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2 結核の予防対策(結核発病の予防・早期発見)

(基本的な方向性)

 我が国の結核対策の特徴は、学童生徒に対して反復したツベルクリン反応検査とBCG接種を行って若年期の結核の予防を図るとともに、住民や生徒に対して健診を積極的に行って結核の早期発見に努めることである。

 このような予防対策は、結核が広く国民各層にまん延していた時代は、大きな効果を上げ結核の状況の改善に大きな貢献をしたものであるが、結核の罹患率が以前と比べれば大幅に改善した現在にあっては、発病予防や患者発見の効率が良いとは言えなくなっている。また、国民皆保険の普及によって医療の受けやすさが大幅に改善されていること等により、健診ではなく、症状が出て医療機関を受診したことから結核の診断がつくといった事例も、受療率の高い高齢者層を中心に増加している。更に、予防施策の知見の蓄積も進んできた。

 そこで、これらの結核疫学上の変遷や結核医療を取り巻く環境、並びに研究の成果などを踏まえて予防対策全般を見直し、必要な部分は更に強化するとともに、余力が生じた場合、より優先順位の高い結核対策事業に振り替えるべきである。

 そこで、結核の予防においては、効率的な定期健診、有症状受診及び接触者健診(現在の定期外健診の一部。その効果的実施には、積極的疫学調査が必要)を組み合わせた合理的な患者早期発見対策と、乳幼児の重症結核の予防を目指したBCGの1回接種の励行を主軸に予防対策を進めるべきであると考える。また、健診や診断にあたっては、喀痰塗抹検査を重視すること、BCG接種については、安全な接種に努めることを併せ強調したい。

 この際、業態者健診(注)と接触者健診といった質的に異なる要素を内包している「定期外健診」を整理し直し、それぞれの励行を図ることが必要である。
 (注)  業態者健診
 現在、結核予防法(第五条第一号)において、定期外健診の一つとして「結核に感染し、又は結核を伝染させるおそれがある業務に従事する者」に対して行われ、対象者は、知事が定めることとなっている。一般には、飲食店、旅館・ホテル、理美容業等のいわゆる接客業従事者に行われていることが多い。

(1) 定期健診の見直し

 現在、国民の多くは、学校保健法による学童生徒の健康診断、職域における健康診断、中高年者に対する地域健診など様々な形態で、年に一度検査を受けており、結核健診はその中核として位置付けられている。しかしながら、若年青年層の結核が激減した結果、健診で発見される率が極端に低下しており、健診を維持することは、必要性のみならず精度管理の面からも不都合となっている。

 上述の結果、健診のインターバルを次のように見直すともに、発見された患者周辺への積極的な健診(接触者健診)の励行と有症状受診時の迅速な診断と定期健診とを組み合わせるといった合理的な早期発見体制を確立すべきである。

 このことは、結核予防すなわち健診といった従来の医療関係者が持っていた考え方の変革を意味するものであり、十分な啓発や基盤整備に努めながら対応していくべきである。

 健診のインターバルは以下のとおりにすることを提言する。

(小・中学生)

 以下のような案が考えられるが、学校における定期健診の廃止に当たっては、接触者健診が徹底されるよう、また、患者受診の遅れや診断の遅れが生じないような小児結核に対する効果的対策の補強・強化が必要である。

案1  完全廃止。
 有症状時受診と家族等に患者が発生した場合の接触者健診を徹底。
 現在行われているツベルクリン反応による小学1年及び中学1年時の定期健診は中止する。現在の小中学生の患者は、数的に少なくなり、家族内感染あるいは教職員からの感染であることが多い。そのため、学校における定期健診での発見には自ずと限界があり、接触者健診を強化して確実に発見するべきである。なお、今回の健診廃止の主旨は、小児結核患者とりわけ、学童、中学生患者が減少した現在にあっては、これらの者に対する対応は、一律的、集団的対応から、感染源患者の周辺の接触者健診、有症状時の早期受診、受診患者の診断の向上に重点を移行しなければならないとの方針の変更が周知されることが大前提である。
 なお、このことにより、不必要な予防内服を回避する等の副成果も期待できる。

案2  ツ反を用いた定期健診を、中学1年で実施。必要により精密健診。
 案1に示すような有症状時受診と家族等に患者が発生した場合の接触者健診を徹底すること及び乳幼児期における初回接種の確実な実施と、1歳6か月児、3歳児健診時での確認を前提に、乳幼児期における初回接種の漏れ者への対策の意味合いが強い小学1年時の定期健診は廃止。中学1年のツ反を用いた健診は継続し、感染の疑いが強い場合は、個別の精密健診を行う(ツ反が陰性の場合でも、BCGの再接種は行わない)。
 この措置を維持することによって、小中学生における従来からの健診機会を全くなくするのではなく、1回の健診機会を残し、激変を緩和しつつ、慎重に対応することができる。

(15歳以上、40歳未満のローリスク層)

 入学時、転入時、就職時、転勤時、節目時のみ胸部X線検査を行う。

(40歳以上)

 現在行われている健診を維持することが必要である。

(ハイリスク層・デンジャー層)

 年齢を問わず、発病しやすい者(ハイリスク層)、発病すると二次感染を起こしやすい職業などに就労している者(デンジャー層)が疫学的に明らかになっているが、現行では、健診率は極めて低い水準にある。そこで、これらの特定人口層への年1回の胸部X線健診の確実な実施を強化すべきである。また、これらの層は疫学的に定期的に見直すとともに、施策の実施にあたってはいわれのない偏見差別が生じることがないような配慮が必要である。
<ハイリスク層の例>
  長期療養施設(高齢・精神障害その他)入院・通所者
特定まん延地域住民 (例えば、大都市の一部特定地域)
特定住民層(ホームレス、小規模事業所労働者、日雇い労働者、高まん延国からの入国後3年以内の者など)   等
<デンジャー層の例>
  教員
医療従事者
福祉施設職員
救急隊員   等

 また、健診の手法としては我が国では伝統的に胸部X線が尊重されてきたが、高齢者や障害者で寝たきりや胸郭の変形などによってX線診断が困難な場合、あるいは、過去の結核病巣の存在により現時点での結核の活動性評価が出来ない場合などがあるため、積極的に喀痰検査(特に塗抹陽性の有無)を活用することが望ましい。更に、結核への暴露の危険性が特に強い一部職種にあっては、基準値を得ておくため、ツベルクリン反応検査を併用することが推奨される。


(2) 有症状受診対応の強化

 国民の受療率が高まった現在においては、半数以上の患者が症状を訴えて医療機関を受診し結核と診断されているが、受診から診断まで1ケ月以上を要する事例も多く、その間、患者本人の病気の進行のみならず、二次感染の恐れといった観点からも黙視できない状況にある。

 そこで、第一線の医療機関に結核を積極的に疑うよう専門団体の協力を得て啓発に努めるほか、喀痰検査の普及を図るべきである。

(3) 定期外健診から接触者健診へ

 現行の定期外健診には、いわゆる接触者健診と業態者健診の2つの健診が含まれているが、業態者健診は、前述のハイリスク層、デンジャー層を対象とした健診という意味合いを明確に認識し、定期健診の一つとして位置付けることを検討すべきである。

 結核患者が新たに発見された場合、その感染源や感染経路の究明、及び患者との接触者の把握等を目的とした積極的疫学調査を行い、接触者に対して行う接触者健診は、さらに強化して漏れなく適切に実施することが重要である。特に、最近は、感染を受けた可能性が高くまん延の恐れがあるにもかかわらず接触者健診の実施に応じない事業所等もみられるため、事業者に対する責務規定(接触者健診実施への協力義務を含む)を設けるなどの制度の見直しが必要と思われる。

 また、広域的な感染の拡大(diffuse outbreak)の有無を判定するため、保健所等から得た結核菌の遺伝子レベルでの情報(finger printing)を中央に集積し解析する、感染経路解明のためのシステム等の実現可能性を積極的に検討するべきである。

(4) 管理健診

 この健診は、主として結核患者の治療終了後の再発を早期発見することを目的に実施されてきた。しかし、短期化学療法の普及により、例えば「初回治療で、薬剤耐性なし、標準治療成功」の患者については、医療機関において適切に経過観察等が行われていれば保健所等による管理健診の必要性は乏しい。

 しかしながら、患者の中でも、治療拒否や治療中断した者に対する検査は、結核のまん延防止の観点から公的関与で実施すべきである。具体的には、管理健診を治療拒否・中断した者に対する「勧告・措置の健診」と位置づけ、より実効性のある具体的対策を検討する必要がある。

(5) BCG接種

 我が国においては、ツベルクリン反応が陽性になるまで反復してBCG接種が行われている。BCG接種による結核の発病防止効果については、その持続期間を含め、麻疹や風疹等の予防接種に比べて低いと言われている。しかし、結核の罹患者数が年間数十万人規模といった状況下においては、BCG接種による罹患者数の減少は、結核対策の上で大きな効果があったと考えられる。特に、乳幼児期においては、結核性髄膜炎や粟粒結核等の血行性の重症結核の発病・重症化防止に極めて有効とされている。

 他方、BCG接種を受けていても結核を発病することがあり、特に、再接種の医学的効果については明らかになっていない。さらに、BCG接種を繰り返し行うことによるツベルクリン反応の持続的な陽転化が、実際に結核に罹患した際の初期の診断を困難にし、早期診断や予防内服の対象者の判断に混乱をきたしているという指摘がある。これらの背景により、諸外国においてはBCGの再接種を廃止をする国が多くなっている。

 これらを踏まえ、我が国においても、これまで再接種に費やしている人的・財政的資源をより有効な対策にシフトする、という観点からの施策の見直しが必要である。具体的には、乳児期に1回のみの接種として対象者に対して確実な接種を行うとともに、1歳6か月児健診や3歳児健診で瘢痕を確認し、未接種であった場合には、早急に接種を受けるよう勧奨するという方式に転換すべきである。また、技術的にも確実なBCG接種が行われるよう、関係者に周知する必要がある。

 なお、6か月までの乳児にBCG接種を行うべきである。その場合、以下のような案が考えられる。

案1  ツベルクリン反応を先行して、陰性者のみにBCG接種を行う。
 現行制度を維持し、まずツ反を行った上で陰性者にBCG接種を行う。現在の結核罹患状況からすると、ほぼ全員がBCG接種を受けることになる。このことによって、ツ反検査の副産物として、極めて希ではあるが、乳児結核の早期発見の機会となる。ただし、ツ反偽陽性者は、BCG接種を受ける機会を失う可能性がある。

案2  ツベルクリン反応を行わず、全員にBCG接種を行う。
 現在、BCG接種は、対象者のほぼ全員に対して行われているという状況にかんがみ、感染を受けるリスクが高いとは考えられない大部分の例には、ツ反を行わずにBCG接種を直接行う方式に改め、他の予防接種と同様に、問診等を十分に行った上で個別接種により実施する。
 今後、ツ反はBCG接種の要否判定のためではなく、感染を発見するための健診の手法として整理する。


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