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女性労働に関する主な裁判例


 昇進・昇格、賃金等関係

【賃金】

 岩手銀行事件
 (平成4年1月10日 仙台高裁判決/確定)

(事案)
 Y社の給与規程においては、「世帯主たる行員」に対して家族手当・世帯手当を支給するとし、配偶者に所得税法上の扶養控除対象限度額を超える所得がある場合には、夫のみを右「世帯主たる行員」とするとしていた。
 Xは、夫、長女、実父母と同居しており、家族手当等を支給されていたが、Xの夫が市議会議員に当選し、所得税法に規定されている扶養控除対象限度額を超える所得があることとなった以降、それまで支給されていた家族手当等の支給が停止されたため、Xは、長女を扶養する世帯主たる行員であるとして、家族手当等の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 本件家族手当等は就業規則により規定され、労働協約によって決められており、労基法上の賃金に当たる。Y社は給与規程上の条項を根拠にして、男子行員に対しては、妻に収入(所得税法上の扶養控除対象限度額を超える所得)があっても、本件家族手当等を支給してきたが、Xのような女子行員に対しては、生計維持者であるかどうかにかかわらず、実際に子を扶養するなどしていても夫に収入があると本件家族手当等の支給をしていないというのだから、このような取扱いは男女の性別のみによる賃金の差別扱いであると認めざるを得ない。
 よって、本件給与規程の当該条項及びこれによる本件家族手当等の男女差別扱いをして、合理性があるとするような特別の事情もないので、当該条項は強行規定である労基法4条に違反し、民法90条により無効であるといわなければならない。


 日産自動車事件
 (平成元年1月26日 東京地裁判決/平成2年8月 東京高裁和解成立)

(事案)
 Y社においては、「家族手当は・・親族を実際に扶養している世帯主である従業員に対し支給する。」との家族手当支給規程の下において、「世帯主」とは、住民票上の「世帯主」ではなく、現実的・実質的に親族を扶養している者とし、共働き夫婦の場合については、いずれか収入額の多い方とするとの取扱いがなされている。
 この規程の下で家族手当を支給されなかったXが、当該家族手当支給規程及び取扱いが労基法4条、民法90条に違反すること等を主張して、家族手当の支払い及び損害賠償請求等を行ったもの。
(判決の要旨)
 本件家族手当については、就業規則等により支給条件が明確に規定されており、労基法上の賃金に当たる。
 Y社において採用していた家族手当の支給方式(扶養家族の数が増加するに従って扶養手当の総額を一定額まで増額するが、第二、三被扶養者に対する手当の額は第一被扶養者のそれより少額とする方式)の下では、仮に共働き夫婦に分割申請を認めると扶養家族数が同一であっても、共働き夫婦に多額の家族手当を支給しなければならないことになって公平を欠く結果をもたらし、また支給事務も繁雑となるため、家族手当の支給対象者を夫又は妻のいずれか一人に絞る必要があることから、共働き夫婦による分割申請を認めず支給対象者を一人に絞ることはやむを得ないものというべきである。
 さらに、本件家族手当が生活補助費的性質が強い事実に鑑みると、家族手当を実質的意味の世帯主に支給する被告会社の運用は不合理なものとは言い得ず、さらに支給基準を夫又は妻のいずれか収入の多い方に支給することは、明確かつ一義的な運用であり、不合理なものとはいえない。
 また、本件規程よりも優れた規定ないし運用もありえるが、本件規程が不当なものでない以上、本件方式を採用するか否かはY社の裁量に属すべきものである。なおまた、本件当時Y社において妻より夫の方が収入の多い家庭が多数を占め、それがために家族手当の支給対象の多くが夫即ち男性に限られていたとしても、被告会社において夫婦の一方にのみ家族手当を支給するものとする以上、本件のような基準もやむを得ないものというべきである。
 以上のとおり、本件規程及び運用基準は労基法4条及び民法90条に違反するものではなく、また女子従業員を不当に差別したものでもない。


 三陽物産事件
 (平成6年6月16日 東京地裁判決/平成7年7月 東京高裁和解成立)

(事案)
 Y社の給与制度においては、基本給は本人給と資格給に分けられ、本人給については、原則として年齢に応じて支給されることになったが、非世帯主及び独身の世帯主の労働者(後に勤務地限定の要件を追加)には所定の本人給を支給しないことがあると規定され、26歳の年齢給が適用されるとされていた。そして男性に対しては、全員「勤務地域無限定」であるとして実年齢による本人給を支給し続け、「非世帯主及び独身の世帯主」である女性に対しては「勤務地域限定」であるとして、26歳相当に据え置いたままであった。
 そこで、Xら3名の女性が、「世帯主・非世帯主」、「勤務地域限定・無限定」のいずれの基準も、労基法4条違反であるとして、実年齢相当の本人給との差額と一時金との差額の支払い等を請求したもの。
(判決の要旨)
(1)  世帯主・非世帯主の基準の効力
 Y社は、世帯主・非世帯主の基準を設けながら、実際には、男子従業員については、非世帯主又は独身の世帯主であっても、女子従業員とは扱いを異にし、一貫して実年齢に応じた本人給を支給してきていること、また、本人給は、本人の生活実態に見合った基準による最低生活費の保障を主たる目的として支給するという趣旨に合致しないこと等から、この基準は、女子従業員に対し、女子であることを理由に賃金を差別したものというべきであり、労基法4条の男女同一賃金の原則に反し、無効である。
(2)  勤務地限定・無限定の基準の効力
 一般論として、広域配転義務の存否により賃金に差異を設けることにはそれなりの合理性が認められるが、Y社においては、給与規定の改定に当たって、男子従業員には勤務地無限定、女子従業員には勤務地限定と記入した勤務地確認票を送付していたこと、また、男子従業員であっても、必ずしも営業職につくとはいえず、営業職についても広域配転の割合は微々たるものであると認められること等から、当該基準は、真に広域配転の可能性がある故に実年齢による本人給を支給する趣旨で設けられたものではなく、女子従業員の本人給が男子従業員のそれより一方的に低く抑えられる結果となることを容認して制定され運用されてきたものであるから、女子従業員に対し、女性であることを理由に賃金を差別したものであるというべきであり、したがって、労基法4条の男女同一賃金の原則に反し、無効である。


 内山工業事件
 (平成13年5月23日 岡山地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 Xらが、女子であったことを理由に、勤続年数、年齢を同じくする男子従業員に比較して、賃金等の支給につき不合理な差別をしたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、Y社に対し、差別がなかったとすれば支給されたはずの賃金等と現実に支給された賃金等との差額相当損害金の支払いを求めたもの。
(判決の要旨)
 Y社においては、I表II表の2種類の賃金表があり、いずれの年度においてもI表は男子に、II表は女子に適用するものとして作成、運用され、かつ女子従業員の基本給は、II表という形で、意図的にI表の男子従業員の賃金よりも低く設定、運用されてきたものと認められる。一般に、男女間に賃金格差がある場合、労働者側でそれがもっぱら女子であることのみを理由として右格差が設けられたことを立証するのは実際上容易ではないこと等からすれば、男女間に格差が存在する場合には、それが不合理な差別であることが推認され、使用者側で右格差が合理的理由に基づくものであることを示す具体的かつ客観的な事実を立証できない限り、その格差は女子であることを理由として設けられた不合理な差別であると推認するのが相当である。
 Y社は、同社の工場における労働は全てI表の適用されるAの職務と、II表の適用されるBの職務に区別され、男女の職域が分配されているところ、男女間の賃金格差が生じているとしても、これは男子と女子との職務内容の相違によるものであって、不合理な差別ではないと主張するが、Y社が主張するA、Bのそれぞれに該当する職場は、必ずしもその区別の基準が明確であるとはいえず、A、Bの職務に、男女が明確に二分されて配置されているわけではない。しかし、II表適用従業員(女子)は、I表適用従業員(男子)の約8割弱の基本給しか支給されていないのであるから、その格差は過大であり、使用者に賃金決定の裁量があるとしても、その裁量を逸脱したものと言わざるを得ず、本件においては、男女の賃金格差に合理的な理由があるとはいえない。
 したがって、本件において、昭和63年から平成7年10月までの基本給については、不合理な男女差別が存在したものと認められ、Y社の行為は、労基法4条に違反する違法なものとして不法行為を構成し、各年度各月又は各期においてXらと勤続年数、同年齢の男子従業員に支給されるべき賃金等とXらに実際に支給された賃金等との差額が右不法行為によりXらに生じた損害となる。


 京ガス事件
 (平成13年9月20日 京都地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 Xが、同期入社・同年齢の男性と比較して、女性であることを理由に差別を受けたとして、Y社に対し、不法行為に基づき、差額賃金相当額の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 平成2年4月から平成13年3月までのXの給与総額は同期入社の男性社員であるAの75パーセント弱である。したがって、本件賃金格差が存在すると評価できる。XとAの各職務の遂行の困難さにつき、証拠を総合すれば、その各職務の価値に格別の差はないものと認めるのが相当である。XとAとは同期入社であり、年齢がほぼ同じであること、Y社の就業規則には、事務職と監督職も同じ事務職員に含まれていること、Y社では、男性社員のみ監督となることができ、女性社員であるXは本人の意欲や能力に関わりなく監督になることができる状況にはなかったこと、XとAの各職務の価値に格別の差はないものと認めるのが相当であることからすると、本件賃金格差は、Xが女性であることを理由とする差別によるものと認めるのが相当である。そうすると、本件賃金格差は労基法4条に違反して違法であり、Y社はXに対し、民法709条に基づき、生じた損害を支払う義務がある。


【配置・昇進・昇格、賃金】

 芝信用金庫事件
 (平成12年12月22日 東京高裁判決/平成14年10月24日 最高裁和解成立)

(事案)
 女性であることを理由として、同期入社の男性職員と比較して昇格及び昇進において著しい差別的待遇を受けたとして、Xらが、Y社に対し、「課長職」の資格及び「課長」の職位にあることの確認と、差額賃金の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 人事制度自体の問題としては、昇格試験について、不公正・不公平とすべき事由は見出せないが、評定者となっている幹部職員が、男性職員に対してのみ、人事面、特に人事考課において優遇していたものと推認せざるを得ない。そうすると、同期同給与年齢の男性職員のほぼ全員が課長職に昇格したにもかかわらず、依然として課長職に昇進しておらず、諸般の事情に照らしても、昇格を妨げるべき事情の認められない場合には、Xらについては、昇格試験において、男性職員が受けた人事考課に関する優遇を受けられないなどの差別を受けたため、そうでなければ昇格することができたと認められる時期に昇格することができなかったものと推認するのが相当である。
 昇格に関する判断については、Y社の経営判断に基づく裁量を最大限に尊重しなければならないことはいうまでもない。しかし、Y社が採用している職能資格制度においては、昇格の有無は、賃金の多寡を直接左右するものであるから、女性であるが故に昇格について不利益に差別することは、女性であることを理由として、賃金について不利益な差別的取扱いを行っているという側面を有する。そして本件のように資格の付与が賃金額の増加に連動しており、かつ資格を付与することと職位につけることが分離されている場合には、資格の付与における差別は賃金の差別と同様に観念することができる。
 したがって、女性職員であるXらに対しても男性職員と同様の措置を講じられることにより、同期同給与年齢の男性職員と同様な時期に課長職昇格試験に合格していると認められる事情にあるときには、Xらが課長職試験を受験しながら不合格となり、従前の主事資格に据え置かれるというその後の行為は、労基法第13条の規定に反し無効となり、Xらは労働契約の本質及び労基法第13条の規定の類推適用により、課長職の地位に昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有する。


 商工組合中央金庫事件
 (平成12年11月20日 大阪地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 Xは、昭和47年4月に事務職として採用されたが、昭和63年度にY社がコース別人事制度を導入した際に、総合職を選択した。しかし、同期高卒男性職員と比較し、配置や人事考課等について、女性であるがゆえに差別をされたとして、Y社に対し、労基法4条、債務不履行責任ないしは不法行為責任に基づき、差別がなければ到達していたであろう資格にあることの地位確認及び差額賃金ないしは差額賃金相当額の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 Y社の人事制度自体男女別労務管理制度とまではいえない。また、総合職の昇格・昇給の決定に係る人事考課は、その結果が企業の実績を左右する重要なものであるが故に、最終的にはY社の総合的な裁量的判断に委ねられるのが相当であるが、右人事考課が、専ら性による差別に基づいて行われた場合のように著しく不合理で社会通念上許容できないものであるときは、右裁量権を濫用するものとして、違法といわざるを得ない。
 平成4年度のXに対する人事考課は、平成5年4月時点でXと同期・同学歴の男性職員のうち83%の者がXより上位の資格にいること等からすると、男女差別に基づくものであり、Yに、違法な裁量権の濫用があったといわざるを得ないが、この期間の原告に対する評価が、違法に低いものであるとはいえても、Xと同程度の業績を有する男性職員との比較について、立証がなく、当時のXに対する人事考課が昇格条件を充たすものであったか否かについては判断できず、Xが同期同学歴の男性職員が多数いる資格に昇格できなかったことが、男女差別であるとまではいえない。
 Xは、平成5年7月に、窓口補助の発令を受けたが、当時総合職の男性職員で窓口補助の発令を受けたものはいないこと等からすれば、右発令は女性であることを理由とした不当な差別的取扱いというべきであり、人事権を濫用したものである。
 一方、Xの地位確認請求については、Y社による昇格決定の意思表示がなければ、昇格の効果は生じないところ、均等法は、努力義務規定にすぎないから根拠とならず、労基法4条は昇格における男女差別に直接適用できず、また、仮に同条、同法13条の適用を認め、原告の現在の職務の等級の格付けが無効であるとしても、同法13条は無効となった部分の基準を同法の中に求めており、男性総合職の標準者を充てることはできない。基本的には労働者に対する職務の格付けは、Y社の裁量によるものであるから、無効となった部分に対応する基準を一義的に同法の中に求めることはできない。
 Y社は平成4年度の違法な人事考課及び違法な窓口補助の発令によってXが負った経済的精神的な損害について不法行為責任を負う。


 住友電気工業事件
 (平成12年7月31日 大阪地裁判決/平成15年12月24日 大阪高裁和解成立)

(事案)
 同時期入社同学歴の男性社員との間で昇給、昇進等に関し不利益な処遇を受けてきたと主張して、XらがY社に対し、これは違法な男女差別であるとし、また予備的に、是正義務の不履行があったとして、不法行為または債務不履行に基づき同時期入社の同学歴の男性社員との賃金格差相当額の損害賠償の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 Y社においては事務職で採用された男女間について、職分昇進、昇格、賃金について顕著な男女間格差が認められるが、高卒男子事務職は全社採用、Xら高卒女子事務職は事業所採用として採用されたものであり、その違いは、幹部候補要員として採用したか否かという社員としての位置付けの違いである。それが著しい賃金格差につながっているとしても、両者間には採用区分、職種の違いが存するのであるから、これを直ちに男女差別の労務管理の結果ということはできない。
 職種区分の合理性についてみると、仕事の質によって整然と区別することには困難を伴うことが予想されるが、全社採用の専門職と事業所採用の一般職ないし事務職とは、仕事の内容のみならず配置する社員の位置付けを異にしており、現在では大卒女子を専門職に配置しているのであるから、その区分が男女別労務管理と不可分というものではなく、したがって、職種区分としての合理性を有しないというXらの主張は採用できない。
 Y社が高卒女子を定型的補助的業務に従事する社員と位置付け、高卒男子と区分したことは、憲法14条の趣旨に反するが、Xらが採用された昭和40年当時の社会状況のもとにおいては公序良俗違反であるとすることはできない。
 Xらは、社会意識の変化等を理由に、それまでの男女別労務管理を是正すべくXら高卒女子事務職に専門職への職種転換審査を実施する義務が生じたと主張する。
 しかしながら、まず第1に、全社採用と事業所採用とは職種において異なるものであり、同一の募集に応募し、同一の採用条件を満たした上で採用されながら、採用後に性別の違いを理由として異なる処遇を受けた場合とは明確に異なる。第2に、男女別採用方法は、当時としては公序良俗に反するものとはいえず、違法とはいえない。仮に、Y社がその後も男女別の採用方法を採り続けたとしたら、いずれかの時点で違法となるが、その際Y社に課せられる是正義務は、その時点で、男女別採用を改め、以後、採用において女子にも均等な機会を与えるようにする義務に過ぎない。第3に、Xらが主張する是正義務の内容は、ほとんど専門職への転換とそれに見合う処遇という、結果の平等を求めているに等しい。
 以上のとおり、Xらの請求は、いずれも理由がない。


 住友化学工業事件
 (平成13年3月28日 大阪地裁判決/平成16年6月29日 大阪高裁和解成立)

(事案)
 同時期入社同学歴男性との間で昇進、昇給等において不利益な処遇を受けてきたと主張するXらがY社に対し、違法な男女差別であるとし、また予備的に、系列転換審査制度の男女差別的運用が是正義務の不履行であったとして、債務不履行及び不法行為に基づく賃金格差相当額の損害賠償の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 Y社では社員の採用を1種ないし4種採用試験等で区分して実施し、2種採用のXら高卒女子と3種採用の高卒男子との間では、職分昇任や管理職昇進及び賃金において著しい格差が生じているが、両者は事業所採用か全社採用かという採用方法の違いによって区分され、配置される事業所、従事職務、配転の有無など予定された処遇は全く異なり、入社試験も3種は2種よりも高い能力水準が要求され、採用後の社内の位置付けが全く異なっていたのであるから、現在の任用職分の格差やこれに起因するとみられる賃金格差を直ちに男女差別の労務管理の結果ということはできない。
 また、Xらは、全社採用者でも全員が転居を伴う配転を経験しているわけではないことから採用区分の合理性を問題とするが、全社採用者は在職する限り業務上の必要に基づく配転の命令があれば応じなければならないとの負担を負っている点では、事業所採用者の労働条件とは質的に異なっている。
 さらに、Xらは、職種区分が不明確であるにもかかわらずコース別雇用管理を行っているのは、男女差別の労務管理を企図したものである旨主張する。確かに、職務の区別が困難なものが生じることは予想できるが、多くの職務については、区別は可能と考えられ、各社員の担当する職務が全体としていずれの職掌に属するかを判定することもさほど困難を伴うものとは考えられない。
 企業にはいかなる労働者をいかなる条件で雇用するかについての採用の自由があるが、不合理な採用区分の設定は違法になることもあるというべきである。しかし、Y社においては、男女問わず専門的職種に転換する機会は保障されていたもので、女子社員の位置付けは必ずしも固定的なものではなく、2種、3種の採用区分が女子であることを理由としていた点では問題があるとしても、3種採用の処遇を受ける機会は保障されていたというべきである。また、Xらが採用された昭和40年前後頃の時点でみると、その当時の社会意識や女子の一般的な勤務年数等を前提にして最も効率のよい労務管理を行わざるをえないのであるから、高卒女子を日常定型業務である一般職務にのみ従事する社員として採用し、その後現在までの制度改定の中でその位置づけを承継する処遇をしてきたことは違法とはいえない。
 Xら主張の是正義務については、Y社が系列転換審査を実施していることから、審査制度やその運用(とりわけ推薦制)の男女差別の問題に帰着するが、男女差別的運用は認められず、予備的請求は理由がない。


10  野村證券事件
 (平成14年2月20日 東京地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 男性社員は入社後13年次には課長代理(現在の総合職掌「指導職1級」)に昇格したのにXらが課長代理に昇格していないのは、Y社による女性差別のためであると主張するXらが、総合職掌「指導職1級」の職位にあるものとして取り扱われる地位にあることの確認及び入社後13年次に課長代理に昇格した場合の月例賃金、一時金とXらが現実に受領した月例賃金、一時金との差額等を求めたもの。
(判決の要旨)
 Y社は、高卒社員につき、会社が入社後男女別に予定する処遇と全国的な異動の有無により男女をコース別に採用し、処遇していたということができるが、このような採用、処遇の仕方は、憲法14条の趣旨に反するものであり、その差別が不合理なものであって公序に反する場合には、民法90条により、違法、無効となる。しかし、当該行為は、労基法3条、4条に違反するとはいえず、また、Xらの入社当時、旧均等法のような法律もなかったこと、企業には労働者の採用について広範な採用の自由があり、Xらが入社した当時は一般的には女性について全国的な転勤を行うことは考え難かったといえるから、効率的な労務管理を行うためには男女のコース別の採用、処遇が、不合理な差別として公序に反するとまでいうことはできない。
 しかし、平成11年4月から改正均等法が施行されているところ、同法が定めた男女の差別的取扱い禁止は使用者の法的義務であるから、この時点以降において、Y社が、それ以前に会社に入社した社員について、男女のコース別の処遇を維持していることは、均等法6条に違反するとともに、公序に反して違法となり無効である。
 この間、Y社は、一般職から総合職への職種転換制度を設け、女性社員についても職域の拡大を図る努力をしているが、同制度は一般職と総合職の転換に互換性がないこと、上司の推薦を必要とし一定の試験に合格した者のみの転換を認めていることからすれば、同制度は、女性社員の大半が属する一般職と男性社員の属する総合職との間で差異を設け、また、女性に対して特別の条件を課すものといわざるを得ず、配置に関する会社の労務管理権を考慮しても、職種転換制度の存在により、配置における男女の違いが正当化されるとすることはできない。
 したがって、Y社には、違法な男女差別を維持したことについて過失があるというべきであり、Y社は、Xらに対し、男女差別という不法行為によってXらが被った損害を賠償する義務がある。


11  昭和シェル石油事件
 (平成15年1月29日 東京地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 Y社を定年退職したXが、在職中、賃金について女性であることを理由に差別的な取扱いを受けたとして、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償として差額賃金相当額等を請求したもの。
(判決の要旨)
 Y社においては、Xと同学歴(高卒)・同年齢の男性社員との間で、ランクの格付け、定期昇給額及びこれらを反映した本給額において著しい格差が存し、女性社員と男性社員との間で、職能資格等級やその昇格、定昇評価ひいてはこれらを反映した本給額において著しい格差が存していた。このような場合、Xについて、男性社員との間に格差を生じたことにつき合理的な理由が認められない限り、その格差はY社における女性社員・男性社員の格差と同質のものと推認され、また、この男女間格差を生じたことについて合理的な理由が認められない限り、その格差は性の違いによるものと推認するのが相当である。
 業務内容等をみると、Xと男性社員との格差について、Xが従事した業務や職務遂行状況によって合理的に説明できるものとはいえない。次に、Y社における男女間の賃金に関する格差について、男女の違いに由来する合理的な理由が存するとは認められず、Y社はランク又は職能資格等級並びに定昇金額の査定において、男性を女性より優遇する扱いをしていたと認められ、このことはXとの関係においても当てはまる。したがって、Y社は、Xが女性であることのみを理由として、賃金に関し、男性と差別的な取扱いをしたものと認めるのが相当である。
 Y社は、改正前の均等法が配置及び昇進に関する男女労働者の均等取扱いは努力義務であり原則として違法とはならないと主張し、努力義務に止めたことの背景には、当時、多くの企業で終身雇用制を前提とした配置、昇進等の雇用管理が行われていたとともに、女性の勤続年数が男性に比べて短いという一般的状況が存したことはY社の指摘するとおりであり、違法性の判断を行うにあたっては、このような社会的状況を考慮すべきものではある。しかし、Y社においてはその職務内容が女性とさほど異ならない男性も相当数存在するが、これら男性と女性との間にも賃金等において格差があること等からすると、賃金における男女格差は、従事する職の配置に由来するものとは認められない。さらに、Y社においては、事実上、男女別の昇格基準により昇格の運用管理を行っており、その結果、男女間で著しい格差を生じているのであって、前記の社会的状況を考慮しても、Y社におけるような差別的取扱いが社会的に許容されるものとはいえず、行為の違法性は否定されない。
 よって、Y社のXに対する賃金に関する男性との差別的取扱いは、故意又は過失による違法な行為として、不法行為となり、Y社は損害を賠償する義務を負う。


12  兼松事件
 (平成15年11月5日 東京地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 同期の一般職の男性社員との間に賃金格差があるのは、違法な男女差別によるものであるとしてXらがY社に対し、一般職の男性社員に適用されている一般職標準本俸表の適用を受ける地位にあることの確認及びこれが適用された場合のXらと同年齢の一般職の標準本俸等とXらが現に受領した本俸等との差額等を求めたもの。
(判決の要旨)
 Y社のコース別雇用管理制度は、男女をコース別に採用し、男性社員については主に処理の困難度の高い業務を担当させ、勤務地も限定しないものとし、他方、女性社員については、主に処理の困難度の低い業務に従事させ、勤務地を限定することとしたものと認められる。
 このような採用、処遇の仕方は、憲法14条の趣旨に反するものであり、その差別が不合理なものであって公序に反する場合には、民法90条により、違法、無効となる。しかし、当該行為は、労基法3条及び4条に違反するとはいえず、また、Xらの入社当時、旧均等法のような法律もなかったこと、企業には労働者の採用について広範な採用の自由があることからすれば、それが直ちに不合理であるとはいえず、公序に反するとまではいえない。
 企業は採用後の従業員の処遇についても広範な労務管理権を有しているから、従業員に区分を設け、その区分に応じた処遇を行うことができると解されるが、少なくとも改正均等法が施行された平成11年4月以降において、このように男女をコース別に採用、処遇することは、均等法に違反すると同時に、公序に反するものとして違法であることは明らかである。
 改正均等法が施行されるまでの処遇により、事務職と一般職とでは、その担当した業務により、積まれた知識、経験に差が生じたことは否定できないから、労働者の配置、昇進等について、均等法6条との関係上、この差を解消する方法として事務職から一般職への転換を認める転換制度の内容が合理的であってはじめて、Y社の人事制度が違法ではなくなると解するのが相当である。
 Y社が平成9年4月から導入した新転換制度では、従来の転換制度で必要とされていた「本部長の推薦」が不要となった結果、専ら本人の希望と一定の資格要件を満たせば職掌転換試験が受けられるものとなり、その内容も合理的である。Xらは、男性は資格・能力を問わず一般職になっているのに対し、事務職である女性のみに資格要件の具備を求めるのは不当と主張するが、職掌がありそれに伴い積む知識・経験が異なった者についてその転換をする以上、一定の資格要件の具備を求めるのはやむを得ない。
 よって、新転換制度は職掌間の転換を可能とする合理的な制度であり、Y社における一般職と事務職との賃金格差が違法であるとするXらの主張は理由がない。


 妊娠・出産等関係

【賃金】

13  日本シェーリング事件
 (平成元年12月14日 最高裁判決)

(事案)
 「賃上げは稼働率80%以上のものとする」旨の賃上げ協定の中の条項に関し、年休、生理休暇、産休、育児時間、労災による休業、治療通院のための時間、団交・争議による欠務を欠勤として算入するとの取扱いがなされたことに対し、右欠務のため賃上げを得られず、また、旧賃金を基礎とした一時金の支給しか受けられなかったXらが、Y社に対し、賃金差額、債務不履行ないし不法行為により受けた損害の賠償とを求めたもの。
(判決の要旨)
 従業員の出勤率の低下防止等の観点から、稼働率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする制度は、一応の経済的合理性を有しており、当該制度が、労基法又は労組法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定するものであれば、それを違法であるとすべきものではない。そして、当該制度が、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を含めて稼働率を算定するものである場合においては、基準となっている稼働率の数値との関連において、当該制度が、労基法又は労組法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、ひいては右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるときに、当該制度を定めた労働協約条項は、公序に反するものとして無効になると解するのが相当である。
 本件80%条項における稼働率算定の基礎となる不就労には、労働者の責に帰すべき原因等によるものばかりでなく、労基法又は労組法上の権利に基づくものがすべて含まれている。また、本件80%条項に該当した者につき除外される賃金引上げにはベースアップ分も含まれているのであり、しかも、Y社における賃金引上げ額は、毎年前年度の基本給額を基礎として決められるから、賃金引上げ対象者から除外されていったん生じた不利益は後続年度の賃金において残存し、ひいては退職金額にも影響するものと考えられるのであり、同条項に該当した者の受ける経済的不利益は大きなものである。そして、80%という稼働率の数値からみて、従業員が、産前産後の休業等比較的長期間の不就労を余儀なくされたような場合には、それだけで同条項に該当し、本件条項は、一般的に労基法又は労組法上の権利の行使をなるべく差し控えようとする機運を生じさせるものと考えられ、その権利行使に対する事実上の抑制力は相当強いものであるとみなければならない。
 以上によれば、本件80%条項は、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を稼働率の算定の基礎としている点は、右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反し無効である。


14  学校法人東朋学園事件
 (平成15年12月4日 最高裁判決)

(事案)
 Y学園の給与規程においては、賞与の支給要件として支給対象期間の出勤率が90%以上であることが必要とされており、また、Y学園は、出勤率の算定にあたり、産前産後休業日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤日数に算入するとの取扱いを行った。Xは、平成6年度年末賞与の支給対象期間に産後休業を、平成7年度夏期賞与の支給対象期間に勤務時間短縮措置による育児時間をそれぞれ取得したため、各支給対象期間における出勤率がいずれも90%に達しなかったとして、平成6年度年末賞与及び平成7年度夏期賞与を全く支給されなかったため、Y学園に対し、賞与分の賃金請求及び選択的に不法行為による損害賠償請求をしたもの。
(判決の要旨)
 本件90%条項の趣旨・目的は、従業員の出勤率を向上させ、貢献度を評価することにあり、もって従業員の高い出勤率を確保することを目的とするものであって、一応の経済的合理性を有している。労働者が産後休業ないし育児のための勤務時間短縮措置を取得した場合には、法律上、使用者には当該休業期間ないし短縮時間分に対応する賃金支払い義務はない。したがって、本件各賞与のうちXが労務を提供しなかった部分に応じた金額が不支給とされたからといって、Xが法の容認する不利益を超える不利益を被ったとはいえない。しかし、本件について、Xが90%条項により本件各賞与を受けられなかったことによる経済的不利益は甚大であり、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を控除して考えても、なお相当に大きいものである。労働者は、このような不利益を受けることをおもんぱかって勤務時間短縮措置等を請求することを控え、さらには出産を断念せざるを得ない事態が生ずることが考えられ、このような事実上の抑止力は相当大きいものということができるから、労基法等が労働者に産前産後休業等の権利ないし法的利益を保障した趣旨を没却するものというべきである。
 したがって、本件90%条項中、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による勤務時間短縮分を含めない旨を定めている部分は、労基法65条、67条、育児休業法10条の趣旨に反し、公序良俗に違反するから、無効であると解すべきである。
 ただし、賞与の計算式については賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するものであるところ、産前産後休業の取得等をした労働者は、法律上、上記不就労期間に対する賃金請求権を有しておらず、就業規則においても、上記不就労期間は無給とされているのであるから、労働者の上記権利等の行使を抑制し、労基法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められず、直ちに公序に反し無効なものということはできない。


【昇進・昇格、賃金】

15  住友生命保険事件
 (平成13年6月27日 大阪地裁判決/平成14年12月16日 大阪高裁和解成立)

(事案)
 Xら既婚女性従業員が、Y社に対し、Y社が、Xらが既婚女性であることから、昇給昇格において違法に差別するとともに、数々の嫌がらせを行ってきたとして、労働契約または労基法13条に基づき差別がなければ到達していたとXらの主張する資格、地位にあることの確認と、労基法13条、債務不履行ないしは不法行為に基づく差額賃金ないしは差額賃金相当額の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 Y社における昇格は、Y社の裁量権の行使によって決せられるものであり、原則としてY社による昇格決定がなければならないところ、本件では昇格決定はなされていない。また、Xらは、労基法13条の適用(類推)により、Xらと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的基準が適用されるべきと主張するが、仮に労基法13条の適用(類推)を考慮するとしても、同法の中に無効となった部分を補充しうる具体的な昇格の基準を求めることはできず、Xらと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的な基準なるものを認めることもできない。Xらは、Y社との労働契約に基づいてXらと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的基準への昇格を求めるが、労働契約上の不履行については、別途損害賠償を発生させることはともかく、これによりY社に対し意思表示である昇格決定までをも求めうるとするのは困難である。よって、Xらの地位確認請求は理由がない。
 次にY社においては、既婚女性の勤続を歓迎しない姿勢が管理職従業員の姿勢となっており現実に既婚女性が勤務を続けることを快く思わず、これを理由に嫌がらせといえるようなことをしたとすれば、それは嫌がらせを受けたXらに対する不法行為であり、その責任はY社において負担すべきである。
 査定について、既婚女性であることのみをもって一律に低査定を行うことは、Y社の人事制度の下では個々の労働者に対する違法な行為となる。個々の既婚女性について、実際の労働の質、量が低下した場合にこれをマイナスに評価することは妨げられないが、一般的に既婚女性の労務の質、量が低下するものとして処遇することは、合理性を持つものではない。また、産前産後休業期間等に労働がなされていないことをもって労働の質、量が低いということは、法律上の権利を行使したことをもって不利益に扱うことにほかならず、許されない。労基法は、産前産後休業期間等労基法上認められている権利の行使による不就労を、そうした欠務のない者と同等に処遇することまで求めているとはいえないが、その権利を行使したことのみをもって、例えば、能力が普通より劣る者とするなど低い評価をすることは、労基法の趣旨に反し、さらに労基法上の権利行使による不就労を理由として、一般的に能力の伸長がないものと扱うことは許されない。


【退職・解雇・雇止め】

16  正光会宇和島病院事件
 (平成13年12月18日 松山地裁宇和島支部判決/確定)

(事案)
 Xらは、平成6年にY病院にそれぞれ準職員(介護者、准看護婦)として採用され、1年の雇用契約を2回更新されたが、平成9年2月14日、雇止めを通告され、3回目の更新を拒絶された。そこでXらは、雇止めが妊娠等を理由とするものであること、また、契約更新手続きは形式的なもので、準職員は職務において正規職員と差がなく恒常的な存在であること等から雇用継続に合理的期待を有しており、契約更新拒絶には解雇法理が類推適用されることから、雇止めは無効であると主張し、雇用契約上の地位の確認および賃金支払いを求めたもの。
(判決の要旨)
 Y病院には、経営の必要上、有期契約である準職員に対して正規職員と並ぶ恒常的存在として基幹的業務を担うことを期待すべき客観的状況が存在し、契約を反復更新して勤務を継続する者に対して給与その他の労働条件面で積極的に評価するにまで至ったこと、Xらの採用時には継続雇用を期待される言動がみられたこと等の事情に照らすと、Xらの雇用期間満了後もY病院との契約関係には、解雇に関する法理を類推適用するのが相当である。また、解雇に関する法理が類推適用される場合、雇止め承諾の意思表示は積極的、能動的になされなければならないところ、当時の状況に照らせば雇止めの承諾の意思表示をしたものとは認められない。
 Xらが妊娠していて、やがて通常勤務が出来なくなることは、Y病院が雇止めの通告を行った平成9年2月14日の時点で明らかであり、Y病院はそのことを認識した上で雇止めしたと認められるため、雇止めの理由はXらが妊娠したためであったといえる。事業主が妊娠や出産を退職の理由として予定したり、解雇の理由としたりすることは、均等法第8条2項及び3項において禁じられており、その趣旨は期間を定めた雇用契約について解雇に関する法理が類推適用される本件においても当然に妥当するというべきである。Y病院では、平成7年8月1日以降、1年を超えて契約更新した有期契約職員は育児休業を取得でき、それを理由として昇給等で不利益な取扱いを受けることはないとしており、また、準職員の産前産後休暇及び育児休業期間中は無給とされていることから、この期間に限って代替要員を雇う限り、Y病院に経済的損失は生じない。以上から、Y病院において準職員が通常勤務できない場合であっても、それが妊娠したことによる場合には、期間満了による雇止めは更新拒絶権を濫用したものとして、無効とするのが相当である。


17  今川学園木の実幼稚園事件
 (平成14年3月13日 大阪地裁堺支部判決/平成14年9月27日 大阪高裁和解成立)

(事案)
 XはY幼稚園の教諭であったが、妊娠が判明し、切迫流産で入院することとなったため、平成12年7月6日にY幼稚園の理事である園長Zに妊娠した旨を告げたところ、Zから暗に中絶を勧められた。その後7月26日にXは中絶が出来ない旨返答したが、Zから妊娠したことを無責任であると非難され、産前休暇等の取得が困難であると告げられた上で退職を勧められた。さらに、Zから責任を果たすよう強く求められ、やむなく夏季保育に出勤したXはこれが原因で再入院し、9月23日に流産した。Xは職場復帰を望んだが、Zは退職届の提出を執拗に求め、退職を強要しようとした上、XがY幼稚園の信用を失墜させた等の理由で、12月19日付けでXを解雇した。そこでXが、Y幼稚園に対し解雇の無効を主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、未払賃金の支払い及びY幼稚園及びZに対し不法行為責任に基づく損害賠償を求めたもの。
(判決の要旨)
 Y幼稚園は、Xが妊娠という私事によって長期間、担任教諭としての職務を果たせなかったことにより、園児の退行現象が多く現れたり、父兄からXの様々な噂を指摘されたりして、Y幼稚園の信用を失墜したと主張する。しかし、均等法8条は女性労働者が妊娠又は出産したことを理由とする解雇を禁止しており、Y幼稚園の主張は、教員が学期途中に妊娠した事実をもって解雇理由とするものであり、不相当である。その他のY幼稚園が主張する解雇理由も、Xを解雇しなければならない程度の服務規律違反の重大性は認められないから、本件解雇は解雇権の濫用として無効というべきである。また、Zによる一連の行為は、Xの妊娠を理由とする中絶の勧告、退職の強要及び解雇であり、均等法8条の趣旨に反する違法な行為であり、Zは不法行為責任を免れない。さらに、ZはY幼稚園の理事としての職務を行うに際し、かかる不法行為に及んだのであるから、Y幼稚園はZと連帯して不法行為責任を負う。


 セクシュアルハラスメント関係

18  福岡セクシュアルハラスメント事件
 (平成4年4月16日 福岡地裁判決/確定)

(事案)
 Z編集長が会社内外の関係者に対し、対立関係にある部下のXの異性関係等について非難の発言等を行い、Xは退職を余儀なくされたとして、Y社及びZ編集長に対して、慰藉料を請求したもの。
(判決の要旨)
 本件においては、Xの異性関係を中心とした私生活に関する非難等が対立関係の解決や相手方放逐の手段として用いられたことに、不法行為性を認めざるを得ない。
 また、使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあると解されるところ、被用者を選任監督する立場にある者が右注意義務を怠った場合には、右の立場にある者に被用者に対する不法行為が成立することがあり、使用者も民法715条により不法行為責任を負うことがあると解するべきである。
 Y社のA専務らは、本件について、専らXとZ編集長の個人的な対立と見て、両者の話合いを促すことを対処の中心とし、これが不調に終わると、いずれかを退職させることもやむを得ないとの方針を予め定めていたもので、A専務らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、また、憲法や関係法令上雇用関係において男女を平等に取り扱うべきであるにもかかわらず、主として女性であるXの譲歩、犠牲において職場関係を調整しようとした点において不法行為性が認められるから、Y社は、右不法行為についても、使用者責任を負うものというべきである。


19  大分セクシュアルハラスメント事件
 (平成14年11月14日 大分地裁判決/確定)

(事案)
 会社代表取締役であるYが、その経営する有限会社Aの事務所に勤務していたXに対し強制猥褻行為等のセクハラ行為を行い、これに対し厳しい態度を採り始めたXについて、協調性を欠く、事務所運営に支障を来す態度であるとして、A社就業規則の「能率又は勤務状態が著しく不良で、就業に適さないと認めたとき、その他の業務上の都合によりやむを得ない事由があるとき」との定めに基づき解雇した。Xは、これを違法な解雇として、Yに対し、不法行為に基づき、損害賠償金の支払い等を求めたもの。
(判決の要旨)
 本件解雇は、XがYのセクハラ行為を受けないために、Yに対して厳しい態度を取り始めたことから、Yもこれに反応して、事務所内の雰囲気が悪化し、その中で、Xが仕事に関してもYに対し反抗的な態度を示したためになされたものと認められる。そもそもXがYに対し厳しい態度を採ったのは、XがYに対しセクハラ行為を行ったため、やむを得ず採った態度であるから、Xに帰責事由があるとは言えず、またXが仕事に関して反抗的な態度を示した点についても、多少行き過ぎの感が否めないが、それまでのYのセクハラ行為の態様に鑑みれば、XはYに対し拒否的な感情を持たざるを得なくなったものと推認でき、そうであるなら、Xがそのような態度に出たことは仕方のない面があり、このことが就業規則の解雇事由に該当するとは到底言えず、いずれもYが自ら招いたものと言える。
 よって、本件解雇に解雇事由はなく、不法行為上の違法性を帯びた行為と認められることから不法行為上の損害賠償責任を負う。


20  東京セクシュアルハラスメント事件
 (平成15年8月26日 東京地裁判決/確定)

(事案)
 Y社に派遣されたXが、その仕事の上司であるY社社員のZから性的嫌がらせや性的暴力を受けたとして、Zに対し民法709条に基づき、Y社に対し同法715条に基づき、それぞれ損害賠償を求めたもの。
(判決の要旨)
 Zは、Xの上司である地位に乗じて、Xに対し、性的嫌がらせと受け取れる発言をして、Xに不快感を与え、さらに、性的嫌がらせ行為をしたものである。Zの一連の行為は、Xの人格権を侵害するものであって、不法行為を構成するものというべきである。また、Zの上記行為は、上司たる職務上の地位を利用して行われたものと認められるから、Y会社は、Zの使用者として、使用者責任を負うべきである。


21  名古屋セクシュアルハラスメント事件
 (平成16年4月27日 名古屋地裁判決/控訴係争中)

(事案)
 就業環境や上司Aらのセクシュアルハラスメントを訴えて、同じ職場で働きたくないと申し出たXに対し、Y社が、一定の対応を行ったものの、Xは納得せず、不出勤(I)となったため、名古屋事務所から大阪事務所への配転命令をしたところ、これに応じず再び不出勤(II)したことを理由として行われた懲戒解雇について、XがY社に対し、懲戒解雇の無効確認及び賃金の支払いを求めたもの。
(判決の要旨)
 従業員が、労働の提供を行わないことは、債務不履行となり、就業規則にその旨の定めがあれば、懲戒解雇事由にも該当すると解されるが、当該職場の関係者によるセクハラの事実が存在し、当該事案の性質・内容等や使用者による回復措置の有無・内容等を勘案すると、当該職場での就労に性的な危険性を伴うと客観的に判断される場合には、労働者は、同職場での就労を拒絶することができ、これにつき債務不履行の責任を負わず、また当該就労拒絶が配置転換の合理性等を基礎づける事情や、懲戒解雇等の理由となることもない。これら判断の基礎となる諸事情のうち、通常最も重視されるべきものは、過去実際に発生したセクハラ被害の内容・程度であって、基本的に、労働者は、かかるセクハラ被害の内容・程度に相応する範囲において、上記性的危険性を主張することができ、労働の提供を拒むことができるが、使用者が当該セクハラ被害に相応する回復措置をとっている場合には、特段の事情がない限り、労働者は、同被害を理由に、性的危険性の存在を主張することができない。
 本件については、Xが主張するセクハラ行為に該当する事実は認められないところ、Xの申し入れ後Y社が取った(a)関係者に対する個別ないし部長会等を通じた注意喚起や、(b)セクハラについての会社の方針の策定、(c)飲酒や女性への接し方を含む事務所の就業環境に関するアンケートの実施等の回復措置は、必要十分なものと評価するのが相当であり、これらを通じ、名古屋事務所における就業環境の性的安全性は適切に確保された状態になっていたと認めることができる。
 したがって、これが確保されていないとして、Xがなした不出勤(I)は無断欠勤に該当する。また、XがAらとは一緒に執務できないとの態度を一貫させていたこと、小規模な名古屋事務所では、XとAらを分離して処遇することが困難なことも考慮すれば、同事務所の就労秩序を確保し、業務運営の円滑化を図る観点から、Xを他所で就労させることには一定の必要性があると認められ、本件配転命令は有効というのが相当である。
 そうすると、Xには、大阪事務所での就労義務があり、これを無視してなした本件不出勤(II)は、無断欠勤に該当し、就業規則に規定する懲戒事由に該当し、また、再三の出勤督促にも応じなかったものであり、本件解雇は有効と認めるのが相当である。


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