働省 労働基準局 監督課政策係(内線5561)