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総論

1 「働き方」をめぐる現状認識

 ○ 我が国においては、戦後の荒廃からの復興、その後の高度成長時代を通じて、欧米諸国に追いつき、追い越すことに重点を置いた社会経済制度が構築され、「働き方」についても、この社会経済制度と整合性のとれるような形で構築されてきた。
 ○ これまで我が国において典型的であった長期雇用や、そうした雇用形態を前提とする年功賃金に代表されるいわゆる日本型雇用慣行は、我が国経済の発展に寄与するとともに、労働者の雇用の安定にも大きな役割を果たしてきた。特に経済が右肩上がりで成長していく時代には、このような画一的な価値観、社会経済制度が非常に有効であったといえる。
 ○ 「会社人間」といった言葉に見られる「会社中心の生活」は、このような従来型の日本型雇用慣行の副産物とも考えられる。しかし、「ものの豊かさ」を求める国民の意識が支配的であった時点では、家族の幸福のために自らの収入水準の向上が第一に考えられ、「会社中心の生活」は、その見返りとして甘受すべきものととらえられてきた。
 ○ 一方、このような働き方が困難な者は、就業を断念したり、いわゆる非正社員として補助的業務に従事するものと位置づけられ、賃金等の処遇の面でいわゆる正社員よりも劣位に取り扱われるとともに、結果として女性がこうした働き方に位置づけられる傾向が厳然として存在してきた。
 ○ こうした我が国における従来型の働き方の構図を理念型として整理すれば、労働時間、就業場所、仕事の種類など様々な面で経営側に広汎な裁量が存すると同時に雇用保障の強い働き方と、これとは対照的に労働時間や就業場所をはじめ様々な面で働く側の意向が一定程度尊重される反面雇用保障の弱い働き方との二極化が続いてきたと言える。見方を変えれば、いわゆる正社員という固定的な働き方と、いわゆる非正社員というもう一つの固定的な働き方が、距離を置いて存在してきたとも言える。

 ○ しかしながら、我が国の国内総生産は既に世界第2位の水準となり、賃金水準もかつての目標であった欧米諸国と比較してひけをとらないか、むしろ上回る水準となっており、国民の意識も「ものの豊かさ」から「心の豊かさ」を求める方向に重心を移している。また、個々人の求める生活様式も多様化している。
 ○ いわゆるバブル経済期以降の経済成長の鈍化、国際競争の激化など経済構造の変化が進む中で、企業は生き残りをかけて、従来よりも短期的な収益重視の考えを強めざるを得ない状況にある。
 ○ さらに少子高齢化の急速な進行は、労働力人口の数、労働者の年齢構成の変化を介し、国民経済に対して重大な影響を及ぼしつつある。

 ○ このような変化の中で、我が国における雇用管理について、相次いで改革が提示されているが、いずれも働き方の二極化を前提に短期的な利益追求及び即戦力指向の強化を基本としていることから、働く側の受け止め方は様々であるものの、総じて「不安感」を持つに至っている。
 ○ この「不安感」は、労働組合員数が減少し、労働条件の決定も個別化の傾向をみせる中で相次いで改革策が提示されていることや、厳しい雇用情勢という外生要因もあって、これから起こる雇用管理の急激かつ大幅な変化は、働く者注1)が求める方向には向わず、不適応を起こす者が多数生じるのではないかというおそれが基調になっていると考えられる。
 ○ 人材を基盤とする我が国において、今後とも持続的成長が可能な経済社会を実現していくためには、働く者の「不安感」を解消し、人材としてその能力を十分に発揮できるような環境が不可欠である。そのために我が国における雇用管理の在るべき方向を示し、改善に向けた取組を急ぐ必要があるが、同時に、今後の「働き方」についての明確な見取図を描いておく必要もある。
 ○ 以上のような認識に立ち、まず、人口構造の変化、企業競争の構造変化及び働く者の変化に伴い、「働くこと」をめぐってどのような問題が発生しているかを整理していくこととする注2)。


2 「働くこと」をめぐって生じている問題

(1)主に人口構造の変化に伴う問題発生状況
 ○ 少子高齢化に伴い、今後の我が国の労働力人口については、全体的な減少が進む中で、若年者の割合が低下し、高齢者の割合が増加することが見込まれる。また、高齢者においては、全体的に自己実現意識が高く、働く機会を求める者が増えているが、一方で若年者においては、職業探索期間の長期化などに伴い職業的自立が遅れる者が増えてきている。
 ○ 現在の雇用失業情勢の下では、限られた雇用需要を高齢者と若年者でいかに分け合うかが重要となっているが、今後の「働き方」についての見取り図を描く上では、少子化に伴う将来の労働力不足や、若年者や高齢者の質的変化を踏まえることがより重要である。すなわち、将来に向けて確実に労働力を確保していくために今から重視しておくべきものは何かという観点に立つ必要があり、例えば、これまで高い就業意欲を持ちながら能力が十分にいかされていない高齢者については、どのような仕事であってもその能力が発揮できるようにし、将来の我が国を担うべき若者については、安易にフリーターや無業者とならぬよう、早い段階から「働く」ということの意味について体験を通じて修得させるなどし、早急かつ着実な職業的自立を図っていくことなどが重要な課題となる。
 ○ また、高齢化に伴う社会的費用は、できる限り働くことを通して所得を確保すべきであるという自助の考え方を原則としつつも、働く者を中心に社会全体で負担することが重要であり、そのために、まず現役世代が納得のゆく「働き方」を選択し、必要な所得を稼得しながら自ら計画的な資産形成に努めるとともに、社会保障制度をすすんで支える気持ちになることが必要であるが、その際、社会保障制度については、持続可能で長期的安定が確保された信頼に足るものになっておくことが不可欠である。
 ○ なお、働き方の選択次第では、その者の収入・資産の確保に重大な影響を及ぼすことになるため、多様な選択の余地を広げておく観点から、働く者に対する十分な情報提供の下で、賃金の納得性の確保、自助努力による老後の資産形成手段の確保等が図られるようにしておく必要がある。

(2)主に企業の競争構造の変化に伴う問題発生状況
 ○ 経済社会のグローバル化、規制改革の進展等により、企業間競争が激化する中で、製造業においては「規格大量生産」から「独自の技術・製品の開発」、「少量多品種生産」に重点が移り、企業にとっては、消費者ニーズの多様化の中で、知的労働力の確保とその活躍を抜きにして収益源を確保することはできないという状況にある。
 ○ これとあわせて、産業構造の第3次産業化が進行しており、今後の企業活動においては、いかに多様な顧客が必要とする対人サービスを提供し、満足してもらえるかが主たる課題になってくると考えられる。
 ○ このような動きの中で、企業は働く者に対して、「決められたものを効率的に処理すること」よりも、「分からないことに知恵をしぼること」や「多様な他者(顧客など)の考えを思いやること」を強く求める傾向にある。
 ○ しかしながら、これまで主流であった雇用管理は、「決められたものを効率的に処理すること」を内容とし、かつ、成果が労働時間に直結する労働を前提としたものとなっているため、付加価値競争にさらされている企業やそこで働く者の実態に十分に対応しきれておらず、そのことが働く者の能力発揮の足かせとなって生産性の向上を阻害したり、企業が求める新しい人事労務管理の導入の隘路となるなど、企業における付加価値の創造をめぐる制約要因となっている可能性が大きい。
 ○ また、サービス業や製造業であっても、「決められたものを効率的に処理すること」が欠かせない労働分野は存在するが、こうした分野においては、企業は極力費用負担の削減を図るために、業務内容や求められる能力の見直しを抜きにして、パートタイム労働者注3)などのいわゆる非正社員に切り替え、人件費、法定福利費等を圧縮するといったことを行っている。その結果、いわゆる正社員と非正社員との処遇の均衡をめぐる問題が顕在化している。

 ○ さらに、市場中心主義の考え方の広がりにより、企業において、労働を単なる「経営資源の一つ」としてとらえる考え方が、「労働は商品にあらず」という理念を凌駕しつつある。また、株主による企業統治の考え方が従業員指向の考え方を縮小させつつあるが、環境保全問題への対応を契機とする「企業の社会的責任」論が活発化しており、この視点に立って労働問題を再考する余地も生じている。

(3)主に働く者の変化に伴う問題発生状況
 ○ 「ものの豊かさ」を求めていた時代に比べ、「心の豊かさ」への指向が強まる今日、人々は豊かさを判断する基準として、もっぱら「所得の水準」を用いるのではなく、「選択肢の多さ」をも重視するようになってきている。したがって、生き方や働き方の選択肢が多く提供され、その中で自らが納得できる働き方を選択できることを求める傾向が強まっている。
 ○ こうした中で、今から働こうとする者も既に働いている者も、ともに仕事か生活かどちらか一方のみを重視するのではなく、仕事と生活の調和を重視するという者の割合が増加しつつある。また、若い年齢層ほどどちらかといえば生活を重視する傾向が顕著に表れている。仕事と生活の調和という考え方は、働く者にとっての働き方の主要な選択基準の一つとなりつつある可能性がある。なお、意識というものは、一生涯を通じて不変ということはありえず、働く者の年齢や職業経験の積み重ね等に応じて、一生涯のうちに様々に変わり得ることには留意が必要である。
 ○ しかしながら、労働時間に着目すれば、常用労働者のうちの長時間労働者の割合が上昇する一方で、多くの失業者も発生しているなど、「忙しい人はますます忙しく、暇な人はますます暇に」という現象が生じている。また、高齢層と若年層では仕事時間が短く、働き盛り世代の30代では長くなるなど働いている者同士の間でも世代間格差が生じているほか、男女間の格差もみられる。
 ○ 以上のような点を踏まえるならば、現在の我が国においては、意識の多様化に応じた働き方や生き方を選べるようになっているとは言い難い状況にある。その理由としては、企業の雇用管理がいわば拘束度の高い正社員と拘束度の限定的な非正社員に二極化していること、働く者もそれを前提に世帯の生活費を確保するための主要な稼ぎ手と育児・介護等家族的責任を担うパートナーというように働き方の二極化を余儀なくされていることがあって、主要な稼ぎ手にとっても、そのパートナーにとっても、自律的な働き方の選択が制約されていると感じずにはいられないということがあげられる。

 ○ こういった意識の変化等を踏まえつつ、働く者が生涯にわたって自らの働き方を多様な選択肢の中から主体的に選択していけるようにするためには、労働時間、仕事の場所や内容等を異にする多様な働き方が社会のあらゆる分野において受容されるようにするとともに、多様な働き方相互間での円滑な移動を妨げる要因の解消を図るなど雇用をめぐる法制度をはじめとして、それを取り巻く諸環境を整備しておくことが求められる。

 ○ さらに、長期雇用やそうした雇用の在り方を前提とする年功賃金制度が主流であった我が国においては、現下の厳しい雇用情勢もあって、いったん失業すると再挑戦が厳しい状況にある。中高年層については、自らの意識に沿った働き方を選択することに伴う危うさを避ける傾向が強く、一方で現在の会社にとどまったとしても職場における見通しは悪いという状況があるため、将来に対する不安感が高まっている可能性がある。また、若年層を中心に独立志向も育っているが、失敗した場合の危険を考慮して起業に踏み切れないことが、我が国の開業率がなかなか回復しない要因となっていると考えられる。


3 問題に対する解決の方向

(1)今後のあるべき働き方
 ○ 我が国がこれまで世界有数の経済大国として確固たる地位を保ってきたのは、高い技術力と勤勉性、忠誠心に富んだ優秀な労働者によるところが大きかったが、持続的成長が可能な経済社会を構築するためには、人材活用こそが重要であることには今後とも変わりはなく、その人材の在り方は時代とともに変化していることに留意が必要であるこうした中で、多様な個性や価値観を持つ個々人が生涯にわたって可能な限り意欲と能力を発揮できるようにするとともに、急速な人口構造の変化が進む中で、次代を支える意欲と能力を備えた人材が早急かつ着実に育成されるよう、政労使が一体となって取り組むことが必要である。
 ○ 一方、サービス産業化、付加価値競争化に伴い、今後働く者には、如何に「分からないことに知恵をしぼるか」、「他人の考えを思いやれるか」が求められることになると考えられる。このような「知恵・思いやり」は、働く者が生涯を通して様々な形で学習を積み重ね、社会の中で自己を磨き上げていくことを通じて醸成されるものであり、自らがその意欲や能力を最大限に発揮しようという意識と一体となって初めて最大の成果を生むものであると考えられる。
 ○ このような点を踏まえれば、誰もが生涯の各々の段階で、その希望に応じて様々な態様による社会参画を実現し、その社会参画を通じた主体的な人生キャリアの形成が図られるようにすることが基本であり、その参画の態様としては、仕事をはじめ地域活動やボランティア活動など様々なものがある。
 こうした中で、仕事については、誰もが自らの選択により、家庭、地域、学習やボランティア活動などの様々な「仕事以外の活動」すなわち「生活」と様々に組み合わせ、両者の「調和」を図ることができるようにする必要がある。そして、今後の我が国においては、この「調和」の実現を通じて、すべての働く者が安心・納得できるようにすることの重要性が増している。

 ○ こうした仕事と生活の調和が実現しにくい社会においては、働く者は高い意欲を持って仕事に向き合うことが困難となるばかりか、心身の健やかさを損なうおそれも高く、その者の能力発揮と企業における人材活用がともに阻害されることとなる。一方、多様な価値観を持った働く者一人一人が、自律的な選択により仕事と生活の調和を実現していけば、不満やストレスを抱え込むことなく、心身ともに充実した状態で潜在する能力を十分発揮することが可能となる。

 ○ また、仕事と生活の調和の実現を企業の雇用管理という面からとらえるならば、従来のいわゆる正社員と非正社員という固定的な当てはめに基づく雇用管理の下で従業員が必ずしも十分に能力を発揮してこられなかった等の問題を解消し、自律的に働く者について、仕事の成果や能力発揮の状況に即して個々人を評価する道を切り開いていくことになる。そして、こうした目配りの利いた雇用管理の下で、働く者が生き生きと仕事に取り組み、その能力をいかんなく発揮できるようにすることは、活力と夢に満ちた経済社会の実現への足がかりとなるものである。

(2)仕事と生活の調和を実現する上での主要な課題
 ○ 仕事と、生活すなわち仕事以外の活動との調和の判定は、最終的には個々の働く者の主観によることになるとしても、第一義的には、それぞれの活動に配分できる時間(労働時間と生活時間)によって行われることになる。その意味で、仕事と生活の調和が図られている状態とは、一定の制約のある時間帯の中で働く者が様々な活動に納得のゆく時間配分ができるような状態であるということができる。
 ○ このように働く者が納得のゆく「時間配分」を行えるようにするためには、個々の働く者が労働時間と生活時間を様々な配分で選択できるよう、労働時間を短縮しつつ労働時間に関する選択肢の多様化を図っていくことが必要となる。そのためには、強い拘束の下での著しい長時間労働そのものを抑制すること、集中して働いた後はその代償としてまとまった休暇を取得できるようにすること、一定以上の時間外労働を行ったときには一定の生活時間がきちんと確保されるようにすること、さらには職業生活の節目において年単位のまとまった休暇を取得できるようにすることなどが考えられる。また、生活時間との折合いをつけつつ、仕事時間の中で高い成果を発揮しやすくするという観点からは、健康が十分に確保されることを前提条件に労働時間規制にとらわれない働き方に道を開くことも考えられる。
 ○ このように様々な長さや形態による労働時間の選択肢を整備し、自律的な選択を可能にしていくことが、働く者の意欲と能力の発揮のためにも、また企業にとっての有為な人材の確保や生産性の向上のためにも重要であると考えられる。したがって、今後の労働時間の短縮は、様々な労働時間の選択肢を整備する流れの中で考える必要があり、従来のように年間総実労働時間について一律に目標を掲げるのではなく、個々の働く者が生涯の各段階で希望する働き方を実現することにより、結果として社会全体で見た場合の労働時間短縮の達成が図られることを基軸に据えた取組が求められる。
 ○ 加えて、人生において、ある時期は仕事を優先し、別の時期は家族を優先し、さらに別の時期には自分を優先するなど、状況に応じて重心を移しながら全生涯を見渡したときに充実感を感じられるようにするといった長期的視点からの仕事と生活の調和も重要であると考えられる。仕事に集中したい時期は集中して働き、子育て期には労働時間を減らすといった労働時間の柔軟化は、最近顕著化している世代間や男女間の労働時間格差の平準化にもつながるものである。
 ○ 仕事と生活の調和を実現するためには、時間とともに就業場所についても様々な組み合わせを選択できるようにする必要がある。その意味で、働く者が情報通信機器を活用して時間と場所を選択して働くことができるテレワークについて、仕事と生活の調和を図る新たな働き方の一つとして認知し、その内包する問題に適切に対処しつつ、これを推進していくことが求められる。

 ○ 以上のように労働時間や就業場所についての選択肢を充実し、働き方の多様化を図る際に、世帯としての生計確保について、特に働く者の側からの留意が必要である。個人が仕事の比重を下げれば賃金収入の減少は避けられなくなるが、その対応として夫婦がともに家計の支え手となることが考えられる。また、ダブルジョブ、マルチジョブなど自由度の高い働き方を過重労働の防止等に配意しつつ組み合わせることによって収入水準を確保するといった対応も考えられる。収入確保に関する役割分担について様々な型が可能となるような環境整備も必要となってこよう。
 ○ 同時に、こうした働く者の収入を取り巻く環境変化の中にあって、労働市場における賃金の下支え機能を有する最低賃金制度について、そのセーフティーネットとしての機能が必要に応じて十分に発揮されるようにしていくことが求められる。
 ○ さらに、働き方の多様な選択肢の整備と働き方相互間での公正な処遇の確保は不可分であり、これができなければ、働く者の納得は得られないばかりか、意欲の減退につながるおそれがあることに留意した上で労使の取組を促していく必要がある。
 ○ 併せて、個々の働く者のニーズに応じた仕事と生活の調和を図ることを重視するならば、働き方に関して当事者たる労使間の自主的な決定が円滑になされるよう、労働契約に関するルールが整備されていくことも重要である。

 ○ 従来、我が国では、一つの企業の中での単線的なキャリア形成を念頭に置いてキャリアの形成や展開に関する施策を推進してきたため、ともすれば育児・介護、ボランティア活動、学習などを理由に職場を離れることを「職業キャリアの中断」として消極的にとらえがちであった。しかし、個々人の意識や行動が多様化するとともに、企業や社会において多様な価値観を持った個々人の能力発揮が求められる中で、こうした「職業キャリアの中断」についても、人生キャリアを形づくるための社会参画の貴重な一態様として前向きにとらえ直していくことが必要である。そうした観点から、労働力の質・量の充実、就業率の向上を念頭に置いて展開されてきた従来の労働政策について、働く者の生涯にわたる仕事と生活の調和を実現するため、地域での活動、家庭での活動、起業、生涯を通しての学習活動等、個々人の様々な態様による社会参画を視野に入れた上で見直していくことが求められる。
 ○ 仕事と生活の調和の実現は、企業にとってはより独創性と工夫に富んだ従業員の貢献に不可欠であるとともに、優秀な人材の確保にも資する。同時に、働く人々の人間力の向上を阻害しない企業活動の実践でもあり社会の一員としての要請にもかなうものとなる。また、働く者にとっては、仕事と生活のメリハリがある、より充実した生涯につながるものとなる。社会全体としても、持続的成長、次世代育成支援につながるものとなる。
 ○ ただし、仕事と生活の調和を図ることにより、これらの恩恵が期待できる一方、新たな費用負担の発生という問題が表裏一体のものとして存在することに留意が必要である。例えば、調和を図るための労働時間の短縮は、企業に時間当たり固定費を上昇させる効果をもたらすとともに、働く者に賃金額の減少をもたらす可能性を内包しているなど、労使双方にとって様々な費用負担も必要となることを認識した上で、仕事と生活の調和が労使や社会全体にもたらす恩恵の大きさを評価すべきである。
 ○ 特に、仕事と生活の調和の実現に向けて、働く者は、自助努力による意欲・能力の維持・向上、会社任せの職業キャリアの形成からの脱却など、これまで以上に会社からの自立を図り、確固とした個人として自らの選択や決定に責任を持ち、積極的に社会参加していくことが求められることになる。仕事と生活の調和を図る上では、学校教育段階も含めた若年期から個人の自立・自己責任意識をどう高め、そうした意識を各人の自律的な職業キャリアの展開にどうつなげていくかが非常に重要な課題となることを銘記すべきである。

(3)各問題に対する今後の対応
 本検討会議としては、2に掲げた問題について、これまでも、それぞれの政策課題ごとに状況に応じて様々な対策が講じられてきた(発生している政策課題とこれまでの施策の展開状況等については、別紙のとおり整理)ことは、十分理解するところであるが、今回、「仕事と生活の調和」の実現という視点に立って、(2)でみた問題解決の中核となるべき諸事項について、改めて検討を加えたところ、以下のとおり対応策が整理できたところである。今後は、こうした対応策を適切に実施していくことにより、個々の働く者が、職業生涯における各々の段階において、仕事と生活を様々に組み合わせ、調和のとれた人間的な働き方を安心・納得して選択できる環境を整備し、人材を基盤とする我が国の持続的成長を確固たるものとすることが必要である。


注1) この報告書において「働く者」とは、現に就労している者のみならず、就労することを希望する者、制約条件が解消すれば就労したいと考えている者など様々な潜在的就労者を含めた広い意味で用いている。
注2) このように整理することについては、清家篤「高齢化社会の構造変化と労働市場」((財)全国勤労者福祉協会)を参照した。
注3) この報告書において「パートタイム労働者」とは、いわゆる正社員以外の労働者で1週間の所定労働時間が正社員よりも短い労働者の意味で用いている。ただし、11頁においては、「毎月勤労統計調査」(厚生労働省)の定義により、常用労働者(期間を定めずに、若しくは1ヶ月を超える期間を定めて雇われている者又は日々若しくは1ヶ月以内の期間を限って雇われている者のうち、前2ヶ月にそれぞれ18日以上雇われた者)のうち、1日の所定労働時間が一般の労働者よりも短い者又は1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも少ない者を意味する。


I 労働時間について

1 「労働時間の在り方」について

 ○ 個々の働く者が、いわゆる拘束度の高い正社員か拘束度の限定的な非正社員かといった二者択一をいたずらに迫られる現状を改め、すべての者が、育児・家族介護、自己啓発、地域活動への参加などの仕事以外の活動状況等に応じて、希望する生活時間を確保しつつ、生涯を通じて納得した働き方を選択できるようにするためには、現在の労働時間の在り方を見直す必要がある。

〈参考〉「仕事と生活の調和に関する意識調査」(平成15年 厚生労働省)
 ・ 労働時間について不満を感じている者(全体の22.3%)が挙げた不満の理由としては、「所定外労働時間が長い」(51.3%)、「所定労働時間が長い」(28.3%)とともに、「働く時間が選択できない」(25.2%)が多く、弾力的な労働時間制度や労働時間規制にとらわれない働き方へのニーズがうかがわれる。

*調査時点:平成15年10月1日
*調査対象:全国の従業員数30人以上の全業種(農林漁業を除く。)から無作為抽出した3,000社に雇用されている9,000人(1社につき3人)
*有効回答数:2,461人


 ○ 労働時間の見直しは仕事と生活の双方に均衡のとれた時間配分を行うための必要条件であり、これが個々の働く者の意識の変化等に対応し得るものとなるよう改めていく必要があるが、その際、労働時間の短縮という視点は欠かせない。労働時間の短縮を進める過程において賃金との関係で、社会保険料負担など固定的な労働費用が割高になるなどの問題が発生することも考えられるが、労働時間の短縮が実現された段階においては、以下のとおりの多大な効果が見込まれる。

 働く者にとっては、仕事以外の活動に向け得る時間が拡大し、家庭活動、学習活動、地域活動等に参加しやすくなることから、仕事と生活双方に意欲を持って臨んで能力を十分に発揮し、充実した生涯を送ることができるようになる。
 企業とりわけ付加価値競争を生き抜くことを求められる企業にとっては、家庭や地域社会などにおいて様々な経験を重ねた従業員から、独創性と工夫に富んだ貢献を受けることができる。
 また、社会全体にとっては、男性を含めて働く者が家庭や地域で過ごす時間が増加することにより、男女ともに生き方の選択肢が拡がり、家族の絆の深まりや地域社会の再生、ひいては少子化の緩和が期待されるほか、ワークシェアリングの推進にも資する。

2 「労働時間の短縮」について

〈労働時間の動向等〉
 ○ 労働時間については昭和62年の労働基準法改正以降、平成4年の労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法の制定を含め、累次の法的措置が講じられるとともに、「労働時間短縮推進計画」、「ゆとり休暇推進要綱」及び「所定外労働削減要綱」等に基づき、完全週休二日制の普及促進、年次有給休暇の取得促進及び所定外労働の削減等の取組を政労使一体となって推進してきたところであり、平均総実労働時間も昭和62年の2,111時間から平成15年には1,846時間まで減少し、一定の効果を上げてきた。しかし、近年の状況を見ると、一般労働者、パートタイム労働者ともに横ばいとなっており、総実労働時間の減少は、全労働者に占めるパートタイム労働者の割合が高まったことによるところが大きいと考えられる。また、近年、一般労働者、パートタイム労働者ともに所定外労働時間が増加しており、年休取得率や取得日数も趨勢的な低下を経て横ばいの状況にある。

 ○ こうしたことを踏まえるならば、一般労働者であるかパートタイム労働者であるかを問わず個々人のレベルで労働時間を確実に短縮し、より多くの時間を生活に配分できるようにするといった視点から、改めて労働時間の短縮という課題に重点的に取り組む必要がある。

〈所定外労働の抑制〉
 ○ 労働時間の短縮に取り組むに当たっては、所定内労働時間は着実に減少しているにもかかわらず、一般労働者を中心に所定外労働時間が増加しているために総実労働時間が減少していないという現状があることに着目する必要があり、所定外労働の抑制を図るための方策が重要となる。

 ○ ところで我が国においては、所定外労働は、業務の繁閑に応じて増減するもので、雇用量の調整を回避するという機能を有していることから、厳しい経済情勢下では増加すること自体を問題視すべきではないという考え方もある。

 ○ しかしながら、完全失業率が高水準で推移する中で「賃金不払残業」が存在する現状を踏まえるならば、所定外労働による雇用調整の回避という議論は、従前のような機能を失いつつあると考えられる。

 ○ そこで労使による所定外労働の抑制に向けた取組の推進など運用面での努力によって対応しているところであるが、現行の枠組では十分な抑制効果は期待し難い状況にある。

 ○ このような観点から、一般労働者であるかパートタイム労働者であるかを問わず、所定労働時間を超えて労働させる場合には、法定労働時間内であっても割増賃金の支払いを義務化することが考えられる。これに伴い、より厳正な労働時間管理が促され、安易な時間外労働が抑制されることになる。また、多くの一般労働者は所定労働時間を超えて残業すれば割増賃金が支払われているにもかかわらず、パートタイム労働者については、所定外労働を行っている者の割合が2割を超える中で、法定労働時間を超えて残業しなければ割増賃金が受けられないという現状を改善することにもなる。

(参考1)
 我が国において、所定時間外労働に対する割増賃金率の定めがある事業場及び割増賃金率の定めはないが割増賃金の支払を行っている事業場のうち、当該割増賃金率が25%以上の事業場の割合は約78%となっている。
 この割合は、1〜9人規模で約75%、301人以上規模で約80%と事業場規模による差は小さい(厚生労働省調べ)。
 さらに、1000人以上規模企業を対象にした調査では、この割合は89%に上るとともに、平均割増率は27.8%と25%を超える水準になっている(中央労働委員会事務局「平成15年賃金事情等総合調査」)。

(注)ここでの「所定時間外労働」とは、所定労働時間を超え、法定労働時間を超えない範囲の労働時間を指す。

(参考2)
 「平成13年パートタイム労働者総合実態調査」の特別集計結果によれば、調査期間の同年9月に所定外労働を行ったパートタイム労働者の比率は22.7%、月当たり平均所定外労働時間は8.9時間である。

 ○ なお、この義務化を考えるに当たっては、所定労働時間の長短により割増賃金の割増率に差を設けるか否かについても併せて検討することが考えられる例えば、パートタイム労働者については、単に所定労働時間が短いという点に着目するならば、追加的な仕事に対しても、一般労働者と同様の割増賃金が支払われれば足りるのではないかと考えることができるが、一方、こうした者は、あらかじめ仕事による拘束を短時間しか受けないことを前提とした生活設計を持っている可能性が高いことから、所定外労働がその生活に与える影響は大きいため割増率を高くすべきであるという考え方もあり得る

 ○ また、所定外労働が行われた場合において、割増賃金の支払いに替えて一定期間内に時間単位で取得できる代償休日を付与するような仕組みについて検討することも考えられる。

 ○ さらに、所定外労働は、罰則で担保された規制を受ける法定時間外労働とは異なり、使用者と労働者の合意により決められるものであることから、働く者の意向の重視という視点も入れて、仕事ごとの所定外労働の有無や頻度の事前通知、事業主が所定外労働を命じる際の手続の明確化などについて検討することも考えられる。

〈年次有給休暇の取得促進〉
 ○ 仕事以外の活動を行うための時間を確保する観点からは、年次有給休暇の取得が重要であるが、周りへの迷惑や職場の雰囲気などを理由に取得をためらう労働者が多く、取得率は低下している。取得促進を図るためには、労働者が取得をためらう理由の背景ともなる使用者の姿勢や取組が重要となるが、外国企業の取組例(多数の社員がいつでも一斉に年次有給休暇を取得し得る状況があるということは、これらの社員が年次有給休暇を取得し、不在となることによって事業運営計画がいつ阻害されるか分からないという状況に等しく、また、企業会計という面からみても労務供給による見返りのない不良の負債を多く抱えているに等しいという判断に立って、すべての従業員に年次有給休暇を完全に取得させている)が大きな示唆となろう。また、年次有給休暇の完全取得は、職場の要員に欠員が生じることを常態化するものであって、業務運営に支障が生じないようにするために、従業員間の情報の共有や企業内教育訓練の充実を促さざるを得なくするほか、同一業務を複数の従業員が交互にチェックする状況をもたらし、不正防止にもつながるといった効果があるとの指摘にも留意すべきである。

 ○ また、未消化の年次有給休暇を減らす方法として、現行の計画的付与制度に加えて、年次有給休暇のうち一定の日数について、労使協定に基づく計画的な付与を使用者側に義務付けることも考えられるが、この義務付けは年次有給休暇を労働者の権利として構成している現行法の基本的枠組の抜本的修正につながるため、慎重な検討が必要であると考えられる。

 ○ 年次有給休暇の取得方法については、そもそも年次有給休暇は労働者に休養の機会を与え、労働力の維持培養を図るための制度であるという考え方の下、労働日単位での取得が原則とされており、半日単位での取得は一定の場合に限られている。
 この運用については、育児・介護、通学、地域活動等の仕事以外の活動を容易に行えるようにするという視点に立った上で、数人のチーム編成で仕事を行っている場合、時間単位での取得の方が他の構成員からは受け入れられやすいといった実例があることも考慮するならば、時間単位での年次有給休暇の取得について前向きに検討する必要があると考えられる。

 ○ さらに、年次有給休暇を取得する権利が2年で消滅することから、失効した年次有給休暇を活用することも考えられ、例えば、社会人大学院への通学などをはじめ仕事と生活の調和に資する一定の目的に沿う場合には、失効した分を改めて付与できる仕組みを検討する余地はある。ただし、その際、労働基準法における他の請求権の時効の在り方との均衡も検証しておく必要がある。

3 労働時間規制にとらわれない働き方等について

 ○ 例えば、ベンチャー企業創設時の研究開発者、大学や研究機関で高度な研究を行う者などには、一定期間は集中的に働き、その後はまとまった休暇を取得することを希望する者が少なからず存在するとともに、職務内容に照らしてみても、労働時間規制が必ずしもなじまない仕事がみられるが、現在の労働時間制度は事業主による労働時間管理を前提として構成されているために、こうした実情に必ずしも十分対応したものとなっていない。

 ○ 特に、現行の変形労働時間制、フレックスタイム制、事業場外みなし労働時間制、専門業務型裁量労働制及び企画業務型裁量労働制は、弾力的な制度にはなっているものの、労働時間の量的な規制を行うという考えを前提とした制度設計となっているために、量的なものも含め労働時間規制にとらわれない働き方を希望する者にとっては、その多様なニーズに十分に応えることにはなっていないとの指摘がある。

 ○ したがって、職務内容に照らし労働時間規制が必ずしもなじまない仕事に就く者については、その者が希望するならば量的なものも含め労働時間規制にとらわれない働き方を可能とする新たな仕組みを導入することが考えられる。これが認められるならば、働く者の側での問題が解消されるだけでなく、意欲・能力を最大限に発揮する働く者によって知的財産の創造が促されるなど、様々な効果が期待できる。

 ○ ただし、こうした新たな仕組みを導入するに当たっては、労使の対等性の確保が重要であるとともに、こうした働き方を希望しない労働者については、これを強いられたり、過重労働を余儀なくされてしまうといったことがないようにすることが不可欠であり、そのための具体的な措置としては、例えば、

 過重労働防止のための措置(労使に任せるだけでなく、後見的見地から行政による何らかの関与が必要か。)
 健康確保のための措置(労働時間管理を通じた法的保護が及ばないことから、代替措置としてどの程度の健康確保措置が必要となるのか。)
 苦情処理のための措置
 本人同意(労働者の同意を制度上どのように位置付けるのか、同意しない労働者に対する不利益取扱いの禁止をどうするのか。)
 自主的な労働時間管理を認める期間の上限
などを組み込む必要があると考える。

 ○ また、労働時間の量的な規制は受けつつも、その弾力的な運用を希望する労働者については、フレックスタイム制や裁量労働制などの活用が有効であることから、引き続きこれらの制度の運用の改善に努めていく必要がある。特に、フレックスタイム制については、導入企業比率が低下傾向にあることを踏まえ、今後、法解釈の見直しや清算期間の延長などにより一層活用が進むようにしていくことが必要であると考えられる。


II 就業の場所について

1 就業の場所の明示について

 ○ 個々の働く者が仕事と生活の調和を考えるに当たっては、仕事と生活について時間だけでなく場所に関しても様々な組み合わせを選択できるようにする必要がある。
 働く者の生活に大きな影響を及ぼす就業の場所の変更である転勤については、転勤に伴って発生する不利益を解消ないし緩和するための措置を講じた上で、転勤を伴う雇用管理区分か否かや転勤の頻度を明確にし、納得の上でいずれかの雇用管理区分を選択できるようにする必要がある。また、一旦選択した雇用管理区分であっても、その後の事情に応じて変更できるようにするなど、できる限り個人の仕事と生活について場所の面での調和が図れるよう配慮されることが必要である。

 ○ 同時に、こうしたことが円滑に行われるには、個々の働く者が転勤の有無や頻度等を事前に知り得るようにすることと併せて、例えば、ある雇用管理区分を選択した場合の処遇の見通しがつけられるようにするなど、人事管理事項に係る情報であっても可能な限り、働く者が事前にかつ十分に知ることができるような仕組みを総合的に検討することが必要である。

2 在宅勤務について

 ○ 近年の情報通信技術の進展に伴い、働く者が情報通信機器を活用して、時間と場所を自由に選択して働くことができる働き方であるテレワークが広がりつつある。テレワークの中で、事業主と雇用関係にある者が情報通信機器を活用して、労働時間の全部又は一部について自宅で業務に従事する勤務形態である在宅勤務は、働く者が生活の場において、仕事時間と生活時間を自らの希望に応じて調和させつつ働くことができる働き方であり、仕事と生活の調和を図るための有力な働き方のひとつとして、推進していくことが求められる。なお、テレワークの中で、請負契約等に基づく非雇用の就業形態である在宅就業についても、同様の観点から対応していくことが求められる。

 ○ 在宅勤務には、(1)働く者にとっては通勤負担や精神的負担の軽減、(2)事業主にとっては業績の向上、人材の確保、(3)さらに社会全体にとっては家族の絆の深まり、地域社会の再生に資するなど、様々な長所がある反面、健康管理が難しいことや業務上の評価が行いにくいこと、さらには他者とのコミュニケーションが希薄になりやすいことなど短所も少なくないが、今後、その長所をいかし、フレックスタイム制や時差出勤などの労働時間制度との組み合わせを活用しつつ、普及定着を図っていくことが考えられる。

 ○ また、在宅勤務については、勤務時間帯と日常生活時間帯が混在せざるを得ないという特性に応じた労働時間制度の整備も必要である。情報通信機器を活用して在宅勤務を行う者については、最近通達によって、一定の場合に事業場外労働のみなし労働時間制の適用が可能であることが明確にされたところであるが、例えば育児や介護の事情を抱える有能な人材の離転職の防止に役立つものについては、制約なしで「みなし労働」が認められるように制度を整備することが考えられる。同時に在宅就業につついても、その安定的な発展のため、一定のルールの整備が必要である。

 ○ さらに、身体障害、知的障害又は精神障害を有する者が、障害の特性を含めた自らの個性に適った働き方を安心・納得して選択し、仕事と生活の調和を図りつつ、その人らしさを発揮して積極的に社会に参加していくことができるようにするという視点も欠かせない。その際、短時間勤務などとともに、在宅勤務がひとつの有力な勤務形態として期待される。

 ○ なお、在宅勤務者については、在宅就業について何ら規制を設けないでおくならば、在宅勤務に係る規制とそれに伴う費用負担の回避を意図した本人の意に反する在宅就業者への代替が誘発される可能性があり、こうしたことを防ぐため、在宅就業についても有効な対策を講じていく必要があるとの指摘があった。非雇用型のうち自宅で情報通信機器を活用して在宅就業を行う者については、家内労働法にいう「物品の加工」についての解釈を拡大して、同法の保護を適用していくことも考えるべきであるとの指摘があった。

3 「複数就業」について

 ○ 多様な働き方の選択肢を整備する観点からは、複数の仕事を同時並行的に行う(複数の雇用契約を結び、一定の期間内に二以上の就業場所で働く)いわゆる複数就業についても、合理性を有する働き方のひとつとして認知していくことが考えられる。その際、複数就業については、働く者の職業キャリア形成に資する面もある一方、本人が望まないにもかかわらず所得を確保するためやむを得ず選択する場合も想定されること、過重労働を起こしやすい形態であること、企業側からすれば雇用保障を弱めざるを得ないこと等に十分留意しておくことが必要である。同時に、「複数就業」を認知していくということは、企業の側からは、従業員に対する兼業禁止を含めて雇用管理の在り方を根本的に見直すという本質的な課題を内包していることにも十分留意しておくことが必要である。

 ○ こうした様々な点に留意した上で、複数就業を合理性ある働き方として認知するならば、この働き方の選択に対して、少なくとも、関係する公的な施策や制度についての中立性の確保が必要となる。

 ○ こうした観点から、諸施策・諸制度について検討すると、例えば、労働時間管理の在り方については、本業・副業ともに雇用労働である場合においては労働時間が通算されて労働基準法の規制が課されるのに対し、本業又は副業のいずれかが請負等の自営業である場合には労働時間が通算されないが、この場合の労働時間管理の責任をどう考えるのかといった問題がある。
 また、労働者災害補償保険制度においては、複数就業について、保険給付の給付基礎日額の算定をどのように行うのかといった問題や、通勤災害保護制度における通勤が住居と事業場との間の移動とされているため事業場間の移動は保護の対象とならないという問題があり、これらの点について検討を行うことが必要である。
 さらに、雇用保険については、現在、適用基準を週20時間以上とすることによりパートタイム労働者の適用の問題に対応しているが、さらに適用基準を引き下げた場合には、部分失業の考えを取り入れることの可否等についての検討が必要となると考えられる。
 厚生年金保険や健康保険についてはパートタイム労働者に係る現行の加入要件(1日又は1週の所定労働時間及び1月の所定労働日数が同種の業務に従事する労働者の所定労働時間及び所定労働日数の4分の3以上であること)の見直しとともに、社会保険の一元化という課題も視野に入れた総合的な検討が不可避になると考えられる。
 いずれにしても、複数就業に関しては、社会保障制度全般にわたり、こうした点等について、今後、さらなる検討を進めていくことが求められる。


III 所得の確保について

1 生活のための所得の確保

 ○ すべての者にとって生活していくために一定の所得の確保は必要不可欠であるが、労働の対価としての賃金は、所得確保の手段として最も基本となるものであり、働く者がその意欲や能力に応じて働き、それに見合った賃金を得られるようにすることが必要である。

 ○ このため、働く者が選択に関する判断を行う場合の基礎となる情報の中でも賃金についての情報は、とりわけ重要であり、労働基準法においては、使用者に労働契約締結に際しての賃金等の労働条件明示が義務付けられている。また、賃金等の処遇についての情報は、労働関係の継続中に労働条件の変更がなされる場合にも明示される必要があると考えられるが、同時に、処遇が能力等に見合っているか否か自らも確認できるようにするために、仕事に必要とされる能力に関する情報も、できるだけ働く者に提供されることが望まれる。

2 「最低賃金制度」について

 ○ 最低賃金制度は、賃金の低廉な労働者の労働条件を下支えするためのものであるが、生活のための最低限の所得を確保するという機能も有しており、その機能が十分に発揮されるようにしていくことが求められる。

 ○ 多様な働き方を選択できるようにすることは、例えば、同一の企業や事業所内においては、個々の労働者が異なる労働時間を選択できるようにすることでもあるが、この場合、異なる労働時間を選択したことに伴い処遇面で差異が生じたとしても、本人同士が納得いくようなものにしておかなければ、多様な選択肢を確保したことにはならない。このような観点に立つならば、賃金についての最低基準は所定労働時間の長短にかかわりなくすべての労働者に適用されることを法文上明示するために、所定労働時間が特に短い者についての最低賃金法上の適用除外規定は削除することが考えられる。なお、現在、実際上は所定労働時間の短い者でも最低賃金が適用されるような運用が行われている(注)。

(注) 最低賃金法第8条第4号において、所定労働時間の特に短い者について、都道府県労働局長の許可を受けた場合は適用除外することとしている。これを受けて省令においては、適用除外となり得るのは、所定労働時間が特に短い者の実賃金が日、週又は月単位で設定されている場合であって、最低賃金額も同じ期間単位で設定されている場合のみとされており、最低賃金が時間額で設定されている場合又は実賃金が時間額で設定されている場合等は、原則どおり最低賃金が適用される。また、運用において、「所定労働時間が特に短い者」については所定労働時間が通常の労働者の3分の2程度以下の者をいうものとするとともに、これに該当する場合であっても、実賃金額と最低賃金額を時間換算した上で時間当たり実賃金額が時間当たり最低賃金を上回っているときのみ適用除外の許可を行うこととされている。

 ○ また、現行の最低賃金法においては、最低賃金は時間、日、週又は月単位で設定することとされているが、賃金支払形態、所定労働時間などの異なる労働者についての最低賃金適用上の公平の観点等から最低賃金の表示単位期間を最小単位である時間額表示に一本化することが適当であると考えられる。なお、運用においては大部分の最低賃金について時間額単位での表示を行っている。

 ○ さらに、最低賃金額の設定に関し、都道府県ごとに地域別最低賃金が定められている中で、産業別最低賃金が強行法規である最低賃金法に基づくものとして存在することは、最低賃金制度が労働市場において需要と供給を最低生存費より高い水準で均衡させるためのものであるという基本的な性格を有しているにもかかわらず、いわば罰則付き最低基準の二重底の設定を一部の産業に限って認めることになるので、その在り方は見直される必要があるとの意見があった。

 ○ また、産業別最低賃金は、その必要性について地域における労使が合意しており、また、未組織の労働者の賃金水準の向上を促してきた面もあるので、罰則をもって担保することに違和感なしとはしないものの、その廃止については慎重に検討する必要があるとの意見もあった。

 ○ 加えて、最低賃金法違反者に対する罰金の額が低過ぎるのではないかという指摘や、最低賃金額の改定の在り方について、生活をしっかりと支えられる額となっていくような仕組みを求める意見もあった。

 ○ いずれにしても、最低賃金制度については、しかるべき場において早急に検討されることが期待される。

3 退職金税制、企業年金制度等社会的な諸制度の中立性の確保等

 ○ 多様な働き方の選択肢の整備は、賃金等に関わる公的な制度の整備と一体となって初めて完結するものであり、公的な制度の整備に当たっては、働き方の選択に対して如何に中立性を確保するかが重要となる。

 ○ 「賃金の後払い」の性格を有する退職一時金は、支給される時期や支給総額が個人の生活と深く関連してくるものであるが、これに関わる公的制度、とりわけ税制は今後の退職一時金の在り方に大きな影響を及ぼす。多くの退職一時金の支給総額が勤続年数比例を上回って逓増するよう設計されていること等を踏まえ、現行の所得税法においては、勤続年数が20年を超えた場合の1年当たりの退職所得控除額が、それ以前の控除額の約1.8倍になるよう措置されているところであるが、中立的な制度設計という視点からの控除額の見直しが求められる。なお、この見直しに当たっては、長期勤続者に対する課税が強化されることになることを踏まえ、働く者が自発的なキャリア形成を図るために要した費用を所得控除の対象とするなどの措置を新たに講じることが考えられる。
 また、現行税制の下では、中小企業従業員や、大企業従業員のうち高卒者に支給されるモデル退職金は、支給される退職金の全額が控除される水準にあって、退職金制度の恩恵を享受できる状況になっていることにも十分配意する必要がある。併せて、近年、退職金制度を廃止し、働いている期間の賃金に上乗せして支払うという考え方に立って制度変更を行う企業が現れてきているが、働く者にとっては、現行の税制の下では、賃金の上乗せの形で受け取るよりも、退職所得として受け取った方が、税制上優遇される形になっている点について留意することが必要である。

 * 所得税における退職所得控除額
勤続年数 退職所得控除額
20年以下 勤続年数×40万円(80万円に満たない場合、80万円)
20年超 (勤続年数−20年)×70万円+800万円

 ○ さらに、退職一時金については、離職理由による支給率の格差が縮小している実情にあることにも留意することが必要である。多くの民間企業は、退職金制度が任意に導入できるものである上、従業員の離職を抑制することも考慮して、離職理由により支給額に差を設けているところであるが、中途採用による人材確保・登用を迫られているという背景があることに加え、各企業が働く者のキャリア形成等のための転職を前向きにとらえる傾向が強まっており、転職理由ごとの支給率の格差はさらに縮小していくことが考えられる。

 ○ 次に、退職金・企業年金の在り方に関する政府の姿勢を具現するという側面を有する中小企業退職金共済制度や企業年金制度についてみると、加入者資格において、働き方の選択に対する中立性が欠けている面がある。









 例えば、厚生年金基金・確定給付企業年金・確定拠出年金(企業型)については、公的年金である厚生年金の加入者を対象としていることから、所定労働時間が一般労働者の4分の3に満たない者は対象者とならず、また、2か月以内の期間を定めて使用される者も対象者とならない。また、中小企業退職金共済については、週所定労働時間30時間未満のパートタイム労働者は対象としないことができる(ただし、短時間労働被共済者については、最低掛金月額を通常の労働者の5000円より低い2000円とし、その加入を促進)とされており、雇用期間については、期間を定めて雇用される者は対象としないことができるとされている。








 ○ こうした加入者資格については、各制度において企業への貢献度を反映できる要素は残しつつも、多様な働き方を阻害することになっている部分を見直し、働く者の目で見て安心、納得を得られるような制度に改めていくことが必要である。その際、これらの各制度は、公的年金制度などとの連携が図られることで一層その効果を発揮することから、今後検討することとされている厚生年金及び健康保険の見直しなどとの整合性を図りつつ、加入者資格における所定労働時間の要件を短いもの(例えば週20時間以上)へ見直すことなどが今後の重要な課題となる。
 なお、この点については、そもそも公的年金制度と企業年金制度等の加入資格を連動させる必要があるのか否かという点にまで立ち返って検討する必要があるとの指摘もあった。

 ○ また、中小企業退職金共済制度や企業年金制度については、労働移動の増加等に対応して、転職先への原資の移換を容易にする(ポータビリティの向上)ための措置を講じてきたところであるが、中小企業退職金共済制度においては、さらに、大企業に転職した場合等であっても、加入を継続できる仕組みを設けるとともに、退職金の支払いを年金支給開始年齢以降に分割して行えるようにすることが検討課題である。なお、原資の移換を容易にすることと取り崩しをさせないこととが裏腹の関係にあることに注目するならば、むしろ各制度においては取り崩しを容易にする措置こそ重要ではないかという指摘があることに留意する必要がある。

4 職業生涯の過程における多様な資金需要への対応

 ○ 育児・教育・介護・住宅取得・長期休暇など職業生涯の各段階での様々な活動が円滑に行われるためには、直接・間接に資金の裏付けが必要となる。そのための資金は、まずもって、意欲と能力がある限り働くことによって働く者自らが用意することが重要であり、そのための環境整備が欠かせない。しかし、現状においては、高齢期において就労できたとしても賃金収入の減少は避けられない場合も多く、また、公的年金を受給するようになっても必要な収入の確保が図れないこともあることから、賃金収入あるいは年金収入を補完する一定の所得を確保するために若年期から様々な資産形成の道が開かれていることが重要である。

 ○ そうした資産形成の中で、「賃金の後払い」としての性質を有する退職金・企業年金への依存を強めることは、個々の労働者にとっては「企業による画一的な老後設計」に乗ることであって、自ら生き方を選択したとは言えなくなる面がある。したがって、企業又は個人のいずれが運用するかを働く者が選択できるようにするためにも、個々の働く者が退職金・企業年金の形で「賃金の後払い」を受け取るよりも「後払い」分を現在の賃金に上乗せして受け取る形を選択した上で、その中から必要と考える額を積み立てて運用することが容易に行えるよう、個人による積立についても同様の税制上の優遇を認めることも考えられる。

  その個人積立についての優遇を考えるに当たっては、企業型確定拠出年金において企業のみならず従業員による拠出も認めるいわゆる「マッチング拠出」を認めることを前提とする方法も考えられる。なお、従業員拠出型の制度については、働く者の利便性や制度間の整合性等に照らして、既存の制度の在り方を見直すことが考えられ、これについて、例えば個人型確定拠出年金と財形年金貯蓄についての統合の可否等についても検討することが考えられるとの指摘もあった。

 ○ また、資産の形成の過程で、まとまった資金需要が生じた場合に、資産形成を継続しつつも必要に応じた資金の融資が受けられるような仕組みを検討することが考えられる。
 こうしたことは、自助努力による資産形成制度である勤労者財産形成促進制度にも当てはまるだけでなく、世代間扶養を基本とする公的年金制度についても当てはまるものであり、支給開始年齢前に引出しを認めることが不可能な制度において制度を支える側への重要な支援措置とも位置付けることができる。
 なお、こうした還元融資制度を検討する際には、民業を圧迫することのないようにするという視点も欠かせない。

 ○ これらに併せて、広い意味でのキャリア教育の一環として、職業生活に入る前の時期や、腰を据えて人生設計を考え始める時期など、様々な段階において自助努力による資産形成の意義や関連制度の概要について、生涯教育という観点にも立って十分な啓発や情報提供を実施していくことが必要である。


IV 均衡処遇について

 ○ 我が国における人口構造、企業の競争構造、働く者の変化などに対応し、経済社会の持続的な成長を図りつつ、国民一人一人の生涯を通した幸福を実現するためには、個々の働く者が、それぞれの人生設計や経歴設計に基づき、職業生涯の各々の段階において仕事と生活を様々に組み合わせ、自らの意向に適合した働き方を選択できるようにすることが重要である。

 ○ そのためには、各企業において、労働時間、契約期間、勤務地、仕事の内容や仕事への拘束度などについて異なる様々な雇用管理区分を整備するとともに、その区分の間を働く者が希望に応じて行き来できるようにしておく必要がある。働く者の希望に応じた行き来を可能にするためには、それぞれの雇用管理区分の間において賃金等の処遇の面での差がある場合でも、その差が合理的なものであることが重要である。仮に、合理性を欠くならば、働く者の納得が得られないだけでなく、費用負担の削減が可能となる雇用管理区分への一方的な代替を進めることとなり、望ましい多様化の実現が大きく阻害されることに十分留意が必要である。

 ○ 賃金等処遇の差の合理性を確保し働く者の納得を高めることは、多様な労働者の動機を維持・向上させ、ひいては労働生産性の向上につながることとなる。また、賃金等処遇をめぐる働く者と事業主との紛争を未然に防止することも可能となる。さらに、企業は、企業の収益、社会全体の利益及び企業関係者の利益が均衡のとれた形で図られるようにしていくべきとする社会的責任の要請にもかなうものである。

 ○ 企業が、働く者に対して、実績や成果、その者に対する拘束度、従事する仕事の内容や難易度、求める能力や責任、継続勤務期待度などを考慮してどのような賃金等処遇とするかについては、基本的には契約自由の原則に委ねられるべきである。しかしながら、働き方の多様化が進む中で働く者の納得度を高めるためには、労使が協力して、賃金等処遇の差に係る合理性について企業の実情に則した具体性のある判断基準を整理するなどした上で、企業が個々の働く者に対する説明責任を果たせるような仕組みを整備するなど、企業ごとの労使による積極的な取組を促すことが必要である。

 ○ 仕事と生活の調和という観点から重要となるのは、働く者が可処分時間のうちどの程度を仕事に割くことができるかという意向を反映できるよう、可能な限り様々な拘束度(自由度)による働き方を準備すること、すなわち労働時間や契約期間の多様化である。均衡処遇の問題は、労働時間の長短や契約期間の有無・長短のみならず、雇用形態の相違(派遣労働者と直傭労働者など)、いわゆる総合職と一般職など正社員内部の様々な働き方相互間の賃金等処遇の差について検討を行うべきであるが、その広がりは非常に大きくなっている。議論の効率等も考慮するならば、まずは上記の仕事と生活の調和との関連性が強い部分、すなわち、労働時間の長短に加えて、契約期間の長短・有無といった時間的拘束に応じて賃金等処遇の差がどこまで許されるかという点についての検討が優先されるべきと考える。

 ○ また、処遇の内容は多岐にわたる中で、その中核となる「賃金」についての検討が優先されるべきと考える。

 ○ 基本的な方向としては、能力主義・成果主義が広がる状況において、賃金等の処遇の決定に際して、労働時間や契約期間の違いのみを理由として差を設けることには合理性が乏しくなると考えられる。その上で、どのような事情がある場合に、賃金等処遇に差を設けることが合理的なものと考えられるかという観点から議論を行うことが求められる。また、具体的にどの程度の法的効力を持たせるかの議論は必要であるが、理念の共有を図るために、企業の側が何らかの形で均衡処遇の実現に向けた取組を行う必要があることを法令上明確にすることが必要と考えられる。

 ○ ただし、契約期間の有無・長短と労働時間の長短には、労働者に対してどの程度の時間を仕事に傾注することが求められるかといった点で同じ性格を有する一方、契約期間には雇用保障という面や仕事、勤務地等の限定の有無に伴って決定されるものであるという面で「処遇」としての性格も有すること、無期労働者と有期労働者の期間比例を考慮するとしても、無期労働者の「期間」をどのように取り扱うべきか議論があることなど、具体的な判断基準を示す際にはそれぞれの異なる性格にも留意が必要となる。併せて、仕事や勤務地に限定のある働き方において有期雇用になると考えられる背景には、無期労働者の解雇については、解雇権濫用法理により実質的に規制がなされてきた実態があるとの指摘もあった。

 ○ 均衡処遇とは個々の労働者の処遇の差自体の解消を目指すものではないことに留意すべきである。同じ働き方をしている者に対して同じ評価基準を当てることが「均衡」の確保であり、その結果として生じる差については、それが適正な当てはめに基づく限り、問題とされるべきではない。また、処遇の均衡を確保するとは、限られた労働者への分配原資の中で適正な配分を促すものであって、賃金等処遇の引上げを図るという考えとは区別されるべきであり、場合によっては、正社員の処遇の見直しもあり得ることに留意が必要である。

 ○ 均衡処遇の理念を明確化したとしても、賃金等処遇の決定に際しては様々な要素が絡み合い、何が賃金等処遇の差にどの程度の影響を及ぼしているのかは、最終的には当事者間でしか判断できない問題である。このような状況を踏まえれば、例えば何をもって均衡処遇というか、あるいはどのような処遇差を合理的というかといった判断について企業ごとに労使が話し合い、合意することを促すような仕組みを整備するとともに、企業内での処遇差の理由の説明、あらかじめ可能な限り採用後の処遇を明示すること、採用後に労働契約内容(働き方)を変更できる仕組みの整備など賃金等処遇に対する働く者の納得確保につながる具体的措置を明確化し、その取組を促すことも検討されるべきと考える。
 なお、その際、従前より短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律、事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等のための措置に関する指針等を通じて講じられてきた諸措置及びその考え方を発展させる方向で検討する必要がある。

 ○ また、多様な働き方の実現のためには諸制度の選択中立性の確保が必要であり、厚生年金に係るパートタイム労働者の適用拡大は重要であるが、その前提として働く者に対して働きに応じた処遇がなされない状況ではパートタイム労働者の理解も得られにくいと考えられる。平成16年6月に成立した国民年金法等の一部を改正する法律では施行後5年を目途にパートタイム労働者に対する適用について検討を行うこととされているが、この点からも、均衡処遇の実現が急務といえる。


V キャリア形成・展開について

 ○ 近年、国際的な競争の激化や付加価値競争化などの企業を取り巻く競争構造の変化などに伴い、企業は働く者に対して長期雇用を保障することが困難になってきている。また、働く者の意識も変化してきており、必ずしも一つの企業に勤め続けることにこだわりを持たない者が増えてきている。

 ○ このような中で、個々の働く者には、一社における雇用継続性にとどまることなく、広い意味で労働市場における雇用可能性を高めていくことが求められるようになってきている。このため、企業内で行われる教育訓練だけでなく、個々人が仕事以外の場において主体的に職業キャリアを形成・展開していくことや生涯を通して様々な学習を行うことにより自らの識見を広めることの重要性が増している。

 ○ また、サービス産業化や付加価値競争化に伴い、今後、働く者には如何に「分からないことに知恵をしぼるか」、「他人の考えを思いやれるか」が求められると考えられる。このような「知恵・思いやり」は、仕事の中でも蓄えられるが、仕事を離れた個々人の生活の中で、様々な経験を積むことにより、より深めることができるものである。

 ○ このような職業キャリアの形成のためには、まずは働く者が主体的に自らの生き方や働き方を考えることが必要であり、このような者に対して、企業としては何ができるか、また政府としては何をすべきかという視点から考えていくことが必要である。

 ○ 個々の働く者については、自分はどういう生き方・働き方を選択し、どういう目標を持ち、また、職業生活をリタイアした後はどのように生活を送っていくかといった点に思いをめぐらせるとともに、生涯を通して様々な学習を続け、確固とした個の形成に努めるなど、自らの人生キャリアの形成・展開に対する意識を高く持つことが求められる。その際、個々人の意識は、一生涯を通じて不変ということはあり得ず、年齢や職業経験の積み重ね等に応じて様々に変わり得るものであることに留意する必要がある。

 ○ 企業や政府については、キャリア意識を持った個人に対して、どう向き合い、あるいは側面から援助していくかが問題となる。企業に求められるのは、キャリア意識を持った従業員の多様な人生キャリアの形成・展開を認めることが、そのやる気を引き出し、生産性を長期的に向上させるとともに、優秀な従業員を企業に引き留めることにも資することに目を向け、自己啓発や生涯学習のための休暇の付与や短時間勤務の導入、労働時間管理の弾力化などを実施し、いわゆる社会人大学・大学院への通学を容易にするなど働く者の主体的なキャリア形成・展開を支援していくことである。また、政府には、例えば、キャリア意識の醸成のための教育や情報提供の強化、さらには働く者が自発的なキャリア形成を図るために要した費用を所得控除の対象とする税制措置など主体的にキャリア形成・展開をしていく個人に対する直接的な支援とともに、キャリア・コンサルティングを導入する企業に対する支援など主体的にキャリア形成・展開を図る個人に対する企業を通じた支援を含め、関連する基盤のさらなる整備を進めていくことが求められる。

 ○ 従来、キャリアの形成・展開については、職業キャリアを中心に据えて、質の高い労働力がより多く提供されること、就業率が向上し結果として社会全体の生産性が高まること等、主として労働力の生産・活用といった観点から議論されてきた。しかし、「仕事と生活の調和」を考えると、一度きりしかない人生をどのように生きるかといった人生キャリアの形成・展開全体を考える中で、職業キャリアの形成・展開に係る施策を考えていくという視点も併せて必要となる。

 ○ 我が国社会においては、いずれの組織や集団にも所属していない存在は許容されにくく、誰もが一斉に、そして間断なく進級し卒業して企業に就職することを当然視する傾向が存在し、育児・介護、生涯を通しての学習、ボランティアなどを理由とした離職等については職業キャリアの中断として、ともすれば、消極的に捉えられてきた感がある。

 ○ しかし、社会が豊かになり、個々人の考え方や生き方も多様性を増していることに対応して、人生の各局面でその時々の体力、収入の必要性や価値観などに応じて、労働と学習、労働と地域活動、労働と家庭生活、雇用労働と非雇用労働の間を自らの選択により行き来できる柔軟な生き方が可能な社会へと変わっていくことが求められる。この点、政府が講じている施策についても、職業キャリアの段階について硬直的に考えるのではなく、個人の必要に対応したものとしていくことが重要である。特に、職業キャリアの成熟期における施策については、個々人が定年後の自己認識の喪失に陥らず、いきいきと老後の生活を送ることができるよう、例えば、引退過程において企業勤務から徐々に地域活動などに軸足を移していくことなど、その準備に向けた在職中からの取組に対応できるものとしておくことが求められる。

 ○ 個々人が自律的に人生キャリアを形成・展開していくことができる社会の構築を目指していく中で、今後の労働政策にあっては、人生キャリアの大きな部分を占める職業キャリアを如何に主体的に形成・展開していくことができるようにするかが重要である。このため、「職業キャリア権」 ―― 人が人生キャリアを形成・展開していく中で、職業キャリアを準備し、展開し、終了する一連の流れを総体的に把握し、これら全体が円滑に進行するように基礎付ける権利 ―― を今後の労働政策の基軸に据えることが考えられる。この考えは、働くことを取り巻く経済社会情勢が大きく変化し、各企業による職業生涯を通じた雇用保障が従来と比べ困難性を増す中で、個人が人生を送っていく上で財産となる職業経験による能力の蓄積に着目し、その能力蓄積の展開、すなわち、職業キャリアを保障していこうとするものである。この「職業キャリア権」の考え方は、自律的な個人を支える概念であり、今後、磨き上げられていくことが求められる。


結語

 本検討会議は、我が国が人材を基盤とする国であるにもかかわらず、個々の働く者にとって選択できる働き方が少ないと同時に固定的であるため、働く者の能力発揮や企業における付加価値の創造が制約されているという強い危機感の上に立って、働く者が生涯にわたり安心・納得して自らの働き方を選択できる環境を早急に整備することが、働く者、企業さらには我が国社会のいずれにとっても不可欠であると考え、そうした環境を整備するための方策について、幅広い検討を行ってきた。

 その結果、今後、我々が目指すべきは、個々の働く者が労働時間と生活時間を場所等も含め様々に組み合わせ、均衡のとれた人間的なリズムのある働き方や生き方を実現し、その意欲と能力を十分発揮できる懐の深い社会の実現である。そうした社会では、働く者が主体的に働き方や生き方を選択し、充実した人生を送ることが可能になるとともに、社会全体として企業活力の向上、家庭生活の充実及び地域社会の活性化が図られることとなる。

 こうした社会は、個々の働く者が「仕事と生活の調和」を図りつつ、自らの夢を追求し、志を貫くことのできる社会であり、同時に、個々の働く者が生涯を通して様々な場において学び、自らを高める不断の努力を積み重ねることが当然のこととして行われる社会でもある。

 そして、働く者、企業、政府は、こうした懐の深い社会についての認識を共有し、その実現に向けてそれぞれの立場から積極的かつ継続的に取り組むことが必要であるとの結論に至った。

 個々の働く者については、職業キャリアを含めた人生キャリアの展開・形成について、主体的に考え、責任感をもって自律的な選択と研鑽を重ねることが期待される。そうすることによって一度きりしかない人生を自分らしく生きることが可能となる

 また、企業については、従業員の生活に配慮した雇用管理を行い、各人の多様な人生キャリアの展開を認めることが、そのやる気や創造性を引き出し、生産性を長期的に向上させることに目を向け、人間としての働く者が主体的に人生キャリアを形成・展開することを支援していくことが求められる。

 そして、政府には、この報告書を基に、「仕事と生活の調和」の実現に向けた環境整備に早急に着手することが期待される。とりわけ、法的整備を要するものについては、速やかに適切な措置を講じるよう要請する。


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