04/10/06 最低賃金制度のあり方に関する研究会第2回議事録          第2回最低賃金制度のあり方に関する研究会議事録                         日時 平成16年10月6日(水)                            10:00〜12:00                         場所 厚生労働省専用第21会議室 ○樋口座長  ただ今から、第2回「最低賃金制度のあり方に関する研究会」を開催します。本日は お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。前回ご欠席の同志社大学の石田先 生、大阪大学の大竹先生よろしくお願いいたします。早速ですが議事に入ります。本日 の議題は、「最低賃金制度の労働市場等への影響」、2番目の議題は「諸外国の最低賃 金制度」の二つになっております。まず、最低賃金制度の労働市場への影響等について 議論していきたいと思いますが、その前に前回宿題が出ていますので、その点について お答えいただきたいと思います。事務局お願いします。 ○前田賃金時間課長  それではまず資料1です。最初に請負における特に産業別最低賃金の適用の問題で す。資料にあるように日本標準産業分類で、サービス業の中に労働者派遣業が細分類と してあります。労働者派遣業はサービス業であるということです。その中で「なお書き 」の部分ですが、「主として請負によって各種事業を行っている事業所、自らその業務 の遂行等に関する指揮命令を行っている事業所は、経済活動の種類によりそれぞれの産 業に分類される」となっており、請負の場合には経済活動の種類によりどの産業かとい うことが分類されるということです。製造だけで請け負っていれば製造業になると考え られますが、特に産業別最低賃金のような産業小分類・細分類などで請負を分類できる かというと、現実問題としてなかなか難しい面もあるのではないかと思われます。請負 の関係は以上です。  2頁、最低賃金適用除外の許可状況です。これは最低賃金の「未満率」などをみると きに、適用除外はどのくらいあるかというご指摘があり、これでいくと平成15年の人数 は5,871人です。適用除外が有効期間最大3年で許可しているので、平成15年時点で最 大に見積っても、平成13年から平成15年までの数であろうということで、その3年分を 足すと1万3,723人になるわけです。いずれにしても適用労働者が5,000万人ということ から考えると、0.027%となりますので、未満率が1%という場合には、適用除外はそ れほど影響を与えていないのではないかということです。なお平成15年、いちばん下の 「断続的な労働に従事する者」がかなり増えているのですが、これは平成15年から日額 の地域別最低賃金がなくなった関係で、特に賄い方のように拘束時間が長く従来日額で 行っていたものに時間額を適用すると、うまくいかないため許可が増えたということの ようです。  3頁です。前回、地域別最低賃金額を一般労働者の所定内給与に対する比率でみた場 合に、大体安定していたということでしたが、そのときパートタイム労働者の賃金と比 べたらどうかという指摘がありました。これは「賃金構造基本統計調査」で、10人以上 のパートタイム労働者の所定内給与の時間額と比べたものです。男女計と女性計とあり ますが、女性の場合昭和53年から比べられ、そのときには所定内給与に対して最低賃金 の割合が69.4%でした。それが平成15年には74.4%で、パートタイム労働者の所定内給 与に対する最低賃金の割合は高くなっています。パートタイムの賃金の伸びよりも地域 別最低賃金の方が上がっているということです。男女計でみた場合は昭和63年からしか 比べられないのですが、これも昭和63年が71.1%で平成15年が72.6%と若干上がってい るという状況です。  4頁は、都道府県別の地域別最低賃金が、都道府県別のパートタイム労働者の所定内 給与に対して、どのくらいの割合かをみています。これも前回は一般労働者を都道府県 別でみたものがありましたが、これでみると東京が67.2%とやはり低く、沖縄が特に 83.1%と高くなっております。ただ一般労働者と比べると、パートタイム労働者の所定 内給与における地域別の格差は、一般労働者よりは小さいということは言えるかと思い ます。  もう1点、「未満率」という用語はいつから使っているかという指摘がありました が、中央最低賃金審議会の目安に関する小委員会などでは、平成2年から「未満率」と いう言葉を使っています。地方局においては、もう少し以前から使われたようですが、 いつからかははっきりしませんでした。以上です。 ○樋口座長  それではただ今の説明についてご質問、ご意見がありましたらお願いします。1番目 の請負と派遣の関連ですが、請負は説明のようにそれぞれの業務に応じて細かく専門的 な製造請負であれば、製造業の中に位置付けられることだろうと思います。小分類の所 では、例えば電機などの産業別最低賃金があります。電機専門の請負であれば、電機に 位置付けられるのでしょうが、いろいろな製造業の請負をしているという場合は、この 適用はどうなのですか。電機の請負というのは適用はされないのですか。 ○前田賃金時間課長  適用事業がどうかというのがあり、請負部門が独立した適用事業としてみられるよう な管理体制、請け負っている業者が工場などできちんと管理してやっていて、そこが適 用事業とみられるということであれば、その部門を分断して何業というようにとらえる ことができる場合があります。そうでなければ、どの産業が主たる業かということで、 請負業者を分類せざるを得ないかと思います。ですから独立した適用事業としてみられ るような請負の工場であれば、その業で適用することはできるのではないかと思いま す。 ○樋口座長  派遣はサービス業ですから、例え物の製造の派遣であっても、それは電機に行ってい ても、サービス業の適用になるわけですね。 ○前田賃金時間課長  そうです。電機の産業別最低賃金の適用にはならないです。 ○樋口座長  そうすると同じ所で働く人でも、最低賃金は産業別で違いますという話ですか。 ○前田賃金時間課長  派遣の場合は、賃金を派遣元で支払い、派遣元が責任をもつというのが今の法制度で あるので、どうしても賃金の適用関係が派遣元になり、派遣元の事業ということでサー ビス業になります。 ○樋口座長  わかりました。皆さんいかがでしょうか。よろしいですか。よろしければ本日の主題 に入ります。「最低賃金制度の労働市場等への影響」です。事務局がいろいろ勉強して くれましたので、それについてお話いただきます。 ○前田賃金時間課長  資料2、「最低賃金制度に関する経済理論」を最初に説明します。1頁、「最低賃金 の下支え効果に関する理論」ですが、これは最低賃金制度の必要性に関する理論的根拠 の一つと一般に言われているものです。仮定として労働需要曲線が右下がりであると、 賃金の増加に応じて労働需要が減少するというのは、一般的であろうと思います。一 方、労働供給曲線が右下がりであると、賃金の減少に応じて労働供給が増加するという 仮定です。こういう仮定が成り立つかについては、いわゆる「ダグラス=有沢の法則」 の中で、世帯単位でみたときに、世帯主の収入が低ければその世帯の世帯員の就業率が 高くなるというような傾向があると一般に言われており、そういうことを前提にすると 労働市場において、労働曲線が右下がりであるような局面もあり得るということです。  それを前提にしつつ、かつ、労働曲線の傾きが労働需要曲線の傾きよりも緩やかであ るという前提ですと、この労働市場においては、Eの所で均衡点になるので、そこに均 衡が成立するわけなのですが、そこから何らかの事情で賃金がW*より低下した場合に、 労働供給が増えるということです。そうすると点線で書いたような形でさらに労働供給 が超過し、さらに賃金が低下するということです。この点線がずっと収斂しなくなって いくというような形で、労働供給の増加と賃金低下がずっと続いていくという悪循環が 生じる。このような際限のない賃金の下落を食い止めるために、一定の水準以下の賃金 で労働者を雇用してはならないという最低賃金制度を設けることにより下方発散を防 ぐ。これが、最低賃金制度の必要性の一つの理論的根拠です。  2頁以降は、では最低賃金が雇用に対してどのような影響を与えるかということで す。2頁は「完全競争モデル」ということで、これは単純なモデルですが、労働需要曲 線が右下がりで、賃金の増加に応じて労働需要が減少する。労働供給曲線が右上がりで あると、これは賃金の増加に応じて労働供給が増加するという完全競争を前提にしてい ます。この場合に超過供給や超過需要の状態にあったとしても、賃金と雇用が自動的に 調整されるので、このE*という点で均衡することになるわけなのですが、仮に最低賃 金制度が均衡する賃金のW*よりも高いレベルで設定されていると、企業が雇いたいと 考える労働量がLD1というレベルである一方で、その賃金で働きたいと思うLS1、 W1という所で最低賃金を設定した場合の話ですが、そういうことになり超過供給、い わゆる失業が発生します。  これに対して、3頁は最低賃金の上昇により必ずしも雇用が減少しないというモデル で、需要独占モデルです。ここは「伝統的需要独占モデル」と言っていますが、4頁に これを若干変形した動学モデルがあります。まず、3頁の需要独占モデルの仮定として は、労働市場には一つの企業しか存在していなくて、労働者の賃金を企業がコントロー ルできるという仮定です。そして労働供給曲線は右上がりであり、賃金の増加に応じ て、労働供給が増加するという仮定です。  この場合にこの労働市場においては、企業が労働量を増やすと賃金も増加するという ことですが、この際、企業の利潤を最大化する所はどこかと言うと、労働量を1単位増 やしたときの追加的な費用を示す限界費用曲線と、労働量を1単位増やしたときの追加 的な収入を示す限界生産物収入曲線という二つの曲線が交わった点ということで、図で はCの点です。その点で雇用量をLにして、賃金をW*にすると、企業利潤の最大化が 図られるということです。  これに対して最低賃金制度を設けた場合にどういう効果があるかは、先ほどの企業が 利潤を最大化するW*、一方Bという競争均衡の点があるわけですが、W*とBに対応す る賃金水準であるW’の間に最低賃金を設定した場合には、均衡点は供給曲線ABの上 で決まる。企業にとっては、Lの雇用量でW’の賃金を支払うよりも、雇用量を多少増 やしてABの曲線上で雇用量を決定して、それに応じた賃金を支払う方が利潤が得られ るということです。そのために雇用量はLから増加し、社会全体でみた厚生損失が減少 する。この間企業は、Bの地点までは正の利潤を享受しますが、Cよりも利潤は減少す るということになります。  一方、Bを超えてW’より高いレベルに最低賃金が設定されると、均衡点は限界生産 物収入曲線上で決まることになるので、雇用量は再び減少する。BCの線上をいくとい うことになります。そのときに企業は、この時点では限界生産物収入と同じレベルでの 賃金になるので、利潤はなくなる。一方、厚生損失も再び増加するということです。  このように、企業に労働の需要独占力があると仮定すると、一定レベルの最低賃金で あれば、最低賃金を設定し、これを上昇させることにより必ずしも雇用が減少せず、む しろ増加するということが、この需要独占モデルからは導かれるということです。需要 独占というのがどういう市場で考えられるかですが、一般には企業城下町、ブランド力 が非常に大きい企業、あるいはパートタイム市場がある程度この需要独占に近いときと いったようなことが言われています。  4頁です。需要独占というのは、特にアメリカにおいて最低賃金がファースト・フー ドの従業員などに適用されるということからいうと、なかなか需要独占モデルのみでは 最低賃金と雇用の関係を説明し難い面があり、それに対して、職の探索行動という労働 者の離職と採用に関するモデルを含めることにより、需要独占モデルと同じような形を 導くというのが、「需要独占動学モデル」です。  先ほどは情報が完全ということが前提ですが、この仮定としては、情報が不完全とい うことで、労働者が勤める前に仕事の内容を十分把握しているわけではなく、実際に勤 めてみて自分に合わない場合に離職が起こり得る。一方、労働者にとってどの企業がど れだけの賃金を払っているかという情報が不完全であるため、より高い賃金を求めて職 を探す。企業の側も労働の限界生産力以上の高い賃金を提示すると、より多くの労働者 を雇用できる。一方ある程度離職は避けられないので、企業が提示賃金を上げれば雇用 できる数が増えて、離職率が減るということが前提にあります。  この場合に企業の新規採用と離職率、企業の人員を均衡点でみると、雇われた人数と 離職者が一致する、つまりH(w)=q(w)Lという形の均衡になる必要があるということで す。それを変形すると雇用量がH(w)/q(w)で、それが企業の直面する労働の供給関数に なり、賃金を調整することにより、雇用の増減を調節できるということです。雇用量を 実現するために企業は高い賃金を提示し、より多くの労働者を引き付けておく必要があ り、労働曲線は右上がりになる。このように、情報が不完全な職の探索行動を用いるこ とにより、先ほどの伝統的需要独占モデルと同じような効果を導いております。ここで も適度な最低賃金の上昇であれば、雇用量が増えていく。しかし急激に上昇した場合に は、賃金が限界生産物収入の値を越えるために、雇用量が減少していくということで す。以上が理論的なものです。  一方、それに対して、これまで実証研究として行われているものが、資料3です。大 きく日本の研究とアメリカの研究とに分けています。資料3の1頁、日本の場合にはど ちらかというと、最低賃金が賃金の下支えにどのような効果を与えているかという研究 が、これまでのものとしては多いということです。  まず永瀬先生の「パート賃金はなぜ低いか」というものです。これは1990年の「パー トタイム労働者総合実態調査」を用いて、最低賃金とパートタイム労働者の賃金率の分 布をヒストグラムでみたものです。全国を8地域に分け、下の図のように北海道、東 北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州ということで、それぞれの図の中で左側の線 が地域別の最低賃金で、右側の線が産業別の最低賃金の平均値であろうと思いますが、 それを取っているものです。これでいくと関東と中部を除いて、女子パート賃金の最頻 値が、当該地域における最低賃金にほぼ一致するという結果になっております。女子の 賃金がその周辺に集中しています。一方男子パートについては、賃金分布の幅が広く、 最頻値も最低賃金よりはるかに高いです。女子の場合は特に南関東周辺を除いて、最低 賃金プラス100円以内で53%がカバーされるとも言っています。そういうことで、「最 低賃金制がパート賃金に対して有効な下支えとして機能している」というのが、永瀬先 生の研究の結論です。  2頁、小原先生の「最低賃金は誰を支えているか?」です。これも「パートタイム労 働者総合実態調査」で、1995年の個票データを用いて、カーネル分布の推定により賃金 分布を描いたものです。図が4頁以下にありまして、都道府県別の地域最低賃金との関 係で、それぞれ各都道府県をみています。ランクAからランクDというのは地域別の最 低賃金のランク区分です。  それにより4頁でみると、ランクAの中では、ken14、神奈川県がある程度最低賃金 の値の分布にコブがみられる。ランクBでみると、愛知、三重、京都、兵庫(ken23、 ken24、ken26、ken28)という4つに最低賃金付近のコブがみられる。ランクCでは北 海道、富山、長野、山口、福岡(ken1、ken16、ken20、ken35、ken40)の辺にかなり 最低賃金のコブがみられる。ランクDでは愛媛と沖縄(ken38とken47)に分布のコブが みられる。この図では、「小さいながらも最低賃金が賃金の下支え効果を否定するもの ではない」と言っています。  特にランクCに属する県で、下支え効果が比較的大きいという分析です。先ほどの永 瀬先生との関係では、2頁ですが、永瀬先生のものほどヒストグラムが示すような大き な下支えはみられていないということです。小原先生の論文の中では、永瀬先生の分析 は8つのブロックでやっているので、異なるランクに属する県も混ぜている。最低賃金 の影響を受ける範囲として、100円高いレベル、つまり最低賃金から約20%高い所まで 含めているため、かなり広い範囲を含めていることが問題ではないかという指摘です。  一方最低賃金が、どのような労働者の所得を下支えをしているかです。2頁の下の部 分ですが、最低賃金以下の賃金である者は、有配偶者・無配偶者、男性・女性で同じく らい存在するということで、若年者、年配者、学歴の低い人、小規模事業所、製造業に 多いということです。主な収入源が自分であるというサンプルについて最低賃金を受け 取っている確率が高いことは、最低賃金が家庭生活を支えている可能性を示唆している ということです。  ランク別にみた場合に、ランクAの大都市で最低賃金以下の賃金を受ける者が0.65% にすぎないということで、ランクAの所では最低賃金以下の者が非常に少ない一方、配 偶者がかなり最低賃金以下の賃金を受けていることが多いというのが特徴で、ランクB では無配偶者、男性に多い。ランクC・Dも同様である。  いずれにしても、最低賃金から5%まで高い賃金のレベルをみても、全体の中では 4.37%というレベルになっています。6頁に「最低賃金と家計所得の10分位」が出てい ます。表14-5の表では所得10分位の全体でみると、最低賃金以下の賃金を受ける者の 割合の分布は低所得階層に多く、全体の1から4までが10%を超えているので、そのあ たりが多い。ただし、いずれにしても最低賃金以下の賃金を受ける者は、1.07%という 割合で、非常に低いということです。  ランク別にみたものが、14-5の右側で、特にランクBは1分位、2分位の所が20% を超えており、ランクBでは低所得家計にかなり多い。一方ランクCとランクDでは、 これもある程度低所得層に多いということで、ランクCでは1分位、3分位、4分位の 値が14から21%。ランクDでは1、2、3分位の所が13、16、22%という形になってい ます。一方ランクAでは、第10分位が21.05%になっており、第10分位に最低賃金以下 の賃金を受ける人が最も多いということです。  さらに最低賃金と妻の所得の10分位でみたものが14-6であり、全体的には、14-6の 「全体」という所で、最低賃金を受けている労働者が第2分位から第8分位あたりまで 10%前後で、かなり広く分布しています。ただしこれをランク別でみると、ランクAで は第6分位の所が21%になっておりいちばん多い。ランクBは第3分位が16%でいちば ん多い。ランクCは第2分位、第4分位あたりが14%前後、ランクDでは第2分位、第 4分位、第8分位が16.67%でかなり散在しています。第6分位、第8分位がそれぞれ の所得でみると93万円、107万円になっており、非課税限度額、あるいは夫が配偶者控 除を受けられる額である103万円に近いレベルにかなり集まっているということで、パ ートタイムで働く有配偶者は多くは妻であり、最低賃金以下の賃金を受け取る労働者で ある可能性が、かなり高いという分析になっています。  3頁に戻ります。これらから結局、「パートタイム労働者総合実態調査」の個票によ り、最低賃金と所得階級の関係をみた場合に、アメリカは最低賃金以下の賃金を受け取 る労働者が、どの所得階層にもみられます。一方イギリスは最低賃金を受け取る労働者 が低所得階層に一致しています。どちらかと言うと、イギリスの結果に近いわけです が、ただし日本ではそもそも最低賃金以下の賃金を受け取る割合がかなり低いというこ と、実際に現行の最低賃金の水準が支えている低所得者の割合が少ない。さらに東京、 神奈川、大阪などの大都市圏では、低所得の下支え効果がみられず、逆に最低賃金が高 所得家計の配偶者を支えているという可能性が高いということです。全体的には地域別 最低賃金の賃金下支え効果という点では、ランクCではかなり顕著でしたが、さらに多 くの地域で最低賃金以下の賃金を得ているのは低所得階層に多い。ただ例外的に大都市 圏では高所得階層の配偶者である可能性が高いのではないかということです。大都市圏 以外では、ある程度低廉な賃金で働く労働者の家庭生活を支えているのですが、効果は かなり限定的であるという分析です。  7頁、安部先生の「地域別最低賃金がパート賃金に与える影響」です。これまでご紹 介した永瀬先生と小原先生の研究成果を分析しています。永瀬先生の研究については全 国を8ブロックに分けているので、地理的に隣接していても地域別最低賃金はかなり違 っていることがあります。産業別最低賃金が適用の労働者はその産業に限られているこ ともあるため、そういう点が十分コントロールされていないのではないかという問題を 指摘しています。さらに先ほどもあったように、「最低賃金から100円の範囲で50%集 中している」ことをもって、そこの100円というのはかなり広すぎるのではないかとい うことです。  小原先生の研究については、まず「コブがある」という視覚的な理由に基づき、下支 え効果をみていますが、かなり視覚的なものに基づいているということ、そもそも最低 賃金以外の所にも多くの「コブ」に類するものがある。最低賃金付近にもコブがあるこ とを理由に、直ちに最低賃金が下支え機能を持っているとは言えないのではないかとい うのが問題点です。県別の分析の際には、標本数が少し少ない場合があるのではないか ということです。また、沖縄県については若干問題があるのではないかという指摘で す。安部先生は、最低賃金から何パーセント乖離した所に賃金分布があるか、といった ようなことで分析しています。それが11頁の「低賃金労働者の割合」という表で、一番 左が「県別最低賃金未満」、真ん中が「県別最賃から3%」、右が「県別最賃が5%」 です。  これも、それぞれ「パートタイム総合実態調査」を用いて賃金分布をみた上で、県別 最低賃金との比較でみています。県別最低賃金未満という所で割合が高い都道府県は、 1995年時点では北海道、青森、新潟、沖縄あたりで、4%を超えています。1990年では 北海道、青森、岩手、岐阜、三重、奈良、岡山、長崎、熊本、宮崎、沖縄あたりで、4 %を超えています。県別最低賃金から3%の範囲では1995年の場合は北海道、青森、新 潟、京都、山口、福岡、沖縄あたりが10%近くということでかなり多くなっています。 県別最低賃金から5%でみても、1995年では北海道、青森、新潟、福井、京都、和歌 山、山口、福岡、熊本、宮崎、沖縄。そういう地域で県別最低賃金からある程度の範囲 内にかなりの賃金分布がみられます。全体的には北海道、青森、新潟、山口、福岡、熊 本、宮崎、沖縄という地域においては、ある程度県別最低賃金が賃金分布の低賃金の下 支えを果たしていると言えるのではないか。  戻って8頁です。一方、最低賃金と雇用喪失効果について言っていますが、海外では そういう研究が多いわけですが、日本においては最低賃金が雇用に対してどう影響を与 えるかという検証はかなり困難であると言われています。一つは先ほどみたように、か なり多くの県で地域別最低賃金とパート賃金との間にある程度の幅があるので、最低賃 金と同一、それに近い賃金を受けているパートの割合が低い。そもそも最低賃金がそれ ほどパート賃金に影響を与えるとは言えないということで、そういう前提であると、仮 に最低賃金が5%程度上がっても、パート賃金はそのままでも最低賃金違反になるわけ ではない。したがって、雇用喪失にどれほど影響を与えるかという分析は難しいのでは ないかが1点目です。最低賃金が、そもそも有効な制約として機能していない所が多い ということだろうと思います。  2番目が、特に実験的な手法で雇用喪失効果をみる場合に、日本は最低賃金の上昇率 が全県ほぼ同一で、ある地域のみで最低賃金が上昇したトリートメント・グループと、 上昇しなかったコントロール・グループとを比較することが困難であるということで、 実験的な比較は難しいことが2点目です。この雇用喪失効果については、かなり検証は 難しいです。  9頁が全体のまとめです。先ほどのパートタイム労働者実態調査のデータ分析によ り、一部地域(北海道、青森、新潟、京都、山口、九州)では、最低賃金がある程度パ ート賃金の下支えとして有効な制約となっているということを言っています。2番目と して、上記の地域を除くと地域別最低賃金は低賃金労働者の経済厚生を向上させる規制 としての意味は、果たしていないのではないかということです。その原因として全国一 律最低賃金という主張が過去にあったことにより、パート賃金の高い地域の最低賃金が 低く抑えられて、一方でパート賃金が低い地域の最低賃金が高めに設定されたという目 安制度との関連に触れています。  3つ目に、最低賃金の上昇率がパート賃金の上昇率を規定している可能性はあるとい うことで、これは全体的には当てはまっているのですが、個別の県、産業レベルでみる と、乖離がある部分もあります。4点目として、従来パート労働が最低賃金に下支えさ れていたという議論がありましたが、これには疑問を投げ掛けています。一部の県では 確かにそうであるが、特にパートタイム労働者が多い大都市地域では、パート賃金はか なり地域別最低賃金よりも高いです。  5点目は、産業別最低賃金が地域別最低賃金よりも賃金の下支えとして機能している のが高い、ということを言っています。これは12頁で「産業別最低賃金が適用のあるケ ース」について、産業別最低賃金を先ほどと同じ形で分析したものです。これでいくと グループ1の産業別最低賃金が高めに設定されている所を取っていますが、そこでは最 低賃金から3%、あるいは5%の所でかなり多くの労働者がカバーされているという結 果になっています。9頁に戻り、そういう産業別最低賃金は賃金下支え機能が高いと考 えられるわけですが、その場合でも最低賃金がパート賃金の実勢と比べて高い県以外に ついては、かなり産業別最低賃金よりも高い賃金のパートタイム労働者が多いというこ とです。  10頁、「地域別最低賃金がパート賃金に及ぼす影響は限定的である」ということで、 まずパート労働は異質性が大きいので、日本のパートタイム労働者全般をひと括りに言 えないということが一つです。二つ目に、最低賃金の地域間格差を縮小すべきという政 策で、大都市を含む県の最低賃金が比較的低く抑えられてきたのではないかということ から、地域別最低賃金がパートタイム労働者の賃金決定に及ぼす影響は限定的であると いう分析をされています。  次に13頁、同じく安部先生が別のデータで賃金構造基本統計調査を特別集計したもの です。これはパートタイム労働者ではなく、女子の一般の労働者になります。規模が5 から9人、あるいは10から29人の小規模企業についてみた場合に、最低賃金との関係が どうなっているか、14頁に賃金階級表を設けております。これは最低賃金を含む10円刻 みの賃金階級と、最低賃金を含んでそこから二つ分(最低賃金プラスほぼ30円)の賃金 階級です。Aランクについてはもう一つ刻みを増やしていますが、そこを賃金階級と言 っています。この範囲の賃金を受け取る労働者の割合をみていますが、10から29人の場 合に、岩手、秋田、岐阜、和歌山、長崎、大分、宮崎の7つの県で、4%以上の女性労 働者がその賃金階級内に位置しているということです。それ以外に8つの道府県が3か ら4%の範囲内にあります。一方、5から9人規模では、北海道、青森、岩手、宮城、 秋田、島根、岡山、熊本、宮崎、沖縄の10の道県で4%を超えています。小規模企業で は、地域によっては地域別最低賃金がある程度効いているのではないかということで す。都市部では有効な制約になっていないのですが、地方によっては中小企業において ある程度有効な制約になっており、先ほどのものと比べると、小さな規模のサンプルで みた場合には、もう少し有効に機能しているという分析です。  15頁、最低賃金が雇用に及ぼす影響です。日本の場合は先ほど紹介したように、雇用 に対する影響を分析したものがあまりないのですが、これは川口先生のものです。家計 経済研究所の「消費者生活に関するパネル調査」のパネルデータを用いて、最低賃金が 雇用に対してどう影響するかを線形確率モデルで推定したものです。二つのグループが あり、一つ目はもともとの賃金が改定後の最低賃金よりも高く、最低賃金の改定による 影響を受けないグループ。もう一つは、賃金が改定後の最低賃金を下回っているグルー プという二つを比較した場合に、後者の賃金が改定後の最低賃金を下回っているグルー プにおいては、およそ20%程度前者よりも、翌年雇われにくいという効果があるという 分析です。ただ、このパネルデータはサンプルがやや小さいという問題点もあります。 以上が日本におけるものです。  16頁以下が、アメリカの最低賃金制度の労働市場への影響についての研究です。一つ 目が、「最低賃金制度が賃金分布に与える影響」です。アメリカの賃金分布は、最低賃 金額の近辺でかなりコブ状の突起が生じており、これがスパイクと呼ばれています。特 に10代の賃金分布においてこの最低賃金額の所でコブが確認されています。  18頁です。一方、「最低賃金制度が賃金格差に与える影響」ですが、DiNardo等の分析 によれば、最低賃金が1979年の水準であった場合の賃金分布と実際の賃金分布を比較す ると、特に1980年代にアメリカでは、連邦最低賃金の改正が行われなかったために、実 質的な最低賃金が低下したということです。それにより賃金格差がかなり拡大したとい うことが言われています。Card and Kruegerも最低賃金が上昇した1990年をはさむ、 1989年から1992年の賃金分布を比較して、ここでも賃金格差の縮小効果をみています。  19頁、最低賃金の上昇が雇用の増減にどう影響を及ぼすかということです。まず一つ 目が、従来の時系列分析によるもので、最低賃金が上がると雇用量は減少するというも のです。これはBrown等が1982年、1983年に二つ論文を出しており、過去の実証結果を 取りまとめたものです。1950年代から1960年代、あるいは1970年代初頭にかけて「10% の最低賃金の上昇が1から3%の幅で10代の雇用量を減少させる」という結論を導いて います。また、最低賃金が失業率に与える影響は、「10%の上昇は0から3%ポイント ほど失業率を増加させる」という分析になっています。さらに1983年の論文には、1979 年までデータを更新して、同じく「10%の最低賃金の上昇は、10代の雇用を1%減少さ せる」という結果を得ている。ただ若干減少幅が縮まっているということです。  1985年のSolonらの推計においても、わずかばかりの低い値ですが、雇用の減少とい ったようなことがあります。それが20頁の時系列分析の主要結果ということでまとまっ ています。1991年のWellingtonの分析も同様ですが、最低賃金の上昇は雇用量を減らす という方向に働くという点で一致しています。この分析では、10%の最低賃金上昇が 0.6%前後雇用量を減少させたと言っています。Card and Kruegerの結果も-0.7%にな っています。ここまでが時系列分析で、最低賃金の上昇は雇用を減らすということで す。  これに対して、最低賃金の上昇が必ずしも雇用を減らさないというのが、22頁以下の ものです。Card(1992年)、あるいはCard and Krueger(1995年)が、州法で連邦最 低賃金より高い水準に最低賃金を設定したカリフォルニア州と、同時期に最低賃金が据 え置かれた南部の州を比較したもので、いわゆるトリートメント・グループとコントロ ール・グループとを比較して、その効果をみたということです。これでいくとカリフォ ルニア州の雇用人口比率が、他の南部諸州に比べて、増加したということで、最低賃金 の上昇によりむしろ雇用が増えたと言っています。  さらに中程で、Katz and Krueger(1992年)の分析は、テキサス州のファースト・ フード・チェーンにおいて、最低賃金の上昇が雇用量にどう影響を及ぼすかを調査した ものです。この場合、1991年に最低賃金が4.25ドルに上がったわけですが、改正以前に ファースト・フード・チェーンが提示していた賃金とのギャップにより、雇用量調節の 関連をみたわけです。改正以前に3.85ドルを支払っていた店の雇用量の伸びは0.16であ るということで、逆に4.25ドルの賃金を提示した店では、雇用量は減少したということ で、より低い賃金を提示した所に対して、最低賃金が上がることにより、雇用が増えた ということです。  さらにCard and Kruegerがニュージャージー州とペンシルヴァニア州を比較してい ます。23頁ですが、最低賃金が上昇したニュージャージー州の方が最低賃金が据え置か れたペンシルヴァニア州よりも雇用の伸びが大きいという結果を得ています。これにつ いて23頁の下で、先ほどの経済理論でいくと、完全競争モデルが当てはまらないのです が、Card and Kruegerは雇用量が減少しない説明として、先ほどの動学モデルに近い 情報の不完全性を取り入れた労働の需要独占モデルによりこれを説明しています。  26頁、それに対する反論で、Neumark and Wascher(1992年)のパネルデータによる ものですが、10%の最低賃金の上昇が、1から2%ほど若年者の雇用量を減少させる結 果を出しています。この結果が完全競争モデルによる説明が可能なものです。この中で 特に就学との関係があるのですが、就学率を入れないと逆に10代の雇用量に影響を与え ないという結果になるため、一応就学率も入れた形で分析をしているということがあり ます。26頁の下ですが、最低賃金の上昇は就学率を減らし、さらに就業もしていない者 の割合を増加させている。また、10代の雇用量は減になっているということです。  27頁、Deere等(1995年)の推定も最低賃金が雇用量に負の影響を与えるということ を言っています。ただこの中でも、雇用の増減が最低賃金の存在によるものかどうなの かという分析はかなり難しいという形です。こういうことでアメリカにおいては、従来 時系列分析により最低賃金の上昇が雇用、特に10代の雇用を減少させるという結論があ りましたが、特に1990年代に入り、Card and Krueger等により、最低賃金の上昇が必 ずしも雇用を減少させないという分析がなされ、それに対してさらに反論がなされてい るというのが今の状況ではないかと思います。  最後に30頁、これは、「パートタイム労働者総合実態調査」において、パートタイム 労働者の賃金決定、あるいは賃金の昇給に際して、地域別なり産業別最低賃金をどの程 度考慮しているかということで、平成13年と平成7年を比較しています。この表に「パ ート」「その他」とあり、「パート」とは1週間の所定労働時間が正社員より短い労働 者を言っております。「その他」とは、正社員以外で、所定労働時間が正社員と同じか 長い者、いわゆる「疑似パート」という長時間の人です。平成13年ではパートについて 採用時に地域・産業別最低賃金を決定項目としてみているところが14.1%、その他が 10.1%です。そもそも、賃金の昇給の際に決定項目としてみているのがパートで7.5%、 その他で6.0%です。賃金決定に際して最低賃金との関係の調査はあまりなく、これを 最後に紹介しています。長くなりましたが以上です。 ○樋口座長  丁寧にご説明いただきましてありがとうございました。ただ今の説明についてのご質 問、あるいは新たな視点がありましたらお願いします。 ○古郡先生  大学あるいは大学院で1回講義ができるような資料を提供していただきまして、事務 局もさぞ大変だろうなと思います。今の説明にありました24頁のCard and Krueger (1994年)のペーパー、これはずいぶん注目されてインパクトの大きかったペーパーで あるように思います。しかしこのペーパーはたしか1992年の4月、最低賃金が上がった のがその年、4月だったと思うのですが、この電話による調査は11月と12月に行われて いて、最低賃金の影響はもう少し時間がかかってから出てくるのではないか。4月です からもう少し、1年ぐらいたってから調査をすれば、もっと違った結果が出てきたので はないかと思うのが1点。  それから、これはファースト・フード店ですが、周りにあった零細のレストランはど ういうダメージを受けたか。その辺のところがわからないので、この効果は非常に限定 的かと。ですから限定的にみた方がいいと思います。 ○樋口座長  ありがとうございました。このペーパーというか本はいろいろ評価があります。 Kruegerはこのあと、これをもってアメリカ労働省のチーフエコノミストに就任して、 連邦政府の最低賃金の引上げといったことに非常に頑張ったわけで、この結果がそのま ま使われたのですね。だから共和党から、最低賃金の引上げが結局雇用を減らしてしま うだろうという批判がずっとあったのに対して、この2人が、そうではないということ を示したのです。大竹さん、何かありますか。 ○大竹先生  日本の研究を要約すると、結局、地方の一部では一部の人が、非常に少ない比率だが 下支えする可能性がある、しかし、大多数についてはあまり関係がないということで す。もう一つは、確定的ではないのかもしれないですが、15頁の川口さんの研究だと、 その下支えしているような範囲で影響しているところは、雇用が失われている可能性が 少しみられている。ただ、そこもまだ人数が少ないところでの分析なので、はっきりし たことは言えないということだと思うのです。何度も出てきていますが、アメリカの研 究とのいちばん大きな違いは、そういう最低賃金に直面している人の比率が比較になら ないほど少ないところだと思うのです。そこでのいろいろな議論が日本ではなされてい るというように思いました。 ○樋口座長  ほかの先生方はいかがですか。産業別最低賃金についての分析をご紹介いただいた中 で、安部さんの研究がありましたが、ほかはほとんどが地域別最低賃金に関連にするも ので、なぜ産業別最低賃金が必要なのだろうかということについての議論は、過去の研 究としては、あまりないのでしょうか、どなたかご存じですか。  例えばいくつかの需要と供給の曲線も、ダグラス=有沢のものは労働市場全体につい ての話です。地域別最低賃金という意味では、あのような図が適用されると思うのです が、産業別最低賃金というと、供給者が例えば一定の技能を持っているとか、その産業 特有の層だけが供給主体であると。そうするとこの図とはだいぶ違ったような図になっ てくる可能性があります。アメリカには産業別最低賃金はありませんし、ほかの国では どうか、またあとでご紹介いただくのだろうと思いますが、こういう理由で必要なのだ ということがありますか。前回の説明で、産業別最低賃金がどうしてできてきたかとい う経緯についてはご説明があったと思うのですが、それは現在、どう評価したらいいの だろうかということについて、またここの研究の主題になってくるのかもしれません が、何か、そういう研究をご存じだったら教えていただきたいのですが。 ○前田賃金時間課長  成果としては我々もいろいろみましたが、産業別最低賃金について分析しているもの はなかなかないのです。産業別最低賃金が、地域別かつ産業別ですからかなり範囲が限 定されてくるので、そもそも労働市場が成り立っているのかどうかということもあろう かと思います。産業別最低賃金そのものについて、これまで研究された成果物もあまり ないというのが現状かと思います。こういった観点から何か分析できるのではといった ことでもあれば、またご示唆いただければと思います。 ○今野先生  基本的な問題なのですが、「最低賃金が機能している」というのは、どういう状況を もって機能していると考えているのだろうか、いつもそんなことを思っているのです。 今日も出ましたし大竹さんも言っていましたが、最低賃金近辺に日本の賃金労働者は少 ない、あるいは未満率は少ない。そういうのは、いつも使用者側の人は「いや、我々の 合法精神があれだ」と。だからそこだけみれば未満率が、それより低いということは、 それ以上の人はそれ以上の賃金にしているわけだから、機能しているではないかという ことも言えるし、なかなか。今日はいろいろな文献で、特に日本の文献のことをご紹介 いただきました。これはこれでわかるのですが、機能しているという状況はいろいろな 観点から考えられる、これだけではないという感じはちょっとしたのですけどね。 ○渡辺先生  「下支え」という機能はいちばん伝統的に言われていることだと思うのですが、私に とっては非常に意外な、今までの認識をひっくり返されるような数字が資料の30頁にあ り、驚いています。パートタイム労働者の賃金決定要素として、地域・産業別最低賃金 の上昇率を勘案するというものが、採用時と昇級で、平成13年はパートで7.5%、採用 時で14.1%。こういうことで、相対的に賃金決定考慮要素としての比重が低いと理解し ていいと思います。  私が中小企業団体中央会でこういうことをしていた人の話を聞いたときには、例年目 安審議の後、9月、10月に地域別最低賃金が決まると、そこから傘下の中小企業の社長 たちは、その上昇具合をみて大多数が、うちの従業員についても少し上げなければいけ ないなということで上げていくので、絶対額も大変問題だが、最低賃金がどう動いてい くか、それに応じて中小企業団体中央会傘下の事業主たちは考えているということでし た。そう聞いて、これは大変なことなのだというように思ったのが、長い間最低賃金の 委員をしていた支えになっていたわけです。  これをみたら非常に率が低い。考えられるのは、私が聞いたのは中小企業団体中央会 傘下の中小企業なのですが、この調査はどのくらいの規模の企業か。これは大変重要な 資料で、下支えというのはこのたくさんの資料で出ましたが、賃金水準を、経営状況に 対応して適合させていくという、そういう機能として、調査対象規模その他をもう少し 細かく、詳しくみてみたいという気がしました。 ○前田賃金時間課長  31頁以下に、産業なり企業規模別の割合が付いていまして、一応、5人以上の企業規 模で調査をしたという結果になっています。ただ、この31頁の所でみますと、企業規模 別では、規模が大きい方が考慮しているというか、そういう数字にはなっています。 ○渡辺先生  あとでゆっくりみさせていただきます。ありがとうございました。 ○奥田先生  同じ表の所でもう一つ伺います。確かに個別の企業が決定するときに、地域・産業別 最低賃金を直接は参照しないとしても、例えば同じ地域の職種のパートタイム労働者の 賃金相場が、最低賃金の設定に基づいて形成されてくる、ということは考えられないの でしょうか。私はパートタイム労働者の賃金相場というのは、かなり最低賃金をベース に形成していると理解していたので、一番左の部分と真ん中の部分の違いというのが、 ちょっとはっきりつかみにくいのですが、そのあたりをどう理解したらいいでしょう か。賃金相場そのものが形成されているとすれば、かなり比率は高いと考えられます し、どうなのでしょうか。 ○前田賃金時間課長  これは、調査の回答をこの回答で設定していますので、賃金相場に影響しているから という部分がどうも分析できないのですね。この中でいくつでもいいですから複数回答 で選んでくださいということで聞いていますので。選択肢の作り方の問題は若干あった かもしれませんが、そこまではわからないです。 ○樋口座長  よく言われるのが、アメリカあたりだと毎年各州で決定し、最低賃金を引き上げるの ではなく、ある年にポンと上がるわけです。4、5年とか、連邦で言えば、10年ぶりに 上がったというような形の上げ方をするので、その効果も考えやすいし、また最低賃金 も政策変数として扱う。ところが日本の場合は毎年やっていることで、最低賃金はむし ろ、市場からのフィードバックで決まってくるのではないか。どちらが独立変数でどち らが従属変数なのだというときに、我々はよく、最低賃金の方が独立変数、政策変数 で、市場賃金の方が従属変数だと。ところが1年のラックを取るとむしろ逆で、市場賃 金の方が説明変数で、最低賃金がそれに追随していくようなことが日本で起こっている のではないかというような指摘もありますが、実際にやっていらっしゃる方々の感触 は、どうなのでしょう。 ○今野先生  総合的にやっていますよね。少なくとも決めるときには、例えば春闘相場がどうなっ ているか、いろいろなことを考慮はします。ですから、そこだけすごく強調すれば今言 われたことになりますし、そこだけ言ってしまえば「政策変数なし」ということになっ てしまうのですが。 ○樋口座長  大学院生があるペーパーで、どちらが原因でどちらが結果かというコーザリティテス トをやっているのです。そうすると、アメリカあたりだと明らかに政策というか、最低 賃金が原因で、市場賃金の方が結果として影響を受けてくるのですが、日本の場合はど ちらが原因かはっきりわからないという結果が出てきたりして、最低賃金とはどういう ことなのか、私もよくわからないでいるところがあるのです。 ○石田先生  私がやっていて、目安制度が前提にしているのは、市場の状況をある種の特定のルー ルに基づいて数値に置き換えて、それを目安にしているわけですが、それは本当に相 互、1対1対応みたいな関係で、どちらが原因でどちらが結果だとも言えないような事 態で年々やっているというように理解しているのです。にもかかわらずここに出ている ように地方と都市で違う。そうすると、目安制度が持っていた、市場と目安制度との連 関のさせ方に、地方と都市部でどういう違いが、制度的に孕まれていたかということは ちょっと検討してみる必要があるなと、今日の報告を聞いて思いました。 ○古郡先生  日本の場合は毎年変えているから、因果関係というのは難しい、双方依存関係と考え た方がいいのではないかと思います。 ○渡辺先生  ただ、目安審議の資料の賃金改定状況調査の調査項目の中に、これから改定するか、 すでに改定した場合はどの程度の改定率だったかという項目があります。調査は6月時 点で行われるわけで、目安を受けて大体地域別最低賃金が決まるのが9月末から10月1 日ですから、これから改定するというものの比率が相当程度占められていると私は記憶 しているのです。それはある意味では、独立変数的に最低賃金の動向がみられていると いうようにも言えるかなとは、ちょっと思うのですが。 ○今野先生  先ほど渡辺さんが言われた、中小企業の人たちは、今年1円上がったから、じゃあ1 円上げようかということをおっしゃられたということは、一種、最低賃金の下支えとい う機能もあるが、それプラス、実はシグナリングの機能をすごく期待しているというこ とですね。だから最低賃金は、建て前で言うと下支えということになるのですが、下支 えの水準をどう考えるかということは、最低賃金をどう考えるかに依存するわけです。 それプラスそのシグナリングの機能が実際にあるとしたら、そういうものもどう評価す るのかということを、いろいろ考えなければいけないかなという感じはします。 ○樋口座長  日本では、パネルデータを使った分析が一つありましたが、ほとんどがクロスセクシ ョンの分析(一時点の分析)なのです。本来、最低賃金の引上げが市場にどう影響を与 えたかを考えるのであれば、例えば都道府県でも、最低賃金が大きく上昇した所が次の 年、ほかの県よりも市場賃金やパートタイム労働者の賃金も大きく上がっているのかと いうようなことをみていく。そういう意味ではクロスセクションとタイムシリーズをプ ールしたようなデータに基づいてやっていけば、その検証は可能ではないかというよう に期待します。ただ、各県ともみんな大体同じように上がるのですか。あるときAラン クからBランクに移った県について、そこだけ取り出してやってみるというのはあると 思いますね。 ○石田先生  CランクからBランクという区分けぐらいでしょうか。 ○樋口座長  みんな同じように変化してしまうと困るのですが。  本日、もう一つの議題がありますので、またあとで振り返ることにして、次の「諸外 国最低賃金制度について」ご説明いただけますか。 ○前田賃金時間課長  資料4をご覧ください。諸外国ということで主にアメリカ、イギリス、フランス、ド イツの4カ国についてまとめております。  まずアメリカ合衆国ですが、大きくは、連邦最低賃金と州別最低賃金という二つ、制 度としてあるということです。連邦最低賃金は公正労働基準法に基づいて決められてい まして、それが適用される範囲は、ロにありますように一つは、州際通商、あるいは州 際通商のための製品製造に従事する、年間売上高が50万ドル以上の企業に雇用される労 働者、もう一つは病院や学校、あるいは連邦・州については売上高を問わずに適用とい うことで、全体では大体8割以上の労働者が適用対象になっていると言われておりま す。  連邦最低賃金額は全国一律に法律で定める。現在の最低賃金額は1時間5.15ドル、こ れは1997年9月に改定されたものです。現在の為替レートで換算すると579円になる。 改定は、改定案が議会で承認されて、大統領がサインをすれば認められる。適用除外に ついては、ヘにありますように管理職や専門職、娯楽施設雇用者、小規模の新聞社や電 話会社、小規模農場等です。  2頁にいって減額措置です。20歳未満の若年者については、就業後最初の90日間につ いては減額措置があって1時間4.25ドル。障害者については、労働長官が発給する証明 書に従って、通常の最低賃金額以下で雇用が認められるということです。チップを得る 従業員(定期的に月30ドル以上のチップを得る者)は、この最低賃金が1時間2.13ドル に減額されます。ほかに、大学に通学し小売・サービス店で働いている者が85%まで、 高校で職業訓練中の16歳以上の者が75%といったような減額があります。  最低賃金の対象となる賃金については食事・宿舎などの便宜供与とか、チップの額を 算定することが認められるということです。それ以外の現物給付等は除外される。罰則 については、繰り返しないし故意に連邦最低賃金に違反する雇い主に対しては、1違反 について1,000ドル以下の罰金が科せられます。以上が連邦最低賃金です。  一方、各州で州別の最低賃金を設定しているものがあります。7つの州については州 別がないようですが、それ以外の州では州別最低賃金が決められているということで す。その適用範囲も州法で決まっていますので、州によって異なるのですが、大体、州 内のすべての労働者というものが多い。州法で決める場合には、法定のものとか審議会 あるいは両方式併用など、各州によってそれぞれ設定方式等は違っているということで す。連邦最低賃金より高い最低賃金を州法で決めている場合には、高い方の最低賃金が 適用されます。  3頁。各州の最低賃金額をみると、1時間2ドルから8.5ドルということになってい る。連邦最低賃金の5.15ドルを上回って最低賃金を決めている州が12で、連邦最低賃金 と同じという州が27。額の改定もそれぞれの州によって、連邦最低賃金に合わせると か、あるいは消費者物価指数で改定するとか、さまざまな改定方法があります。適用除 外も州によってさまざまですが、例えば小規模の小売業・サービス業等を除外している ものがあります。罰則も州法によるのですが、州別最低賃金はあるが罰則はないという のが9つあるということです。連邦最低賃金は先ほどもありましたように1990年に4.25 ドルになって、その後、1996年から97年にかけて2段階の引上げが行われたということ です。ちなみに、ILO条約は批准していません。  4頁はイギリスです。イギリスは従来、賃金審議会というのがあって、そこで産業別 に最低賃金を決めていたのですが、それが廃止されたあと、現在は、1998年の最低賃金 法で全国一律の最低賃金が定められているということです。適用範囲は18歳以上の労働 者。設定は全国一律で低賃金委員会という審議会方式の決定です。現在の最低賃金が1 時間4.5ポンド、現在のレートで904円。額の改定は、大臣が委員会に諮問して、委員会 で賃金動向とか、経済への影響等を考慮しつつ、労使等からのヒアリングなども行った 上で額を勧告する。その勧告を受けて大臣が最低賃金を決定する。減額については、18 歳から21歳までは3.8ポンドで、若干低いレベルでいいということ。適用除外されるの は、ここに掲げている自営業や18歳未満、あるいは学生の一部等です。  5頁にいって、最低賃金に含まれないものとして超過勤務手当等、さまざまな手当が 最低賃金に含まれないということ。罰則については、最低賃金を支払うことを拒否した 場合、あるいは記録保存等をしていない場合などに、5,000ポンド以下の罰金。ほかに、 労働者が使用者に問い合わせてそれに応じなかった場合に、最低賃金80時間分を払わな いといけないといった制度等があるようです。  経緯は、先ほども申し上げましたがイギリスでは、1909年に賃金委員会法が制定さ れ、それが1945年に賃金審議会法に改正されていますが、もともとは低賃金労働者とい うか、団体交渉によって賃金を決定できないような分野(苦汗産業)について産業別に 最低賃金を設定していた。特に小売業、ホテル業、縫製業などの低賃金労働者がかなり 多く、この最低賃金の適用を受けていたということです。1979年に保守党が政権を取っ たあと、この賃金審議会の影響力が徐々に弱められ、最低賃金と平均賃金の比率が低下 していったというようなことや、1975年の雇用保護法で、雇い主が賃金決定する際は、 市場賃金に沿って決定しなければいけないといったような規定がなくなったこと、ある いは賃金審議会の数が減少傾向にあった、さらに1986年の賃金法で賃金審議会の権限 が、成人向けの労働者の最低賃金のみの決定に縮少されたといったような経過をたど り、1993年に賃金審議会が廃止されたということです。廃止時点では26の賃金審議会 で、約250万人の労働者が影響を受けていたとされております。  その後TUCが全国最低賃金の導入を求めて、労働党政権の下で1998年に最低賃金法 が制定されて、1999年から全国一律の最低賃金が導入されたということです。一応、全 国最低賃金の導入はほぼ順調に行われてきたとの評価がされているようで、競争力につ いてもそれほど大きな問題になっていないとか、あるいは所得分配、賃金格差について は、ある程度目的が達成されているといったような評価です。ILO条約については、 第26号条約を以前批准していたのですが、1985年に脱退したということです。  7頁がフランスです。フランスでは、労働法典で全国一律の最低賃金があり、労働協 約法制として拡張方式というものがあるということです。労働法典に基づいてSMIC という全国一律の最低賃金が、1950年に「労働協約及び労働争議の解決手続き関連法」 で制定された。その当時はSMIGと言っていて、1970年にSMICと名称が変わって いますが、原則として全労働者に適用されて、全国一律で審議会方式で決定する。現時 点では1時間7.61ユーロで、これは為替レートで換算すると1,027円です。  SMICの改定については、フランスの文献では3原則と言われているのですが、一 つは物価スライド制ということで、消費者物価上昇率が2%に達した時点で自動的に改 定されます。二つ目は、SMICの購売力の年間増加率は、一般賃金の平均時間給の実 質上昇率の半分を下回ってはいけない。三つ目に、SMICの増加率と全般的経済状況 及び所得変動との間にある長期的な不均衡の是正に有効に機能しなければならないとい うことです。改定については、毎年7月、物価スライド等によって随時改定されます。  減額措置としては、18歳未満については20%、10%といった減額があり、障害者等に ついても減額率が定められているということです。文献上、巡回セールスマンや、労働 契約を結んでいない企業の幹部指導者については適用除外というように記述がされてお ります。最低賃金の対象となる賃金はここにあるように基本給、現物支給、チップ等 で、時間外手当等は除外されるということです。罰則は、SMIC額違反の罰金が最高 1,500ユーロ。これは1人についての罰金額ということで、人数分がかかるということ です。  これが全国一律の法律に基づく最低賃金ですが、フランスの場合は賃金が一般的に業 種別の労働協約によって決まっていまして、それを一部拡張するという仕組みが労働協 約法制の中にあるということです。一般には業種別に設定される。賃金交渉を年1回行 うことが義務づけられていまして、労使ともにその締結されたレベルで、代表的な組合 的団体が締結した労働協約について、一方の申請あるいは職権によって、CNNC(団 体交渉全国委員会)の意見を聴いた上で、一定の地域内の業種のすべての労使に拡張適 用の決定をすることができるという仕組みがあって、それによって最低賃金の適用を受 けている者がいるということです。  最近の状況としてフランスでは、労働時間が週39時間制から週35時間制に短縮が進め られているわけですが、時間単価で最低賃金を決めている関係で、時間が短くなると収 入が減るということになます。その減収分を、第2オブリ法によって政府が差額補填す ることとしていますが、労働時間短縮をいつ実施したかによって補填の額が異なってき ているということです。9頁です。その週35時間制への移行時期によって5種類の補填 があり得るので、現在、最低賃金が全部で6つに分かれています。その6種類の法定最 低賃金を、2002年に成立したフィヨン法によって、2003年から、週35時間制を緩和する とともに、2005年度までの3年間で、高いものに一本化するため、この後さらに11.4% ほどの最低賃金の引上げが必要になるということです。これについては一方で、社会保 障費の減免等の措置を行うこととされている。フランスはILOの第26号条約、第131 号条約を批准しています。  10頁がドイツです。ドイツは、イの所にありますように、「最低労働条件の法的定義 に関する法律」というのがあって、法的拘束力のある賃金の最低労働条件を決定するこ とができるという法律はあるわけですが、これは民事的効力だけで罰則はない。この最 低賃金の定めはかつて一度も発動されていないので、これまで法定の最低賃金というの はない。ですからドイツの場合、一般には労働協約法制によって産業別に賃金が決まっ ていくということです。ただ、労働協約法の中で、一般的拘束力という制度があって、 ロの(1)と(2)、労働者の100分の50以上の者がその労働協約の適用を受けるということ と、その一般的拘束力宣言が公共の利益に合致すると認められる場合、この労働協約当 事者の申請に基づいて、労使各側3人ずつの委員会の了承を得て労働協約の一般的拘束 力を宣言することができます。いわゆる拡張適用の仕組みが労働協約法制の中にあると いうことです。  ドイツの場合、建設業は全国規模のようですが、賃金協約は通常は州単位の産業で決 められるということですから、この一般的拘束力宣言があった場合には、当該労働協約 が予定する地域及び産業に従事する労働者すべてにその基準が及ぶということです。そ の賃金についての労働協約の適用を受ける労働者が、2000年には2,040万人、その内こ の一般的拘束力によって拡張されて適用された者が60万人程度だということです。  ドイツの最近の状況としては、このように法的には最低賃金がないということです が、食品・レストラン労働組合等は法的最低賃金の導入を要求しています。しかし、他 の労働組合は懐疑的で、連邦政府も今のところ、この提案は政策目標とはしていないと いうことです。一方、国際競争の激化等の中で経営者等は、この労働協約の最低賃金の 下限引下げなどの改革を要求しており、さらに経営者団体を脱退してこの団体交渉から 抜けるという企業が増えつつあるといった状況です。ILO条約については、ドイツは 第26号条約を批准しております。  次の頁は日本と今までの4カ国をまとめたものです。ILO条約には最低賃金に関す るものとして、第26号条約と第131号条約という二つの条約があって、日本は両方とも 批准しています。第26号条約は「最低賃金決定制度の創設に関する条約」です。第1 条、最低賃金を設定するものは、「労働協約その他の方法により賃金を有効に規制する 制度が存在していない若干の産業又は産業の部分であって、賃金が例外的に低いものに おいて使用される労働者」といっています。一般的には低賃金な苦汗産業と言います か、そういうものを対象に最低賃金を設定しなさいという条約だということです。  第2条は、労働者団体、使用者団体と協議した上で、いずれの産業に適用するかを決 定する自由を有する。第3条は、最低賃金制度の性質、形態、運用方法は各加盟国が決 定する。その決定に際して労使団体が協議を受けるとか、運用に参加する。第3条第2 項(3)で、最低賃金は使用者を拘束して、労働協約によって引き下げることはできな い。第4条で、最低賃金確保のために監督及び制裁の制度によって必要な措置をとる。 第2項はその最低賃金の効力として、最低賃金より低い支払を受けたものは、その不足 額の支払を受ける権利を有する、といったようなことが定められております。  次の頁が、第131号条約です。これは題名にもありますように、「開発途上にある国 を特に考慮した最低賃金の決定に関する条約」です。第1条は、その最低賃金はどうい うところに適用するかということで第1項、「雇用条件に照らし対象とすることが適当 である賃金労働者のすべての集団について適用される最低賃金制度を設置する」とされ ていまして、この第131号条約はどちらかというと、一般最低賃金を適用すべきという 趣旨の規定です。  第1条第2項は、その最低賃金の対象を労使団体と協議して決定する。第2条で、最 低賃金は法的効力を有して引き下げることができない、最低賃金の適用を怠った場合に は相当な刑罰その他の制裁を受ける。第3条では最低賃金の水準について規定していま して、(a)がいわゆる生計費等の生活水準を考慮する、(b)が経済的要素、経営側 の要素ということです。第4条で決定についての労使との協議や、平等の立場で参加す るといったようなことが規定されています。  諸外国の制度については以上です。 ○樋口座長  ありがとうございました。では、ご質問をお願いします。 ○今野先生  ドイツの労働協約による方式なのですが、ドイツは職種別に決めているというような イメージがあります。そうではなくて、この地域でこの産業といったら最低いくらと、 そういう決め方なのですか。タリフ交渉をやって、大体ランクを決めて、このランクに はこういう職種・仕事が入って、それの産業別の最低賃金はこれだといって、各企業が ドリフトするという、何となくそんなイメージなのですが、それとは違うわけですか。 ○前田賃金時間課長  通常、賃金を決定する際に、労働協約上はその職務とか資格によっていくつかのグル ープに分けられますが、その中で最も低額の賃金・俸給グループというものが単純作業 の不熟練の雇用者になるわけで、一応それを一種の下限とみています。そういう水準は あるということです。結局、それぞれの職務ないし資格ごとに決まり、そういう方には 労働協約上それが適用されますので、最低賃金となるのです。 ○今野先生  そうすると、いちばん下だけ考えると、日本と同じような最低賃金という感じです が、実は全体の体系があるという考えと、それぞれ職種別に最低賃金を決めているとみ えなくもないということなのですか。 ○前田賃金時間課長  そうですね。結局、その職務なり資格に応じて、賃金などを決めますので、それが適 用される限りは最低ということになります。 ○今野先生  今回問題になっている産業別最低賃金と非常に関係が深いので、ちょっとお聞きした いのですが、ドイツだけ特殊な感じですね。フランスもそういう感じですか。私も詳し くは知らないのですが、産業別の組合と産業別の団体で、ドイツみたいに職務に点数を つけるのですね。これはいくらと決めて、個別企業にいくと、それを最低にして上に乗 せているというやり方があるのですね。 ○前田賃金時間課長  フランスも職務等級表みたいな形で決めて、更にいくつかのグループを職務等級で分 けて、通常、労働協約で決めます。それが大体その等級を決めていますので、賃金決定 はその職務等級に応じて決まっていくと、その職務等級に対応した最低の保証額という ものを労働協約で決めていく形になると思います。 ○樋口座長  それぞれの国の専門家がいらっしゃいますので、ちょっと助けを借りた方がいいです ね。フランスは、どうですか。 ○奥田先生  今の点に関してのご説明で、そのとおりだと思います。産業別の方は、今おっしゃっ たように、現業労働者や事務職員や幹部職員などのカテゴリーに分かれています。それ ぞれのカテゴリーについていくつかの等級があり、それがさらにいくつかのレベルに分 かれていて、それぞれに賃金係数がつけられています。技能資格のない労働者が底辺に ありますが、例えばそれを100とすると、150とか200というように係数がつけられてい ます。それぞれに対応する形で自分が該当するところの最低賃金となって、給料明細書 などに記載された等級や係数でどこが自分の最低賃金かがわかるという形です。 ○今野先生  極端に言うと、フランスは、職種別というか仕事別最低賃金になっているということ ですか。括っていると思いますが、広くいくと、どの職種・仕事に就いているかによっ てどのカテゴリーに入るかが決まり、そして、最低賃金このぐらいという金額まで出す と、一種の職種別というか仕事別最低賃金になるのですか。 ○奥田先生  どこまで細かく配分するかということがありますが、まず、産業があって、それぞれ の職種があって、その中の職務をどこまで細かく配分するかということになると思いま す。 ○樋口座長  法定最低賃金では職種について決めるのですか、これは全部一律に決まって、あとは 労使ということですね。 ○奥田先生  そうです。このSMICの方は、産業とかそういう区別はなく、地域による区別もあ りません。 ○樋口座長  では、橋本先生から資料が提出されている、ドイツについてお願いします。 ○橋本先生  その前にフランスについて質問なのですが、産別の労働協約が適用されない労働者に SMICが適用されるということですか。 ○奥田先生  いいえ。SMICは、まずいちばん底辺として適用されますので、それに加えて、産 別のものがそれよりも高く設定されればそちらが適用されるという構造になります。も っとも、事実上はおっしゃったようになりますが。 ○橋本先生  今奥田先生がご説明くださったように、フランスには制度、労働協約によって賃金が 決まり、SMICのようなそれを補う法定最低賃金がありますが、ドイツはそういった ものがない国なのです。今までは、労働協約によって、事実上労働者はカバーされてい るということで、組合員でなくても使用者が労働契約で労働協約の労働条件をそのまま 引き移すという慣行がとられていたわけです。一般的拘束力について、事務局がご用意 されたレジュメに書いてありますが、一般的拘束力宣言が付されていなくても、労働契 約で労働協約の労働条件をそのまま援用するので、評価としては、わざわざこれをやら なくてもそのような効果が生じていたと、これまではそう理解されています。  法律はいろいろ整っています。家内労働者は労働者ではないのですが、労働協約を締 結することができることになっているので、一般的拘束力宣言と同じような制度とし て、家内労働委員会というところで、最低工賃額を決定できることになっています。レ ジュメの2ページ目の「最低労働条件法」は、この労働協約が存在しない場合を想定し て作られました。委員会において全国レベルで最低条件を決定できるのですが、一度も 発動されたことがありません。  その隣りに「建設業等派遣法」というものがあります。一般的拘束力宣言が問題にな るのは建設業が多いのですが、外国の建設事業者が外国人労働者をドイツで就労させる 場合には、一般的拘束力宣言が付された協約が適用されないという判例があったため、 やはり必要だということで立法化されたわけです。一般に外国の使用者、外国企業であ ることが必要なのですが、これは、ドイツ企業であれば当然ドイツの労働協約にカバー されるという理由です。  こういう法律が、ドイツの建設業において、外国の労働者が安い賃金で働くことによ って、国内の建設労働者の雇用を脅かすことを防止するために、特別にできています。 この他、代理商と呼ばれるセールスマンについても最低労働条件を定める法律がありま すが、これも用いられたことはありません。あとは、この研究会とは関係ありません が、他に賃金額を決定し得る、規制し得る規範について、日本の民法第90条にあたる民 法典138条に、公序良俗に反するような著しい低額な賃金などは無効になるとか、差別 の規定として、差別的な賃金は無効になって優遇される方の条件に合う、というものが あります。  最後に、最近の議論として、ちょうど2週間前、2004年9月22日の新聞『FAZ』を 紹介しております。金属産業労組とVerdi(サービス産業労組)というドイツの2大産 業労組が、最低賃金法が必要だという議論を出して、緑の党がそれを受けたが、SPD は現在それは必要ないという立場です。労働協約がない、カバーされない労働者が増え てきているので、フランスのような最低賃金法が必要だと理解しています。いちばん低 い最低賃金を調べてみましたが、職種については調べていません、調べればわかります けれども。化学産業と金属産業について、2004年で11.21ユーロと10.18ユーロ、職業訓 練生はもっと低い額が規定されています。以上です。 ○樋口座長  ありがとうございました。石田先生、もう一つ。 ○石田先生  私は、イギリスとアメリカの専門だと誤解されているのですが、全然専門ではなく て、一般の賃金の仕組みはそれぞれ両国について勉強しているのですが、最低賃金につ いてそれほど注意を払ってきたわけではないので、今日の事務局のお話は参考になりま した。若干補足し得るとしたら、米国のminimum wageについては、先ほど言った、連邦 レベルの規定と州レベルの規定があるという話です。それからもう一つは、最近、 living wage運動というのが非常に高まってきて、これはかなり実質的に賃金を規制し 始めているのではないかという印象を持っています。各自治体が仕事を発注する際、請 負業者に、これこれの金額でないと駄目だというような、生活賃金を義務づける条例を 今70の自治体でやっています。その水準が高い所だと7.7ドルとか、特に健康保険を含 むか含まないかによって、含まないものについては10ドル近くの水準を課しているとい うことが運動論的に結構出ています。ということが最近アメリカで注目すべきことかと 思います。  それから、英国についても特に補足すべきことはないのですが、英国はやはりEUと の関係で、ずい分腰が重かったのが、EUに引きずられたかという感じを持っていて、 したがって、そこではpoverty line(貧困線)の議論、公的扶助と最低賃金の関係、こ ういうものがかなり意識されていて、労働側の要求では、男性の賃金の中位数を最低賃 金の目標にしようという、そこはある種のpoverty lineがイメージされた上での議論に なっています。そこはちょっと補足したいと思います。  それからもう一つは、アメリカとイギリスの税制の問題です。これはあまりよくわか らないのですが、簡単に言えば負の所得税と言えばいいのでしょうか。つまり、公的扶 助に頼るのではなくて、勤労した人が割を食わないように、勤労して、かつ養育、お子 さんが2人いるとかいった場合には負の所得税を払うと。例えばアメリカの場合には earned income tax creditと言われているものだとか、原語は何というかよくわかり ませんが、それに類するものがイギリスにもあって、どうも最低賃金を議論する際にそ うした税制でどう所得水準をみていくかと考えないとバランスを失するという感じがし ます。最低賃金の制度自体については、今日の事務局側の報告で尽くされているのでは ないかと思います。 ○樋口座長  ありがとうございました。他の先生方、何かございますか。 ○大竹先生  私は素人なので、今聞いた範囲で理解するとこう解釈しています。産業別の最低賃金 というのを審議会で決めているのは日本だけで、ドイツの場合には、ご説明があったと おり、建設業だけで一部例外的にあると。他の国は、フランス、ドイツについては労働 協約を拡張する形でやっているのであって、政府が関与しているということはないと解 釈しています。 ○渡辺先生  補充が必要です。日本も審議会でやっていますが、審議会に出てくる前には労働協約 の適用ケースでやることになっているので、きれいに二つに分けられないのではないか と。今審議会でやっているというのは、審議会で決定する前の段階で、労働協約の適 用、最低賃金に関する規定が適用対象産業労働者の2分の1以上に適用される場合には 拡張することになっているので、それを審議会で決定するということです。ヨーロッパ 方式、準ヨーロッパ方式でも行われていると、それ以外の方式もあります。 ○樋口座長  お墨付きが、ということですか。 ○渡辺先生  ええ。そういうことです。 ○今野先生  国際比較について気になる点がもう1点あり、適用除外と減額措置です。適用除外は いいのですが、減額が、例えば学生を減額するのはアメリカとか、日本にはそういうも のはないですね。どういう考え方で減額したり、適用除外したりするのか、このあたり は制度設計上はすごく重要だと思うのです。これは、事実はわかりました。 ○石田先生  一番賃金水準に影響する若年者ですと、法的に指標賃率より上に決めるわけですか ら、それによって雇用が減ってはいけない。私は、youth unemployment対策だとみてい ます。 ○今野先生  ということは、実質上最低賃金をディスカウントしているのですね。 ○石田先生  そうです。そういう配慮ではないかと、私は理解しているのですが、間違っているか もしれません。 ○今野先生  詳しくみれば、どうかわからないのですが、かなりの人数がこの適用対象者になって いた可能性がありますね。あと、年齢の問題があります。ドイツは18歳未満でしたか。 例えばドイツやフランスの場合は、アプレンティスの人たちはみんなディスカウントは OKですから、多分、あの人数というのは数10万人か100万人ぐらいはいるかと思うので す。足し合わせると意外に多くなって、ディスカウント対象者が多いのではないか。そ の点、日本は少ないのではないかという感じがするのですが、そのあたりの考え方を整 理・理解しておいた方がいいかと、そういう意見です。 ○樋口座長  総じて、アメリカは最低賃金が連邦で579円、相対的に低いと言えば低いのですが、 他の、イギリスは円換算で904円で、フランスは1,027円、高いですよね。私は、もっと 安く働いているのをたくさん知っています。制度としてこのようなものがあるというの はわかるのですが、運用というか、監督というか、最低賃金を下回る労働者が今の適用 除外も含めてかなりいるのではないかという感じがするのです。確かKruegerらの論文 で、賃金分布を描いて、最低賃金をポンと引いて、最低賃金以下の人たちは何パーセン トいるというものです。先ほど、前回出た「影響率」がありましたね。「未満率」とい うのでしたか、あのようなものを計算しているものがあるのです。ここあたりが高いな という、こんなに高くてどうするのかという所もあるので、どうなっているのかをわか る範囲で結構ですので調べていただけますか。 ○前田賃金時間課長  はい。調べてみます。 ○奥田先生  額でみると非常に高いのですけれども、SMICに該当している人は、少し前の数値 で13から14%と言われています。また、労働協約の拡張によって産業別の設定で決まっ ている人の方が多いわけですから、そうなると更にレベルが上がることになります。確 かに守られていない部分もかなりあると思うのですが、一方で産業別で設定されている 所がかなり多いというのも状況としてはあるかと思います。ただ、順守の度合いは実態 をみないとわかりません。 ○渡辺先生  別のことですが、橋本さんに伺います。どうも前にやった所を忘れてしまったのです が、労働協約の拡張適用の要件が2分の1、100分の50というのは、拡張適用は最低賃 金規定だけではなくて、いろいろな労働条件について一定の要件が備われば拡張適用さ れるはずなのですが、100分の50というのは最低賃金規定についてだけですか。 ○橋本先生  違います。全部です。 ○渡辺先生  どうもありがとうございました。 ○樋口座長  他にいかがですか。よろしいでしょうか。  それでは、ちょうど時間もきておりますので、本日の会合はこれで終わりにしたいと 思います。事務局から連絡がございましたらお願いします。 ○前田賃金時間課長  次回はあらかじめ日程を調整させていただきまして、11月12日(金)午後4時からと いうことで予定していますので、よろしくお願いいたします。正式には追って通知しま す。  次回ですが、労使あるいは有識者からヒアリングをしたいと思い、今個別に候補の方 に当たっているところで、まだ正式に確定はしておりません。また、次回と次々回、2 回でヒアリングをやりつつ、それ以外の所では今日のいろいろなご指摘も含めた資料等 を準備したいと思っています。ですから、どなたにヒアリングするというのが正式に決 まりましたら、その時点で皆様にお知らせをしたいと思います。そのときに、特にこう いうことを聞きたいというのがございましたら、また事務局の方に個別にご連絡いただ ければと思っています。以上です。 ○樋口座長  ありがとうございました。次回、11月12日午後4時からということでよろしくお願い します。本日はどうもありがとうございました。 (照会先) 厚生労働省労働基準局賃金時間課政策係・最低賃金係(内線5529・5530)