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3 結核の医療対策(結核患者に対する医療の提供)

(基本的な方向性)

 結核に関する診断、治療技術等の医療は、日々進歩しており、活用しうる最新の知見をもとにEBMの考え方に基づく対策をすすめることが必要である。

 我が国では、日本結核病学会等の専門家の意見をもとに、適切な公費負担を行うという観点から厚生労働大臣告示による「結核医療の基準」を国が示し、地域の結核診査協議会で、この基準に基づく治療を指導する仕組みとなっている。しかしながら、未だに、INH(イニシアジド)単独の治療が行われているケースがある、PZA(ピラジナミド)を含む4剤併用短期化学療法が行われるケースは、全体では5割程度、青壮年においても7割程度である等、必ずしもこの基準が十分に普及、適用されていない場合があることが指摘されている。

 また、国際的な比較でも、我が国は、入院期間が長い、外来通院による治療の割合が低い等の指摘もあり、国際的基準での治療と必ずしも合致していない部分があると考えられる。

 以下のような諸点について、具体的に対策の見直し、再構築を図ることが必要である。

1.  治療成功率向上のための措置

 結核患者の治療成功は、患者本人の健康問題として重要であるとともに、二次感染を防ぐという意味において、社会全体にとっても重要である、との認識に立つべきである。近年、一定地域あるいは一定集団において、治療中断が非常に高く、ほぼ、その地域・集団に一致して、罹患率が高い傾向にある。さらには、再治療例においては、多剤耐性結核の率も高くなっている。

 結核治療の特徴は、標準的治療法が定まっているため、医療の内容について患者本人が選択する余地は非常に小さいこと、投薬等の治療期間が長期にわたり、症状消失後も治療の継続が必要であることなどである。これらを踏まえて、治療成功率の向上を期すためには、医療関係者の十分な認識と患者に対する説明のみならず、患者の理解や、患者本人の努力に委ねるのみでは十分ではないケースに対して、患者を支える支援者の連携・協力が重要である。

 以下、具体的な対策を示す。

(1) 標準治療法の普及と徹底

 医療機関において確実に適切な医療を提供し、治療成功率の向上を図るためには、適切な診断方法と標準的な治療方法を医師等に対して一層の周知・徹底を図ることが必要である。

 治療内容の周知・徹底方法としては、結核診査協議会等の機能を強化するなど第三者による実効あるチェックを行う、あるいは、医療経済上のインセンティブを与える、適切な治療に対してのみ公費負担を行う等の方策を検討すべきである。なお、その際には、結核患者に標準的な治療を行う場合、あるいは標準的治療を逸脱して治療する場合の基準や治療方法等を明確に示しておく必要があり、特別な配慮が必要とされるケースに対しても良質な治療が担保されるようにしなければならない。

 さらに、これらの基準については、学術専門団体の意見を聞くなどして、おおよそ3年ごとに見直す等、医療現場において、常に了解と実効ある内容にしておく必要がある。

(2) DOTSの積極的位置付け

 WHOにおいては、DOT(直接服薬確認治療)を中心とした結核患者の治療を公的に支援する総合的戦略DOTSを推進し、治療成功率の向上を積極的に図っている。我が国においても、我が国のシステムを有効に活用した「日本版21世紀型 DOTS戦略」が推進されている。

 現在、我が国の結核患者の入院期間は、平均約170日である。他者への感染防止という公衆衛生上の観点からは、必ずしもこのような長期の入院を必要としないという指摘があり、実際、諸外国においては、外来治療を基本とし、入院期間は短い場合が多い。

 我が国では、これまで感染性を有する結核患者の治療は、入院を原則として行われており、入院期間中の治療は、DOTSと同等の治療徹底が期待されていたが、実際には、入院中であっても内服の確認が十分に行われておらず、入院中においても実質上の治療中断があることが問題となっている。

 そのため、結核患者の治療の基本は、直接服薬確認であることを明確にし、入院中においても院内DOTSを確実に実施し、退院後の治療中断の可能性が高いと考えられる者に対しては、入院中より保健所との連携体制を確立するとともに退院後も医療機関と保健所が連携・協力して地域DOTSが実施できる体制を構築すべきである。この場合、医療機関においても入院・外来治療を通して治療中断を防ぐよう、より積極的な役割を担うよう期待する。

 また、保健所においては、地域の保健、医療、福祉資源を効果的に活用できるよう、コーディネートする役割を積極的に担うとともに、地域の状況を勘案し、保健所自らも地域DOTSの拠点として直接服薬確認の場を提供することも検討すべきである。

(3) 発病前治療の導入

 現在、29歳以下の若年者に対しては、結核の初感染時の発病予防を目的として、INH単剤の予防内服が行われて、効果をあげている。

 また、高齢者、糖尿病患者など既感染者からの発病の可能性が高い者に対する予防内服の効果も期待されており、一部、国の補助事業においても実施自治体を支援している。

 これらの発病予防を目的とした予防内服について、概念上、化学的「予防」とするか発病前「治療」とするかの検討を進めるべきである。また、それぞれの実施に当たっては、副作用の発生や薬剤耐性結核も考慮した適切な抗結核薬の組み合わせ、投与期間、対象とする者の選択基準等について明確な基準を示し、実際に必要以上の投薬が行われることなく、かつ必要な者については確実に結核の発病を防ぐことができるよう検討すべきである。

2. 医療の受け皿の整備

 現在、結核患者は、排菌の有無、他者への感染性の高低にかかわらず、入院は結核病床で行うことが法的に定められている。しかし、近年、糖尿病等の合併症を有する症例の増加、精神障害を有する結核患者の医療提供の困難さ、今後、問題化する可能性の高いHIV感染との合併等に対し、結核以外の疾患への適切な医療の提供も十分に考慮に入れた医療の提供が求められる。

 しかしながら、結核は感染症であるとの認識は、決して忘れてはならず、個々の患者の状況にかんがみ、他者への感染防止と患者本人への適切な医療の提供を両立させることが必要である。

 従って、感染症法によって行われている感染症の類型別の入院病床(医療機関)に関する規定を参考とし、患者本人の人権に十分留意しながら、感染症に対する医療提供、感染拡大防止を考慮し、将来的には、一般の医療体系の中での治療が行われるような体制を検討していく必要がある。

 そのため、具体的には以下のような対応が考えられる。

(1) 結核病床の機能分化の促進

結核1類:多剤耐性結核患者の治療を目指す重装備結核病床
 多剤耐性結核の患者の入院治療を行う施設として、他者への感染防止と高度な結核治療の機能を有する施設・能力を有する病床
結核2類:標準的な新規結核患者の短期治療を目指す結核病床
 標準的な結核治療での治療成功が十分に期待され、感染性が1〜2か月で消失することが期待できる患者に対し、標準的治療を基本とした医療を提供する病床
結核3類:長期慢性病床
 社会的背景等により、外来通院での治療継続が困難と考えられ、入院により服薬遵守が必要であると判断される患者が入院する病床。一般病床に対する療養型病床のイメージ
合併症準結核:結核病床以外での治療
 他疾患が主で結核が従の患者に対し、一般病床または精神病床に一定の施設及び機能の基準に基づいて、結核患者の治療を行う病床として位置づけられた病床。現在の結核患者収容モデル事業により指定された病床のイメージ

(2) 計画的整備・確保

 現在の結核病床は、かつては地理的に離れた医療機関(病院)そのものを結核療養所と位置付けるという考え方が基本となっていたと考えられ、病棟単位での感染防止等の施設基準は示していない。

 一方、結核指定医療機関の指定にあたっては、公費負担を行う手続上の指定という目的が強いと考えられ、結核治療の機能的、能力的な基準は明示されていない。

 現在は、これらの医療機関において、結核以外の患者と同一の場での治療が相当数行われていること、結核以外の合併症についても同時に行う場合が多いこと、等から、今後は、施設基準・診療機能の基準等を明確に設け、適切な医療提供体制を維持・構築する必要がある。

(3) 人権を尊重した確実な医療の提供

 医療に提供にあたっては、国民の人権尊重の観点に立った対応を今後さらに強化することが必要である。この場合の人権には、患者・感染者の人権と感染を受ける可能性のある者の人権の両面がある。

 患者・感染者については、適切な医療を受ける権利、他者への感染防止のために過剰あるいは不適切な人権の制限が行われない権利、さらには、不当な差別・偏見を受けない権利などが考えられる。

 感染を受ける可能性のある者については、一般の生活の中で、患者からの感染を受けることが最大限回避される権利、患者・感染者との接触の可能性による調査等において、過剰あるいは不適当な介入を受けない権利などが考えられる。

 これらの人権を尊重するためには、患者、感染者の個々の状況にあわせ、他者への感染を防止するために患者の人権を制限するような行政対応を要すると判断される場合には、科学的な根拠と明確な手続に基づくとともに、患者・感染者の人権と感染を受ける可能性のある者の人権の双方のバランスを十分に考慮した上で、それぞれが一定の制約を受けることのコンセンサスを事前に得られるよう努力する必要がある。これらに基づき「患者支援・患者中心主義」の適切な対応を図るべきである。

 具体的には、今後、以下のような対応を検討すべきである。
人権を尊重した行政手続の整備
 都道府県に1つの協議体を設置して、患者に対して人権制限的な行政対応を要する希な症例について、その必要性、強制的措置が必要となる根拠、通常の努力では不十分である実態の把握などを行い、その審査内容については、当事者に対して説明することができるようにする。なお、人権制限的な行政対応は必要最小限とし、対象は、結核患者のごく一部で、限られた期間とする、というイメージ。
最新の知見に基づく医療基準の提示
基準を明示した上で、医療機関を知事指定(5年毎の見直し規定)
医薬品の確保・研究開発に関する国の努力義務

 なお、多くの非結核性抗酸菌症の患者が結核として取り扱われているが、同症は、人から人への感染がないなど結核症とは異なることを明確に認識し、一般医療としての対応が出来るよう、治療等の保険適応などの整備を行うといった努力をする必要がある。


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