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2 社会情勢の変化に応じた従業員への考慮

 従業員等に対し、企業がどういう事項について責任ある行動をとらなければならないかについては、労働をとりまく社会情勢の変化によって異なってくる。ここでは、従業員、求職者というステークホルダーとの関わりにおいて、企業が考慮することが望まれる事項について概観する(注5)。

(1) 「人」の能力発揮のための取組み
 豊かな社会の下で、経済のサービス化が進行するとともに、消費ニーズは多様化してきており、画一的な生産の重要性は薄れてきている。こうした中にあっては、従来のように決められた工程・サービスをこなすだけでは足りず、様々な資質と才能を持った個人が、その能力を十分に発揮し創意工夫をしていくことが、経済活動の大きな源となってきている。
 また、豊かな社会は従業員等の働く志向にも変化を与えている。すなわち、就労の目的をみると、自己実現など生活費の獲得以外の要素が大きくなってきており、働くことに何を求めるかは、千差万別ともいえる状況にある。

 今後高い付加価値を創造していくためには、機械などの生産設備ではなく、多様な個性や考え方を持つ(従業員をはじめとした)「人」が、これまで以上に重要な役割を果たす。こうした中にあっては、
(1) 人材の育成やキャリア形成支援が積極的に行われ、能力の向上が図られること
(2) 個人それぞれの生き方・働き方に応じて働くことができる環境が整備されること
(3) 全ての個人について能力発揮の機会が与えられること
(4) 安心して働く環境が整備されること
が、個人の能力を発揮させるに当たり特に重要になると考えられる。

 具体的には上記(1)から(4)に対応して、企業においては例えば、従業員等に対し以下のような考慮を行うことが、重要となってきている。

(1) 企業による人材育成の状況をみると、OFF-JTを中心として実施割合は低下している(注6)。こうした状況を踏まえ、従業員の採用後退職に至るまでの間、継続的に能力開発を行い、職業生活の全期間を通じて能力開発が行われる体制を確立していく。
 また、労働移動が増加している中、従業員自らが自己のキャリア形成のあり方を考える必要性は増大していることから、自己の職業生活設計に即して能力開発を行う際に、そのあり方について相談・助言したり、能力開発に関する情報提供・休暇の付与などの支援策を講じる。

(2) 従業員にとっては、かつて多くみられた仕事一辺倒ではなく、育児や介護など、家庭生活と両立しながら仕事することへの希望が高まっている。また、NPO活動への参加等を通じて地域社会に貢献しつつ、本業においても力を発揮したいという希望の高まりも見受けられる。
 しかしながら、グローバル化等による競争の激化を背景として、30〜40歳代を中心とした一部の従業員に仕事が集中しており、週60時間以上働く者も少なくなく、働き方を選択することが困難になっている。こうした事態に対応するため、育児や介護に関する支援措置を充実したり(注7)、ボランティアに関する休暇の制度化・活動情報の提供や講習の実施などに取り組むことを通じて(注8)、職業生活と家庭生活・地域生活との両立を一層支援していく。

(3) 我が国においては、例えば女性の管理職への登用が先進諸外国と比べ遅れているなど、女性の活躍が必ずしも十分ではないこと等を踏まえ、女性労働者の能力発揮を促進するための積極的な取組みを行う。 また、我が国の高齢者は、就労を通じた社会参加への意欲が強いことから、長年培った知識や経験を活かせる雇用の場を提供していく。さらに、働く意欲と能力を持った障害者についても、働く意欲と能力が十分に引き出されるような雇用の場を提供していく。

(4) 企業間競争が激化する中で、仕事で心身の負担を感じる労働者の割合は6割を超えており(平成14年労働者健康状況調査)、また、安全に対する認識の低下が懸念される。労働者のメンタルヘルス不全による欠勤や過労死の発生は、労働者のみならず企業全体に大きな悪影響を及ぼす。さらに、事故・災害の発生は、直接・間接の経済的損失をもたらし、労働者の安全・安心を損なうことになる。
 このため、心身両面の健康確保対策及び労働災害防止対策を行い、労働者が安心して働ける環境の整備を図る。

(2) 海外展開の進展に対応した取組み
 事業の海外展開が進む中で、海外において労働問題が頻発している。海外進出先においても現地従業員等に対し、企業は責任ある行動をとっていく必要がある。
 また、海外を含めたサプライチェーンの事業所においても、労働等のCSRに配慮しているか否かが商取引上の要件となってきており、こうした点についても考慮する必要性は増大している。

(3) 人権への配慮
 今日においても、社会的身分、門地、人種、民族、信条、性別、障害等による不当な差別その他の人権侵害はなお存在している。企業においても、差別の禁止やセクシュアルハラスメントの防止等について、社内研修など従業員の人権に配慮するような取組みをしていくことが重要である。

(4) 企業からみたメリット 企業の側からみても、労働に関してCSRを踏まえた活動を行うことは、例えば以下のような利点があるものと考えられる。
 人材を重視しその育成を図っていくことは、優れた人材を集めるとともに、優秀な人材の定着にも資する(注9)。

 地域生活との両立支援等によって、従業員が企業社会と異質な経験を積めるようにしたり、女性の活躍の場を拡げることで人材のダイバーシティ(多様性)を拡げることは、新しい発想を生み、ひいては高い付加価値の創出が期待できる。

 働く人を大切にしている企業が市場において評価されることを通じて、当該企業が提供する財・サービスの消費の増加や、投資の増加をもたらす。


(注5) 企業が従業員に対して考慮すべき事項としては、賃金、労働時間に関することをはじめとした基本的な法定労働条件を遵守すること(コンプライアンス)が、まず前提として必要になる。ここでは、そのことを前提とした上で、労働に関するCSRについて企業が考慮することが望まれる事項について概観する。

(注6) 日本労働研究機構「能力開発基本調査」によると、OFF-JTの実施率は2002年度は48.7%と前年度に比べ11.5ポイント低下している。計画的OJTも2002年度は実施率が減少しており、企業における人材育成の取組みの減少が懸念される。

人材育成の状況(OJT,OFF−JT)の推移
教育訓練実施率の推移
(%)
 OFF−JT実施 計画的OJT実施
2000年度 64.9 41.6
2001年度 60.2 44.8
2002年度 48.7 41.6

(注7) 例えば、厚生労働省「女性雇用管理基本調査」(2002年度)をみると、小学校就学の始期までの勤務時間短縮等の措置の普及率は9.6%という状況にある。

(注8) (財)勤労者リフレッシュ事業振興財団勤労者ボランティアセンター「企業の社会貢献活動および従業員のボランティア活動支援に関する調査」(2001年)によると、ボランティア休暇を制度化している企業の割合は6.8%となっている。

(注9) なお、従業員の能力開発の積極性と企業の売上高の関係をみてみると、「非常に積極的」と回答した企業において、「増収」となった割合が高く、「消極的である」と回答した企業においては、「減収」となった割合が高くなっている。

従業員の能力開発の積極性と企業の売上高
図
資料出所:日本労働研究機構「採用戦略と求める人材に関する調査」(平成15年3月)


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