戻る

第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価
(1)脳神経系の管理
  (1)経過
 平成14年4月6日1:13、突然の頭痛、意識障害を生じ、2:10救急外来に搬入された。救急外来到着時の意識レベルは、JCS200で右側の対光反射は消失していた。直ちに気管挿管、静脈確保等の救急処置を行った。
 2:31に施行されたCT所見は、著明なび慢性のくも膜下出血と高度の脳腫脹が認められ、4:10に施行された脳血管撮影では、内頚動脈の前脈絡叢動脈分岐部に脳動脈瘤が認められた。
 しかし、意識レベルがJCS200であり高度の脳腫脹が存在したため、直達手術は行わず、保存的療法により呼吸循環管理を行ったが、8:30にはJCS300となり、瞳孔が両側とも5mmと散大し脳幹反射も消失した。
 4月13日に施行されたCTではび慢性くも膜下出血と脳腫脹が認められ、皮髄境界がやや不明瞭となっており、脳血管撮影ではnon-fillingであった。

(2)診断の妥当性
 本症例において、来院早期にCT及び脳血管撮影を施行して、内頚動脈前脈絡叢動脈分岐部動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断したことは妥当である。

(3)保存的治療を行ったことの評価
 来院時、意識レベルはJCS200で、CT上高度の脳腫脹が認められたため、直達手術は行わず、人工呼吸管理、昇圧剤及び電解質液の投与による循環管理を行ったことは妥当である。

(2) 呼吸器系の管理
 来院時意識レベルはすでにJCS200の状態であり、直ちに気管挿管が行われ人工呼吸器が装着された。その後、鎮静剤等の薬物を用いての人工呼吸器による調節呼吸が行われたが、以後は薬物を全く必要とせず、吸入酸素濃度(FiO2)0.4、呼気終末陽圧(PEEP)4cmH2Oで充分な酸素化が得られている。FiO2はその後0.3へ、PEEPも最終的に2cmH2Oへと変更されて管理されており、呼吸管理は基本的に入院から全経過を通じて妥当なものと評価される。

(3) 循環器系の管理
 入院当初より循環動態は不安定でドパミン数γの投与で管理されていたが、来院数時間後より、重症脳損傷患者にみられる尿崩症が発生したため抗利尿ホルモン(水溶性ピトレシン)を2回、計10単位が投与された。その後引き続き血圧を保ち、循環動態を正常に維持するため、ドパミンとドブタミンをそれぞれ10〜20γ持続的に投与した。その後も循環管理のためさらにノルアドレナリンの投与が追加された。しかし、4月13日に臨床的脳死状態に陥った。この間の循環管理は妥当なものと思われる。

(4) 水電解質の管理
 来院数時間後より著しい尿量増加と尿比重の低下を伴う尿崩症を合併し、輸液とともに抗利尿ホルモンが投与された。
 また来院当初、重症救急患者にしばしばみられるのと同様に、本患者でも低カリウム血症(3.1mEg/l)を認めた。しかし、輸液などの治療にて正常値に復している。さらに治療経過中に軽度高Na血症(150mEg/l)もみられたが、やはり輸液その他によりコントロールされている。
 なお、体液・電解質に影響を及ぼす浸透圧利尿剤などの薬剤は投与されておらず、総じて水・電解質管理は適切であったと考えられる。

2.臨床的脳死診断及び法的脳死判定に関する評価
(1) 脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は発症約57分後の平成14年4月6日2:10に当該病院に搬送された。到着時はJCS200で右側対光反射は消失していた。直ちに気管挿管が行われ、人工呼吸器が装着された。2:31に行われたCTでは著明なび慢性のくも膜下出血と高度の脳腫脹が認められ、4:10に行われた脳血管撮影では内頚動脈前脈絡叢動脈分岐部動脈瘤が認められた。
 しかし、JCS200で高度の脳腫脹が存在したため、直達手術は行わず、保存的治療による血圧の維持や、血液酸素化を始めとする循環・呼吸管理が行われた。このような保存的療法を継続したが、8:30にはJCS300となり両側の瞳孔が散大し、脳幹反射が消失した。
 本症例では4月13日12:05に臨床的に脳死と診断され、発症から14時間22分後に第一回脳死判定を行い(終了:4月14日3:50)、6時間9分の間隔をおいて第二回脳死判定を行った(終了4月14日11:16)。
 本症例は前章で記述したことから脳死判定対象例としての前提条件を満たしている。
 すなわち
 
1) 深昏睡で人工呼吸を行っている状態が継続している。
4月6日2:45に人工呼吸器により機械的換気を開始し、4月6日8:30に深昏睡となってから臨床的脳死の判断を開始するまでに、各々176時間及び170時間が経過している。
2) 臨床経過、症状、CT所見、脳血管撮影所見から脳の一次性ないし器質的病変であることは確かである。
3) 診断、治療を含む全経過から、現在行いうる全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性は全くないと判断される。

(2)臨床的脳死診断及び法的脳死判定
  1)臨床的脳死診断
 〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(4月13日10:30から12:05まで)
 体温:37.2℃ 血圧:100/70 mmHg 心拍数:106/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右5.0mm   左5.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
施設における診断内容
 以上の結果から臨床診断として脳死と診断して差し支えない。

脳波
 平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
平成14年4月13日(11:00〜11:36)に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、T3、T4、O1、O2、A1、A2で、記録は単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、T3-A2、T4-A1、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2)、双極導出(Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2、Fp1-T3、Fp2-T4、T3-O1、T4-O2)とで行われている。さらに心電図と頭部外導出による同時モニターも行われている。刺激としては呼名刺激が行われている。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

聴性脳幹反応
I波を含むすべての波を識別できない。

2)法的脳死判定
 〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回)   (4月14日2:27から3:50まで)
 体温:38.6℃ 血圧:104/63 mmHg 心拍数:106/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右6.0mm   左6.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
 (開始前) (2分後) (4分後) (6分後)
   PaCO2(mmHg) 42 54 65 72
   PaO2(mmHg) 515 470 491 484
   SpO2(%) 100 100 100 100
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
検査所見(第2回)   (4月14日9:59から11:16まで)
 体温:38.4℃ 血圧:107/94 mmHg 心拍数:97/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右6.0mm   左6.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
 (開始前) (2分後) (4分後) (6分後)
   PaCO2(mmHg) 44 58 69 79
   PaO2(mmHg) 453 430 431 438
   SpO2(%) 100 100 100 100
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない

施設における判定内容
 以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(4月14日3:50)
 以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(4月14日11:16)

1)電気生理学的検査について
 (1) 脳波
第一回法的脳死判定
  平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
4月14日(2:30〜3:04)に記録されており、記録条件は臨床的脳死判定時と同条件である。刺激としては呼名刺激と顔面痛み刺激が行われている。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

第二回法的脳死判定
  平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
4月14日(10:01〜10:36)に記録されており、記録条件は臨床的脳死判定時と同条件である。刺激としては呼名刺激と顔面痛み刺激が行われている。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しており、さらに体動のアーチファクトが混入している。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

 (2) 聴性脳幹反応
 臨床的脳死判定・法的脳死判定(1、2回目)のいずれにおいても、I波を含む全ての波を識別できない。

2) 無呼吸テストについて
 2回とも必要とされるPaCO2レベルを得て、テストを終了している。テスト前及び60mmHg以上のPaCO2を得て時点でのPaO2は十分高く維持されており、テスト中SpO2も100%であり問題はない。

3) まとめ
 本症例の脳死判定は脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。
 以上から本例を法的に脳死と判断したことは妥当である。


トップへ
戻る