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輸血用血液等の遡及調査に関するガイドライン(修正案)

1.目的
 本ガイドラインの目的は、感染の拡大防止、輸血用血液の安全性の向上及び受血者(患者)のフォローのために、日本赤十字社が製造・販売するすべての輸血用血液及び原料血漿(製造プール前)について、献血後及び輸血用血液使用後の感染情報等による遡及調査の方法を明らかにすることである。
 具体的には、輸血用血液の安全性を確認し病原体の存在が疑われる血液製剤の使用による感染の拡大の防止をはかるとともに、その因果関係の解明によって、以後の輸血用血液の安全性向上に資することである。さらに、必要に応じて医療機関に遡及調査の結果の通知を行い、医療機関において当該輸血用血液が投与された受血者(患者)に対する感染の遅滞なき発見と必要な治療の開始、および二次感染の防止等に資することである。

2.遡及調査の必要性
 ウインドウ・ピリオドの存在等により病原体の検出には限界があることから、輸血用血液に病原体の存在が疑われる事態が惹起された時点で、それ以前の献血に由来する輸血用血液、原料血漿まで遡り調査すること(遡及調査)が必要である。
 また同時に、感染を起こす疑いのある輸血用血液及び原料血漿の出荷停止・回収、献血者への必要な情報の提供等の適切な処置を遅滞なくとり、それ以降の感染の伝播・拡大を防止することが重要である。
 また、当該輸血用血液が医療機関に供給されている場合には、医療機関の協力によって当該患者への感染の有無を検査し、必要な治療を開始することにより感染の拡大を防止することが可能となる。さらに、その遡及調査の結果を基にして医療機関での感染対策等に資することもできる。また、輸血用血液とその感染との因果関係の科学的分析を行うことにより、輸血用血液のさらなる安全性確保・向上が果たされる。

 なお、医療機関からの感染症情報により遡及調査を開始することは、早期の輸血用血液の出荷停止や二次感染防止につなげることができるので、輸血用血液の記録の作成や輸血前後の感染症検査の実施などを医療機関が推進できる体制の確立が求められる。

3.対象
 本ガイドラインは、日本赤十字社が製造・販売する全ての輸血用血液及び原料血漿に適用する。なお、当面、遡及調査対象とする病原体は、「血漿分画製剤のウイルスに対する安全性確保に関するガイドライン」においても対象とされたヒト免疫不全ウイルス(HIV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、B型肝炎ウイルス(HBV)及び梅毒トレポネーマとする。
 また、上記以外の病原体は、本ガイドラインに準じた遡及調査の実施について検討する。

4.遡及調査の方法
(1) 遡及調査期間
 病原体はその種類によって生体内での増殖速度、ウインドウ期間、検査法によって陽性になる期間がそれぞれ異なる。したがって、病原体の種類及び検査法による陽性時期等に基づいて遡及調査期間を設定した(資料添付)。

病原体 50プールNAT陽転時 血清学的検査陽転時
HBV (1)HBc抗体(EIA法等)が検出された場合
可能な限り過去に遡り、保管検体の個別NATが陰性と判定されるまですべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
(1)HBc抗体のみが陽転した場合
可能な限り過去に遡り、保管検体の個別NATが陰性と判定されるまですべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
(2)HBc抗体(EIA法等)が検出されない場合
遡及期間は125日以内とする。遡及期間内の過去の直近(前回)及び前回から過去92日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
(2)HBs抗原またはHBs抗原とHBc抗体が陽転した場合
可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去92日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
HCV 遡及期間は192日以内とする。
遡及期間内の過去の直近(前回)及び前回から過去50日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去50日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
HIV 可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去58日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。 可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去58日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
梅毒   可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去35日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する(ただし、4日以上冷蔵保存されていた全血・赤血球製剤を除く)。
  * 医療機関からの感染情報に基づく保管検体の調査で、個別NAT陽性となった場合は、50プールNAT陽転時の前回血液と同様に取扱う。
上記遡及のほか、研究的に必要な調査を行い、2年を目途に見直し、審議会に諮ることとする。


(2) 検体及び記録の保管
 本ガイドラインに示す遡及調査措置がとれるよう、献血血液の検体、原料血漿の保管を行うこととする。また、献血者、輸血用血液、原料血漿の供給及び使用に関する記録等を保管することとする。なお、献血血液の検体及び記録の保管期間は、法令等の規定によるものとする。

(3) 感染・伝播拡大防止のための通知
 遡及調査が必要となる事実を知り得た時点で、当該輸血用血液の供給を中止するなど、当該輸血用血液の使用による感染・伝播の拡大防止を講ずることとする。
 また、遡及調査対象となった輸血用血液や原料血漿が供給されている関連医療機関や分画製剤製造業者には、速やかに通知することとする。

(4) 感染に係る検査方法
 保管検体を使用した感染に係る検査及びその評価は、その時機における最新の適切な技術を用いて行わなければならない。

(5) プライバシーの保護
 遡及調査を行うにあたり、献血者、輸血用血液を投与した受血者(患者)に係る情報等の取扱いに関し十分に配慮し、そのプライバシーの保護を確保することとする。

(6) 遡及調査の記録と保存
 遡及調査の結果はすべて記録し、保存しなければならない。
 なお、記録の保管期間は、法令等の規定に準ずるものとする。

(7) 遡及調査体制の整備
 本ガイドラインの実施にあたり適切な体制を整備することとする。



資料1-1
感染症検査陽転化による遡及調査期間

病原体 50プールNAT陽転時 血清学的検査陽転時
HBV (1)HBc抗体(EIA法等)が検出された場合
可能な限り過去に遡り、保管検体の個別NATが陰性と判定されるまですべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
(1)HBc抗体のみが陽転した場合
可能な限り過去に遡り、保管検体の個別NATが陰性と判定されるまですべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
(2)HBc抗体(EIA法等)が検出されない場合
遡及期間は125日以内とする。遡及期間内の過去の直近(前回)及び前回から過去92日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
(2)HBs抗原またはHBs抗原とHBc抗体が陽転した場合
可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去92日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
HCV 遡及期間は192日以内とする。
遡及期間内の過去の直近(前回)及び前回から過去50日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去50日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
HIV 可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去58日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。 可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去58日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する。
梅毒   可能な限り過去に遡り、過去の直近(前回)及び前回から過去35日以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及する(ただし、4日以上冷蔵保存されていた全血・赤血球製剤を除く)。
注)前回検体が2000年2月以前(50プールNAT開始前)の場合は、保管検体のNAT陰性時点から、そのウインドウ期間(HBV:68日、HCV:46日、HIV:52日)まで遡る。



資料1-2
HBV 検査陽転時の遡及調査

HBV 検査陽転時の遡及調査の図



資料1-3
HCV 検査陽転時の遡及調査

HCV 検査陽転時の遡及調査の図



資料1-4
HIV 検査(50プールNAT陽転時、血清学的検査陽転時)の遡及調査

HIV 検査(50プールNAT陽転時、血清学的検査陽転時)の遡及調査の図



資料1-5
梅毒 血清学的検査陽転時の遡及調査

梅毒 血清学的検査陽転時の遡及調査の図



資料-2
50-pool NAT陽転化例の遡及期間

50-pool NAT陽転化例の遡及期間の図

(1)遡及期間は50-pool NAT陽転化時を起点として、HBV(HBc抗体が検出されない場合)は125日、HCVは192日以内とする。また、HIVは可能な限り遡ることとする。なお、HBV50-pool NAT陽転時でHBc抗体(EIA法等)が検出された場合は、可能な限り過去に遡り、保管検体の個別NATが陰性と判定されるまで遡及する。
[ 50-pool NAT陽転化例(急性感染)の感染時期は、血清学検査のウインドウ期間内(WP1+WP2)に存在する]

(2)上記の遡及期間内の範囲で直近前回及びその過去92日(HBV:HBc抗体が検出されない場合)、50日(HCV)または58日(HIV)以内のすべての輸血用血液、原料血漿を遡及調査の対象とする。
[直近前回が 50-pool NAT陰性であれば、感染時期は50-pool NAT WPの期間 内に存在する]


この対応により陽転化例の発生後、迅速に一括して回収・遡及調査が可能になる。



資料3
血清学検査陽転化例の遡及期間

血清学検査陽転化例の遡及期間の図

(1)血清学的検査陽転化例における遡及調査は、何時感染したのかが不明なため、可能な限り過去に遡り、直近前回(50-pool NAT陰性)及びその過去92日(HBV・HBc抗体が検出されない場合)、50日(HCV)及び58日(HIV-1) 以内のすべての輸血用血液、原料血漿について引き取り措置・遡及調査を実施する。(直近前回が50pool NAT未実施例も上記と同様の遡及調査を行うこととするが、それと並行してNAT陰性であることを確認するために保管検体を用いて個別NATを実施する)
HBc抗体陽転化例は、可能な限り過去に遡り、保管検体の個別NATが陰性と判定されるまで遡及調査する。


この対応により陽転化例の発生後、迅速に一括して回収・遡及調査が可能になる。



資料4
感染症検査の推定ウインドウ期間及び遡及期間

  個別
NAT
個別NAT
(-)
50プール
NAT
50プール
NAT (-)
血清学的検査 50プール
NAT (+)
  WP 遡及期間 WP 遡及期間 WP 遡及期間
HBV 34日*1 68日 46日 92日 80(44〜125)日*2 125日
HCV 23日*1 46日 24.8日 50日 82(54〜192)日*1 192日
HIV 11日*1 52日*3 14日 58日*3 22(6〜38)日*1 68日*3
梅毒         21〜35日*4 35日

遡及期間の設定方法
Schreiberの報告したウインドウ期(WP)は平均値を示すため、個人差による影響及びウイルスの増殖速度を考慮して50プール
NAT陰性時の遡及期間は各WPの2倍の日数とした。また、50プールNAT陽性時の遡及期間は血清学的検査のWPの最長期間とする。
ただし、HIVについては感染性ウインドウ期間の2倍に感染時期から感染性ウインドウ期間に到る最大値30日を加算した日数とした。

*1 Schreiber GB et al. The risk of transfusion-transmitted viral infection.N Engl J Med. 1996;334:1685-90.
*2 50-pool NAT陽性者の追跡調査結果に基づくRPHAのウインドウ期の推定値
*3 感染性ウインドウ期間を考慮した遡及期間、今井光信. ヒト免疫不全ウイルス. 改訂版 日本輸血学会認定医
制度指定カリキュラム. 日本輸血学会認定医制度審議会カリキュラム委員会編. 2003:285-288.
*4 Orton S. Shyphilis and blood donors: what we know, what we do not know, and what we Need to know. Transfusion Medicine Reviews 2001;15:282-91.



資料5
50-pool NATによる推定ウインドウ期


病原体 倍加時間 50倍増殖時間 個別NAT(+) 50-pool NAT WP

HBV 2.0日 12日 34日 46日
HCV 0.3日 1.8日 23日 24.8日
HIV-1 0.5日 3日 11日 14日

個別NAT(+)時点の日数にウイルスが50倍以上に増殖する日数を加算したものが、50-pool NATの検出時期に相当する。その期間未満が50-pool NAT WPと推定される。



遡及調査概要フロー案

遡及調査概要フロー案



(案)
献血者から始まる遡及調査
(血清学的検査陽性)


献血者から始まる遡及調査(血清学的検査陽性)のフロー



(案)
献血者から始まる遡及調査
(50プール核酸増幅検査【NAT】陽性)


献血者から始まる遡及調査(50プール核酸増幅検査【NAT】陽性)のフロー



(案)
献血者から始まる遡及調査
(献血者等から感染症情報が得られた場合)


献血者から始まる遡及調査(献血者等から感染症情報が得られた場合)のフロー



(案)
医療機関からの感染情報(輸血用血液の使用)
に基づく遡及調査 (HBV・HCV・HIV)


医療機関からの感染情報(輸血用血液の使用)に基づく遡及調査 (HBV・HCV・HIV)のフロー


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