失業率は、経済の成熟化における需要不足、技術革新の進展等によるミスマッチの拡大により、近年4〜5%台の水準にまで上昇している。 就業形態では雇用者が増え、自営・家従が減少している。雇用者のうちでも正規従業員は減少する一方、パート・アルバイト、有期契約、派遣労働者等は増加しており、就業形態の多様化が進行している。 |
産業別の就業者数の変化では、90年代に入って製造業がグローバル化の影響により減少している。 こうした中で、娯楽、情報サービス・調査、専門サービス、社会保険・社会福祉、廃棄物処理、医療の伸びが大きい。今後も、情報関連、バイオ・ナノテク等新技術関連、生活関連、環境関連、金融、リーガルサービス、労働者派遣、教育等が有望な分野である。 職業構造においても、技能工・生産工程従事者や管理的職業従事者が軒並み減少している一方で、情報関連等の技術者や医療・福祉従事者等が大幅に増加している。 |
社会の成熟化と並んで、少子高齢化も進展している。65歳以上人口が全人口に占める割合は2003年には19%になり、すでに本格的な高齢社会に入る一方、少子化の進行も顕著であり、合計特殊出生率が2002年には1.32となった。 また、生産年齢人口(15〜64歳人口)は、1995年以降減少傾向になっており、就業者と失業者を合計した労働力人口も、今後、少子高齢化の影響により、本格的な減少局面に入るものと見込まれる。 |
上記のような経済の成熟化に伴う成長率の低下、経済のサービス化やホワイトカラー化・少子高齢化の進展等の構造変化は、キャッチアップ段階にあった工業社会の終焉とポスト工業社会の到来を示すものである。 「工業社会」においては、大規模な機械・設備を使い、規格製品を大量生産することが、経済活動の中心をなしてきた。 これに対し、「ポスト工業社会」においては、豊かな社会のもとにおける多様な消費者ニーズを背景に、商品やサービスの質・付加価値が重視され、ヒトが「知恵」や「感性」を通じて、これをつくり出すことが経済活動に大きく寄与するものとなってくる。 したがって、「ポスト工業社会」においては、(1)生産手段が機械、設備からヒトの能力に移ること、(2)労働の内容が、組織に従い機械・設備を使用することから、知恵・ノウハウの提供という性格が強くなること、(3)中核産業が製造業から、「知恵」、「感性」、「思いやり」等を通じて付加価値を生み出す産業に替わること、等の特徴が生じ、これによって社会の格差構造、産業・職業構造、働き方の仕組み等が大きく変容することが予測される。 |
「ポスト工業社会」においては、生産手段が機械・設備からヒトの能力に替わるため、資本や機械・設備の所有の有無や企業の規模の大小は問題にならなくなる。このため、これまでの格差問題の中心テーマであった、使用者と労働者の間の格差や大企業と中小企業間の規模の経済による格差の問題が基本的に解消の方向へと向かう。 現に後者に関して、近年、消費者ニーズの多様化・個別化を背景に、従来型の中小企業と異なり、ベンチャービジネスやコミュニティービジネス、さらにはSOHOなど小回りの効く、小規模企業等が活躍する傾向。 他方、こうした規模間格差等の解消の反面、大企業を中心とする均質で安定的な関係が崩れ、大企業においても雇用の安定性が揺らいでいるほか、個人間の能力の違いが、生産手段の媒介なしに、そのまま格差となって現われる傾向があり、これが新たな格差を生まないようにしていくことが必要である。 |
「工業社会」においては、労働は統制のとれた組織のもとで、機械・設備に合わせて標準化されるとともに、報酬は提供した労働力の量を計る労働時間に応じて支払われる形をとってきた。 また、労働が標準化され、報酬との対価関係が明確となり、量的換算が可能となることによって、市場ベースに乗ることが容易となった。 これに対し、「ポスト工業社会」においては、労働の内容は知識やノウハウの提供という個性的な性格が強まり、労働力の量から労働の質が重視される傾向になる。 このため、業務によっては、労働時間管理になじまないものもあり、労働の評価も個別性が強くなり、報酬との対価関係が不明確となるため、市場ベースに乗りにくくなる。 |
「工業社会」では、規格品の大量生産を行う製造業が産業の中核をなし、これに携わる工場の技能労働者を大量に生み出した。 これに対し、「ポスト工業社会」では、物質的・量的需要は飽和状態となり、豊かで多様な消費者ニーズを背景に、「知恵」を生み出す、高度知的産業や「感性」を売りものにする高度文化産業が経済社会を索引する中核産業となる。 しかしながら、こうした高度知的産業や高度文化産業に携わり、次代の先端を担う人材は、量的に限られており、多くの人々を吸収し支える産業として、「思いやり」を大切にし、ヒトの面倒を見る対人サービス産業が重要な役割を担うことが期待される。 なお、製造業は、工業社会時代の規格品の大量生産を行う形態から高度製品の多品種少量生産を行う形態に変わりつつ、一定の役割を果たしていくものと考えられ、それを担うモノづくり労働者についても、それぞれが能力を活かせるよう、その育成を考えていくことは、重要な課題である。 |
このように「ポスト工業社会」は、労使間の格差や規模間格差が解消するとともに、組織の統制に従った働き方から解放される方向となる。 また、働き方についても、画一的な労働力の提供から、個性的なヒトの「知恵」、「感性」、「思いやり」等の能力を活かし、社会的に意味のある付加価値を生み出すものに替わっていく。 このような基本的特徴を考えると、「ポスト工業社会」の目標として、ヒトが経済社会の主役となり、それぞれの資質、能力を成長・発展させ、「知恵」、「感性」、「思いやり」等それぞれの能力を存分に発揮し、社会貢献することにより、生活の充実と社会の発展が図られるようパラダイム転換を目指していかなければならない。 |
ポスト工業社会においては、様々な資質と才能を持った個人が、その能力を発揮することが経済活動の源であり、個人の多様な資質や才能を発見し、伸ばしていくことが教育の役割である。 |
人としての能力の基礎は、幼児期からの家庭や地域における教育においてつくられる面が大きい。しかしながら、家庭では、一人子が多く、学校教育でも、同じ学年の子供としか付き合ないため、世代間交流の経験がないまま成長してしまう。地域における世代間交流の場を積極的に作ることなどにより、早くから社会とのかかわり方や働くことの意義などを教育していくことが重要である。 「工業社会」以前の社会では、地域や家庭で人々が暮らす中で、「学ぶ」こと、「遊ぶ」こと、「働く」ことは一体としてなされてきた。しかし、工業化の過程で、人々の暮らしは高度に機能分化し、こうした活動は分離されていった。今後のポスト工業社会においては、地域や家庭における世代交流や体験・実践の機会を豊富に用意することによって、再び、「学ぶ」こと、「遊ぶ」こと、「働く」ことを一体化させていくことが重要である。 また、一人一人の人間の中には、多様な素質・能力が眠っており、様々な体験や実践の機会を設け、感動すること、楽しさを感ずること、得意なことを発見し、それを伸ばしていくことが必要である。 例えば、農業体験を通して、自然を相手に時間をかけて大事にものを育てる「感覚」を身につけたり、ボランティア体験により、相手の求めるものを察知して提供する「思いやり」の重要性や「感謝される喜び」を感ずることは、キャリアを形成するうえで深い意味を持とう。 さらに、学校教育においては、読み・書き・ソロバンの基礎学力の徹底のほか、論理的思考や言語能力を鍛えることが重要であるが、今後は、上記のような様々な体験、実践の機会を設けるとともに、併せて実現に向けた努力のしがいのある職業教育システムを構築していくことが求められる。 また、「知恵」の育成という意味で、単なる知識の習得ではなく、インターンシップの本格的実施により現場から問題意識を汲み取らせる教育や、実験・実践の場を設け、知識が生きた形で身につく教育のあり方を抜本的に進めることが必要である。 |
|
人の個性、資質、能力は様々であり、経済社会を索引する先端的な高度知的産業や文化産業に携わるような人材については、その才能が自由に伸ばせるよう枠にはめなない教育システムとすることが重要である。 他方、大学進学率が50%近い反面、近年、大学卒業後、無業者やフリーターとなる者も急増している。資質・能力を問わず、漫然と大学に進学するのではなく、実践向きの人材については、教育の多元化を図り、様々な実践的なコースを設け、資質を伸ばし、社会的にも一定の評価が得られるような教育システムにすることが不可欠である。 このため、教育について、学校任せにするのではなく、企業等の実業界、地域の様々な団体も含め、社会全体の責任として若者の育成に取り組むことが重要。経済界や一般社会も一元的な学歴偏重ではなく、多能多芸に進む人を尊重し、多元的な生き方を用意することが必要である。 |
これまでの雇用者の職業生活は、概ね、大企業においては、長期の比較的安定した雇用が保障される中で、能力開発、配置転換・異動、昇進・昇格等の職業キャリアの展開は、基本的に企業任せであり、組織に忠実に勤めれば、定年まで大過なく職業生活を送ることが可能であった。 しかしながら、こうした大・中堅企業における組織中心の安定的な職業生活は、IT化やグローバル化に伴う市場の浸透と競争が激化する中で大きく変容しようとしている。 すなわち、ピラミッド型組織の年功序列制度は、人口構成の変化と右肩上がりの成長が崩れ、賃金カーブも50歳前半をピークとして以後下降する形に変化。勤続期間は、中高年層を中心に長期化しているものの、若年層では転職志向が根強い。また、正規従業員が減少する一方、パート・アルバイト等非正規労働者が急増している。 |
このように、工業社会に適合したこれまでの日本的雇用慣行は、全体として年功序列性を中心に変容を余儀なくされているが、その対応のあり方は、業種や企業の性格により、様々である。 例えば、ベンチャー企業や外資系の金融・コンサルティング会社等では、人材の流動性が高く、自律的、短期的な成果主義を中心とする人事制度を採用する傾向が強い。他方、製造業大企業においては、技能・技術の蓄積を長期的に図っていくことの必要性、機械設備を組織的に活用する必要性等から、長期雇用や組織中心の人事労務管理方針を維持する傾向が強い。 日本的雇用慣行には、組織任せによる個性の喪失、滅私奉公的な働き方などの問題がある一方、長期的観点に立った能力評価と人材育成、長期雇用の保障による生活の安心と信頼関係という長所が存在する。多くの大・中堅企業では、基本的に、長期の雇用や人材育成という利点を活かしつつ、成果主義・実力主義的処遇やキャリア形成における個人の支援を進めようとしており、働く者が意欲を持ち、能力を発揮できる新たな日本的雇用慣行を求めて模索が続けられなければならない。 |
まず、賃金制度については、従来の年功序列賃金制度や年功的運用を行ってきた職能給制度から、年俸制をはじめとして、業績賞与、グレード制職務給等を取り入れるところが多く、全体として、成果主義・能力主義に向かう傾向にある。また、ストックオプションを導入する企業もみられる。 しかしながら、こうした成果主義については、
|
次に、労働時間面では、近年のサービス経済化や情報化等の影響により、労働時間管理になじまない自律的な専門的・経営管理的労働のニーズが高まっており、近年は、さらに、そもそもホワイトカラーについて労働時間管理からはずそうという考え方(ホワイトカラーエグゼンプション)も出されている。 元々、労働時間管理は、工場等における集団的作業に典型的に当てはまるものであり、サービス経済化や職業のホワイトカラー化が進み、働き方が多様化する中で、フレックスタイム制、変形労働時間制、さらには、裁量労働制等が認められ、労働時間の弾力化が進められてきた。ポスト工業化社会となり、働くことの内容が変わるにつれ、こうした傾向は益々強まるものと考えられる。したがって、労働者が自由に能力が発揮できるよう、一定の条件のもとに、柔軟で弾力的な働き方ができるよう環境を整備していくことが必要である。 |
さらに、能力開発についても、これまでは、企業内における階層別研修やOJTが中心であったものが、最近では、企業も労働者自らの自己啓発の支援や、提示した教育訓練メニューの中から労働者が選択する方式を推進する傾向。 こうした動きは、上記のような労働の質の重視や働き方の自律性の高まりにより、組織に従った一律の能力開発だけでは十分でないこと、また、市場化の浸透や市場間競争が激化する中で、企業固有の技術・技能を修得するだけでなく、新技術対応等、市場動向をにらんだ能力開発が必要になっていることを示している。 |
上記のような、賃金や人事制度に係る成果主義・能力主義、労働時間についての裁量労働制、さらには能力開発支援等の制度は、いずれも自律性や裁量性が高い働き方に係るものであり、これら諸制度を有効に機能させ、働く者が意欲を持って能力を発揮するためには、法的・政策的な見直しや企業内のシステム環境等の見直しを進めていく必要がある。 まず、裁量労働制については、働き過ぎや制度の乱用をいかに防止するかが最大の問題であり、このため、評価と報酬のあり方、健康確保や働き過ぎ防止等について、検討していく必要がある。 また、能力開発については、近年、企業内における能力開発だけでなく、労働者自ら教育訓練を受講する場合にも、経費援助を行っているが、今後は、さらに、企業が、専門性を深めたり、能力の幅を広げる等市場で通用する能力を高める視点から能力開発に取り組むことを支援していくことが重要である。 |
このほか、成果主義等を機能させるためのシステムや環境の見直しについても、各企業において、様々な取り組みがなされているところであり、最近の動きとして、公募制等を活用した社内労働市場の育成が注目される。 公募制は、企業内に一種の社内市場を作り、これを介して、社内における人材の流動化と意欲と能力に応じた人材の社内マッチングを図ろうとするものである。これまでの内部労働市場が企業組織による社内流動化であるのに対し、労働者の自発性、主体性を尊重した社内流動化という点で大きく異なっている。 こうした社内公募制の重要なインパクトとして、
社内公募制等が有効に機能するためには、職場における理解や意識改革、研修制度やキャリア・コンサルティング等との適切な組み合わせが重要であるが、こうした公募制と上記の成果主義等の制度が有効に組み合わされることにより、日本的経営に、労働者個人の能力発揮と実力主義の新たな風を吹き込むことが期待される。 |
|
企業と労働者の関係は団体交渉等による集団的な労働条件決定システムの機能が相対的に低下し、働き方の多様化、個別化が進展しつつある状況の下で、個別の交渉で決定される労働条件の範囲が広がりつつあり、労働契約をめぐる交渉の個別化が進んでいる。 また、このような状況を受け、個別契約をめぐる紛争が増加する傾向にあり、労働契約に関するルールについて、労働者が納得・安心して働ける環境づくりへ向け、包括的なルールの整理・整備を行い、その明確化を図ることが必要になっている。 |
このほか、労働組合について見ると、経済の停滞とデフレの下、企業収益は低迷し、雇用の維持・確保が組合の重要課題となり、賃金引上げが難しい中で、就業形態や就業意識の多様化・個別化を背景に、個々の働く者の生活上の問題や、契約上の問題等、個別的な労使関係上の問題の解決が重要なテーマとなってきた。今後、個別の交渉による労働条件の決定や紛争処理において労働者個人のためのエージェント的な役割を果たすことも期待される。 さらに、労働者のニーズに合わせて各種の相談・援助や関係労働者の教育訓練などにも主体的に取り組んでいくことが重要である。 |
経済のグローバル化や技術革新の進展に伴い、世界的な市場圏の拡大と企業間競争の激化が生じており、大企業を中心に中核事業への選択と集中が進む一方、系列下請け企業についても、選別と淘汰が進んでいる。 また、経営形態面では、これまでの株式持合下での使用者主導の長期的企業成長を目指す日本型経営に対して、外資系企業等を中心に、株主利益最大を目指すコーポレートガバナンスが広まっている。このため、株式持合の解消に伴い機関投資家が発言力を高め、短期的な収益増大指向により、労働面でも過剰なリストラ競争や少数精鋭の長時間労働がもたらされている。 さらに、事業活動の最前線においては、技術革新の進展による商品サイクルの短縮、IT化の進展による取引のスピードアップ、顧客ニーズ重視の傾向が強まり、納期の短縮とこれへの対応に追われる状況が続いている。 |
このように市場における企業間競争が激化する中で、労働市場においても、近年、短期的な競争の視点から、即戦力を重視し、外部労働市場から必要な人材を採用する動きが強まっている。 他方、若年層については、生産拠点の海外移転、低技術業務のパート・アルバイトへの切り替え等の影響、求人の減少により、大量の失業者やフリーター、さらには無業者が生じている。 また、中高齢者についても、収支改善を目指す企業の過剰なコスト意識のため、リストラの対象となる者も少なくない。 このような若年層の採用抑制や中高年層のリストラ等による業務のしわ寄せの影響と少数精鋭主義により、30〜40歳代の壮年層において、長時間労働や過大な労働負荷から来るストレスや精神疾患の増大、さらには、過労死の問題までが発生するとともに、家庭生活との調和が難しくなっており、少子化など子どもや家庭への影響が進んでいる。 このように、世代間の働き方には、大きなアンバランスが生じつつある。 |
さらに、市場における競争が激化する中で、企業はコア事業への選択と集中を図るため、人材の絞り込みを行う一方、それ以外の事業については、アウトソーシングの活用を進めるほか、主として、コスト効率化等を図るため、パート・アルバイト、有期労働者等の活用や、専門人材の調達等を図るため、派遣労働者の活用を進めている。 このため、正規従業員が減少し、パート・アルバイト、有期労働者が増えるとともに、派遣労働者、契約社員等、就業形態の多様化が進んでいる。また、近年、IT化に伴う在宅勤務という勤務形態の普及や、働く者の社会貢献意識の高まりに伴う、ボランティア活動の活発化もみられる。 |
厳しい経済環境のもとにおいて、上記のような就業形態の多様化の進行と並行して、賃金格差が拡大する傾向が見られる。手厚い待遇を受ける正規従業員が減少する一方で、パート・アルバイトが急増しているうえに、正規従業員とパート・アルバイトとの賃金格差は拡大傾向が見られ、全体としての所得格差の拡大を招くことが懸念される。 また、失業率の上昇、生活保護世帯の増加等により、所得分配における格差は拡大し、中間層が減少するとともに、両極が増加、ジニ係数は上昇している。 所得格差は、子供の教育環境にも影響しつつある。全体として、無業者、中退者、フリーター等は、所得の低い層に多く、逆に高学歴者は、高収入の子等が多い等の問題を指摘する社会調査の報告もあり、格差が世代間で固定されることが危惧される。 |
|
「ポスト工業社会」では、「工業社会」の深刻な問題であった労使の力関係の格差や企業の規模間格差は解消の方向に向かい、個人も組織の強い拘束から解放されることとなる。したがって、豊かな社会の中でヒトの能力が経済社会の主役となり、一人一人の労働者が、それぞれの意欲・能力に応じた仕事を得て、その能力を存分に活かしながら生きていくというバラ色のシナリオを描くことが現実に可能な社会となってきた。 しかしながら、労働市場の実態をみると、こうしたシナリオとは大きく異なるものとなっている。 もとより、自由な市場取引を前提とすれば、労働についても、競争に伴う雇用・処遇面での格差が生じることは自然であり、それが健全な範囲内ものであれば、人々の向上心を刺激し、能力を発展させることにつながる。しかし、利潤の追求が一義的な目標となり、とめども無い競争が過ぎれば、人々のゆとりや自己投資の機会が乏しくなり、家庭の団らんや地域での交流の機会も奪われ、人々の健全な生活と発展を阻害するとともに、企業の成長や社会のバランスのとれた発展にも大きな支障をきたしかねない。 また、競争の結果としての所得格差が大きくなり、それが世代間で固定化に向かえば、低位にある人のやる気は削がれ、向上心が失われる。 「ポスト工業社会」は、ヒトが付加価値を生む源泉となるが、反面、単線的な体質の社会のもとでは、ヒトの能力について、その有無や大小が一面的・画一的に評価され、格差が生じやすい。将来、こうした分化傾向が、さらに進めば、我が国の優れた特徴である中間層の厚さや現場力の強さが失われるだけでなく、社会の分断化や階層化等、社会を揺るがす問題に発展しかねない。 こうした現実に生じている市場の諸問題や懸念を解消し、バラ色のシナリオを実現していくためには、誰にも「公平な機会」が与えられ、自らの「納得した選択」が可能となり、仮に失敗しても、「やり直しのきく社会」にしていく、という戦略的な労働市場政策を構想していくことが求められるのである。 |
イ 公平な機会の確保 (働く機会の公平な提供)
(多元的な社会の実現)
|
(社会的公器としての企業と公正な競争市場)
|
|
ロ 納得できる選択の実現 (適職の選択を可能とする労働市場機能の強化)
(多様な選択肢の提供)
(多様な働き方の実現に役立つパートタイム労働)
(サービス化の進展等により拡大する労働者派遣)
(サービス労働の拡大と新たな課題)
ハ やり直しのきく社会
(起業促進と兼業解除)
(橋渡し機能の充実)
(能力開発)
(セーフティーネット・最低基準の保障)
|
イ 働くことの意識とアイデンティティー (職人・商人的働き方)
(働くことのアイデンティティー)
ロ 資質・才能を活かした産業の発展
(知恵の産業)
(感性の産業)
|
|
(思いやりの産業)
(ものづくりと農業)
ハ 団体・ネットワークの役割
|
これまでの労働法制や政策は、基本的に、「工業社会」における働き方を暗黙の前提としており、一つの企業組織に雇用され、従属して労働力を提供することを中心に組み立てられてきた。 しかし、前述したように、企業内における働き方も、組織に従属した働き方から、自立的・裁量的な働き方に変わりつつあり、ホワイトカラーについては、労働時間による管理からはずすべきであるとの議論も出されている。 こうした働き方の変化に対しては、現在のところ、企業組織を中心とした法的システムを一応維持しつつ、それに修正を加える形で対応しようとしている。 しかしながら、次のように、こうした修正だけでは解決のつき難い問題も生じており、今後、「ポスト工業社会」に相応しい法的システムを根本的に模索していかなければならない。 |
現在の法的システムでは、組織に雇用され従属して労働力を提供する働き方と自営形態の働き方では、労働法規や社会保険の適用等の関係が根本的に異なっている。しかしながら、現実にはこうした雇用・使用従属の関係と請負の関係の中間的な働き方が広がっている。 こうした働き方の一つとして、SOHO等の問題があり、IT化の進展に伴い、テレワークという形で小さなオフィスや自宅で注文に応じて各種のサービスを提供するものである。サービスの内容・提供の仕方は、定型的業務で注文者への従属性が強く事業者性が弱いもの(在宅ワーク)から、高度専門的で独立性が強いものまで様々である。多くの場合、形式上、請負の形をとっていても、実体的には、注文者との情報力や交渉力の差からくる従属性から、トラブルに至る場合もあることから、何らかの形で、その対策を要する。 こうした、中間的な働き方については、その仕事内容・継続性・従属性等によりいくつかの契約タイプを想定し、それに応じた処理を考えていく必要がある。例えば、消費者契約や中小下請関係の仕組み等を参考としつつ、約款をつくり普及させることや、当事者の契約意識を高める等、契約的手法による工夫を要する分野である。 |
一つの組織に雇用されるというこれまで当然であった形態に対し、最近は、二つの組織や二つの仕事に従事する形態のものも出現している。こうした形態は、欧米では、既に相当程度普及しており、我国でも収入不足を補うため、パートタイム労働を組み合わせて働く形態や、平日は雇用、週末は起業の準備をしたり、SOHO等の事業を行う形態も稀ではなくなりつつある。 こうしたケースのうち、二つの組織で働く場合には、労働時間管理のあり方、労働災害に係る補償のあり方等を巡る法的問題や、守秘義務や兼業禁止等の労働契約上の問題が生ずる。また、企業組織で働きつつ、週末起業やSOHO等の自営形態をとる場合には、さらに、税制や社会保険適用上の困難な問題が生ずることとなり、こうしたケースの増加に応じ、制度間の整理が必要になろう。 |
さらに、中小企業の分野においては、若年時に雇用形態で修行を積み、暖簾分けにより独立する形態や、逆に、事業経営がうまく行かなくなり、中途採用により雇用形態に移る等、雇用形態と自営の間の移動は従来から頻繁であった。 近年は、さらに、ベンチャービジネスやSOHO、さらにはNPO等の独立した働き方も広がっており、雇用形態から自営への移動の動きは活発になっている。 全体として、働き方の中心が、組織への従属から仕事を中心とした内容に変わりつつある中で、「雇用形態」か「自営」かということは、本質的問題ではなくなってくる可能性がある。一人一人の働く者のライフスタイルに応じた能力が発揮出来るようにするためには、今後、「雇用形態」か「自営」かを問わず、選択肢として不利にならず、また、双方の移動が可能な仕組みとして、労働関係や社会保険関係の法的システムの抜本的検討を進めていくことが求められる。 |
|