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1 労働に関してCSRを検討する背景と意義

 昨今、不祥事の多発や環境意識の高まりを受け、企業の社会的責任(CSR)を求める動きが大きな潮流となっている。ここでは、CSRとは何か、また、CSRを労働について検討する意義は何かについて記述することとする。

(1) CSR/SRIとは
 企業においては活動するに当たって、社会的公正や環境などへの配慮を組み込み、従業員、投資家、地域社会等のステークホルダー(利害関係者)に対して責任ある行動をとるとともに、アカウンタビリティ(説明責任)を果たしていくことが求められている。こうした考え方はCSR(Corporate Social Responsibility)と呼ばれ、我が国においてもCSRについて本格的な取組みが始まっている。

 また、CSRを推進する手法の一つとして、従来の財務分析による投資基準に加え、社会・倫理・環境などの点で社会的責任を果たしているかどうかを基準に投資することがあげられる。こうした投資行動はSRI(Socially Responsible Investment)と呼ばれ、アメリカや、欧州(中でもイギリス)においてSRI市場が発達している(注1)。我が国においてSRIは萌芽期の段階に過ぎないが、1999年には初めてSRI投資信託(エコ・ファンド)が発売され、現在は環境のみならず、労働を含めた社会面をも考慮した投資信託が登場している(注2)。

 企業がCSRとして取り組む分野は、コーポレート・ガバナンスや環境、社会など多岐にわたる。このうち、既に環境分野については、環境報告書ガイドラインの作成やエコ・ファンドの創設など、各般の取組みがなされている。これと比較すると、社会分野の中の一つの大きな要素である「労働」については、取組みが進展しているとはいえない。

(2) 労働についてCSRにより検討する意義
 労働に関する課題は、最低労働条件の遵守はもとより、労働安全衛生、高年齢者雇用、障害者雇用、女性の能力発揮促進、職業生活と家庭生活の両立等、多岐にわたり、それぞれの課題について議論がなされ、政策としても推進されている。また、これらの諸課題については、人事労務管理論としてもこれまで議論が重ねられている。にも関わらず、本研究会の中間取りまとめを行うに当たり、労働についてなぜ特にCSRの観点から検討するのか、整理しておく必要がある。

 企業は、人や物、金といった経営資源を活用して、財を生産したりサービスを提供し、社会的な価値を創造する主体であり、価値を最大限創造し社会に貢献していくためには、経営資源を効果的に投入していくことが不可欠である。

 その際、企業は社会の一員であり、社会と無関係であり得ない存在であることにかんがみると、社会の多様なステークホルダーへの影響を十分に考慮しながら活動を行っていく必要がある。そうした取組みは、環境負荷の軽減や消費者の安全対策など多岐にわたるが、従業員をはじめとした「人」に関する取組みについては、他とは異なる特別な考慮が必要になるものと考えられる。

 例えば、環境負荷を軽減するに当たっては、経営資源を別な物に置き換えることによって対処できる場合があるが、従業員は多様な個性と能力を有しており、従業員の健康が損なわれ、消耗したからといって必ずしも代替がきくものではない。
 また、職業能力の蓄積なしに失業するようなことになれば、さらなる職業能力の低下を招き、無業期間が長期化しかねないが、これは従業員本人の職業生涯に取り返しのつかない損害を与えるのみならず、社会全体でみても悪影響を及ぼす。すなわち、限られた資源である労働力については有効に活用していく必要があるが、職業能力の減退を招くことは、貴重な労働力の「浪費」につながる。こうした事情は少子化が進行し労働力供給が制約される今後、一層顕著になろう。
 したがって、従業員の働き方等に十分な考慮を行い、かけがえのない個性や能力を活かせるようにしていくことは、「社会的公器」としての企業にとって、本来的な責務であるということができる。

 しかしながら、近年、企業間競争の激化等によって長時間労働やストレスが増大したり(注3)、女性の登用が十分に進まないなど(注4)、働き方の持続可能性や公平性に照らして懸念される状況が多くみられる。
 こうした中、「人」の観点からも持続可能な社会を形成していくことが重要となっており、社会的基盤の損失にもつながる行き過ぎた利益至上主義に対し、従業員、求職者等のステークホルダーに対する考慮を強調するCSRの考え方は、企業や市場のあり方を変革し、社会の持続可能性を保持していく上で重要性を増してきている。

 特に、従業員等に対し責任ある行動を積極的にとっている企業が、市場において投資家、消費者や求職者等から高い評価を受けるようにしていくことは有益と考えられ、CSRを果たしている企業に対して投資するSRIのあり方については、こうした観点からも検討を深めていく必要がある。
 加えて、市場で適正に評価されるためには、現状では情報が外部に開示されにくい「労働」分野についても、企業は「社会的公器」としての姿を世に示していく必要がある。CSRは、従業員等のステークホルダーに対して説明責任を果たすことをも意味しており、こうした取組みの重要性は高まっているといえよう。

 CSRはあくまで企業の自発性に基づいて進められるものであるが、それぞれの企業が、社会的公器としての認識を深め多種多様な取組みを積み重ねていくことで、「人」の観点からも持続可能な社会が形成されていくことが期待される。国においても、こうした企業の取組みを支援していくことが求められよう。



(注1) IFC(International Finance Corporation)の調査によりSRIの残高について国際比較すると、アメリカやイギリスと比較して日本の額はわずかである。

SRI市場の国際比較
SRI残高
  アメリカ ヨーロッパ 日本
イギリス イギリス以外
のヨーロッパ
1999年 2,160 2 - 1.1
2002年 2,300 354 17.6 0.6
(単位:10億ドル)
資料出所:IFC Towards Sustainable and Responsible Investment in Emerging Markets
Russell Sparkes "Socially Responsible Investment", John Wiley &Sons,Ltd, 2002

(注2) 付表2を参照。

(注3) 週の労働時間が60時間以上の就業者割合を年齢階級別にみると、25〜34歳、35〜44歳は他の年齢階級より高くなっており、しかも近年上昇する傾向がある。

年齢階級別・就業者に占める週の労働時間が60時間以上の者の割合(非農林業)
資料出所 総務省統計局「労働力調査」
  (注)1)就業者のうち休業者は除いている。
2)「労働力調査」では、月末1週間(12月は20日〜26日)に仕事をした時間を調査対象としていること等のため、同調査における労働時間を単純に月間換算しても、月間の実労働時間となるわけではない。

(注4) 例えば女性の管理職比率について国際比較すると、日本は欧米諸国よりかなり低い値を示している。

女性の管理職比率の国際比較
資料出所
 日本 総務省統計局「労働力調査」(2003年)
 アメリカ U.S. Bureau of Labor Statistics「Employment & Earnings」(2002年)
 イギリス Office for National Statistics(2003年)
 フランス フランスキリスト教労働者同盟 CFTC(1999年)
 ドイツ・スウェーデン ILO「Yearbook of Labour Statistics」(2003年)


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