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4 労働のCSRを推進するための環境整備の方策

 3で述べた労働に関するCSRの推進における国の役割を踏まえた施策としては、具体的には、以下のようなものが想定され得る。

(1) 企業の自主的な取組みを促進する施策

(1) 情報開示項目の提示

 労働に関する情報開示については企業において十分進んでいるとはいえず、開示している企業の間においてもその項目は区々であるため、現状では例えば求職者が企業情報をみて、会社間の比較対照を行うことは困難である(注10)。企業の積極的な情報開示を促進し、求職者や投資家の会社判断に資するようにするため、社会報告書(サステナビリティ報告書)に盛り込むことが望ましいと考えられる項目について、国において民間機関と協力しながら検討を深め、その成果を広く企業に提示・公開しながら普及していくことが望まれる。

 また、特に労働に関する情報は非開示とされがちであることにかんがみると、結果は必ずしも伴わなくとも、まずは情報開示そのものを広めていくことも検討に値しよう。こうした観点から、労働に関する情報公開の好事例を広く周知したり、積極的に情報公開している社会報告書自体を顕彰することも、方策の一つのあり方として考えられる。

(2) 企業による自主点検用チェック指標の作成

 企業が労働に関してCSRの取組みを行おうと思っても、何をどこまでやれば良いか、明確にわからない場合も多いものと考えられる。このため、労働CSRの事項として社会的に求められるものを、国が民間機関と協力しながら選定した上で、それらについて企業がどこまで自社の取組みが進んでいるか、自分で点検できるツールを開発していくことが望まれる。
 なお、その際には、業界平均や、自社と同じような規模の企業平均と比較できるようにすることが、企業が的確に進捗状況を測れるようにする上で不可欠である。また、既に労働の個別の分野においては、企業が自らチェックする手段として「両立指標」や「女性の活躍推進状況診断表」の開発がなされており、労働全体に係るチェック指標の点検項目等を検討するに当たっては、これらを踏まえることが必要である。

 これにより、企業は労働の中で取り組むべき課題を自ら把握し、自主的な取組みを一層進めることができる。また、このツールを使って自社の取組み状況を採用応募者に対して広報すれば、優秀な人材の確保を図る一助となる。さらに、投資家に対して広報すれば、自社企業に対する投資を呼び込むことにもつながる。

(3) 表彰や好事例の情報提供
 労働関係については、厚生労働省だけをみても労働安全衛生、障害者雇用、男女の機会均等推進(ポジティブ・アクション)、職場と家庭の両立推進など、様々な表彰制度がある。これらの表彰制度やその基準について横断的に整理した上でホームページなどに公開し、企業の取組みに役立てていくことが考えられる。
 また、労働のCSRに関する企業の好事例について、幅広く収集・整理した上、企業に広く発信していくことも有益である。(注11)

(2) 各種啓発・広報を通じたCSR/SRIの推進のための施策

 社会的な責任を果たしている企業の製品を購入したり、株を買うことで労働に配慮する企業を評価するCSR、SRIの考え方を普及させる上では、消費者や投資家を対象とした啓発・広報が重要となる。消費者や投資家の多くは労働者でもあり、こうした啓発・広報を行う効果は大きいのではないかと考えられる。

 また、企業におけるトップや経営幹部、さらには担当者に至るまで、CSRやSRIについての理解を深めていくことは重要である。基本的には経営者団体や業界団体などの民間においてこうした取組みを進めていくことが望まれるが、国としても、例えば、在職者訓練のメニューの一つとしてCSRやSRIに関するカリキュラムを開発し、その成果を整理した上で広く企業に発信するなど、各般の情報提供を行っていくことが望まれる。

 さらに、大学等において、企業と社会に関わる問題について基礎的な教育を行うとともに、専門的な研究を進めるなど、CSRに対する理解の裾野を広げるための取組みを行うことが望まれよう。

(3) 国や地方自治体が業務の中で行うCSR/SRIへの配慮

(1) 公的年金等のSRI運用
 働く人が重視される社会を形成していくためには、投資市場においてSRI的な要素を強化していくことが効果的である。そのためには、公的年金等の積立金をSRI運用することも考えられることから、今後、SRIの投資効果に関する検証を深めるとともに、公的な保険等の積立金をSRI運用することの是非について、受託者責任との関連で検討を進めることが期待される。

(2) 株主議決権の行使
 企業におけるSRIを進める手法として、ステークホルダーの関心に即した経営を行っている企業に対し、排他的に投資する他に、株主議決権を行使しつつ、それぞれの企業の望ましい方向に向けての経営を促し、企業の潜在的な課題・問題点を未然に解決することも考えられる。例えば、中途脱退者や解散基金加入員に係る年金資産について運用を行っている厚生年金基金連合会においては、コーポレートガバナンスが十分に機能する経営を求め、株主議決権を行使しているが、こうした手法について、さらにそのあり方を検討していくことが重要と考えられる。

(3) 調達におけるCSRの考慮
 国や地方自治体が調達する際に、労働などの事項についてCSRに配慮している企業を優先することも考えられる。例えば、東京都千代田区や大阪市においては、建設工事等入札参加資格者の評価項目に、障害者雇用など独自の社会的貢献度を加えており、こうしたCSR調達が、全国において広まっていくことが期待される。

(4) 上記施策を行うに当たっての留意点

 これまで述べてきた施策を講じていくに当たっては、特に中小企業への配慮が必要とされよう。中小企業においては、労働を含めCSRに関する取組みが十分進んでいるとはいえない(注12)。また、欧州においても、中小企業向けの事例集を発行したり、自己診断用のツールを開発したりしている(注13)。こうした取組みを参考にしながら、国は企業の自主的な取組みを促進する施策を講じていく際に、特に中小企業におけるCSRの取組みが進むような工夫を講じる必要がある。

 また、上記の施策の中には、厚生労働省が単独で行うことが困難なものがある。もともとCSRは企業の経営全般に関わる概念であり、施策を講じていくに当たっては、関係省庁間で十分な連携を図っていくことが不可欠である。



(注10) 企業の社会報告書において労働のどういう項目を情報開示しているかについてみると、会社によって項目はまちまちである(付表4を参照。)。

(注11) なお、企業の自主的な取組みを促す手法の一つとして、社会的責任を果たしている商品であることを表示するソーシャル・ラベルがある。ベルギーやデンマークなど欧州の取組みを参考にすると、ソーシャル・ラベルの作成を国が行うことも選択肢としてはあり得る。しかしながら、CSRについて企業の関心が高まり、自主的な取組みが進んでいる現在、こうした動きを尊重する意味で、国がイニシアティブをとる形でのソーシャル・ラベルは、現時点では適当ではないものと考えられる。

(注12) 例えば、(社)経済同友会「日本企業のCSR:現状と課題」(2004年)をみると、労働に関する各種の取組みは、概ね規模が小さいほど活発ではないことがうかがえる。

図

(注13) 欧州のCSRに関する取組みについては、付表5を参照。


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